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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政事件訴訟法

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272/396

[関連請求の併合]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の事務所は、ばらばらになったものを整理するのに向いています。


 電話が減る。


 来客が途切れる。


 机の上に残った書類だけが、


「さて、私たちは何の仲間でしょう」


 みたいな顔をして並んでいる。


 西野商会の件も、まさにそれでした。


 展示場使用許可取消処分。


 原状回復命令。


 工事工程表。


 撤去費用の見積書。


 展示会中止による損害。


 契約書。


 売上帳。


 全部、紙として見れば別物です。


 でも。


 一本、赤鉛筆で線を引けば。


 全部が、


 ――市道拡幅工事。


 という一点につながる。


「……関連請求」


 私はノートに大きく書きました。


「字面が地味」


 向かいで煙草に火をつけた相馬先輩が言いました。


「また始まった」


「だって地味じゃないですか」


「法律用語に華やかさ求めんな」


「『関連請求の併合』ですよ。小説の必殺技としては弱い」


「誰が必殺技にしろと言った」


「でも昨日、西野さんにはかなり大事でした」


「なら十分だろ」


 そう。


 そこです。


 関連請求の併合。


 受験生だったころの私は、


 行政事件訴訟法十三条。


 十六条。


 十七条。


 十八条。


 十九条。


 と番号を見ただけで、


 うっ。


 となっていました。


 似たような条文が並ぶ。


 併合。


 移送。


 共同訴訟。


 第三者。


 原告。


 口頭弁論終結まで。


 高裁なら同意。


 情報が散らかっています。


 でも。


 西野さんの件を見たあとなら。


 まず、一番大きな絵から入れる。


「所長」


「何だ」


「今日のテーマ、最初に一言で言うなら」


 片桐所長は帳簿を閉じました。


「同じ事件から出た争いを、なるべく一緒に審理する」


「ですよね」


「ただし」


「来た」


「何でも一緒にはならない」


「やっぱり来た」


 行政法。


 必ず条件を置いてきます。


 私はノートに書きました。


 ――関連請求の併合とは。


 取消訴訟と、それに関連する請求を、まとめて審理できるようにする仕組み。


「理由は?」


 相馬先輩が聞きます。


「別々にやると、審理が重複するから」


「具体的には」


「同じ事実を何度も調べる。同じ証拠を何度も出す。同じ関係者が何度も説明する」


「うん」


「裁判所ごとに判断が食い違う危険もある」


 先輩が頷きました。


「そこだな」


 昨日の西野さんなら。


 一つ。


 展示場使用許可取消処分の取消訴訟。


 二つ。


 原状回復命令についての取消し。


 三つ。


 営業できなかったことなどによる損害回復の請求。


 もし全部が全く別々に進めば。


 市道拡幅工事の必要性。


 工区。


 着工時期。


 展示場の位置。


 市の判断経過。


 西野さんへの説明。


 同じ事実を何度も審理することになる。


「非効率ですね」


「昨日、沢渡もそこは嫌がってただろ」


「『同じ資料を何度も出すのは非効率』って」


「役所らしい言い方だな」


「でも本音ですよね」


「だろうな」


 私は最初の見出しを書きました。


 ――行政事件訴訟法十三条。


 関連請求に係る訴訟の移送。


「まずこれです」


「移送」


「はい」


 取消訴訟。


 それと関連請求の訴訟。


 この二つが。


 別々の裁判所に係属してしまった。


 そういう場合。


「関連請求側の裁判所が」


 私は指で矢印を書きました。


 B裁判所。


  ↓


 A裁判所。


「取消訴訟が係属している裁判所へ、関連請求の訴訟を移すことができる」


「誰が動かす」


「申立て」


「だけか?」


「職権でも」


「そうだ」


 私は丸をつけます。


 申立てにより。


 または。


 職権で。


 関連請求の訴訟を。


 取消訴訟が係属している裁判所へ移送できる。


「ポイントは」


 私は言いました。


「取消訴訟を関連請求のほうに移すんじゃなくて」


「関連請求を?」


「取消訴訟の裁判所に寄せる」


「中心は取消訴訟ってことだ」


「はい」


 西野さんの件なら。


 仮に。


 展示場使用許可取消処分の取消訴訟がA裁判所。


 損害賠償請求がB裁判所。


 そうなった場合。


 相当と認められれば。


 B裁判所側の訴訟をA裁判所へ移す。


「昨日、私が言った『散らかった書類を一冊のファイルに戻す』ですね」


「まだその例え使うのか」


「分かりやすいので」


「じゃあ、そのファイルに入る書類を言ってみろ」


「え」


「関連請求って何だ」


 来ました。


 試験ポイント。


 私はノートに六つ並べました。


「六種類です」


 一。


 当該処分または裁決に関連する原状回復、または損害回復の請求。


 二。


 当該処分とともに一個の手続を構成する、ほかの処分の取消しの請求。


 三。


 当該処分に係る裁決の取消しの請求。


 四。


 当該裁決に係る処分の取消しの請求。


 五。


 当該処分または裁決の取消しを求める、ほかの請求。


 六。


 その他、当該処分または裁決の取消請求と関連する請求。


「長い」


 相馬先輩が言いました。


「だから嫌いだったんですよ」


「覚えろ」


「現場で理解します」


「逃げるな」


「逃げてません」


 私は一番目に丸をつけました。


「まず分かりやすいのはこれ」


 処分または裁決に関連する。


 原状回復。


 損害回復。


「昨日の西野さんなら」


 私は書きます。


 展示場使用許可取消処分。


  ↓


 展示場が使えない。


  ↓


 展示会中止。


 契約喪失。


 撤去費用。


「その損害について回復を求める請求」


「典型だな」


「教材でよく出るのは営業停止処分ですよね」


 営業停止処分を受ける。


 その取消しを求める。


 同時に。


 営業停止期間中に営業できなかった損害の賠償も求める。


「これを別々にやると」


 相馬先輩が言います。


「営業停止処分が違法だったかどうか、両方で調べることになる」


「そうです」


「なら一緒に見たほうが早い」


「それが関連請求の併合」


 次。


 二番。


 当該処分とともに一個の手続を構成する、ほかの処分の取消し。


「教材の典型例」


 私はノートに書きました。


 土地収用。


 事業認定。


 収用裁決。


「一個の流れとしてつながっている」


「そうだ」


「だから事業認定の取消訴訟と、収用裁決の取消訴訟を関連請求としてまとめられる」


「うん」


 昨日の西野さんの原状回復命令も。


 厳密にどの類型に当たるかは。


 法的根拠や処分関係を弁護士が詰める必要がある。


 でも。


 少なくとも。


 展示場使用許可取消し。


 そこから土地を返せ。


 物を撤去せよ。


 という流れ。


 関連性が強いことは明らかです。


「昨日、所長が断定しなかったのはそこですね」


「そうだ」


「関連してるから全部当然に二号、ではない」


「条文に当てはめる作業は別だ」


「はい」


 ここ大事です。


 小説の勢いで、


 同じ事件なら全部併合!


 では危険。


 関連請求に当たるか。


 どの類型か。


 訴訟の性質は何か。


 そこは個別に詰める。


「三号と四号」


 私は言いました。


「ここ、左右反転みたいで嫌なんですよ」


「言ってみろ」


「処分に係る裁決の取消し」


「うん」


「裁決に係る処分の取消し」


「うん」


「似てる」


「似てるが逆だ」


「だから嫌なんです」


 でも。


 図にすると簡単です。


 処分。


  ↓


 不服申立て。


  ↓


 裁決。


 その処分と裁決。


 両方の取消しが問題になる場合がある。


「関連する二つを一緒に扱える」


「そうだ」


 五号。


 当該処分または裁決の取消しを求める他の請求。


 六号。


 その他、取消請求と関連する請求。


「最後、かなり広いですね」


「漏れを拾うためだな」


「関連性があるものを全部一個ずつ列挙し切れませんからね」


 私はノートの横に書きました。


 六類型全部を。


 一言で。


 ――取消訴訟と、同じ行政事件の根っこから生えた請求。


「雑だな」


「覚えるためです」


「試験では条文見ろ」


「はい」


「次」


 私はページをめくりました。


 ――請求の客観的併合。


 行政事件訴訟法十六条。


「ここから『併合』が本格的に出てきます」


「客観的併合って何だ」


「一人の原告が、複数の請求を一緒に出す」


「そうだ」


 例えば。


 西野さんが。


 展示場使用許可取消処分の取消訴訟を起こす。


 そのとき。


 それに関連する損害回復の請求などを一緒に提起する。


「最初から一緒に出す形ですね」


「うん」


「これが客観的併合」


 そこで。


 私は赤ペンで注意書きをしました。


 ――第一審裁判所が高等裁判所の場合。


「来ました」


「昨日言っただろ」


「嫌な予感しかしない」


「何が要る」


「関連請求に係る訴えの被告の同意」


「そうだ」


 普通なら。


 関連請求を併合できる。


 でも。


 取消訴訟の第一審裁判所が高等裁判所の場合。


 関連請求側の被告の同意が必要。


「なんで高裁だけ特別なんです?」


 私は聞きました。


 片桐所長が答えます。


「本来なら別の裁判所で第一審を受けられる請求まで、高裁でいきなり審理されることになるからだ」


「あ」


 なるほど。


 通常。


 地裁で第一審。


 控訴して高裁。


 という請求が。


 取消訴訟にくっついたせいで。


 最初から高裁で審理される。


「審級の利益」


「そういう問題が出る」


 だから。


 関連請求の被告の同意が必要。


「でも」


 私は条文を追います。


「明示的に『同意します』って言わなくてもいい」


「どういう場合だ」


「被告が異議を述べないで、本案について弁論したり」


「うん」


「弁論準備手続で申述したとき」


「同意したものとみなす」


「はい」


 黙って中身の議論に入ったあとで。


「やっぱり併合は嫌です」


 とは言いにくい。


「法律って」


 私は言いました。


「時々、沈黙に意味を持たせますよね」


「異議あるなら早く言え、ってことだ」


「なるほど」


 次。


 行政事件訴訟法十七条。


 共同訴訟。


「これは人が増える話です」


「請求じゃなく?」


「請求も関連してますけど、人の数が増える」


 数人の原告が。


 それぞれ関連請求をする。


 そういう場合。


 一緒に共同訴訟人として訴えることができる。


 逆に。


 数人の被告が。


 関連請求として訴えられる場合も。


 共同訴訟人として一緒に訴えることができる。


「例えば」


 私は考えました。


「同じ行政計画で、複数の住民に別々の関連処分が出ている場合とか」


「あり得るな」


「一人ずつ完全に別裁判にしなくても、関連性があれば共同訴訟にできる」


「そういうことだ」


 ここも。


 要するに。


 同じ事実関係を何度も繰り返し審理する無駄を減らす。


 効率。


 整合性。


 そのための仕組みです。


「次がややこしいんですよ」


 私は言いました。


 行政事件訴訟法十八条。


 第三者による請求の追加的併合。


「第三者」


 相馬先輩が言いました。


「元からいた原告じゃない奴だな」


「はい」


 すでに取消訴訟が進んでいる。


 その途中で。


 第三者が、


「私にも、その事件に関連する請求があります」


 と入ってくる。


「いつまで?」


 先輩が聞きます。


「口頭弁論の終結に至るまで」


「誰を被告にする」


「その取消訴訟の当事者の一方」


「そして?」


「関連請求に係る訴えを、そこへ併合して提起できる」


 つまり。


 裁判が始まったあとでも。


 関連する第三者の請求を。


 同じ訴訟の場へ加えることができる。


「これ」


 私は言いました。


「完全に途中参加ですね」


「ゲームみたいに言うな」


「でも構造はそうです」


「口頭弁論終結までだぞ」


「はい」


 そして。


 ここにも。


 高裁特例。


 取消訴訟の第一審裁判所が高裁なら。


 関連請求の被告の同意が必要。


 異議を述べずに本案の弁論などをすれば。


 同意したものとみなされる。


「十六条と同じですね」


「そうだ」


「高裁なら同意」


「まずそこを押さえろ」


 そして十九条。


 原告による請求の追加的併合。


「十八条と何が違う」


 相馬先輩が聞きます。


「追加する人」


「具体的に」


「十八条は第三者」


「十九条は?」


「すでに取消訴訟を起こしている原告」


「そうだ」


 最初。


 取消訴訟だけ起こした。


 ところが裁判の途中で。


 関連する別の請求も一緒に争いたくなった。


「その場合」


 私は書きました。


 原告は。


 口頭弁論の終結に至るまで。


 関連請求に係る訴えを。


 取消訴訟へ併合して提起できる。


「これも追加的併合」


「第三者じゃなく原告本人」


「はい」


 そして。


 また。


 高裁なら被告の同意。


 異議なく本案に入れば同意みなし。


「十六、十八、十九」


 私は三つ並べました。


「似てます」


「違いを言え」


「十六条」


 取消訴訟を提起する最初の段階で、関連請求も一緒に出す。


「十八条」


 裁判の途中で、第三者が関連請求を加える。


「十九条」


 裁判の途中で、原告自身が関連請求を加える。


「それでいい」


「こう並べると急に分かりやすい」


 私はノートに表っぽく書きました。


 最初から一緒。


 ――十六条。


 途中から第三者。


 ――十八条。


 途中から原告。


 ――十九条。


「十七条は?」


「複数人で共同訴訟」


「十三条は?」


「別裁判所に散らばったら、取消訴訟の裁判所へ移送できる」


「よし」


 あ。


 急に全部つながりました。


 私は少し黙りました。


「何だ」


 相馬先輩が聞きます。


「行政事件訴訟法十三条から十九条って」


「うん」


「一個ずつ覚えると意味不明だったんですけど」


「うん」


「全部、『関連する事件をなるべく同じ法廷に集める』って方向なんですね」


「そうだ」


 十三条。


 裁判所が別々なら、移送。


 十六条。


 最初から請求を一緒に出す。


 十七条。


 人が複数なら共同訴訟。


 十八条。


 途中で第三者が加わる。


 十九条。


 途中で原告が請求を足す。


「そう考えると」


 私は言いました。


「全部、散らばるのを防ぐ条文だ」


 片桐所長が頷きました。


「そこを掴め」


 私は少し手を止めました。


「ただ」


「何だ」


「昨日の西野さんの件」


 取消処分。


 原状回復命令。


 損害。


「全部まとめられれば便利ですけど」


「うん」


「便利だから併合する、だけじゃないんですよね」


「当然だ」


 同じ証拠。


 同じ行政計画。


 同じ判断過程。


 なら。


 一緒に審理する合理性がある。


 でも。


 関連性が薄い請求まで詰め込めば。


 かえって訴訟は複雑になる。


「つまり」


 私は言いました。


「併合は、何でも一個にする技じゃない」


「そうだ」


「同じ根っこの争いを、必要な範囲で一つにする」


「それでいい」


 ここ。


 かなり大事です。


 関連請求。


 という名前が。


 便利な袋ではない。


 関係ないものまで全部放り込める袋ではない。


 取消訴訟との関連性が必要。


 同じ事実関係。


 同じ処分関係。


 一個の手続。


 損害回復。


 そういう法的つながりを見る。


「西野さんが最初に」


 私は思い出しました。


「『全部まとめて訴えてやる』って言ってましたよね」


「ああ」


「あれ、感情としては一個だった」


「怒りは一個だったな」


「でも法律上は」


 取消請求。


 別処分の取消請求。


 損害回復請求。


「一回ばらす必要があった」


「そうだ」


「で、ばらしてから」


「関連するものを?」


「まとめ直す」


 昨日の所長の言葉。


 全部同じと言えば雑。


 全部別と言えば、つながりを失う。


 今なら。


 かなりよく分かります。


     ◇


「じゃあ」


 私はノートの隅に書きました。


 ――関連請求の併合の目的。


 一。


 重複審理を避ける。


 二。


 訴訟経済。


 三。


 判断の矛盾を避ける。


「三つ目、いいですね」


「同じ行政処分について」


 片桐所長が言います。


「ある裁判所では違法」


「別の裁判所では適法」


「そういう食い違いをできるだけ避ける意味もある」


「同じ資料見て真逆だと困りますもんね」


「裁判所は別々に判断するから、絶対なくなるわけじゃない」


「でも、一緒に審理できるなら整合性は取りやすい」


「そうだ」


 効率だけではない。


 判断の統一。


 ここも重要。


 そこで私は。


 ふと。


 現代の行政事件訴訟法を思い出しました。


「所長」


「何だ」


「この関連請求の併合って」


「うん」


「昭和六十三年だから古くて使えない制度、ってわけじゃないですよね」


「当たり前だ」


「ここは現代でも基本的に残ってる」


 出訴期間。


 昭和。


 三か月。


 現代。


 六か月。


 被告。


 昭和。


 処分行政庁。


 現代。


 国または公共団体。


 義務付け訴訟。


 差止訴訟。


 昭和には法定されていない。


 現代では法定されている。


 行政事件訴訟法は。


 平成十六年改正で大きく変わった。


 でも。


「関連請求の併合の考え方そのものは」


 私は言いました。


「昔から必要だったんですね」


「事件が一つの行政作用から枝分かれすることは、昔も今も変わらん」


「なるほど」


 ここは。


 新旧比較で、


 全部が真逆になる単元ではない。


 むしろ。


 行政訴訟の入口が狭かった昭和でも。


 せめて。


 関連する争いを一つの場に集める仕組みは必要だった。


「ただし」


 相馬先輩が言いました。


「お前、昨日また差止めとか言いそうになってただろ」


「……言いかけました」


「昭和六十三年だぞ」


「分かってます」


「今みたいに法定の差止訴訟があると思うな」


「はい」


 痛い。


 ここは絶対ルールです。


 現代なら。


 行政庁がこれからする処分について。


 差止訴訟。


 一定の場合には義務付け訴訟。


 そういう法定抗告訴訟がある。


 でも。


 昭和六十三年。


 それらはまだ法定されていない。


 無名抗告訴訟として議論される余地はあっても。


 簡単に使えるカードではない。


「だから西野さんの件でも」


 私は言いました。


「『撤去される前に差止訴訟!』って現代知識で飛びつくと危ない」


「そうだ」


「まず今ある処分をどう争うか」


「うん」


「取消訴訟」


「うん」


「執行を止める必要があるなら、当時の仮の救済は執行停止」


「そういうことだ」


 ここで私は。


 ノートの左に昭和。


 右に現代。


 と書きました。


 昭和六十三年。


 取消訴訟の出訴期間。


 処分を知った日から三か月。


 被告。


 処分行政庁。


 法定された義務付け訴訟・差止訴訟。


 なし。


 仮の救済。


 執行停止。


 現代。


 取消訴訟の出訴期間。


 処分を知った日から六か月。


 被告。


 国または公共団体。


 義務付け訴訟。


 差止訴訟。


 法定。


「この辺は」


 私は言いました。


「改正で、国民側の入口がかなり広がった」


「昔は厳しかったからな」


「期間も短い」


「三か月」


「被告も間違えやすい」


「行政庁」


「訴訟類型も少ない」


「そうだ」


 だから。


 昭和の行政訴訟は。


 今以上に。


 何をどう組み立てるか。


 入口の段階で冷徹に整理する必要があった。


「関連請求の併合って」


 私は言いました。


「その厳しい時代でも、複数の争いを効率よく一緒に見るための仕組みなんですね」


「そういう位置づけでいい」


「ところで」


 相馬先輩が煙草を消しました。


「昨日、お前は西野に『同じ法廷へ』って言ってたな」


「はい」


「必ず同じ法廷になるのか」


「……ならない場合もあります」


「なぜ」


「関連請求に当たるかどうかの問題がある」


「うん」


「移送も『相当と認めるとき』」


「うん」


「高裁が関係すれば移送できない場合もある」


「そこ」


 来ました。


 十三条の注意点。


「取消訴訟または関連請求訴訟の係属する裁判所が」


 私は赤線を引きます。


 高等裁判所。


「この場合」


「移送できない」


「はい」


 昨日。


 相馬先輩が現場で急に言い出したやつです。


「やっぱり現場で言わなくてよかったじゃないですか」


「言ったから覚えただろ」


「悔しいけど」


「だろ」


 行政事件訴訟法十三条。


 関連請求の訴訟を。


 取消訴訟の裁判所へ移送できる。


 ただし。


 どちらかが高等裁判所に係属しているときは。


 移送できない。


「理由は?」


「裁判所の審級や管轄の問題が大きくなるから」


「ざっくりはそれでいい」


 私はノートを一度見直しました。


 関連請求。


 移送。


 客観的併合。


 共同訴訟。


 第三者の追加的併合。


 原告の追加的併合。


 いっぱいあります。


 でも。


 全部を一本の線でつなぐ。


「まとめます」


「やれ」


 まず。


 取消訴訟と関連する請求がある。


 最初から一緒に出したい。


 十六条。


 客観的併合。


 人が複数いる。


 十七条。


 共同訴訟。


 裁判が始まったあと。


 第三者が加わりたい。


 十八条。


 第三者による追加的併合。


 原告が請求を追加したい。


 十九条。


 原告による追加的併合。


 別々の裁判所に行ってしまった。


 十三条。


 関連請求訴訟を取消訴訟の裁判所へ移送。


「おお」


 私は思わず言いました。


「何だ」


「一本の流れになった」


「最初からそう覚えろ」


「受験生の頃の私に言ってください」


「知らねえよ」


「あと」


 私はペンを置きかけて。


 また持ちました。


「行政書士としての立ち位置」


「そこは書け」


 片桐所長が言いました。


 昨日。


 私たちは。


 裁判を起こしていません。


 西野さんの代理人として法廷に立ってもいない。


 行政書士は訴訟代理人ではない。


「じゃあ何をしたか」


 私は自分で答えました。


 処分を特定した。


 日付を確認した。


 工事工程を確認した。


 原状回復命令との関係を整理した。


 損害資料を集めた。


 処分取消しと損害回復が。


 同じ事実関係から生じていることを整理した。


「弁護士へ渡す材料を作った」


「そうだ」


「それだけで、市役所との交渉も変わった」


「うん」


 最初。


 西野さんが、


「裁判にしてやる!」


 と怒鳴った。


 沢渡課長なら。


「どうぞご自由に」


 で終わる。


 でも。


 出訴期間。


 被告。


 取消訴訟。


 関連する別処分。


 損害回復。


 共通資料。


 工事工程。


 それらを具体的に並べる。


 すると。


 役所側も。


 敗訴リスク。


 訴訟対応の負担。


 判断記録を開示したときの弱点。


 そういうものを計算し始める。


「行政書士は裁判できない」


 私は言いました。


「でも」


「うん」


「裁判になったら何が争点になるかを整理することはできる」


「そうだ」


「それを役所側も分かる形にする」


「そこまでやれば、訴訟になる前に動くこともある」


 西野さんの件。


 取消し時期を見直す。


 原状回復命令も連動して再検討。


 完全解決ではない。


 でも。


 処分を出した行政が。


 訴訟になる前に自分の判断を再確認した。


「昨日の反転って」


 私は言いました。


「裁判に勝ったからじゃないんですね」


「まだ裁判してないからな」


「勝てる形が見えたから、役所側が計算を始めた」


「そういうことだ」


 なるほど。


 訴訟というカード。


 切る前でも。


 きちんと組み立てて見せれば。


 交渉力になる。


 私はノートの最後のページに。


 大きく。


 今日の覚え書き。


 と書きました。


「一行ですよね」


「一行にしろ」


 相馬先輩が言います。


「今日は長くなりそう」


「駄目だ」


「内容多いんですよ」


「だから一行にしろ」


 私は考えました。


 関連請求。


 同じ事件。


 別請求。


 併合。


 移送。


 共同訴訟。


 追加。


 そして。


 一度ばらして。


 関連を見る。


 私は書きました。


 ――関連請求は、同じ根から生えた争いを、一つの法廷へ集め直す仕組み。


「まあまあだな」


 相馬先輩が言います。


「褒めました?」


「まあまあだと言った」


「それ、先輩基準だとかなり高評価ですよね」


「違う」


「じゃあ所長」


 片桐所長に見せます。


「どうです」


 所長は一度だけ見て。


「もう一つ足りない」


「何がです?」


「一度、分けることだ」


 私は止まりました。


「あ」


「最初から全部同じに見たら、何を併合しているか分からん」


「確かに」


 だから。


 西野さんの事件。


 最初に。


 取消処分。


 原状回復命令。


 損害。


 三つに分けた。


 そのあと。


 関連性を見た。


 そこで初めて。


 併合。


 という言葉が生きる。


 私は書き直しました。


 ――一度ばらして、つながりを見る。関連する争いは、一つの法廷へ。


「二文だな」


 相馬先輩が言います。


「句点で繋がってるから一行です」


「理屈が雑だ」


「内容が大事です」


 所長は少しだけ頷きました。


「それでいい」


 よし。


 窓の外。


 夕方の光が。


 西野商会の書類を赤く染めていました。


 取消処分。


 原状回復命令。


 損害。


 法律は。


 一つの出来事を。


 いったん細かく分けます。


 誰が。


 誰に。


 何を求める。


 どの処分を。


 どの裁判所で。


 いつまでに。


 何を根拠に。


 冷たいくらい。


 正確に分ける。


 でも。


 人間の出来事は。


 本当はそんなにきれいに分かれません。


 一つの処分で。


 店を失う。


 契約を失う。


 お金を失う。


 別の命令まで来る。


 家族まで巻き込まれる。


 被害は枝分かれします。


 だから法律は。


 分けるだけでは終わらない。


 関連しているなら。


 もう一度。


 同じ場所へ集める。


 関連請求の併合。


 地味な名前です。


 でも。


 ばらばらになった争いを。


「これは同じ根から出ています」


 と認める仕組みでもある。


 それは。


 人間の出来事を。


 法律の都合だけで完全に切り離さないための。


 小さな工夫なのかもしれません。


「こはる」


「はい」


 相馬先輩が机の上を指しました。


「それ全部、同じファイルに入れろ」


「またですか」


「関連してるだろ」


「法律上ですか?」


「業務上」


「もっと強い」


「あと工事工程表は前に」


「損害資料は?」


「後ろ」


「原状回復命令は?」


「取消処分の次」


「完全に請求の併合ですね」


「違う。ただのファイリングだ」


「でも思想は同じです」


「面倒くせえな」


 私は書類を揃えました。


 取消処分。


 原状回復命令。


 工事工程。


 損害資料。


 全部を一冊のファイルへ。


「所長」


「何だ」


「できました」


「見せろ」


 片桐所長が中身を確認します。


 数秒。


「こはる」


「はい」


「西野商会の過去の使用許可が抜けてる」


「え」


「別の棚だ」


「また増えるんですか」


「関連してる」


「便利すぎません、その言葉」


 相馬先輩が笑いました。


「今日習っただろ」


「何でも関連請求にしないでください!」


「誰も訴えてねえ」


「じゃあ業務的関連請求です!」


「勝手に制度作んな」


 私は棚から分厚い許可綴りを持ってきました。


 重い。


 昨日より。


 さらに重い。


 でも。


 机の上にばらばらに積むより。


 一冊にまとまったほうが。


 何の事件なのか。


 ずっと見えやすい。


 私はファイルを閉じました。


 表紙に。


 赤鉛筆で書きます。


 ――西野商会 市道拡幅工事関係。


「雑だな」


 相馬先輩が言います。


「じゃあ先輩が書いてください」


「嫌だ」


「そこは共同訴訟で」


「意味が違う」


「関連業務として」


「もっと違う」


 片桐所長が奥から言いました。


「こはる」


「はい」


「終わったら茶を入れろ」


「それ、今回の事件と関連してませんよね?」


「事務所業務に関連する」


「六号が広すぎる!」


 相馬先輩が吹き出しました。


 私は湯呑みを三つ並べながら。


 ノートの最後の一行を、もう一度見ました。


 ――一度ばらして、つながりを見る。関連する争いは、一つの法廷へ。


 関連請求の併合。


 どうやら。


 裁判でも。


 事務所でも。


 ばらばらになったものを整理する人が。


 一番忙しいようです。

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