[地方自治法・住民の選挙権と被選挙権]法理編 こはるノート
同じ町に住んでいても、同じ政治の権利を持つとは限りません。
逆に。
その町に住んでいなくても、その町の長を目指せることがあります。
法律というものは、ときどき。
地図より先に、人を分類します。
夕方。
片桐行政書士事務所。
森川さんたちが帰ってから、私は机の上にノートを広げていました。
右上には、今日の日付。
その下に。
大きく三つ。
――住民。
――選挙権。
――被選挙権。
「……似てる」
「何がだ」
向かいの机で、相馬先輩が煙草に火をつけます。
「この三つです」
「字が?」
「意味が」
「似てねえだろ」
「試験問題になると似るんですよ」
「それはお前が混ぜてるだけだ」
「痛いところを」
私は鉛筆を持ち直しました。
今日の私は二回も事故りました。
一回目。
湖西市外へ転居した森川さんに、
三か月住所がないから市長選には出られないのでは。
と思いかけた。
二回目。
十九歳の美咲さんに、
投票できます。
と言い切った。
現代の知識を昭和六十三年へ持ち込んだせいです。
「今日は」
私は言いました。
「この三つを絶対に混ぜないようにします」
「勝手にやれ」
「付き合ってください」
「嫌だ」
「所長」
「付き合え」
奥から片桐所長。
「毎回それずるくないですか」
相馬先輩がぼやきました。
「組織とはそういうものだ」
「行政より強権的だな、ここ」
私は聞かなかったことにしました。
まず。
住民。
私はノートに書きます。
――市町村の区域内に住所を有する者。
「これが出発点ですね」
「そうだ」
片桐所長が言いました。
「森川さんは?」
「今は浜松市に住所がある。だから浜松市の住民」
「湖西市の住民ではない」
「はい」
ここまでは分かりやすい。
住んでいる場所。
住所。
その区域内に住所がある。
それなら、その市町村の住民になる。
さらに。
その市町村を包括する都道府県の住民でもある。
「でも問題はここからです」
私は赤鉛筆を持ちました。
住民。
イコール。
日本国民。
ではない。
「外国人でも、住所があれば住民になり得る」
「ああ」
「法人も?」
「住所を有するなら、地方自治法上の住民に含まれる」
私は丸で囲みました。
――住民という概念は、選挙権者より広い。
「ここ、試験で引っかけやすそうですよね」
「例えば?」
「『住民とは、日本国民たる自然人をいう』」
「×だな」
「はい」
「外国人を落としてる」
「法人も落としてます」
つまり。
地方自治法上の「住民」という言葉は。
投票箱へ紙を入れられる人だけを意味しているわけではありません。
地域社会を構成する主体として、もっと広く捉えている。
でも。
「じゃあ外国人や会社も選挙で投票できるんですか、って話になる」
「ならねえ」
相馬先輩が即答しました。
「そこが今日の一番大事な切れ目です」
私は線を引きました。
住民であること。
選挙権を持つこと。
これは別。
「住民なら、住民として認められる権利義務がある」
片桐所長が言います。
「だが、住民に関する権利が全部、誰にでも同じ形で認められるとは限らない」
「はい」
私はノートの中央に書きました。
――住民 ≠ 有権者。
「この記号、何だ」
「等しくない」
「横文字みたいな書き方すんな」
「未来では普通です」
「また未来か」
今日も未来人に厳しい。
次。
選挙権。
「これは簡単です」
「さっき十九歳にあるって言った奴が言うな」
「もう忘れてください!」
「無理だな」
悔しい。
でも。
だからこそ、もう間違えません。
昭和六十三年。
地方公共団体の議会の議員や長を選ぶ地方選挙。
この時代の選挙権年齢は。
満二十歳。
「現代だと十八歳です」
「知らん」
「知ってください」
「何十年先だ」
「かなり先です」
「じゃあ知らん」
相馬先輩の理屈は、時系列には強い。
私はノートに二列作りました。
昭和六十三年。
満二十歳以上。
現代。
満十八歳以上。
「ここ、転生者が一番踏みやすい地雷でした」
「お前だけだ」
「いや、絶対いますって」
現代の感覚では。
十八歳になれば選挙。
高校生有権者。
それが普通になっています。
でも昭和六十三年では違う。
十九歳の美咲さんは湖西市にずっと住んでいる。
正真正銘の住民。
でも年齢要件を満たさない。
だから投票できない。
「じゃあ年齢だけ満たせばいいか」
相馬先輩が聞きました。
「違います」
「何が要る」
「日本国民であること」
「うん」
「さらに、その市町村の区域内に引き続き一定期間、住所を有していること」
「期間は」
「三か月」
「そこは未来でも同じか」
「基本的な整理としては、はい」
私は書きます。
地方選挙の選挙権。
日本国民。
年齢要件。
そして。
引き続き三か月以上、その市町村の区域内に住所を有すること。
「この三か月」
私は言いました。
「昨日、市長の立候補資格と混ぜました」
「見事にな」
「もう言わないでください」
でも。
混同した理由は分かります。
市議会議員。
市長。
どちらも地方選挙。
だから同じように、
その市に住んでいなければ駄目。
と思い込みやすい。
しかし。
法律はそこで分かれます。
「次です」
私は新しい見出しを書きました。
被選挙権。
選挙で、
選ぶ権利ではない。
選ばれる側に立つ権利。
「森川さんの事件はここでした」
「市長選だな」
「はい」
私はまず、
市町村議会議員。
と書きました。
「市議会議員は?」
「満二十五歳以上」
「それだけか」
「違います」
日本国民。
そして。
その市町村議会議員の選挙権を有すること。
つまり。
三か月以上その市町村に住所を有するなど、選挙権側の条件が効いてくる。
「だから森川さんは」
私は言いました。
「湖西市議会議員には、そのままでは出られない」
「今は浜松市の住民だからな」
「はい」
「じゃあ市長は?」
「違う」
私は大きく書きました。
市町村長。
日本国民。
満二十五歳以上。
住所要件なし。
「これですよ」
「何がだ」
「直感破壊ポイント」
「そんな名前付けんな」
「だって市議には住所が必要なのに、市長にはないんですよ」
「法律がそうしてんだ」
「そこを覚えるのが大変なんです」
森川さん。
二十八歳。
日本国民。
湖西市外の浜松市に住所。
それでも。
湖西市長の被選挙権について、
湖西市に三か月以上住んでいないことだけを理由に排除されるわけではない。
「だから昨日」
私は言いました。
「市役所で確認した結果、立候補の道が残った」
「そういうことだ」
立候補できる。
当選できる。
市政をちゃんと運営できる。
全部別の話です。
法律が保障するのは、
要件を満たす者を、住所がないという理由だけで候補者になる入口から排除しないこと。
そこから先は。
有権者が選ぶ。
「じゃあ都道府県議会議員」
相馬先輩が言います。
「え?」
「続けろ」
「抜き打ちやめてください」
「試験だと思え」
私は考えます。
都道府県議会議員。
日本国民。
満二十五歳以上。
そして。
その都道府県議会議員の選挙権を有すること。
「だから住所関係あり」
「そうだ」
「知事は?」
「満三十歳以上」
「ほかは」
「日本国民」
「住所は」
「不要」
「よし」
ちょっと嬉しい。
私は表にします。
市町村議会議員。
二十五歳以上。
選挙権が必要。
だから住所要件あり。
都道府県議会議員。
二十五歳以上。
選挙権が必要。
だから住所要件あり。
市町村長。
二十五歳以上。
住所要件なし。
都道府県知事。
三十歳以上。
住所要件なし。
「つまり」
私はペンを止めました。
「議員は住所あり。長は住所なし」
「覚え方としては悪くねえ」
「ですよね」
「ただし雑に覚えて、法律上の要件を飛ばすなよ」
「はい」
試験では語呂で覚えても。
現場では。
なぜその人が出られるのか。
何を満たしているのか。
一個ずつ確認する。
そこを飛ばしてはいけません。
「でも、所長」
私は聞きました。
「なんで長には住所要件がないんですか」
「そこまで条文に理由は書いてない」
「ですよね」
「ただ」
片桐所長が言います。
「制度として、長については候補者をその地域の住民だけに閉じ込めていない」
「外から人材を呼べる」
「そういう結果にはなる」
極端に言えば。
その地域に現在住所がない人でも。
日本国民で。
年齢その他の要件を満たしていれば。
長の候補者になる道がある。
「県知事も同じ」
「そうだ」
「だから、沖縄に住んでいる人が北海道知事選に立候補することも、住所だけを理由には排除されない」
「そういう整理だ」
「すごい制度ですね」
「候補者として立てるのと、地元民が票を入れるのは別だからな」
「あ」
なるほど。
住所要件を課さない。
だから誰でも当選できる。
ではない。
最後は。
その地域の有権者が判断する。
地域を知らない。
信用できない。
そんな人なら。
票を入れなければいい。
被選挙権の入口と、
政治的な評価。
ここでも役割が分かれている。
「じゃあ外国人は?」
相馬先輩が聞きました。
「選挙権?」
「両方」
私はノートを見ました。
地方自治法上。
外国人でも住所があれば住民には含まれる。
しかし。
選挙権。
被選挙権。
これは別。
「日本国民であることが要件」
「そうだ」
「だから住民ではあっても、地方公共団体の議会議員や長の選挙権・被選挙権が当然に認められるわけではない」
「そこを混ぜるな」
「はい」
ここは大事です。
住民という言葉から、
住民なんだから全部の住民権が使える。
と広げすぎない。
逆に。
選挙権がないなら住民ではない。
とも考えない。
範囲が違う。
「法人も同じですね」
「法人に投票用紙持たせる気か」
「株式会社片桐行政書士事務所、一票」
「うちは株式会社じゃねえ」
「そうでした」
「そこからかよ」
相馬先輩が呆れます。
でも。
試験では本当に。
この種の言葉のズレが狙われます。
住民。
人間だけとは限らない。
外国人を含まないとも限らない。
しかし。
選挙権になると、日本国民という要件が出てくる。
「法律って」
私は言いました。
「同じ人を何通りにも見るんですね」
所長がこちらを見ます。
「どういう意味だ」
「一人の外国人でも、地方自治法上は住民として扱われる場面がある。でも選挙権者としては扱われない」
「うん」
「一つの『人』を、一個の資格だけで見るんじゃない」
「そうだ」
住民か。
選挙人か。
候補者になれるか。
条例上の対象者か。
請求権者か。
その制度ごとに、
要件を見る。
これ。
地方自治法に限らず大事な考え方かもしれません。
私はページをめくりました。
「次。昭和と現代の違い」
「来たな」
相馬先輩が嫌そうな顔をします。
「ここは絶対やります」
「昨日もやっただろ」
「十九歳の美咲さんに選挙権があると言ったので、反省会です」
「ならやれ」
まず。
選挙権年齢。
昭和六十三年。
満二十歳以上。
現代。
満十八歳以上。
「これは大きいですね」
「二歳だろ」
「有権者になる時期が二年違うんですよ」
十八歳。
十九歳。
現代なら投票できる。
昭和六十三年なら投票できない。
同じ人物でも。
同じ年齢でも。
法律が違えば権利の有無が変わる。
「だから」
私は言いました。
「今の行政書士試験を勉強してる人は十八歳で覚えればいい」
「ああ」
「でも昭和の事件を書く私が十八歳で判断すると事故る」
「もう事故った」
「はい……」
私は赤字で、
――昭和=20!
と書きました。
「でかいな」
「二度と間違えないためです」
「でも」
私はもう一つ書きました。
地方自治そのものも。
昭和と現代では違う。
「選挙権と直接関係あるのか?」
「今日、市役所で私、条例で十九歳から投票できるようにすれば、みたいなこと言ったじゃないですか」
「あれは酷かったな」
「そこまで言います?」
もちろん。
地方自治には条例制定権がある。
住民自治。
団体自治。
地域のことを地域で決める。
でも。
だからといって。
国の法律で定められている選挙資格まで、
市が好き勝手に書き換えられるわけではない。
「役所が偉いんじゃねえ、条例が偉い」
相馬先輩が言いました。
「先輩の名言ですね」
「だが」
煙草を灰皿へ押しつける。
「条例も、法律を無視して王様になれるわけじゃねえ」
「はい」
自治。
自由。
この二つを同じものだと思ったら危ない。
地方自治は。
国から完全に独立した小国家を作る制度ではありません。
法律の枠組みの中で。
地方公共団体が自ら処理し、
住民が政治に参加する。
そのための制度。
しかも。
昭和六十三年。
地方分権改革より前です。
「ここから嫌な話ですね」
「何がだ」
「機関委任事務」
相馬先輩が煙草の箱を机に置きました。
「お前、未来じゃなくてもその言葉知ってんのか」
「一応、受験知識として」
当時。
地方公共団体の長が、
国の機関として国の事務を処理する仕組み。
機関委任事務。
そこでは。
国の指揮監督が非常に強い。
通達。
監督。
上下関係。
現代の、
国と地方は対等・協力。
という建前から見ると。
ずいぶん景色が違う。
「未来では」
私は言いました。
「機関委任事務は廃止されます」
「また未来か」
「自治事務と法定受託事務に整理される」
「長いな」
「大改正なので」
平成十一年の地方分権一括法。
その後。
国と地方の関係は。
上下・主従型から、
対等・協力を基本とする方向へ改められていく。
「じゃあ未来では、市が好きに選挙権年齢決められんのか」
「それはできません」
「なら同じじゃねえか」
「そこは同じです」
私は笑いました。
「地方分権が進んでも、法律で全国的に定める事項まで全部自治体任せになるわけじゃない」
「当たり前だ」
「はい」
ここ。
大事です。
地方分権。
イコール。
何でも自治体が決められる。
ではない。
現代でも法令の枠組みはある。
ただ。
国と地方の関係の作り方が大きく変わった。
「昭和だと」
私はノートに矢印を書きました。
国。
下向きの太い矢印。
地方。
「ずいぶん露骨だな」
「イメージです」
「未来は?」
横に並べます。
国 ⇔ 地方。
「対等・協力」
「理想図っぽいな」
「制度理念として、です」
「現場はいつでもそんな綺麗じゃねえ」
「それは未来でも同じでしょうね」
相馬先輩が少し笑いました。
「じゃあ今日の事件に戻ります」
私は森川さんの名前を書きました。
森川修一。
二十八歳。
浜松市在住。
湖西市長選への立候補希望。
「最初、私は」
市外居住。
だから不可。
そう思いかけた。
でも。
それは、
選挙権の住所要件と。
議員の被選挙権の住所関係を。
市長の被選挙権にまで持ち込んだから。
「要件の混線ですね」
「そうだ」
片桐所長が言いました。
「法律相談で怖いのは、知らないことだけじゃない」
「知ってることを間違った場所に使うこと」
「そうだ」
う。
刺さります。
私は法律を知らなかったわけではありません。
三か月。
二十五歳。
住所。
選挙権。
全部知っていた。
でも。
どの権利の要件かを取り違えた。
知識があるせいで、
間違った答えに自信を持ちかけた。
「これ」
私は呟きました。
「試験でも怖いですね」
「実務ならもっと怖い」
相馬先輩が言います。
「受験なら一問落とすだけだ」
「はい」
「現場で『あなた立候補できません』って間違えたら?」
「その人が立候補を諦めるかもしれない」
「そういうことだ」
私は黙りました。
昨日の森川さんが、
まさにそうでした。
市役所の言葉を、
市外なら無理。
と受け取っていた。
もし。
誰も確認しなかったら。
本人も、
そういう法律なんだ。
と諦めていたかもしれない。
被選挙権。
難しい単語です。
でも。
それを間違えるということは。
候補者になる入口を。
間違った理由で閉じることでもあります。
「美咲さんは?」
所長が聞きました。
「十九歳」
「それだけか」
「湖西市の住民」
「うん」
「でも昭和六十三年では選挙権年齢に達していない」
「だから投票できない」
「はい」
「じゃあ未来なら」
「十八歳以上なので、ほかの要件を満たせば投票できる」
「時代を見ろ」
「はい」
昨日の相馬先輩の言葉を思い出します。
今使える制度で仕事しろ。
行政不服審査法でもそうでした。
地方自治法でもそう。
未来の制度を知っている。
それは強みです。
なぜ変わったか。
何が問題だったか。
比較できる。
でも。
現場で適用する法律は、
その時代の法律。
「未来を知ってるからって」
私は言いました。
「未来法を先取りして適用していいわけじゃない」
「当たり前だ」
「タイムトラベラーに法律は冷たい」
「法律はお前が未来人だって知らねえよ」
「それもそうですね」
私は最後のページを開きました。
「まとめます」
「やっとか」
「まず住民」
市町村の区域内に住所を有する者。
外国人も含み得る。
法人も含み得る。
「次、選挙権」
日本国民。
昭和六十三年では満二十歳以上。
現代では満十八歳以上。
そして地方選挙では、
引き続き三か月以上の住所要件。
「次、被選挙権」
市町村議会議員。
満二十五歳以上。
その市町村で選挙権を有すること。
都道府県議会議員。
満二十五歳以上。
その都道府県で選挙権を有すること。
市町村長。
満二十五歳以上。
住所要件なし。
都道府県知事。
満三十歳以上。
住所要件なし。
「そして」
私は大きく囲いました。
――住民であることと、選挙権・被選挙権は別問題。
「そこだ」
所長が言いました。
「資格ごとに要件を見る」
「はい」
「名前の似た権利をまとめて考えるな」
「はい」
「住所が要るのか」
「はい」
「年齢はいくつか」
「はい」
「国籍は」
「はい」
「何の資格について聞かれているか」
「それが一番先ですね」
私は頷きました。
行政書士試験の問題文。
短いです。
でも。
その一行の中で。
選挙権。
被選挙権。
議員。
長。
市町村。
都道府県。
それを読み違えると。
知っている数字が全部敵になります。
「じゃあ、一行の覚え書き」
相馬先輩が言いました。
「先に言うようになりましたね」
「毎回やるんだろ」
「はい」
私はペンを構えました。
まず書きます。
――住民、選挙権者、候補者は同じではない。選ぶ権利と選ばれる権利を分けて要件を見る。
「長い」
「やっぱり?」
「一行に収まってても長い」
「じゃあ短くします」
少し考えて。
私は書きました。
――「住んでいる」「選べる」「選ばれる」は、全部別。
相馬先輩が見ます。
「……まあいい」
「おお」
「何だ」
「今日は早めに合格が出ました」
「調子乗るな」
でも。
たぶん。
これなら忘れません。
住民。
選挙権。
被選挙権。
似ているようで。
一枚ずつ違う札です。
外はもう暗くなっていました。
駅前の商店街に灯りがつき始めています。
森川さんは。
本当に市長選へ出るのでしょうか。
出たとして。
勝てるのでしょうか。
分かりません。
行政書士は、
選挙に勝たせる仕事ではありません。
市長にしてあげることもできません。
できるのは。
その人に法律上、
入口へ立つ資格があるのか。
それを正確に確認すること。
閉じている扉を無理やり開けることではなく。
本当は開いている扉を、
勘違いで閉じたままにしないこと。
それだけです。
でも。
昨日の森川さんは。
最初から出られないと思っていました。
市外に住んでいるから。
住民じゃないから。
だから市長にはなれない。
そう思っていた。
実際には。
市長の被選挙権に、その住所要件はなかった。
法律を一つ確認しただけで。
「無理です」
が。
「出られます」
に変わった。
政治を変えられるかどうかは。
その先の話です。
でも。
参加する資格を間違えないこと。
そこが、
住民自治の最初の一歩なのかもしれません。
私はノートを閉じました。
「終わりました」
「じゃあ帰るぞ」
相馬先輩が立ち上がります。
「待ってください」
「今度は何だ」
「一個だけ疑問が」
「嫌な予感するな」
「私、十八歳ですよね」
「ああ」
「昭和六十三年だから、選挙権ないですよね」
「ないな」
「でも行政書士試験の勉強はしてる」
「してるな」
「地方自治法もこんなに覚えてる」
「だから?」
私は拳を握りました。
「市長より詳しかったらどうするんですか!」
「知らねえよ!」
「十九歳の美咲さんも投票できない!」
「そうだ!」
「なのに浜松市に住んでる森川さんは市長候補になれる!」
「今日ずっとそれ勉強しただろ!」
「頭では分かりますけど感情が!」
片桐所長が帳簿を閉じます。
「こはる」
「はい」
「あと二年待て」
「長いです!」
「法改正を待つか」
「もっと長いです!」
相馬先輩が吹き出しました。
「未来じゃ十八なんだろ?」
「そうですよ」
「じゃあ未来へ帰れ」
「帰れないんです!」
「なら二十歳になれ」
「身も蓋もない!」
私はノートを開き直し。
一行の覚え書きの下に。
小さく付け足しました。
――なお、昭和六十三年の私は、まだ投票できない。
「そこ試験に出ねえぞ」
「私の人生には出てます!」
今度は片桐所長まで笑いました。
法律は。
公平です。
未来人だからといって。
年齢要件を二歳まけてはくれません。
どうやら私は。
地方自治を学びながら。
住民自治に参加できるその日まで。
もう少しだけ、
見習いでいることになりそうです。
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