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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

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324/672

[地方自治法・議会の種類と招集、会期]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 会議は、


 集まれば始まる。


 私はずっと、そう思っていました。


 でも地方議会では、


 誰が集めるのか。


 何のために集めるのか。


 いつまで集まっていられるのか。


 そこまで全部、法律の問題になります。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 机の上には、一枚の写真が置いてありました。


 西ノ浦第三歩道橋。


 まだ工事中。


 橋台の周りには土のう。


 手すりは外され、


 川岸には小さな重機。


 そして柵の向こう。


 ランドセル姿の子どもが三人、工事を眺めています。


「美津子さんが持ってきてくれました」


 私は写真を指しました。


「見れば分かる」


 相馬先輩が煙草に火をつけます。


「毎日見に来てるらしいですよ」


「暇だな」


「小学生に暇じゃない時間なんてあります?」


「あるだろ。宿題とか」


「それは暇な時間にやらされる苦行です」


「お前、小学生側につきすぎじゃねえか」


 私はノートを開きました。


 今日の見出し。


 大きく、


 ――地方公共団体の議会。


 その下に、


 定例会。


 臨時会。


 招集。


 会期。


 四つ。


「今日はこれです」


「勝手にやれ」


「先輩」


「嫌だ」


「まだ誘ってません」


「どうせ誘う」


 見抜かれています。


 私は奥を見ました。


「所長」


「付き合え」


 片桐所長が帳簿を見たまま言いました。


 相馬先輩が煙草をくわえたまま黙りました。


 地方議会の招集権より強い。


 片桐所長の業務命令。


「では」


 私はペンを構えました。


「まず、昨日までの事件を整理します」


 西ノ浦第三歩道橋。


 大雨で橋台周辺が損傷。


 通行止め。


 補修費。


 六百二十万円。


 市は、


 十二月の定例会で補正予算を審議する予定だった。


 けれど。


 橋を通れなくなった子どもたちは、


 歩道が途中で切れる県道へ迂回していた。


 二か月待つ。


 本当にそれでいいのか。


 そこで出てきたのが、


 臨時会。


「私、最初は簡単に考えてました」


「何をだ」


「臨時会を開けばいいじゃないですか、って」


「言ってたな」


「便利ですよね。急ぎなら臨時会」


「で?」


「そこから地獄でした」


 誰が招集する。


 誰が請求できる。


 何を議題にできる。


 会期を誰が決める。


 しかも。


 昭和六十三年と現代では制度が違う。


「地方自治法って」


 私は言いました。


「現代法だけ覚えて昭和に持ってくると、普通に事故りますね」


「未来から来なきゃ事故らねえよ」


「それを言われると全部終わります」


 私はノートに最初の見出しを書きました。


 ――定例会と臨時会。


「まず基本」


 地方公共団体の議会には、


 定例会。


 臨時会。


 この二つがあります。


「昭和六十三年の今も?」


「ある」


「現代も?」


「あるんだろ」


「はい」


 ここは大筋では共通。


 でも。


 細かい制度は変わっています。


「定例会って何だ」


 相馬先輩が聞きました。


「定期的に招集される議会です」


「それだけか」


「それだけじゃありません」


 私は書きます。


 定例会。


 毎年、決められた回数開催する。


 議会の通常運転。


「昨日の市なら、十二月に定例会の予定があった」


「ああ」


「だから市役所は、橋の補正予算もそこへ出そうとしてた」


「そうだ」


 定例会そのものが悪いわけではありません。


 むしろ。


 行政は一年中、


 好き勝手に議会を呼びつけていいわけではない。


 予算。


 条例。


 契約。


 その他の議案。


 ある程度まとまった時期に議会が開かれる。


「ただし」


 私は言いました。


「ここでも現代法をそのまま読むと危ない」


 相馬先輩が嫌そうな顔をします。


「また未来か」


「大事なんです」


 現代では、


 定例会は、


 毎年、条例で定める回数を招集する。


 そう習います。


 でも。


 昭和六十三年の地方自治法では、


 定例会は原則として年四回。


 その回数を条例で変更することができる。


 という仕組みでした。


「つまり」


 私はノートに矢印を書きます。


 昭和。


 原則年四回。


 条例で変更可能。


 現代。


 毎年、条例で定める回数。


「似てるけど違う」


「受験生が嫌いそうだな」


「大嫌いです」


「即答か」


「こういう『昔も条例が出てくるから同じに見えるけど微妙に違う』が一番危ないんですよ」


 制度改正というのは、


 全く別物に変われば覚えやすい。


 名前が同じで、


 言い回しだけ少し変わる。


 これが怖い。


「だから」


 片桐所長が言いました。


「条文は、その時代のものを読む」


「はい」


「記憶で仕事をするな」


「刺さります」


 本当に。


 私は昨日、


 何回未来の条文を昭和へ持ち込みかけたことか。


 次。


 臨時会。


 私は丸で囲みました。


「こっちは分かりやすいです」


 必要がある場合に、


 特定の事件について開く議会。


「昨日なら?」


「西ノ浦第三歩道橋の災害復旧工事費に係る補正予算」


「そうだ」


「二か月後の定例会まで待つんじゃなくて、その事件を早く審議する必要があるから臨時会」


「うん」


 ここで大事なのは。


 臨時会は、


 もう一個の何でもあり議会、


 ではないということ。


「定例会と同じように、何でも話せるわけじゃない」


「そうだ」


「何を話すか、あらかじめ決めて呼ぶ」


「だから昨日、付議事件を絞った」


 最初。


 私は、


 西ノ浦第三歩道橋災害復旧工事に係る補正予算その他必要な措置。


 なんて書こうとしました。


 相馬先輩に、


 便利袋に入れるな。


 と止められました。


「今思うと、雑でしたね」


「今さらか」


「『その他必要な措置』って便利なんですよ」


「便利だから危ねえんだ」


 臨時会では、


 何について会議を開くのか。


 事件を特定する。


 昨日は、


 西ノ浦第三歩道橋災害復旧工事費に係る一般会計補正予算。


 ここまで絞った。


「臨時会に付議する事件は」


 私は書きました。


 原則として、


 あらかじめ告示。


「誰が?」


 相馬先輩。


「長です」


「そうだ」


 臨時会を開くときは、


 何を審議するための会議なのか。


 住民にも議員にも分かるようにする。


 だから。


 招集と、


 付議事件の告示が重要になる。


「昨日、市役所に電話したとき」


 私は言いました。


「ついでに駅前整備の話までやれませんかって言ったら、沢渡課長に即座に却下されました」


「当たり前だ」


「言ってみただけです」


「お前の『言ってみただけ』はだいたい危ない」


 でも。


 ここで一つ注意。


 私はノートの端に書きました。


 ――緊急事件。


 臨時会の開会中に、


 急いで処理しなければならない事件が生じた場合。


 一定の場合には、


 あらかじめ告示されていない事件でも付議できる余地があります。


「だから絶対に一字一句、告示されたもの以外は触れない、って覚えるのも危ない」


「例外があるってことか」


「はい」


「地方自治法らしいな」


「行政法全体がそうですよ」


 原則。


 ただし。


 例外。


 さらに例外。


 そして受験生が静かに沈む。


 私は次の見出しを書きました。


 ――誰が議会を招集するのか。


「ここが昨日の本丸でした」


 通常。


 地方公共団体の議会を招集するのは、


 地方公共団体の長。


 都道府県なら知事。


 市町村なら市町村長。


「つまり昨日は市長」


「そうだ」


「議長じゃない」


「そうだ」


「議員でもない」


「そうだ」


 議会なんだから、


 議会のトップである議長が呼べばいい。


 そう思いそうになります。


 私も一瞬そう思いました。


 でも。


 原則的な招集権は長にある。


「変な感じしますね」


「何が」


「議会は市長を監視する側でもあるのに、市長が議会を招集する」


「だから制度が問題になる」


 片桐所長が言いました。


 そう。


 ここです。


 長が、


 自分に不都合な議会を開きたくない。


 そう考えたらどうする。


 招集権が長にしかないなら、


 議会側は永遠に口を開けない。


 だから。


 議員側から長に、


 臨時会を開け。


 と要求する仕組みが必要になる。


「昨日使ったのが」


 私は大きく書きました。


 ――議員定数の四分の一以上。


 市議会議員二十四人。


 その四分の一。


「六人」


「そうだ」


 六人以上の議員が、


 会議に付すべき事件を示して、


 臨時会の招集を請求する。


 そうすれば、


 長には招集義務が生じる。


「昨日の六人ですね」


 野党。


 無所属。


 与党系。


 会派は違いました。


 でも。


 橋の写真。


 迂回路。


 児童数。


 補修費。


 十二月まで待つ危険。


 それを見て、


 六人が署名した。


「四分の一って」


 私は言いました。


「数字で覚えてたときは、ただの分数だったんです」


「今は?」


「六人の顔になりました」


 法律では、


 議員定数の四分の一以上。


 たったそれだけ。


 でも現場では。


 一人。


 二人。


 三人。


 四人。


 五人。


 あと一人。


 そのあと一人が集まらなければ、


 要件は満たさない。


「法定数って怖いですね」


「五人でも気持ちは同じかもしれねえ」


「でも五人じゃ駄目」


「そうだ」


「六人目が入った瞬間に、ただの要望が法律上の請求になる」


「そこだ」


 所長が言いました。


 私は丸をつけました。


 人数要件。


 現場で見ると、


 ものすごく重い。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「現代でも同じか?」


「四分の一以上という議員請求の仕組み自体はあります」


「なら同じじゃねえか」


「そこから先が違います」


 来ました。


 昨日、私が派手に転びかけたところ。


 私はページを変えました。


 昭和六十三年。


 現代。


 二列。


「まず昭和」


 議員定数四分の一以上から、


 事件を示した臨時会招集請求が出る。


 長は招集しなければならない。


 ここまではある。


「ただし?」


「現代みたいな明確な二十日ルールが、まだありません」


 相馬先輩が頷きます。


「昨日言ってたやつだな」


「はい」


 現代では。


 議長からの請求。


 あるいは、


 議員定数四分の一以上からの請求。


 これらを受けた長は、


 原則として、


 請求の日から二十日以内に臨時会を招集しなければならない。


「でも昭和六十三年の私たちは」


 私は言いました。


「『招集義務はある。でも何日以内ってはっきり書いてない』」


「そこが弱い」


「そうなんです」


 だから昨日。


 美津子さんに、


 じゃあ市長がずっと放っておいたらどうするんですか。


 と聞かれて。


 私は答えに詰まりました。


「未来なら答えやすいんですよ」


「二十日か」


「はい。でも昭和六十三年では、そこまで整備されてない」


 法律上、


 招集しなければならない。


 しかし。


 その履行を確実にする時間的な仕組みが、


 今ほど強くない。


「だから昨日、紙にした」


 所長が言いました。


「正式な請求書」


「はい」


 誰が請求した。


 いつ出した。


 何の事件について請求した。


 定数四分の一を満たしている。


 受領された。


 全部記録に残す。


「期限が明記されていないからこそ」


 私は言いました。


「放置したら、『いつまで放置するんですか』って問題が表に出る」


「そうだ」


 未来の便利な制度がなくても。


 今ある条文を最大限に使う。


 これが昨日の戦い方でした。


「で」


 相馬先輩が言います。


「現代には、まだ先があるんだろ」


「あります」


 私はノートに書きました。


 現代。


 議長。


 議会運営委員会。


 長への招集請求。


「昭和六十三年には、今のような議長からの臨時会招集請求制度はありません」


「昨日お前、使おうとしてたな」


「はい」


「堂々と」


「はい」


「未来人失格だな」


「未来人ほど時代改正に弱いんです!」


 現代では。


 議長は、


 議会運営委員会の議決を経て、


 長に対して、


 付議事件を示し、


 臨時会の招集を請求できます。


 でも。


 昭和六十三年にはその仕組みがない。


「昨日、美津子さんが『議長さんにお願いしたら』って言ったら」


 私は言いました。


「危うく『それです!』って言うところでした」


「俺が止めた」


「ありがとうございます」


「珍しく素直だな」


「命を救われた受験生なので」


 さらに。


 現代法ではもう一段ある。


 長が請求を受けても、


 二十日以内に臨時会を招集しない。


 その場合。


 一定の要件の下で、


 議長自身が臨時会を招集できる制度がある。


「ここも昭和にはない」


「ない」


「つまり」


 私は整理しました。


 昭和六十三年。


 招集権は長側にかなり強く握られている。


 議員四分の一以上から請求できる。


 でも、


 長が動かない場合の代替的な招集制度は、現代ほど整備されていない。


 現代。


 議長からの請求ルート。


 二十日以内という期間。


 長が招集しない場合の議長による招集。


 そうした仕組みが追加されている。


「何で増えたんです?」


 相馬先輩が聞きます。


 私は少し考えました。


「長が招集権を握ってるだけだと、議会が開きたくても開けない事態が起こり得るから」


「うん」


「地方議会は長をチェックする機関でもある。それなのに長が嫌がれば議会そのものを開けない、では議会の自律性が弱すぎる」


「だから議会側から動かせるようにした」


「はい」


 ここ。


 私は二重線を引きました。


 制度改正には、


 意味があります。


 受験生を困らせるためではない。


 過去の制度で、


 困った。


 詰まった。


 動かなかった。


 だから、


 次の時代の条文に、


 新しい逃げ道が増える。


「条文って」


 私は呟きました。


「昔のトラブルの化石みたいですね」


「ずいぶん物騒な化石だな」


「でもそうじゃないです?」


 今の条文を見る。


 なぜ二十日。


 なぜ議長が招集できる。


 なぜ四分の一。


 数字だけ暗記すると無機質。


 でも。


 昨日の市長が、


 もし、


 招集しません。


 と突っぱねたら。


 そう想像すると、


 現代法の仕組みが急に必要に見えてきます。


 次。


 私はページの真ん中に、


 ――会期。


 と書きました。


「これも昨日、勘違いしかけました」


「何を」


「招集する人が、そのまま会期も決めるのかなって」


「違う」


「はい」


 会期。


 議会が活動する期間。


 今回の臨時会は、


 一日。


「誰が決めた?」


「議会です」


「市長じゃない」


「はい」


 議会を招集するのは長。


 でも。


 会期を決めるのは議会。


「これ、試験で並べて出されたら嫌ですね」


「覚えろ」


「はい」


 私は大きく書きました。


 招集――長。


 会期――議会。


「そして延長は?」


「議会」


「定例会だけか?」


「いいえ。定例会でも臨時会でも、会期延長は議会が決める」


「そうだ」


 ここが大事。


 市長が、


 はい、もう十分話したから閉会。


 とはできない。


 会期は議会自身が決める。


「長と議会の権限が分かれてる」


「そういうことだ」


「昨日先輩が言ってましたね」


 ――それが自治だ。


 あの一言。


 私は覚えていました。


「覚えてたのか」


「珍しく格好よかったので」


「珍しくは余計だ」


 招集権。


 会期決定権。


 全部一人にまとめない。


 地方自治法は、


 長と議会を、


 仲良し二人組として設計しているわけではありません。


 むしろ。


 お互いが別々に住民から選ばれ、


 別々の権限を持ち、


 ときにはぶつかる。


 その前提で作られています。


「だから面倒なんですね」


「また言うか」


「褒めてます」


 効率だけなら。


 市長が一人で全部決めれば早い。


 予算。


 条例。


 工事。


 議会の日程。


 会期。


 全部。


 でも。


 速い行政と、


 正しい自治は、


 同じではない。


「昨日の橋だって」


 私は言いました。


「市長だけで勝手に六百二十万円出せたら、一番早かったかもしれない」


「だが予算には議会が絡む」


「はい」


「逆に議会だけで勝手に執行もできない」


「はい」


 長。


 議会。


 役割を分ける。


 面倒にする。


 それによって、


 勝手を防ぐ。


「面倒って」


 私はノートに書きました。


 ――暴走防止装置。


「雑だな」


「でも覚えやすい」


「試験答案には書くなよ」


「当然です」


 次。


 私は一度深呼吸しました。


「では、未来最大の地雷です」


「まだあんのか」


「あります」


 ページいっぱいに書きました。


 ――通年会期制。


 相馬先輩が煙草を止めます。


「昨日お前が言いかけたやつか」


「はい」


 現代では。


 地方公共団体の議会は、


 条例によって、


 定例会・臨時会という従来の方式を採らず、


 一年間を通じた会期を設定する仕組みを選ぶことができます。


「一年中?」


「イメージとしてはそうです」


 条例で、


 ある日から、


 翌年のその日の前日まで。


 ほぼ一年間を会期にする。


 そして。


 定期的に会議を開く日、


 定例日を条例で定める。


「じゃあ毎日議員が議場にいるのか」


「いません」


「一年中会期なんだろ」


「会期と、毎日会議することは別です」


「ややこしいな」


「ですよね」


 通年会期制。


 一年間ずっと本会議を開きっぱなしにする制度ではありません。


 一年間を会期としておく。


 その中で、


 条例で定めた定例日に会議を開く。


 必要に応じて、


 別の日に会議を開く仕組みもある。


「現代では」


 私は言いました。


「長が、付議すべき事件を示して、定例日以外の日に会議を開くよう議長に請求できる」


「逆みたいだな」


「そうなんです」


 従来型。


 長が議会を招集する。


 通年会期制。


 すでに会期が一年続いているので、


 新たに議会を『招集』するという発想とは違ってくる。


 だから。


 必要があれば、


 定例日以外に会議を開くよう請求する。


「昭和六十三年には?」


「ありません」


「いつものやつだな」


「はい」


 私は大きく×を書きました。


 昭和六十三年。


 通年会期制――なし。


「昨日」


 私は額を押さえました。


「橋が危ないなら、一年中会期にしておけばいいじゃないですか、って一瞬思ったんですよ」


「ない制度で救うな」


「本当にそれです」


 転生ものの一番厳しいところ。


 未来を知っている。


 でも。


 未来の法律は、


 まだ使えない。


 スマートフォンの作り方を知っていても、


 基地局がない。


 そんな感じです。


「でも」


 私は言いました。


「未来の制度を知ってる意味はある」


「どういう意味だ」


「今の制度の弱点が分かるから」


 昭和六十三年。


 議会を開くには、


 招集が必要。


 長の招集権が強い。


 議員四分の一以上から請求できても、


 現代ほど時間的担保や代替招集の仕組みが整っていない。


 そこで後の時代。


 議長からの招集請求。


 期限。


 議長による招集。


 通年会期制。


 議会側がより機動的に活動できる制度が増えていく。


「つまり」


 私は矢印を書きました。


 長中心の招集構造。


 ↓


 議会側の自律性を強化。


「地方分権って」


 私は言いました。


「国と地方の関係だけじゃないんですね」


 片桐所長が顔を上げます。


「続けろ」


「地方自治体の中でも、長と議会がどうバランスを取るかっていう問題がある」


「そうだ」


 地方自治。


 国から地方へ。


 それだけではない。


 地方の中でも。


 長。


 議会。


 住民。


 それぞれの権限をどう配置するか。


 そこまで含めて自治なのです。


「ここ、ちょっと面白いですね」


「やっと地方自治法が面白くなったか」


「昨日までは役所組織図の親戚だと思ってました」


「ひどいな」


「反省してます」


 次。


 私は昨日の臨時会日程表を取り出しました。


 会期。


 一日。


「臨時会って」


 私は言いました。


「一日が多いんですか」


「案件次第だ」


 所長が答えました。


「一日で処理できるなら一日」


「足りなかったら?」


「議会が延長すればいい」


「ここですね」


 会期延長。


 これも議会の権限。


 定例会だから延長できる。


 臨時会だから延長できない。


 そういう話ではない。


「つまり」


 私はまとめました。


 招集した時点で、


 長が、


 三日間で終われ。


 とは決められない。


「会期を決めるのは議会だ」


「はい」


「必要なら延長も議会」


「はい」


 だから。


 招集権と会期決定権をセットで覚えると間違える。


「試験で」


 私は言いました。


 『普通地方公共団体の議会の会期は、当該普通地方公共団体の長がこれを定める』


「×」


 相馬先輩が即答。


「早い」


「今やっただろ」


「じゃあ――『臨時会の会期は長が定め、定例会の会期は議会が定める』」


「×」


「理由は?」


「どっちも議会」


「正解です」


「お前、楽しくなってきてるだろ」


「ちょっと」


 試験問題というのは、


 現場が見えると急に面白くなります。


 長が招集したから、


 会期も長。


 そんなふうに、


 日常感覚でうっかり選ばせる。


 でも。


 昨日の議場を思い出せば。


 市長が呼んだ。


 議員が集まった。


 議会が会期を決めた。


 そして補正予算を審議した。


 順番で覚えられる。


「じゃあ次」


 相馬先輩が珍しく問題を出してきました。


「はい」


「市長が臨時会を招集した」


「はい」


「橋の補正予算だけ告示した」


「はい」


「議員が『ついでに市役所の食堂の値段も議論しよう』と言い出した」


「原則駄目」


「なぜ」


「臨時会は必要な場合に、特定の事件について招集されるものだから」


「緊急なら?」


「緊急事件として扱える場合がある」


「よし」


「今日どうしたんです?」


「何が」


「先生っぽい」


「気のせいだ」


 またそれです。


 私は少し笑って、


 ノートのページをめくりました。


 最後の整理。


「じゃあ、昭和と現代を一回並べます」


 左。


 昭和六十三年。


 右。


 現代。


 私は声に出しながら書きました。


 まず議会の種類。


 昭和。


 定例会と臨時会。


 現代。


 定例会と臨時会。


 さらに条例による通年会期制という選択肢がある。


「次」


 定例会。


 昭和六十三年。


 原則として年四回を基本とし、条例による変更の仕組み。


 現代。


 条例で定める回数。


「次」


 臨時会。


 必要がある場合に、


 特定の事件について招集。


 ここは基本構造が続いている。


「次」


 通常の招集。


 長。


「次」


 議員からの臨時会招集請求。


 議員定数四分の一以上。


 事件を示す。


 これも昭和にある。


「次」


 議長からの招集請求。


 昭和六十三年。


 現代のような仕組みはない。


 現代。


 議会運営委員会の議決を経て、


 議長が長に臨時会招集を請求できる。


「次」


 請求後の期間。


 昭和六十三年。


 現代のような二十日以内という明確な仕組みはない。


 現代。


 請求から二十日以内に長が招集。


「次」


 長が招集しない場合。


 昭和六十三年。


 現代のような議長による代替招集制度はない。


 現代。


 請求の種類に応じて、


 議長が招集できる、


 あるいは招集しなければならない仕組みがある。


「最後」


 会期。


 決めるのは議会。


 延長も議会。


 ここ、大事。


 私はペンを置きました。


「……多い」


「地方自治法だからな」


「名前だけ覚えてた頃の私に見せたいです」


「泣くだろ」


「泣きます」


 定例会。


 臨時会。


 会期。


 招集。


 昔の私は、


 単語カードにしていました。


 表。


 臨時会。


 裏。


 必要がある場合。


 事件に限る。


 それで覚えた気になっていた。


 でも。


 昨日の事件では。


 十二月まで待つのか。


 今、議会を開くのか。


 その差が。


 小学生の通学路の二か月になった。


「法律の時間って」


 私は言いました。


「人間の時間なんですね」


 相馬先輩がこちらを見る。


「何だそれ」


「二十日以内とか、年四回とか、会期一日とか」


「うん」


「試験だと数字だけです。でも現場だと、その二十日とか二か月とか一日で、生活が変わる」


 西ノ浦の子どもたちは、


 橋が壊れてから、


 県道へ迂回していました。


 もし。


 十二月まで待ったら。


 補正予算。


 工事発注。


 施工。


 橋が使えるのは、


 もっと先になったかもしれない。


 臨時会を一回開く。


 文字にすれば、それだけ。


 でも。


 その一回で、


 工事開始が何週間も早まった。


「だから期限が制度になるんですね」


 私は呟きました。


 昭和にはなかった二十日。


 後の時代に入った意味。


 長が動かないとき、


 いつまでも待たなくていいようにする。


 議会の意思を、


 時間の中で実現できるようにする。


「制度って」


 私は言いました。


「権限だけじゃ足りないんですね」


 片桐所長が頷きます。


「期限がない権限は、待たされることがある」


「はい」


「代替手段がない権限は、止められることがある」


「はい」


「だから制度は詰まり方を見て直される」


 私は少し笑いました。


「所長、未来知ってるみたいですね」


「知らん」


「でも今の説明、未来の法改正そのものですよ」


「法律が変わっても、人間が困る場所は大して変わらん」


 その言葉。


 私はノートの端に小さく書きました。


 人間が困る場所。


 そこが、


 次の法改正の入口。


 私は最後に、


 大きな枠を作りました。


「一行の覚え書き」


「今度こそ一行にしろよ」


 相馬先輩が言います。


「分かってます」


 少し考える。


 招集は長。


 会期は議会。


 臨時会は特定事件。


 四分の一。


 昭和と現代。


 全部入れたい。


 無理です。


「……できません」


「早いな」


「情報量が多すぎます」


「削れ」


 私は一度書きました。


 ――議会は、長が集め、議会が会期を決め、急ぐ事件は臨時会で動かす。


「四分の一がない」


「ですよね」


 消す。


 次。


 ――長が招集、議会が会期、四分の一で臨時会を請求。


「事件限定がない」


「先輩細かい!」


「試験だぞ」


「じゃあ」


 もう一度。


 私は書きました。


 ――臨時会は「事件を示して四分の一」、招集は長、会期は議会。


 相馬先輩が少し考えます。


「まあいい」


「やった」


「ただし現代は議長請求も忘れるな」


「せっかくまとめたのに!」


「法改正だから仕方ねえ」


 私はその下に、


 小さく追記しました。


 ――現代は議長・二十日・代替招集・通年会期制まで進化。


「一行じゃなくなったな」


「昭和と現代を一行で処理するほうが無茶です」


「受験生は大変だな」


「今さら同情しないでください」


 ノートを閉じようとして。


 私はもう一度、


 橋の写真を見ました。


 黄色い柵。


 重機。


 子どもたち。


 工事は、


 まだ終わっていません。


 橋も、


 まだ渡れません。


 臨時会を開いたからといって、


 翌日に橋が生えるわけではない。


 議会は魔法ではありません。


 でも。


 市役所に、


 次の定例会まで待ってください。


 と言われたとき。


 本当に待つしかないのか。


 地方自治法は、


 そこを問い直す道を持っています。


 必要なら。


 臨時会。


 議員定数四分の一以上。


 付議事件を特定した招集請求。


 それでも。


 昭和六十三年には、


 現代ほど強い仕組みではありません。


 二十日の期限もない。


 長が動かないときに議長が代わって招集する制度もない。


 通年会期制もない。


 未来から見ると、


 不便です。


 弱いです。


 歯がゆい。


 でも。


 その不便の中でも。


 六人集める。


 事実を整理する。


 請求書にする。


 受領させる。


 そうすれば。


 昨日まで、


 十二月まで待つ方針です。


 だったものが、


 今日には、


 法律上の招集義務がある請求です。


 に変わる。


 法律は、


 突然橋を直してくれません。


 でも。


 人を動かす順番を変えることはできる。


 それが、


 昨日私たちが使った地方自治法でした。


「こはる」


 片桐所長が言いました。


「終わったか」


「はい」


「なら帰れ」


「え?」


「何だ」


「昨日、明日は八時に来いって」


「言った」


「臨時招集」


「そうだ」


「私、今朝八時に来ましたよね」


「来たな」


「なのに仕事、普通に九時からでしたよね」


 事務所が静かになります。


 相馬先輩が、


 ゆっくり顔をそらしました。


「先輩」


「知らん」


「絶対知ってましたよね」


「知らん」


 私は所長を見ました。


「何で八時だったんですか」


「机の掃除」


「それだけ!?」


「必要があった」


「どこに!?」


「埃があった」


「臨時会の『必要がある場合』をそんな軽さで使わないでください!」


 片桐所長は平然と帳簿を閉じました。


「不服か」


「不服です!」


「四分の一集めろ」


 私は事務所を見回しました。


 所長。


 相馬先輩。


 私。


 三人。


「定数三人なら四分の一以上って、一人で満たしますからね!」


「請求するか」


「します!」


「事件を示せ」


 私はメモ用紙を引き寄せました。


 勢いよく書く。


 ――朝比奈こはるの午前八時出勤命令の撤回について。


「これでどうです!」


 相馬先輩が吹き出しました。


「お前、それ臨時会で何を決めるんだ」


「勤務時間です!」


「会期は?」


「一分で十分です!」


「会期を決めるのは議会だぞ」


「じゃあ議会を作ってください!」


 片桐所長がメモを受け取ります。


 一読。


 そして。


「却下」


「招集すらしない!」


「必要がない」


「請求人が必要って言ってるでしょう!」


「長が判断する」


「昭和の制度の弱点を事務所で実演しないでください!」


 相馬先輩が腹を抱えて笑っています。


 私は未来を思いました。


 二十日以内。


 議長による招集。


 通年会期制。


 制度は進歩します。


 少しずつ。


 人が困った場所を埋めながら。


 けれど。


 昭和六十三年の片桐行政書士事務所については。


 どうやら平成になっても、


 令和になっても、


 所長の招集権だけは、


 地方分権されない気がしました。

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