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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政手続法

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34/282

[行政手続法1条・目的]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ法律が似合います。


 電話が減る。


 来客も途切れる。


 窓から差し込む西日が、書棚の六法やファイルの背中を赤く染める。


 そして私の机の上には。


「……巾着、返してください」


「嫌だ」


 相馬先輩が即答しました。


「それ、水野さんが三つ持ってきてくれたうちの一つですよね」


「そうだな」


「所長が要らないって言ったからって、どうして先輩が二つ取るんですか」


「総合的に判断した」


「その言葉、今日もう使用禁止です」


 私は机を叩きました。


「配分基準を開示してください」


「俺一人、巾着二個。お前ゼロ」


「結果しか開示されてない!」


 ひどい行政運営です。


 しかも行政ですらありません。


 ただの強奪です。


 奥で新聞を読んでいた片桐所長が、顔も上げずに言いました。


「勉強しろ」


「はい」


 所長の命令は、相変わらず理由提示が簡潔すぎます。


 私は渋々椅子へ座り、昨日――いえ、今日の昼間に途中まで書いたノートを開きました。


 ページの一番上には、


 行政手続法 一条 目的


 その下に、


 公正。


 透明性。


 権利利益の保護。


 とだけ書いてあります。


 昨日までの私なら。


 いや、未来の受験生だった頃の私なら。


 ここを見て、


 はいはい、目的条文ね。


 公正、透明性、権利利益。


 語呂合わせ作りますか。


 くらいで終わっていたはずです。


 でも今日は違いました。


 水野春江さん。


 駅前商店街の洋裁店。


 景観整備事業の補助金に申請して、不採択。


 通知には理由なし。


 問い合わせても、


「総合的に判断しました」


 それだけ。


 基準も見えない。


 何が足りなかったかも分からない。


 向かいの大黒堂は通っている。


 しかも、そこの社長は観光協会の役員。


 再開発に意見した自分だけ落とされた。


 そんなふうに疑ってしまうのも無理はありませんでした。


 けれど、市役所で評価内容を確認すると。


 春江さんの評価は、


 景観改善効果、高。


 事業継続性、高。


 駅前全体への波及効果、中。


 観光振興への寄与、低。


 つまり。


 再開発に文句を言ったから落とされた、と確認されたわけではない。


 観光振興への寄与を重く見る審査の中で、点が伸びなかった。


 そして、その評価軸が事前には外から見えなかった。


 そこが問題でした。


「相馬先輩」


「何だ」


「行政手続法一条って、何をする法律なんですか」


「お前、昨日からその本読んでるのにそこからか」


「目的条文を雑に扱う受験生、多いんですよ」


「お前のことだろ」


「はい」


 即死しました。


 私は咳払いしてノートへ向き直ります。


「未来の条文では――」


「未来言うな」


「心の中では未来なんです」


「怖いからやめろ」


 私は言い直しました。


「行政手続法は、行政が何かするときの手続について、共通するルールを定める法律です」


「“何か”って何だ」


「そこが今日の一個目ですね」


 私はノートに四つ、並べました。


 処分。


 行政指導。


 届出。


 命令等を定める手続。


「この四つです」


「四つ?」


「はい」


「補助金は?」


 いきなり刺してきます。


 私はペンを止めました。


「そこ、今日の事件をそのまま行政手続法に当てはめると危ないところです」


 相馬先輩が少し眉を上げました。


「どういう意味だ」


「行政手続法は、行政がやること全部に適用される法律じゃないんです」


 私はノートの四つを丸で囲みました。


 処分。


 行政指導。


 届出。


 命令等制定手続。


「まず、この法律が対象にしている行為の種類を見ないといけない」


「今日の補助金不採択は処分じゃないのか?」


「そこは制度ごとに確認が必要です」


 私は答えました。


「補助金の交付・不交付が行政手続法上の『処分』に当たるかは、根拠法令や制度の仕組みによります。単に市が金を出す事業だから当然に処分、とは言えません」


「逃げたな」


「慎重と言ってください」


「受験生みたいになってきた」


「受験生なんです!」


 こういうところです。


 行政法は、


 それっぽいから処分。


 役所が決めたから処分。


 では危ない。


 行政庁が法令に基づいて、国民の権利義務や法的地位を一方的に具体的に形成・確定するような行為なのか。


 そこを見なければならない。


 今日の春江さんの件は、


 行政手続法一条の「目的」を理解する素材としてはぴったりです。


 でも、


「だから不採択通知に行政手続法がそのまま全部適用される」


 と一足飛びに言ったら、試験ではたぶん崖から落ちます。


「じゃあ、行政手続法一条は何のためにある」


 片桐所長が新聞を畳みました。


 来ました。


 授業開始です。


「行政運営における公正の確保と、透明性の向上を図るためです」


「それで?」


「国民の権利利益の保護に資する」


「言えたな」


「条文丸暗記だけなら」


 私はノートへ大きく書きます。


 行政運営における公正の確保。


 透明性の向上。


 もって、国民の権利利益の保護に資する。


「この『透明性』って、条文でわざわざ意味まで書いてあるんですよね」


「どういう意味だ」


 相馬先輩が聞きます。


「行政上の意思決定について、その内容と過程が国民にとって明らかであること」


「過程もか」


「はい」


 私は昼間の市役所を思い出しました。


 最初に春江さんへ見えていたのは、


 不採択。


 という結果だけでした。


 どういう基準で。


 何を評価して。


 どこが足りなかったのか。


 全部、見えない。


「透明性って、“役所が決めた結果を公開します”だけじゃないんですね」


「そうだ」


 所長が言いました。


「どう決めたかが見えることも含む」


「だから『内容及び過程』」


「そういうことだ」


 私は赤線を引きました。


 ここ。


 たぶん試験で雑に読んではいけません。


 透明性とは、


 単に情報が何か出ていること。


 ではない。


 行政上の意思決定について、


 内容。


 そして過程。


 それが国民にとって明らかであること。


 春江さんの件で言えば。


「不採択になりました」


 だけでは、結果しか見えていません。


 でも、


 審査項目はこれです。


 あなたの評価はこうでした。


 この項目で点が低かった。


 今回はこちらを重く見た。


 そう分かれば。


 結論に納得するかは別として、


 少なくとも結論へ至った道筋は見えてくる。


「じゃあ、公正って何です?」


 私が聞くと、相馬先輩が鼻で笑いました。


「役所がズルしないことだろ」


「雑!」


「だいたい合ってるだろ」


「だいたいでは困ります」


 所長が口を挟みました。


「同じような立場の者を、理由なく違って扱わない。恣意的に決めない。決め方そのものに一定のルールを置く。そう考えればいい」


「なるほど」


 私は書きました。


 公正。


 行政が気分や好き嫌いで動かないよう、一定の手続を置く。


「今日、春江さんが疑っていたのは、そこですよね」


「ああ」


「大黒堂は観光協会役員の店。自分は再開発に意見した。そのせいで落とされたんじゃないか」


「そう思った」


「でも、それが本当かどうか確かめる材料がなかった」


「だから透明性が必要になる」


 所長が言いました。


 私はそこで、少し納得しました。


 公正と透明性。


 別々の言葉ですが、かなり仲がいい。


 役所が公平にやっています。


 そう言うだけでは足りない。


 本当にそうなのか、外からある程度確かめられるようにする。


 逆に。


 中身を見せることで、


 恣意的ではないことを確認しやすくなる。


「つまり」


 私は言いました。


「公正を確保するためにも、透明性が役に立つ」


「そう考えれば理解しやすい」


 所長が頷きました。


 そして最終目的は、


 国民の権利利益の保護。


「ここ、『権利利益を保護する』じゃなくて、『保護に資する』なんですね」


 私は条文の言葉を思い出します。


「そういう細かいところ気にするようになったか」


 相馬先輩が言いました。


「試験に毒されてます」


「行政手続を整えれば、必ず国民の希望どおりの結果になるわけじゃない」


 所長が言いました。


「だから、“資する”だ」


 春江さんは。


 理由を説明してもらいました。


 基準も一部見えました。


 でも補助金はもらえなかった。


 それでも。


 来年なら、観光客向けサービスを組み込む。


 駅前案内を置く。


 申請内容を変える。


 そうやって次の行動を選べます。


「権利利益の保護って、勝たせることじゃないんですね」


「当たり前だ」


 相馬先輩が言いました。


「全員通したら審査にならん」


「そうなんですけど」


 私は少し考えます。


「手続を整えることで、勝つか負けるか以前に、雑に扱われないようにする」


 所長が頷きました。


「それが大事だ」


 条文は冷たい。


 でも。


 その冷たさが、


「担当者があいつ嫌いだから落とす」


「面倒だから説明しない」


「昔からそうだから」


 という温度のある雑さを止める。


 私は、少しだけこの条文が好きになりました。


「じゃあ次」


 相馬先輩が私のノートを覗きます。


「行政手続法の対象四つ。言ってみろ」


「処分、行政指導、届出、命令等制定手続」


「順番にざっくり」


「いきなり法理編らしくなってきましたね」


「勉強しろ」


「はい」


 まず。


 処分。


「行政庁が法令に基づいて、公権力を行使して、国民の権利義務や法的地位に直接影響させる行為」


「例は」


「許可、不許可、免許取消しとか」


「うん」


 次。


 行政指導。


「行政機関が一定の行政目的を達成するために、相手に任意の協力を求める行為」


「任意?」


「はい。法的に強制する処分とは違います」


「『協力してください』ってやつか」


「大ざっぱには」


 市役所で、


 この形でお願いします。


 できればこちらへ変えてください。


 こういう運用に協力してください。


 そう求める。


 ただし、あくまで行政指導なら、


 従わなかったこと自体を理由に、不利益な扱いをしてはいけない場面が問題になります。


「それはまた別の日にやるんだろ」


「お願いします。今日は一条です」


「逃げた」


「範囲を守ってます」


 次。


 届出。


「一定の事項を行政庁に知らせる行為で、法令上、通知すること自体が義務づけられているものですね」


「許可とは違う?」


「違います」


 許可は、行政庁が認めて初めてできる。


 届出は、必要な形式を満たして役所へ提出することで法的な効果が生じるタイプがある。


「役所が『受理してやる』とか言い出すと揉めるやつだな」


「今後出てきそうですね」


「お前、楽しそうだな」


「事件が起きる前提でシリーズを見ないでください」


 そして最後。


 命令等を定める手続。


「命令等?」


「政令、省令、規則とか、行政機関が定める一定のルール。それを作るときの手続です」


「個別の人への処分じゃない」


「はい。一般的なルールを作る側の話です」


 私は前に扱った行政立法の回を思い出しました。


 法規命令。


 行政規則。


 通達。


 内部の申し合わせ。


 そこから今度は、


 そういう一般的ルールを定めるとき、どういう手続で作るか。


 という話につながる。


「行政法って、単元が別々に見えて、後から全部つながりますね」


「受験生が嫌う理由だな」


「つながるまでが長いんですよ」


 ノートに四つ並べます。


 処分。


 行政指導。


 届出。


 命令等制定手続。


「一条の一番基本的な引っかけって、これ以外まで勝手に入れちゃうことですよね」


「例えば?」


「行政契約とか、単なる事実行為とか、行政上のすべての活動」


「そうだな」


 行政手続法は、


 行政活動全部に対する万能ルール。


 ではない。


 対象が切られている。


 だからまず、


「これは何なのか」


 を分類する。


 処分か。


 行政指導か。


 届出か。


 命令等制定手続か。


 それとも、そもそも行政手続法のこの枠に入らないのか。


 私は昼間の春江さんの件を見ながら思いました。


 目的条文は大きく見えるけれど。


 実際に適用する場面では、


「その行為は何ですか」


 という分類が最初に必要になる。


「じゃあ二項」


 所長が言いました。


「はい」


 私はノートの下へ書きました。


 他の法律に特別の定めがある場合。


「行政手続法より、そっちを使う」


「そうだ」


 一条二項。


 処分、行政指導、届出、命令等を定める手続について、行政手続法に規定する事項に関して他の法律に特別の定めがある場合は、その特別法による。


「いわゆる特別法優先ですね」


「そう考えればいい」


「つまり行政手続法が一般ルール。でも別の法律が、その手続について特別ルールを置いていたら、そっちが優先」


「そうだ」


 私はノートへ書き込みます。


 一般法。


 特別法。


「受験問題だと、『行政手続法に必ず従う』って断言が危ない」


「お前、“必ず”に敏感になったな」


「行政法で鍛えられました」


 一条の目的を覚えて。


 対象四つを押さえる。


 そして二項で、


 他の法律に特別の定めがある場合はそちら。


 ここまでなら、割ときれいです。


 問題は。


 その先です。


「地方公共団体」


 私は嫌そうに言いました。


「露骨に顔が曇ったな」


 相馬先輩が笑います。


「ここ、試験で大事なんです」


「言ってみろ」


 私はノートに大きく、


 国。


 地方公共団体。


 と書きました。


「行政手続法は、国だけの話じゃありません」


「市役所にも関係するだろ」


「はい。でも地方公共団体には適用関係の特則があります」


 行政手続法三条三項。


 ここで地方公共団体について、重要な線引きが入ります。


「まず処分と届出」


 私は線を引きます。


「地方公共団体の機関がする処分や届出でも、法律を根拠とするものなら、行政手続法が適用されます」


「じゃあ条例が根拠なら?」


「適用除外です」


「全部?」


「国の行政手続法については、です」


 ここ大事。


 私は二重線を引きました。


 地方公共団体の処分・届出。


 法律を根拠とするもの。


 →行政手続法が適用。


 条例・規則を根拠とするもの。


 →行政手続法の規定は原則として適用されない。


「じゃあ市役所なら全部行政手続法の外、じゃないんだな」


「そうです」


「法律根拠か、条例根拠かを見る」


「はい」


 これ、試験でかなり狙いやすいところです。


 地方公共団体。


 と見ただけで、


 行政手続法は適用されない。


 と飛びついたら危ない。


 処分・届出については、


 その根拠が法律なのか。


 条例や規則なのか。


 そこを見る。


「今日の景観整備補助は?」


「まさに、制度の根拠を確認しないと答えられません」


「また慎重になったな」


「ここで断言すると明日の法理編で怒られますから」


「誰にだ」


「未来の私に」


「怖い」


 そして。


 行政指導。


「地方公共団体がする行政指導については、行政手続法は適用されません」


「根拠が法律でも?」


 相馬先輩が聞きます。


「行政指導については、地方公共団体がするものは行政手続法の適用除外です」


「へえ」


「その代わり、地方公共団体には、行政手続法の趣旨にのっとって必要な措置を講ずるよう努めることが求められます」


「独自の条例を作るところもあるってことか」


「そういうことです」


 国の機関がする行政指導。


 これは行政手続法の対象。


 地方公共団体がする行政指導。


 これは国の行政手続法の規定は適用除外。


 ただし地方公共団体が行政手続条例などで同様の仕組みを整えることはあります。


「次、命令等」


 私は書きます。


 国の機関が定める命令等。


 →行政手続法が適用。


 地方公共団体の機関が定める命令等。


 →行政手続法は適用除外。


「整理すると?」


 所長が聞きました。


 私は一息吸いました。


「地方公共団体について、行政手続法が直接適用される中心は、法律を根拠とする処分と届出」


「うん」


「一方、地方公共団体がする行政指導や、地方公共団体の機関が命令等を定める手続、それから条例・規則を根拠とする処分・届出は、国の行政手続法の適用から外れる」


「それでいい」


 よし。


 私は小さく拳を握りました。


「先輩、ここ試験出しますよ」


「俺は受けない」


「一問だけ」


「嫌だ」


「では問題です」


「聞けよ」


 私は勝手に始めます。


「市長が、法律に基づいて営業許可を出す場合」


「行政手続法」


「適用されます」


「市長が、市条例に基づいて許可を出す場合」


「適用されない」


「国の行政手続法は、ですね」


「細けえな」


「試験は細かいんです」


「市役所が行政指導する場合」


「適用されない」


「正解」


「省庁が行政指導する場合」


「適用される」


「正解」


「市が規則を作る手続」


「行政手続法は適用されない」


「正解」


「大臣が省令を定める場合」


「適用される」


「正解です」


 相馬先輩が嫌そうな顔をしました。


「何で俺が点取らされてるんだ」


「向いてますよ行政書士試験」


「嫌だよ」


 私はノートを見返しました。


 今日の春江さんの事件。


 最初に感じたのは、


 説明がない。


 基準が見えない。


 それは不公平ではないか。


 という素朴な違和感でした。


 そこから行政手続法一条へ戻ってくると。


 なぜこの法律が、


 公正。


 透明性。


 権利利益の保護。


 を目的に掲げているのかが分かります。


 行政は。


 許可する。


 拒否する。


 指導する。


 届出を受ける。


 一般的なルールを作る。


 そういう場面で、人の生活と接触します。


 行政の力は大きい。


 だから、


 結果だけではなく。


 どういうルールで。


 どういう手続で。


 どういう基準で。


 行政が動くのか。


 そこに共通する枠を置く。


「所長」


「何だ」


「行政手続法って、行政を遅くする法律でもありますよね」


 相馬先輩が吹き出しました。


「お前、身も蓋もないな」


「だって手続を増やすわけじゃないですか」


「その面はある」


 所長はあっさり認めました。


「自由に決めたほうが速い」


「ですよね」


「だが、速ければいいわけじゃない」


 その一言で。


 春江さんの通知が頭に浮かびました。


 総合的に判断しました。


 理由なし。


 はい終わり。


 これが一番速い。


 役所は楽です。


 でも。


 それでは人は、自分がどう扱われたか分からない。


 行政手続法は、


 行政に余計なことをさせる。


 基準を作れ。


 理由を示せ。


 意見を聞け。


 書面を出せ。


 手続を踏め。


 そういう細かい要求を重ねる。


 でも。


 その面倒くささこそが、人を守る。


「制度の冷たさが、人を救うってこういう感じですかね」


 私は呟きました。


「どういう意味だ」


 相馬先輩が聞きます。


「担当者が親切だから説明してくれる、だと不安定じゃないですか」


「ああ」


「親切な人もいる。忙しい人もいる。面倒くさがる人もいる」


「倉田みたいなな」


「聞こえたら怒られますよ」


「いないからいい」


「でも手続として決まっていれば、担当者の性格に関係なく、一定のことをやらないといけない」


「そうだな」


「そこが冷たいけど強い」


 所長が頷きました。


「人を信用しすぎないために、手続がある」


 私はその言葉をノートの余白へ書きました。


 人を信用しすぎないために、手続がある。


 なんだか行政法らしい。


「ただし」


 所長が続けました。


「手続があるから正しい結論になるとは限らない」


「はい」


「手続は魔法じゃない」


「それも今日分かりました」


 春江さんの不採択は覆りませんでした。


 説明を受けても、観光振興を重く見るという政策自体に納得できない人はいるでしょう。


 洋裁店だって町に必要だ。


 観光客向けばかり優先するのはどうなんだ。


 そういう政策論は残ります。


 でも。


 その議論をするためにも、


 まず何を基準に決めているのか分からなければ始まらない。


 透明性は、


 行政が正しいことの証明ではない。


 行政を検討できる状態にする。


 その入口なのだと思います。


 私はノートに線を引きました。


 そして最後に。


 今日のまとめを書き始めます。


 行政手続法一条。


 対象は、


 処分。


 行政指導。


 届出。


 命令等制定手続。


 目的は、


 行政運営における公正の確保。


 透明性の向上。


 それによって、


 国民の権利利益の保護に資すること。


 他の法律に特別の定めがあれば、そちらが優先。


 そして地方公共団体については、


 処分・届出は根拠が法律か条例・規則かに注意。


 法律根拠なら行政手続法。


 条例・規則根拠なら、国の行政手続法は原則適用除外。


 地方公共団体がする行政指導。


 地方公共団体の機関が命令等を定める手続。


 これらも行政手続法の適用除外。


 一方。


 国の機関がする行政指導。


 国の機関が命令等を定める手続。


 これは行政手続法の対象。


「……多い」


「行政法だからな」


 相馬先輩が言いました。


「一条ですよ? まだ一条」


「先は長いな」


「励まさないでください」


 私は額を机につけました。


 一条の目的だけなら美しい。


 公正。


 透明性。


 権利利益。


 ちょっと感動します。


 そこへ適用範囲を足した瞬間、


 国。


 地方。


 法律。


 条例。


 処分。


 届出。


 行政指導。


 命令等。


 受験生を眠らせるための包囲網が完成します。


「こはる」


 所長が言いました。


「最後に一行で書け」


「一行?」


「今日の覚え書きだ」


 私はペンを持ちました。


 少し考えます。


 春江さん。


 不採択通知。


 総合的判断。


 見えなかった基準。


 説明を受けて、初めて次の手を考えられたこと。


 そして。


 行政手続法が、なぜ「公正」と「透明性」を目的にしているのか。


 私は書きました。


 ――行政の結論を信じさせるのではなく、確かめられる手続を作る。


 相馬先輩が横から覗き込みます。


「真面目だな」


「一条ですから」


「もう一個書けよ」


「何をです?」


「試験用」


「急に予備校講師みたいですね」


「忘れるだろ」


 確かに。


 私はその下へ書き足しました。


 ――地方公共団体を見たら、「法律根拠か条例根拠か」と「処分・届出か、行政指導・命令等か」を分ける。


「それだな」


 所長が言いました。


 かなり受験生向けです。


 でも覚えやすい。


 地方公共団体。


 と出たら、まず二段階で見る。


 何をしているのか。


 処分・届出なのか。


 行政指導・命令等制定手続なのか。


 そして処分・届出なら、


 根拠は法律なのか。


 条例・規則なのか。


 そこで行政手続法の適用関係が変わる。


 私はノートを閉じました。


「終わったか?」


 相馬先輩が聞きます。


「今日は」


「じゃあこれやる」


 そう言って。


 私の机に、巾着が一つ置かれました。


「……いいんですか?」


「二つも要らん」


「最初から言ってくださいよ」


「ありがたみがないだろ」


「そういう演出いりません」


 私は巾着を手に取りました。


 紺色の布に、小さな白い花。


 たぶん洋裁店で出た端切れを組み合わせたのでしょう。


 縫い目はきれいで。


 紐の先まで丁寧に処理されています。


 春江さんの店は、今年は補助金をもらえませんでした。


 でも。


 理由を知った。


 次を考えられるようになった。


 役所も、来年度は選考項目を示す方向で整理するという。


 大げさな勝利ではありません。


 町の何かが劇的に変わったわけでもない。


 でも。


 昨日より、少しだけ見通しは良くなった。


 たぶん行政手続というものは、


 そういう小さな改善を積み重ねる仕組みなのかもしれません。


 窓の外では。


 昭和六十三年の駅前に、灯りが点き始めていました。


 古い商店街。


 再開発予定地。


 市役所。


 それぞれの場所で、誰かが誰かのことを決めています。


 全部を公平にすることは難しい。


 全部の人を満足させることもできない。


 でも。


 どう決めたのかを見えるようにする。


 気分ではなく、手続で扱う。


 それだけで、人が行政と向き合うための足場ができます。


 法律は冷たい。


 手続は面倒くさい。


 でも。


 人の善意に頼らずに人を守るには、


 たぶん、それくらい冷たい仕組みのほうがいい。


「先輩」


「何だ」


「この巾着、やっぱり私のですよね」


「一時的に貸してるだけだ」


「撤回してください、その行政処分」


「処分じゃねえ」


「では行政指導?」


「返せ」


「強制してる!」


 所長が新聞を閉じました。


「帰れ」


「はい」


 今日のところは。


 その一言が一番、明確で透明な処分に聞こえました。


 ……法的には、たぶん違いますけど。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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