↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
358/666

[地方自治法・国地方係争処理委員会と自治紛争処理委員]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 喧嘩の仕方は、制度が決めます。


 もっと言えば。


 誰と誰が対等なのか。


 その考え方が変われば、


 喧嘩のルールそのものが変わります。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 机の上には、昨日の朝市でもらった白菜がありました。


「……所長」


「何だ」


「これ、いつまでここに置いておくんですか」


「食うまで」


「事務所ですよ」


「白菜は腐らせるより食ったほうがいい」


「そういう話ではなくて」


 帳簿をめくっていた相馬先輩が顔も上げずに言います。


「お前が持って帰れ」


「重いんですよ」


「地方自治法より軽い」


「昨日、私が逆のこと思ったんですけど」


「知らん」


 朝市は、無事に始まりました。


 県からの指摘を全部ひとまとめにして、


 計画そのものを凍結する。


 そうなりかけたところを、


 食品衛生。


 交通。


 補助事業。


 市独自の朝市。


 一つずつ切り分けた。


 結果。


 県との協議が必要な部分は残しつつ、


 市が自分で決められる部分は動き出した。


 大勝利。


 というほどではありません。


 県に勝ったわけでもない。


 市が県を黙らせたわけでもない。


 ただ。


 誰が。


 何について。


 どこまで決められるのか。


 そこを整理した。


 それだけです。


 でも。


 行政法では、その「それだけ」がかなり大きい。


 私はノートを開きました。


 今日の見出し。


 ――国地方係争処理委員会と自治紛争処理委員。


「はい」


 相馬先輩が嫌そうな顔をしました。


「始まった」


「何がです」


「未来講座」


「今日は大事なんです」


「毎回そう言うな」


「だって昨日、使おうとして存在しなかったんですよ!」


「存在しねえ制度を使おうとするな」


「だから勉強するんです!」


 私は赤ペンを取りました。


 まず。


 昨日の事件。


 県が市に対して、


 朝市計画について再検討を求めた。


 現代の感覚だった私は、


 県の関与がおかしいなら、


 第三者機関に持ち込めばいい。


 そう考えました。


「自治紛争処理委員ですね」


「昨日も言ってたな」


「でも昭和六十三年にはありません」


「ない」


「国地方係争処理委員会も」


「ない」


「ないない尽くし」


「昭和を欠陥品みたいに言うな」


 でも。


 ここは本当に大事です。


 現代の地方自治法には、


 国と地方公共団体。


 または、


 都道府県と市町村。


 この行政機関同士に争いが起きた場合、


 第三者的な立場で調整・審査する仕組みがあります。


 係争処理手続。


 私はノートに大きく書きました。


 ――国と地方の争い。


 ――都道府県と市町村の争い。


 ――第三者機関で処理する。


「何のためです?」


 相馬先輩が聞きました。


「何のためって?」


「国と地方で揉めたなら、国が決めりゃいいだろ」


「未来では、それをやらないための制度なんです」


「ほう」


「国のほうが偉いから、国が最終決定」


「昔なら普通に聞こえるな」


「ですよね」


 だからこそ。


 改革だった。


 私はノートに線を引きます。


 現代の基本思想。


 国と地方公共団体は、


 単なる上下関係ではない。


 役割を分担する。


 地方には地方の権限がある。


 国が地方へ関与するときも、


 法律上の根拠と限界がある。


 そして。


 その関与について争いが生じたとき、


 国自身だけに判断させるのではなく、


 第三者的な機関を置く。


「昨日、沢渡課長も言ってましたね」


「何を」


「責任が明確になるって」


 地方分権。


 自由になる。


 権限が増える。


 それだけなら、聞こえはいい。


 でも。


 国に言われたからやりました。


 県がそう言ったから止めました。


 そんな言い訳も、しにくくなる。


 自分で決める。


 だから。


 自分で責任を持つ。


「地方自治って」


 私は言いました。


「権限と責任のセットなんですね」


「当たり前だ」


「受験生のときは、『地方分権=地方が自由になった』くらいで覚えてました」


「浅いな」


「今なら自分でもそう思います」


 私はページの左側に書きました。


 昭和六十三年。


 機関委任事務。


 右側。


 現代。


 自治事務。


 法定受託事務。


「まずここですね」


「またでかい話から始めるのか」


「ここを押さえないと、係争処理制度ができた理由が分からないんです」


 昭和六十三年。


 機関委任事務という制度がありました。


 国の事務を、


 都道府県知事や市町村長に行わせる。


 そのとき知事や市長は、


 地方公共団体の代表者としてだけではなく、


 国の機関として事務を処理する。


 だから。


 国から強い指揮監督を受ける。


「上から通達が来る」


「そうだ」


「従う」


「事務によっちゃな」


「市長なのに?」


「市長でもだ」


 ここが、


 現代の感覚では一番引っかかります。


 市民が選んだ市長。


 なのに。


 ある事務では、


 国の手足のように動く。


 地方公共団体の長なのに、


 国の機関として扱われる。


「そりゃ国と地方を対等って言いにくいですよね」


「だから当時は、上下関係の色が強い」


 片桐所長が言いました。


 私は頷きます。


 そして。


 平成十一年。


 地方分権一括法。


 その改革によって、


 機関委任事務は廃止される。


 事務は大きく、


 自治事務。


 法定受託事務。


 へ整理される。


「自治事務は?」


 相馬先輩が聞きます。


「地方公共団体が処理する事務のうち、法定受託事務以外のもの」


「雑じゃねえか」


「条文的にはそういう整理なんです!」


「じゃあ法定受託事務は」


「国が本来果たすべき役割に関わるけれど、法律や政令に基づいて地方公共団体に処理させる事務」


「機関委任事務と同じじゃねえのか」


「そこが違うんです」


 私は少し前のめりになります。


「機関委任事務では、知事や市町村長が国の機関として扱われた」


「うん」


「でも法定受託事務は、地方公共団体の事務として処理する」


「なるほど」


「つまり、市長が国の手足になる構造そのものをやめた」


 そこ。


 重要。


 私は二重線を引きました。


 機関委任事務。


 長が国の機関として処理。


 法定受託事務。


 地方公共団体自身の事務として処理。


「だから」


 私は言いました。


「国が地方に何か言うときも、『上司が部下に命令する』みたいにはできなくなった」


「関与に法的根拠が要る」


「はい」


「それで揉めたら」


「係争処理制度」


 つながりました。


 ここです。


 制度は単独で突然生えてきたわけではない。


 機関委任事務を廃止する。


 国と地方の関係を、上下・主従から対等・協力へ変える。


 でも。


 対等になれば。


 当然、争いが起きる。


 国は、


 法律上こちらに権限がある。


 と言う。


 地方は、


 その関与は行きすぎだ。


 と言う。


 さて。


 誰が決める?


「国が決めたら」


「対等じゃねえな」


「ですよね」


 そこで。


 第三者的な係争処理制度が必要になる。


 私は新しい見出しを書きました。


 ――国地方係争処理委員会。


「名前長いですね」


「お前が未来で作ったわけじゃねえだろ」


「略したい」


「試験で勝手に略すな」


「分かってます」


 国地方係争処理委員会。


 これは、


 国と地方公共団体との間の争いを扱う。


「誰が誰に関与するんです?」


「国が地方公共団体に」


「そう」


 国。


 対。


 地方公共団体。


 例えば。


 国が地方公共団体に対し、


 是正要求をする。


 許可を拒否する。


 その他、公権力の行使に当たる関与をする。


 または。


 国が必要な行為をしない。


 不作為。


 あるいは。


 法令に基づいて国と地方公共団体が協議する。


 そのような場面で争いが起こる。


「地方側が納得できない」


「はい」


「どうする」


「国地方係争処理委員会に審査の申出」


「いつまで」


 来た。


 数字問題。


 私は赤ペンを構えました。


「関与の日から三十日以内」


「三十日」


「はい」


 申出。


 三十日。


 ここは重要。


 私は余白に大きく、


 30。


 と書きました。


「じゃあ委員会は、いつまで好き放題考えてていい」


「好き放題ではありません」


「いつまでだ」


「審査の申出があった日から九十日以内」


「九十日」


「はい」


 30で申し出る。


 90で審査。


 数字がきれいです。


「覚えやすいですね」


「油断すると逆にするぞ」


「そういうこと言わないでください」


 でも確かに。


 三十日。


 九十日。


 試験ではそこを入れ替えてきそうです。


「何を審査する」


 片桐所長が言いました。


「関与の……違法性」


「だけか」


「あ」


 私はノートを見ます。


「妥当性も」


「そうだ」


 国地方係争処理委員会は、


 関与の違法性だけでなく、


 妥当性も審査する。


 ここ。


 昨日の朝市の話にもつながります。


 法的に絶対許されないか。


 というだけでなく。


 その関与が適切なのか。


 その範囲ややり方は妥当なのか。


「行政機関同士の争いでも、不当っぽい部分を見るんですね」


「表現は雑だが、方向はそうだ」


「また雑って言われた」


「で」


 相馬先輩が言いました。


「委員会が国に『それ、おかしい』って言ったら終わりか」


「終わらない場合があります」


「揉めるなあ」


「行政法ですから」


「行政法への偏見が強い」


「先輩にだけは言われたくない」


 国地方係争処理委員会で審査。


 それでも争いが解決しない。


 違法な国の関与について、


 地方公共団体がなお不服を持つ。


 その場合。


「高等裁判所です」


「地方裁判所じゃねえのか」


「高等裁判所です」


「最初から?」


「はい」


 私は大きく書きました。


 ――高裁。


「何を求める」


「違法な関与の取消し」


「それと?」


「不作為の違法確認」


 ここで相馬先輩が笑いました。


「昨日のお前なら、朝市の商店会長が高裁へ行きそうだな」


「そこまで間違えません!」


「怪しい」


「これは行政機関同士の争いです」


 つまり。


 住民個人が、


 国地方係争処理委員会へ申し出る制度ではない。


 地方公共団体が、


 国の関与に対して争う制度。


 その先の訴訟も、


 行政機関同士の争い。


「機関訴訟ですね」


「客観訴訟の一種か」


「そうです」


 私はノートに囲みます。


 民衆訴訟。


 機関訴訟。


 客観訴訟。


 そのうち、


 国や地方公共団体の機関相互間で、


 権限の存否や行使をめぐって争う。


 それが機関訴訟。


「普通の住民が自分の権利救済を求める訴訟とは違います」


「主観訴訟じゃねえ」


「はい」


 地方自治法って。


 覚える制度が横につながると、


 急に面白くなります。


 国の関与。


 係争処理。


 高裁。


 機関訴訟。


 バラバラの暗記項目じゃない。


 一つの争いの流れです。


 次。


 私はページをめくりました。


 ――自治紛争処理委員。


「昨日、使おうとしたやつです」


「使えなかったやつな」


「言い方」


 自治紛争処理委員。


 扱うのは、


 都道府県と市町村の間の争い。


「昨日なら」


「県と市」


「そうです」


 県が市に関与する。


 市は、その関与に不服。


 では、どうするか。


「自治紛争処理委員へ直接申出?」


 相馬先輩が聞きます。


「そこ、罠です」


「ほう」


「総務大臣に申出ます」


「委員に直接じゃねえのか」


「違います」


 私は大きく書きます。


 県の関与に不服。


 ↓ 


 関与の日から30日以内。


 ↓ 


 総務大臣に審査の申出。


 ↓ 


 総務大臣が自治紛争処理委員を任命。


「そこなんですよね」


 私は言いました。


「国地方係争処理委員会は、最初から常設の委員会」


「自治紛争処理委員は?」


「事件ごと」


「事件ごと?」


「はい」


 自治紛争処理委員は、


 事件ごとに任命される。


 そして。


 事件が終われば失職。


「期間限定か」


「そうです」


「ずいぶん違うな」


「だから混同しやすい」


 私は左右に書き分けます。


 国地方係争処理委員会。


 委員五人。


 非常勤。


 ただし、


 二人以内は常勤にできる。


 委員は、


 優れた識見を有する者から、


 両議院の同意を得て、


 総務大臣が任命。


「五人」


「はい」


「二人まで常勤可」


「はい」


「両議院同意」


「はい」


「総務大臣が任命」


「はい」


「細けえ」


「試験はそういうところ狙いますから!」


 次。


 自治紛争処理委員。


 委員三人。


 非常勤。


 事件ごとに任命。


 事件終了で失職。


「こっちは三人」


「はい」


「全員非常勤」


「そうです」


「事件ごと」


「はい」


「終わったらクビ」


「失職です。言い方!」


 でも覚えやすい。


 常設の委員会。


 五人。


 国と地方。


 事件ごとの委員。


 三人。


 都道府県と市町村。


「誰が任命する」


 相馬先輩が聞きます。


「総務大臣または都道府県知事」


「または?」


「扱う事件によって、それぞれ」


「ここも試験で出そうだな」


「出そうなんですよねえ」


 私は少し嫌そうに書きました。


 誰が任命。


 何人。


 常勤か非常勤か。


 何日以内。


 行政書士試験は、


 法律の思想だけ分かっていても、


 数字で普通に落としてきます。


「法律って」


 私は呟きました。


「思想と数字の落差がひどい」


「知らん」


「じゃあ」


 片桐所長が言いました。


「昨日の事件を現代法で考えろ」


「はい」


 来た。


 実戦問題。


 私は姿勢を正します。


「県が市に関与した」


「うん」


「市が、その関与を違法または不当だと考えた」


「うん」


「その場合、関与の日から三十日以内に――」


 一瞬。


 口が、


 自治紛争処理委員に。


 と言いかけました。


「……総務大臣に審査の申出」


「そうだ」


「危なかった」


「顔に出てたぞ」


 相馬先輩が言います。


「そして総務大臣が自治紛争処理委員を任命する」


「何人」


「三人」


「常勤は」


「なし。非常勤」


「いつまでに審査」


「申出の日から九十日以内」


「何を見る」


「県の関与の妥当性と違法性」


「それでも解決しなければ」


「高等裁判所」


「何を求める」


「違法な関与の取消し、または不作為の違法確認」


「よし」


 片桐所長が頷きました。


 少し嬉しい。


「でも」


 私は言いました。


「昨日の朝市事件なら、本当にこの制度まで行くとは限らないですよね」


「なぜだ」


「まず、その県の言葉が地方自治法上の『関与』として争うべきものなのか確認が必要です」


 そう。


 ここ大事。


 役所から何か言われた。


 即、係争処理。


 ではない。


 何を言われたのか。


 法的な性質は何か。


 是正要求なのか。


 許可拒否なのか。


 その他の公権力の行使なのか。


 不作為なのか。


 法令に基づく協議なのか。


 そこを見極める。


「昨日、所長が最初にやったこと」


「何だ」


「県の言葉を切り分けることでした」


「そうだ」


 食品衛生。


 道路交通。


 補助事業。


 朝市そのもの。


 全部、


 県が言った。


 という一枚の塊にしてはいけない。


 どの権限に基づくのか。


 どの法令に基づくのか。


 どこまで拘束力があるのか。


 市自身の裁量はどこに残るのか。


 そこを整理する。


「制度があっても」


 私は言いました。


「そこは変わらないんですね」


「むしろ制度があるからこそ必要だ」


 所長が答えました。


「争うなら、何を争うか特定しなきゃならん」


 なるほど。


 未来の便利制度も、


 魔法ではない。


 私はノートの真ん中に線を引きました。


 国と地方公共団体。


 国地方係争処理委員会。


 都道府県と市町村。


 自治紛争処理委員。


「この対比、絶対覚えます」


「忘れるな」


「語呂合わせ考えようかな」


「やめとけ」


「五人と三人」


「うん」


「国は五。県市は三」


「雑」


「国地方係争処理委員会は五人だから――」


「変な語呂作るより制度の違いを理解しろ」


 正論。


 私は諦めました。


 でも。


 整理するとかなり違います。


 国地方係争処理委員会は、


 常設の委員会。


 五人。


 原則非常勤。


 二人以内は常勤可。


 両議院の同意を得て、


 総務大臣が任命。


 一方。


 自治紛争処理委員は、


 事件ごと。


 三人。


 全員非常勤。


 事件ごとに任命され、


 事件終了で失職。


「なのに」


 私は言いました。


「どっちも審査期間は九十日」


「申出期間も三十日」


「はい」


 共通。


 三十日。


 九十日。


 違う。


 誰に申し出るか。


 誰が審査するか。


 何人か。


 常設か事件ごとか。


「行政法って」


「何だ」


「似せてきますよね」


「法律がお前を狙って作られてるわけじゃねえ」


「受験生にはそう見える夜があります」


 ここで。


 私は昨日の沢渡課長との会話を思い出しました。


『必要でしょうね』


 国と地方の争いを、


 第三者が審査する制度。


 沢渡課長は、


 そういう制度があってもいいと言った。


 そして。


『国に言われたからやりました、という言い訳がしにくくなる』


 とも。


「所長」


「何だ」


「地方分権改革って」


「うん」


「国の権限を地方に渡しただけじゃないですよね」


「そうだ」


「関係の作り直しですよね」


 機関委任事務を廃止する。


 地方の事務として整理する。


 国の関与を限定する。


 関与に不服があれば、


 第三者機関で審査する。


 それでも決着しなければ、


 司法へ行く。


 高等裁判所。


「つまり」


 私は言いました。


「対等にするなら、喧嘩のルールも要る」


 相馬先輩が少し笑いました。


「珍しくまともなこと言ったな」


「いつもまともです」


「そうか?」


「そうです!」


 でも本当に。


 対等・協力。


 という言葉だけでは制度にならない。


 国と地方が、


 どちらも自分の権限を主張できるなら。


 意見が割れる日は必ず来る。


 そのとき。


 国のほうが上だから終わり。


 では、


 対等とは言えない。


 だから。


 第三者。


 そして最後は司法。


 係争処理制度は、


 地方分権の飾りではなく、


 地方分権を本当に機能させるための仕組みなんだ。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「未来の制度がそんなに立派なら、昨日みてえな揉め事はなくなるのか」


「なくなりません」


「即答か」


「制度ができても、人間が仕事するので」


「身も蓋もねえな」


「でもそうですよ」


 国と地方の関係を整理しても。


 県と市町村の関係を整理しても。


 法律で関与のルールを決めても。


 どこまで口を出せるか。


 どこから地方の裁量か。


 そこでは争いが起きる。


 だから係争処理制度がある。


「制度って」


 私はノートを見ながら言いました。


「争いをなくすんじゃなくて、争い方を決めるものなんですね」


 片桐所長が頷きました。


「そのほうが正しい」


「争わない制度じゃない」


「うん」


「殴り合いにならないためのルール」


「表現は悪いが、まあそうだ」


 私はその言葉をノートの端に書きました。


 争いをなくすのではない。


 争い方を決める。


 そして最後。


 昨日の事件。


 昭和六十三年。


 係争処理制度は存在しない。


 機関委任事務も現役。


 国や県の指揮監督は強い。


 だから。


 未来の私は、


 かなり絶望しました。


「でも結果的には、朝市できました」


「ああ」


「制度がなかったのに」


「制度がないから何もできない、ではない」


 所長が言います。


 ここです。


 この時代の実務。


 県から何か言われた。


 じゃあ終わり。


 ではなく。


 根拠を見る。


 権限を見る。


 市が従わなければならない部分を見る。


 市が自分で決められる部分を見る。


 議会の議決を見る。


 条例を見る。


 予算を見る。


 文書を出す。


 質問する。


 記録を残す。


 必要なら陳情する。


 行政内部で再検討させる。


 未来のような係争処理制度がないからこそ、


 一つずつ積み上げる。


「行政書士の仕事も」


 私は言いました。


「そこなんですね」


「何がだ」


「国と地方の争いそのものを代理するわけじゃない」


「できねえな」


「訴訟代理もできない」


「そうだ」


「でも、争点整理はできる」


「うん」


「誰の権限か。根拠法令は何か。市に裁量が残ってるか。質問書や陳情書で整理して、判断をもう一回させる」


 相馬先輩が頷きます。


「役所相手の書類はな」


「はい」


「怒りを書くんじゃねえ」


「はい」


「逃げ道を塞ぐんだ」


「怖い言い方しますね」


「『県に言われました』で逃げるなら、何を言われたか書かせる」


「はい」


「『法令上必要です』なら、何法何条か書かせる」


「はい」


「『市では決められません』なら、誰に権限があるか書かせる」


「はい」


「そうすりゃ、だんだん形が見える」


 ああ。


 やっぱり。


 相馬先輩は口は悪いのに、


 ときどき教科書より覚えやすい。


 私は最後のページを開きました。


 今日のまとめ。


 まず。


 昭和六十三年。


 機関委任事務あり。


 国と地方の上下・指揮監督関係が強い。


 国地方係争処理委員会。


 まだない。


 自治紛争処理委員。


 まだない。


 そして現代。


 機関委任事務は廃止。


 自治事務。


 法定受託事務。


 国と地方は対等・協力。


 国の関与にはルール。


 争いには係争処理手続。


 国と地方。


 国地方係争処理委員会。


 申出三十日。


 審査九十日。


 委員五人。


 原則非常勤。


 二人以内常勤可。


 両議院同意。


 総務大臣任命。


 県と市町村。


 自治紛争処理委員。


 総務大臣へ三十日以内に申出。


 委員三人。


 非常勤。


 事件ごとに任命。


 事件終了で失職。


 審査九十日。


 そして。


 必要なら高等裁判所。


 違法な関与の取消し。


 不作為の違法確認。


 機関訴訟。


「多い」


 私はペンを置きました。


「かなり多い」


「地方自治法だ」


 相馬先輩が言います。


「その一言で全部許されると思わないでください」


「試験範囲に文句言うな」


「受験生には文句を言う権利があります」


「どの法律だ」


「受験生基本法」


「ねえよ」


 私は笑ってから。


 ノートの最後に一行を書きました。


 ――対等になるなら、争い方も対等にする。係争処理制度は、地方分権の喧嘩のルール。


「長い」


「またですか」


「一行の覚え書きだろ」


「一行です!」


「文字数の話だ」


「じゃあ短くします」


 少し考えて。


 書き直しました。


 ――地方分権は、権限だけでなく「争う仕組み」まで変えた。


 相馬先輩が黙ります。


「どうです?」


「まあ、いい」


「今日も褒めた」


「気のせいだ」


 いつものやつです。


 私はノートを閉じました。


 すると。


 机の端から、


 白菜がこちらへ少し転がってきました。


「……所長」


「何だ」


「本当にこれ、どうするんですか」


「鍋」


「ここで?」


「家でだ」


「誰の家です?」


 片桐所長が私を見ました。


「お前の」


「なんで!?」


「持って帰れ」


「昨日から言ってますけど重いんですよ!」


 相馬先輩が立ち上がりました。


「自治事務だな」


「違います!」


「自分の判断と責任で処理しろ」


「白菜を地方分権しないでください!」


「国からの関与はないぞ」


「だからって丸投げしていいわけじゃない!」


 私は白菜を抱えました。


 やっぱり重い。


 昭和六十三年。


 この時代には、


 国地方係争処理委員会も。


 自治紛争処理委員も。


 まだありません。


 国と地方の関係は、


 今よりずっと縦に長い。


 けれど。


 その不自由さを知ったからこそ。


 未来に、


 なぜ第三者が必要になるのか。


 なぜ国の関与に限界を設けるのか。


 なぜ高等裁判所まで争える道を用意するのか。


 少し分かった気がします。


 自由に決めるだけでは自治ではない。


 上から口を出されたとき、


 それは本当に正しい関与なのか。


 違法ではないか。


 妥当なのか。


 そう問い返せる仕組みまであって、


 初めて対等と言える。


 私は白菜を抱え直しました。


「先輩」


「何だ」


「これ、半分持ってください」


「嫌だ」


「対等・協力でしょう!」


「俺とお前は国と地方じゃねえ」


「協力の理念だけ採用してください!」


「自治事務だ。自分でやれ」


「それ、絶対使い方間違ってますからね!」


 片桐所長が、珍しく小さく笑いました。


 私は白菜を抱えたまま、ため息をつきます。


 どうやら。


 地方分権がどれだけ進んでも。


 片桐行政書士事務所に、


 事務所内係争処理委員会が設置される日は、


 当分来そうにありません。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくら司法書士補助者の法務帳 〜 昭和に転生して泥沼の争いを収めたら、実務と試験知識が完全にリンクしました 〜
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。