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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

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350/616

[地方自治法・条例と規則]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の事務所は、


 昼間より少しだけ法律が静かに見えます。


 電話が鳴らない。


 来客もいない。


 相馬先輩の煙草の煙だけが、


 書棚の前をゆっくり流れていました。


 私は机の上に、


 二冊の例規集を並べています。


 片方。


 駅前広場管理条例。


 もう片方。


 駅前環境整備規則。


 そしてノートの一番上に、


 大きく書きました。


 ――条例と規則。


「……似てる」


「何がだ」


 向かいの机で相馬先輩が言います。


「見た目ですよ」


「見た目?」


「どっちも役所の決まりです」


「それで?」


「条文が並んでて、附則があって、施行日があって」


「うん」


「受験生だった頃の私、たぶん同じ棚に突っ込んでました」


「だから昨日みたいになる」


「反省してます」


 昨日。


 榊原ミツさん。


 駅前の焼きそば屋台。


 現場担当が配った紙には、


 三万円以下の罰金。


 と書かれていました。


 でも。


 実際の市長規則には、


 罰金規定はなかった。


 現場が、


 将来の条例改正の検討内容と、


 現在の規則を取り違えていた。


 沢渡課長はそれを即座に切り分けた。


 そして、


 こっちが罰金の誤りを突こうとした瞬間には。


 本丸はそこではない。


 と言わんばかりに、


 規則による露店営業の原則禁止の適法性を前へ出してきました。


「強かったですね」


「誰が」


「沢渡課長です」


「今さらか」


「こっちが一本取ったと思ったら、もう次の論点にいるんですよ」


「役所の課長が毎回穴だらけだったら、こっちが困るだろ」


「物語的には助かりますけど」


「何の話だ」


「何でもありません」


 危ない。


 私はノートへ戻りました。


 まず。


 いちばん基本。


 条例とは何か。


 規則とは何か。


「先輩」


「何だ」


「問題です」


「嫌だ」


「条例を作るのは?」


「議会」


「規則を作るのは?」


「長」


「百点」


「馬鹿にしてんのか」


 してません。


 でも。


 ここが出発点です。


 条例。


 普通地方公共団体の議会が制定する。


 規則。


 普通地方公共団体の長が、


 法令に違反しない限り、


 その権限に属する事務について制定する。


「つまり」


 私はノートに書きました。


 条例=議会。


 規則=長。


「簡単ですね」


「その言い方すると次に間違えるぞ」


 相馬先輩が言いました。


「え?」


「議会が作ったら何でも条例にできると思うな」


「あ」


「市長が作ったら何でも規則にできるとも思うな」


 そうでした。


 誰が作るか。


 だけでは足りない。


 何を。


 どこまで。


 作れるのか。


 そこまで見る。


「所長」


 私は奥を見る。


「条例はどこまで作れます?」


 片桐所長は帳簿から顔を上げました。


「法律の範囲内」


「憲法九十四条」


「そうだ」


 私は書きます。


 地方公共団体は、


 法律の範囲内で、


 条例を制定できる。


 そして地方自治法でも。


 法令に違反しない限りにおいて、


 その事務に関し条例を制定できる。


「つまり」


 私は言いました。


「地方自治だから自由に何でも決めていい、じゃない」


「当たり前だ」


「国の法律に反する条例は駄目」


「そうだ」


「命令にも反してはいけない」


「そうだ」


「上位法に抵触する部分は無効」


「そこまで覚えろ」


 私はノートに縦線を引きました。


 憲法。


 法律。


 命令。


 条例。


 規則。


「階段ですね」


「雑だな」


「でもイメージはそうです」


 上に反する下は駄目。


 ただし。


 ここでまた行政法らしい罠が来ます。


「上乗せ条例ってありますよね」


「ああ」


「法律より厳しい条例」


「それだけ聞くと矛盾して見えるな」


「そうなんですよ」


 法律に反してはいけない。


 なのに。


 法律より厳しい条例はあり得る。


 たとえば。


 法律では排出基準10ppm以下。


 条例では5ppm以下。


「法律より厳しいのに、何で違反じゃないんです?」


 相馬先輩に聞く。


「法律が10まで許すって意味なのか、最低限10まで規制しろって意味なのか」


「お」


「何だ」


「今日も格好いいですね」


「殴るぞ」


 でも。


 そこです。


 法令と条例が同じ事項を扱っている。


 それだけで、


 即座に条例が違法になるわけではありません。


 法令が何を目的とし、


 どこまで規律しようとしているのか。


 地方独自の追加規制を排除する趣旨なのか。


 そこまで見なければならない。


「上乗せ条例」


 私は書きます。


 国の法令が規制している事項について、


 同じ目的で、


 さらに厳しい規制を加える条例。


「じゃあ横出しは」


 相馬先輩。


「対象を広げる」


「例」


「法律がホルムアルデヒドだけ規制してるところに、条例でトルエンやキシレンまで加える」


「そうだ」


「でもこれも、何でも許されるわけじゃない」


「そこだ」


 私は赤線を引きました。


 上乗せ。


 横出し。


 地方自治っぽい。


 地域の事情に合わせて、


 国より厳しくしたり、


 対象を広げたりできる。


 でも。


 国の法律が、


 これ以上強い規制はしてはいけない。


 ここまでで統一する。


 そういう趣旨なら、


 条例がそこを越えることはできない。


「普通河川の判例」


 片桐所長が言いました。


「あ」


 私は思い出します。


 河川法。


 普通河川について、


 適用河川や準用河川よりも強い管理をすることを予定していない。


 そういう法体系の中で。


 地方公共団体が条例によって、


 普通河川に、


 それ以上に強い管理規制をかける。


 それは許されない。


「要するに」


 私はまとめます。


「横出しだから自由、じゃない」


「そうだ」


「法律の趣旨を読む」


「そうだ」


「また趣旨」


「行政法はだいたいそこへ戻る」


 本当に。


 条文を覚えて安心すると、


 すぐ趣旨が追いかけてきます。


 私は次の見出しを書きました。


 ――条例による財産権の規制。


「条例で、人の財産を規制していいんですか」


「昨日の屋台だって似た話だろ」


 相馬先輩。


「営業活動ですけどね」


「条例が住民の権利に影響するって意味じゃ同じだ」


「確かに」


 条例は、


 単なる庁内ルールではありません。


 住民を直接拘束する。


 だから。


 条例によって財産権を規制することもあり得る。


「ため池条例事件」


 私は書きました。


 奈良県ため池条例事件。


 条例による財産権規制も許される。


「でも」


 私はペンを止めます。


「ここ、勘違いすると怖いですね」


「何が」


「条例なら人の権利を何でも削れる、みたいに読める」


「そんなわけねえだろ」


「ですよね」


 憲法。


 法律。


 条例。


 全部つながっています。


 財産権は憲法上保障されている。


 でも、


 公共の福祉のために一定の規制はあり得る。


 そして。


 条例でも、


 法令の範囲内で、


 合理的な規制を設けることができる。


「つまり」


 私は昨日のミツさんを思い出しました。


「駅前屋台を条例で規制すること自体が、最初から不可能なわけじゃない」


「そうだ」


「だから所長も、『議会で条例を作るならまた別の戦い』って言った」


「そういうことだ」


 相手の規制が嫌だから、


 条例なら全部違法。


 ではない。


 でも。


 規制するなら、


 適切な根拠。


 適切な手続。


 適切な範囲。


 それが必要。


「法律って」


 私は呟きました。


「住民を守る盾でもあるけど、役所に適法な規制の仕方を教える設計図でもあるんですね」


 片桐所長が少しだけ頷きました。


 次。


 罰則。


 ここは昨日の核心です。


 私はノートに大きく書きました。


 ――罰金と過料は違う。


「はい、先輩」


「何だ」


「罰金は?」


「刑罰」


「過料は?」


「秩序罰」


「規則で罰金は?」


「作れない」


「規則で過料は?」


「法律で認められた範囲なら設けられる」


「百点」


「だから馬鹿にすんな」


 ここは本当に大事です。


 昨日の紙に、


 三万円以下の罰金。


 と書いてあった。


 その瞬間、


 私は規則で罰金。


 という組み合わせに違和感を持った。


 でも。


 実際の規則本文には、


 罰金も過料もなかった。


「つまり昨日は」


 私は言いました。


「罰則論点そのものは正しかったけど、事実認定は外してたんですね」


「そうだ」


「怖い」


「何が」


「法律を知ってると、紙を見た瞬間に論点が見える」


「いいことだろ」


「でも、論点が見えたからって、事実まで当たってるとは限らない」


「だから調べるんだ」


 その一言。


 たぶん行政書士実務のかなり大事なところです。


 条例なら。


 法令に特別の定めがある場合を除いて、


 条例違反者に対し、


 一定範囲の刑罰や過料を定めることができる。


 規則は違う。


 規則違反に対して、


 長が設けられるのは、


 一定額以下の過料。


 刑罰は定められない。


「過料って」


 私は言いました。


「音だけだと罰金っぽいんですよね」


「試験で引っかかる奴だな」


「そうです」


 罰金。


 刑罰。


 過料。


 行政上の秩序罰。


 似ているけど違う。


「ミツさんに説明するなら」


 私は考えます。


「どっちもお金を払うことはある。でも罰金は犯罪に対する刑罰。過料は行政上の秩序を守るための制裁」


「それでいい」


「前科とかの問題も違いますしね」


「そうだ」


「でも受験生には『罰金=刑罰、過料=刑罰じゃない』でまず切る」


「現場と試験を混ぜるなよ」


「混ぜません」


 たぶん。


 次。


 条例案は誰が出せるか。


「議員」


「はい」


「長」


「はい」


「住民」


「はい」


 相馬先輩が先に答えます。


「今日やる気あります?」


「早く帰りたい」


「理由が不純」


 条例案は、


 議員が発案できる。


 長も発案できる。


 さらに。


 住民による直接請求もある。


「ここが地方自治っぽいですね」


「何が」


「住民が、自分たちで条例を作ってくれって請求できる」


「ただし要件がある」


「選挙権を有する者の総数の五十分の一以上の連署」


「そうだ」


 私は線を引きました。


「五十分の一」


「間違えるなよ」


「監査請求とか解職請求とか、直接請求は数字地獄なんですよ」


「試験の愚痴を俺に言うな」


 住民が条例の制定や改廃を求める。


 直接請求。


 でも。


 直接請求をしたら、


 そのまま条例が成立するわけではない。


「ここも大事ですね」


「ああ」


「請求を受けた長が議会に付議する」


「意見を付けてな」


「そして議会が議決する」


「そうだ」


 住民が発案できる。


 でも、


 住民が直接条例を確定させるわけではない。


 最終的には、


 議会という住民代表機関で議論する。


「昨日、ミツさんの件で」


 私は言いました。


「市が条例改正案を議会へ出すってなりましたよね」


「ああ」


「これ、長による発案」


「そうだ」


「もし住民側から、『屋台を守る条例を作ってくれ』って直接請求することも理屈上はあり得る」


「要件満たせばな」


「なるほど」


 地方自治。


 市役所対住民。


 だけじゃない。


 長。


 議会。


 住民。


 三者がそれぞれ動ける。


 そのバランスで、


 条例は作られていく。


「だから」


 片桐所長が言いました。


「条例は市長だけのものじゃない」


「はい」


「議会だけのものでもない」


「はい」


「住民も入口を持っている」


 私はノートに丸をつけました。


 次。


 議決。


「条例は出席議員の過半数」


「可否同数なら?」


「議長」


「よし」


 相馬先輩。


「何で先輩が先生側なんですか」


「お前が毎回聞くからだ」


「では公布まで」


「議長が議決の日から三日以内に長へ送付」


「長は?」


「送付を受けて二十日以内に公布」


「施行は?」


「特別の定めがなければ公布の日から起算して十日を経過した日」


 私は固まりました。


「全部言われた」


「帰っていいか」


「まだです」


「最悪だ」


 でも。


 昨日の話とつながります。


 条例は、


 議会で可決された瞬間に、


 自動的に住民を拘束するわけではない。


 議長から長へ送る。


 長が公布する。


 施行日が来る。


「決めるだけじゃ駄目」


 私は言いました。


「住民に知らせる段階が必要」


「だから公布がある」


「はい」


「施行日はさらに別」


「はい」


 この区別。


 受験では数字の暗記。


 でも。


 現場で考えると。


 いつから住民を拘束するのか。


 それを明確にする話です。


「昨日の規則も」


 私は思い出します。


「公布日と施行日を確認しました」


「ああ」


「附則で即日施行になってた」


「だからそこは問題なかった」


「はい」


 外した論点。


 でも。


 確認したから捨てられた。


 それでいい。


 私はノートの端に、


 大きく書きました。


 ――都道府県条例と市町村条例。


「ここ」


 相馬先輩が煙草を消します。


「現代だと対等って習うところか」


「はい」


「で、お前がまた未来知識を振り回す」


「予言やめてください」


 原則として。


 都道府県と市町村は、


 上下ではなく、


 それぞれの事務を担う地方公共団体。


 ただし。


 市町村は、


 都道府県との事務配分上、


 都道府県条例に違反して事務を処理してはならない場合がある。


「ここ」


 私は首をかしげます。


「国と地方の上下関係と、県と市の関係が頭の中で混ざります」


「分けろ」


「はい」


 昭和六十三年。


 国と地方の関係には、


 機関委任事務という強い上下構造が存在する。


 一方で。


 都道府県と市町村の関係は、


 単純な上司と部下ではない。


「でも県条例に反して市が事務処理できないことがある」


「そうだ」


「違反してやった行為は?」


「無効」


「そこ強いですね」


 だから。


 湖西市が条例を作るときも、


 国の法令だけ見ればいいわけではない。


 県条例との関係も見る。


 地方自治法。


 本当に縦横に線が走っています。


「市だけ見てたら駄目なんですね」


「役所の仕事はだいたいそうだ」


「上も横も見る」


「そういうことだ」


 ここで。


 私は昨日の沢渡課長の言葉を思い出しました。


 ――規則だから軽い、条例だから重い、と単純に考えないでください。


 私はノートに書きました。


 条例>規則。


 そして。


 少し迷ってから、


 横に大きくバツを書きました。


「お」


 相馬先輩。


「何で消した」


「雑だからです」


「説明してみろ」


 法形式として。


 条例は議会が制定する。


 規則は長が制定する。


 規則は条例に反することはできない。


 だから階層だけ見れば、


 条例のほうが上位。


 でも。


「規則だから、住民は無視していい、ではない」


「そうだ」


「長が権限内で適法に制定した規則には、ちゃんと法的効力がある」


「そうだ」


「昨日の沢渡課長が言ってたこと」


「珍しく覚えてるな」


「失礼ですね」


 問題は。


 重い軽い。


 ではない。


 権限。


 根拠。


 委任。


 そして内容。


「だから昨日」


 私は言いました。


「規則に罰金が書いてあるならおかしい。でも、規則による露店規制そのものまで、規則だから無効とは言えなかった」


「そうだ」


「条例の委任の範囲かを見る必要があった」


「そこだ」


 私は二重線。


 ――規則か条例かだけで勝負を決めない。


 ――誰が、何を、どこまで決められるかを見る。


 次。


 昭和と現代。


 私はノートのページをめくりました。


「来ました」


「何が」


「地雷原」


「お前だけだ」


 昭和六十三年。


 地方自治。


 まだ機関委任事務の時代。


 国の通達。


 強い指揮監督。


 首長が、


 地方公共団体の長でありながら、


 国の機関として事務を処理する場面がある。


「昨日も」


 私は言いました。


「国からの指導が来てるって沢渡課長が言ってました」


「ああ」


「現代の感覚だと、じゃあ市は国と対等なんだから独自に判断すればって言いそうになる」


「お前は言った」


「忘れてください」


「無理だ」


 平成十一年。


 地方分権一括法。


 機関委任事務は廃止。


 現代は、


 自治事務。


 法定受託事務。


 という整理になる。


「何で変えたんでしょう」


 私は片桐所長に聞きました。


「国の下請けでは、自治にならんからだ」


 短い。


 でも十分でした。


 地方公共団体が、


 地域の事情に応じて判断する。


 それが地方自治。


 なのに。


 首長が国の機関として、


 上からの指揮監督に強く拘束される。


 それでは、


 地方の自主性は弱い。


「だから現代では」


 私は書きます。


 国と地方。


 対等・協力。


 機関委任事務。


 廃止。


 自治事務。


 法定受託事務。


「でも」


 私は昨日を思い出します。


「昭和でも、国の通達があるから何でもできるわけじゃなかった」


「当たり前だ」


「沢渡課長もそこは認めてた」


「通達は魔法じゃねえ」


「はい」


 国からの指導がある。


 それは。


 行政目的の必要性を支える事情にはなる。


 でも。


 条例制定権。


 規則制定権。


 法令との関係。


 そういう法的限界を消すものではない。


「つまり」


 私はまとめます。


「昭和は国の影響が強い。でも、地方自治法の枠まで消えるわけじゃない」


「そういうことだ」


 厳しい時代だからこそ。


 使える条文を正確に使う。


 そこに意味がある。


 私は少し休んで。


 最後の見出しを書きました。


 ――昨日の事件を整理。


「やっと終わるか」


「まとめが残ってます」


 榊原ミツさん。


 現場担当の文書。


 三万円以下の罰金。


 ここで最初の論点。


 規則で刑罰たる罰金を定めることはできない。


 ただし。


 実際の規則本文に罰金はなかった。


 現場文書の誤り。


 だから。


 事実確認が必要だった。


 二つ目。


 規則による露店営業の原則禁止。


 規則だから即無効。


 ではない。


 条例による委任がある。


 市長に駅前管理の権限がある。


 その範囲で、


 具体的な管理方法を規則化することはあり得る。


 ただし。


 住民の営業活動を広く制約する重要事項まで、


 抽象的な委任条項だけで規則に委ねてよいのか。


 そこは問題になる。


 三つ目。


 市は規則の適法性を維持しつつ、


 紛争予防と民主的正当性を強めるため、


 議会に条例改正案を出す方向へ進んだ。


「沢渡課長」


 私は言いました。


「上手かったですよね」


「ああ」


「間違いを認めるところは認める」


「ああ」


「でも市の本丸は守る」


「ああ」


「それで最後は条例化する」


「ああ」


「嫌な相手ですね」


 片桐所長がぽつりと言いました。


「相手を馬鹿にするな」


 私は所長を見る。


「行政も?」


「当然だ」


「でも間違えることはある」


「ある」


「じゃあ」


「間違いを探すんじゃない」


 所長が言いました。


「根拠を探せ」


 私はペンを止めました。


 なるほど。


 相手の失敗を期待する。


 ではない。


 役所が正しいと思っているなら、


 なぜ正しいのか。


 その根拠を出させる。


 そして、


 こちらも根拠を出す。


 最後に。


 法令と条例と規則のどこに線があるのか。


 そこを詰める。


「行政書士って」


 私は呟きました。


「けっこう地味ですね」


「今さら気づいたのか」


「もっとこう、書面をバーンって出して役所がぐぬぬってなるかと」


「漫画の読みすぎだ」


「でも」


 私はノートを見ました。


「地味だけど、強いですね」


 誰が決めたか。


 根拠は何か。


 委任はあるか。


 上位法に反していないか。


 手続は正しいか。


 施行日はいつか。


 罰則の種類は何か。


 一つずつ。


 逃げ道を塞ぐ。


 怒鳴らない。


 脅さない。


 でも。


 根拠のない部分だけは、


 確実に切り落とす。


「所長」


「何だ」


「一行の覚え書き、できました」


「言え」


 私はノートの最後に書きました。


 ――条例は議会、規則は長。大事なのは名前より、「誰が何をどこまで決められるか」。


 相馬先輩が覗き込みます。


「長い」


「内容が多いんです」


「もっと短くしろ」


「じゃあ」


 私は考えます。


 そして。


 その下にもう一行。


 ――役所のルールは、名前より権限を見る。


「お」


 相馬先輩。


「それなら覚えやすい」


「褒めました?」


「気のせいだ」


「またそれ」


 窓の外を見ると。


 駅前祭りの提灯がまだ残っています。


 昨日。


 ミツさんの鉄板から上がっていた白い湯気。


 百五十円の焼きそば。


 あれを守ったのは、


 大げさな正義ではありませんでした。


 罰金と過料を区別すること。


 規則本文を確認すること。


 旧許可の効力を見ること。


 条例の委任範囲を読むこと。


 市に根拠を書面で出させること。


 全部、


 地味です。


 でも。


 法律の力は、


 たぶんそういう地味なところにあります。


 市長が決めた。


 議会が決めた。


 国が言った。


 役所が言った。


 それだけでは、


 まだ足りない。


 誰に権限があるのか。


 どこまで委任されているのか。


 上位の法に反していないか。


 その確認を積み重ねる。


 そうすれば。


 強い相手にも、


 喧嘩ではなく法理で向き合える。


「こはる」


「はい」


「終わったか」


「はい」


「じゃあ帰るぞ」


「待ってください」


「何だ」


「昨日の焼きそば、また食べたいです」


「買って帰れ」


「経費になりません?」


「ならねえ」


「地域経済活性化の調査です」


「ならねえ」


「駅前環境整備の実地確認」


「ならねえ」


「条例と規則の効果検証」


「ならねえ」


 奥で片桐所長が帳簿を閉じました。


「こはる」


「はい」


「規則を作るか」


「何のです?」


「事務所内飲食規則」


「え」


「私費とする」


「横暴です!」


「所長の権限だ」


「法令に違反しない限りですよ!」


「違反してない」


「じゃあ議会を開きます!」


「誰が議員だ」


「私と相馬先輩です!」


「俺を巻き込むな」


「二人なら過半数取れます!」


「議長は誰だ」


「所長です!」


「可否同数なら負けるじゃねえか!」


 相馬先輩が吹き出しました。


 所長も、


 ほんの少しだけ口元を緩めました。


 私はノートを閉じます。


 どうやら。


 片桐行政書士事務所では、


 地方自治法の民主主義が導入される予定は、


 当分なさそうです。

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