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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

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316/614

[地方自治法・地方公共団体の議会と長の関係]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 地方自治は、一人の偉い人に任せる仕組みではありません。


 だから。


 面倒です。


 そしてたぶん、その面倒さこそが大事です。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 私は机いっぱいに紙を広げていました。


 市議会の議事録。


 西川公園周辺の地図。


 市民会館別館計画の資料。


 そして、昨日提出した陳情書の控え。


 その真ん中に、大学ノートを一冊。


 表紙には大きく書きました。


 ――地方公共団体の議会と長。


「……よし」


「何がよしなんだ」


 向かいの机で相馬先輩が煙草に火をつけました。


「復習です」


「仕事終わってから勉強する奴の気が知れねえ」


「行政書士試験受ける人はだいたいそうです」


「かわいそうだな」


「全国の受験生をまとめて哀れまないでください」


 私はノートを開きました。


 昨日。


 西川町内会の高橋さんたちは、


 市長が進めていた市民会館別館建設計画について相談に来ました。


 予定地は西川公園。


 子どもの遊び場。


 夏祭り。


 防災訓練。


 地域にとって、ただの空き地ではない場所です。


 ところが市側は、


 ――市として決定した事業です。


 と説明した。


 さらに担当者は、


 ――市長が決めたことですから、議会が反対しても最終的には進みます。


 そう言ったらしい。


 でも。


 実際には予算は議会審議中。


 契約もまだ。


 つまり。


 市長部局では方針を決めていても、


 市全体としてすべてが最終確定していたわけではありませんでした。


「まず基本からです」


 私はノートに書きました。


 地方公共団体の機関。


 議会。


 長。


「役割は?」


 相馬先輩が聞きます。


「今日は先輩から聞いてくれるんですね」


「お前が一人で喋ると長えからな」


「理由が冷たい」


 私は鉛筆を持ち直しました。


「議会は、住民の意思を代表する機関です」


「うん」


「それと、地方公共団体の意思を決定する機関」


「うん」


「長は?」


 今度は私が聞き返します。


「知事とか市長だろ」


「それは名前です」


「面倒くせえな」


「役割を」


「地方公共団体の事務を管理して執行する」


「はい」


「統轄する」


「はい」


「代表する」


「正解です」


 私はノートに大きく整理しました。


 議会。


 代表機関。


 意思決定機関。


 長。


 代表機関。


 執行機関。


「両方とも代表機関なんですね」


「そこが大事だ」


 片桐所長が奥から言いました。


 帳簿から顔は上げません。


「議会だけが住民代表ではない」


「市長も住民代表」


「そうだ」


 私は昨日の議場を思い出しました。


 議員席。


 市長席。


 向かい合うように座っていました。


 あれは単なる座席配置ではなかったのかもしれません。


 双方とも、住民から直接選ばれている。


 だから。


 一方が一方の部下ではない。


「二元代表制」


 私はノートに書きました。


 そして丸で囲む。


「二つの代表機関があるから、二元代表制」


「ざっくり言えばな」


 相馬先輩が言います。


「でも国は違いますよね」


「ああ」


「国民が内閣総理大臣を直接選ぶわけじゃない」


「国会が指名する」


「はい」


 国の場合。


 国民は国会議員を選ぶ。


 国会が内閣総理大臣を指名する。


 内閣は国会に対して責任を負う。


 つまり。


 議院内閣制。


 一方。


 地方。


 住民が議員を選ぶ。


 住民が市長も選ぶ。


 二つとも直接。


「地方自治体の長って」


 私は言いました。


「大統領制っぽいんですよね」


「っぽい?」


「試験的には、大統領制と整理されることがあります」


「市長を大統領って呼んだら本人は喜びそうだな」


「絶対やめてください」


 でも構造は似ています。


 議会とは別に。


 首長自身も直接選挙で民主的な正統性を持つ。


 だから強い。


 しかし。


 強いから議会より上。


 ではない。


 ここが罠です。


「昨日の高橋さんも」


 私は言いました。


「市長が市の一番偉い人だから、市長が決めたら終わりだと思ってました」


「普通はそう見えるだろうな」


「でも法的には違う」


「そうだ」


 私はノートに書きました。


 ――議会と長は対等。


 その横に。


 理由。


 ――双方とも住民による直接選挙で選ばれるから。


「ここ、行政書士試験ならそのまま出ますね」


「どう出る」


「『地方公共団体の長は、議会によって選任される』」


「誤り」


「『地方議会の議員と長は、いずれも住民の直接選挙によって選ばれる』」


「正しい」


「『条例によって長を議会選出制に変更できる』」


「できねえ」


「正解」


 私はさらに書き足します。


 議会議員。


 直接選挙。


 長。


 直接選挙。


 法律や条例で間接選挙に変えることはできない。


「つまり」


 私は言いました。


「市長が議会に選ばれる仕組みにしちゃうと」


「ああ」


「二元代表制そのものが崩れる」


「そういうことだ」


 住民が二つの代表を直接選ぶ。


 そこに意味がある。


「次」


 私はページをめくりました。


 議会。


「議会は、憲法上も特別扱いです」


「九十三条だな」


「はい」


 憲法九十三条。


 地方公共団体には、法律の定めるところにより、


 その議事機関として議会を設置する。


「つまり」


 私は線を引きました。


「普通地方公共団体は、議会を置かなきゃいけない」


「必置機関」


「そうです」


「条例で廃止できるか」


「できません」


「市長が邪魔だから無くせるか」


「無理です」


「議会がうるさいから、住民投票だけに切り替える」


「それも議会を無くす根拠にはなりません」


 相馬先輩が煙草を灰皿へ落としました。


「昨日のお前、事務所に議会を置こうとしてたな」


「ここは地方公共団体じゃないので諦めました」


「成長したな」


「そこですか」


 でも。


 議会を必ず置け。


 という憲法の言葉。


 昨日まではただの試験知識でした。


 今は分かる。


 もし議会がいなかったら。


 西川公園の計画はどうなっていたか。


 市長部局が決める。


 予算も自分で決める。


 執行も自分で行う。


 住民は市長へお願いするしかない。


 それでは権力が一本に集まりすぎる。


「議会って」


 私は言いました。


「面倒を作るために必要なんですね」


「言い方が悪い」


 片桐所長が言いました。


「では」


「別の意思を制度として存在させるためだ」


「……なるほど」


 私はそのまま書きました。


 別の意思を制度として存在させる。


 格好いい。


 議会は。


 市長に助言する会議ではない。


 市長の政策説明を聞いて拍手する会でもない。


 独立して住民を代表し、


 地方公共団体の意思決定に参加する。


 だから。


 反対することもある。


 修正することもある。


 昨日の議会は、


 市長の別館計画を全面否定しませんでした。


 ただし。


 建設費をそのまま認めず。


 調査費を残して。


 候補地比較。


 住民説明。


 代替案検討。


 それを先にやれ、と修正した。


「議会らしい仕事だったんですね」


「ああ」


「市長案をそのまま通すのが仕事じゃない」


「当然だ」


 私は新しい見出しを書きました。


 ――議会と長は対等。でも、ただ並んでいるだけではない。


「ここです」


「何が」


「地方自治の面白いところ」


「受験生くらいしか面白がらねえぞ」


「そんなことありません」


 議会。


 長。


 双方が直接選挙。


 双方が住民代表。


 だから対等。


 でも。


 対等だから完全に独立して好き勝手に動く。


 ということではありません。


 互いに牽制する仕組みがあります。


「昨日、沢渡課長が言ってました」


 私は思い出します。


 再議。


 不信任。


 議会解散。


「二元代表制なのに」


 私は言いました。


「議院内閣制みたいな仕組みも一部入ってる」


「そうだな」


 相馬先輩が言います。


「議会が長を不信任にできる」


「はい」


「長は?」


「一定の場合、議会を解散できる」


「つまり?」


「仲が悪くなりすぎたら住民に聞き直す」


「雑だが分かりやすい」


 私はノートに書きました。


 議会による長の不信任決議。


 長による議会解散。


「これ、不思議ですよね」


「何が」


「長も住民が直接選んだ」


「うん」


「議会議員も住民が直接選んだ」


「うん」


「なのに、一方が他方を政治的に追い詰める制度がある」


「だから最後は住民に返すんだろ」


 私は止まりました。


「……あ」


「何だ」


「そういうことか」


 二つの代表が激しく衝突する。


 どちらも、


 自分こそ住民の意思を代表している。


 と言える。


 では。


 どちらが本当に支持されているのか。


 最終的には。


 また住民が選ぶ。


 選挙に戻る。


「二元代表制って」


 私は言いました。


「入口も住民で、行き詰まったときの出口も住民なんですね」


 片桐所長が顔を上げました。


「いい見方だ」


 珍しい。


 褒められた。


「今のもう一回言ってください」


「嫌だ」


「録音機持ってくればよかった」


「仕事しろ」


 私は嬉しくなって、その言葉を大きく囲みました。


 ――二元代表制は、入口も出口も住民。


「でも」


 私は鉛筆を止めました。


「ここで一つ疑問です」


「何だ」


「昨日の市長部局って、行政執行の側ですよね」


「ああ」


「昭和六十三年の地方自治って、現代より長の立場が弱い部分もありますよね」


 相馬先輩が眉を上げました。


「また未来の話か」


「今度はちゃんと比較です」


 私はノートに線を引きました。


 昭和六十三年。


 機関委任事務。


「来たな」


「来ました」


 現代の地方自治を勉強すると。


 自治事務。


 法定受託事務。


 国と地方。


 対等・協力。


 そんな整理が出てきます。


 だから私は。


 地方自治体は、自分のことは自分で決める。


 国とは上下ではない。


 という感覚を持っています。


 でも。


 昭和六十三年。


 それをそのまま当てはめると事故る。


「当時は」


 私は言いました。


「機関委任事務がある」


「ああ」


「市長や知事が、地方公共団体の長としてじゃなく」


「国の機関みたいな立場で仕事することがある」


「そうです」


 国の事務を、


 地方公共団体の長に委任する。


 その事務については、


 国の指揮監督を強く受ける。


 通達。


 監督。


 上からの指示。


 現代よりずっと中央集権的。


「だから」


 私は言いました。


「地方自治体の長は、何でも自由に地方の代表として判断できたわけじゃない」


「そうだ」


「住民から直接選ばれてるのに」


「ああ」


「国の事務については国の手足みたいになる」


「嫌な言い方だが、まあ近い」


 ここ。


 ものすごく面白い。


 市長は住民代表です。


 直接選挙です。


 議会とも対等です。


 でも。


 その市長が行う事務の中には、


 国の機関として扱われるものがある。


「二元代表制だけ見てると」


 私は言いました。


「地方自治ってすごく自治してる感じがするんですけど」


「現実はそんなにきれいじゃねえ」


「ですよね」


 地方の内部では。


 議会と長。


 二つの住民代表。


 しかし。


 地方と国との関係では。


 まだ強い上下関係が残っている。


「だから平成十一年の地方分権改革につながっていく」


「未来の話だろ」


「はい。でもここ大事です」


 私はノートの右半分に、


 現代。


 と書きました。


 機関委任事務。


 廃止。


 自治事務。


 法定受託事務。


 国と地方。


 対等・協力。


「未来では」


 相馬先輩が言います。


「市長は国の手下じゃなくなるのか」


「少なくとも、制度の建前は大きく変わります」


「建前?」


「国の関与は残りますから」


「だろうな」


「でも、機関委任事務みたいに、長を国の機関として扱う制度はなくなる」


「へえ」


 相馬先輩は煙草を眺めました。


「じゃあ地方自治らしくなるわけか」


「かなり」


「最初からそうしとけよ」


「制度改革って後から言うと全部そう見えるんですよ」


 私は笑いました。


 でも。


 本当に。


 なぜ改正が必要だったのか。


 昭和の現場に立つと分かります。


 住民が市長を直接選ぶ。


 議員も直接選ぶ。


 なのに。


 ある事務については、


 国の強い指揮監督に従わなければならない。


 地方自治という名前と。


 制度の実態に。


 少しずつズレが見えてくる。


 そのズレを直していったのが、地方分権改革なのだと思います。


「そういえば」


 私はノートを見ながら言いました。


「昨日、一瞬かなり危ないこと言いました」


「いつだ」


「第三者的な調整機関がどうとか」


「ああ」


「国地方係争処理委員会とか」


「今ねえんだろ」


「ありません」


「じゃあ書いとけ」


「何をです」


「未来道具禁止」


「ドラえもんみたいに言わないでください」


 でも本当に。


 昭和六十三年に、


 国地方係争処理委員会はありません。


 指定管理者制度もありません。


 外部監査制度もありません。


 今なら行政書士試験で普通に見る制度でも。


 この時代には影も形もない。


「現代知識って便利そうで」


 私は言いました。


「時代が違うと役立たないですね」


「法律は施行されて初めて武器だ」


 片桐所長が言いました。


 私はペンを止めました。


「今の、いいですね」


「何が」


「法律は施行されて初めて武器」


「当たり前だ」


「ノートに書きます」


「勝手にしろ」


 書きました。


「戻ります」


 私は言いました。


「二元代表制」


「まだやるのか」


「ここからが試験対策です」


「嫌な言葉だな」


 私はページを区切りました。


 ――よくある引っかけ。


 一。


 長は議会によって選ばれる。


 誤り。


 二。


 議会議員は住民による直接選挙だが、長は議会が選ぶ。


 誤り。


 三。


 議会と長は上下関係にある。


 誤り。


 四。


 長は地方公共団体の事務を管理・執行し、統轄し、代表する。


 正しい。


 五。


 議会は住民代表であるとともに、地方公共団体の意思決定機関でもある。


 正しい。


 六。


 普通地方公共団体は、条例により議会を置かないことができる。


 誤り。


「ここまで」


 私は言いました。


「かなり基本です」


「基本ほど落とすなよ」


「怖いこと言わないでください」


「本番で一点足りなくても誰も慰めてくれねえぞ」


「リアルすぎます」


 でも。


 本当に地方自治法は、


 用語が似ています。


 代表機関。


 議決機関。


 執行機関。


 長。


 議会。


 住民。


 選挙。


 それぞれの位置関係を図にしないと混ざります。


 私はノートに絵を描きました。


       住民

      ↙  ↘

     議会  長

      ↘  ↙

     地方公共団体


「何だそれ」


「二元代表制の図です」


「雑だな」


「伝わればいいんです」


「矢印の意味は」


「住民が両方を直接選ぶ」


「下の矢印は」


「両方が地方公共団体の運営に関わる」


「適当だな」


「勉強用です!」


 相馬先輩が鼻で笑いました。


 私は昨日の議会をもう一度思い出しました。


 市長は。


 文化施設が必要だと言った。


 議会は。


 住民説明や比較検討が足りないと言った。


 双方に理屈があります。


「所長」


「何だ」


「二元代表制って」


「うん」


「どっちが正しいか決める仕組みじゃないんですね」


 所長が少し考えました。


「何が言いたい」


「市長が正しいか。議会が正しいか。法律が最初から答えを決めてるわけじゃない」


「そうだな」


「それぞれ別に住民代表として判断して」


「うん」


「ぶつかったら、法定の手続で調整する」


「そうだ」


「で、最後は選挙で住民が評価する」


「そうなる」


 私は少し唸りました。


「民主主義って効率悪いですね」


「今さら何言ってんだ」


 相馬先輩が笑います。


「一人に全部決めさせりゃ早い」


「ですよね」


「だが間違えたとき止められねえ」


「……うん」


 それです。


 二元代表制。


 市長と議会。


 二つの代表。


 無駄に見える。


 遅く見える。


 揉める。


 でも。


 揉めるから、一回立ち止まる。


 昨日の西川公園もそうでした。


 もし市長だけで決められたなら。


 別館計画はそのまま進んでいたかもしれない。


 もし議会だけで行政を全部動かすなら。


 今度は執行責任が曖昧になる。


 決める機関。


 執行する機関。


 それを分ける。


 しかも。


 双方に別々の民主的な根拠を持たせる。


「だから」


 私は言いました。


「議会は市長のブレーキで」


「うん」


「市長は議会の下請けでもない」


「そうだ」


「アクセルとブレーキ?」


「その例えだと議会がいつも止めるみたいだな」


「確かに」


「議会も進めるぞ」


「じゃあ」


 少し考えます。


「運転手が二人」


「最初に船頭二人で揉めるって言ってたろ」


「あ」


「同じとこ戻ってんぞ」


「でも、あれ結構いい例えでした」


「自画自賛すんな」


 電話が鳴りました。


 私が取ります。


「はい、片桐行政書士事務所です」


『総務課の沢渡です』


 今日も来ました。


「はい」


『西川公園の件で、比較検討の資料がまとまりました』


「もうですか」


『既存資料を整理しただけです』


「候補地、三つですよね」


『ええ』


「議会にも出すんですか」


『次回委員会に提出予定です』


「住民説明は?」


『その前に行います』


 よし。


 昨日より順番がまともです。


『それと』


「はい」


『高橋さんたちから追加の質問書が届いています』


「私たちが作ったやつですね」


『市長と議会の関係についてまで質問がありますが』


「勉強熱心でしょう」


『住民向け説明会で地方自治法講義をするつもりですか』


「ちょっとだけ」


『やめてください』


「即答」


『説明会が三時間になります』


「それは困りますね」


『要点だけで十分です』


「じゃあ課長なら、どう説明します?」


『何を』


「市長と議会の関係」


 少し間。


『どちらも住民が選ぶ』


「はい」


『役割が違う』


「はい」


『だから片方だけで市政を全部決めるわけではない』


「……分かりやすい」


『それで十分です』


「二元代表制って言葉は?」


『興味がある人には説明してください』


「憲法九十三条は?」


『朝比奈さん』


「はい」


『住民説明会です』


「試験講義じゃない」


『そういうことです』


 この人。


 やっぱりたまに先生です。


「課長」


『何ですか』


「最後に一問だけ」


『嫌な予感がします』


「地方公共団体の長は、議会が選任する」


『誤りです』


「早い」


『では』


 切られました。


「また遊んでたのか」


 相馬先輩が言います。


「復習です」


「沢渡でやるな」


 私はノートの最後のページを開きました。


 一行の覚え書き。


 いつものやつです。


 今日の論点は多い。


 議会。


 長。


 直接選挙。


 対等。


 二元代表制。


 不信任。


 解散。


 憲法九十三条。


 議会必置。


 そして。


 昭和と現代の制度差。


 機関委任事務。


 地方分権改革。


 全部を一行に入れるのは無理です。


「何悩んでる」


「一行にまとまりません」


「削れ」


「先輩、編集者みたいですね」


「一番大事なのは何だ」


 私は考えました。


 長も。


 議会も。


 住民から選ばれる。


 だから。


 上下ではない。


 お互いに別々の代表として存在する。


 それが、


 一人で全部決めさせない仕組みになる。


 私は書きました。


 ――長も議会も住民が選ぶ。だから対等、だから互いを止められる。


「どうです」


「まあまあ」


「褒めましたね」


「気のせいだ」


「では短縮版」


 その下に書きます。


 ――二元代表制は、二つの民意で一つの自治を動かす。


 相馬先輩が少し黙りました。


「それは割といいな」


「今、はっきり褒めました」


「消せ」


「嫌です」


 私は大きく丸で囲みました。


 窓の外。


 夕方の町。


 あの向こうに西川公園があります。


 今日も子どもが遊んでいるでしょう。


 来年。


 あそこに市民会館別館が建つのか。


 別の場所になるのか。


 まだ分かりません。


 市長は必要だと言っている。


 議会は検討が足りないと言っている。


 住民は公園を残したいと言っている。


 全部違う。


 でも。


 違うからこそ。


 話し合う。


 資料を出す。


 議決する。


 執行する。


 場合によってはやり直す。


 地方自治は。


 誰か一人の正しさで動く制度ではありません。


 住民から預かった権限を。


 別々の機関へ分けて。


 互いに好き勝手できないようにする。


 その仕組みです。


 しかも昭和六十三年。


 地方自治体の内部では二元代表制が動いていても。


 国との関係では、


 まだ機関委任事務という太い鎖が残っている。


 地方自治は。


 完成した制度ではなかった。


 たぶん今も。


 完成なんてしていないのかもしれません。


 住民と。


 議会と。


 長と。


 国と。


 その力関係を少しずつ調整しながら、


 自治という形を作り続けている。


 法律の教科書では、


 たった一行。


 ――議会と長は対等であり、二元代表制が採られている。


 でも。


 昨日の議場を見た今なら分かります。


 その一行の中には。


 予算が削られる音も。


 市長が渋い顔をする瞬間も。


 住民が傍聴席で息を呑む音も。


 全部入っています。


「こはる」


 片桐所長が言いました。


「はい」


「地図は」


「あ」


「西川地区の候補地比較」


「今からやります」


「復習は終わったんだろ」


「はい」


「なら仕事だ」


「分かりました」


 私はノートを閉じました。


 すると相馬先輩が言います。


「候補地三つ、現地確認するぞ」


「先輩も来るんですか」


「ああ」


「珍しい」


「何がだ」


「昨日、私一人に行かせようとしてたのに」


「今日は気が向いた」


「では対等に三か所ずつ――」


「三か所しかねえだろ」


「じゃあ一か所半ずつ」


「半分どうやって見るんだ」


「二元代表制なら公平に」


「仕事に二元代表制を持ち込むな」


「先輩も住民代表じゃないですか」


「誰に選ばれた」


「所長?」


「それは任命だ」


「じゃあ間接選挙」


「違う」


 片桐所長がため息をつきました。


「二人とも行け」


「はい」


「はい」


 一瞬で決まりました。


 私は鞄を持ちながら言います。


「所長」


「何だ」


「うちの事務所って二元代表制じゃないですね」


「違う」


「何制です?」


「所長制だ」


「独裁じゃないですか!」


「嫌なら辞めろ」


「強い!」


 相馬先輩が笑いました。


「こはる」


「何です」


「不信任決議でも出せ」


「誰にですか」


「所長に」


「可決したら?」


「解散される」


「事務所ごと!?」


 片桐所長は無言で私たちを玄関へ指さしました。


 どうやら。


 片桐行政書士事務所に地方自治法を導入する計画は。


 本日も。


 議案になる前に否決されたようです。

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