[地方自治法・議長と副議長]法理編 こはるノート
夕方。
片桐行政書士事務所。
机の上には、
議長。
副議長。
と書いたノートが開いています。
昨日までは、
たった二つの役職名でした。
でも。
実際に議長が入院し、
副議長が辞職を考え、
議会そのものが止まりかけるのを見たあとでは。
もう、
ただの肩書きには見えません。
「相馬先輩」
「何だ」
「今日は議長と副議長です」
「勝手にやれ」
「付き合ってください」
「嫌だ」
「前にも聞いた返事」
「毎回同じこと言うからだ」
私は奥を見ました。
「所長」
「付き合え」
片桐所長が帳簿から顔も上げずに言いました。
「何で毎回俺が巻き込まれるんだ」
「議事整理です」
「誰が議長だ」
「所長」
「違う」
今日はそこからです。
私はノートの一番上に書きました。
――議長・副議長の選び方。
「まず基本」
私は言いました。
「議会は、議員の中から」
「うん」
「議長一人」
「うん」
「副議長一人」
「うん」
「それぞれ選挙で選ばなければならない」
「そうだ」
ここ。
簡単そうです。
でも。
昨日の事件では、
ここがものすごく大事でした。
「市長が指名するんじゃない」
「当たり前だ」
「県が推薦するんでもない」
「当たり前だ」
「国から通達で――」
「来ねえ」
「ですよね」
昭和六十三年。
地方自治は今よりずっと国の影響が強い。
機関委任事務。
国や県の指揮監督。
市長だって、
国の機関として仕事をする場面がある。
でも。
だからといって。
議長や副議長まで、
国や市長が選ぶわけではありません。
「議会が自分で選ぶ」
私は言いました。
「それが議会の自律性にもつながる」
「そういうことだ」
議会の中を誰がまとめるか。
その人選を。
執行部に握らせない。
議員自身が決める。
昨日、
市長部局が議事日程に口を出そうとしたとき、
相馬先輩が怒った理由も、
そこにつながっています。
「議会は、市長の会議じゃない」
「そうだ」
「議長は、市長の部下じゃない」
「そうだ」
「だから」
私はノートに書きました。
――議長・副議長は、議員の中から議会自身が選挙する。
「次」
私は見出しを書きました。
任期。
「ここ、試験で引っかけられますよね」
「何と間違える」
「議長に独自の四年任期がある、みたいに」
「違う」
「はい」
議長と副議長の任期は、
議員の任期によります。
議員の任期は四年。
だから、
議長、副議長だけがそこから独立して、
就任から新しく四年。
ではない。
「昨日みたいに途中で選ばれた場合」
私は言いました。
「その人だけ、そこから四年じゃない」
「そうだ」
「議員としての任期が尽きれば、議長・副議長としてもそこで終わる」
「そういうことだ」
つまり。
役職の土台は、
あくまで議員の身分。
私は丸をつけました。
「議員じゃなくなったら議長ではいられない」
「当たり前だが大事だな」
「行政書士試験、当たり前をひねってきますから」
「試験に恨みでもあるのか」
「受験生はだいたいあります」
「で」
私は赤ペンを持ちました。
「辞職」
相馬先輩が煙草を灰皿に置きます。
「昨日の本題だったな」
「はい」
議長。
副議長。
辞めたい。
でも。
本人が、
今日で辞めます。
と言えば、
その瞬間に辞職できるわけではない。
「原則」
私は言いました。
「議会の許可が必要」
「そうだ」
「議長も」
「うん」
「副議長も」
「うん」
「でも例外」
「言ってみろ」
「副議長は、議会の閉会中なら」
「うん」
「議長の許可を得て辞職できる」
「そうだ」
私は二重線。
――副議長だけ。
――閉会中。
――議長の許可。
「ここ、覚え方どうしましょう」
「普通に覚えろ」
「冷たい」
「変な語呂作って事故るよりいい」
「正論」
昨日。
副議長は体調を理由に辞職を考えていました。
しかも閉会中。
だから。
制度上は、
議長の許可を得て辞職する道もあった。
でも。
そこで片桐所長が言った。
――できることと、今やるべきことは違う。
「これ」
私は言いました。
「法律の勉強だと忘れがちです」
「何が」
「要件を満たせばできる」
「うん」
「でも実務では、いつやるかも重要」
「そうだな」
議長は入院中。
副議長は、
議長職務を代行すべき立場。
その副議長まで、
閉会中にすぐ辞職したら。
議会運営はさらに混乱する。
だから本人は、
いったん辞職願の取扱いを保留した。
「法的に可能」
「うん」
「実務的に適切」
「うん」
「同じじゃない」
「その通りだ」
私はノートの端に書きました。
――許されている手続でも、使う時期は別問題。
「次」
私はページをめくりました。
議長の権限。
ここは四つ。
一。
議場の秩序保持。
二。
議事整理。
三。
議会事務の統理。
四。
議会の代表。
「昨日、私」
「うん」
「議長って司会役でしょうって言いました」
「言ってたな」
「今なら分かります」
「何が」
「かなり失礼でした」
「本人の前で言わなくてよかったな」
まず。
秩序保持。
「議場で勝手に全員喋ったら」
「会議にならん」
「発言ルールを守らせる」
「うん」
「傍聴席が騒げば注意もする」
「そうだ」
「つまり」
私は言いました。
「空気を整えるだけじゃなく、議場を法的に機能させる」
「そういうことだ」
次。
議事整理。
「誰が発言するか」
「うん」
「何を議題にするか」
「うん」
「順序をどうするか」
「うん」
「議事進行を整理する」
「そうだ」
昨日。
市長部局が作った資料には、
質疑時間。
討論終結予定。
審議順序。
そこまで書いてありました。
「それ見て相馬先輩、怒ってましたね」
「あれはやりすぎだ」
「行政側は予算を早く通してほしい」
「事情は分かる」
「でも」
「議会の回し方まで執行部が握るな」
そこです。
議長の議事整理権。
単なる進行係だから持つのではない。
議会が、
議会として独立して審議するため。
執行部から切り離されている必要がある。
「三つ目」
私は書きました。
議会事務の統理。
「これがちょっと抽象的」
「議会の事務全体をまとめるってことだ」
「はい」
議会事務局。
会議。
手続。
議会運営に関する事務。
そうしたものを統理する。
「昨日」
私は言いました。
「市長部局が議会事務局に日程案を出してた」
「ああ」
「お願い自体はできる」
「できる」
「でも、誰が最終的に議会事務をまとめるか」
「議長」
「ですね」
そして。
四つ目。
議会代表。
「これ」
私はペンを止めました。
「一番重いかもしれません」
「そう思うか」
「はい」
議長は、
議会を代表する。
単なる内輪のまとめ役ではない。
外に向かって。
この議会を代表するのは誰か。
その一人。
「だから」
私は言いました。
「市長と議長は別なんですね」
「そりゃそうだ」
「市長は地方公共団体の長」
「うん」
「議長は議会の代表」
「うん」
「同じ市でも、代表する対象が違う」
「そういうことだ」
ここ。
地方自治を理解するうえで、
かなり大事です。
市長。
議会。
どちらも住民代表。
でも。
役割は違う。
議会には議会の代表者がいる。
「二元代表制って感じが出ますね」
私は言いました。
「言葉は便利だが」
片桐所長が口を開きました。
「制度を丸暗記するな」
「はい」
「長と議会は、どちらかが上ではない」
「はい」
「権限が違う」
またです。
誰が偉いかではなく。
誰が何をするか。
地方自治法。
ずっとこれです。
「あと」
私は教材を見ます。
「議長は委員会に出席して発言できる」
「ああ」
「議長だから本会議にしか出られないわけじゃない」
「そうだ」
議長には、
委員会に出席して発言する権限もある。
「ここ試験だと」
私は言いました。
「議長は中立だから、委員会では一切発言できない、みたいな問題出そう」
「出そうだな」
「怖い」
「勝手に問題作って怖がるな」
「で」
私は少し身を乗り出しました。
「訴訟」
「昨日、沢渡が言ってたな」
「はい」
普通地方公共団体の議会または議長の、
処分。
または裁決。
それに係る訴訟で。
被告が普通地方公共団体となる場合。
「代表するのは」
「議長」
「市長じゃない」
「そこがポイントだな」
私は赤で囲みました。
――議会・議長の処分等をめぐる訴訟では、議長が普通地方公共団体を代表する。
「これ」
私は言いました。
「最初聞いたとき、かなり意外でした」
「何で」
「普通地方公共団体が被告なら、市長が全部代表する気がして」
「全部じゃない」
「はい」
誰の処分が問題なのか。
何に関する訴訟なのか。
それによって。
代表者が変わる。
「行政法って」
私はため息をつきました。
「肩書きで全部覚えると事故りますね」
「何度目だ」
「誰が、何を、どの立場でやるか」
「それを見ろ」
「はい」
私はノートに書きました。
――「市が訴えられた=全部市長」ではない。
「次」
私は見出しを変えました。
副議長。
「ここは一言で」
「何だ」
「議長の代役」
「雑」
「ですよね」
副議長は、
単なる予備席ではありません。
議長に事故があるとき。
または。
議長が欠けたとき。
議長の職務を行う。
「事故」
私は言いました。
「ここ、交通事故だけじゃない」
「当たり前だ」
「入院」
「うん」
「病気」
「うん」
「その他、職務を行えない事情」
「そう考えろ」
昨日の議長。
病気で入院。
まさに。
議長に事故がある状態。
だから。
副議長が議長職務を行った。
「一方」
私は言いました。
「欠けたとき」
「議長が辞職したとか」
「死亡したとか」
「そういうことだ」
事故。
いるけど職務できない。
欠けた。
そもそもその地位が空いている。
「区別、分かりやすいですね」
「ああ」
「昨日はまず事故」
「入院中だったからな」
「そのあと辞職許可で欠けた」
「そうなる」
「だから新しい議長を選挙した」
「そういう流れだ」
おお。
昨日の事件。
教材そのままです。
いや。
教材が事件の骨格だった。
私はそこで。
ノートの隅に、
大きく昭和六十三年。
と書きました。
「何だそれ」
相馬先輩が聞きます。
「時代確認です」
「今回は現代との違いあるのか」
「地方自治法なので一応」
今回の議長・副議長の基本ルール自体は、
時代差よりも。
議会という機関の自律性が中心。
でも。
背景はやっぱり違う。
昭和六十三年。
国と地方の関係には、
機関委任事務がある。
市長は、
国の機関として動く場面がある。
上からの指揮監督も強い。
「だからこそ」
私は言いました。
「昨日ちょっと怖かったんです」
「何が」
「市長部局が議会運営まで触ろうとしたこと」
「なるほど」
執行部の側が強い時代。
国の影響も強い。
そんな中で。
議長を、
議員自身が選ぶ。
議事を、
議長が整理する。
議会の事務を、
議長が統理する。
議会を、
議長が代表する。
この意味は。
現代より、
むしろ体感しやすいかもしれない。
「議会を議会として保つための仕組み」
私は言いました。
「そう見えるか」
「はい」
そして現代。
地方分権改革。
機関委任事務は廃止。
自治事務。
法定受託事務。
国と地方は、
対等・協力を基本とする関係へ。
それでも。
議会が、
執行部とは別の意思決定機関であることは変わらない。
「つまり」
私は言いました。
「国と地方の関係が変わっても」
「うん」
「長と議会を分ける意味は残る」
「当然だ」
「議長の独立性も」
「必要だ」
「なるほど」
制度は改正される。
でも。
自治を一人に集中させない。
という骨格は残る。
そのとき。
扉が開きました。
「こんばんは」
高梨さん。
今日は。
卓球ラケットなし。
「え」
私は思わず言いました。
「持ってない」
「何がです?」
「ラケット」
「今日は議会帰りです」
「違和感ある」
「私を何だと思ってるんですか」
「卓球議員」
「やめてください」
高梨さんは紙袋を置きました。
「差し入れ」
「何です?」
「最中」
相馬先輩がすぐ振り向きました。
「食い物か」
「そうですよ」
「よし」
「先輩の差し入れ判定、単純すぎる」
高梨さんが椅子に座りました。
「新議長、今日初めて本会議を仕切ったんです」
「どうでした?」
「大変そうでした」
「やっぱり」
「野次は飛ぶし」
「はい」
「発言順で揉めるし」
「はい」
「時間は押すし」
「はい」
「それでも全部まとめる」
「議事整理」
「ええ」
高梨さんは笑いました。
「朝比奈さん」
「はい」
「前に、議長は司会って言ってたでしょう」
「聞いてたんですか」
「相馬先生から」
私は相馬先輩を睨みました。
「何で言うんです」
「面白かったから」
「最低」
「今日の議長見て」
高梨さんが言いました。
「司会じゃないって分かりましたよ」
「私もです」
「議会って」
高梨さんが少し考えます。
「議員が何人もいるでしょう」
「はい」
「だから誰でも代表できそうに見える」
「はい」
「でも実際は」
「一人必要」
「そう」
誰が議場を仕切る。
誰が外に向かって代表する。
誰が事務を統理する。
そこが決まっている。
だから。
何十人もいる議員が、
一つの議会として動ける。
「一人に決める意味」
私は呟きました。
「そこですね」
高梨さんが帰ったあと。
私はノートを整理しました。
議長・副議長。
選び方。
議員の中から一人ずつ。
選挙。
任期。
議員の任期による。
辞職。
原則、議会の許可。
例外。
副議長は閉会中なら議長の許可で辞職可。
議長の権限。
秩序保持。
議事整理。
議会事務統理。
議会代表。
委員会出席・発言。
議会や議長の処分等に係る訴訟では、
普通地方公共団体を議長が代表する場合がある。
副議長。
議長に事故。
または。
議長が欠けた。
そのとき議長職務を行う。
「こうして並べると」
私は言いました。
「結構多い」
「試験に出るのはそういうところだ」
「でも事件で見ると」
「うん」
「全部つながってる」
議長が倒れる。
副議長が代行する。
辞めるなら手続が要る。
空席になれば選挙。
議事を誰が回す。
議会を誰が代表する。
全部。
議会を止めないため。
そして。
議会を、
執行部とは別の機関として保つため。
「所長」
「何だ」
「一行の覚え書き、決まりました」
「言え」
私は書きました。
――議長は議会を一つにまとめ、副議長はその継続を支える。
「悪くない」
「ですよね」
「試験向けならもう一つ」
「何です?」
片桐所長が言いました。
「誰が選ぶ」
「議会」
「誰の中から」
「議員」
「何人」
「一人ずつ」
「任期」
「議員任期」
「辞職」
「原則議会の許可。副議長は閉会中なら議長の許可でも可」
「事故」
「副議長が議長職務」
「欠けた場合」
「同じ」
「よし」
私は笑いました。
「今の、完全に口頭試問ですね」
「忘れないためだ」
「はい」
相馬先輩が最中を食べながら言いました。
「こはる」
「何です?」
「議長の権限、四つ」
「秩序保持」
「うん」
「議事整理」
「うん」
「議会事務統理」
「うん」
「議会代表」
「よし」
「今日は完璧」
「じゃあ帰るぞ」
「待ってください」
「何だ」
私は最中の箱を見ました。
「一個しか残ってません」
「俺のだ」
「何でですか」
「先に取った」
「議事整理してください」
「ここ議会じゃねえ」
「議長!」
「誰が議長だ」
私は片桐所長を見ました。
「所長」
「何だ」
「最中を公平に配分してください」
「相馬が先に取ったなら相馬のものだ」
「多数決もしないんですか!」
「財産権だ」
「急に民法!」
相馬先輩が笑います。
「こはる」
「何です」
「副議長に頼め」
「誰です?」
「お前」
「勝手に選任しないでください! 選挙してください!」
「一票」
「議員何人いるんですか!」
所長が帳簿を閉じました。
「閉会」
「勝手に閉会した!」
「議長だからな」
「今、自称した!」
事務所に笑い声が広がりました。
議長。
副議長。
試験では、
短い論点です。
でも。
その短い規定の中に。
議会を誰がまとめるのか。
誰が代表するのか。
その人がいなくなったら、
誰がつなぐのか。
自治を止めないための仕組みが詰まっている。
私はノートの最後に。
もう一度だけ、
一行を書きました。
――議長は議会の顔であり舵取り役、副議長はその舵を途切れさせない人。
今度こそ。
かなり忘れにくい気がします。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




