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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

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322/701

[地方自治法・議会の委員会(常任委員会、議会運営委員会、特別委員会)]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ議会に向いています。


 電話が減る。


 来客も途切れる。


 相馬先輩の煙草の煙だけが、窓際で勝手に本会議を開いている。


 私は机の上に三枚の紙を並べました。


 常任委員会。


 議会運営委員会。


 特別委員会。


 そして。


 議会運営委員会の紙に、大きく赤で、


 ――昭和六十三年の地方自治法では、まだ今の形では出てこない。


 と書きました。


「でかいな」


 相馬先輩が言いました。


「大事なんです」


「昨日二回も未来から持ってきたもんな」


「三回です」


「増やすな」


 私は額を押さえました。


 昨日。


 杉野地区市民会館の移転問題。


 西野さんたちの陳情。


 総務常任委員会で審査中。


 ところが会期終了が迫っていた。


 市長部局の手続は、議会の閉会後も進む。


 このままでは、


 議会の側だけが時間切れになる。


 そこで。


 閉会中も審査を続けてもらう。


 必要なら、特定の問題について特別委員会を設置する。


 そういう道を探しました。


 そして私は、


 現代の知識を持ち出して、


 議会運営委員会。


 委員会の議案提出権。


 複数の常任委員会への所属。


 と、


 未来の制度を昭和六十三年へ次々輸入しかけました。


 時空密輸です。


「まず」


 私はノートを開きました。


「現代法の基本から整理します」


「また未来から始めるのか」


「比較するためです」


 現在の地方自治法では、


 地方公共団体の議会は、


 条例で、


 常任委員会。


 議会運営委員会。


 特別委員会。


 を置くことができます。


「ここ、一番最初のポイントです」


 私は三つを囲みました。


「必ず置かなければならない、じゃない」


「条例で置くことができる」


「はい」


 任意です。


 常任委員会。


 議会運営委員会。


 特別委員会。


 名称だけ見ると、


 常任委員会は必ずありそう。


 議会運営委員会は議会に必須っぽい。


 特別委員会は事件があれば自動発生しそう。


 でも。


「法律上は、設置できる」


「義務じゃない」


「そうです」


 私はノートに書きます。


 ――委員会=条例で設置できる。必置ではない。


「この『条例で』も大事ですね」


「自治体ごとに中身が違うからな」


「はい」


 例えば。


 総務委員会。


 市民福祉委員会。


 文教経済委員会。


 建設水道委員会。


 名前も、


 担当範囲も、


 委員数も、


 自治体ごとに違う。


 だから実務では。


 地方自治法だけを開いて、


 『常任委員会があります』


 で終わってはいけない。


 その市の委員会条例。


 会議規則。


 議会の実際の構成。


 そこまで見る必要がある。


「昨日、所長が最初に委員会条例を見ろって言った理由ですね」


「そうだ」


 片桐所長が帳簿をめくりながら答えました。


「法律は骨格だ」


「条例が肉?」


「言い方は何でもいい」


「実務家、比喩に厳しい」


 私は最初の見出しを書きます。


 ――常任委員会。


「常任委員会は」


 私は言いました。


「担当部門ごとに、その事務を調査したり、議案なんかを詳しく審査する組織」


「昨日なら?」


「総務常任委員会」


「何を見てた」


「市民会館移転の問題です」


 ただ。


 市民会館移転は、


 総務だけでは収まりませんでした。


 施設管理。


 財産処分。


 高齢者の交通。


 新施設建設。


 予算。


 地域防災。


 複数の分野にまたがる。


「ここで特別委員会という発想が出た」


「そういうことだ」


「常任委員会は担当部門別」


「うん」


「特別委員会は特定の事件」


「それで覚えろ」


 分かりやすい。


 私は線を引きました。


 常任委員会。


 ――担当ごと。


 特別委員会。


 ――事件ごと。


「でも現代だと」


 私は続けます。


「議員は複数の常任委員会の委員を兼ねることができます」


 相馬先輩がこちらを見ました。


「昨日の未来知識、その一か」


「はい」


 現代の地方自治法では。


 議員は、


 複数の常任委員会に所属することができる。


「これ、試験だと引っかけられそうですね」


「一人一個だけ、と思わせるやつか」


「そうです」


 常任。


 と聞くと、


 専属っぽい。


 でも。


 複数兼任が可能。


「ところが昭和六十三年は」


 私は赤ペンに持ち替えました。


「同じ前提で考えちゃいけない」


「そこだな」


 地方自治法は、


 何度も改正されています。


 委員会制度も例外ではない。


 だから。


 現代の受験テキストにある、


 『議員は複数の常任委員会に所属できる』


 という知識を、


 昭和六十三年の事件にそのまま持ち込んではいけない。


「時代を見ろ」


 相馬先輩が言いました。


「最近それしか言われてません」


「お前が時代飛び越えるからだろ」


 返す言葉がない。


 次。


 私は二つ目の見出しを書きました。


 ――議会運営委員会。


「現代では」


 私は言います。


「議会運営委員会も、条例で置くことができます」


「何やる委員会だ」


「議会の運営そのものです」


 例えば。


 議会の運営に関する事項。


 会議規則。


 委員会に関する条例。


 議長の諮問に関する事項。


 そういうものを調査し、審査する。


「つまり」


 相馬先輩が言いました。


「市民会館を残すかどうかを直接調べる委員会じゃない」


「そうです」


「議会をどう回すかを見る」


「はい」


 会期。


 議事。


 委員会制度。


 会議規則。


 そういう、


 議会の中の交通整理役に近い。


「だから昨日、私が」


 私は思い出して顔を覆いました。


「市民会館問題だから議会運営委員会にも回せば、と言ったのは」


「ズレてる」


「はい」


「未来なうえにズレてる」


「二重事故」


「重傷だな」


 やめてください。


 でも。


 ここが事件化するとよく分かります。


 名前に「議会」とあるから、


 議会で起きる問題なら何でも議会運営委員会。


 ではない。


 議会運営委員会が扱うのは、


 議会運営に関すること。


 市民会館移転の中身そのものを審査する委員会ではない。


「そして」


 私は赤で線を引きました。


「昭和六十三年では、今のような地方自治法上の議会運営委員会制度はまだ前提にできない」


「昨日一番派手に転んだとこだな」


「はい」


 ここ。


 地方自治法を学ぶうえで、


 かなり大事な時代差です。


 今の受験生にとっては、


 常任委員会。


 議会運営委員会。


 特別委員会。


 三つセット。


 でも昭和六十三年の私にとっては違う。


「制度って」


 私は言いました。


「今ある形が昔から完成してたわけじゃないんですね」


「当たり前だ」


「受験勉強してると、完成品だけ見るから」


「過去が見えねえ」


「そうなんです」


 現行法だけを覚える。


 それは試験には必要。


 でも。


 なぜ今この制度になっているのか。


 昔どこが不便だったのか。


 そこまで見ると、


 法改正が急に人間臭くなります。


 三つ目。


 ――特別委員会。


「昨日の主役ですね」


「西野さんの件だな」


「はい」


 特別委員会は。


 特定の事件について、


 必要がある場合に、


 議会の議決で設置される。


「勝手にできない」


「議決がいる」


「事件が特定されてる」


「そうだ」


 昨日なら。


 ――杉野地区市民会館移転問題。


 これだけを切り出して、


 詳しく調べる。


 総務。


 財産。


 福祉。


 交通。


 建設。


 複数部門にまたがるからこそ、


 事件単位で見る意味がある。


「で」


 私はここに大きく丸をつけました。


「原則、会期中に限って審査する」


「そこが昨日の危ないところだった」


「はい」


 地方議会には会期があります。


 議会が開かれている期間。


 閉じている期間。


 この区切りがある。


 特別委員会は、


 原則として、


 会期中に、


 議会の議決によって付議された事件を審査する。


「だから」


 私は昨日のカレンダーを思い出します。


 あと十二日。


 市長部局は動く。


 売却準備。


 施設停止。


 決裁。


 でも。


 議会の会期は終わる。


 何もしなければ。


 委員会側の時間だけが止まる。


「そこで例外」


 私はノートに書きました。


 ――特定の事件について、議会の議決により、閉会中も審査できる。


「閉会中継続審査ですね」


「昨日、西野さんを救ったのはそこだな」


「はい」


 ただし。


「ここ、注意です」


「何が」


「委員会が自分で勝手に」


 私は手を上げました。


 『まだ調べ足りないので、閉会後も続けます』


 と言えば済むわけではない。


「議会の議決」


「そうだ」


「特定の事件について」


「そうだ」


「つまり」


 何を。


 なぜ。


 閉会後まで。


 調べる必要があるのか。


 それを明確にして、


 議会の判断を得る必要がある。


「だから昨日、相馬先輩が」


 私は資料をめくりました。


「何を調べるか絞れって言ったんですね」


「感情だけじゃ議決の材料にならねえからな」


 西野さんたちは、


 市民会館を残してほしい。


 それ自体は当然の願い。


 でも。


 委員会審査を続けてもらうには、


 もう一段必要でした。


 利用者数の算定根拠。


 修繕費との整合。


 新施設建設費の増額理由。


 旧会館敷地の処分方針。


 代替交通。


 住民説明。


 それらが未確認。


 だから、


 閉会しても審査を続ける合理的必要がある。


「願いを、審査事項に変える」


 私は言いました。


「行政書士っぽいな」


 相馬先輩が言います。


「ですよね」


「住民の気持ちを条文の入口まで運ぶ」


 少し格好いい。


 私はノートの端に書きました。


 ここで。


 私は四つ目の見出しを書きました。


 ――委員会の議案提出権。


 相馬先輩が笑いました。


「二個目の未来事故」


「はい」


「昨日、条例案を委員会から出せばって言ったやつ」


「もう忘れてください」


「忘れねえ」


 現代では。


 常任委員会。


 議会運営委員会。


 特別委員会。


 いずれも。


 その所管する地方公共団体の事務に関して、


 議案を提出することができます。


「ここは試験で重要です」


 私は言いました。


「三つとも議案提出できる」


「うん」


「でも」


 赤線。


「予算案は除く」


「そこだな」


 委員会は議案を提出できる。


 だから、


 何でも提出できる。


 ではない。


「予算だけ駄目」


「そうだ」


「条例案は?」


「出せる」


「予算案は?」


「出せない」


「この差、出題しやすそうですね」


「受験屋みてえな顔するな」


「元受験生です」


 現代なら。


 委員会自身が、


 審査の中で必要と考えた条例案などを、


 議案として出す道がある。


 ただし予算は除かれる。


「これ」


 私は言いました。


「かなり強いですよね」


「調べるだけじゃなくなるからな」


「はい」


 調査。


 審査。


 それだけではない。


 一定の政策提案まで委員会から議案として形にできる。


 だから現代の地方議会では、


 委員会の役割がより広い。


「でも」


 私は赤鉛筆を持ちます。


 昭和六十三年。


 ここでも同じ前提は使えない。


 現代の委員会議案提出権は、


 後の制度整備によるもの。


「昨日の私」


「勝手に未来法で条例案出させようとしてたな」


「重ねて言わないでください」


「犯罪じゃねえから安心しろ」


「時空上の違法感があるんですよ」


「意味分からん」


 でも。


 現場で考えると、


 この改正の意味も見えてきます。


 委員会で長く調査した。


 問題点が見えた。


 改善案も固まった。


 なのに。


 委員会自体には議案を出す権限がない。


 となれば、


 誰か別の提出主体を通さなければならない。


「現代法では」


 私は言いました。


「委員会が審査結果を政策として形にしやすくなった」


「そういう方向だろうな」


「昔より議会側の提案機能が強くなったとも言えますね」


 片桐所長が顔を上げました。


「ただし」


「はい」


「何でも委員会にやらせればいい、とは考えるな」


「どうしてです?」


「議会全体で決めるものは、最後は本会議だ」


 あ。


 そうか。


 委員会が議案を提出できる。


 だから委員会が最終決定する。


 ではない。


 議会という組織の中で、


 委員会は重要な審査機関。


 でも、


 最終的な議決は本会議で行われる。


「委員会は、議会そのものじゃない」


「そうだ」


 そこも大事です。


 私は一度ノートを見直しました。


 常任委員会。


 担当部門ごと。


 議会運営委員会。


 議会運営そのもの。


 特別委員会。


 特定事件ごと。


 現代では。


 三つとも条例で設置可能。


 任意。


 そして。


 予算案以外なら、


 委員会から議案提出可能。


「まとまりましたね」


「まだだ」


 相馬先輩が言いました。


「何がです?」


「昨日の件、常任委員会と特別委員会の関係」


「あ」


 私はページを戻しました。


 西野さんの市民会館問題。


 最初は総務常任委員会で扱われていました。


 だからといって、


 必ず特別委員会に変えなければならないわけではない。


「常任委員会のまま継続審査もあり得る」


「そうだ」


「特別委員会を作るかは議会の判断」


「うん」


「つまり」


 私は書きます。


 ――複雑な事件=必ず特別委員会、ではない。


「ここも罠ですね」


「試験の?」


「実務の」


 昨日、


 私は少し、


 特別委員会さえ作れば何とかなる。


 と思いかけました。


 でも。


 大事なのは委員会の名前ではない。


 何を調査するか。


 誰が担当するか。


 会期中で足りるか。


 閉会後も続ける必要があるか。


「制度を選ぶために事件を見る」


「制度に事件を押し込むな」


「はい」


 この順番。


 かなり重要です。


「じゃあ」


 私は言いました。


「現代と昭和六十三年の違い、まとめます」


「やれ」


 まず。


 昭和六十三年。


 地方議会の委員会制度は、


 今より権限も類型も整備途上。


 現代の受験生が知っている、


 常任委員会。


 議会運営委員会。


 特別委員会。


 の三点セットを、


 そのまま過去へ持ち込めない。


 議会運営委員会の地方自治法上の位置づけは、


 後の改正で整備される。


 委員会の議案提出権も、


 後に認められる。


 常任委員の所属の仕組みも、


 現在とは異なる。


「つまり」


 私は言いました。


「地方分権って、国と地方の関係だけじゃないんですね」


「どういう意味だ」


「地方議会の中の制度も、少しずつ整えられてきた」


 議会が調査する。


 議会が提案する。


 議会自身が運営を整える。


 地方自治の担い手として、


 議会の機能を強める方向の制度改正が積み重なっている。


「昨日の市民会館みたいな事件を考えると」


 私は続けました。


「議会が行政をチェックする力って、かなり大事です」


「ああ」


「市長部局はどんどん進む」


「うん」


「議会が閉じてる間にも行政は動く」


「そうだ」


「だから、必要なら閉会中も審査する仕組みがいる」


「そういうことだ」


 そこで初めて。


 閉会中継続審査という仕組みが、


 単なる試験用語ではなくなります。


 行政の時計。


 議会の時計。


 速度が違う。


 そのズレで、


 議会の監視が途切れないようにする。


「昨日、沢渡課長が」


 私は思い出しました。


 議会が閉じても市長部局は進める。


 そう言った。


 あれは意地悪ではない。


 制度として本当にそう。


 だから。


 議会の側が、


 必要な事件について審査を続ける手続を取る必要がある。


「法律って」


 私は言いました。


「片方を止めるというより、もう片方を動かす仕組みを用意してるんですね」


「場合による」


「そこは夢を持たせてくださいよ」


「法律に夢を求めるな」


「厳しい」


 私は次のページに、


 試験向け。


 と書きました。


「急に露骨だな」


 相馬先輩が言います。


「大事なので」


 私は整理します。


 一つ。


 常任委員会。


 担当部門の事務を調査。


 議案などを詳しく審査。


 現代では議員が複数の常任委員会を兼ねることができる。


 二つ。


 議会運営委員会。


 議会運営。


 会議規則。


 委員会条例。


 議長の諮問。


 そういう事項を調査・審査。


 三つ。


 特別委員会。


 特定の事件。


 議会の議決で付議された事件を審査。


 原則は会期中。


 ただし、


 特定事件については、


 議会の議決により閉会中も審査可能。


 四つ。


 三委員会とも、


 現代では条例で設置できる。


 任意設置。


 五つ。


 いずれも、


 予算案以外なら議案提出可能。


「ここで問題」


 私はペンを持ちました。


「『特別委員会は必ず閉会と同時に審査できなくなる』」


「誤り」


「理由は?」


「特定の事件について議決すりゃ、閉会中も審査できる」


「正解」


「褒美は」


「ありません」


「じゃあやらすな」


 次。


「『議会運営委員会は、地方公共団体が必ず置かなければならない』」


「誤り」


「理由」


「条例で置くことができる。任意」


「正解」


 次。


「『特別委員会は予算案を議会に提出できる』」


「誤り」


「理由」


「委員会の議案提出権から予算は除かれる」


「はい」


 次。


「『常任委員会は担当部門別、特別委員会は特定事件別』」


「だいたい正しい」


「だいたい?」


「法律は言い切ると怖い」


「先輩、成長しましたね」


「お前に言われたくねえ」


 そこへ電話が鳴りました。


 私が出ます。


「はい、片桐行政書士事務所です」


『総務課の沢渡です』


 来た。


 なぜ法理編になると高確率でこの人から電話が来るのでしょう。


「はい」


『杉野地区市民会館の件ですが』


「何かありました?」


『議会側から追加資料の要求が来ました』


「本当ですか」


『利用者数の算出資料、新施設建設費の内訳、旧会館敷地の評価資料です』


「全部ですね」


『あなた方が並べた項目と、ほぼ同じです』


「よかった」


『何がです』


「ちゃんと審査事項になったんだなって」


 少し沈黙。


『朝比奈さん』


「はい」


『議会は、住民の希望をそのまま採用する場所ではありません』


「分かってます」


『行政の案を否定する場所でもない』


「はい」


『資料を出させて、理由を確認して、それでも必要なら行政案を認める』


「はい」


『逆に、説明が足りなければ止める』


「はい」


『委員会審査というのは、地味ですがそういうものです』


 私は少し笑いました。


「課長も委員会の味方なんですね」


『違います』


「即答」


『議会が必要な資料を求めるのは制度上当然だと言っているだけです』


「合理的だから?」


『そうです』


 出た。


「それと」


『何でしょう』


「昨日じゃなくて、この前」


『はい』


「私、議会運営委員会って言いましたよね」


 しばらく沈黙。


『言いましたね』


「昭和六十三年なのに」


『言いましたね』


「気づいてました?」


『もちろん』


「なんで止めてくれなかったんですか!」


『相馬さんが止めていたので』


「そこは役所としても!」


『存在しない制度を使う書類が実際に出てきたら止めます』


「出る前に止めてください!」


 電話の向こうで、


 ほんの少し、


 笑った気配がしました。


「今、笑いました?」


『気のせいでしょう』


 この人まで。


『では』


 切られました。


「何だって」


 相馬先輩が聞きます。


「議会から追加資料要求」


「動いてるな」


「あと」


「何だ」


「沢渡課長、私が時代間違えてるの気づいてた」


「そりゃ気づくだろ」


「誰かもっと早く助けてくださいよ」


「自分で気づけ」


 冷たい。


 私は再びノートに向かいました。


「最後に」


「まだあるのか」


「一番大事なところです」


 委員会って何のためにあるのか。


 制度だけなら、


 分類暗記で終わります。


 常任。


 議会運営。


 特別。


 でも。


 西野さんの事件を見ると、


 全部が役割に変わります。


 常任委員会は、


 普段から担当部門を見続ける。


 特別委員会は、


 特定の問題を深掘りする。


 議会運営委員会は、


 現代では議会そのものをどう運営するかを見る。


 そして。


 必要な事件は、


 会期が終わっても審査を続けられる。


「つまり」


 私は言いました。


「委員会って、大人数の本会議だけじゃ拾えない細かいところを見る場所なんですね」


「そうだな」


「行政の資料を細かく見て」


「うん」


「説明を聞いて」


「うん」


「問題を分けて」


「うん」


「必要なら継続する」


「そうだ」


 議会が行政を監視する。


 言葉にすると大げさです。


 でも実際は。


 数字を一個確認する。


 見積りを比べる。


 説明を求める。


 過去の修繕履歴を見る。


 高齢者が歩ける距離を考える。


 そういう。


 ものすごく地味な作業の積み重ね。


「民主主義って」


 私は言いました。


「地味ですね」


「またそれか」


「でも、いい意味で」


 演説だけじゃない。


 多数決だけじゃない。


 手を挙げて終わりでもない。


 その前に。


 誰かが細かく調べる。


 そこがなければ、


 本会議の一票も、


 薄くなる。


「昨日の西野さん」


 私は言いました。


「絶対残せ、って途中から言わなくなりました」


「最初から完全にそれだけじゃなかっただろ」


「はい」


 ちゃんと説明してほしい。


 数字を見せてほしい。


 比較してほしい。


 そのうえで、


 本当に移転が必要なら、


 話を聞く。


 それは。


 勝ち負けを求める態度ではありません。


 意思決定の中に、


 自分たちの生活も入れてほしい。


 という話です。


 そのために。


 委員会という、


 細かく見る仕組みがある。


 片桐所長が帳簿を閉じました。


「まとめろ」


「はい」


 私はノートの最後に、


 大きく書きました。


 ――常任は担当を追う。特別は事件を追う。必要なら閉会しても追い続ける。


 相馬先輩が覗き込みます。


「議会運営委員会は?」


「あ」


 書き足します。


 ――議会運営は、議会の回し方を追う。


「長いな」


「四つあるので」


「一行の覚え書きじゃねえ」


「じゃあ超短縮します」


 私は考えました。


 そして。


 ――委員会は、「誰が何をいつまで調べるか」を決める仕組み。


「それならまあ」


 相馬先輩が言いました。


「褒めました?」


「気のせいだ」


 またそれです。


 私はさらに、


 小さく一行。


 ――ただし、制度は時代で変わる。


 これも重要。


 現代では当たり前の、


 議会運営委員会。


 委員会の議案提出権。


 常任委員の複数所属。


 それらが、


 昭和六十三年の私には当たり前ではない。


 法律は、


 同じ名前の制度でも、


 時代によって中身が変わります。


 だから。


 条文番号だけ覚える。


 制度名だけ覚える。


 では足りない。


 いつの法律か。


 その時代にその制度はあったのか。


 権限はどこまでだったのか。


 そこまで確認する。


 未来知識持ちの私には、


 普通の受験生より、


 むしろそこが難しい。


 窓の外は、


 もう暗くなっていました。


 杉野地区市民会館も、


 今ごろ照明がついているかもしれません。


 将棋を打つ人。


 踊りの練習をする人。


 会合をする人。


 あの建物が残るかどうかは、


 まだ決まっていません。


 もしかしたら、


 調べた結果、


 移転のほうが正しいのかもしれない。


 新しい会館のほうが、


 安全で便利で、


 長い目で見れば安いかもしれない。


 それでも。


 調べずに決めるのと。


 調べて決めるのは。


 同じ結論でも、


 たぶん違います。


 議会の委員会は、


 結論を決める魔法ではありません。


 住民の希望を全部かなえる装置でもない。


 行政を止めるためだけの壁でもない。


 ただ。


 本会議だけでは見きれないものを、


 細かく見る。


 時間が足りなければ、


 必要な手続を取って、


 さらに見る。


 その地味さが、


 地方自治を支えている。


 私はノートを閉じました。


「終わったか」


 相馬先輩が立ち上がります。


「はい」


「じゃあ郵便」


「え?」


「今日まだ出してねえだろ」


「……所長」


「行け」


「待ってください」


 私は腕時計を見ました。


「もう閉店後です」


「だから?」


「閉会です」


「事務所だ」


「なら、閉店中継続審査には議決が必要です!」


「議決する」


 所長が言いました。


「賛成」


 相馬先輩が手を挙げました。


「二対一」


「私、反対です!」


「可決」


「委員会も通してません!」


「本会議だ」


「そんな!」


 私は郵便袋を持ち上げました。


「せめて郵便処理特別委員会を――」


「設置しない」


「議会運営委員会で調整を――」


「昭和六十三年だ」


「ああもう!」


 今日一日で、


 一番正確な突っ込みでした。


 外へ出ると、


 夜風が冷たい。


 私は郵便袋を抱えたまま、


 最後にもう一度、


 頭の中で復唱しました。


 常任は担当。


 議会運営は議会運営。


 特別は事件。


 原則は会期中。


 でも、


 特定事件は議決で閉会中も追える。


 現代なら、


 委員会は予算以外の議案も提出できる。


 そして。


 制度は、


 時代をまたぐと別物になる。


「こはる!」


 事務所の中から相馬先輩の声が飛びます。


「何ですか!」


「郵便局閉まるぞ!」


「それを先に言ってください!」


 私は走りました。


 議会の会期は、


 手続次第で延長も継続審査もあります。


 でも。


 昭和六十三年の郵便局の窓口は、


 たぶん私のためには継続してくれません。

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