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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政事件訴訟法

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284/416

[無効等確認の訴え]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の事務所には、


 昼間に追い返したはずの疑問が、


 だいたい戻ってきます。


 昭和六十三年。


 夕方。


 片桐行政書士事務所。


 私は机の上に三枚の紙を並べていました。


 一枚目。


 長谷川源一さんに届いた固定資産税の納税通知書。


 二枚目。


 督促状。


 三枚目。


 私が勝手に書いた紙。


 ――このまま進めば、滞納処分?


「……嫌な三段活用ですね」


「何がだ」


 向かいで相馬先輩が煙草に火をつけます。


「課税。督促。差押え」


「最後だけ品詞が違うだろ」


「そこじゃないです」


 私はノートを開きました。


 今日の見出しは、


 大きく。


 ――無効等確認の訴え。


 その横に、


 小さく。


 ――復活呪文ではない。


 と書いてあります。


 相馬先輩が覗き込みました。


「何だそれ」


「沢渡課長に言われたので」


「的確だったな」


「私、そんなに顔に出てました?」


「出てた」


「三か月過ぎても無効確認があるって聞いた瞬間?」


「ああ」


「……ちょっとだけ希望が」


「そういう奴が多いから、そこから整理しろ」


 はい。


 今日の復習は、


 そこからです。


「まず」


 私はペンを持ちました。


「取消しと無効」


「うん」


「ここを分けないと始まらない」


 行政行為には、


 たとえ違法があっても、


 権限ある機関によって取り消されるまでは有効なものとして扱われる。


 公定力。


 受験生だったころの私は、


 この言葉を見るたびに、


 役所の紙に妙なバリアでも張ってあるような気がしていました。


「でも」


 私は言いました。


「違法な行政処分が全部、最初から無効になるわけじゃない」


「そうだ」


「普通の違法なら、取り消されるまでは効力がある」


「うん」


「だから取消訴訟で倒す」


「そういうことだ」


 私はノートに書きます。


 取消し。


 違法な処分。


 しかし処分はひとまず有効。


 取消判決などによって効力を失わせる。


 その下。


 無効。


 重大かつ明白な瑕疵。


 最初から効力を認めない。


「この違い、昨日の長谷川さんで急に分かりました」


「どう分かった」


「普通の計算ミスとか、手続上の軽い違反なら、すぐ無効にはならない」


「うん」


「でも今回みたいに」


 私は納税通知書を指しました。


「土地を持っていない人に、その土地の固定資産税を課した」


 しかも。


 登記上の所有者は同姓同名の別人。


 住所も違う。


 市の課税台帳への紐付けを誤った。


「そもそも納税義務者として扱う土台が違っていた」


「だから無効の問題が出てくる」


「はい」


 ここで大事なのが、


 重大かつ明白な瑕疵。


「所長」


 私は奥を見ました。


「重大と明白、どう分けます?」


 片桐所長は帳簿を書いたまま答えました。


「重大は、違法の程度」


「はい」


「明白は、その違法が外から見ても明らかか」


「なるほど」


 私は書きます。


 重大。


 単なる些細な違法ではなく、


 処分の効力を最初から認めるべきでないほど深刻な瑕疵。


 明白。


 詳しい審理をしなければ誰にも分からないような隠れた欠陥ではなく、


 客観的に明らかな瑕疵。


「ただし」


 相馬先輩が言います。


「これも単純に機械判定するもんじゃねえぞ」


「ですよね」


「名前が一文字違ったら無効、とか」


「そんなチェック表じゃない」


「個別に見る」


「はい」


 私は丸で囲みました。


 ――重大かつ明白。


 これが無効の基本。


 ただし。


「昨日、市が自分で取り消しましたよね」


「ああ」


「裁判所が無効だと判断したわけじゃない」


「そうだ」


「だから長谷川さんの処分が、司法判断として無効だったと確定したわけではない」


「そこは間違えるな」


「はい」


 現場では、


 無効の可能性がある。


 このまま裁判になれば、


 市にリスクがある。


 そこまで精緻に組み立てたことで、


 市役所が職権で是正した。


 行政書士事務所としては、


 むしろそれで成功です。


「裁判にならずに済んだ」


「それが一番だ」


 片桐所長が言いました。


 そう。


 法律小説としては地味かもしれません。


 法廷で逆転判決!


 傍聴席どよめく!


 市役所側、蒼白!


 そういうのはありません。


 現実では、


 裁判になる前に役所が直してくれるなら、


 そっちのほうがずっといい。


 私はページをめくりました。


「じゃあ次」


「何だ」


「無効等確認の訴えって、正確には何を確認する訴えですか」


 相馬先輩が煙草を灰皿に置きます。


「処分や裁決の存否、または効力の有無」


「そうです」


 私はノートへ書きました。


 無効等確認の訴え。


 処分若しくは裁決の存否、


 又はその効力の有無の確認を求める抗告訴訟。


「『無効確認』って呼ばれますけど」


「ああ」


「法律上は、存在するかどうかまで対象なんですね」


「そういうことだ」


「処分がないのに、あることにされてる場合とか」


「あり得る」


「効力があるかないかを争う場合もある」


「うん」


 取消訴訟と同じく、


 行政庁の公権力の行使に対する抗告訴訟。


 でも。


 取消訴訟と違い、


 有効に存在する処分を後から消すのではなく、


 そもそも効力がない。


 あるいは処分そのものが存在しない。


 その確認を求める。


「先輩」


「何だ」


「無効なら、やっぱり確認判決なんか要らないんじゃないですか」


「またそこに戻るのか」


「理屈ではそうでしょう?」


「理屈ではな」


 そうなんです。


 無効なら、


 本来、


 最初から効力がない。


 なら、


 無視すればいい。


 ところが。


 現実の行政処分は、


 一枚で終わらない。


「昨日の課税処分」


「うん」


「そのままにすると督促」


「うん」


「さらに滞納処分」


「そうだ」


「差押えまで行くかもしれない」


「だから無効確認が必要になることがある」


 役所が、


 この処分は有効です。


 と思って動いている以上、


 こちらが、


 いや無効ですから。


 と家で唱えていても何も止まりません。


「無効って、魔法じゃないんですね」


「当たり前だ」


「役所にも効くように確認してもらわないと」


「言い方が怪しい」


 でも感覚としてはそうです。


 無効という法的評価を、


 現実の紛争解決につなげるために、


 確認判決が必要になることがある。


「ここからが本番です」


 私はノートに新しい見出しを書きました。


 ――無効等確認の訴えは、いつ提起できるのか。


「何でも無効なら訴えられるわけじゃない」


「そうだ」


「行政事件訴訟法三十六条」


 私は条文の構造を、


 自分なりに二つに分けました。


 一つ目。


 処分又は裁決に続く処分によって、


 損害を受けるおそれがある者。


 二つ目。


 その他、


 処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、


 現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない者。


「教材では」


 私は言います。


「前者を予防的無効確認、後者を補充的無効確認って整理します」


「名前より中身覚えろ」


「分かってます」


「お前は名前を覚えて満足するからな」


「受験生あるあるです」


 では。


 まず予防的。


「昨日の長谷川さんです」


「ああ」


「元の課税処分をそのままにすると」


「滞納処分」


「さらに差押え」


「うん」


「つまり、元の処分に続く別の処分によって損害を受けるおそれがある」


「だから無効確認の利益が出る」


「はい」


 私は矢印を書きました。


 課税処分。


 ↓


 督促。


 ↓


 滞納処分。


 ↓


 差押え。


「最初の課税処分が無効だと確認できれば」


「うん」


「後ろの処分の土台を消せる」


「そうだ」


「だから、後続処分による損害を予防する」


 これが、


 予防的無効確認。


「昨日の話、そのままですね」


「だから忘れねえだろ」


「たぶん一生、固定資産税を見ると長谷川さんを思い出します」


「本人には迷惑だな」


 次。


 私は少し大きく書きました。


 ――補充的無効確認。


「こっちがややこしい」


「お前が昨日唸ってたやつだな」


「はい」


 要件は大きく二つ。


 一つ。


 無効等の確認を求める法律上の利益がある。


 二つ。


 現在の法律関係に関する訴えでは、


 目的を達することができない。


「この二つ目が面倒なんですよ」


「なぜだ」


「無効なら無効確認すればいいじゃん、って思うから」


「だから駄目なんだ」


「はい」


 裁判所は、


 過去の処分について、


 ただ学問的に、


 あれは無効でしたね。


 と確認するためにあるわけではない。


 今ある紛争を、


 いちばん直接的に解決できる訴えがあるなら、


 そちらを使う。


「例えば」


 私は別のページを開きました。


「公務員が懲戒免職処分を受けた」


「うん」


「本人は、その免職処分が無効だと言いたい」


「うん」


「でも本当に欲しいものは?」


 相馬先輩が答えます。


「公務員としての地位だろ」


「そうです」


 なら。


 過去の免職処分が無効です。


 だけを確認してもらうより。


「私は現在も公務員としての地位を有する」


「それを確認してもらえばいい」


「はい」


 実質的当事者訴訟。


 現在の法律関係。


 公務員としての地位の確認。


「それで目的達成できます」


「ああ」


「なら原則として、わざわざ無効確認訴訟へ行く必要はない」


「そういうことだ」


 私はノートに書きました。


 処分の無効確認は、


 現在の法律関係を争う訴えで十分なら、


 そちらへ。


「過去を確認するより、今を決めろ」


 私が言うと、


 相馬先輩がこちらを見ました。


「それは覚えやすいな」


「ですよね」


「珍しく」


「余計です」


「もう一個あります」


「何だ」


「争点訴訟」


 私は土地の絵を描きました。


「下手だな」


「そこは見ないでください」


「何だこの四角」


「土地です」


「箱かと思った」


「法律を見てください!」


 例えば。


 土地収用。


 ある人の土地が公共事業のため収用された。


 本人は、


 収用裁決は無効だ。


 だから土地は今も自分のものだ。


 と主張したい。


「この場合」


 私は言いました。


「目的は、収用裁決の無効という肩書きをもらうことじゃない」


「土地を取り戻すこと」


「そう」


 そこで、


 現在の所有者とされている側を相手に、


 土地所有権確認の訴え。


 その民事訴訟の中で、


 前提問題として、


 収用裁決が有効か無効かを争う。


「これが争点訴訟」


「ああ」


「行政処分の効力が、民事訴訟の争点になる」


「だから争点訴訟」


「そのままですね」


「法律用語にはたまに親切な奴もいる」


「たまに」


 ここ。


 実質的当事者訴訟と似ています。


 どちらも、


 処分の無効確認を直接求めない。


 現在の法律関係を争う。


「違いは?」


 相馬先輩が聞きます。


「相手です」


「もっと言え」


「実質的当事者訴訟は、私人と行政主体との争い」


「うん」


「行政事件訴訟」


「うん」


「争点訴訟は、私人間の法律関係をめぐる民事訴訟」


「そうだ」


 例えば。


 公務員としての地位。


 相手は国や地方公共団体など行政主体。


 実質的当事者訴訟。


 一方。


 収用後の土地所有権。


 私人間の所有権争いとして現れるなら、


 民事訴訟。


 その中で行政処分の効力を争う。


「似てるけど、訴訟の種類が違う」


「そこは試験で狙われそうだな」


「狙われます」


「未来の試験を俺に教えるな」


「すみません」


 私は一度ノートを見直しました。


「じゃあ、補充的無効確認の意味は」


 所長が言いました。


「自分で言え」


「はい」


 私は少し考えます。


「現在の法律関係について別の訴えを起こせば、同じ目的を達成できるなら」


「うん」


「わざわざ過去の処分そのものの無効確認を求める必要はない」


「うん」


「それでは目的を達成できないときに、補充的に無効確認を使う」


「そうだ」


「だから補充的」


 分かってしまえば、


 名前どおりです。


「宅建業免許の例が分かりやすいですね」


「どういうのだ」


「免許申請をして、不許可処分を受けた人」


 処分前。


 宅建業免許はない。


 処分後。


 やっぱり免許はない。


「現在の法律関係を確認しようとしても」


「免許がない、で終わる」


「はい」


「でも本人が争いたいのは?」


「不許可処分そのもの」


「そう」


 不許可処分が無効なら。


 その処分を前提に、


 終わり。


 ではなく。


 申請について改めて判断してもらう余地が出る。


「だから」


 私は書きました。


 現在の法律関係だけ確認しても目的を達成できない。


 ↓


 処分そのものの無効確認が必要。


「補充的無効確認」


「そういうことだ」


 なるほど。


 昨日、


 長谷川さんの件で私が、


 納税義務がないことを確認してもらえば済むんじゃないですか。


 と言ったとき。


 所長が、


 そこまで検討しろ。


 と言った意味が分かります。


「無効確認訴訟を使う前に」


 私は言いました。


「今の法律関係を直接争えないかを見る」


「ああ」


「それで目的が達成できるなら、そっち」


「そうだ」


「駄目なら無効確認」


「補充性だ」


 入口。


 やっぱり入口です。


「ところで」


 私はペンを止めました。


「無効確認って、取消訴訟みたいな出訴期間は?」


 相馬先輩がにやりとします。


「来たな」


「何ですか」


「昨日のお前が一番喜んだところ」


「喜んでません!」


「じゃあ答えろ」


 取消訴訟。


 昭和六十三年当時。


 処分を知った日から三か月。


 現代では六か月。


 ここは何度も痛い目を見てきました。


 でも。


「無効等確認の訴えには」


 私は言いました。


「取消訴訟のような出訴期間の制限はない」


「そうだ」


「だって最初から無効なら」


「うん」


「三か月経ったから急に有効になるのは変ですから」


「理屈はそうだ」


 ただし。


「だから期限を忘れた人の救済装置ではない」


 相馬先輩が言います。


「はい」


 ここ。


 超重要。


 取消訴訟の出訴期間を過ぎた。


 だから、


 無効だ!


 と言い換える。


 そんなことはできません。


「瑕疵が重大かつ明白でなければ」


「単なる取消事由」


「その場合は」


「出訴期間を過ぎれば厳しい」


「ですよね」


 私は赤線を引きました。


 ――無効確認は、取消訴訟の期限切れ対策ではない。


「沢渡課長、そのまま試験対策本を書けそうですね」


「本人に言ってみろ」


「嫌です」


「ここで」


 私は少し迷いました。


「昭和と現代の違いなんですけど」


「また未来か」


「でも今回は、無効等確認そのものは大枠が続いてるんですよね」


「なら何が違う」


「周りの救済制度です」


 平成十六年の行政事件訴訟法改正。


 現代では、


 取消訴訟の出訴期間が、


 三か月から六か月へ延長された。


 さらに。


 義務付け訴訟。


 差止訴訟。


 法定化。


 仮の義務付け。


 仮の差止め。


 そういった救済手段が整備された。


「昭和六十三年には?」


 相馬先輩が聞きます。


「ありません」


「義務付けは?」


「法定されてません」


「差止めは?」


「法定されてません」


「仮の義務付け」


「ありません」


「仮の差止め」


「ありません」


「救済、薄いな」


「薄いんですよ!」


 思わず力が入りました。


 今の受験生から見ると、


 行政事件訴訟法にはいくつもの抗告訴訟類型が並んでいます。


 取消し。


 無効等確認。


 不作為の違法確認。


 義務付け。


 差止め。


 でも。


 昭和六十三年。


 義務付けや差止めは、


 法律上はっきり用意された一般的制度ではない。


 無名抗告訴訟として認められる余地が議論されるとしても、


 簡単に使える道ではない。


「だから当時は」


 私は言いました。


「すでにされた処分をどう争うかが、ものすごく重要」


「取消し」


「無効確認」


「不作為」


「はい」


「未来は入口を増やしたわけか」


「かなり」


 行政救済の実効性を高める方向。


 国民が、


 処分を消してください。


 だけではなく。


 行政庁に一定の処分をするよう求めたり。


 これからされる処分を止めたり。


 そういう救済も法律上明確に整備された。


「昔は?」


 私はノートへ書きます。


 行政裁判。


 入口が狭い。


 救済類型も少ない。


 期間も短い。


 仮の救済も限られる。


「そりゃ」


 相馬先輩が煙草を消しました。


「裁判なんて負け戦って言いたくもなる」


「先輩の口癖ですね」


「だからやるなら要件を揃えろ」


「はい」


 その言葉が、


 前より少し重く聞こえました。


 行政事件訴訟法は、


 違法な行政を正す正義の剣。


 だけではない。


 入口を間違えれば、


 剣を抜く前に終わる法律でもある。


 私はノートに表を作りました。


「整理します」


「勝手にしろ」


「聞いてください」


「嫌だ」


 奥から片桐所長。


「聞け」


「はい」


 強い。


「処分に普通の違法がある」


「取消訴訟」


「重大かつ明白な瑕疵がある」


「無効の問題」


「その無効を確認する必要がある」


「無効等確認の訴え」


「ただし」


「出たな」


「後続処分で損害を受けるおそれがある」


「予防的」


「または」


「法律上の利益があり、現在の法律関係に関する訴えでは目的達成できない」


「補充的」


「現在の法律関係を争えば目的達成できるなら」


「そっちを使う」


「公務員の地位確認なら」


「実質的当事者訴訟」


「私人間の所有権確認などで、行政処分の効力が前提問題になるなら」


「争点訴訟」


「完璧」


「自分で言うな」


「いいじゃないですか」


 私はさらに書きました。


 実質的当事者訴訟。


 私人対行政主体。


 行政事件訴訟。


 争点訴訟。


 私人対私人。


 民事訴訟。


「ここも並べると分かりやすい」


「混ぜるなよ」


「はい」


「でも所長」


 私は言いました。


「昨日の長谷川さんって、結局どのルートだったんでしょう」


「何が」


「もし市役所が訂正しなかった場合です」


 課税処分。


 督促。


 将来の滞納処分。


「予防的無効確認がまず考えられる?」


「考えられる」


「後続処分による損害のおそれ」


「そうだ」


「ただ」


「うん」


「納税義務不存在確認など、現在の法律関係に関する訴えで目的達成できる余地も検討する」


「そこまでだ」


 所長が言いました。


「実際の訴訟類型は弁護士と詰める」


「はい」


 大事な線引きです。


 私たち行政書士が、


 じゃあこの訴訟で行きましょう。


 と代理して訴状を出すわけではない。


 事実を集める。


 資料を揃える。


 処分の内容。


 到達日。


 後続処分のおそれ。


 現在の法律関係。


 ほかの救済手段。


 そこまで整理する。


「そして」


 相馬先輩が言いました。


「弁護士に渡したとき、最初から調べ直させねえ」


「はい」


「市役所に持っていくなら」


「無視できない形にする」


「それだ」


 行政書士の戦い方。


 裁判所で殴り合わない。


 裁判になる前に、


 相手が、


 このまま行ったら危ない。


 と分かる材料を積む。


 それで行政内部が動けば、


 一番早い。


 ちょうどそのとき。


 電話が鳴りました。


 私が取ります。


「はい、片桐行政書士事務所です」


『総務課の沢渡です』


 またこの人です。


「はい」


『長谷川さんの件で一点』


「まだ何か?」


『今回の同姓同名者の名寄せ処理について、過去分も点検したところ』


「はい」


『別に二件、確認が必要な案件が出ました』


 私は思わず背筋を伸ばしました。


「二件?」


『まだ誤課税と確定したわけではありません』


「はい」


『ただ、住所不一致のまま同一人として処理された可能性があります』


「……そうですか」


 長谷川さん一人だけではなかった。


『税務課で確認します』


「お願いします」


『それと』


「はい」


『朝比奈さん』


「何でしょう」


『昨日お話しした無効確認の件ですが』


「復活呪文じゃありません」


『まだ何も言っていません』


「先回りしました」


 電話の向こうで、


 一秒。


 沈黙。


『学習されたようで』


「しました」


『では質問です』


「何ですか」


『懲戒免職処分が無効だとして、現在も公務員の地位を有することの確認で目的が達せられる場合は?』


 突然の口頭試問。


「実質的当事者訴訟」


『土地収用裁決の無効を前提に、私人間で所有権確認を争う場合は?』


「争点訴訟」


『処分に続く処分による損害のおそれがある場合』


「予防的な無効確認」


『現在の法律関係の確認では目的を達成できない場合』


「補充的な無効確認」


『三か月過ぎた場合』


「何でも無効になるわけじゃない!」


『よろしい』


「先生ですか!」


 電話が切れました。


 私は受話器を置きました。


「何だった」


 相馬先輩が聞きます。


「沢渡課長の抜き打ち試験」


「受かったか」


「満点です」


「自己採点だろ」


「絶対満点でした」


 片桐所長がぽつりと言いました。


「最後」


「え?」


「無効確認の核心は」


 また試験ですか。


 私は少し考えました。


「重大かつ明白な瑕疵がある処分について」


「うん」


「その効力がないことを、現実の権利救済のために確認する訴え」


「もう一つ」


「現在の法律関係に関する訴えで足りるなら、そちらを使う」


 所長が頷きました。


「それでいい」


 よし。


 私はノートの最後に、


 一行の覚え書きを書くことにしました。


 まず。


 ――重大かつ明白なら無効。


「短すぎるな」


 相馬先輩が言います。


「ですよね」


 消します。


 次。


 ――無効確認は、取消し期限切れの逃げ道ではない。


「沢渡の受け売りだな」


「悔しい」


 これも消します。


 さらに。


 ――過去の処分を確認する前に、今の法律関係で救えるかを見る。


「悪くねえ」


「でも無効そのものが抜けてる」


「じゃあ足せ」


 考えます。


 そして。


 書きました。


 ――無効確認は「最初から効かない」を確かめる訴え。ただし、今を争えば足りるなら今を争う。


 相馬先輩が黙りました。


「どうです?」


「長い」


「またそれですか」


「一行ではある」


「でしょう?」


「覚えられるならいいんじゃねえか」


 私はその一文を四角で囲みました。


 長谷川さんの課税処分。


 市は間違いを認めた。


 処分は取り消された。


 差押えも来ない。


 だから。


 無効等確認訴訟は実際には起こさなかった。


 それでも。


 もし、


 市が間違いを認めなかったら。


 三か月を過ぎています。


 もう無理です。


 それだけで終わっていたら。


 存在しない土地の税金を、


 存在する借金のように背負わされるところでした。


 法律は、


 期限を守れ。


 訴訟類型を選べ。


 利益を示せ。


 ほかの訴えで足りるか考えろ。


 入口で何度も立ち止まらせます。


 冷たい。


 本当に冷たい。


 でも。


 その厳格さの中に、


 最初から効力を認めてはいけないほど壊れた行政処分には、


 別の扉が残されています。


 取消しではない。


 無効。


 そして。


 その無効を確認する必要がある人には、


 無効等確認の訴え。


 ただし。


 もっと直接、


 今の権利関係を争うことで救われるなら、


 そちらへ行く。


 法律は、


 昔の間違いに名前を付けることより、


 今困っている人を、


 どう救うかを見ています。


「……ちょっと好きになりました」


 私が呟くと、


 相馬先輩が眉を上げました。


「行政事件訴訟法を?」


「少しだけ」


「明日は嫌いになってるだろ」


「否定できません」


 そのとき。


 机の端に置いてあった、


 長谷川さんの自転車ベルが目に入りました。


 チリン。


 鳴らしてみます。


「何だ」


「警告です」


「何の」


「訴訟類型を間違えそうなとき鳴らします」


「うるせえからやめろ」


「出訴期間を忘れそうなときも」


 チリン。


「やめろ」


「補充性を忘れそうなときも」


 チリン。


「朝比奈」


 片桐所長が低い声で呼びました。


「はい」


「それ以上鳴らしたら」


「鳴らしたら?」


「没収」


「財産権侵害!」


「現在の法律関係を確認しろ」


 相馬先輩が言います。


「そのベルは今、所長の机にある」


 見れば。


 いつの間にか片桐所長がベルを持っていました。


「返してください!」


「嫌だ」


「所有権確認の訴えを!」


「誰を被告にする」


「所長!」


「私人間なら民事だな」


 相馬先輩が笑います。


「争点訴訟です!」


「何を争点にする」


「没収行為の無効!」


「行政処分じゃねえ」


「じゃあ返してください!」


 所長が一度だけ、


 ベルを鳴らしました。


 チリン。


「却下」


「だから所長は裁判所じゃない!」


 夕暮れの片桐行政書士事務所に、


 小さなベルの音が響きます。


 取り消すべきもの。


 最初から効かないもの。


 今の地位を確認すべきもの。


 私人同士で争うべきもの。


 法律は、


 似たような困りごとに、


 わざわざ違う入口を作っています。


 面倒です。


 ものすごく面倒です。


 でも。


 入口を正しく選べたとき。


 昨日まで、


 「もう遅い」


 の一言で閉じていたはずの扉が、


 ほんの少し、


 開くことがあります。


 私はノートの最後の一行を、


 もう一度見ました。


 ――無効確認は「最初から効かない」を確かめる訴え。ただし、今を争えば足りるなら今を争う。


 そしてその横に、


 小さく書き足しました。


 ――三か月を過ぎても慌てるな。でも、喜ぶのはもっと早い。


 相馬先輩が横から覗き込みました。


「二行になってるぞ」


「これは補足です」


「一行の覚え書きだろ」


「現在の法律関係だけでは目的達成できません」


「意味が違う」


 チリン。


 片桐所長がまたベルを鳴らしました。


「棄却」


「だからそのベル返してください!」


 無効等確認の訴えより先に、


 私はどうやら、


 自転車ベルの所有権確認から勉強し直す必要がありそうでした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
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