↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
318/616

[地方自治法・議会の権限(議決権、選挙権、監査権、自律権)]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 議会という場所は、手を挙げるところだと思っていました。


 賛成。


 反対。


 採決。


 それで終わり。


 でも。


 昨日、湖畔市民会館をめぐって市長部局と議会がぶつかるのを見たあとでは。


 議会という場所が、


 ずいぶん違って見えます。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 私の机の上には、四つの言葉が並んでいました。


 ――議決権。


 ――選挙権。


 ――監査権。


 ――自律権。


「……四天王みたい」


「何がだ」


 向かいの机で、相馬先輩が煙草に火をつけました。


「議会の権限です」


「四天王は普通、最後に裏切る奴がいるぞ」


「行政法にそういう展開いりません」


「じゃあ何だ」


「四本柱」


「普通だな」


「法律の勉強は普通でいいんですよ」


 私はノートの一番上に大きく書きました。


 地方議会の権限。


 普通地方公共団体の議会は、


 その団体の意思を決める機関です。


 そして。


 そのための権限が、


 議決だけではない。


「昨日、一番分かりやすかったのは議決権ですね」


「ああ」


 湖畔市民会館。


 市長部局は、


 東海観光開発という会社に、


 十年間、


 本館の大部分を専用利用させる案を進めていました。


 市長側の言い分は、


 観光振興事業は予算で議会の承認を得ている。


 国の方針にも沿っている。


 だから事業を進める。


 というもの。


「でも」


 私は昨日の資料を思い出しました。


「予算を通したことと、市民会館を十年間ほぼ独占利用させることは、同じじゃなかった」


「そうだ」


「重要な公の施設について、条例で定める長期かつ独占的な利用をさせるなら」


「議会の議決が要る」


「はい」


 私はそこを四角で囲みました。


 議会の議決権。


 その中には、


 法律上、


 必ず議会で決めなければならない事項があります。


「必要的議決事件」


「そうだ」


 相馬先輩が煙草を灰皿へ置きます。


「逆に言えば」


 私は言いました。


「市長が『俺が決めた』だけじゃ駄目な分野がある」


「言い方は雑だがな」


「昨日の事件にはぴったりです」


 私は五つ書きました。


 一。


 条例の制定・改廃。


 二。


 予算の議決。


 三。


 決算の認定。


 四。


 地方税や使用料などの徴収に関すること。


 五。


 条例で定める重要な公の施設について、条例で定める長期かつ独占的利用をさせること。


「試験なら」


 私は言いました。


「この五つはかなり重要ですよね」


「少なくとも落としたくはねえな」


「特に昨日は五番」


 湖畔市民会館は、


 市の条例上、


 重要な公の施設とされていた。


 そして十年間。


 本館の主要部分を一企業が専用利用する予定だった。


 だから。


「予算が通ってるから、もう議会は関係ない」


 とは言えない。


 予算の議決。


 施設を長期・独占的に使わせる議決。


 それぞれ別に検討しなければならない。


「ここ」


 私はノートに星をつけました。


「予算議決は万能承認じゃない」


「いい覚え方だ」


「でしょう?」


「ただし答案にそのまま書くなよ」


「分かってます」


 私は次の行を書きました。


 ――議会は予算を修正できる。


「これも試験に出ますね」


「ああ」


「減額はできる」


「できる」


「増額も?」


「できる」


「ただし」


 私は赤ペンを持ちました。


「長の予算発案権を侵害するような増額修正は駄目」


「そこまで覚えろ」


「はい」


 受験生時代。


 私はここが少し変な感じでした。


 議会が予算を議決する。


 なら好きに増やしていいじゃない。


 そう思ってしまう。


 でも。


 予算を提出するのは長。


 議会はそれを審議・修正する。


 だから、


 議会が勝手に別物の予算を作ってしまうほど増額すれば、


 長の予算発案権を奪うことになる。


「役割分担なんですね」


「そういうことだ」


「議会が強ければ強いほどいいわけでもない」


「市長が強ければいいわけでもない」


「互いの権限を食わない」


 昨日の市民会館事件と同じです。


 市長には執行する権限がある。


 議会には議決する権限がある。


 どちらかが全部持つわけではない。


 私は少し考えて、


 ノートの端に書きました。


 ――地方自治は、権限の分業。


「変なまとめ方だな」


「でも結構本質じゃないですか」


「あとで直せ」


「はい」


「それで」


 私はページをめくりました。


「必要的議決事件だけじゃないんですよね」


「任意的議決事件か」


「はい」


 法律が、


 絶対に議会で決めろ。


 と列挙しているもの以外でも。


 条例によって、


 議会が議決すべき事件を増やせる。


「つまり」


 私は言いました。


「地域として重要だと思うことを、条例で議決事項に加えられる」


「そうだ」


 ここで。


 私の頭の中から未来の教科書が顔を出しました。


 自治事務。


 法定受託事務。


 私は反射的に書きかけて――


 止まりました。


「どうした」


「時代」


「何年だ」


「昭和六十三年」


「よし」


「その確認、毎回やります?」


「お前が毎回未来へ帰りかける間はな」


 昭和六十三年。


 現在のような、


 自治事務。


 法定受託事務。


 という二分類はありません。


 あるのは。


 もっと重たい仕組みです。


「機関委任事務」


 私は小さく言いました。


「ああ」


「長が国の機関として事務を処理する」


「そうだ」


「国の強い指揮監督を受ける」


「そういう時代だ」


 昨日。


 沢渡課長が、


 国の観光振興施策。


 県を通じた指導。


 そういう言葉を持ち出したとき。


 私は一瞬、


 現代の地方自治の感覚で考えてしまいました。


 国と地方は対等。


 地方には地方の判断がある。


 国の関与に不服があれば争う仕組みがある。


 でも。


 昭和六十三年では、


 そんなふうに簡単には言えません。


「国地方係争処理委員会も」


「何だそれ」


「ありません」


「じゃあ言うな」


「未来ではあるんです!」


「今ねえものは武器にならねえ」


「はい」


 痛い。


 でも。


 昨日の事件で大事だったのは、


 国の影響が強い時代だからといって、


 市のすべての判断まで国の指示になるわけではないことでした。


 国が言った。


 観光振興を進めろ。


 そこまでは国の方針。


 しかし。


 どの市有施設を使うか。


 どの会社を選ぶか。


 何年間使わせるか。


 独占利用にするか。


 その具体的部分は、


 市自身の判断だった。


「だから」


 片桐所長が帳簿から顔を上げました。


「仕事を分けて見ろ」


「国の事務か」


「ああ」


「市の事務か」


「ああ」


「誰に決定権があるか」


「そうだ」


「昨日、所長が何回も言ってましたね」


「一緒にしたら負けるからな」


 国の関与がある。


 だから市議会は黙れ。


 そこまで飛ばしてはいけない。


 何が国に縛られているのか。


 何が市の裁量なのか。


 何が議会の議決事項なのか。


 そこをほどく。


 昭和の地方自治は、


 現代より国の影が濃い。


 だからこそ。


 残っている地方の権限を、


 きっちり切り分けて使う必要がある。


 私はノートに書きました。


 ――「国の仕事」を理由に、「市の仕事」まで議会から隠すな。


「それは昨日の事件の標語だな」


「はい」


「次」


 私は二つ目を丸で囲みました。


 選挙権。


「昨日、最後に出てきましたね」


「副議長の話か」


「はい」


 議会は、


 議長。


 副議長。


 選挙管理委員。


 その他、法律上議会が選挙するものを選ぶ。


「ここ」


 私は首をかしげました。


「議会に選挙権があるって、最初ちょっと違和感ありました」


「何でだ」


「選挙って住民がするイメージだから」


「議員を選ぶのは住民」


「はい」


「議会内部などで、法律に従って選ぶものは議会」


「なるほど」


 住民が議員を選ぶ。


 その議員たちが、


 議長や副議長を選ぶ。


 そして議会が、


 一定の機関の構成員を選挙する。


「つまり」


 私は言いました。


「議会自身が人を選ぶ権限もある」


「そうだ」


「昨日、高梨さんに副議長立候補させようとしたのは」


「お前だろ」


「教材化のためです」


「迷惑な教材だな」


 私は笑ってから、


 次の見出しを書きました。


 監査権。


 ここは昨日、


 一番動いたところです。


 議会は、


 長などの執行機関が適正に仕事をしているか監視する。


 そのために、


 いくつもの権限がある。


 同意。


 調査。


 検閲・検査。


 監査請求。


「監査権って言うと」


 私は言いました。


「監査委員だけ思い浮かべてました」


「議会自身にもある」


「はい」


 まず。


 同意権。


 地方公共団体の長が、


 副知事。


 副市町村長。


 監査委員。


 教育委員会の委員。


 公安委員会の委員。


 そういった重要な人を選任する場合。


 議会の同意が必要になるものがある。


「選挙権と混同しそう」


「よく出るところだな」


「議会が直接選ぶのか」


「うん」


「長が選任して、議会が同意するのか」


「そこを分けろ」


 なるほど。


 議長。


 副議長。


 議会が選挙する。


 一方。


 副市長など。


 長が選任するが、


 議会の同意を要する。


「人事にも牽制が入るんですね」


「重要なポストだからな」


「市長が好き勝手に全員決められない」


「そういうことだ」


 私は丸を書きました。


 ――選挙=議会が選ぶ。


 ――同意=長が選ぶが、議会の承認が要る。


「分かりやすい」


「雑だけどな」


「受験生のノートですから」


「そして」


 私は少し姿勢を正しました。


「百条調査権」


 相馬先輩が煙草を止めます。


「昨日、お前やたら興奮してたな」


「だって強いですよ」


 地方自治法百条。


 議会は、


 地方公共団体の事務について、


 調査することができる。


 そして。


 特に必要があると認めるときは。


 関係人の出頭。


 証言。


 記録の提出。


 そういったものまで求めることができる。


「昨日の市民会館事件では」


 私は言いました。


「実際には百条調査まで行かなかった」


「ああ」


「でも、議会にそこまでの権限があると分かっていたから」


「執行部も資料を出した」


「はい」


 相馬先輩が言いました。


「強い権限は、実際に使わなくても効く」


「抑止力みたいなものですね」


「ただし」


 片桐所長が口を挟みます。


「脅しに使うな」


「はい」


「百条調査は、政争の道具じゃない」


「事実を明らかにするため」


「そうだ」


 議会が気に入らない相手を呼びつけて、


 見せしめにするためではない。


 地方公共団体の事務を調査するため。


 必要性があるから、


 強い手段まで認められている。


「昨日、高梨さんも」


 私は言いました。


「まず普通に資料を出せって要求してました」


「ああ」


「それでも出ないなら、百条」


「順番が大事だ」


「大砲を最初から撃たない」


「お前その例え好きだな」


「強そうだから」


 ここで。


 私はまたペンを止めました。


「でも」


「何だ」


「百条調査権って、何でも調べられるんですか」


「何でも、とは言うな」


「ですよね」


 現代の地方自治法では、


 自治事務や法定受託事務という整理の中で、


 一定の除外があります。


 労働委員会。


 収用委員会。


 国の安全。


 個人の秘密。


 そうした分野について、


 調査権などが及ばない場面がある。


 でも。


 今は昭和六十三年。


「また未来法ですね」


「気づいたならえらい」


「褒め方が幼児」


「お前が毎回引っかかるからだ」


 この時代は、


 自治事務・法定受託事務という現代の二分類では整理しません。


 機関委任事務という制度があります。


 そして。


 地方議会がどこまで関与できるかについても、


 現代とは前提が違う。


「つまり」


 私は言いました。


「未来のテキストの『法定受託事務については――』を、そのまま昭和の事件に当てはめたら駄目」


「そういうことだ」


「制度名が存在しない」


「ない」


「法定受託事務もない」


「ない」


「自治事務も、その対概念としての今の整理はない」


「ない」


「なのに私の頭の中では全部ある」


「面倒な奴だな」


「転生者って大変なんですよ」


「俺は知らん」


 でも。


 未来を知っているからこそ。


 なぜ後で制度が変わったのかも、


 少し見えてきます。


 機関委任事務。


 国の強い指揮監督。


 地方の長が、


 国の機関として動く構造。


 議会から見ても、


 地域の代表機関であるのに、


 自分たちが十分に関与できない領域が生まれる。


 それは。


 地方自治という言葉からすると、


 かなり不思議です。


「だから平成十一年の地方分権改革で」


 私は口に出しかけました。


「こはる」


「はい」


「未来の講義をするな」


「でも今だけ!」


 所長がこちらを見ました。


「言ってみろ」


「いいんですか」


「ああ」


 私は少し嬉しくなりました。


「未来では、機関委任事務が廃止されます」


「ほう」


「その代わりに、地方公共団体の事務は、大きく自治事務と法定受託事務に整理される」


「違いは」


「自治事務は、地方公共団体が自ら処理する事務」


「うん」


「法定受託事務は、国や都道府県が本来果たすべき役割に関わる事務を、法律や政令に基づいて地方公共団体が処理するもの」


「それで?」


「国と地方の関係も、上下・主従みたいな発想から、対等・協力を基本とする形へ変わっていく」


 相馬先輩が鼻で笑いました。


「そんな綺麗にいくかよ」


「そこは制度理念です」


「現場は?」


「未来でも揉めます」


「だろうな」


「でも揉めたときの仕組みも増えるんです」


「例えば」


「国地方係争処理委員会とか」


「それがさっき言ってたやつか」


「はい」


「今は?」


「ありません」


「じゃあ今使うな」


「結局そこ!」


 でも。


 笑って済ませられる話ではありません。


 制度改正には理由がある。


 昔の仕組みで困ったことが、


 次の制度を作る。


 昨日の事件で私が感じた、


 国の方針と言われた瞬間の重さ。


 議会がどこまで口を出せるのか分からなくなる感覚。


 そういう積み重ねの先に、


 地方分権改革があるのだと思います。


「次」


 私は書きました。


 書類の検閲・検査権。


「昨日、まず使おうとしてたのがこれですね」


「そうだな」


 議会は、


 普通地方公共団体の事務に関して、


 書類などを検閲する。


 執行機関から報告を求める。


 事務の管理。


 議決の執行。


 出納。


 そうしたものを検査することができる。


「つまり」


 私は言いました。


「議会が決めたとおり仕事してるか見る」


「分かりやすく言えばな」


「昨日なら」


 湖畔観光振興事業に、


 議会が予算をつけた。


 では。


 その予算が、


 何に使われようとしているのか。


 市民会館をどんな契約で使わせるのか。


 議会の議決を飛ばしていないか。


 そうしたことを、


 資料を通して確かめる。


「決めたら終わりじゃない」


「そうだ」


「議決と監査がセット」


「それが昨日の事件だな」


 私は二つの言葉を矢印でつなぎました。


 議決権。


 ↓


 執行。


 ↓


 監査権。


 決める。


 実行する。


 確かめる。


「おお」


「何だ」


「これ、かなり覚えやすい」


「だったら最初から図にしろ」


「監査請求権もありますね」


「ああ」


 議会は、


 監査委員に対して、


 普通地方公共団体の事務について監査を求め、


 その結果について報告を請求することができる。


「ここ」


 私は言いました。


「住民監査請求と混ざりそう」


「違うからな」


「はい」


 地方自治法には、


 住民自身が使う監査請求の仕組みもあります。


 でも。


 今整理しているのは、


 議会の権限としての監査請求。


 議会が監査委員に対して、


 監査を求める。


「誰が請求するかを見ろ」


「そうだ」


「住民か」


「ああ」


「議会か」


「ああ」


「似た言葉だから危ない」


「試験はそういうところを突いてくる」


「性格悪いですね」


「試験に言え」


 私は次のページを開きました。


 最後。


 自律権。


「これ、名前だけ見ると一番ふわっとしてます」


「議会が自分のことを自分で決める権限だ」


「はい」


 会議規則。


 会期。


 懲罰。


 その他、


 議会の組織や運営について、


 議会自身が決定する。


「昨日の最後」


 私は言いました。


「副議長選挙の話が出ましたけど、議会って自分の中の運営も自分で決める」


「そうだ」


「市長が『今日は議会終わり』って決めるわけじゃない」


「当たり前だ」


「でも、その当たり前が自律権なんですね」


「そういうことだ」


 そして。


 教材で引っかかった言葉。


 懲罰権。


「議員がルールを破ったとき」


 私は言いました。


「議会には懲罰する権限がある」


「ああ」


「でも」


 私は赤ペンを取りました。


「議会内部の問題だから、裁判所は絶対に口を出さない――わけではない」


 相馬先輩がこちらを見る。


「未来の判例か?」


「一部は未来です」


「またか」


「でも大事なんです!」


 地方議会議員に対する除名処分。


 これは、


 昔から司法審査の対象になるとされています。


 議員の身分そのものを失わせる。


 そんな重大な処分を、


 単なる議会内部のこととして閉じるわけにはいかない。


「そして未来では」


 私は続けました。


「出席停止処分についても、司法審査の対象になるという最高裁判断が出ます」


「出席停止でも?」


「はい」


「議員として議会に出て活動する権利に直接関わるから」


「そういうことです」


 私は少し考えました。


 議会には自律権がある。


 だから。


 議会内部のことは議会に任せる。


 これは大事。


 でも。


 自律。


 という言葉が、


 無制限。


 という意味になるわけではない。


「昨日の市長と同じだ」


 相馬先輩が言いました。


「え?」


「市長に執行権がある」


「はい」


「だから何でも好きにできるわけじゃない」


「あ」


「議会に自律権がある」


「はい」


「だから議会も何でも好きにできるわけじゃない」


 なるほど。


 私は思わず線を引きました。


 権限がある。


 それは。


 無制限である。


 とは違う。


 市長にも境界がある。


 議会にも境界がある。


 国にも境界がある。


 地方自治法というのは、


 誰が偉いかを決める法律ではなく。


 誰が、


 何を、


 どこまで決められるか。


 その境界線を引く法律なのかもしれません。


「先輩」


「何だ」


「自律権の中に、自主解散ってありますよね」


「ある」


「議会、自分で解散できるんだ」


「要件はあるがな」


「すごいですね」


「何がだ」


「自分たちで『俺たち今日で終わり!』って」


「雑すぎる」


「でも概念としては」


「ちゃんと法律上の要件で覚えろ」


「はい」


 相馬先輩が煙草を消しました。


「それより」


「何です?」


「四つ、言えるか」


「来ましたね」


 私は背筋を伸ばしました。


「議会の権限」


 一。


「議決権」


 二。


「選挙権」


 三。


「監査権」


 四。


「自律権」


「中身は」


「議決権は、地方公共団体の意思を決める」


「うん」


「選挙権は、議長、副議長、選挙管理委員などを選挙する」


「うん」


「監査権は、執行機関が適正に仕事しているか監視する」


「うん」


「自律権は、議会自身の組織や運営を自ら決める」


「まあいい」


「褒めた」


「まだだ」


 先輩が指を一本立てました。


「昨日の事件で、議会が市長部局を止められた根拠は」


「重要な公の施設についての長期かつ独占的利用に、議会の議決が必要になる可能性があったから」


「予算は通ってたぞ」


「予算議決だけで、別の必要的議決事件まで議決したことにはならない」


「国の方針だったぞ」


「国の方針と、市が具体的に選んだ契約内容は分けて考える」


「昭和だぞ」


「機関委任事務の時代。現代の自治事務・法定受託事務の整理をそのまま持ち込まない」


「資料が出なかったら」


「議会の検査・調査権。必要なら百条調査権」


「百条なら何でもできるか」


「できない。地方公共団体の事務を調査するための権限で、時代ごとの制度上の限界も確認する」


「市長が副市長を選ぶとき」


「議会の同意が必要」


「議長は?」


「議会が選挙」


「よし」


 私は机の下で小さく拳を握りました。


 行政書士試験なら、


 今のところ全問正解。


 たぶん。


「でも」


 私は言いました。


「昨日までは、議会って何となく市長のチェック役だと思ってました」


「間違いじゃねえ」


「でもそれだけじゃない」


「そうだな」


「自分でも決める」


「うん」


「人も選ぶ」


「うん」


「監視もする」


「うん」


「自分の運営も決める」


「そうだ」


 片桐所長が静かに言いました。


「議会は脇役じゃない」


 私は所長を見ました。


「長と並ぶ、自治のもう一方だ」


 その言葉で。


 昨日の議場が浮かびました。


 市長。


 部長。


 課長。


 その向かいに、


 住民から選ばれた議員たち。


 市長が提案する。


 議会が審議する。


 議会が議決する。


 長が執行する。


 議会が確認する。


 ときには止める。


 ときには同意する。


 ときには調べる。


 面倒です。


 ものすごく。


 もし市長一人なら、


 もっと早い。


 会議も少ない。


 質問もない。


 修正もない。


 でも。


 早ければいいわけではない。


 自治というのは、


 住民の暮らしを、


 一人の判断だけで決めない仕組みでもある。


「昨日の高梨さん」


 私は言いました。


「最初、自分たちが予算を通したから、もう止められないと思ってました」


「ああ」


「でも違った」


「何が」


「予算を通した責任があるなら」


 私は言いました。


「その後を確かめる責任もある」


 所長が少しだけ頷きました。


「そうだ」


 そこへ。


 事務所の扉が開きました。


「こんばんは」


 高梨さんでした。


 右手には例の卓球ラケット。


「またそれ」


「今日はちゃんと仕事のあとです」


「議会は?」


「終わりました」


「副議長選挙は?」


「来週です」


「立候補は?」


「しません」


「残念」


「何が残念なんですか」


 高梨さんは机に一枚の紙を置きました。


「市民会館の件です」


「どうなりました?」


「議案として出すことになりました」


「正式に?」


「正式に」


 利用期間。


 利用範囲。


 市民利用をどこまで残すか。


 事業者選定の経緯。


 改修費。


 全部説明させる。


「で」


 高梨さんが笑いました。


「市長側の案、少し変わりました」


「どう変わったんです?」


「十年を五年に短縮する案」


「おお」


「本館全部じゃなくて、一階の一部だけ専用利用」


「卓球室は?」


「残る」


「やった!」


 私は立ち上がりました。


「そこが一番重要なのか」


 相馬先輩が呆れます。


「住民利用の象徴です!」


「昨日まで卓球やったこともなかっただろ」


「明日からあります」


 高梨さんが笑いました。


「まだ議決前ですけどね」


「あ」


「賛成されるかも分からない」


「そうでした」


「でも」


 高梨さんは紙を見ました。


「最初の案とは全然違う」


「議会で話すことになったから?」


「そう」


 行政が考える。


 議会が聞く。


 資料を出させる。


 住民利用も確認する。


 その結果。


 案が修正される。


「これも議会の仕事なんですね」


 私が言うと。


 高梨さんは頷きました。


「議決って」


 高梨さんが言いました。


「最後に賛成か反対か押すだけじゃなかったんですね」


「議員さんがそれ言います?」


「身に染みたんですよ」


 相馬先輩が笑いました。


「三年目でか」


「うるさいなあ」


「でも」


 高梨さんは真面目な顔になりました。


「今回、少し怖かった」


「またですか?」


「いや」


 高梨さんは首を振りました。


「自分が、です」


「自分?」


「予算のとき、ちゃんと聞かなかった」


 観光振興。


 国の方針。


 地域活性化。


 響きの良い言葉が並んでいた。


 だから。


 細かい使い方まで、


 あまり追わなかった。


「議会に権限があっても」


 高梨さんが言いました。


「議員が使わなきゃ意味ないんですね」


 私は昨日の片桐所長の言葉を思い出しました。


 使わない権限は、


 ないのと同じ。


「だから今回」


 高梨さんは続けました。


「百条調査まで行かなくて良かったと思ってます」


「やりたくなかった?」


「強い権限でしょう」


「はい」


「強いからこそ、普通の資料要求や委員会審査で済むなら、その方がいい」


「なるほど」


「大事なのは」


 高梨さんが言いました。


「格好よく百条委員会を作ることじゃない」


「はい」


「事実を出させること」


 私はノートの端に書き足しました。


 ――権限は、派手に使うためではなく、必要な結果を出すために使う。


「長い」


 相馬先輩が言いました。


「まだ覚え書きじゃないです!」


 高梨さんが帰ったあと。


 私はノートを見直しました。


 議決権。


 選挙権。


 監査権。


 自律権。


 四つ。


 最初に見たときは、


 ただの暗記項目でした。


 でも。


 今なら。


 それぞれに顔があります。


 議決権。


 湖畔市民会館を十年間独占利用させる話を、


 市長一人で決めさせなかった。


 選挙権。


 議会が、


 議長や副議長などを自分たちで選ぶ。


 監査権。


 資料を求め、


 執行を検査し、


 必要なら百条調査まで使って、


 市長部局の仕事を確かめる。


 自律権。


 議会の運営を、


 議会自身が決める。


「所長」


「何だ」


「地方自治法って」


「うん」


「市役所の法律だと思ってました」


「違うのか」


「市役所だけの法律じゃない」


「そうだな」


「市長の法律でもない」


「ああ」


「議会も入ってる」


「ああ」


「住民も入ってる」


「ああ」


 だから。


 地方自治法なんですね。


 役所の仕事の仕方を決めるだけじゃない。


 地域で誰が、


 どうやって意思を決めるか。


 誰が実行するか。


 誰が監視するか。


 誰が止めるか。


 その全部を組み合わせる。


「一人に全部やらせないための法律」


 私は言いました。


「それも一つの見方だ」


 片桐所長が答えました。


 私は最後の欄を開きました。


 一行の覚え書き。


「よし」


「来たか」


 相馬先輩が言います。


「今日は短くします」


「毎回言ってるぞ」


「本当に短くします」


 私は書きました。


 ――議会は、決めて、選んで、見張って、自分を治める。


 相馬先輩が覗き込みます。


「悪くない」


「おお」


「ただ」


「何です?」


「見張って、はちょっと雑だな」


「覚えやすいでしょう」


「まあな」


 私はその下に、


 さらに一行。


 ――市長が決めても終わらない。議会が決めるべきことは、議会を通す。


「二行になってるぞ」


「事件版です」


「一行の覚え書きじゃなかったのか」


「今日だけ特例」


「条例で決めたのか」


「自律権です」


「お前は議会じゃねえ」


 そのとき。


 片桐所長が立ち上がりました。


「帰るぞ」


「はい」


「市民会館」


「え?」


「卓球」


 私は目を丸くしました。


「本当に行くんですか」


「高梨さんが待ってる」


「所長まで?」


「現場確認だ」


 相馬先輩がにやりとしました。


「ほらな」


「絶対みんな卓球したいだけじゃないですか」


「仕事の一環だ」


「じゃあ経費になります?」


「ならん」


「即答!」


 三十分後。


 湖畔市民会館。


 体育室。


 卓球台。


 高梨さんがラケットを二本持って待っていました。


「遅いですよ」


「仕事してたんです」


「行政書士は大変ですねえ」


「議員もでしょう」


「お互い様」


 市民会館の壁には、


 利用予定表が貼ってあります。


 老人会。


 婦人会。


 卓球クラブ。


 書道会。


 子ども将棋教室。


 民謡会。


 名前がずらり。


 私はその紙を見ました。


 もし。


 十年独占利用の案が、


 議会にも十分説明されないまま進んでいたら。


 この予定表は、


 ずいぶん違うものになっていたでしょう。


 でも。


 議会が止めた。


 正確には。


 止めて終わったわけではない。


 話を、


 正しい場所へ戻した。


 市長だけで決める場所から。


 議会で審議する場所へ。


「朝比奈さん」


「はい」


 高梨さんがラケットを渡してきます。


「ルール分かります?」


「だいたい」


「だいたい?」


「十一点先取ですよね」


 高梨さんが首をかしげました。


「十一点?」


「……あ」


 やった。


 未来を持ち込んだ。


 昭和六十三年。


 卓球のルールまで未来と違う。


「二十一点だろ」


 相馬先輩が言いました。


「ですよね!」


「また未来見たのか」


「見てません!」


「怪しいなあ」


 高梨さんが笑いました。


「じゃあ二十一点一本勝負」


「はい」


「サービス五本交代」


「……はい」


 法律だけじゃない。


 スポーツまで時代差がある。


 転生者、休日も油断できません。


 試合開始。


 高梨さんのサーブ。


 私が返す。


 ネット。


「一点」


「まだ練習です!」


「今の本番」


「聞いてません!」


 相馬先輩が腹を抱えて笑っています。


「こはる」


「何です?」


「異議申立てするか」


「卓球に異議申立て制度はありません!」


「議会で調査してもらえ」


「地方公共団体の事務じゃありません!」


 高梨さんが笑いながら次の球を打ちました。


「朝比奈さん」


「はい!」


「議会にも何でもできるわけじゃないんですよ」


「今日勉強しました!」


 球が飛んでくる。


 私は慌てて返す。


 今度は入った。


「お」


「やった!」


 たった一点。


 でも。


 何となく嬉しい。


 議会だって、


 たぶん同じです。


 市長を全部止める必要はない。


 国と全部喧嘩する必要もない。


 行政を倒す必要もない。


 ただ。


 決めるべきところで決める。


 見るべきところで見る。


 聞くべきところで聞く。


 必要なら調べる。


 その一球を、


 返す。


 そうやって。


 一方だけが打ち続ける状態を防ぐ。


 私はもう一度ラケットを構えました。


 今日の教訓。


 議会は、


 飾りではありません。


 市長が打った球に拍手する場所でもない。


 決めて。


 選んで。


 監視して。


 自分を律する。


 地方自治の、


 もう一つの主役です。


「こはる!」


「はい!」


「球来てるぞ!」


「えっ」


 ぱこん。


 額。


「痛っ!」


 体育室に笑い声が響きました。


 議決権も。


 監査権も。


 ラケットも。


 持っているだけでは意味がありません。


 ちゃんと使わなければ。


 球は、


 普通に顔へ飛んできます。


 昭和六十三年。


 地方自治法。


 議会の権限。


 どうやら今日の一行は、


 これが一番忘れにくそうです。


 ――権限は、持っているだけでは自治にならない。使って初めて、相手の球を返せる。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくら司法書士補助者の法務帳 〜 昭和に転生して泥沼の争いを収めたら、実務と試験知識が完全にリンクしました 〜
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。