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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 地方自治法

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312/701

[地方自治法・地方自治体の概要と種類]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 未来の知識は、知っているだけなら便利です。


 でも。


 過去へ持ち込んだ瞬間、


 正しい知識が、


 正しい間違い方をします。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 私は机いっぱいに地図を広げていました。


 真ん中。


 湖西市。


 東。


 浜松市。


 西。


 県境を越えて愛知県豊橋市。


 そして、その上に三枚の紙。


 湖西市。


 浜松市。


 湖西・浜松広域衛生施設組合。


「……昨日より増えて見える」


「増えてねえ」


 向かいの机で、相馬先輩が煙草に火をつけました。


「地図って不思議ですね」


「何がだ」


「同じ三つの市名なのに、現代の私が見ると余計な肩書が浮かぶんですよ」


「また未来の話か」


「はい」


 私は浜松市を指しました。


「浜松市。未来では政令指定都市」


「未来ではな」


 次に。


 豊橋市。


「豊橋市。未来では中核市」


「未来ではな」


 そして。


 現在。


 昭和六十三年。


 私は赤鉛筆で、二つの肩書に大きく線を引きました。


 浜松市――政令指定都市。


 消す。


 豊橋市――中核市。


 消す。


「……寂しい」


「何がだ」


「肩書がなくなりました」


「市名は残ってんだろ」


「そうなんですけど」


 相馬先輩が呆れた顔をします。


「お前は役所を肩書で見すぎだ」


「昨日それで三回くらい事故りかけました」


「三回じゃねえ。四回だ」


「数えてたんですか!」


 奥で帳簿をつけていた片桐所長が言いました。


「こはる」


「はい」


「ノートを開け」


「はい」


「今日のうちに整理しろ」


 私は素直にノートを開きました。


 上に大きく。


 ――地方公共団体の種類。


 その下に。


 ――昭和六十三年と現代の違い。


 さらに、その横へ小さく。


 ――未来知識を持ち込むな。


「最後のはお前専用だな」


「はい」


「まず」


 私はペンを持ちました。


「地方公共団体の基本から」


 地方自治。


 地域の住民が、


 地域のことを自主的に処理していく。


 地方公共団体。


 国とは別の法人格を持つ。


「昨日、これが一番効きました」


「何が」


「法人格です」


 杉山さんの焼却施設の事件。


 最初。


 杉山さんたちは湖西市役所へ行きました。


 しかし。


 焼却施設整備事業そのものを担っていたのは、


 湖西市ではなかった。


 浜松市でもなかった。


 湖西・浜松広域衛生施設組合。


「市役所の別館にいて」


「うん」


「市の職員が兼務して」


「うん」


「湖西市長が管理者を兼ねてても」


「うん」


「湖西市とは別法人」


「そうだ」


 ここです。


 受験生時代。


 私は、


 法人格あり。


 法人格なし。


 と丸暗記していました。


 でも現場では。


 法人格が違うということは、


 もっと生々しい。


「土地を買う人が変わる」


「ああ」


「契約する人が変わる」


「ああ」


「予算を決める議会も変わる」


「ああ」


「質問書の宛先も変わる」


「そうだ」


「場合によっては裁判の当事者も変わる」


「そういうことだ」


 私はノートへ書きました。


 ――法人格=権利義務の住所。


「どうです?」


「意味は分かる」


「珍しく褒めました?」


「まだ褒めてねえ」


 惜しい。


「次」


 普通地方公共団体。


 都道府県。


 市町村。


「湖西市」


「市町村」


「浜松市」


「市町村」


「豊橋市」


「市町村」


「つまり全部」


「普通地方公共団体」


「はい」


 私は三つの市名を横並びに書きました。


 湖西市。


 浜松市。


 豊橋市。


 人口は違う。


 県も違う。


 街の大きさも違う。


 でも。


「昨日、私が浜松市を上みたいに考えかけたのが間違い」


「そうだ」


「大きい市だから湖西市の上級行政庁になるわけじゃない」


「当たり前だ」


「人口の多さと、自治体同士の法的上下関係は別」


「そういうことだ」


 私は浜松市の横に、


 大きい=上ではない。


 と書きました。


「試験答案には書くなよ」


「分かってます」


「本当に?」


「多分」


「不安だな」


 でも。


 昨日の私は、


 現代の浜松市が政令指定都市だと知っているせいで、


 無意識に、


 湖西市より法律上も格上なのでは。


 と考えかけました。


 違います。


 地方公共団体は、


 会社の本社と支店ではない。


 浜松市が湖西市の上にいるわけではない。


 まして。


 豊橋市は愛知県だから、


 静岡県湖西市とは別の地方公共団体。


「県境を越えたら上下関係も変わる、じゃないんですよね」


「そもそも市同士を上下で考えるな」


「はい」


 私は次の見出しを書きました。


 ――政令指定都市。


「ここです」


「昨日お前が浜松に勝手につけてた肩書だな」


「はい」


「で」


 相馬先輩が煙草を灰皿へ落としました。


「昭和六十三年には、政令指定都市って制度そのものがないのか?」


「あります」


「あるのかよ」


「そこ、すごく大事です!」


 私は勢いよく二重線を引きました。


 政令指定都市。


 正確には、


 地方自治法上の指定都市。


 この制度そのものは、


 昭和六十三年にもすでに存在しています。


「じゃあ昨日のお前の何が間違いだった」


「浜松市を政令指定都市として扱ったことです」


「なるほど」


 昭和六十三年にも、


 横浜市。


 名古屋市。


 京都市。


 大阪市。


 神戸市。


 など、


 すでに指定都市は存在している。


「つまり」


 私は言いました。


「『昭和には政令指定都市がなかった』ではない」


「うん」


「『昭和六十三年の浜松市は、まだ政令指定都市ではなかった』」


「そこを分けろってことか」


「はい!」


 これ。


 ものすごく大事です。


 時代錯誤ものでは、


 制度が存在するか。


 その自治体がその制度上の地位を得ているか。


 二段階で見なければならない。


「制度はある」


「うん」


「でも浜松はまだ指定されていない」


「うん」


「だから昭和六十三年の浜松市に、現代の政令指定都市としての権限を持ち込んだら駄目」


「そういうことだ」


 私は浜松市の横へ、


 昭和63年=指定都市ではない。


 と書きました。


「未来では?」


 相馬先輩が聞きます。


「政令指定都市になります」


「いつだ」


「ずっと未来です」


「雑だな」


「今の仕事には関係ありません」


「やっと分かったか」


「先輩に教育されてる感じが悔しい」


「じゃあ」


 相馬先輩が言います。


「指定都市になると何が変わる」


「都道府県が処理する事務の一部を、市が処理するようになります」


「例えば?」


「そこは政令で定められます」


 指定都市。


 人口五十万人以上の市のうち、


 政令で指定されたもの。


 普通の市より、


 広い行政権限を持つ。


「都道府県に近い仕事もする大都市」


「そんな感じか」


「はい」


「で、区を置くんだろ」


「そうです」


 私は書きました。


 指定都市。


 市長の権限に属する事務を分けて処理するため、


 条例で市域を区に分ける。


 行政区。


「横浜市西区みたいなやつですね」


「ああ」


「ここで注意」


 私は赤鉛筆を持ちました。


 指定都市の行政区。


 法人格なし。


 指定都市内部の組織。


「東京都の特別区とは違います」


「東京都の二十三区か」


「はい」


 横浜市西区。


 東京都新宿区。


 同じ『区』。


 でも。


 法律上の顔は違う。


「特別区は?」


「特別地方公共団体」


「法人格は」


「ある」


「行政区は」


「指定都市の内部組織。法人格なし」


「よし」


「先輩、本当に試験官みたいになってきましたね」


「お前が危なっかしいからだ」


 反論できません。


 私はそこで、


 ノートの端に浜松市と書きました。


「つまり未来の浜松市は」


「うん」


「政令指定都市になるから、行政区が置かれる」


「未来ではな」


「ここ大事ですね」


「何が」


「昭和六十三年の浜松市役所へ行って、『何区ですか』なんて聞いたら」


「変な顔されるな」


「ですよね」


 現代の浜松市を知っている私は、


 区という仕組みまで勝手に持ってきてしまいそうになる。


 でも。


 その時代の浜松市に、


 指定都市としての行政区制度を前提にしてはいけない。


「未来人って」


 私は言いました。


「知識があるから賢いんじゃなくて、確認事項が増えるだけなんですね」


「お前の場合はな」


「一般化してくださいよ」


「さらに未来では」


 私は言いました。


「総合区という制度もあります」


「また未来か」


「はい」


「昭和には?」


「ありません」


「じゃあしまえ」


「待ってください。一応、説明します」


 総合区。


 これは、


 指定都市が必要に応じて、


 行政区に代えて設けることのできる制度。


 普通の区長より権限を持つ、


 総合区長を置く。


「区長との違いは?」


 相馬先輩が聞きます。


「現代法では」


 行政区の区長。


 一般職。


 市長が職員の中から任命する。


 任期という形では定められていない。


 一方。


 総合区長。


 特別職。


 市長が議会の同意を得て選任。


 任期四年。


 解職請求の対象にもなる。


「結構違うな」


「はい」


「でも昭和六十三年には?」


「総合区制度そのものがない」


「なら今は使うな」


「はい」


 私はノートに囲みました。


 ――未来制度は、比較には使える。現場には持ち込むな。


「これ」


 私は言いました。


「ノート全部に貼りたいですね」


「お前の額に貼っとけ」


「ひどい」


 次。


 中核市。


 私は書いた文字を眺めて。


 ちょっと緊張しました。


「こっちは」


 相馬先輩が言います。


「豊橋に勝手につけた肩書か」


「はい」


「昭和にも制度はあるのか」


「ありません」


「今度は本当にないんだな」


「はい」


 ここが、


 政令指定都市との決定的な違い。


 政令指定都市制度。


 昭和六十三年にも存在する。


 ただし浜松市はまだ指定都市ではない。


 一方。


 中核市。


 昭和六十三年には、


 制度そのものがまだない。


「だから豊橋市について」


 私は整理します。


「昭和六十三年の豊橋市は、中核市ではない」


「うん」


「それ以前に、中核市という地方自治法上の区分そのものがまだない」


「うん」


「なので『豊橋市は中核市だから、この事務を処理する』という理屈を持ってきたら完全にアウト」


「そういうことだ」


 私は大きく書きました。


 政令指定都市=制度あり、浜松はまだ違う。


 中核市=制度そのものがまだない。


「これ、試験でも時代物でも引っかけやすいですね」


「お前が一番引っかかってるけどな」


「実地教育です」


「失敗を格好よく言うな」


「現代の中核市は」


 私は続けます。


 人口二十万人以上の市で、


 政令で指定された市。


 指定都市が処理できる事務のうち、


 政令で定めるものを処理する。


「指定都市ほどではないけど」


「普通の市より多くの仕事を持つ?」


「そういうイメージです」


 ただし。


 ここでも、


 大きな市だから自動的に中核市になるわけではない。


 法定の要件。


 政令による指定。


 そこが必要。


「豊橋市は未来で中核市になる」


「ああ」


「でも今はただの豊橋市」


「『ただの』って言い方もどうかと思うが」


「普通地方公共団体としての市、という意味です」


「最初からそう言え」


 はい。


「ところで」


 相馬先輩が言いました。


「何でこんな制度増やすんだ」


「政令指定都市とか中核市とか?」


「ああ」


 私は少し考えました。


 人口五万人の市。


 人口何十万人、何百万人の市。


 同じ『市』でも、


 行政需要は全然違う。


 大都市になるほど、


 保健。


 福祉。


 都市計画。


 環境。


 道路。


 行政サービスも複雑になる。


「全部を県経由で処理するより」


 私は言いました。


「能力のある大都市には、県の仕事の一部を任せた方が住民に近いところで処理できます」


「なるほど」


「だから指定都市」


「で、その中間も欲しくなった」


「はい」


 指定都市になるほどではない。


 でも。


 普通の市より人口も行政能力も大きい。


 そうした都市に、


 より多くの権限を移す。


「それで後から中核市制度ができる」


「そういう流れです」


 制度改正というのは。


 受験生を困らせるためではありません。


 行政の現実が変わる。


 だから法律も変わる。


「……たぶん」


「最後に弱気になるな」


「受験生時代は法改正のたびに恨んでたので」


「じゃあ」


 片桐所長が言いました。


「昨日の事件に戻れ」


「はい」


「浜松が将来指定都市になることは、昨日の焼却施設の件に関係したか」


「しません」


「豊橋が将来中核市になることは」


「しません」


「何を見た」


「昭和六十三年現在の権限です」


「具体的に」


 私はノートを新しいページにしました。


 一。


 湖西市。


 普通地方公共団体。


 二。


 浜松市。


 普通地方公共団体。


 昭和六十三年時点では指定都市ではない。


 三。


 豊橋市。


 普通地方公共団体。


 昭和六十三年時点では中核市制度そのものが存在しない。


 四。


 湖西・浜松広域衛生施設組合。


 地方公共団体の組合。


 特別地方公共団体。


「焼却施設事業の主体は」


「組合」


「組合の構成団体は」


「湖西市と浜松市」


「豊橋市は」


「構成団体ではない」


「なのになぜ名前が出た」


「県境方面の搬入道路など、事実上の影響が及ぶ可能性があったから」


「そうだ」


 ここ。


 きれいです。


 法的な構成員であるか。


 事実上影響を受ける自治体であるか。


 別問題。


「豊橋市が中核市かどうかじゃなかった」


「そうだ」


「浜松市が政令指定都市かどうかでもなかった」


「そうだ」


「組合規約と、事業の具体的影響を見る」


「そこだ」


 私は線を引きました。


 ――肩書より事務。


「それで」


 相馬先輩がノートを覗き込みます。


「組合は何なんだ」


「一部事務組合です」


 複数の地方公共団体が、


 一部の事務を共同で処理するために設ける。


 今回なら、


 ごみ処理施設。


「湖西市と浜松市は、それぞれ市として残ってる」


「はい」


「全部が合併したわけじゃない」


「はい」


「ただ、ごみ処理の一部だけを組合に持たせてる」


「そうです」


 だから。


 ごみ処理施設の土地。


 契約。


 予算。


 質問書。


 そこでは組合が前に出る。


 一方。


 湖西市も浜松市も消えるわけではない。


「杉山さんが最初に困ったのは」


 私は言いました。


「市と組合の区別が、住民から見えなかったことです」


「そうだな」


 窓口は似ている。


 職員も兼務。


 管理者も市長。


 だから、


 『市の事業じゃありません』


 だけで終わると。


 住民は、


 それなら誰なんですか。


 となる。


「法律上、別法人だという説明は正しい」


「うん」


「でも、正しい相手まで案内しないと実務では住民が迷子になる」


「そうだ」


「だから行政書士側で相手を特定した」


「うん」


「質問書の宛名も組合」


「うん」


「組合議会への陳情も準備した」


「そうだ」


 分類が、


 ただの暗記ではなくなる瞬間です。


「広域連合は?」


 相馬先輩が聞きました。


「来ましたね」


「昨日お前が言ってたやつだ」


 私は、


 昭和六十三年。


 と大きく書きます。


「ありません」


「こっちは本当に未来制度か」


「はい」


 現代の地方公共団体の組合には、


 一部事務組合。


 広域連合。


 があります。


 しかし。


 昭和六十三年に、


 広域連合制度はまだ存在しない。


「じゃあ昨日」


「『広域連合にすれば』と言った私は、未来制度を勝手に持ち込みかけました」


「また事故だな」


「はい」


 広域連合は、


 より広域的・総合的に事務を処理するための制度。


 長を置く。


 広域計画を作る。


 国や都道府県からの権限移譲も想定されている。


「でも」


 私は赤字で書きます。


 ――昭和六十三年には使えない。


「便利そうでも?」


「使えない」


「未来では正しくても?」


「使えない」


「知ってても?」


「使えない」


「よし」


「何の訓練ですかこれ」


「地方自治法って」


 私は言いました。


「昭和と現代を並べると、本当に景色が違いますね」


「そんなにか」


「かなり」


 昭和六十三年。


 機関委任事務がある。


 広域連合なし。


 中核市なし。


 総合区なし。


 指定管理者制度なし。


 外部監査制度なし。


 国地方係争処理委員会なし。


「未来、増えるな」


「増えます」


「何でだ」


「地方分権が進むからです」


 ここで。


 私は大きく書きました。


 平成十一年。


 地方分権一括法。


「未来の地方自治法の大転換です」


「何が変わる」


「一番大きいのは、機関委任事務の廃止」


 昭和六十三年。


 地方公共団体の長は、


 ある事務について、


 国の機関として扱われることがあった。


 国から強い指揮監督を受ける。


「市長なのに国の機関?」


 相馬先輩が言います。


「そういう構造です」


「変な感じだな」


「現代から見ると、かなり」


 地方自治といいながら。


 国の手足として処理する事務が大量にある。


 だから。


 国と地方の上下関係が強かった。


「未来では?」


「機関委任事務を廃止して」


 自治事務。


 法定受託事務。


 へ再編。


「国と地方も」


 私は書きます。


 上下・監督。


 から。


 対等・協力。


 へ。


「完全に国の関与がなくなるわけじゃないですよ」


「そりゃそうだろ」


「でも、地方を国の下請け機関として扱う構造を改める」


「なるほど」


 私は昨日の浜松市を思い出しました。


 大きいから上。


 小さいから下。


 そうではない。


 国と地方についても。


 現代は、


 昔ほど単純な上下関係では整理しない。


「地方自治って」


 私は言いました。


「制度改正の歴史そのものが、『誰が決めるか』の歴史なんですね」


 所長がこちらを見ました。


「続けろ」


「昭和は、国が強く握っている仕事が多い」


「うん」


「そこから少しずつ地方へ権限を移す」


「うん」


「大都市には大都市向けの権限配分も作る」


「指定都市や中核市か」


「はい」


「自治体を越える仕事には共同処理の仕組みを作る」


「一部事務組合や、未来の広域連合」


「はい」


 全部。


 別々に見えて。


 同じ問いへ繋がっている。


 誰が処理するのが一番いいか。


 私はノートへ大きく、


 政令指定都市と中核市の違い。


 と書きました。


「ここは現代の試験用です」


「急に未来へ帰るなよ」


「比較だけです」


 政令指定都市。


 人口五十万人以上。


 政令で指定。


 都道府県から多くの事務が移される。


 行政区を置く。


 一方。


 中核市。


 人口二十万人以上。


 政令で指定。


 指定都市が処理できる事務のうち、


 政令で定めるものを処理する。


「つまり」


 相馬先輩が言います。


「指定都市の方が権限が広い」


「基本的にはそうですね」


「中核市はその一段手前みたいな」


「覚え方としては分かりやすいです」


「で、浜松が未来の指定都市」


「はい」


「豊橋が未来の中核市」


「はい」


「昭和六十三年は?」


「浜松市も豊橋市も、その肩書では扱わない」


「よし」


 完全に口頭試問です。


「もう一つ」


 片桐所長が言いました。


「肩書が変わるとは、何が変わる」


「名前?」


「違う」


「ですよね」


 私は考えます。


「事務の配分」


「そうだ」


 政令指定都市になる。


 中核市になる。


 これは。


 看板に金色の文字が増えるだけではありません。


「県が処理していた仕事の一部を、市が直接処理するようになる」


「うん」


「だから住民から見ると、申請先や担当行政庁が変わることがある」


「そうだ」


「許認可を誰が出すかも変わり得る」


「そうだ」


 あ。


 またです。


 昨日と同じ。


 結局。


 誰が権限を持っているのか。


 そこへ戻ってくる。


「政令指定都市とか中核市を覚える意味って」


 私は呟きました。


「肩書当てじゃないんですね」


「今さらか」


「はい」


「行政書士が見るのは?」


「誰が処分庁か」


「誰が事務を処理するか」


「はい」


「誰に申請するか」


「はい」


「そこだ」


 私は大きく丸をつけました。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「杉山さんの事件を一行で言え」


「無茶振り」


「やれ」


 考えます。


 焼却施設。


 一部事務組合。


 湖西市。


 浜松市。


 豊橋市。


 県境。


 未来の政令指定都市。


 未来の中核市。


 現代と昭和。


「……」


「遅い」


「今まとめてるんです!」


 そして。


 書きました。


 ――自治体の肩書ではなく、その時代に誰がその事務を持っているかを見る。


「それだ」


 片桐所長が言いました。


 私は止まりました。


「所長、褒めました?」


「事実を言った」


「それ、所長式の褒め言葉ですよね」


「知らん」


 嬉しい。


 そのとき。


 電話が鳴りました。


 私が取ります。


「はい、片桐行政書士事務所です」


『杉山です』


「あ、杉山さん」


『説明会、終わりました』


「どうでした?」


『聞いてきましたよ』


「煙?」


『はい』


「トラック?」


『はい』


「候補地の比較?」


『はい』


「県境側の道路は?」


『それも』


 杉山さんの声は、


 最初に事務所へ来た日より明るかった。


『豊橋の方へ車を回す案も、まだ決まってないそうです』


「そうですか」


『でも必要なら豊橋市とも話をするって』


「ちゃんと答えました?」


『はい』


『あとね』


「何でしょう」


『浜松側の候補地でも説明会をしたそうです』


「本当ですか」


『ええ』


 私は相馬先輩を見ました。


 親指を立てる。


「何だ」


「あとで」


 電話へ戻ります。


『私ね』


 杉山さんが言いました。


「はい」


『最初、浜松市の方が大きいから、浜松市が全部決めてるんだと思ってたんです』


「私も似たような勘違いをしかけました」


『そうなの?』


「はい」


『でも違うんですね』


「はい」


『湖西市と浜松市が一緒にやる仕事だから、組合が決める』


「そうです」


『豊橋は組合じゃないけど、影響があれば話をする』


「はい」


『何となく分かってきました』


「私もです」


 杉山さんが笑いました。


『先生たちも分からないことあるのね』


「私は見習いですから」


『あら』


「所長は分かってます」


 奥から、


「余計なこと言うな」


 と聞こえました。


「聞こえました?」


『聞こえました』


 杉山さんがまた笑います。


『でも、ありがとうございました』


「いえ」


『誰に聞くのか分かっただけで、ずいぶん違いました』


「……はい」


 電話が切れました。


 私は受話器を置きました。


「説明会、浜松側でもやったそうです」


「そうか」


「県境側の道路も回答したって」


「そうか」


「杉山さん」


 私は少し笑いました。


「浜松市が大きいから、浜松市が全部決めてると思ってたそうです」


 相馬先輩がこちらを見ます。


「お前と一緒じゃねえか」


「そこ言わなくていいです」


「住民なら仕方ねえ」


「私は?」


「行政書士受験生だろ」


「差別的取扱いです」


「合理的理由がある」


「強い」


 私はノートの最後のページを開きました。


 今日のまとめ。


 まず。


 地方公共団体には法人格がある。


 普通地方公共団体。


 都道府県。


 市町村。


 特別地方公共団体。


 特別区。


 地方公共団体の組合。


 財産区。


 そして。


 大都市制度。


 政令指定都市。


 昭和六十三年にも制度は存在する。


 ただし。


 浜松市はまだ指定都市ではない。


 中核市。


 昭和六十三年には制度そのものがまだない。


 したがって。


 豊橋市を中核市として扱ってはいけない。


 現代。


 浜松市は政令指定都市。


 豊橋市は中核市。


 しかし。


 現代の肩書を、


 昭和六十三年へ持っていくことはできない。


「ここです」


 私は二重線を引きました。


「制度があるか」


「うん」


「その自治体が、その地位を持っているか」


「うん」


「二つ分けて確認する」


「そうだ」


 政令指定都市は、


 制度はある。


 浜松市はまだ違う。


 中核市は、


 制度自体まだない。


 豊橋市も当然違う。


「この差、かなり大事ですね」


「ああ」


「『昔だから全部なかった』でまとめたら間違い」


「雑に時代で切るなってことだ」


「はい」


 法律は。


 時代ごとに丸ごと入れ替わるわけではない。


 一つずつ。


 制度ができる。


 自治体が指定される。


 要件が変わる。


 権限が動く。


 だから。


 年表だけでは足りない。


「その時点で」


 私は言いました。


「何が施行されていて」


「うん」


「誰が指定されていて」


「うん」


「誰がその事務を持っているか」


「そこまで見ろ」


「はい」


 片桐所長が帳簿を閉じました。


「一行」


「来ましたね」


「書け」


 私はノートの下段を空けました。


 政令指定都市。


 中核市。


 湖西。


 浜松。


 豊橋。


 組合。


 昭和。


 現代。


 全部を思い浮かべる。


 そして。


 書きました。


 ――肩書は未来から持ち込むな。その時代の権限を、その時代の法律で見る。


「どうです」


 相馬先輩が覗き込みます。


「まあいい」


「褒めました?」


「気のせいだ」


「今日もそれですか」


 でも。


 もう一行。


 書きたくなりました。


 ――大きい市が上なのではない。仕事を持つ者が、その仕事の責任を負う。


「二行になってるぞ」


「どっちも捨てられません」


「一行の覚え書きだろ」


「じゃあ合体します」


 少し考えて。


 最後に書きました。


 ――自治体は肩書や大きさで見るな。その時代に権限を持つ者を見ろ。


「長い」


「内容優先です」


「試験直前に読みにくい」


「じゃあ超短縮版」


 さらに。


 小さく。


 ――未来を見るな。今の権限を見ろ。


 相馬先輩が黙ります。


「これは?」


「前よりいい」


「褒めた!」


「気のせいだ」


「絶対褒めましたよね」


 私は地図を畳みます。


 湖西市。


 浜松市。


 豊橋市。


 三つの名前。


 未来を知っている私には、


 そこへいろいろな文字が浮かびます。


 政令指定都市。


 中核市。


 行政区。


 総合区。


 広域連合。


 自治事務。


 法定受託事務。


 でも。


 昭和六十三年の机に置けるのは、


 昭和六十三年に存在する制度だけ。


 未来の制度は、


 比較することはできても、


 使うことはできません。


 そして。


 たとえ制度そのものが昔から存在していても。


 浜松市がまだその地位を持っていなければ、


 浜松市を指定都市として扱うことはできない。


 法律は。


 未来の私が何を知っているかではなく。


 その日に、


 何が施行されているかで動く。


「こはる」


 所長が言いました。


「帰るぞ」


「はい」


「地図にまた書いたか」


「何をです?」


 所長が指差します。


 見る。


 浜松市の横。


 小さく。


 未来・政令指定都市。


 豊橋市の横。


 未来・中核市。


「……復習用です」


「消せ」


「またですか!」


「明日の仕事で使う地図だ」


「でも区別できるようになりましたよ」


「昨日四回間違えた」


「今日一回も間違えてません!」


「一日で信用は戻らん」


「行政処分より厳しい!」


 相馬先輩が笑います。


「ほら、消せ」


「はいはい」


 消しゴムを取ります。


 浜松市。


 未来・政令指定都市。


 消す。


 豊橋市。


 未来・中核市。


 消す。


 最後に、


 市名だけが残りました。


 浜松市。


 豊橋市。


「……やっぱり寂しい」


「十分だろ」


 相馬先輩が言います。


「役所は勲章つけて仕事してんじゃねえ」


 私は手を止めました。


「今の、いいですね」


「何が」


「役所は勲章つけて仕事してるんじゃない」


「適当に言っただけだ」


「ノートに書いていいです?」


「やめろ」


 書きました。


「おい」


「今日の裏教訓です」


「消せ」


「嫌です」


「所長」


「残しておけ」


「何でだよ!」


 珍しく所長が私の味方です。


 私は笑いながらノートを閉じました。


 地方自治法。


 都道府県。


 市町村。


 指定都市。


 中核市。


 特別区。


 組合。


 財産区。


 名前だけなら、


 ただの分類です。


 でも。


 その名前の向こうには、


 誰が住民に向き合うのか。


 誰が申請を受けるのか。


 誰が施設を造るのか。


 誰が責任を取るのか。


 という現実がある。


 だから。


 未来の肩書を知っていることより。


 今日の権限を間違えないことの方が、


 ずっと大事です。


 昭和六十三年。


 浜松市は、


 まだ未来の政令指定都市ではありません。


 豊橋市には、


 まだ未来の中核市という肩書そのものがありません。


 でも。


 二つとも、


 この日もちゃんと地方公共団体として、


 住民の暮らしを背負っていました。


 肩書がなくても。


 自治はある。


 肩書が変われば。


 権限も変わる。


 だから私は、


 次から必ず確認します。


 いつの法律か。


 どんな制度か。


 誰が指定されているのか。


 そして。


 その仕事の宛先は、


 今日、


 どこなのか。


 ――未来を見るな。今の権限を見ろ。


 これなら。


 たぶんもう、


 浜松市役所で、


「何区ですか?」


 なんて聞かずに済みそうです。


「こはる」


「はい」


「明日、浜松へ行くぞ」


「え」


「組合の規約変更の確認だ」


「分かりました」


「受付で変なこと言うなよ」


「言いませんよ」


「『政令指定都市なのに区がない』とか」


「言いませんって!」


「『中核市との違いは』とか」


「それ豊橋でしょう!」


 相馬先輩が吹き出しました。


 所長まで、


 ほんの少し口元を緩めました。


 どうやら。


 未来人としての信用が回復するには、


 地方分権改革より、


 もう少し時間が必要らしいです。

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