[地方自治法・議会運営の五原則]法理編 こはるノート
議会というのは、
「みんなで決める場所」です。
――とだけ言うと、
ものすごく簡単そうに見えます。
でも。
誰でも見られるようにする。
一定数以上が集まる。
必要な票数を満たす。
一度決めたことを、同じ会期で何度も蒸し返さない。
決められなかったものを、次の会期へ勝手に持ち越さない。
そこまで全部そろって、
ようやく、
「みんなで決めた」
になるのです。
夕方。
片桐行政書士事務所。
私は机の上に、
五枚の紙を並べていました。
一枚目。
会議公開。
二枚目。
定足数。
三枚目。
多数決。
四枚目。
一事不再議。
五枚目。
会期不継続。
「……多い」
私が呟くと、
向かいの机で相馬先輩が煙草に火をつけました。
「五つしかねえだろ」
「五つ“も”あるんですよ」
「受験生の発想だな」
「現場に出ると、一個ずつ重いんです」
昨日。
市民会館廃止をめぐる市議会。
住民の西脇さんは、
市役所から、
もう議会で決まった。
今さら何を言っても仕方ない。
そう説明されていました。
ところが。
調べてみれば、
会議は住民に公開されていない。
秘密会の正式な議決もない。
採決時には議員が十一人しかいない。
定数二十四人なら、
原則として必要なのは十二人以上。
さらに。
前日に似た議案が否決されていた。
次の会期へ持ち越すという説明まで出ていた。
「一回の事件に、全部乗ってきましたね」
「教材みてえな議会だったな」
「教材より悪いです」
私は最初の紙を持ち上げました。
「じゃあ、まず会議公開の原則から」
「勝手に始めろ」
「付き合ってください」
「嫌だ」
「所長」
「付き合え」
奥から片桐所長の声。
相馬先輩が黙ります。
強い。
地方議会より迅速に意思決定されています。
「では」
私はノートを開きました。
大きく、
――地方公共団体の議会運営・五つの原則。
と書く。
「最初。会議公開の原則」
普通地方公共団体の議会の会議は、
公開。
これが原則です。
「昨日、西脇さんが傍聴に行ったら、入れてもらえなかった」
「ああ」
「理由は『関係者だけ』」
「雑だったな」
「かなり」
議会というのは、
住民の代表である議員が、
住民の税金。
施設。
条例。
予算。
行政の大事なことを決める場所です。
だから。
原則として、
住民から見えるところでやる。
「公開って」
私は言いました。
「単に見物できるようにするってだけじゃないですよね」
片桐所長が顔を上げます。
「なぜそう思う」
「だって」
私は昨日の議場を思い出しました。
「誰が何を言ったか。どういう理由で賛成したか。反対したか。それを住民が見られるから、議員も説明責任を負う」
「そうだ」
「密室なら」
相馬先輩が言いました。
「何とでも言える」
「はい」
「後から『そんな話はしてねえ』もできる」
「だから公開」
私はノートに書きました。
――会議公開=議会を住民の目の届く場所に置く原則。
「ただし」
所長が言います。
「絶対ではない」
「秘密会があります」
私は次に書きました。
秘密会。
これが例外。
普通地方公共団体の議会は、
一定の場合、
会議を非公開にできる。
「昨日、議長が勝手に傍聴を止めてました」
「勝手と言い切るな」
「はい。正確には」
言い直します。
「議長判断で傍聴を制限していて、秘密会開催の正式な議決が確認できなかった」
「それでいい」
では。
秘密会を開く要件。
「発議できるのは」
相馬先輩が言います。
「議長か」
「はい」
「議員三人以上」
「はい」
そして。
出席議員の三分の二以上の多数で議決。
「ここです」
私は三分の二に丸を付けました。
「普通の議決じゃない」
「秘密にするんだから当然だろ」
「公開が原則だから、例外にするには重い要件が必要」
「そういうことだ」
私は昨日の議会を思い返しました。
議長一人が、
混乱しそうだから。
傍聴席が荒れそうだから。
そう考えただけで、
即座に秘密会にできるわけではない。
「秘密会って」
私は言いました。
「住民を締め出す制度じゃなくて、公開原則の例外として厳格に使う制度なんですね」
「そうだ」
所長が頷きます。
私はノートに一行。
――公開が原則。秘密会は例外。だから三分の二。
「覚えやすい」
「試験用か」
「もちろんです」
「次」
二枚目。
定足数。
私は昨日の出席簿を思い浮かべました。
定数二十四。
開会時十四人。
途中退席三人。
採決時十一人。
「ここは分かりやすかったですね」
「言ってみろ」
普通地方公共団体の議会は、
議員定数の半数以上が出席しなければ、
会議を開くことができない。
「二十四人なら」
「十二人以上」
「十一人なら」
「足りない」
「賛成が十一人全員でも?」
「足りない」
「全会一致でも?」
「足りない」
「百分の百なのに?」
相馬先輩が眉をひそめました。
「昨日もその話しただろ」
「だって面白いじゃないですか」
普通なら。
十一人中十一人賛成。
百パーセント。
圧倒的。
文句なし。
に見えます。
でも。
議会では、
そもそも必要人数が集まっていない。
そこで投票率百パーセントでも、
議会全体の意思とは扱えない。
「多数決って」
私は言いました。
「分母が大事なんですね」
「当たり前だ」
「受験生は分子ばっかり見がちなんですよ」
「お前だけじゃねえのか」
「全国の受験生を敵に回しますよ」
でも本当に。
定足数は、
議会が少人数だけで動かないための最低線です。
住民から選ばれた議員が、
二十四人いる。
そのうち五人だけ集まって、
三対二で決めました。
では、
議会の意思とは言いにくい。
「だから半数以上」
私は言いました。
「最低でも、議会の半分はその場にいる」
「そうだ」
「その上で議決」
私はノートに書きます。
――定足数=多数決の前に、まず会議が成立するだけの人数をそろえる。
「昨日の件は」
相馬先輩が言いました。
「開会時は足りてた」
「十四人ですから」
「だが途中で三人抜けた」
「十一人」
「そこで定足数を割った」
「はい」
「つまり」
私は言いました。
「会議って、始めるときだけ人数を数えればいいわけじゃないんですね」
「議事を進められる状態が続いてるかを見る」
「そういうことですね」
その瞬間。
私の中で、
定足数という言葉が、
急に生き物みたいに見えました。
開会時に条件を満たして終わりではない。
議会が動いている間、
最低限の人数が必要。
「所長」
「何だ」
「定足数って、議会の心拍数みたいですね」
「意味が分からん」
「一定以下になると会議が止まる」
相馬先輩が煙草を消しました。
「例えは忘れろ」
「結構いいと思ったのに」
三枚目。
多数決。
「やっと来ました」
「何が」
「みんなが知ってる議会」
相馬先輩が鼻で笑います。
「多数決だけ知ってるから事故るんだろ」
「はい」
普通地方公共団体の議会の議事は、
原則。
出席議員の過半数で決する。
可否同数なら、
議長が決する。
「ここ」
私は図を書きました。
例えば。
出席議員十八人。
賛成十。
反対八。
可決。
「単純ですね」
「原則はな」
「九対九なら」
「議長」
「議長が決する」
多数決。
これ自体は簡単です。
でも。
地方自治法は、
重要な場面では、
もっと重い多数を要求します。
「いわゆる特別多数」
「そうだ」
私は別枠を作りました。
「まず」
議員の半数の出席。
そのうえで、
出席議員の三分の二以上の多数の同意。
「ここに入るのが」
私は指を折ります。
「地方公共団体の事務所の位置決定・変更に関する条例」
「うん」
「秘密会」
「うん」
「議員の失職・資格決定」
「うん」
「条例の制定・改廃または予算に関する再議」
「うん」
「条例で定める特に重要な公の施設の廃止、長期かつ独占的利用」
「そこ」
相馬先輩が言いました。
「昨日の市民会館にも関係し得るところだな」
「はい」
市民会館。
公の施設。
しかも市にとって重要な施設。
ただし。
何でも自動的に特別多数になるわけではない。
条例で、
特に重要な公の施設としてどう定めているか。
そこを確認する必要があります。
「教材だけ見ると」
私は言いました。
「『重要な公の施設の廃止は三分の二』って丸暗記しそうになるんですけど」
「危ねえな」
「はい」
正確には、
条例で定める、
特に重要な公の施設。
そして。
廃止や、
長期かつ独占的な利用など。
「要件の前置きが大事」
「行政法は前置きに罠がある」
「本当に」
私は赤線を引きました。
――条例で定める「特に重要な公の施設」。
「次」
議員の三分の二の出席。
そのうえで、
過半数の同意。
「これは」
「長に対する再度の不信任」
「はい」
さらに。
議員の三分の二の出席。
そのうえで、
四分の三の同意。
「重いですね」
「それだけ重大なんだろ」
「役員の解職請求に対する同意」
「うん」
「議員の除名」
「うん」
「長に対する最初の不信任議決」
「そうだ」
私は数字を見て、
頭を抱えました。
「先輩」
「何だ」
「これ、試験会場で三分の二と四分の三が入れ替わります」
「知らん」
「不信任の一回目が四分の三」
「うん」
「二回目は出席三分の二、過半数」
「うん」
「直感と逆に見える」
「だから覚えろ」
「身も蓋もない」
でも。
制度の意味を考えると、
少し覚えやすくなります。
長への最初の不信任は、
非常に重い。
だから。
議員の三分の二以上が出席し、
そのうち四分の三以上という高いハードル。
一方。
その後、
長が議会を解散し、
改選後の議会でも再び不信任を突きつけるなら、
それは民意を挟んだ後の局面。
「必要な多数の設計にも意味があるんですね」
「数字だけ覚えるなってことだ」
「所長みたいなこと言いますね」
「失礼だな」
「褒めてます」
私は少しノートを見直しました。
「ここまでで」
公開。
定足数。
多数決。
三つ。
「この三つだけでも順番ありますね」
「どんな」
「まず公開する」
「うん」
「次に必要人数が集まる」
「うん」
「それから必要な票数で決める」
「そうだ」
「つまり」
私は書きました。
――見せる。集まる。数える。
「雑だな」
「覚えやすいです」
「試験答案に書くなよ」
「当然です」
四枚目。
一事不再議。
ここで私は、
昨日の一昨日。
市民会館廃止案が、
一度否決されていたことを思い出しました。
「一事不再議」
私は言いました。
「一度議決された事項は、同一会期中に再度議決しない」
「ああ」
「否決でも?」
「議決は議決だ」
「つまり、一回否決したら、同じ会期中にそのまま同じ議案をもう一度出して、今度は賛成集めました、は駄目」
「原則な」
「はい」
なぜか。
これは、
現場編で急に分かりました。
もし一事不再議がなかったら。
一回否決。
翌日もう一回。
また否決。
三日後もう一回。
賛成派が多い日に採決。
通った。
「それ、ずるいですよね」
「議会意思が安定しねえ」
「はい」
一度きちんと議決したなら、
同じ会期中は、
その意思を尊重する。
だから。
一事不再議。
「でも昨日」
私は言いました。
「難しかったですよね」
「何が」
「一昨日の案と昨日の案」
前者。
翌年三月三十一日廃止。
後者。
翌年六月三十日廃止。
附則も追加。
「これ、同じ市民会館廃止案ではある」
「ああ」
「でも内容が少し違う」
「だから」
片桐所長が言いました。
「同一事件かどうかを見なければならない」
「はい」
一事不再議。
言葉だけなら簡単です。
一度決めたことはもうやらない。
でも。
何が同じなのか。
そこは実質判断になります。
「日付一日変えれば別議案」
「とは限らない」
「文言を一個変えれば別」
「とも限らない」
「逆に」
相馬先輩が言います。
「同じ市民会館が対象でも、内容が大きく変われば別事件かもしれねえ」
「そうですね」
だから。
一事不再議は、
議案の題名だけで判断しない。
内容。
目的。
効果。
変更の程度。
そこを見る必要がある。
「試験では」
私は言いました。
「原則だけ問われることが多いですけど」
「現場は同一性で揉める」
「そういうことですね」
私はノートに書きました。
――一事不再議=議会意思を同一会期中に都合よく何度もひっくり返さない。
「ただ」
私は続けます。
「現代の感覚だと、再議って言葉が混乱します」
「長の再議か」
「はい」
一事不再議の「再議してはいけない」。
そして、
地方自治法上の「再議」。
首長が議会の議決に異議を持って、
議会へ戻す制度。
「同じ『再議』って言葉でも文脈が違う」
「そこは法理編で整理しろ」
「今やってます」
「そうだった」
忘れないように、
私は欄外へ書きました。
――一事不再議の原則と、長の再議制度は別。
「ここ試験で引っかけられそう」
「お前は全部引っかかりそうだな」
「応援してください」
五枚目。
会期不継続。
「これ」
私は言いました。
「言葉だけだと、一番分かりにくかったです」
「今は?」
「昨日で一気に分かりました」
会期。
一つの議会の期間。
その期間中に議決に至らなかった事件は、
原則として、
次の会期へ自動的には継続しない。
「昨日、市役所が」
私は言いました。
「『今回決まらなかったところは、次の議会でそのまま続きをやります』って説明してました」
「ああ」
「それが危ない」
「そうだ」
会期は、
それぞれ独立しています。
今回の会期で審議した。
結論が出なかった。
なら。
次の会期では、
当然にその途中から始まるわけではない。
「つまり」
私は言いました。
「会期が変わると、一回机が片付く感じ」
「まあ近い」
「前回の途中書類が、そのまま自動で次の机に移らない」
「そういうことだ」
もちろん。
現実の議会運営では、
継続審査などの制度が問題になる場面があります。
でも。
教材の基本原則としては。
会期中に議決に至らなかった事件は、
次の会期へ継続しない。
「これ、なぜ必要なんでしょう」
私は聞きました。
片桐所長が少し考えて、
「区切るためだ」
と言いました。
「区切る」
「議会は会期ごとに運営される」
「はい」
「いつまでも審議中の案件を引きずれば、議会意思が曖昧になる」
「なるほど」
「いつの会期で、誰が出席し、どう審議したか。それを区切る」
確かに。
一年前の会期で半分審議。
三か月後に続き。
また半年放置。
次の議会で突然採決。
では。
住民から見ても、
何がどう進んでいるのか分からない。
「だから会期ごとに独立」
「そうだ」
私はノートに書きました。
――会期不継続=議会を会期ごとに区切り、未決案件を自動で次へ流さない。
五つ。
ようやく並びました。
私はノートを見渡します。
会議公開。
定足数。
多数決。
一事不再議。
会期不継続。
「これ」
私は言いました。
「別々の暗記項目じゃないですね」
「今さらか」
「昨日までは別々でした」
でも。
一つの流れにすると。
議会を公開する。
一定数以上の議員が集まる。
必要な多数で決める。
一度決めたことを、
同一会期中に何度も蒸し返さない。
決まらなかったことを、
次の会期へ勝手に持ち越さない。
「全部」
私は言いました。
「議会意思をちゃんと作るためのルールなんですね」
「そうだ」
所長が言いました。
「多数決だけでは議会意思にならない」
私はその言葉を、
ゆっくりノートへ書きました。
――多数決だけでは、議会意思にならない。
「これ大事ですね」
「昨日の十一人採決を見れば分かるだろ」
「はい」
賛成六。
反対五。
数字だけなら賛成多数。
でも。
そもそも定足数を欠いている。
秘密会手続もない。
そんな状態なら、
賛成六票が多いとか少ないとか、
その前段階で止まる。
「多数決って」
私は言いました。
「最後の計算なんですね」
「そうだ」
「その前に」
公開。
定足数。
議案の扱い。
会期。
そういう土台がある。
私は少し笑いました。
「受験生のころ、地方自治法って数字の暗記だと思ってました」
「違ったか」
「数字は多いです」
「そこは否定しねえのか」
「でも、数字がある理由が見えると覚えやすい」
秘密会。
三分の二。
それは、
公開原則を破る例外だから。
議員除名。
三分の二出席。
四分の三同意。
それは、
住民から選ばれた議員の身分を奪う重大な決定だから。
長への最初の不信任。
高いハードル。
それも、
首長と議会の関係を根本から揺らす重大事項だから。
「数字は」
私は言いました。
「重要度の重さなんですね」
「全部が単純にそうとは言わんが」
所長が言います。
「覚える補助にはなる」
「はい」
ここで。
私はふと思いました。
「所長」
「何だ」
「今回、昭和と現代の差って、そんなにないですね」
相馬先輩がこちらを見ました。
「何の話だ」
「地方自治法って、今までのテーマだと」
私は指折り数えます。
「機関委任事務がある」
「うん」
「国と地方の関係が今より上下っぽい」
「うん」
「指定管理者制度もない」
「知らん制度を出すな」
「未来にはあるんです」
「またか」
「でも今回の議会運営の五原則は、昭和六十三年でもかなり基本構造が同じ」
片桐所長が頷きました。
「議会の基本だからな」
そこが面白い。
地方自治法は、
平成十一年の地方分権一括法で大きく変わる。
機関委任事務は廃止され、
自治事務と法定受託事務へ再編。
国と地方の関係も、
大きく組み替えられていく。
でも。
議会が公開される。
定足数がある。
多数決で決める。
一事不再議。
会期不継続。
こうした議会運営の基本原則そのものは、
昭和にも現代にもつながっている。
「つまり」
私は言いました。
「地方分権が進む前でも」
「うん」
「議会内部では、ちゃんと民主的な手続を守る仕組みがあった」
「当然だ」
「ただし」
所長が言います。
「制度があることと、運用が正しいことは別だ」
昨日の議会です。
「公開原則があっても、傍聴を止める」
「うん」
「定足数があっても、人数確認が甘い」
「うん」
「一事不再議があっても、似た議案を出し直す」
「うん」
「会期不継続があっても、次へそのまま持ち越すと言う」
「だから」
相馬先輩が言いました。
「条文は、置いとくだけじゃ役に立たねえ」
「使う人が必要」
「そういうことだ」
私は少しだけ、
西脇さんの顔を思い浮かべました。
法律を知らなかった。
でも。
何かおかしい。
そう思って事務所へ来た。
そこから、
会議録。
出席簿。
議案。
採決。
秘密会手続。
一つずつ確認した。
そして。
「もう決まった」
という一言を、
ひっくり返した。
「行政書士って」
私は言いました。
「議会そのものを動かす権限はないですけど」
「ないな」
「こういうとき、事実と要件を並べるだけでも効くんですね」
「むしろ」
所長が言いました。
「権限がないから、要件で攻める」
「なるほど」
裁判代理はできない。
議会で採決もできない。
議長にもなれない。
でも。
申入書。
照会。
陳情。
議事録確認。
法的要件の整理。
住民側が、
どこを確認すべきか。
それを紙にする。
「権限はなくても」
私は言いました。
「手続の穴を見つける目は持てる」
「それが仕事だ」
私はノートの下に、
大きな表を作りました。
左。
原則。
右。
昨日の事件。
会議公開。 →住民を傍聴させなかった。
秘密会の正式議決なし。
定足数。 →定数二十四。
採決時十一人。 半数未満。
多数決。 →そもそも定足数不足。
必要な多数以前の問題。
一事不再議。 →前日否決案との同一性が問題。
実質を比較。
会期不継続。 →未決事件を次会期へ当然継続とはできない。
「こう並べると」
私は言いました。
「昨日の議会、満点の反面教師ですね」
「笑えねえ」
「確かに」
地方自治法の教材としては分かりやすい。
市民としては困ります。
「じゃあ試験」
相馬先輩が言いました。
「え?」
「五つ、言え」
「急ですね」
「さっきから勉強してんだろ」
「はい」
私は指を折りました。
「会議公開」
「うん」
「定足数」
「うん」
「多数決」
「うん」
「一事不再議」
「うん」
「会期不継続」
「よし」
「簡単です」
「じゃあ秘密会」
「議長または議員三人以上の発議」
「それから」
「出席議員の三分の二以上の多数で議決」
「定足数」
「議員定数の半数以上」
「普通の議事」
「出席議員の過半数。可否同数なら議長」
「一事不再議」
「一度議決した事項を、同一会期中に再度議決しない」
「会期不継続」
「会期中に議決に至らなかった事件は、原則として次の会期へ継続しない」
「悪くねえ」
褒めた。
珍しい。
「じゃあ」
相馬先輩がにやりとしました。
「議員除名」
「え」
「出席要件と多数」
「ええと」
脳内の数字が逃げます。
三分の二。
四分の三。
どっちがどっち。
「議員の……三分の二以上が出席」
「うん」
「その……四分の三以上の同意」
「正解」
「よし!」
「長への最初の不信任」
「同じです!」
「長への再度の不信任」
「議員三分の二以上出席、出席議員の過半数」
「よし」
「今日、いけます」
「じゃあ秘密会」
「半数出席、出席議員の三分の二以上」
「分かってるじゃねえか」
私は胸を張りました。
「現場に出ると覚えるんですよ」
「じゃあ毎回市役所が違反してくれりゃいいな」
「困ります!」
片桐所長が小さく咳払いしました。
「覚えるために事件を望むな」
「望んでません」
少し日が落ちました。
窓の外。
市役所の屋上が、
夕焼けで赤くなっています。
あの中で。
また次の議会が開かれる。
今度は。
傍聴席も開くでしょう。
出席議員数も確認するでしょう。
議案が、
一昨日のものと同じなのか違うのか。
そこも整理される。
必要な多数を確認して。
それでも市民会館廃止案が通れば。
西脇さんには、
つらい結果かもしれません。
でも。
それは、
少なくとも。
見えないところで。
人数も足りないまま。
「もう決まりました」
と押し切られた結果ではない。
「負けても」
私は言いました。
「納得できる決まり方ってあるんですね」
相馬先輩が窓の外を見ます。
「負けりゃ腹は立つ」
「でしょうね」
「でも」
煙草を灰皿へ押しつける。
「ルール通りなら、次は選挙でひっくり返せる」
私は少し驚きました。
「先輩、たまに民主主義みたいなこと言いますね」
「何だそれ」
「褒めてます」
議会は、
結論を永遠に固定する場所ではない。
住民が議員を選ぶ。
議員が議会で決める。
次の選挙で、
また住民が評価する。
だからこそ。
一回一回の議会手続が、
ちゃんとしていなければならない。
私はノートの最後のページを開きました。
「一行の覚え書き」
「また長くするなよ」
「今日は短くします」
五つの原則。
全部入れたい。
でも一行。
私は少し考えました。
そして書きます。
――議会は、見せて、集まって、正しく数え、蒸し返さず、会期で区切る。
相馬先輩が覗き込みました。
「……まあ、入ってるな」
「でしょう?」
「受験答案には書くな」
「分かってます」
その下。
もう一行。
もっと本質だけ。
――決め方を守ってこそ、議決。
昨日。
片桐所長が言った言葉です。
「やっぱりこれですね」
「人の言葉じゃねえか」
「良いものは使います」
所長が帳簿を閉じました。
「覚えたなら掃除しろ」
「またですか」
「昨日二人でやっただろ」
「今日は先輩の番ですよね」
「誰が決めた」
「昨日の私たち」
「議決したか?」
「しました」
「何票」
「私一票」
「俺は反対した」
「所長は?」
奥を見る。
片桐所長。
無言。
「じゃあ可否同数です」
「二人しか票入れてねえぞ」
「議長が決します」
「誰だ」
「私です」
「だから勝手に議長になるな!」
私は立ち上がりました。
「では秘密会にします」
「何でだよ」
「掃除当番の協議を非公開で」
「発議要件は?」
「私、議長」
「自称だろ」
「じゃあ議員三人」
「三人いねえ」
「所長入れて三人です!」
所長が淡々と言いました。
「反対」
「まだ採決してません!」
相馬先輩が笑います。
「秘密会は三分の二だぞ」
「じゃあ私と先輩が賛成すれば」
「俺は反対」
「成立しない!」
「公開で掃除しろ」
「公開って窓ですか!」
「窓を開けろ」
昨日と同じです。
私は渋々、
窓へ向かいました。
外から、
夕方の冷たい風が入ってきます。
机の上のノートが、
ぱらぱらとめくれました。
公開。
定足数。
多数決。
一事不再議。
会期不継続。
五つの言葉。
受験生だったころは、
ただの暗記項目でした。
でも今は。
議会を、
人数の多い人たちの好き勝手にしないための、
五つの歯止めに見えます。
多数決は、
強い。
だからこそ。
その前後を、
面倒なくらい縛っておく。
誰でも見えるところで。
十分な人数を集め。
必要な票数を満たし。
一度決めた意思を簡単に揺らさず。
会期という区切りも守る。
それで初めて、
多数は、
力ではなく、
議会の意思になる。
「こはる」
「はい」
「箒」
相馬先輩が言いました。
「昨日使ったやつ、どこだ」
「会期不継続です」
「何が」
「昨日の掃除道具は昨日で終了しました」
「意味分かんねえ」
「次の会期なので、新しく始めましょう」
「掃除に会期はねえ!」
「一事不再議!」
「昨日と今日で別日だ!」
「多数決!」
「だから所長がいるだろ!」
二人で奥を見る。
片桐所長は、
しばらく私たちを見てから、
静かに言いました。
「二人とも掃除」
「横暴です!」
「多数決じゃない!」
「経営権だ」
地方自治法では、
どうにもなりませんでした。
私は箒を取りました。
相馬先輩も、
しぶしぶもう一本取ります。
たぶん。
法律には、
適用される場所と、
されない場所があります。
それを見分けるのも、
大事な法的思考です。
――少なくとも。
片桐行政書士事務所の掃除当番については、
議会運営の五原則より、
所長の一言の方が、
今のところ、
圧倒的に強いようでした。
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