[訴訟参加]法理編 こはるノート
裁判の外にいる人でも、
判決の外にいるとは限りません。
夕方。
片桐行政書士事務所。
西日が窓から斜めに差し込み、机の端に積んだ書類の影を長く伸ばしていました。
杉浦さんの建築確認の件は、提携先の宮坂弁護士へ引き継いだばかりです。
机の上には、私が作った一枚の相関図。
左に杉浦文雄さん。
右に東浜開発株式会社。
下に建築確認をした建築主事。
その周りに、関係しそうな行政庁。
中央には赤鉛筆で、
――建築確認処分。
と書いてあります。
「……増えたなあ」
私は呟きました。
「何がだ」
向かいで相馬先輩が煙草をくわえます。
「登場人物です」
「最初からいたぞ」
「裁判になってから見える人が増えた感じがするんですよ」
「だから最初からいたって言ってんだろ」
「分かってますけど」
私は相関図を見ました。
杉浦さんが原告。
建築確認をした行政庁が被告。
昭和六十三年だから、
現代のように市そのものを被告にするのではなく、
処分をした行政庁を被告にする。
そこまでは、もう何度も頭に叩き込みました。
でも。
今回のテーマは、その外側。
原告でも被告でもない。
なのに、
裁判の結果によって自分の権利が動く人。
そして、
処分をした行政庁とは別の行政庁。
私はノートを開きました。
大きく書きます。
――訴訟参加。
「今日はこれです」
「勝手にやれ」
「先輩」
「嫌だ」
「まだ何も頼んでません」
「どうせ付き合えって言うんだろ」
「理解が早い」
「嫌だ」
そこで奥から片桐所長の声。
「付き合え」
「……はい」
今日も権力構造が分かりやすい。
私はまず、
ノートを二つに分けました。
一つ。
第三者の訴訟参加。
二つ。
行政庁の訴訟参加。
「これ、似てますけど別物ですね」
「そりゃそうだ」
「どっちも裁判に途中から入ってくるから、受験生の頭だと一緒の箱に入れたくなるんですよ」
「入れるな」
「はい」
まずは第三者。
私は昨日の東浜社長を思い出しました。
土地を買った。
設計した。
下請けとも契約した。
市の建築主事から建築確認を受けた。
その確認を前提にマンションを建てようとしている。
ところが。
近隣住民の杉浦さんが、
その建築確認を取り消せ、
と取消訴訟を起こす。
もし杉浦さんが勝てば。
建築確認は取り消される。
東浜開発は、
その確認を前提に建物を建てられなくなる。
「つまり」
私は言いました。
「東浜開発は、訴訟の結果によって権利を害される第三者」
「そうだ」
「ここでいう第三者って」
私はペンを止めます。
「単に裁判に関係ありそうな人、ではないですよね」
「当たり前だ」
「近所で噂を聞いた人とか」
「違う」
「建設会社の取引先全部とか」
「広げすぎだ」
「ですよね」
片桐所長が帳簿から顔を上げました。
「判決の結果で、その者の権利が害されるかを見る」
「はい」
私は線を引きました。
――訴訟の結果により権利を害される第三者。
ここが出発点。
「じゃあ」
相馬先輩が言いました。
「東浜開発は、なぜ入れる」
「建築確認が取り消されたら、自分が受けた確認を前提に建築できる立場が失われるから」
「うん」
「つまり判決が、自分の権利に直接刺さる」
「昨日からその言い方気に入ってんな」
「覚えやすいので」
私はノートの端に書きました。
――第三者参加=判決が自分の権利に刺さる人。
「試験答案に書くなよ」
「書きません!」
「で」
相馬先輩が言います。
「東浜開発が参加したいって言えば、自動的に参加できるのか」
「できません」
「誰が決める」
「裁判所」
「どうやって」
「決定で」
「よし」
私は少し得意になりました。
「第三者の訴訟参加は、裁判所の決定が必要です」
「きっかけは」
「三つあります」
私は指を立てました。
一つ。
当事者の申立て。
二つ。
第三者自身の申立て。
三つ。
裁判所の職権。
「つまり」
私は言います。
「杉浦さん側や被告側から申し立てることもできる」
「ああ」
「東浜開発自身が、参加させてほしいと申し立てることもできる」
「ああ」
「そして誰も申し立てなくても、裁判所が必要と考えれば職権で参加させることもできる」
「そこまで」
「裁判所の決定」
「よし」
私は丸をつけました。
当事者。
第三者。
職権。
裁判所の決定。
受験問題では、
このあたりの主語をずらして聞いてきます。
「例えば」
私は言いました。
「第三者が参加の申立てをすれば、当然に参加できる」
「誤り」
「裁判所の決定が必要」
「そうだ」
「当事者だけが申立てできる」
「誤り」
「第三者自身もできる」
「そうだ」
「裁判所は申立てがない限り参加させられない」
「誤り」
「職権でもできる」
「そうだ」
相馬先輩が嫌そうな顔をします。
「完全に試験勉強じゃねえか」
「事件で覚えたあとだから、頭に入るんです」
「なら勝手にやれ」
「逃げないでください」
私は次の項目に線を引きました。
――あらかじめ、当事者及び第三者の意見を聴かなければならない。
「ここ、地味ですよね」
「地味だな」
「でも大事」
「大事だ」
「裁判所が、『はい、今日から東浜開発も入ってください』と突然決めるわけじゃない」
「そうだ」
「その前に、当事者と第三者の意見を聴く」
「そうだ」
私は昨日の杉浦さんの顔を思い浮かべました。
建設会社まで出てくるのか。
敵が増えるじゃないか。
そう言っていた。
もし裁判所が何の説明もなく、
突然第三者を訴訟に加えたら。
原告側だって戸惑う。
一方で、
第三者だって。
何の前触れもなく、
あなたの権利がこの裁判に関係するので参加してください、
では困る。
「だから意見を聴く」
私は言いました。
「手続の中に入れる前に、関係者にちゃんと口を開く機会を与える」
片桐所長が頷きました。
「参加そのものが、その者の手続上の立場を変えるからな」
「はい」
私は一行書きました。
――参加決定の前に、関係者の意見を聴く。
「でも」
私はペンを止めました。
「第三者参加って、そもそも何のためにあるんでしょう」
相馬先輩が煙草を灰皿へ落とします。
「昨日所長が言っただろ」
「最初からいる利害関係人を、見えないことにしない」
「そうだ」
「でも法理としてもう少し」
「めんどくせえな」
「勉強会なんですから」
「俺は参加申立てしてねえ」
「職権です」
「誰の」
「所長の」
相馬先輩が黙りました。
強い。
私は話を続けます。
取消訴訟では、
ある行政処分を取り消すかどうかが争われる。
しかし行政処分の中には、
取消されることで、
原告と被告以外の人の権利利益に大きな影響を与えるものがある。
建築確認。
営業許可。
免許。
競争関係にある者への処分。
いろいろあります。
「杉浦さんだけ見れば」
私は言いました。
「建築確認を取り消してほしい」
「うん」
「行政庁だけ見れば、確認は適法だった」
「うん」
「でも東浜開発からすれば」
「確認を取り消されたら困る」
「はい」
だったら。
その人を裁判の外へ置いたまま、
処分を取り消すかどうか決めてしまうのは、
手続として危うい。
「だから参加制度がある」
「そういうことだ」
片桐所長が言いました。
「判決によって権利を害される者に、訴訟で主張する機会を与える」
「なるほど」
私はノートに書きます。
――第三者参加は、判決で権利を動かされる人を、手続から排除しないための仕組み。
「ちょっと長いな」
「分かればいいんです」
「次」
私は見出しを変えました。
――行政庁の訴訟参加。
「第三者参加との違い」
相馬先輩が聞きます。
「人じゃなくて行政庁」
「雑」
「でも入口はそれです」
今回。
建築確認をしたのは建築主事。
ただし、
一つの行政事件について、
処分をした行政庁以外の行政庁が、
関係する法令や権限、専門的な事情を持っていることもある。
そこで。
裁判所が、
その行政庁を訴訟に参加させる必要があると認めたとき。
処分または裁決をした行政庁以外の行政庁を、
訴訟に参加させることができる。
「大事なのは」
私は言いました。
「処分をした行政庁以外、というところ」
「そうだ」
「処分庁はそもそも被告になってる」
昭和六十三年では。
ここも時代差があります。
現代なら、
取消訴訟の被告は国または公共団体。
でも当時は、
処分をした行政庁。
「あ」
私は思わず額を押さえました。
「どうした」
「この時代の行政庁参加、現代法の感覚で考えると頭がごちゃつきます」
「勝手に未来を持ち込むからだ」
「だって頭の中にあるんですもん」
「捨てろ」
「無茶言わないでください」
片桐所長が静かに言います。
「時代ごとに整理しろ」
「はい」
私はノートに二列作りました。
昭和六十三年。
取消訴訟の被告。
処分をした行政庁。
現代。
国または公共団体。
「だから昭和の事件では」
私は言いました。
「処分庁そのものが被告として前面に出てくる」
「ああ」
「そのうえで、別の行政庁を参加させる仕組みがある」
「そうだ」
「現代は被告適格の仕組み自体が変わってる」
「未来の話は試験まで取っとけ」
「今の私は未来から来た受験生なんです!」
「知らん」
私は気を取り直して、
行政庁参加の要件を書きました。
――裁判所が必要であると認めるとき。
「第三者参加との書きぶり、少し違いますよね」
「言ってみろ」
「第三者参加は、『訴訟の結果により権利を害される第三者があるとき』」
「うん」
「行政庁参加は、『処分又は裁決をした行政庁以外の行政庁を訴訟に参加させることが必要であると認めるとき』」
「うん」
第三者の場合、
その人自身の権利が判決で害される。
一方、
行政庁参加は、
別の行政庁の権利を守るためという話ではない。
「裁判所が、審理のために必要だと見るんですね」
「そうだ」
私はノートに整理しました。
第三者参加。
その第三者の権利が、訴訟結果によって害される。
行政庁参加。
処分庁等とは別の行政庁について、訴訟参加が必要と裁判所が認める。
「目的を混ぜると危ないですね」
「ああ」
「行政庁は『自分の権利を守るため』に参加するわけではない」
「行政庁の権限や立場が事件審理に必要だからだ」
「はい」
「じゃあ行政庁参加も」
相馬先輩が聞きます。
「勝手に入ってくるのか」
「入りません」
「誰が決める」
「裁判所」
「決定で」
「はい」
「きっかけ」
「三つ」
私はまた指を立てました。
一つ。
当事者の申立て。
二つ。
その行政庁の申立て。
三つ。
裁判所の職権。
「第三者参加と似てるな」
「そこが試験で混ざりやすいんですよ」
「なら並べろ」
「はい」
私は左右に書きました。
第三者参加。
当事者の申立て。
第三者自身の申立て。
職権。
裁判所の決定。
行政庁参加。
当事者の申立て。
その行政庁の申立て。
職権。
裁判所の決定。
「ほぼ同じ形ですね」
「ああ」
「ただし、誰を参加させるかが違う」
「そうだ」
そして。
参加決定前の意見聴取。
第三者参加では、
当事者及び第三者の意見を聴く。
行政庁参加では、
当事者及びその行政庁の意見を聴く。
「ここも対応してますね」
「そう覚えりゃいい」
私は矢印を書きました。
第三者を参加させる前。
当事者+第三者。
行政庁を参加させる前。
当事者+当該行政庁。
「こういう対称形、受験生は好きです」
「受験生代表みたいに言うな」
「かなり代表的な気持ちです」
そこで私は、
昨日の東浜社長の言葉を思い出しました。
――裁判になるなら、こっちの話も聞いてほしい。
「所長」
「何だ」
「第三者参加って、結局、手続保障なんですか」
「そういう面が強い」
「判決で権利が動くなら、その前に主張する機会を与える」
「ああ」
「参加しないまま、知らないところで自分に不利な結果だけ飛んでくるのを避ける」
「そうだ」
私は頷きました。
なるほど。
昨日の現場では、
杉浦さんから見ると、
建設会社という『敵』が裁判に入ってくる制度に見えた。
でも法理として見れば違う。
誰かに不利な判決を及ぼす可能性があるなら、
その人にも手続に関与する機会を与える。
「敵を増やす制度じゃない」
私は言いました。
「権利を動かされる人を黙らせない制度」
相馬先輩がこちらを見ます。
「それで覚えとけ」
「はい」
私は二重線を引きました。
「でも」
私は次の疑問を書きました。
「第三者が参加したら、その人は当事者になるんですか」
相馬先輩が煙草を止めました。
「そこ、今日の教材に入ってるか?」
「詳しくは入ってません」
「なら広げるな」
「ですよね」
危ない。
行政法は、
一つ疑問を追うと隣の条文へ、
その隣の条文へ、
さらに民事訴訟法へ、
どんどん連れていかれます。
今日は、
参加できるのは誰か。
どういう手続で参加させるか。
そこまで。
「範囲管理」
私は呟きました。
「逃げただけだろ」
「試験勉強では勇気ある撤退です」
私はノートに、
今回の杉浦さんの事件をそのまま書き出しました。
原告。
杉浦文雄。
近隣住民。
建築確認取消訴訟を検討。
被告。
建築確認をした行政庁。
昭和六十三年だから行政庁自身。
第三者。
東浜開発。
建築確認を受けた建築主。
確認が取り消されれば、
マンション建築に関する権利利益が害される。
したがって、
訴訟の結果により権利を害される第三者として、
訴訟参加の問題が生じる。
「きれいに教材どおりですね」
「現場はきれいじゃなかったけどな」
「ですね」
杉浦さんは怒っていた。
東浜社長も困っていた。
役所は役所で、
確認は適法だと言っていた。
でも。
法理に落とすと。
誰の権利が、
どの判決で、
どう動くか。
そこへ整理される。
法律の冷たさ。
今日も健在です。
そして。
たぶんその冷たさが必要です。
「行政庁参加も事件に当てはめると?」
片桐所長が聞きました。
「はい」
私は姿勢を正しました。
「建築確認をした建築主事以外にも、この件に関係する行政庁がある可能性がある」
「うん」
「その行政庁が持つ法令上の立場や資料、専門的な関係などから、訴訟に参加させる必要があると裁判所が認めれば」
「うん」
「当事者、その行政庁の申立て、または職権で、裁判所の決定によって参加させられる」
「その前に」
「当事者と、その行政庁の意見を聴く」
「よし」
私はほっと息を吐きました。
「これ、口で言うと意外と長い」
「条文なんだから当たり前だ」
「もっと一発で覚えられませんかね」
「勝手に作れ」
私は考えました。
第三者参加。
判決で権利が傷つく人。
行政庁参加。
審理に必要な別の行政庁。
共通。
申立てまたは職権。
裁判所の決定。
事前に意見聴取。
「できました」
「何が」
「覚え方」
私はノートに書きます。
――権利が刺さる第三者。審理に要る別行政庁。呼ぶのは裁判所、決める前には意見を聴く。
相馬先輩が眉を寄せました。
「長い」
「一行です」
「一行なら何でもいいと思ってるだろ」
「だめですか」
「覚えられるならいい」
「褒めた」
「気のせいだ」
私はさらに、
昭和六十三年と現代の違いを整理しました。
「今回の制度そのものは」
私は言います。
「第三者参加も行政庁参加も、現代にもあります」
「なら未来で大きく変わってねえのか」
「このテーマの中心部分は、仕組みとして残ってます」
「珍しいな」
「でも周辺が違います」
「例えば」
「被告適格」
私はノートに書きました。
昭和六十三年。
取消訴訟では、
処分をした行政庁が被告。
現代。
国または公共団体が被告。
「ここが変わるだけでも、訴訟全体の見え方が違うんですよね」
「そうだな」
「昭和だと、建築主事そのものが被告として前に出る」
「うん」
「現代なら市が被告になる」
「うん」
「でも、処分に関係する行政庁の訴訟参加という制度は別に存在する」
「そう整理しろ」
私は線を引きました。
それから。
現代には、
義務付け訴訟。
差止訴訟。
仮の義務付け。
仮の差止め。
制度として用意されている。
でも昭和六十三年には、
義務付けや差止めは法定抗告訴訟として整備されていない。
「また出た」
相馬先輩が言いました。
「何がです?」
「お前の未来自慢」
「自慢じゃないです。昭和の厳しさ確認です」
私は杉浦さんの事件を思い出します。
もし現代なら、
工事が迫る局面で、
どんな訴訟類型や仮の救済が使えるか、
もっと制度的な選択肢を検討できる。
でも昭和六十三年。
武器が少ない。
その分、
取消訴訟の入口を落とさないこと。
執行停止を含め、
使える制度を正確に組み立てること。
そして。
誰が判決によって影響を受けるのか。
そこまで早く把握しなければならない。
「昔の行政訴訟って」
私は言いました。
「本当に入口から厳しいですね」
「今さらか」
「いや、事件ごとに実感が増していくんですよ」
期間は三か月。
被告は処分行政庁。
訴訟類型は今より狭い。
仮の救済も乏しい。
その上。
第三者の利害。
別行政庁の関与。
考えることが多い。
「だから」
片桐所長が言いました。
「訴訟になる前の整理が要る」
「はい」
「弁護士へ何を渡す」
私は答えました。
「処分通知」
「うん」
「処分日と知った日」
「うん」
「原告適格に関係する事実」
「うん」
「訴えの利益」
「うん」
「処分をした行政庁」
「うん」
「管轄」
「うん」
「それから、取消しによって権利を害される第三者」
「うん」
「必要になりそうな他の行政庁」
所長が頷きました。
「それでいい」
行政書士は、
訴訟代理人にはなれない。
法廷で杉浦さんの代わりに主張することはできない。
でも。
法廷へ入る前に、
地図を作ることはできる。
誰がいる。
何が争点になる。
どの期限が迫っている。
どの行政庁が関係する。
どの第三者の権利が動く。
それを整理して、
弁護士へ渡す。
「行政書士って」
私は呟きました。
「裁判の入口の交通整理みたいですね」
相馬先輩が笑います。
「地味だな」
「地味ですけど」
私は昨日の杉浦さんの顔を思い出しました。
「入口で転んだら、中身まで行けない」
「ああ」
「だったら地味でも大事です」
「珍しく分かってる」
「珍しくは余計です」
そのとき。
電話が鳴りました。
私が取ります。
「はい、片桐行政書士事務所です」
『杉浦です』
「あ、杉浦さん」
『宮坂先生と話しました』
「はい」
『裁判にするかどうか、もう少し資料を見て決めることになりました』
「そうですか」
『それでね』
「はい」
『東浜さんのことも説明されました』
少し間。
『参加するかもしれないって』
「はい」
『前なら、何であいつらまでって腹が立ったと思うんですが』
杉浦さんは苦笑したようでした。
『昨日、あなたに言われたでしょう』
「何をです?」
『自分が知らないところで話が決まったら嫌でしょうって』
「ああ」
『あれ、考えました』
私は黙って聞きました。
『向こうにも向こうの暮らしがあるんでしょうね』
「そうですね」
『だからって、こっちが我慢する気はないですよ』
「もちろんです」
『ちゃんと争うなら、ちゃんと全部出して争いたい』
「はい」
『そのほうが、あとで納得できます』
電話が切れたあと。
私はしばらく受話器を見ました。
「何だって?」
相馬先輩が聞きます。
「全部出して争いたいって」
「誰が」
「杉浦さん」
「へえ」
「東浜さんが参加するかもしれないことも、受け入れたみたいです」
片桐所長が静かに言いました。
「それでいい」
「はい」
勝つか負けるか。
それはまだ分かりません。
そもそも訴訟を起こすかどうかも、
これから宮坂先生と詰める。
でも。
少なくとも。
杉浦さんは、
裁判を相手を黙らせる場所だとは思わなくなった。
相手にも話させる。
行政庁にも話させる。
必要なら第三者も、
別の行政庁も入る。
そのうえで、
裁判所が判断する。
面倒です。
ものすごく面倒です。
でも。
権利を動かす判決だからこそ、
面倒でなければ困るのかもしれません。
私はノートの最後に、
大きく書きました。
――訴訟参加は、「裁判の外にいる人」を「判決の外にいる人」と勘違いしないための制度。
「長い」
相馬先輩が即座に言います。
「まだ一行です」
「もっと短くしろ」
「じゃあ」
私は考えます。
そして。
書き直しました。
――判決が届く人は、法廷の外に置かない。
相馬先輩が少し黙りました。
「まあ、それなら覚えられるか」
「でしょう?」
「ただし行政庁参加までそれでまとめるなよ」
「分かってます」
私はその下に小さく追記しました。
――第三者は権利が害されるから。行政庁は審理に必要だから。
「それ二行」
「補足です」
「一行の覚え書きって何なんだよ」
「気持ちです」
「法律に気持ち持ち込むな」
「川瀬さんのときも同じこと言ってませんでした?」
「言ってねえ」
「たぶん言ってます」
そこで。
片桐所長が机から一枚の紙を差し出しました。
「こはる」
「はい」
「東浜の手土産」
「返しましたよね?」
「返した」
「じゃあこれは?」
「礼状だ」
「礼状?」
見る。
東浜開発からの短い手紙でした。
――先日は突然の訪問にもかかわらず、ご対応ありがとうございました。手土産につきましてはお気遣いなく。
「ほら」
私は相馬先輩へ見せました。
「返して正解でしたね」
「煎餅一枚くらい良かっただろ」
「まだ言ってるんですか」
「結果によって俺の利益が害された」
「それ訴訟参加の要件じゃないですから」
「権利だ」
「煎餅を食べる権利なんてありません」
「期待権」
「発生してません!」
「信頼保護」
「何を信頼したんですか!」
「机に置かれた菓子は俺のもの」
「そんな行政慣行ありません!」
片桐所長が一言。
「仕事しろ」
「はい」
「はい」
二人そろって黙りました。
どうやら。
片桐行政書士事務所では、
訴訟参加より先に、
菓子参加の要件を厳格に定める必要がありそうです。
もっとも。
相馬先輩の煎餅利益まで救済し始めたら、
裁判所もさすがに困るでしょう。
私はノートを閉じました。
最後の一行だけ、
もう一度読みます。
――判決が届く人は、法廷の外に置かない。
たぶん。
今日のこれは、
試験が終わっても忘れないと思います。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




