[地方自治法・監査委員と外部監査]法理編 こはるノート
夕方の帳簿は、昼間より正直に見えます。
人が減る。
電話が止まる。
言い訳も聞こえなくなる。
残るのは、
数字と、
紙と、
誰が何を決めたのかという記録だけ。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
宮崎さんの観光視察費の件が一段落した夕方。
私は机いっぱいに資料を広げていました。
旅費規程。
支出資料。
観光協会役員名簿。
監査委員へ出した整理書。
そして。
真ん中に置いたノート。
その一番上に、
大きく書きます。
――監査委員。
「よし」
「何がよしなんだ」
向かいの机で、相馬先輩が新聞を畳みました。
「今日は監査委員を完全に整理します」
「勝手にしろ」
「付き合ってください」
「嫌だ」
「所長」
「付き合え」
奥から片桐所長の声。
相馬先輩が天井を見ました。
「この事務所、監査委員より所長の権限のほうが強くねえか」
「独立性がありませんね」
「お前もだろ」
そこは否定できません。
私はペンを構えました。
「まず」
ノートに書きます。
監査委員とは何か。
「市役所の中の監査する人」
「雑」
「分かってます。今から直します」
私は線を引きました。
監査委員は、
普通地方公共団体に置かれる執行機関。
長から独立して、
地方公共団体の事務を監査する。
「ここ、大事ですよね」
「ああ」
「市長の部下じゃない」
「そうだ」
「でも市長が選ぶ」
「そこが引っかかるんだろ」
「めちゃくちゃ引っかかります」
私はノートに、
選任。
と書きました。
長が、
議会の同意を得て、
監査委員を選任する。
「市長が選ぶのに、市長から独立」
「選ぶことと、指揮命令することは別だ」
所長が言いました。
「今回、沢渡課長もそう言ってました」
「正しい」
「敵なのに」
「役所側が全部間違ってると思うな」
「はい」
反省。
でも。
ここは試験でも引っかけられやすい。
長が選任する。
だから長の補助機関。
ではない。
監査委員は独立した執行機関。
「しかも」
私は続けます。
「議会の同意が必要」
「そうだ」
「長だけで好きに人選できない」
「そういうことだ」
次。
罷免。
「これも長ですよね」
「議会の同意を得てな」
「でも好き勝手にはクビにできない」
「当然だ」
監査委員が、
市長に都合の悪い監査結果を出した。
だから罷免。
そんなことが簡単にできるなら。
監査の意味がありません。
「罷免には理由が要る」
私は書きます。
心身の故障などにより、
職務遂行ができない場合など。
「本人の意に反してでも、何でも自由に罷免できるわけじゃない」
「そこ」
相馬先輩が言いました。
「独立を守るためだ」
「はい」
選任は長。
罷免も長。
でも。
議会の同意。
罷免理由の制限。
そうやって、
長に完全従属しない形を作っている。
「じゃあ次」
私は見出しを変えました。
――独任制。
「これ、試験用語として妙に覚えにくいです」
「言葉が固いからな」
「独任制って、一人しかいないって意味じゃないんですよね」
「違う」
監査委員が二人なら、
二人が一つの合議体として一つの意思を出す。
というだけではない。
一人一人が、
独立して権限を行使する。
「だから」
私は言いました。
「二人いても、それぞれが監査委員」
「そうだ」
「『監査委員会』みたいな合議制の機関とは違う」
「そういう理解でいい」
現場編で。
宮崎さんが、
二人だけですか。
と驚いていた。
私も少し驚きました。
でも。
あの二人は、
二分の一の監査委員。
ではない。
一人一人が監査委員。
「独任制」
私は丸で囲みました。
「一人ずつ独立して職務を行う」
「覚えろ」
「はい」
次。
人数。
「ここ、暗記ですよね」
「逃げんな」
「逃げてません」
私は書きます。
都道府県。
人口二十五万人以上の市。
原則四人。
その他の市。
町村。
原則二人。
「湖西市は」
「二人」
「現場編どおり」
私は頷きました。
「こういう数字、事件にすると覚えますね」
「受験生としては遅い気づきだな」
「昔は四、二、四、二って念仏みたいに覚えてたんです」
「念仏で受かるなら楽だな」
厳しい。
私はページをめくります。
「じゃあ本題」
監査委員の職務。
「未来だと」
私は大きく枝分かれを書きました。
一般監査。
特別監査。
「一般監査の中に」
財務監査。
行政監査。
「でも」
相馬先輩がこちらを見ます。
「昨日、お前そこで事故ったな」
「思い出させないでください」
私は額を押さえました。
現代の私は、
監査委員。
と聞けば。
財務監査。
行政監査。
両方を当然に思い浮かべます。
ところが。
昭和六十三年。
今の形の行政監査権限はまだありません。
「つまり」
私は言いました。
「現代の教材をそのまま昭和に持ち込むと、監査対象を広げすぎる」
「そうだ」
「何でも『一般行政事務だから行政監査してください』とは言えない」
「今はな」
「はい」
あの観光視察事件で。
もし私は、
観光政策が無駄だ。
駅前再整備方針が間違っている。
視察先選定が不合理だ。
だから行政監査してください。
と押したら。
時代錯誤です。
「でも」
私は別の線を引きました。
「財務監査はできる」
「ああ」
普通地方公共団体の、
財務に関する事務の執行。
経営に係る事業の管理。
これを監査する。
「だから宮崎さんの件では」
私は指で資料を示しました。
「観光視察の是非そのものじゃなく」
「金の流れに絞った」
「はい」
旅費。
宿泊費。
費用弁償。
懇談会費。
支出命令。
予算科目。
誰にいくら出したか。
何を根拠に出したか。
「これなら財務監査の土俵に乗る」
「そういうことだ」
法律の武器は、
強い言葉をぶつけることじゃない。
使える条文の射程内まで、
事実を運ぶこと。
今回。
それを初めて実感しました。
「財務監査にも種類がありますよね」
私は書きます。
定期監査。
臨時監査。
「定期監査は?」
「一定の時期に行う」
「必ず?」
「やる」
「臨時監査は?」
「必要があると認めるとき」
「はい」
試験なら、
定期。
臨時。
という二択です。
でも。
現場で考えると違う。
市役所のお金の使い方を、
問題が起きた時だけ見るのではない。
普段から定期的に見る。
そして、
必要があれば臨時にも見る。
「監査って」
私は言いました。
「火事が起きたあとだけ消防車を呼ぶ制度じゃないんですね」
「何だその例え」
「定期点検もする」
「まあ、それなら分かる」
私は書きます。
定期監査。
通常のチェック。
臨時監査。
必要が生じたときの追加チェック。
「未来の行政監査も」
「まだ昭和だぞ」
「分かってます!」
危ない。未来知識が飛び出します。
「次」
私はノートの端に、
特別監査。
と書きました。
「ここは住民との関係が強い」
「ああ」
まず。
事務監査請求。
「有権者総数の」
「五十分の一」
相馬先輩が即答しました。
「早い」
「お前より仕事してるからな」
私は書きます。
住民が、
有権者総数の五十分の一以上の連署で、
監査委員に監査を請求する。
「これ、一人ではできない」
「そうだ」
「署名集めが要る」
「直接請求の一種としてな」
現場編で。
宮崎さんに最初から署名集めを勧めなかった理由も、
ここにあります。
「何百人も集める前に」
私は言いました。
「まず何が問題かを整理しないといけない」
「ああ」
「『市長が気に入らない』だけで署名集めても駄目」
「監査対象を特定しろ」
「はい」
住民の怒り。
制度の入口としては大事。
でも。
監査請求書に必要なのは、
怒りの量じゃない。
何を監査してほしいのか。
です。
「だから行政書士の仕事は」
私は書きました。
請求内容の整理。
対象事務の特定。
事実関係の整理。
添付資料の作成。
「署名を集める前に、監査できる形へ翻訳する」
「そうだ」
「これ、行政書士っぽいですね」
「今さら気づいたのか」
次。
議会請求による監査。
「議会も監査委員に監査を求められる」
「ああ」
「そして結果報告も求められる」
「そうだ」
私は書きます。
議会。
監査委員に対し、
地方公共団体の事務について監査を求める。
「ただし」
そこで私は止まりました。
現代の教材には、
自治事務。
法定受託事務。
という言葉が出てきます。
「先輩」
「何だ」
「ここです」
「また未来か」
「はい」
昭和六十三年。
今。
地方公共団体の事務体系は、
現代とは違います。
現代なら、
自治事務。
法定受託事務。
という整理。
でも。
今はまだ。
機関委任事務。
という巨大な存在がある。
「市長が国の機関としてやる仕事がある」
「そうだ」
「地方公共団体の長なのに」
「国の機関としての顔も持つ」
「ややこしい」
「だから後で改めたんだろうな」
所長が言いました。
現代では。
国と地方は対等・協力。
地方分権改革の後。
自治事務。
法定受託事務。
という整理へ変わる。
でも。
昭和六十三年は、
まだ中央集権的な構造が強い。
「だから」
私はノートに赤線を引きました。
――現代の教材の『自治事務』『法定受託事務』という言葉を、そのまま昭和の事件に持ち込まない。
「それ、毎回書いとけ」
「本当にそうします」
地方自治法、
転生者殺しが多すぎます。
「長も監査を要求できますよね」
私は続けました。
「できる」
長の要求監査。
長から、
地方公共団体の事務の執行について監査要求があった場合。
監査委員は監査する。
「これ」
私は首をかしげました。
「市長から独立してるのに、市長から監査要求も受ける」
「矛盾しねえ」
「ですか?」
「要求できることと、監査結果を命令できることは違う」
「ああ」
なるほど。
市長が、
この部署の事務を調べてほしい。
と頼むことはできる。
でも。
都合のいい結論にしろ。
とは言えない。
「独立性って」
私は呟きました。
「誰とも関わらないって意味じゃないんですね」
「当たり前だ」
「関わる。でも判断は独立」
「そうだ」
短いけれど。
かなり大事です。
私はノートの真ん中に、
大きく四角を書きました。
――外部監査。
「来ました」
「事故現場」
「その言い方やめてください」
現場編。
私は勢いよく言いました。
外部監査を使えばいい。
公認会計士や弁護士など、
外の専門家に見てもらえばいい。
でも。
昭和六十三年。
そんな制度はまだない。
「何年でしたっけ」
「自分で言え」
「平成九年」
「西暦」
「一九九七年」
「今」
「一九八八年」
「差」
「九年」
「よし」
「何の口頭試問ですか」
でも。
これは忘れません。
外部監査制度は、
平成九年の地方自治法改正で創設。
つまり。
昭和六十三年には存在しない。
「現代なら」
私は書きました。
包括外部監査契約。
個別外部監査契約。
「二種類」
「ああ」
「まず包括」
一定の地方公共団体について、
外部の専門家と、
毎会計年度、
包括外部監査契約を締結する。
「毎年」
「そうだ」
「特定の一件だけじゃない」
「ああ」
包括。
名前どおり。
地方公共団体の財務について、
外部監査人がテーマを選び、
広く監査する。
「外から見る目を制度として入れる」
「そういうことだな」
次。
個別外部監査。
「これは特定案件」
「ああ」
「住民や議会などから監査を求められた場合に」
「条件次第で外部監査人へ回す」
「はい」
そして。
「条例」
私は大きく囲みました。
「ここ大事」
「何が」
「個別外部監査は、条例の定めが必要」
「そうだ」
「制度が法律に書いてあるから、全国どこでも当然に使えるわけじゃない」
「条例を見ろ」
「はい」
これも地方自治法らしい。
法律だけ読んで終わりではない。
その自治体に条例があるか。
そこで制度が実際に使えるか。
確認しなければならない。
「未来の私なら」
私は言いました。
「まず条例集を確認してますね」
「今は確認しても制度自体がない」
「つらい」
「未来に帰れ」
「帰れたら苦労してません!」
「でも」
私はペンを止めました。
「何で外部監査制度って後から作られたんでしょう」
所長がこちらを見ます。
「今回の事件で感じなかったか」
思い出します。
宮崎さん。
市長が選んだ監査委員なんて信用できるのか。
という疑問。
監査委員は独立しています。
でも。
外から見ると、
どうしても。
役所の中の人が役所を見る。
という印象は残る。
「独立性への信頼」
私は言いました。
「それと専門性」
「うん」
「会計や法律の専門家を外部から入れて、自治体の内部だけじゃない視点で監査する」
「そういう需要が出た」
「はい」
内部監査が悪い。
ではない。
内部監査には、
役所の仕組みを熟知している強みがある。
でも。
内部だけでは見落とすこともある。
しがらみを疑われることもある。
専門的な分析が必要なこともある。
「そこで」
私は矢印を書きました。
監査委員制度。
↓
さらに独立性・専門性・透明性を高めたい。
↓
外部監査制度。
「制度改正って」
私は言いました。
「前の制度が全部駄目だったから壊すんじゃないんですね」
「大半はそうだ」
「足りないところを足す」
「そういうことだ」
昭和の制度を見る。
現代の制度を見る。
すると。
法改正が、
ただの試験範囲の追加ではなくなります。
なぜ増えたのか。
何が足りなかったのか。
そこまで見える。
私はノートを見返しました。
監査委員。
長から独立した執行機関。
独任制。
選任は長。
議会の同意。
罷免にも制限。
財務監査。
定期監査。
臨時監査。
事務監査請求。
議会請求監査。
長の要求監査。
そして未来。
行政監査。
外部監査。
「情報量多いですね」
「だから試験に出る」
「嫌な言い方」
「行政書士受験生は、ここで数字と主体を混ぜる」
「分かります」
私は横に表を書き始めました。
「誰が誰に何を求めるか」
「そこ整理しろ」
事務監査請求。
住民。
監査委員へ。
五十分の一以上の連署。
議会請求監査。
議会。
監査委員へ。
長の要求監査。
長。
監査委員へ。
「全部、監査委員が受ける」
「ああ」
「でも入口が違う」
「そうだ」
「数字があるのは住民の事務監査請求」
「五十分の一」
「はい」
私は赤で囲みました。
五十分の一。
「次に外部監査」
包括外部監査。
一定の自治体。
毎会計年度。
外部監査人との契約。
個別外部監査。
個別案件。
条例の定めが必要。
「条例」
私はもう一度丸。
「ここ、試験で落としそうです」
「落とすな」
「簡単に言いますね」
「受かるつもりなら落とすな」
「正論が重い」
「一つ確認です」
私は所長を見ました。
「監査委員って、市役所が違法かどうかだけを見るんですか」
「違う」
「適正性も」
「ああ」
財務監査では。
単に、
犯罪か。
法律違反か。
だけではない。
予算の執行が適正か。
経済的か。
効率的か。
合理的か。
そういう観点も問題になる。
「宮崎さんの件でも」
私は思い出します。
観光協会役員の費用。
宿泊費。
懇談会費。
「全部が刑事事件になるような話じゃなかった」
「当たり前だ」
「でも、だから監査不要ではない」
「そうだ」
むしろ。
犯罪になる前。
訴訟になる前。
大きな不正になる前。
日常的な公金の使い方を点検する。
そこに監査の価値がある。
「監査って」
私は言いました。
「悪人を捕まえる制度だと思うと狭すぎる」
「そうだな」
「間違いを見つけて、次の支出を直す制度」
「それもある」
今回。
返還になったのは十数万円程度。
三百八十万円の全部ではない。
でも。
費用負担の基準が整理された。
懇談会費の範囲も見直された。
次回から、
同じ曖昧さが減る。
それが監査。
「一発逆転じゃないんですね」
「行政はだいたいそうだ」
所長が言いました。
「制度で少しずつ直す」
なるほど。
そのとき。
相馬先輩が私のノートを覗き込みました。
「お前、行政監査のところだけ未来って書いてるな」
「事故防止です」
「外部監査にも書いとけ」
「書いてあります」
赤字で。
――昭和六十三年にはまだない。
と二重丸。
「ここまでやれば間違えません」
「お前は明日また別の未来制度持ち込む」
「信用なさすぎません?」
「実績がある」
指定管理者。
外部監査。
国地方係争処理委員会。
行政監査。
私は返す言葉を失いました。
「地方自治法って」
私は言いました。
「未来人に厳しいですね」
「法律は未来人向けに作ってねえ」
「ごもっとも」
私はノートの最後のページを開きました。
「今日の一行」
「やっと終わるのか」
「大事なんです」
何を書くか。
少し考えます。
監査委員。
長から独立。
財務を見る。
住民も動かせる。
そして。
未来には外部監査が加わる。
最初に浮かんだのは、
――監査委員は、市長が選んでも、市長の部下ではない。
「どうです?」
「悪くない」
相馬先輩が言いました。
「でも外部監査が入ってない」
「確かに」
書き直す。
――まず独立した監査委員。足りない独立性と専門性を、未来では外部監査が補う。
「長い」
「先輩は何なら満足するんですか」
「短くしろ」
考える。
そして。
最後に一行。
――監査は、役所の中に「役所を見る目」を置き、未来ではその目を外にも広げた。
相馬先輩が黙ります。
「どうです」
「まあ、覚えやすい」
「採用」
私は四角で囲みました。
今日の覚え書き。
――監査は、役所の中に「役所を見る目」を置き、未来ではその目を外にも広げた。
窓の外は、
もう暗くなっていました。
市役所の灯りが、
遠くに小さく見えます。
その三階。
あの小さな監査委員室にも、
きっとまだ誰かがいる。
机の上には、
帳簿。
伝票。
支出命令書。
数字。
法律は、
役所を信用するな。
とは言っていません。
役所を全部疑え。
とも言っていません。
ただ。
権限があるなら、
見る目も置け。
金を使うなら、
確認する仕組みを置け。
そして。
その仕組み自身も、
時代に合わせて強くしていけ。
たぶん。
監査制度というのは、
そういう発想で育ってきたのだと思います。
昭和六十三年。
外部監査は、まだありません。
一般行政事務を広く対象とする現代型の行政監査も、まだ先。
それでも。
監査委員はいる。
長から独立して。
一人一人が独任制の機関として。
帳簿を見る。
住民から求められれば動くこともある。
議会から求められることもある。
長自身から監査を求められることもある。
そして九年後。
さらに外の専門家の目まで、
制度の中へ入ってくる。
改正前の制度を見ると、
改正後の制度がなぜ生まれたのかが分かる。
未来を知っている私は、
昭和を笑うためにここにいるんじゃない。
未来が必要になった理由を、
昭和の現場で学んでいる。
そう思うと。
少しだけ、
転生した意味がある気がしました。
「こはる」
「はい」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「帰る前に一つ」
「何です?」
「今月の茶菓子代」
「またですか」
「相馬の分を分けろ」
相馬先輩が立ち上がります。
「待ってくださいよ!」
「監査です」
私は即答しました。
「誰が監査委員だ!」
「所長」
「俺は?」
「監査対象」
「ひでえ!」
所長が帳簿を指で叩きます。
「煎餅。羊羹。饅頭」
「全部客用です!」
「先輩、羊羹二本食べてましたよね」
「証拠は!」
「見ました」
「一人の証言じゃ弱い!」
私は胸を張りました。
「独任制なので、一人でも権限行使できます」
「そういう意味で使うな!」
所長が珍しく笑いました。
「相馬」
「はい」
「返還」
「所長まで!」
「不服があるか」
「あります!」
「監査請求するか」
「誰に!」
私は手を上げました。
「五十分の一以上の連署を」
「事務所三人しかいねえだろ!」
「じゃあ一人で足ります」
「制度設計が雑すぎる!」
笑い声が、
夕方の事務所に響きました。
帳簿は今日も黙っています。
けれど。
黙っている数字を、
誰かが見る。
その仕組みがあるだけで。
役所も。
事務所も。
少しだけ、
まっすぐでいられるのかもしれません。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




