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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

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328/701

[地方自治法・長の補助機関]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 役所の組織図というものは、


 事件が起きる前に見ると、


 ただの箱と線です。


 でも。


 誰か一人が休んだ瞬間。


 お金が止まった瞬間。


 祭りが消えかけた瞬間。


 その箱と線は、


 急に「誰が何をするのか」という生きた法律になります。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 西浜秋祭りから二日。


 私は机いっぱいに紙を広げていました。


 一枚目。


 市長。


 二枚目。


 助役。


 三枚目。


 収入役。


 四枚目。


 出納員。


 そして五枚目。


 私は大きく書きました。


 ――未来。


「何だ、それ」


 向かいの机で相馬先輩が煙草に火をつけました。


「比較表です」


「嫌な予感しかしねえ」


「失礼ですね」


「昨日、市役所で会計管理者とか言い出した奴が何言ってんだ」


「そこは反省してます」


「反省してる顔じゃねえな」


 しています。


 かなり。


 だって。


 行政書士試験で覚えていた役職名が、


 現場へ来たら通じないのです。


 副市町村長。


 会計管理者。


 私は現代では、


 それを当然のように覚えていました。


 でも。


 昭和六十三年。


 市役所へ行けば、


 助役。


 収入役。


 同じ地方自治法なのに、


 人の名前から違う。


 転生者泣かせです。


「今日は」


 私はノートを開きました。


「長の補助機関を整理します」


「一人でやれ」


「先輩も昨日、助役専決がどうとか言ってたじゃないですか」


「仕事だ」


「じゃあ仕事の復習です」


「勝手に名前変えんな」


 奥で帳簿を見ていた片桐所長が言いました。


「付き合え」


 相馬先輩が黙りました。


 今日も所長決裁は迅速です。


「ではまず」


 私はノートに書きました。


 地方公共団体の長。


 都道府県なら知事。


 市町村なら市町村長。


「ここまではいいですよね」


「そこで間違えたら帰れ」


「厳しい」


 でも。


 知事や市長が、


 行政事務を全部一人で処理するわけではありません。


 だから。


 長の職務執行を補助する機関が置かれる。


「これが長の補助機関」


「ああ」


「現代なら、代表例として」


 私は一つずつ書きます。


 副知事。


 副市町村長。


 会計管理者。


 職員。


 出納員その他の会計職員。


「その『現代なら』ってのを今の市役所で喋るなよ」


「分かってます」


「昨日も分かってるって言ってたぞ」


「今日は本当に分かってます」


 たぶん。


 私はまず、


 大きく一つ目の見出しを書きました。


 ――副知事・副市町村長。


「現代法では」


 私は言いました。


「都道府県には副知事、市町村には副市町村長が置かれます」


「市長の下に副市長ってやつか」


「はい」


「未来は分かりやすいな」


「名前は」


「名前は?」


「制度はちゃんと覚えないと危ないです」


 副知事。


 副市町村長。


 いわば長の補佐役です。


 長を補佐し、


 長の命を受けて政策や企画をつかさどり、


 職員の担任する事務を監督する。


 そして。


 必要な場合には、


 長の職務を代理する。


「昨日の市長入院みたいな話ですね」


「ああ」


 ただし。


 ここで最初の罠。


「副市町村長って、必ず一人置かないといけないんでしたっけ」


 私は自分で聞いて、


 相馬先輩を見る。


「俺に未来法を聞くな」


「ですよね」


 現代では。


 副知事・副市町村長の定数は、


 条例で定めます。


 そして。


「条例で置かないこともできます」


「副市長ゼロでもいいのか」


「はい」


「じゃあ絶対いるわけじゃねえ」


「そこです」


 試験で危ないところ。


 会計管理者と混ぜると事故ります。


 副知事・副市町村長。


 条例で置かないこともできる。


 一方。


 会計管理者。


 一人。


 必ず置く。


「対比ですね」


「未来の話だろ」


「未来の試験では大事なんです」


「知らん」


 私は赤線を引きました。


 ――副知事・副市町村長は、条例で不設置可。


 ここ。


 大事。


 次。


 誰が選ぶか。


「副知事・副市町村長は住民が選挙する?」


「しないだろ」


「正解です」


「馬鹿にしてんのか」


「確認です」


 選挙で直接選ばれるのは長。


 副知事や副市町村長は、


 長が選任します。


 ただし。


「長が好き勝手に決めて終わりではありません」


「議会か」


「はい」


 議会の同意を得て、


 長が選任する。


「昨日の祭りみたいに、市長がいないと困る重要な立場だから?」


「そう考えると分かりやすいですね」


 長を支える。


 場合によっては職務を代理する。


 行政組織のかなり上にいる。


 だから、


 長一人の判断だけでなく、


 議会の同意も必要になる。


 私はノートに書きました。


 ――長+議会同意。


「任期は?」


 片桐所長が聞きました。


「四年です」


「市長と同じか」


 相馬先輩が言います。


「期間だけ見れば四年です」


「ただし、だろ」


「さすが先輩」


「お前がその顔したら大抵ただしが来る」


 はい。


「副知事・副市町村長は、任期中でも長が解職できます」


「任期四年なのに?」


「できます」


「じゃあ四年間絶対に居座れるわけじゃねえ」


「そういうことです」


 ここ。


 試験の嫌なところです。


 任期四年。


 と覚える。


 すると頭の中では、


 四年間身分保障。


 みたいな映像が勝手にできる。


 でも違う。


 長は、


 任期中でも解職できます。


「選ぶときは議会の同意がいる」


「ああ」


「辞めさせるときは?」


 相馬先輩が聞きます。


「長が解職できる」


「そこを対比で覚えるんだな」


「はい」


 私は矢印を書きました。


 選任。


 長+議会の同意。


 解職。


 長。


「人事って面白いですね」


「面白がるところか?」


「制度のバランスが見えるので」


 選ぶときは、


 議会も関与。


 しかし。


 長の行政運営を補佐する立場だから、


 長との信頼関係が崩れた場合にまで、


 四年間必ず置いておけ、


 とはしていない。


「だから任期四年と解職可能が両立する」


「そういうことだ」


 片桐所長が言いました。


 私はそこで、


 昨日の祭りを思い出しました。


 市長入院。


 助役東京出張。


 補助金支払い停止。


「昨日の件」


 私は言いました。


「今の制度なら、『副市長がいるならそちらで処理できないか』って考える場面ですよね」


「専決できるか、職務代理の問題になるか、まず見るな」


 相馬先輩が言いました。


「はい」


 ただし。


 副市長がいるから、


 市長の仕事を全部自由にできる。


 ではない。


「ここ重要ですね」


「ああ」


「副市長は第二市長じゃない」


「変な言い方だな」


「でも覚えやすい」


 誰が、


 どんな根拠で、


 どこまでできるか。


 昨日、沢渡課長が言ったことです。


 長の補助機関だからといって、


 長そのものになるわけではない。


「補助」


 私は丸で囲みました。


「代理」


 もう一つ丸。


「専決」


 もう一つ。


「この三つ、ごちゃ混ぜにすると危ない」


「違う話だからな」


「はい」


 補助する。


 職務を代理する。


 内部規程に基づいて専決する。


 似ているようで、


 同じではありません。


 昨日の補助金では、


 市長が完全に職務不能だから、


 助役が全面的に職務代理した、


 という話ではありませんでした。


 問題になったのは。


「市の内部規程上、その案件を助役が専決できるか」


「そうだ」


「だから市長が入院しただけで、即座に全部の仕事が助役へ移ったわけじゃない」


「そこを間違えるな」


「はい」


 現場を見たあとだと、


 すごく分かります。


 私はノートの横に、


 大きく書きました。


 ――昭和六十三年。


「来ましたね」


「何が」


「時代の壁です」


「勝手にぶつかってろ」


 現代では。


 副市町村長。


 でも。


 この時代の市町村には、


 助役。


「昨日、私が『副市長ですね』って言った瞬間」


「ああ」


「先輩、本気で誰だそれって顔しましたよね」


「いねえんだから当然だ」


「未来だと普通なんです」


「今はいねえ」


「分かってます」


 制度は改正されます。


 名前も変わる。


 職務の整理も変わる。


「これが転生ものの怖いところですね」


「法律の話に転生を混ぜんな」


「私にとっては切実なんです」


 同じような役割。


 でも。


 同じ制度だと思い込むと危ない。


「行政法って」


 私は言いました。


「名称変更くらいならまだいいんですけど」


「もっとあるのか」


「あります」


「嫌そうな顔すんな」


「次がもっと危ないので」


 二つ目。


 私は見出しを書きました。


 ――会計管理者。


「はい」


「誰だそいつ」


「またそれ言う」


「この時代にいねえ奴なんだろ」


「そうです」


 現代の普通地方公共団体には。


 会計管理者を、


 一人置きます。


「これは?」


 私は相馬先輩を見る。


「未来でも条例で置かねえことにできる、とかじゃねえのか」


「できません」


「必ず?」


「一人、必ず」


 ここ。


 副市町村長との対比。


 副知事・副市町村長。


 条例で置かないこともできる。


 会計管理者。


 普通地方公共団体に一人必置。


「これ試験で並べられたら嫌ですね」


「受験生は大変だな」


「他人事!」


「俺は昭和にいる」


「私も今は昭和です!」


 悲しい。


 身体は昭和。


 試験知識は未来。


 頭の中だけ地方自治法が新旧二重構造です。


「会計管理者は何をする」


 片桐所長が聞きます。


「地方公共団体の会計事務です」


 ざっくり言えば、


 お金の出し入れを担うトップ。


 支出。


 収入。


 現金や有価証券。


 財産の記録管理。


 そういった会計事務を扱う。


「昨日の祭りで言えば」


 私は言いました。


「補助金を交付する政策判断そのものを、会計側が勝手に決めるわけじゃない」


「ああ」


「市長側で適法な支出命令が整ったあと、会計側が処理する」


「そうだ」


 これです。


 昨日。


 私は最初、


 お金が出ない。


 なら会計側へ行けばいい。


 そう考えました。


 でも。


 収入役室へ、


 「三十五万円払ってください!」


 と直接怒鳴り込んでも駄目。


 なぜなら。


 会計側は、


 誰に補助金を出すかを自由に決める部門ではないから。


「財布を持ってる人と、買う物を決める人は違う」


 私は言いました。


「雑だが分かりやすい」


 相馬先輩が言います。


「じゃあ採用」


 長側が支出を決める。


 会計管理者側が会計手続を担う。


 役割分担。


「つまり」


 私は書きました。


 ――市長=政策・執行。


 ――会計管理者=会計事務。


「市長自身に全部お金を触らせない意味もありますよね」


 片桐所長が頷きます。


「権限を分ける」


 そう。


 行政のトップが、


 支出を決め、


 自分で金庫を開け、


 自分で現金を渡し、


 自分で帳簿を確認する。


 それは危ない。


 だから。


 会計事務を別の機関に担わせる。


「昨日の事件って」


 私は少し興奮して言いました。


「単に市長不在の話じゃなかったんですね」


「今さらか」


「市長側と会計側が別だって分かる事件だった」


「ああ」


「だから収入役側は『支出命令が来ていないから払えない』だった」


「そういうことだ」


 役所の中の、


 決める。


 払う。


 その分離。


 私は二重線を引きました。


「じゃあ会計管理者は誰が選ぶ?」


 相馬先輩が聞きました。


「長です」


「議会の同意は?」


「要りません」


「副市長とは違うんだな」


「はい」


 会計管理者は、


 長の補助機関である職員のうちから、


 長が命じます。


「一般の外部人材を議会同意で連れてくるんじゃない」


「職員から?」


「そうです」


「一人」


「はい」


「必ず置く」


「はい」


 私は並べて書きました。


 副市町村長。


 長が議会の同意を得て選任。


 任期四年。


 条例で置かないことも可能。


 会計管理者。


 長の補助機関である職員から長が命ずる。


 一人必置。


「並べると全然違うな」


「そうなんですよ」


 同じ「長の補助機関」という箱に入っている。


 だから似ているように見える。


 でも。


 設置。


 選任方法。


 任期。


 仕事。


 全部違う。


「組織図って」


 私は言いました。


「横に並んでるから、つい同じ種類の人だと思っちゃいます」


「お前だけじゃねえのか」


「受験生全般にしてください」


 私は次に、


 小さく星印を書きました。


「ここ注意です」


「何だ」


「会計管理者になれない親族関係」


「親族?」


「はい」


 会計管理者は、


 お金を扱います。


 だから。


 長。


 副知事。


 副市町村長。


 監査委員。


 これらの者と、


 一定の近親関係にある者は会計管理者になれません。


「どこまで?」


 相馬先輩が聞きます。


「親子、夫婦、兄弟姉妹」


「祖父母と孫は?」


「そこは教材の並びに入ってません」


「叔父と甥は?」


「入りません」


「従兄弟は?」


「入りません」


「じゃあ覚える範囲は」


「親子・夫婦・兄弟姉妹」


 私は大きく三つ書きました。


 親子。


 夫婦。


 兄弟姉妹。


「近すぎる身内は駄目」


「ざっくりですね」


「覚えるにはいい」


 そう。


 会計のトップが、


 市長の配偶者。


 副市長の子。


 監査委員の兄弟。


 それでは。


 会計の独立性や公正さに疑いを持たれやすい。


「親族だから必ず不正する、って意味じゃないですよね」


「当然だ」


「制度として避ける」


「ああ」


 しかも。


「最初は関係なかったけど、あとからその関係が生じたら?」


「結婚とかか」


「はい」


 例えば。


 会計管理者と副市長が結婚した。


「どうなる」


「会計管理者の職を失います」


「自動的に?」


「そう整理します」


「結婚したらクビ」


「言い方!」


「違うのか」


「法律的には近いですけど、もう少し情緒を」


「地方自治法に情緒を求めんな」


 ごもっとも。


 でも。


 試験ではここが出そうです。


 「就任できない」だけではない。


 就任後、


 禁止される関係が生じた場合には、


 会計管理者の職を失う。


「身分関係まで試験に出るんですね」


「金を扱う立場だから厳しいんだろ」


「そう考えると覚えやすい」


 私はノートに書きました。


 ――近親関係が後発的に生じても失職。


 そこで私は、


 ふと昨日の沢渡課長を思い出しました。


「課長が会計管理者の兄だったら?」


「未来の話か?」


「未来です」


「なぜ沢渡を未来まで連れていく」


「例です」


「嫌な未来だな」


 まあ。


 総務課長なら、


 この禁止関係の対象そのものではありません。


「大事なのは対象者を広げすぎないことですね」


「ああ」


 親族なら全部駄目。


 ではない。


 対象になる相手。


 関係。


 法律で決まっています。


 行政法は、


 雰囲気で範囲を広げると失点します。


 三つ目。


 私はページをめくりました。


 ――出納員その他の会計職員。


「昨日、北原さんがいましたね」


「ああ」


「出納員」


「収入役室の人だな」


「はい」


 現代法でも、


 出納員その他の会計職員という仕組みはあります。


 会計管理者一人で、


 自治体中のお金を全部扱うわけにはいかない。


 だから。


 その事務を補助する職員が必要になる。


「誰が任命する?」


 相馬先輩。


 今日は妙に問題を出してきます。


「長です」


「どこから?」


「長の補助機関である職員から」


「会計管理者と似てるな」


「はい」


 ここは似ています。


 会計管理者。


 職員から長が命ずる。


 出納員その他の会計職員。


 長の補助機関である職員から長が任命。


「ただし役割は違う」


「トップと補助」


「そうです」


 会計管理者が会計事務の中心。


 出納員その他の会計職員は、


 その事務の一部を担う。


「昨日の北原さんが、収入役本人じゃないのに説明できた理由ですね」


「ああ」


 現場では。


 トップ一人だけで仕事をしているわけではない。


 その下で、


 実際の出納事務を処理する職員がいる。


 ここも。


 箱だけ見ていると分からないところでした。


「で」


 相馬先輩が煙草を灰皿へ押しつけました。


「出納員も必ずいるのか」


「来ましたね」


「何が」


「試験の罠」


「嬉しそうに言うな」


 町村。


 ここがポイントです。


「町村は、出納員を置かないこともできます」


「市は?」


「教材上の整理では、町村について不設置が認められるところを押さえます」


「副市長とまた違うな」


「そうです」


 私は対比表を作りました。


 副知事・副市町村長。


 条例で不設置可。


 会計管理者。


 一人必置。


 出納員。


 町村では置かないことも可。


「嫌な表だな」


「試験問題にしてくださいと言ってるような表でしょう」


「作った奴、性格悪いな」


「法律に罪はありません」


「問題作る奴だ」


「そこはノーコメントで」


 私は鉛筆を置き、


 三つの見出しを眺めました。


 副知事・副市町村長。


 会計管理者。


 出納員その他の会計職員。


「これで教材上の主要論点は出ました」


「じゃあ終わりか」


「まだです」


「嫌な予感した」


「昭和との比較があります」


 相馬先輩が天井を見ました。


「まだ未来の話するのか」


「むしろ今の話です」


 私は別ページを開きました。


 中央に線を一本引きます。


 左。


 昭和六十三年。


 右。


 現代。


「昨日の事件で一番大事だったの、ここだと思うんです」


 片桐所長が顔を上げました。


「言ってみろ」


「制度は、名前だけ覚えると危ない」


「うん」


「時代によって仕組みが変わる」


「うん」


「だから、その時代に実際に存在する役職と権限を確認しないといけない」


「そうだ」


 昭和六十三年。


 市町村には助役。


 会計には収入役。


 都道府県なら、


 また別の旧制度上の会計機関がある。


 現代では。


 市町村の助役制度は廃され、


 副市町村長へ。


 収入役など旧来の会計職制度も整理され、


 会計管理者へ。


「だから私が」


 私は言いました。


「現代の教科書をそのまま持って昨日の市役所に行ったら」


「存在しない会計管理者を探す」


「はい」


「副市長も探す」


「はい」


「不審者だな」


「そこまで言います?」


 でも本当に危ない。


 法律の中身を知っていても。


 改正時期を知らなければ。


 実務では使えません。


「でも」


 私は線の真ん中を指しました。


「変わっていない発想もあります」


「何だ」


「長一人に全部やらせない」


 行政組織は巨大です。


 福祉。


 道路。


 教育。


 産業。


 環境。


 税。


 戸籍。


 防災。


 財政。


 契約。


 会計。


 これを市長一人が処理するのは不可能。


「だから補助機関がいる」


「ああ」


「長を補佐する人」


「ああ」


「実務をする職員」


「ああ」


「会計を担う機関」


「ああ」


「会計事務を補助する職員」


「ああ」


 名称や制度設計は変わっても、


 行政組織を分担して動かす必要そのものは変わらない。


「昨日、市長が入院しただけで祭りが止まりそうになった」


「そうだな」


「でも本当は、市長本人が一件一件全部やる制度じゃなかった」


「ああ」


「助役の専決で処理できた」


「結果的にはな」


「だから」


 私はノートに書きました。


 ――補助機関は、長が不在でも行政を止めないための組織でもある。


 片桐所長が言いました。


「少し違う」


「え?」


「長が不在のときだけのためにあるんじゃない」


「あ」


「普段からだ」


「そうですね」


 確かに。


 市長が元気でも。


 助役は働く。


 職員も働く。


 収入役も会計事務をする。


 現代なら副市長も会計管理者も。


 日常的に。


 長の職務を補助している。


 私は書き直しました。


 ――補助機関は、普段から長の行政執行を分担し、組織として自治体を動かす。


「こっちですね」


「そうだ」


 ここで相馬先輩が、


 昨日の市役所の書類を一枚取りました。


「じゃあ何で今回は止まった」


「担当者が、市長名義の承認と市長本人の決裁を同じだと思ったから」


「そこだな」


 そう。


 ここも大事でした。


 条例。


 規則。


 要綱。


 通知書。


 そこには、


 「市長が許可する」


 「市長が承認する」


 「市長が交付する」


 と書かれていることがあります。


 でも。


 それは、


 市長本人が全部の紙に直接判を押せ、


 という意味ではありません。


 内部では。


 専決。


 代決。


 補助執行。


 事務分掌。


 さまざまな仕組みで仕事を回しています。


「名義と実際の内部処理を分ける」


 私は言いました。


「そうだ」


「昨日はここを確認したから動いた」


「ああ」


 商工観光課の担当者は、


 要綱に「市長の承認」とあるのを見て、


 市長本人の決裁が必要だと思った。


 でも。


 内部の専決規程を確認すると、


 その程度の変更承認は助役専決で処理できた。


「法律って」


 私は言いました。


「条文だけじゃなくて、内部規程まで見ないと現場が分からないことあるんですね」


「実務じゃ当たり前だ」


「受験生時代はそこまで想像しませんでした」


「試験と仕事は違う」


「でも試験知識が入口になる」


「それはそうだ」


 珍しく褒められました。


 たぶん。


 私はもう一度、


 現代法の表へ戻りました。


「試験対策として整理します」


「結局やるのか」


「ここ大事なので」


 副知事・副市町村長。


 定数。


 条例。


 条例で置かないこともできる。


 選任。


 長が議会の同意を得て選任。


 任期。


 四年。


 ただし。


 長は任期中でも解職できる。


 職務。


 長を補佐。


 必要に応じて長の職務を代理。


「次」


 会計管理者。


 一人。


 必置。


 長の補助機関である職員から、


 長が命ずる。


 会計事務のトップ。


 そして。


 長。


 副知事。


 副市町村長。


 監査委員。


 これらとの間に、


 親子。


 夫婦。


 兄弟姉妹。


 の関係がある者はなれない。


 あとからその関係が生じたら、


 職を失う。


「次」


 出納員その他の会計職員。


 会計管理者の事務を補助。


 長の補助機関である職員から、


 長が任命。


 町村は、


 出納員を置かないこともできる。


「どうです」


 相馬先輩が、


 ものすごく嫌そうな顔をしています。


「何で俺が未来の試験範囲まで聞かされてんだ」


「将来役立ちますよ」


「何年後だ」


「かなり」


「俺、受験しねえぞ」


「知識は人生を豊かにします」


「昨日存在しない役職探してた奴が言うな」


 痛い。


「でも」


 片桐所長が言いました。


「こはる」


「はい」


「現代制度を覚えるなら、名前だけじゃなく改正の意味も考えろ」


「改正の意味?」


「ああ」


 私は少し考えました。


 助役から副市町村長へ。


 収入役から会計管理者へ。


 制度を変えるということは、


 看板だけ掛け替えるためではない。


 行政組織の役割を、


 その時代に合う形へ整理するため。


「地方自治そのものが変わっていったから」


 私は言いました。


「国と地方の関係も変わる」


「うん」


「自治体内部の執行体制も見直される」


「そうだ」


 昭和六十三年の地方自治は、


 今よりずっと国との上下関係が強い。


 機関委任事務もある。


 首長が、


 自治体の代表であると同時に、


 国の機関として事務を処理する場面もある。


「未来では」


 私は言いました。


「機関委任事務はなくなります」


「ほう」


「自治事務と法定受託事務に再編されて、国と地方も法的には対等・協力の関係へ」


「便利な未来だな」


「簡単ではないですけどね」


 地方自治制度全体が変わる。


 その流れの中で、


 自治体内部の組織も見直されていく。


「だから」


 私は言いました。


「助役が副市町村長に変わった、収入役が会計管理者になった、だけを丸暗記するより」


「ああ」


「地方自治の仕組みそのものが時代とともに整理された、と見たほうが分かりやすい」


「そういうことだ」


 片桐所長が頷きました。


 私はノートに二重丸を書きました。


 旧制度。


 助役。


 収入役。


 現代。


 副市町村長。


 会計管理者。


「未来の受験生が昭和に来ると」


 私は言いました。


「昨日みたいな事故が起きる」


「普通来ねえから安心しろ」


「物語が終わります」


「知らん」


 でも。


 逆も危ない。


 昭和の知識を、


 そのまま現代の試験で答えたら、


 当然間違い。


 法律には、


 時間があります。


 条文にも歴史があります。


「所長が言ってたやつですね」


「何が」


「法律は、条文だけじゃなく時代も読む」


「ああ」


 私はその言葉を、


 ノートの上に書きました。


「じゃあ問題です」


 私は急に言いました。


「まだやるのか」


「確認です」


「嫌だ」


「第一問」


「聞けよ」


「普通地方公共団体には、副市町村長を必ず一人置かなければならない」


「未来の話だな」


「はい」


「誤り」


「理由は?」


「条例で置かねえこともできる」


「正解」


「嬉しくねえ」


「第二問」


「まだあるのか」


「会計管理者は、条例で置かないことができる」


「誤り」


「理由は?」


「一人必ず置く」


「正解」


「次」


「乗ってきてますね」


「早く終わらせたいだけだ」


「第三問」


 私はにやりとしました。


「副市町村長は、長が単独で選任する」


「誤り」


「理由」


「議会の同意」


「正解」


「第四問」


「多いな」


「副市町村長の任期中は、長はこれを解職できない」


「誤り」


「理由」


「長は任期中でも解職できる」


「完璧」


「昭和の俺に未来法覚えさせてどうすんだ」


「第五問」


「まだある!」


「市長の兄弟姉妹は、会計管理者になることができる」


「駄目なんだろ」


「はい」


「親子、夫婦、兄弟姉妹」


「正解」


「第六問」


「こはる」


 片桐所長が言いました。


「はい」


「仕事をしろ」


「終了します」


 最強の試験監督でした。


 私は書類を片付けながら、


 昨日の祭りの景色を思い出しました。


 提灯。


 太鼓。


 子供神輿。


 焼きとうもろこし。


 あれが中止になりかけた原因は、


 法律がなかったからではありません。


 むしろ逆。


 制度はあった。


 助役がいた。


 専決規程もあった。


 会計側の仕組みもあった。


 それなのに。


 誰が何をできるのか、


 そこを確認しなかったから止まった。


「行政組織って」


 私は呟きました。


「制度があるだけじゃ駄目なんですね」


 相馬先輩が煙草の煙を吐きました。


「使う奴が知らなきゃな」


「ですよね」


 法律は、


 置いてあるだけでは仕事をしない。


 条文。


 条例。


 規則。


 専決規程。


 全部。


 必要なときに、


 誰かが見つけて、


 使って初めて意味がある。


「行政書士の仕事も同じか」


 私が言うと、


 相馬先輩がこちらを見ました。


「何が」


「私たちが市長の代わりに決裁できるわけじゃない」


「当たり前だ」


「収入役の代わりに金を出すこともできない」


「捕まるぞ」


「でも」


 私は昨日の書類を持ち上げました。


「誰が処理すべき案件なのか」


「ああ」


「どの規程を確認すべきなのか」


「ああ」


「どこで止まっているのか」


「ああ」


「それを整理して、役所に突きつけることはできる」


「それが仕事だ」


 そう。


 行政書士は、


 市役所の中へ入って、


 職員の代わりに決裁するわけではない。


 裁判所で代理人になるわけでもない。


 でも。


 申請書。


 照会書。


 要望書。


 陳情書。


 事情説明書。


 そういう紙を使って、


 行政の中のどこに問題があるのかを、


 正確に指し示す。


 今回なら。


 ――市長が入院しているから無理。


 という一言を、


 そのまま受け取らなかった。


 誰が補助するのか。


 専決できないのか。


 支出命令はどこで止まっているのか。


 会計側の問題なのか。


 そこまで分解した。


「問題って」


 私は言いました。


「細かく分けると、動かせる場所が見えるんですね」


「役所相手は特にな」


「一枚岩に見えるから」


「ああ」


 市役所。


 住民から見ると、


 一つの巨大な建物。


 でも中では。


 市長。


 副市長――未来なら。


 助役――今なら。


 会計管理者――未来なら。


 収入役――今なら。


 各課の職員。


 会計職員。


 それぞれ役割が違う。


「市役所に断られた」


 だけでは、


 本当は何も分からない。


 誰に。


 何を。


 どの権限で。


 どう断られたのか。


 そこまで見る。


 それが実務です。


 私はノートの最後に、


 今日の一行を書こうとしました。


「一行の覚え書き」


「また長くすんなよ」


「分かってます」


 考える。


 長には補助機関がいる。


 副市町村長は条例で不設置可。


 会計管理者は一人必置。


 出納員は会計管理者を補助。


 町村では出納員を置かないこともできる。


 選任。


 議会同意。


 任期四年。


 解職可。


 親族制限。


 昭和は助役・収入役。


「……一行無理じゃないですか」


「諦めんな」


「情報量が多い」


「試験前に全部書くつもりか」


 私は悩みました。


 そして。


 書きました。


 ――長は一人でも、自治体は一人で動かない。補助機関は「誰が何をするか」で覚える。


 相馬先輩が覗き込みます。


「まあいい」


「本当ですか」


「ああ」


「では試験用短縮版」


 その下へ。


 ――副市町村長は不設置可、会計管理者は一人必置。


「急に暗記だな」


「ここは落としたくないので」


「親族は?」


「親子・夫婦・兄弟姉妹」


「出納員は?」


「町村なら置かないこともできる」


「任期」


「副知事・副市町村長は四年。ただし長は任期中でも解職可」


「選任」


「長が議会の同意を得て選任」


 私は言い切りました。


 相馬先輩が黙ります。


「どうです?」


「未来で受けろ」


「褒めてくれない」


「昭和で受ける試験じゃねえ」


 その通りです。


 そのとき。


 事務所の電話が鳴りました。


「はい、片桐行政書士事務所です」


『総務課の沢渡です』


 来ました。


「はい」


『先日の秋祭り補助金の件ですが』


「また何か?」


『いいえ。確認です』


「何でしょう」


『商店会から実績報告書が出ました』


「早いですね」


『会計処理も問題ありません』


「よかった」


『ただ』


 また来た。


 ただ。


「何です?」


『朝比奈さんが市役所で言っていた「会計管理者」という言葉が気になりまして』


「え」


『調べました』


 嫌な汗が出ました。


「何を?」


『地方自治制度の研究資料です』


「課長」


『将来的に会計制度を整理すべきだという議論は確かにありますね』


「課長!」


『あなた、ときどき妙に先の制度のようなことを言いますね』


 心臓が止まりかけました。


 電話の向こう。


 沢渡課長の声はいつも通り淡々としています。


『どこで聞いたんです?』


「ええと」


 まずい。


 非常にまずい。


 未来から来ました。


 とは言えない。


「夢で」


『は?』


「夢で見ました」


 事務所が静まり返りました。


 相馬先輩が、


 ものすごい顔でこちらを見ています。


『……朝比奈さん』


「はい」


『勉強のしすぎでは?』


「私もそう思います」


『休んだほうがいいですよ』


「ありがとうございます」


『では』


 切れました。


 私はゆっくり受話器を置きました。


 相馬先輩が言いました。


「夢?」


「ほかに何て言えばいいんですか!」


「もっとましな嘘あっただろ!」


「急だったんですよ!」


 片桐所長が帳簿を閉じます。


「こはる」


「はい」


「時代を読め」


「今日それ二回目!」


「読めてない」


「はい……」


 私はノートを見ました。


 副市町村長。


 会計管理者。


 出納員。


 その横。


 助役。


 収入役。


 新しい制度と、


 古い制度。


 同じ地方自治法の流れの中にありながら、


 時代によって姿を変える組織。


 たぶん。


 法律を覚えるというのは、


 今ある条文だけを頭へ入れることではありません。


 なぜその仕組みがあるのか。


 昔はどうだったのか。


 何が不便で、


 何が変わったのか。


 そこまで見て初めて、


 一つの制度が立体的に見えてくる。


 私は最後に、


 ノートへもう一行書き足しました。


 ――役職名を暗記するな。誰を補い、何を担い、なぜ分けるのかを見る。


「また一行増えてるぞ」


 相馬先輩が言いました。


「今日は二行です」


「一行の覚え書きだろ」


「地方自治法が悪いです」


「法律のせいにすんな」


「じゃあ最終版」


 私は少し考え、


 大きく囲みました。


 ――長の補助機関は、長を助ける「人名表」ではなく、自治体を止めないための役割分担。


 相馬先輩がそれを読みました。


「昨日の祭りには合ってるな」


「でしょう?」


「ああ」


「褒めました?」


「気のせいだ」


 いつものやつです。


 窓の外。


 商店街の方角には、


 まだ秋祭りの名残の提灯が一つ、


 夕風に揺れていました。


 市長が入院しても。


 助役が出張しても。


 収入役が金を勝手に出せなくても。


 制度を一つずつ辿れば、


 行政は動かせる。


 そして未来では。


 助役は副市町村長へ。


 収入役は会計管理者へ。


 名前も制度も変わっていく。


 でも。


 地方公共団体を、


 一人の長だけに背負わせない。


 権限を分け、


 役割を分け、


 組織として行政を動かす。


 その考え方は、


 たぶん簡単には変わりません。


「こはる」


 片桐所長が言いました。


「はい」


「帰るぞ」


「はい」


 ノートを閉じる。


 今日覚えた言葉は多い。


 副知事。


 副市町村長。


 会計管理者。


 出納員。


 助役。


 収入役。


 でも。


 昨日までの私なら、


 全部、


 ただの役職名でした。


 今は違う。


 祭りを止めなかった人たちの名前です。


「先輩」


「何だ」


「帰りに焼きとうもろこしありませんかね」


「祭り終わったぞ」


「じゃあ焼き鳥」


「法律の余韻を食欲で消すな」


「長の補助機関を勉強したので、胃の補助機関が必要です」


「何だそれ」


「焼き鳥です」


「補助じゃなく主役だろ」


 その通りでした。


 どうやら。


 長にも補助機関が必要ですが、


 私の胃袋には、


 補助では済まないようです。

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