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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

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332/614

[地方自治法・長に対する不信任議決と議会解散]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 政治の世界では。


 「辞めろ」


 と言った側が、


 「じゃあ、お前たちも選び直してもらえ」


 と言い返されることがあります。


 しかも。


 それは喧嘩ではなく、


 法律にちゃんと書いてあります。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 私は机の上に新聞を三枚並べていました。


 一枚目。


 ――市長不信任案、可決。


 二枚目。


 ――市長、市議会解散。


 三枚目。


 ――新議会、再度の不信任。市長失職。


「……三行で読むと早いですね」


「何がだ」


 向かいの机で相馬先輩が煙草に火をつけました。


「この前の一連の騒ぎです」


「実際は何週間もかかったけどな」


「しかも町中、選挙でしたし」


「そういう制度だからな」


 私はノートを開きました。


 上には大きく。


 ――地方公共団体の長に対する不信任議決と議会解散。


 と書いてあります。


 受験生時代の私なら。


 三分の二。


 四分の三。


 十日。


 三分の二。


 過半数。


 この数字だけ書いて。


 蛍光ペンで囲んで。


 覚えたつもりになっていました。


 でも。


 一度、本物の議会で。


 二十三人の議員を数え。


 十八票を待ち。


 解散を見て。


 選挙を見て。


 再び十五票で市長が失職するところまで見てしまうと。


 もう数字だけには見えません。


「相馬先輩」


「何だ」


「今日は不信任です」


「市長に?」


「違います」


「所長に?」


「それは否決されました」


 奥の机から片桐所長が顔を上げます。


「まだ根に持ってるのか」


「四分の三って高すぎるんですよ」


「だから高くしてある」


「ですよね」


 そこから。


 今日の復習が始まりました。


 まず。


 地方公共団体には。


 議会があります。


 そして。


 長がいます。


 市なら市長。


 町なら町長。


 村なら村長。


 都道府県なら知事。


「どっちが上ですか」


 私が聞くと、


 相馬先輩が眉をひそめました。


「何だその質問」


「市長と議会」


「上も下もねえ」


「ですよね」


 これがまず大事。


 議会が上司で。


 市長が部下。


 ではない。


 逆でもない。


 どちらも住民から直接選ばれる。


 いわゆる二元代表制。


 私はノートに書きました。


 ――長と議会は、それぞれ住民の直接選挙によって選ばれる。


「だから」


 片桐所長が言いました。


「片方がもう片方を簡単に潰せる制度にはなっていない」


「この前、実感しました」


 議会が。


 市長は信用できない。


 と言った。


 でも。


 単純な過半数では足りなかった。


 一回目の不信任議決には。


 議員数の三分の二以上が出席。


 その出席議員の四分の三以上の同意。


 が必要です。


「ここ」


 私は赤線を引きました。


「ものすごく重いですね」


「当たり前だ」


 相馬先輩が言います。


「普通の議案と同じ勢いで市長を追い出せたら困るだろ」


「確かに」


 予算。


 条例。


 普通の議決。


 そうしたものとは違う。


 長の地位そのものを失わせる可能性がある。


 だから。


 まず。


 議員のごく一部だけで議決しないように、


 三分の二以上の出席を要求する。


 そのうえで。


 出席者のうち、


 さらに四分の三以上。


「二重で重くしてるんですね」


「そういうことだ」


 私は現場編の数字を書きました。


 議員数。


 二十四人。


 出席。


 二十三人。


 賛成。


 十八人。


「二十三人の四分の三は」


「十七・二五」


「だから」


「十八人必要」


「ぎりぎりだったな」


「本当にぎりぎりでした」


 賛成十七なら。


 成立しなかった。


 一票です。


 たった一票。


 でも。


 その一票で、


 不信任になるか。


 ならないか。


 大きく変わる。


「多数決って」


 私は言いました。


「半分を超えたら多数派なのに、不信任ではそれだけじゃ足りない」


「制度が要求してるのは」


 所長が言います。


「単なる多数じゃない」


「圧倒的な多数?」


「それに近い」


 長を辞めさせる可能性がある以上。


 議会内に、


 かなり強い意思の一致が必要。


 そのための四分の三。


 私は横に書きました。


 ――一回目の不信任は、「多数派だから」では足りない。


「で」


 相馬先輩が言いました。


「可決されたらどうなる」


「議長が、直ちに長へ通知します」


「それから」


「長は、通知を受けた日から十日以内に議会を解散できます」


「必ず解散するのか」


「しません」


 ここ。


 試験では地味に危ない。


 長は、


 議会を解散しなければならない。


 ではない。


 解散することができる。


「じゃあ、解散しなかったら」


「十日が経過した日に失職」


「そうだ」


 私はノートに、


 できる。


 と大きく書きました。


「十日って」


 私は言いました。


「やっぱり面白いですよね」


「何が」


「不信任された瞬間に失職しない」


「うん」


「十日間、選択できる」


「そうだ」


 市長には、


 二つの道があります。


 一つ。


 議会を解散しない。


 その場合。


 十日経過で失職。


 もう一つ。


 十日以内に議会を解散する。


 その場合。


 議会議員が選挙に戻る。


「つまり」


 私は言いました。


「市長が議会へ、不信任の責任を問い返せる」


「まあ、そういう見方はできる」


「『お前たちは私を信任しないと言う。でも、その議会自体が住民から今も信任されてるのか』」


「それを選挙で確かめる」


「はい」


 現場編で宮坂さんが言った。


 一回だけ聞き返せる。


 という言葉。


 やっぱり上手い。


「これ」


 私はノートの端に書きました。


 ――議会が長に「辞めろ」。


 ――長は議会に「その判断、本当に民意か」。


「小学生みたいなノートだな」


 相馬先輩が言います。


「覚えやすいんです!」


 でも。


 ここで一つ疑問。


「所長」


「何だ」


「市長が解散したら」


「うん」


「不信任議決って、消えるんですか」


「消えたことにはならない」


「ですよね」


 議会を解散したから。


 なかったこと。


 ではありません。


 むしろ。


 不信任議決をきっかけに、


 次の段階へ進んだ。


 と考えたほうが分かりやすい。


 議会解散。


 議員選挙。


 そして。


 解散後、初めて招集される議会。


 そこで。


 再び不信任議決。


「ここから数字が変わるんですよね」


「言ってみろ」


 相馬先輩が言いました。


「議員数の三分の二以上が出席」


「そこは同じ」


「その過半数の同意」


「そこが違う」


 一回目。


 三分の二以上出席。


 四分の三以上同意。


 二回目。


 三分の二以上出席。


 過半数同意。


 私は並べて書きました。


 一回目 出席三分の二以上 + 同意四分の三以上。


 二回目 出席三分の二以上 + 同意過半数。


「何で二回目は軽いんですか」


 私は聞きました。


「選挙を挟んだからだ」


 片桐所長が答えました。


 そう。


 そこが核心です。


 一回目の不信任だけなら。


 議会の中だけの判断です。


 もちろん議員は住民に選ばれている。


 でも。


 その議会の判断に対して長が異議を唱え、


 解散した。


 そこで。


 議員たちはもう一度、


 選挙へ戻る。


 住民が選び直す。


 その新しい議会が。


 それでもなお、


 長を信任しない。


 というなら。


 話は重い。


「選挙を一回挟んでますもんね」


「そういうことだ」


「だから、もう四分の三まで要求しない」


「そうだ」


 私は前回の数字を書きます。


 新議会。


 二十四人出席。


 再度の不信任。


 賛成十五。


 反対九。


「一回目なら」


「十五じゃ足りねえ」


「四分の三なら十八必要」


「でも二回目なら」


「過半数だから通る」


「はい」


 同じ十五票でも。


 一回目と二回目では結果が違う。


「試験で出ますね、これ」


「数字入れ替えてな」


「絶対やりますよね」


「たぶんな」


 行政書士試験。


 こういう似た数字が大好きです。


 受験生は泣きます。


「で」


 相馬先輩が煙草を灰皿へ落としました。


「二回目の不信任が成立したら」


「長は失職」


「いつ」


「議長から通知があった日」


「そこ」


 私は丸で囲みました。


 一回目。


 通知を受けても、


 すぐ失職ではない。


 十日以内に解散できる。


 解散しなければ十日経過で失職。


 二回目。


 再度の不信任。


 議長から通知。


 その日。


 失職。


「十日ないんですね」


「ない」


「もう議会解散もできない」


「そうだ」


「完全に終わり」


「言い方はともかくな」


 なぜなら。


 もう一度、


 住民に聞き返したから。


 一回目の不信任。


 長が解散。


 議会選挙。


 新議会。


 それでも不信任。


 ここまで来たら。


 再び、


 いや、もう一回選挙しよう。


 とはできない。


「無限ループ防止ですね」


「ゲームみたいに言うな」


「でもそうですよね」


 不信任。


 解散。


 不信任。


 解散。


 不信任。


 解散。


 そんなものを永遠に続けられたら。


 市政が終わります。


「住民も毎月選挙で倒れます」


「だから二回目で決着する」


 はい。


 私はノートに矢印を書きました。


 議会。


 長を不信任。


 ↓


 長。


 十日以内に議会解散?


 ↓


 解散しない。


 十日経過で長失職。


 または。


 ↓


 解散する。


 ↓


 議員選挙。


 ↓


 新議会。


 ↓


 再度の不信任。


 ↓


 通知の日に長失職。


「図にすると簡単ですね」


「現実は簡単じゃなかっただろ」


 相馬先輩が言いました。


「はい」


 新聞。


 記者会見。


 選挙。


 ポスター。


 街宣車。


 市役所の混乱。


 企画課の高瀬さん。


 商店会の宮坂さん。


 一つの矢印の間に、


 山ほど人がいました。


「ところで」


 私は言いました。


「不信任って、政策を止めるための制度じゃないんですよね」


「前にもやったな」


「大事なので」


 駅前再整備。


 それが今回の対立の原因でした。


 でも。


 市長が失職した。


 だから駅前再整備が自動消滅。


 ではない。


「予算は?」


 相馬先輩が聞きます。


「すでに成立していれば、市長がいなくなっただけで当然に無効にはならない」


「契約は」


「市として締結した契約なら、市長本人の私的契約じゃない」


「事業計画は」


「新しい長や議会の判断で見直されることはある。でも失職した瞬間に消えるわけではない」


「そうだ」


 不信任の対象は。


 人。


 長への信任。


 政策一個を直接取り消す制度ではない。


「これ、住民側から見ると勘違いしやすいですよね」


「政治家でも勘違いする」


「怖いこと言わないでください」


 でも。


 法律の制度を、


 目的外の武器として理解すると危険です。


 不信任は。


 気に入らない政策を廃止するボタン。


 ではない。


 長としての政治的信任を問う制度。


 その結果として。


 政策の方向が変わる可能性がある。


 そういう順番です。


 ここで。


 私の頭に、


 また現代の知識が出てきました。


「所長」


「何だ」


「今なら、国と地方の紛争には国地方係争処理委員会が――」


「今回は国と地方の紛争じゃない」


「そうでした」


「しかも」


 相馬先輩が笑います。


「昭和六十三年にその話を持ち込むな」


「分かってます!」


 地方自治法の時代錯誤。


 本当に危ない。


 平成十一年の地方分権一括法以降。


 国と地方の関係は大きく変わる。


 自治事務。


 法定受託事務。


 国地方係争処理委員会。


 そうした現代の制度。


 でも。


 昭和六十三年の今は。


 機関委任事務が存在する。


 長が国の機関として扱われる場面もある。


「でも今回の不信任制度って」


 私は言いました。


「機関委任事務とは別の、地方内部の仕組みですよね」


「そうだ」


 所長が頷きます。


「長と議会の関係だ」


「住民に直接選ばれた二つの機関の関係」


「そういうことだ」


 だから。


 昭和だからといって、


 全部が国の上下関係だけで説明できるわけではない。


 地方公共団体の内部にも。


 議会と長。


 相互に牽制する仕組みがある。


「地方自治法」


 私は言いました。


「役所の中に権力を分けて置いてるんですね」


「一か所に集めないためにな」


 私は次の見出しを書きました。


 ――なぜ長に議会解散権があるのか。


「不信任された市長を守るため?」


「違う」


 相馬先輩が即答しました。


「じゃあ何です」


「議会だけで決着させないためだろ」


 なるほど。


 議会が不信任を可決した。


 それだけで必ず長が終わる。


 なら。


 実質的に議会が長の生殺与奪を握る。


 でも。


 長も住民から直接選ばれた存在です。


 議会と同じように。


 民主的な正統性を持つ。


「だから」


 私は言いました。


「議会が不信任しても、長が一回だけ住民に判断を返せる」


「そういうことだ」


「議会解散権は、市長の防御権でもある」


「それだけじゃない」


 所長が言いました。


「議会への民意を確認する制度でもある」


「はい」


 不信任をした議員が。


 本当に住民から再び選ばれるのか。


 選挙で確かめる。


 だから。


 解散は仕返しではない。


「政治的には仕返しみたいに見えることもありますけど」


「制度上の意味と政治上の思惑は分けろ」


 所長が言います。


 はい。


 ここ大事。


 制度の趣旨。


 実際の政治。


 同じではありません。


 政治家は選挙を有利不利で考えるでしょう。


 解散の時期。


 支持率。


 候補者。


 争点。


 でも。


 法律上の構造を見るなら。


 解散は、


 議会の不信任判断を住民へ問い直す仕組み。


 今度は逆。


 ――なぜ再度の不信任では長が失職するのか。


「これはもう分かります」


「言ってみろ」


「一回、住民に返したから」


「うん」


「長が議会を解散して」


「うん」


「住民が議員を選び直して」


「うん」


「その新しい議会でも、長を信任しないという意思が多数になった」


「そうだ」


「だから今度は長が退く」


 片桐所長が頷きました。


「そういう均衡だ」


 長も民意。


 議会も民意。


 どちらか一方を絶対にしない。


 一度衝突したら。


 選挙で問い直す。


 そのあと。


 新しい議会がなお長を否定したなら。


 長の側が退く。


「二元代表制って」


 私は言いました。


「仲良くやる仕組みじゃないんですね」


「当たり前だ」


 相馬先輩が笑います。


「仲良しクラブじゃねえ」


「じゃあ何です」


「揉めても壊れないための仕組みだ」


 私はペンを止めました。


 揉めても壊れない。


 いい言葉です。


 議会と長が対立すること自体は。


 異常ではない。


 予算。


 条例。


 政策。


 人事。


 考えが違う。


 当然あります。


 問題は。


 その対立を、


 暴力でも。


 勝手な追放でもなく。


 手続で処理すること。


 不信任。


 解散。


 選挙。


 再度の不信任。


 全部。


 手続です。


「じゃあ」


 私はノートに、


 試験注意。


 と書きました。


「数字整理します」


「やれ」


 相馬先輩が言います。


 まず一回目。


 長に対する不信任議決。


 議員数の三分の二以上が出席。


 その四分の三以上の同意。


 議長は直ちに長へ通知。


 長は通知を受けた日から十日以内に議会を解散できる。


 解散しない場合。


 十日経過の日に長失職。


「次」


 解散した場合。


 議員選挙。


 解散後初めて招集された議会。


 再度の不信任議決。


 議員数の三分の二以上が出席。


 その過半数の同意。


 成立すれば。


 議長から通知を受けた日に長失職。


「覚え方」


 相馬先輩が言いました。


「一回目は重い」


「四分の三」


「二回目は民意を挟んでる」


「過半数」


「出席は両方」


「三分の二以上」


「長の猶予」


「一回目だけ十日」


「二回目」


「通知の日に失職」


「よし」


 私は胸を張りました。


「完璧です」


「明日聞いたら忘れてそうだな」


「失礼な」


 でも。


 ここでもう一つ。


 私は新聞を見ました。


「市長、失職したあと選挙でしたよね」


「ああ」


「つまり、不信任で市長がいなくなったら」


「新しい長を選ぶ」


「当然ですよね」


 長が失職して。


 議会だけが残る。


 それで終わりではない。


 新しい長の選挙。


 また住民が選ぶ。


「結局」


 私は言いました。


「最後まで住民ですね」


「地方自治だからな」


「議員も選ぶ」


「うん」


「市長も選ぶ」


「うん」


「対立したら、議会を選び直すこともある」


「うん」


「長が失職したら、長も選び直す」


「そうだ」


 住民。


 普段は議場にいない。


 市長室にもいない。


 でも。


 制度の一番外側を回っているようで。


 一番中心にいる。


 私はノートの隅に、


 昭和六十三年。


 と書きました。


「ここも忘れちゃ駄目ですよね」


「何が」


「今は地方分権一括法より前」


「そうだな」


「機関委任事務もある」


「ああ」


「国と地方の関係は、今よりずっと上下関係が強い」


「そうだ」


「でも」


 私は少し考えます。


「地方の中では、市長も議会も住民に選ばれてる」


「そうだ」


「だから長と議会の不信任・解散の仕組みは、中央政府に決着してもらう制度じゃない」


「そのとおりだ」


 ここ。


 昭和の地方自治の面白いところかもしれません。


 国との関係では。


 今よりずっと強い統制がある。


 機関委任事務。


 通達。


 指揮監督。


 中央集権的。


 でも。


 地方公共団体内部では。


 長。


 議会。


 住民。


 その三者の間に、


 自治の仕組みがちゃんとある。


「何でも国に聞けばいい時代じゃない」


「そりゃそうだ」


「逆に、何でも今みたいに地方が対等でもない」


「だから時代を見ろって言ってる」


「はい」


 未来人。


 また一つ学びました。


 私はページをめくり。


 最後に大きく書きました。


 ――不信任は、長を簡単に追い出す制度ではない。


 その下。


 ――解散は、議会への報復ではない。


 さらに。


 ――最後は住民の意思へ戻す。


「三行じゃねえか」


 相馬先輩が言います。


「全部大事なんです」


「一行の覚え書きにしろ」


「厳しいなあ」


 私は少し考えました。


 不信任。


 高いハードル。


 解散。


 選挙。


 再度の不信任。


 失職。


 そして。


 住民。


 全部を一行に。


「できました」


「読め」


 私は声に出しました。


 ――長と議会がぶつかったら、一度は住民に問い直し、それでも不信任なら長が退く。


 相馬先輩が少し黙りました。


「長い」


「内容が大事です」


「試験直前に見て一発で分かるやつにしろ」


「じゃあ超短縮版」


 私はその下に書きました。


 ――不信任→解散→選挙→再不信任なら、今度こそ長が退く。


「それだな」


「褒めました?」


「気のせいだ」


「またそれです」


 夕方の事務所。


 新聞は片づけられ。


 机の上にはノートだけが残りました。


 市長はもういません。


 議会は新しくなりました。


 駅前再整備は。


 全部消えたわけではない。


 新しい市長選を待ちながら。


 市役所は普通に動いている。


 ゴミも集める。


 戸籍も受け付ける。


 道路も直す。


 政治が揺れても。


 町そのものは止まりません。


「所長」


「何だ」


「地方自治法って」


「うん」


「政治家を動かす法律だと思ってました」


「違ったか」


「生活を止めないための法律でもあるんですね」


 所長は少しだけ頷きました。


 長と議会が喧嘩しても。


 どちらかが力ずくで相手を消さない。


 重い要件。


 解散。


 選挙。


 再議決。


 一つずつ段階を踏む。


 面倒。


 時間もかかる。


 お金もかかる。


 でも。


 その回りくどさが、


 民主主義の安全装置なのかもしれません。


 早く決めるだけなら。


 もっと簡単な制度はいくらでも作れます。


 市長が気に入らなければ、


 議会の過半数で即失職。


 議会が気に入らなければ、


 市長がいつでも解散。


 それなら早い。


 でも。


 怖い。


 だから。


 三分の二。


 四分の三。


 十日。


 選挙。


 そして過半数。


 数字が、


 暴走を止めている。


 受験生の私には。


 ただの暗記地獄にしか見えなかった数字です。


 でも今なら。


 少しだけ好きになれます。


「こはる」


 所長が言いました。


「帰るなら、その新聞を捨てろ」


「またですか」


「もう古い」


「資料ですよ」


「机が狭い」


「不信任です」


 相馬先輩が笑いました。


「またやるのか」


「今回は前回の反省があります」


「何をする気だ」


「まず議員数を確認します」


 私は事務所を見回しました。


 所長。


 相馬先輩。


 私。


 三人。


「三人」


「うん」


「三分の二以上出席」


「全員いるな」


「そして四分の三以上の同意」


「三人必要だな」


「はい」


 私は相馬先輩を見ました。


「先輩」


「嫌だ」


「まだ何も言ってません!」


「所長不信任だろ」


「読まれてる!」


 私は諦めません。


「じゃあ先輩。もし所長不信任が通ったら、所長は十日以内に事務所を解散――」


「するか」


 片桐所長が言いました。


「ですよね」


「そもそも地方公共団体じゃない」


「はい」


「お前たちは議員でもない」


「はい」


「そして」


 所長が新聞を私の前へ置きました。


「片づけろ」


「……拒否します」


「相馬」


「賛成」


「え?」


「新聞片づけろ」


「そこだけ過半数取らないでください!」


 三人中二人。


 賛成多数。


「でも不信任じゃないから普通の多数決でいい」


 相馬先輩が言います。


「こんなところだけ法理に忠実!」


 私は新聞を抱えました。


 地方自治法。


 どうやら。


 条文の数字を覚えたくらいでは、


 片桐行政書士事務所の権力構造を変えるには、


 まだまだ足りないようでした。

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