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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

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354/616

[地方自治法・契約(一般競争入札、指名競争入札、随意契約、せり売り)]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 役所の契約で大事なのは、


 誰が勝ったかより、


 どうやって勝ったかです。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 私は机の上に、四枚の紙を並べていました。


 一枚目。


 一般競争入札。


 二枚目。


 指名競争入札。


 三枚目。


 随意契約。


 四枚目。


 せり売り。


「……四天王ですね」


「違う」


 向かいの机で相馬先輩が煙草に火をつけました。


「契約方法だ」


「分かってます」


「なら変な名前をつけるな」


「覚えやすいじゃないですか」


「せり売りだけ急に弱そうだろ」


「失礼ですよ」


 何に。


 自分でも分かりません。


 私は昨日の市役所を思い出しました。


 旧公民館や市役所の不用備品。


 机。


 椅子。


 書棚。


 タイプライター。


 ストーブ。


 軽トラック。


 市は当初、


 東浜商会との随意契約でまとめて売却しようとしていました。


 予定価格は百八十万円ほど。


 ところが。


 山根商店が、


 二百二十万円でも買える。


 しかも期限内に全部搬出できる。


 そう名乗り出た。


 そこで、


 本当に随意契約でいいのか。


 という話になった。


 結果。


 市は一般競争入札へ変更。


 そして最終的には、


 東浜商会が二百三十八万円で落札しました。


「……結局、東浜商会が勝ちましたね」


「ああ」


「最初から東浜商会に売っても、最後に東浜商会が落札しても、相手は同じ」


「ああ」


「でも意味は違う」


 相馬先輩が煙草を灰皿に置きました。


「そこが今日の話だろ」


「はい」


 私はノートを開きました。


 大きく書きます。


 ――地方公共団体の契約。


 売買。


 貸借。


 請負。


 その他。


 自治体も、


 民間と同じように契約をします。


 道路工事を頼む。


 庁舎の備品を買う。


 不用物品を売る。


 土地を貸す。


 建物の修繕を発注する。


 ただし。


「役所は好きな相手と好きに契約できるわけじゃない」


 私は言いました。


「そうだ」


 片桐所長が帳簿から顔を上げました。


「なぜだ」


「公金や公有財産を扱うから」


「それだけか」


「公平性も必要だから」


「それだけでもない」


「……競争性?」


「そうだ」


 私は書き足します。


 地方公共団体の契約には、


 経済性。


 公平性。


 透明性。


 そして、


 機会の均等。


 そういう要求がかかる。


 だから。


 民間会社の社長が、


 「あそこの業者とは昔から付き合いがあるから」


 で契約先を決めるのと、


 市役所が同じ理由で契約先を決めるのでは、


 意味が違う。


「昨日、山根さんが怒ってたのは」


 私は言いました。


「東浜商会が嫌いだからじゃなかった」


「まあ知り合いだったしな」


「最後、一緒に机運んでましたし」


「お前も運んでたな」


「その話はいいです」


 問題は、


 最初から勝負の外に置かれていたこと。


 山根商店は、


 同じ物を買える。


 同じ期限に搬出できる。


 もっと高い値段を出せる。


 それでも、


 競争する機会すら与えられていなかった。


「だから一般競争入札が原則なんですね」


「言ってみろ」


 相馬先輩が顎をしゃくります。


 私はノートを見ずに答えました。


「一定の資格を満たした不特定多数の者を参加させて、競争させる方式」


「うん」


「自治体が物を売る場合なら、原則として一番有利な価格を提示した者と契約する」


「うん」


「今回なら、一番高い額を出した業者」


「そうだ」


 一般競争入札。


 名前のとおり。


 広く参加者を募る。


 役所が最初から、


 この会社。


 あの会社。


 と決めない。


「これ、一番公平っぽいですね」


「だから原則なんだ」


「でも、何でも一般競争入札ならいいんですか?」


「だったら他の方法は要らねえだろ」


「ですよね」


 そこで二枚目。


 指名競争入札。


「これは」


 私は紙を指しました。


「役所が一定の条件に合う業者を何社か選んで、その人たちの間で競争させる」


「一般競争との違いは?」


「入口」


「そうだ」


 一般競争入札では、


 一定の資格を満たした不特定多数に入口を開く。


 一方。


 指名競争入札では、


 発注者側が、


 資力。


 信用。


 技術。


 実績。


 その他の条件を見て、


 競争に参加させる者をあらかじめ指名する。


「競争はするんですね」


「ああ」


「随意契約とはそこが違う」


「そうだ」


 私は矢印を書きます。


 一般競争入札。


 広く集めて競争。


 指名競争入札。


 選んだ複数者で競争。


「じゃあ、指名競争入札って」


 私は言いました。


「役所が完全に相手を自由に選べるわけじゃない」


「当たり前だ」


「何社か指名したうえで、その中で競争させる」


「そういうことだ」


 そして。


 三枚目。


 随意契約。


 昨日の主役です。


「競争によらずに」


 私は読み上げます。


「任意に特定の相手を選んで契約する方式」


「うん」


「これだけ聞くと便利ですね」


「便利だよ」


「え」


「だからこそ危ねえんだ」


 相馬先輩の言葉に、


 私はペンを止めました。


「競争させなくていい」


「はい」


「公告して参加者集めなくてもいい場合がある」


「はい」


「交渉で相手を決められる」


「はい」


「だったら、役所は楽だ」


「……確かに」


「だから勝手に使わせねえ」


 ああ。


 なるほど。


 便利な制度だから、


 例外なのです。


 何でも使えてしまえば、


 一般競争入札の原則は空っぽになる。


「地方自治法上」


 片桐所長が言いました。


「指名競争入札、随意契約、せり売りは、好きなときに選べる方法ではない」


「政令で定める場合に限る」


「そうだ」


 私は大きく囲みました。


 ――原則、一般競争入札。


 ――その他は、政令で認められた場合に限る。


「昨日の私」


 私は思い出しました。


「随意契約って法律に書いてあるから、役所が自由に選べる契約方法の一つだと思いかけました」


「試験でよく引っかかるところだな」


「四つ並べられると四択に見えるんですよ」


「横一列じゃねえ」


 相馬先輩が言います。


「上下がある」


「上下?」


「原則と例外だ」


 一般競争入札。


 ここが土台。


 指名競争入札。


 随意契約。


 せり売り。


 こちらは例外。


 同じ『契約方法』という箱に入っているから、


 同格に見える。


 でも。


 法的な位置づけは違う。


「なるほど」


 私はノートに書きました。


 ――四つ覚えるだけでは足りない。


 ――原則と例外まで覚える。


「これ試験に出そう」


「出るだろうな」


「嫌だなあ」


「何でだ」


「一個覚えると条件が増えるから」


「法律なんざそんなもんだ」


 次。


 せり売り。


 私は四枚目の紙を持ち上げました。


「これが一番イメージしやすいです」


「やってみろ」


「やるんですか?」


「口で説明するより早いだろ」


 私は咳払いしました。


「では、市役所が不要になった机を売ります」


「うん」


「一万円!」


「一万二千!」


 相馬先輩が乗ってきました。


「一万五千!」


「二万!」


「二万五千!」


「三万!」


 片桐所長が帳簿を閉じました。


「うるさい」


「すみません」


 せり売り。


 買受人が、


 口頭。


 挙手。


 その他の方法で、


 その場で値段を競う。


「ただし」


 私は書きました。


「地方自治法上のせり売りは、動産の売払いに使われる」


「そうだ」


「何でも競りにできるわけじゃない」


「そういうことだ」


 土地を売る。


 建物工事を発注する。


 道路修繕を頼む。


 そういう契約を、


 「百万円!」


 「百十万円!」


 とその場で競らせる制度ではない。


「昨日の机とか椅子なら?」


「動産だから、せり売りの対象になり得る」


「軽トラックも?」


「動産だ」


「じゃあ昨日、市はせり売りでもよかった?」


「飛ぶな」


 相馬先輩がすぐ止めました。


「制度上使える場面があることと、今回それを選ぶべきだったことは別だ」


「はい」


 またです。


 受験生の悪い癖。


 使える制度を見つけると、


 すぐ事件に当てはめたくなる。


 でも実務では。


 公告。


 対象物。


 搬出条件。


 売払い方法。


 財務規則。


 政令上の要件。


 全部を見て、


 どの方法が適切か判断する。


「昨日、所長が言ってましたね」


「何を」


「こっちが契約方法まで決めるな、って」


「そうだ」


 行政書士側ができるのは、


 市に代わって契約方式を決定することではない。


 随意契約の要件があるのか。


 競争可能なのに競争を排除していないか。


 その点を、


 書面できちんと問い直すこと。


「じゃあ昨日の核心は」


 私は言いました。


「随意契約そのものが悪かったわけじゃない」


「そうだ」


「東浜商会と契約することが悪かったわけでもない」


「そうだ」


「百八十万円だったことだけで違法とも言えない」


「そうだ」


「問題は」


 私は少し考えてから続けました。


「他にも履行できる業者がいるのに、本当に競争を省いていい事情があったのか」


「そこだ」


 片桐所長が頷きます。


 随意契約。


 競争がない。


 だから。


 相手方選定の理由が重要になる。


 なぜその業者なのか。


 なぜ競争させないのか。


 なぜ一般競争入札では目的を達成できないのか。


 そこに法令上認められた理由が必要になる。


「昨日、市側が最初に言ってた理由」


 私はノートを見返しました。


 長年取引がある。


 信用できる。


 一括搬出できる。


 日程が迫っている。


 事務負担が軽い。


「一見、全部もっともらしい」


「ああ」


「でも」


 私は丸をつけました。


「『もっともらしい』と『随意契約の要件を満たす』は別」


 相馬先輩がにやりとしました。


「少し賢くなったな」


「少し?」


「昨日よりは」


「微妙な褒め方」


 例えば。


 長年取引がある。


 だから信用できる。


 これは事実かもしれない。


 でも。


 長年取引している業者としか契約しないなら、


 新しい業者は永遠に入れない。


 競争原則が死んでしまう。


「『信用がある』って」


 私は言いました。


「随意契約の理由になる場合もありますよね?」


「事情による」


 所長が答えました。


「相手方の性質が契約目的と密接に結びつく場合もある」


「はい」


「だが、単に昔から知っているというだけでは足りない」


「なるほど」


 つまり。


 随意契約は、


 役所の人間関係を守る制度ではない。


 契約の性質上、


 競争になじまない。


 特定の者でなければ目的を達成できない。


 緊急性がある。


 少額である。


 その他、


 政令が認める事情。


 そういう、


 例外を正当化する事情が必要になる。


「ただし」


 相馬先輩が指を立てました。


「今のお前のノート、細かい要件を勝手に一般化するなよ」


「はい」


「随契できる具体的な場合は、政令を見ろ」


「はい」


 そこ重要。


 地方自治法本体だけ見て、


 何となく、


 これは随意契約でよさそう。


 と判断してはいけない。


 政令。


 そして場合によっては自治体の財務規則など。


 確認が必要。


「試験なら」


 私は言いました。


「『地方公共団体は、自由に随意契約を選べる』」


「×」


「『原則として一般競争入札による』」


「○」


「『指名競争入札や随意契約は、政令の定める場合に限り用いることができる』」


「○」


「『せり売りは不動産の売却にも使える』」


「×」


「早いですね」


「お前が遅いんだ」


 そして。


 昨日の事件で、


 もう一つ私が勘違いしかけたこと。


「外部監査」


「ああ」


「現代知識を出して地雷踏みました」


「いつものことだな」


「慣れないでください」


 現代では、


 地方自治体の監査制度には、


 外部の専門家を活用する仕組みがあります。


 でも。


 昭和六十三年には、


 現在と同じ外部監査制度はまだありません。


「私、最初」


 私は言いました。


「契約がおかしいなら、外から監査してもらえばいいって思ったんですよ」


「未来ならそういう発想もあるんだろ」


「はい」


「だが今はない」


「ない」


「だから?」


「今ある制度で戦う」


「そうだ」


 この時代。


 地方自治は、


 今よりずっと中央集権的です。


 国と地方が今のように、


 対等・協力。


 という考え方で整理されている時代ではない。


 機関委任事務もある。


 国の通達や監督も強い。


 便利な現代制度もまだ少ない。


「でも今回」


 私は言いました。


「機関委任事務は直接の中心じゃなかったですね」


「当たり前だ」


「地方自治法テーマだから何でも機関委任事務を出せばいいわけじゃない」


「分かってるじゃねえか」


 そう。


 これも大事。


 制度ギャップは、


 事件に関係するところで使う。


 今回の契約問題の中心は、


 契約方式。


 一般競争入札の原則。


 例外としての随意契約。


 ここです。


「昭和だからって」


 私は言いました。


「役所が何でも好き勝手できるわけじゃない」


「当然だ」


「新しい制度がなくても、当時の地方自治法にちゃんとルールがある」


「そういうことだ」


 それが、


 今回いちばん痛快だったところかもしれません。


 未来の制度を持ち込まなくても。


 外部監査制度がなくても。


 指定管理者制度がなくても。


 国地方係争処理委員会がなくても。


 その時代の条文の中に、


 ちゃんと戦う道具はある。


「役所が偉いんじゃねえ」


 相馬先輩が言いました。


「条例が偉いんだ」


「今日は法律と政令も入れてください」


「細けえな」


「契約方法は地方自治法ですから」


「じゃあ」


 相馬先輩が言い直しました。


「役所が偉いんじゃねえ。法律と条例が偉い」


「政令」


「うるせえ」


 私は笑いました。


 次のページ。


 私は、


 昨日の入札結果を書きました。


 当初予定。


 東浜商会。


 百八十万円。


 一般競争入札後。


 山根商店。


 二百三十万円。


 東浜商会。


 二百三十八万円。


「結果だけ見ると」


 私は言いました。


「市は五十八万円高く売れた」


「ああ」


「だから一般競争入札は、いつも一番高く売るための制度?」


「それだけじゃねえ」


「ですよね」


 単なる金額の話ではない。


 もし山根商店が二百五十万円で勝っていたとしても。


 東浜商会が二百三十八万円で勝っても。


 重要なのは、


 競争可能な者に機会が与えられ、


 ルールに従って契約相手が決まったこと。


「じゃあ一般競争入札の良さって」


 私は指を折りました。


「価格面で有利な相手を見つけやすい」


 一つ。


「特定業者との癒着を防ぎやすい」


 二つ。


「参加機会を広く確保できる」


 三つ。


「なぜその業者になったか説明しやすい」


 四つ。


「そんなところですか」


「だいたいな」


 もちろん。


 一般競争入札にも弱点はある。


 手続に時間がかかる。


 公告が必要。


 資格確認が必要。


 契約内容によっては、


 単純な価格競争になじまない。


 だから例外制度がある。


「つまり」


 私は言いました。


「一般競争入札が正義、随意契約が悪、ではない」


「その二択にするな」


「はい」


「法律は、現場が全部同じだと思ってねえから例外を置いてる」


 なるほど。


 原則がある。


 でも。


 原則では困る現場もある。


 だから例外がある。


 ただし。


 例外が便利だからといって、


 例外を原則みたいに使えば制度が壊れる。


「法律って」


 私はぽつりと言いました。


「原則と例外の管理なんですね」


「今さらか」


「受験生時代は」


 原則。


 例外。


 ただ暗記していました。


 でも今は違います。


 原則には、


 なぜ原則なのか理由がある。


 例外には、


 なぜ例外なのか理由がある。


 そこを理解しないと、


 昨日みたいな事件で使えない。


「じゃあ問題だ」


 相馬先輩が急に言いました。


「はい」


「市役所が古い机百脚を売る」


「はい」


「誰でも買える普通の机だ」


「はい」


「時間にも余裕がある」


「はい」


「市長の知り合いの古物商が『全部百万円で買います』と言った」


「はい」


「担当者は『話が早いから随意契約にしましょう』」


「駄目そう」


「理由は」


「一般競争入札が原則で、単に話が早いというだけでは、例外として随意契約を選べる理由にはならない可能性が高いから」


「よし」


「次ください」


「じゃあ」


 相馬先輩が続けます。


「特殊な機械の修理で、その製造会社しか部品も技術も持ってねえ」


「はい」


「競争させる相手が実質いない」


「随意契約が認められる可能性がある」


「うん」


「でも具体的な要件は政令を確認」


「そこまで言えばいい」


 さらに。


「台風で庁舎の屋根が吹っ飛んだ」


「嫌な自治体ですね」


「翌日から大雨の予報」


「はい」


「一般競争入札の公告からやるか」


「間に合わない」


「だから?」


「緊急性を理由に随意契約が認められる場面があり得る」


「そういうことだ」


 私は頷きました。


 なるほど。


 例外には、


 理由がある。


 随意契約は、


 競争逃れの裏口ではない。


 原則どおりにやると、


 かえって公共の利益を害する場面に対応するための道。


「じゃあ指名競争入札は?」


「それも政令で認められる場合だけ」


「せり売り」


「動産の売払いについて認められる方式」


「一般競争入札」


「原則」


「よし」


 相馬先輩が煙草を消します。


「今日は珍しく早いな」


「事件で一回使いましたから」


 やっぱり。


 現場を通すと覚えます。


 一般競争入札。


 あの掲示板の公告。


 指名競争入札。


 入口を役所が絞る競争。


 随意契約。


 昨日の東浜商会。


 せり売り。


 倉庫の机をみんなで値段を叫ぶ光景。


「イメージが変ですけど」


「覚えてりゃいい」


 片桐所長が、


 しばらく黙っていたあとで言いました。


「こはる」


「はい」


「昨日、市が一般競争入札に切り替えたのは、山根商店に売るためか」


「違います」


「東浜商会を排除するためか」


「違います」


「高く売ることだけが目的か」


「それも違う」


「なら何だ」


 私は少し考えました。


「契約相手の選び方を、原則に戻した」


 所長が頷きました。


「そうだ」


 誰が契約を取るか。


 そこに行政書士が介入したわけではない。


 契約方法が、


 法令の定める筋道に沿っているのか。


 そこを問い直した。


 結果。


 東浜商会が勝った。


 でも。


 今度の東浜商会は、


 『いつものところ』


 ではありません。


 競争して勝った業者です。


「同じ会社なのに」


 私は言いました。


「意味が変わった」


「手続が変わったからな」


「行政法って、手続を軽く見ると危ないですね」


「行政書士がそれ言うのか」


「今、身に染みてます」


 手続。


 昔の私は、


 中身のほうが大事だと思っていました。


 誰が契約したのか。


 いくらだったのか。


 損したのか。


 得したのか。


 でも。


 行政では、


 どう決めたか。


 その過程自体が重要です。


 私はノートの最後に、


 四つの箱を書きました。


 一般競争入札。


 不特定多数の資格ある者による競争。


 原則。


 指名競争入札。


 発注者が指名した複数者による競争。


 例外。


 随意契約。


 競争によらず特定の相手と契約。


 例外。


 せり売り。


 口頭・挙手などで価格を競う。


 動産の売払い。


 例外。


「これでいいですね」


「もう一個」


 相馬先輩。


「何です?」


「一番大事なの抜けてる」


「え?」


「何で一般競争入札が原則なんだ」


 私はペンを止めました。


 公平。


 競争。


 経済性。


 透明性。


 それだけでは、


 少し教科書っぽい。


 昨日。


 山根さんが言った言葉を思い出します。


 ――最初は、勝負にすら入れてもらえなかった。


「あ」


「何だ」


「分かりました」


 私はノートの一番下に書きました。


 ――一般競争入札は、勝たせる制度じゃない。勝負の入口を開く制度。


 相馬先輩が、


 珍しくすぐには何も言いませんでした。


「どうです?」


「まあいい」


「今日ちょっと評価高いですね」


「気のせいだ」


「またそれ」


 でも。


 まだ一行の覚え書きには長い。


 私はさらに短くします。


 ――契約は競争が原則。例外を使うなら、理由が要る。


「これなら?」


「それでいい」


 片桐所長も頷きました。


 私は四角で囲みました。


 ――契約は競争が原則。例外を使うなら、理由が要る。


 そのとき。


 事務所の外から、


 ガタガタと妙な音がしました。


「何です?」


 私が窓を開けると、


 山根さんがいました。


 軽トラック。


 荷台には、


 古びた木製の書棚。


「何してるんですか!?」


「買ってきた!」


「何を!?」


「市の払い下げ!」


「昨日の入札品ですか!?」


「いや、東浜から一個買った」


 私は固まりました。


「東浜商会から?」


「二千円」


「転売早すぎません?」


「商売だからね」


 そこへ相馬先輩も顔を出します。


「何だその棚」


「片桐先生んとこ、書類増えてるでしょう」


「いらん」


「千五百円でどうです」


「さっき二千円で買ったんじゃねえのか」


「じゃあ二千五百円」


「値上がりしてんじゃねえか」


「需要があると見ました」


 私は笑いました。


「じゃあ、せり売りにします?」


「お」


 山根さんが乗ってきました。


「二千五百円!」


「買いません」


「二千三百!」


「下がるんですか」


「二千!」


「いりません」


「千八百!」


「せり売りってそういう方式でしたっけ!?」


 相馬先輩が腹を抱えて笑います。


 奥から片桐所長が出てきました。


「千円」


「所長!?」


 山根さんが止まりました。


「……千五百で」


「千二百」


「千四百」


「千三百」


「成立!」


「買うんですか!?」


 私は叫びました。


 片桐所長が、


 書棚を見ます。


「ちょうど足りなかった」


「昨日、市役所から売られた物が、今日うちに来るんですか」


「世の中は回るんだよ」


 相馬先輩が言いました。


 数分後。


 なぜか私は、


 山根さんと一緒に書棚を運んでいました。


「重い!」


「若いんだから!」


「その理屈昨日も聞きました!」


「今日は千三百円で正式契約済みだから!」


「私の労務契約は!?」


「随意契約!」


「勝手に成立させないでください!」


 後ろから、


 相馬先輩が笑っています。


「こはる!」


「何です!」


「契約の原則は!」


「一般競争入札!」


「じゃあお前を働かせるには?」


「そもそも地方自治法は関係ありません!」


「正解!」


「こんな問題、試験に出ません!」


 どうにか書棚を事務所へ運び込みました。


 古い木の匂い。


 少し傷のついた棚。


 昨日まで、


 市の財産だったもの。


 いったん適法な手続で売却され、


 東浜商会の所有になり、


 そこから山根さんへ渡り、


 今度は片桐事務所へ来た。


「契約って」


 私は棚を見ながら言いました。


「物を動かすんですね」


「当たり前だろ」


「でも役所が契約すると」


 私は続けました。


「その物だけじゃなくて、税金とか公平とか、住民の信頼まで一緒に動く」


 相馬先輩が少しだけ黙りました。


 片桐所長は、


 新しい――いや、かなり古い書棚に六法を一冊置きました。


「だからルールがある」


「はい」


 私はノートを閉じます。


 一般競争入札。


 指名競争入札。


 随意契約。


 せり売り。


 四つの名前を覚えるだけなら、


 たぶん明日には一つくらい忘れる。


 でも。


 山根さんが、


 勝負にすら入れなかったこと。


 東浜商会が、


 競争したうえで正々堂々勝ったこと。


 市の売却額が、


 百八十万円から二百三十八万円になったこと。


 それを見たあとなら。


 たぶん忘れません。


 役所の契約は、


 誰と契約したかだけを見てはいけない。


 どうやってその相手を選んだかを見る。


 そして。


 原則を外すなら、


 そこには理由が必要。


 私はノートの最後の一行を、


 もう一度指でなぞりました。


 ――契約は競争が原則。例外を使うなら、理由が要る。


「こはる」


「はい」


 所長が言いました。


「棚」


「何です?」


「少し右」


「また私ですか」


「見習いだろ」


「契約にない業務です」


「口頭契約だ」


「合意してません!」


 相馬先輩が笑います。


「不服があるなら入札しろ」


「何を競うんですか!」


「棚を動かす料金」


「じゃあ一万円!」


「却下」


「随意契約よりひどい!」


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 どうやらここでは、


 一般競争入札の原則が導入される日は、


 まだ当分来そうにありませんでした。

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