[地方自治法・執行機関法定主義]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、昼間の騒がしさが嘘みたいに引いていました。
電話は鳴らない。
来客もない。
窓の外では、市役所の庁舎が夕焼けで赤く染まっています。
そして机の上には。
羊羹の空き箱。
「……所長」
「何だ」
「証拠隠滅しましたね」
「何の話だ」
「最後の一切れです」
「食った」
「認めた!」
相馬先輩が新聞の向こうで笑いました。
「いつまで言ってんだ」
「係争案件ですよ」
「何法だよ」
「片桐事務所羊羹管理法」
「存在しねえ」
「じゃあ制定しましょう」
「誰が制定すんだ」
私はそこで手を止めました。
「……あ」
「何だ」
「今日の勉強につながりました」
「嫌な予感しかしねえな」
私はノートを開きました。
表紙には、
大きく。
――地方自治法。
その下に。
――行政委員会・行政委員。
そして、昨日書いた一行。
――役所は一枚岩じゃない。法律が権限を分け、決める者を決めている。
「今日はこれです」
「勝手にやれ」
「付き合ってください」
「嫌だ」
「所長」
「付き合え」
「毎回それやるのやめろ!」
片桐所長は帳簿から顔も上げません。
強い。
これが独任制執行機関の権限集中というやつでしょうか。
たぶん違います。
◇
私はノートの最初に書きました。
普通地方公共団体の執行機関。
まず。
長。
都道府県なら知事。
市町村なら市町村長。
そして。
長のほかにも、
法律の定めによって、
委員会。
または委員。
という執行機関が置かれる。
「昨日、大沢さんが勘違いしてたところですね」
「ああ」
「市長が一番偉いから、市役所のことは全部市長に頼めば変えられる」
「ありがちな勘違いだ」
「でも、全部は変えられない」
「そうだ」
農地の売買。
正式な許可権限を持つのは農業委員会。
市長が、
「俺が許可する」
とは言えない。
もちろん地方公共団体の長は強い権限を持っています。
でも。
地方公共団体の行政全部を一人で独占するわけではない。
「ここで出てくるのが」
私は書きました。
――執行機関法定主義。
「法律で、どんな執行機関を置くかを決めている」
「そうだ」
「自治体が好き勝手に、『今年から農業委員会やめます』とはできない」
「ああ」
「『選挙管理委員会、面倒なので市長が兼任します』も駄目」
「当たり前だ」
「『監査も市長が自分でやります』」
「怖えよ」
「ですよね」
全部を長に集中させれば、
便利ではあります。
決定も早い。
指示系統も一本。
でも。
それではまずい仕事がある。
選挙。
教育。
職員人事のチェック。
監査。
農地。
固定資産評価への不服。
そういう仕事を、
一人の政治的判断だけに委ねないために、
別の執行機関が置かれている。
「所長」
「何だ」
「行政委員会って、三権分立の地方版みたいなものですか」
「雑すぎる」
「やっぱり」
「似た感覚で覚えるのはいいが、そのまま同じだと思うな」
「はい」
ここは注意。
長と行政委員会の関係は、
国の立法・行政・司法の三権分立そのものではない。
ただ。
権限を一か所へ集めすぎない。
専門性や中立性が必要な仕事を別機関へ持たせる。
そういう発想は似ています。
「じゃあまず」
私は大きく線を引きました。
合議制。
「委員会は、複数の人で構成される」
「ああ」
「一人の判断じゃなくて、複数人で意思決定する」
「それが合議制だ」
昨日の農業委員会もそうでした。
窓口職員一人が、
「駄目」
と決めるわけではない。
資料を出す。
委員会で審議する。
複数の委員で判断する。
「受験テキストだと」
私は言いました。
「合議制=複数人で構成、で終わるんですけど」
「それで正解だろ」
「正解なんですけど、昨日は意味が分かりました」
「何がだ」
「一人の担当者の気分じゃなく、複数人で判断させる意味です」
農地は。
ただの商品ではありません。
地域の生産。
農業経営。
周辺農地との関係。
いろんな事情を見る。
だからこそ、
複数の人で判断する仕組みにする意味がある。
「ただし」
片桐所長が言いました。
「合議制だから必ず正しいとは限らん」
「はい」
「人数が増えれば、判断が正しくなるという単純な話でもない」
「前例主義が人数分増える可能性もある」
「そうだ」
「嫌な言い方ですね」
「現実だ」
確かに。
制度は魔法ではありません。
合議制だから絶対公正。
独任制だから絶対危険。
そんな単純な話ではない。
ただ。
どの仕事を、
一人に任せるのか。
複数人に任せるのか。
法律が制度設計している。
そこが大事です。
次。
私はノートを二つに分けました。
都道府県・市町村に共通。
都道府県だけ。
市町村だけ。
「来たな」
相馬先輩が言います。
「何がです」
「暗記地獄」
「言わないでください」
私はまず、
都道府県と市町村の両方に置かれるもの。
と書きます。
一。
教育委員会。
二。
選挙管理委員会。
三。
人事委員会。
ただし、人事委員会を置かない普通地方公共団体では公平委員会。
四。
監査委員。
「ここ」
私は人事委員会のところに線を引きました。
「都道府県と指定都市には、必ず人事委員会」
「今、指定都市って言ったな」
「言いました」
「昭和六十三年にも指定都市はある」
「はい」
ここは大丈夫。
政令指定都市という制度は昭和六十三年にも存在しています。
ただし。
現代の中核市のような制度をそのまま持ち込むと危ない。
私は前に別件で地雷を踏みかけたので、慎重です。
「人事委員会を置かない普通地方公共団体では」
「公平委員会」
「はい」
「両方置かない、は?」
「駄目」
「両方置く、は?」
「制度上の基本整理としては、どちらか」
「そうだ」
人事委員会。
公平委員会。
どちらも、
地方公務員の人事行政について、
中立的・専門的にチェックする役割を持つ。
「昨日の大沢さんの件とは直接関係なかったですけど」
私は言いました。
「市長が職員人事まで完全に好き放題できるわけじゃない、ってことですね」
「そういう歯止めの一つだな」
「教育委員会」
私は次に進みます。
「学校とか教育機関の管理」
「うん」
「学校の組織編制」
「うん」
「教育課程などの事務」
「うん」
ここも、
市長が、
「明日から全市立学校で俺の自伝を教材にしろ」
とはいかない。
「そんな市長嫌ですね」
「誰も言ってねえよ」
「例です」
教育行政には、
政治的中立性。
継続性。
専門性。
そういうものが求められる。
だから教育委員会が置かれる。
「現代だと、教育長の制度とか教育委員会制度も改正が入ってますけど」
私は少し言いかけて、
相馬先輩が睨みます。
「未来語りか」
「最小限です」
「今使う制度を先にやれ」
「はい」
昭和六十三年。
今ここにある制度を使う。
未来の改正理由は法理としては面白い。
でも。
現場では施行前の法律は使えません。
私はそれを何度も学んでいます。
「選挙管理委員会」
私は続けました。
「国政選挙、地方選挙、住民投票などの選挙関係事務」
「議会が選挙で委員を選ぶ」
「そうだ」
「これも市長の指揮下だったら怖いですね」
「自分が出る選挙を自分で管理することになるからな」
「あ」
分かりやすい。
ものすごく分かりやすい。
市長選挙。
その選挙事務を、
現職市長が自由に動かせる。
それでは公正さが疑われます。
「独立させる意味、強いですね」
「そうだ」
行政委員会の存在理由。
昨日は農業委員会で見た。
今日は選挙管理委員会でさらに分かる。
長に全部集中させない。
これ、かなり大きい話です。
◇
「監査委員」
私は書きます。
「地方公共団体の財務に関する事務の執行」
「うん」
「その経営に係る事業の管理」
「うん」
「などを監査する」
「そうだ」
「これも、市長が自分で自分を監査したら意味ない」
「完全に意味がないわけじゃないが、独立した監査機関を置く意味は薄れるな」
「はい」
ここで私は少し未来の知識を思い出します。
「現代なら外部監査制度も――」
「ない」
相馬先輩が即答しました。
「まだ最後まで言ってません」
「昭和六十三年にはない」
「その通りです」
これ。
今回の絶対ルールでも重要なところ。
現代には、
外部監査制度があります。
でも昭和六十三年にはありません。
だから私は、
「外部の専門家に監査させればいいじゃないですか」
と言ってはいけない。
今は、
監査委員という制度が中心。
時代が違えば、
使える道具も違う。
「転生者って不便ですね」
「知らねえよ」
私は次の見出しを書きました。
都道府県に置かなければならないもの。
一。
公安委員会。
二。
労働委員会。
三。
収用委員会。
四。
海区漁業調整委員会。
五。
内水面漁場管理委員会。
「昨日、沢渡課長に三つ言われました」
「覚えたか」
「公安、労働、収用」
「海区は」
「漁業」
「内水面は」
「漁場管理」
「よし」
相馬先輩が妙に先生っぽい。
「公安委員会は」
私は続けます。
「都道府県警察を管理して、警察活動の公正中立を確保する」
「そうだ」
「これ、市町村には置かない」
「うん」
「警察は都道府県単位だから」
「そういうことだ」
次。
労働委員会。
労働関係の紛争処理。
不当労働行為の審査などを担う。
「これも都道府県」
「ああ」
次。
収用委員会。
土地収用に関する裁決。
「昨日の農地と土地つながりで覚えられそうです」
「変な覚え方だな」
「でも忘れにくいです」
農業委員会は市町村。
収用委員会は都道府県。
土地に関係していても、
役割も設置先も違う。
ここ。
試験で混ぜられそう。
「『農地だから収用委員会』とか」
「間違い」
「『土地だから農業委員会』も」
「間違い」
「役割を見る」
「そうだ」
名前だけでなく、
何をする機関か。
そこまで押さえる。
そして。
市町村に置かなければならないもの。
一。
農業委員会。
二。
固定資産評価審査委員会。
「昨日の主役ですね」
「ああ」
「農業委員会」
農地法に基づく売買や貸借の許可。
農地転用案件への意見。
遊休農地の調査・指導。
農地に関する重要な仕事を担う。
大沢さんの事件では、
農地売買の許可。
だから市長ではなく、
農業委員会。
私は大きく丸をつけました。
「こうやって事件にすると覚えやすいですね」
「じゃあ受験生全員事件起こせ」
「物騒すぎます」
「固定資産評価審査委員会」
私は続けます。
「固定資産課税台帳に登録された事項についての不服を審査・決定する」
「そうだ」
「昨日、沢渡課長が例に出してました」
「税金が高いから市長に頼む、じゃ駄目だってやつか」
「はい」
ここも重要。
固定資産税そのもの全部について何でも審査する、
という雑な理解では危ない。
固定資産課税台帳に登録された事項。
評価額など。
そういうものについて不服がある場合、
固定資産評価審査委員会へ。
「つまり」
私は言いました。
「住民から見たら、まず『何が不満か』を切り分けないと駄目なんですね」
「その通りだ」
「税額?」
「うん」
「評価?」
「うん」
「処分?」
「うん」
「誰の権限か?」
「そこを外すと、出す先を間違える」
行政法って、
何を争うか。
誰が決めたか。
誰に出すか。
こればかりです。
でも逆に言えば。
ここが見えれば、
道が見える。
私はノートに、
大きく書きました。
――行政委員会は、なぜあるのか。
「ここが今日の本題ですね」
「暗記じゃなくて?」
「暗記も本題ですけど」
「結局覚えんだろ」
「嫌な言い方」
でも。
なぜあるのか。
これを理解すると、
単語の羅列が少しまとまります。
一。
専門性。
二。
政治的中立性。
三。
公正さ。
四。
長への権限集中を避ける。
「全部の委員会が、全部同じ理由で置かれているわけじゃない」
片桐所長が言いました。
「はい」
「教育と選挙と農地では、求められるものが違う」
「でも共通して」
「長一人に全部決めさせない」
「そうですね」
昨日、大沢さんは市長に頼もうとした。
でも。
市長では決められない。
それは不便なのではなく。
むしろ、
市長にも勝手に触れさせない領域があるということ。
「これ」
私は言いました。
「住民からすると、ちょっと安心でもありますね」
「何がだ」
「選挙で市長と揉めてても、選挙管理委員会が別にいる」
「ああ」
「固定資産の評価で不満があっても、評価を争う場が別にある」
「うん」
「職員も、任命権者に対して全部従うしかないわけじゃなく、人事委員会や公平委員会がある」
「そうだ」
行政委員会は、
役所を複雑にする存在でもあります。
でも。
その複雑さが、
権力を一か所に集めないための複雑さでもある。
「面倒には理由がある」
私は呟きました。
「行政法だいたいそれだな」
「言えてます」
ここで。
私はノートの端に、
昭和六十三年。
と書きました。
「来ました」
「何がだ」
「時代差です」
「また未来か」
「今日は大事です」
現代では。
地方分権が進み、
国と地方の関係は、
対等・協力を基本とする方向へ変わりました。
自治事務。
法定受託事務。
そういう整理もあります。
でも。
昭和六十三年。
今はまだ違う。
「機関委任事務」
私は書きました。
相馬先輩が煙草を止めます。
「またその話か」
「地方自治法なので避けられません」
当時は。
知事や市町村長が、
国の機関として事務を処理する、
機関委任事務という制度がありました。
国の主務大臣などから、
強い指揮監督を受ける。
通達。
監督。
上下関係。
現代の感覚とはかなり違う。
「つまり」
私は言いました。
「自治体内部では、市長だけじゃなく委員会もあって権限が分けられている」
「うん」
「でも自治体そのものは、今より国に強く縛られている」
「そういう時代だ」
「ややこしい」
「地方自治だ」
相馬先輩が煙草を消しました。
「上には国がいる」
「はい」
「横には委員会がいる」
「はい」
「下には担当課がいる」
「はい」
「住民は?」
「その迷路の入口で立ち尽くす」
「行政書士は?」
私は少し考えました。
「地図を描く」
相馬先輩が黙りました。
「……まあ、悪くねえ」
「褒めました?」
「気のせいだ」
やっぱり。
「でも」
私は少し引っかかりました。
「地方分権が進んだ現代でも、執行機関法定主義自体は残ってますよね」
「当然だ」
「つまり」
未来になったから、
全部自治体の自由です。
とはならない。
法律で置かなければならない執行機関はある。
「地方分権って」
私は言いました。
「国から自由になることと、法律から自由になることは別なんですね」
片桐所長がこちらを見ました。
「そこだ」
短い。
でも。
かなり大事。
地方自治。
自治。
という言葉だけ聞くと。
自治体は何でも自分で決める。
と考えたくなる。
でも違う。
地方自治も、
法の枠内で行われる。
だから。
法律が、
教育委員会を置け。
選挙管理委員会を置け。
監査委員を置け。
農業委員会を置け。
と決めているなら、
それに従う。
「自主性と法定主義は両立する」
私は書きました。
「そういうことだ」
次に私は、
昨日の大沢さんの事件を、
法理として順番に整理しました。
一。
大沢さんは農地を売りたい。
二。
相談先として市長を考えた。
三。
しかし農地売買の許可は、市長の一般的な指揮命令で決める仕事ではない。
四。
農業委員会という別の執行機関が存在する。
五。
農業委員会は合議制。
六。
したがって、
「市長に頼む」
ではなく。
農業委員会が審査できる資料を整える必要がある。
「ここ」
私は線を引きました。
「行政書士の実務として一番大事ですね」
「何がだ」
「権力者を探さない」
「うん」
「権限者を探す」
「そうだ」
似ているようで違う。
偉い人。
ではない。
法律上決められる人。
そこを探す。
「市長より下っ端に見える窓口職員でも」
私は言いました。
「その先の委員会につながってるなら、そっちが正しい入口」
「そういうことだ」
行政実務って。
肩書きの大きさでは動かない。
権限の根拠で動く。
私はノートにもう一つ書きました。
――委員会と委員。
「委員会は合議制」
「ああ」
「監査委員は?」
「委員だ」
「名前に委員会がついてない」
「そうだ」
ここ。
地味だけど試験で引っかけられそう。
全部が「○○委員会」という名前ではない。
監査委員。
という形もある。
「普通地方公共団体の執行機関には」
私は読み上げます。
「長のほか、法律の定めにより、委員会又は委員を置く」
「そうだ」
「つまり『行政委員会』という言葉だけで覚えると、監査委員を落とす」
「あり得るな」
「嫌ですね」
「試験はそういうもんだ」
そして。
人事委員会。
公平委員会。
教育委員会。
選挙管理委員会。
農業委員会。
固定資産評価審査委員会。
都道府県なら、
公安委員会。
労働委員会。
収用委員会。
海区漁業調整委員会。
内水面漁場管理委員会。
そして監査委員。
ずらっと並べる。
「……やっぱり多い」
「覚えろ」
「はい」
「所長」
「何だ」
「一個確認です」
「言え」
「委員会が独立してるなら、市長とまったく関係ないんですか」
「そんなわけあるか」
「ですよね」
ここも大事。
独立した執行機関。
と言っても。
地方公共団体という組織から完全に切り離されているわけではない。
予算。
人事。
議会。
任命方法。
条例。
さまざまな形で、
長や議会との関係はある。
ただし。
個別の権限行使について、
市長が何でも自由に指図できるわけではない。
「独立って言葉を」
私は言いました。
「完全に別組織、と誤解したら駄目」
「そうだ」
「自治体の中にいる」
「うん」
「でも権限は分かれている」
「そういうことだ」
昨日。
大沢さんが言いました。
同じ市役所なのに。
まさにそれ。
同じ市役所。
でも。
法律上は、
別の執行機関。
私はノートの最後に、
三列の表を作りました。
共通。
都道府県。
市町村。
「口で言ってみろ」
相馬先輩が言います。
「試験ですか」
「復習だ」
「はい」
共通。
「教育委員会」
「うん」
「選挙管理委員会」
「うん」
「人事委員会。置かないところは公平委員会」
「うん」
「監査委員」
「よし」
都道府県。
「公安委員会」
「うん」
「労働委員会」
「うん」
「収用委員会」
「うん」
「海区漁業調整委員会」
「うん」
「内水面漁場管理委員会」
「よし」
市町村。
「農業委員会」
「うん」
「固定資産評価審査委員会」
「よし」
私は胸を張りました。
「完璧です」
「人事委員会の注意」
「都道府県と指定都市には必ず人事委員会」
「よし」
「褒めてください」
「まだだ」
「何です」
「役割」
「全部!?」
「全部やれ」
「鬼!」
十分後。
私は机に突っ伏していました。
「多い……」
「だから暗記だけするなって話だろ」
「役割までセットで覚える方が情報量増えてます」
「でも忘れにくい」
「それはそうですけど」
教育委員会。
教育。
選挙管理委員会。
選挙。
人事委員会・公平委員会。
人事の中立的チェック。
監査委員。
財務などの監査。
公安委員会。
警察管理。
労働委員会。
労働紛争。
収用委員会。
土地収用裁決。
農業委員会。
農地。
固定資産評価審査委員会。
固定資産評価への不服審査。
「名前と仕事がかなり一致してますね」
「そうだろ」
「最初からそう思えばよかった」
「お前は名前だけ見て嫌がるからだ」
「受験生あるあるです」
窓の外。
市役所の窓に、
一つずつ灯りがついていきます。
昨日までは。
あの建物を見ても、
市役所。
としか思いませんでした。
でも今は。
少し違います。
あの中には、
市長がいる。
総務課がある。
農業委員会がある。
教育委員会がある。
選挙管理委員会がある。
監査委員がいる。
一つの建物の中に。
一つではない権限がある。
そしてそれぞれ。
法律が、
ここまで。
これはこの機関。
これは別の機関。
と線を引いている。
その線を知らずに役所へ行くと。
大沢さんみたいに、
市長に頼もう。
と考えてしまう。
でも。
正しい相手を見つければ、
話は動く。
「相馬先輩」
「何だ」
「今日の一行、できました」
「言え」
私はノートの最後に書きました。
――役所で探すのは、一番偉い人じゃない。法律が権限を渡した人だ。
相馬先輩が少し黙りました。
「……分かりやすいな」
「今、褒めましたね」
「気のせいだ」
「絶対そう言うと思った」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「もう一つ足せ」
「何です?」
「権限を分ける理由だ」
私は少し考えます。
専門性。
中立性。
公正。
権力集中の防止。
全部まとめるなら。
もう一行。
――面倒な分だけ、勝手をさせない。
「……これどうです?」
相馬先輩が吹き出しました。
「お前らしいな」
「駄目です?」
所長は少しだけ考えて、
「覚えるにはいい」
と言いました。
やった。
そのとき。
電話が鳴りました。
私が取ります。
「はい、片桐行政書士事務所です」
『総務課の沢渡です』
来た。
「今日も抜き打ち試験ですか」
『なぜ分かりました』
「やっぱりそうなんですね!」
『では問題です』
「嫌です」
『普通地方公共団体に置かれる執行機関のうち――』
「聞いてない!」
『長以外で、法律により置かれるものを何という考え方で説明しますか』
私は一瞬止まりました。
でも。
今日は大丈夫です。
「執行機関法定主義」
『正解です』
「簡単でした」
『では次』
「まだあるんですか」
『農業委員会は都道府県ですか、市町村ですか』
「市町村」
『収用委員会は』
「都道府県」
『固定資産評価審査委員会は』
「市町村」
『公安委員会は』
「都道府県」
『人事委員会は』
「共通。ただし都道府県と指定都市には必置。置かない普通地方公共団体には公平委員会」
電話の向こうが少し黙りました。
『……勉強しましたね』
「褒めました?」
『気のせいです』
「あなたまで!」
『では最後です』
「まだ!?」
『市長が全部決められないのは、なぜですか』
私は少しだけ考えました。
そして。
窓の外の市役所を見ながら答えました。
「法律が、権限を分けているからです」
『それだけですか』
「専門性や中立性、公正さが必要な仕事を、一人に集中させないため」
少し沈黙。
『結構です』
電話が切れました。
「何だった」
相馬先輩が聞きます。
「卒業試験」
「受かったか」
「たぶん」
私は受話器を置いて、
ノートを閉じました。
行政委員会。
行政委員。
執行機関法定主義。
昨日までは、
暗記表でした。
でも今は。
誰が決めるのかを、
法律が先に決めている仕組み。
そう見えます。
権限を分けるから、
役所は面倒になる。
でも。
面倒だからこそ、
一人の思いつきだけでは動かない。
地方自治は、
自由にやることではない。
法律の枠の中で、
権限を分けながら自治をすること。
昭和六十三年。
国からの強い監督がまだ残る時代でも。
自治体の中には、
市長だけではない執行機関がある。
そして。
住民の側から見れば、
その違いを知ることが、
役所を動かす第一歩になる。
「こはる」
「はい」
「茶」
所長が言いました。
「自分で淹れてください」
「見習いだろ」
「その業務、所長の権限ですか?」
「事務所慣行だ」
「法律の根拠は?」
「ない」
「じゃあ拒否します」
相馬先輩が笑います。
「お前、急に強くなったな」
「権限を確認する癖がつきました」
「じゃあ俺の煙草買ってきて」
「その権限もありません」
「先輩命令」
「法定されてません」
「事務所条例」
「成立してません」
「所長!」
相馬先輩が助けを求めます。
片桐所長は新聞を広げたまま言いました。
「こはる」
「はい」
「茶を淹れろ」
「また独任制が強い!」
どうやら。
地方公共団体では権限分散が進んでいても。
片桐行政書士事務所の統治機構改革は、
昭和六十三年現在、
まだ一歩も始まっていないようです。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




