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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政事件訴訟法

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266/274

[取消訴訟の出訴期間]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)


 夕方の時計は、昼間より少しだけ怖く見えます。


 仕事が終わる時間を教えてくれる。


 電車の時間も教えてくれる。


 夕飯の時間も教えてくれる。


 でも。


 法律の世界では、ときどき、


 ――あなたが権利を使える時間は、ここまでです。


 という意味で針が進んでいます。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 窓の外には、秋の夕暮れ。


 机の上には、


 本間昭吉さんの事件の時系列表。


 そして。


「……三か月」


 私は赤鉛筆で、その数字を丸く囲みました。


 七月二十二日。


 本間さんが、市役所から露店営業許可取消処分の通知を受け取った日。


 十月二十二日。


 取消訴訟の出訴期間を考えるうえで、絶対に見落とせない日。


 相談に来たのは十月十一日。


 残り十一日。


 数字にしてしまえば、たったそれだけです。


 けれど。


 あの日の本間さんの顔を思い出すと、


 十一日という数字が急に重くなります。


「先輩」


「何だ」


「今日は出訴期間です」


「知ってる」


「付き合ってください」


「嫌だ」


「昨日、栗を私の分まで食べた人に拒否権はありません」


「何だその法律」


「朝比奈こはる特別措置法です」


「違憲だ」


「まだ違憲審査してません」


「成立前だろ」


 相馬先輩が新聞を畳みました。


 何だかんだで付き合ってくれる。


 この人の面倒見のよさは、口の悪さに隠れています。


 もっとも、かなり分厚く隠れていますが。


 私はノートの一番上に書きました。


 ――取消訴訟の出訴期間。


「まず」


 私は言いました。


「出訴期間って何か」


 相馬先輩が煙草に火をつけます。


「訴えを出せる期間」


「そのままですね」


「そのままでいいだろ」


 はい。


 難しく考える必要はありません。


 出訴期間。


 つまり。


 取消訴訟を提起できる期間です。


 期間内なら、


 少なくともこの要件は満たす。


 でも。


 期間を過ぎてから取消訴訟を起こしても。


「中身を見てもらえない」


 私は言いました。


「却下」


「そうだ」


「ここが怖いんですよね」


 取消処分に問題があったか。


 行政庁の裁量がおかしくなかったか。


 理由は十分だったか。


 そういう話へ行く前に。


 ――遅い。


 それだけで入口が閉じる。


「却下と棄却を混ぜるなよ」


 相馬先輩が言いました。


「はい」


 ここも試験でよく出るところです。


 棄却。


 中身を審理したうえで、


 原告の主張は認められません。


 却下。


 そもそも訴訟要件を満たしていないので、


 中身に入りません。


「本間さんが十一日遅かったら?」


 私は聞きました。


「場合によっては、処分がどれだけ怪しくても入口で終わる」


「ですよね」


「だから最初に日付を調べた」


 そう。


 私たちは、


 火気の安全性より先に、


 役所の判断の妥当性より先に、


 まず通知日を探しました。


 本間さん本人は覚えていなかった。


 奥さんが、


 翌日が娘さんの誕生日だった。


 と覚えていた。


 家計簿にも、


 「市役所通知」


 と書いてあった。


 法律の教科書には、


 『処分があったことを知った日』


 と一行で出てきます。


 でも現場では。


 その「知った日」を決めるために、


 家族の誕生日や夫婦喧嘩まで掘り返すことがある。


「知った日って」


 私はノートに書きました。


 ――処分の存在を現実に知った日。


「通知書の日付じゃない」


「そうだ」


「発送日でもない」


「うん」


「本人が実際に処分の存在を知った日」


 ここ大事。


 処分が七月十八日にされた。


 だから七月十八日から自動的に主観的期間が走る。


 とは限らない。


 書類が後で届いたなら、


 その人が現実に処分の存在を知った日を見なければならない。


「だから本間さんの場合」


 私は時系列表を指します。


「処分日が七月十八日」


「うん」


「通知を受けて現実に知ったのが七月二十二日」


「うん」


「この二つを分けた」


「そうだ」


 受験生の頃なら。


 処分日。


 知った日。


 はい、違います。


 で終わっていました。


 でも。


 現場では四日の差。


 その四日が、


 生きることがある。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「今のお前なら何か月だ」


 来た。


 転生者殺し。


 私は一度、深呼吸しました。


「昭和六十三年の今は」


 赤鉛筆で大きく書く。


 ――三か月。


「よし」


「でも現代は」


 その横へ、


 未来。


 と書きました。


 ――六か月。


「そこです」


「何がだ」


「私が昨日、最初に地雷を踏んだところです」


 本間さんの通知を見て。


 七月。


 十月。


 私は、


 まだ六か月ある。


 と考えました。


 現代の行政事件訴訟法なら、


 原則として、


 処分または裁決があったことを知った日から六か月。


 でも。


 昭和六十三年当時は。


 処分を知った日から三か月。


「半分ですね」


「そうだな」


「短い」


「昨日も言ってたな」


「今考えても短いです」


 三か月。


 役所と話す。


 家族と相談する。


 不服申立てを考える。


 専門家を探す。


 証拠を集める。


 生活もある。


 仕事もある。


 そうやっていると、


 本当に簡単に過ぎる。


「だから後に六か月へ延びた」


 私は言いました。


「救済の機会を広げる方向に改正されたわけですね」


 相馬先輩が煙を吐きました。


「未来の話は知らん」


「そうでした」


「でも」


 奥から片桐所長の声。


「三か月が短いという感覚は分かる」


「所長もですか」


「現場を見ればな」


 所長は帳簿から目を上げません。


「ただし、長ければ長いほどいいわけでもない」


「行政の法律関係がいつまでも不安定になるから?」


「そうだ」


 出訴期間には、


 二つの顔があります。


 一つは。


 国民の裁判を受ける機会を制限する顔。


 もう一つは。


 行政処分をめぐる法律関係を、


 いつまでも不安定なままにしないための顔。


「だから期間を切る」


 私は言いました。


「そうだ」


「でも短すぎると救済できない」


「そういうことだ」


 つまり。


 出訴期間は、


 ただ意地悪に置かれているわけではない。


 行政の安定と、


 国民の救済。


 その間で線を引く制度。


 その線が、


 昔は三か月。


 現代では六か月。


 改正って、


 こういう線を引き直す作業なのかもしれません。


 私は次の見出しを書きました。


 ――主観的期間。


「今の話がこれですね」


「そうだ」


 処分または裁決があったことを知った日から、


 一定期間。


 本人が現実に知ったことを基準にするから、


 主観的期間。


「でも」


 私は言いました。


「これだけだと問題ありますよね」


「何が」


「本人がずっと知らなければ、永久に取消訴訟できることになる」


「だからもう一本ある」


 はい。


 私は次の行に書きました。


 ――客観的期間。


 処分または裁決の日から一年。


「ここは現代でも一年」


「そうなのか」


「はい」


「じゃあ未来のお前も一個は覚えられるな」


「言い方」


 主観的期間は、


 本人が現実に知った日から数える。


 でも。


 それとは別に、


 処分または裁決の日から一年という外側の期限がある。


「だから二本の時計が動く」


 私はノートに時計を二つ描きました。


 一つ。


 知った日から動く時計。


 もう一つ。


 処分の日から動く時計。


「どちらかが先に切れたら?」


「原則として取消訴訟はできなくなる」


「そうです」


 今の法律なら。


 主観的期間は六か月。


 客観的期間は一年。


 ただし。


 正当な理由がある場合には、


 例外的に期間経過後でも訴えられる余地がある。


「正当な理由って言えば何でも延びる?」


 相馬先輩が聞きます。


「当然駄目でしょうね」


「じゃあ病気なら?」


「事情次第」


「仕事が忙しかった」


「それだけで簡単に通るなら期間制度が崩れます」


「知らなかった」


「単なる法律の不知だけで何でも救われるわけじゃない」


「なるほど」


 例外は、


 例外だから意味があります。


 正当な理由。


 便利な言葉に見えますが、


 「困ってました」


 で自動延長される魔法ではない。


 ここを当てにして期限管理をするのは危険です。


「だから実務では」


 片桐所長が言いました。


「例外を期待するな」


「期間内に動け」


「そうだ」


 冷たい。


 でも一番安全です。


 私はノートに書きました。


 ――正当な理由は救済弁。最初から頼るな。


「試験ノートにしては口が悪いな」


「相馬先輩の影響です」


「俺のせいにすんな」


 次。


 私は少し手を止めました。


 本間さんの事件で、


 一番ややこしかったところ。


 不服申立て。


「本間さん、八月三日に異議申立てしてました」


「ああ」


「これがなかったら、話はかなり違ってました」


 出訴期間は、


 処分だけを基準にするとは限らない。


 教材でよく見る言い回し。


 ――処分または裁決。


「この『または裁決』が大事なんですよね」


「説明してみろ」


 私は少し考えてから話し始めました。


 処分に対して、


 まず行政不服申立てをした。


 そしてその裁決を経てから取消訴訟へ進む。


 そういう場合には。


 出訴期間は、


 処分の時だけを見るのではなく、


 その後の裁決を基準に考えることになる。


「つまり」


 相馬先輩が言います。


「不服申立てやってる間に、最初の処分からの期間が全部消えるわけじゃねえと」


「そこを整理して考える必要があります」


「じゃあ本間さんは安心か」


「それが危ないんです」


「ほう」


 私はノートに、


 安心禁止。


 と書きました。


「不服申立てしてるから裁決が出るまで何年でも放っといていい、とは考えない」


「当然だな」


「まず、その不服申立てが適法か確認」


「うん」


「そもそも、どんな手続として受理されているか確認」


「うん」


「個別法で不服申立て前置が必要なのかも確認」


「うん」


「そして裁決が出たら、その裁決を基準に期間を計算する」


「そこまでやって初めて安心できる」


「はい」


 本間さんの場合。


 八月三日の異議申立書。


 市の受領印。


 市役所側も、


 適法な不服申立てとして実体審理中だと確認できた。


 だからこそ。


 弁護士へつなぐ材料として、


 不服申立ての経過が重要になった。


「昨日、沢渡課長に何度も聞きましたもんね」


「何を」


「受理してますか。却下予定じゃないですか。実体審理してますか」


「ああ」


 あれは役所を困らせるための質問ではありません。


 裁判へ進むとき、


 その不服申立てが何だったのか。


 そこが曖昧だと、


 期間の議論まで崩れる。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「不服申立てを出しとけば、裁判の期限を止められると思っとけばいいのか」


「雑に覚えると危険です」


「ほら来た」


「行政法は『とりあえず』で覚えると後ろから刺してきます」


 特に。


 審査請求前置主義。


 ここです。


 私は新しい見出しを書きました。


 ――審査請求前置主義。


「名前から嫌な予感しかしねえな」


「行政法の用語、だいたいそうですよ」


 原則として。


 取消訴訟は、


 行政不服申立てを先にやらなければならない。


 とは限らない。


 直ちに取消訴訟を提起できる場合もあります。


 でも。


 個別の法律が、


 まず審査請求をして、その裁決を経てからでないと訴訟を起こせない。


 と定めていることがある。


 それが。


 審査請求前置主義。


「前置」


 相馬先輩が言います。


「先に置けってことか」


「ざっくり言えばそうです」


 まず不服申立て。


 その後に訴訟。


 この順番を守れ。


 という制度。


「じゃあ」


 相馬先輩が私を見る。


「期間内に裁判を起こしても、先に審査請求しなきゃいけない事件でしてなかったら?」


「却下されます」


「期間守ってても?」


「守ってても」


「面倒くせえな」


「だから怖いんです」


 時間だけ合っていればいいわけではありません。


 期限内に訴えた。


 はい合格。


 ではない。


 必要な不服申立てを経ていない。


 なら。


 やっぱり入口で止まる。


「出訴期間って単元なのに」


 私は言いました。


「期間だけ見ちゃ駄目なんですよね」


「裁判は全部つながってるからな」


 そう。


 訴訟要件は、


 一個ずつ独立した暗記カードではない。


 期間。


 原告適格。


 処分性。


 訴えの利益。


 被告適格。


 前置。


 全部揃って、


 やっと入口を通れる。


 でも。


 ここでまた疑問。


「先輩」


「何だ」


「前置主義で、役所がずっと裁決しなかったら?」


「裁判できねえな」


「原則だけならそうなる」


「ひどいな」


「だから例外があります」


 私は三つ番号を書きました。


 一。


 審査請求があった日から三か月を経過しても裁決がないとき。


 二。


 処分、処分の執行または手続の続行によって生じる著しい損害を避けるため、緊急の必要があるとき。


 三。


 その他、裁決を経ないことについて正当な理由があるとき。


「ここです」


 私は一を丸で囲みました。


「本間さんの事件で、市役所に圧力がかかったところ」


 本間さんは八月三日に異議申立て。


 十月十一日の時点で、


 二か月以上。


 もしさらに長引けば。


 三か月という線が近づく。


「役所が答えを出さないことで、永遠に裁判を止めることはできない」


「そりゃそうだ」


「だから一定期間裁決がなければ、前置主義でも裁決を待たずに訴訟へ進める例外がある」


「合理的だな」


「沢渡課長みたいなこと言いますね」


「殴るぞ」


 次。


 著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき。


 これも本間さんの事件と重なります。


 露店営業許可を取り消されて、


 営業停止。


 収入がほぼなくなった。


 秋から冬が稼ぎ時。


 待っているだけで損害が積み重なる。


「だから」


 私は言いました。


「弁護士に渡す資料へ営業損害も入れた」


「そうだ」


「ただ、損害があるってだけじゃなくて」


「著しい損害を避ける緊急の必要性があるか」


「そこです」


 裁決を待たない例外。


 これも、


 不便だから。


 早くしてほしいから。


 だけでは足りない。


 裁決前に司法へ行く必要性を、


 きちんと組み立てる。


「三つ目」


 その他、裁決を経ないことについて正当な理由があるとき。


「また正当な理由」


 相馬先輩が言います。


「行政法、便利な言葉好きですね」


「曖昧ともいう」


「でも全部を条文で列挙できないから必要なんでしょうね」


 私はノートの横へ書きました。


 ――前置主義でも、行政が司法への道を永久に止められるわけではない。


「これ、制度の冷たさと救済のバランスですね」


「どういう意味だ」


「原則は順番を守れ。だけど役所の判断を待たせることで著しい損害が出たり、いつまでも裁決が出ないなら例外的に裁判所へ行ける」


「そういうことだ」


 入口は狭い。


 でも。


 完全に塞がれてはいない。


 そういうところが、


 行政事件訴訟法らしい気がします。


 私はページをめくりました。


 次。


 昨日は触れなかったけれど、


 教材にある大事な論点。


 ――審査庁が誤って却下した場合。


「これ、嫌なケースですね」


「何が」


「本当は適法な審査請求なのに、審査庁が間違えて『不適法だから却下』ってやった場合」


「そのまま終わりか」


「終わりません」


「ほう」


 前置主義の事件なら。


 本来、


 裁決を経てから取消訴訟へ行く。


 でも。


 その不服申立てを、


 審査庁側が誤って不適法として却下したら。


「それでも『裁決を経てないから裁判駄目です』なんて言われたら」


 私は言いました。


「役所の誤りで、国民が永遠に裁判できなくなります」


「さすがにおかしいな」


「だから、その誤った却下も、審査の決定に当たるものとして訴訟へ進める」


「なるほど」


 ここ。


 なんだか好きです。


「何だその顔」


「制度がちゃんと逃げ道作ってるなと思って」


「逃げ道?」


「救済路です」


 行政が、


 あなたの審査請求は不適法です。


 と誤って入口を閉めた。


 だから裁判にも行けません。


 では、


 あまりにもひどい。


 そうならないように。


 その却下自体を、


 訴訟へつなぐ裁決として扱う。


「法律って」


 私は言いました。


「厳格なんですけど、ときどき厳格だからこそ救われるんですよね」


「意味が分からん」


「役所が間違えたら、その間違いも法的に扱う。『まあ今回は仕方ない』で流さない」


「ああ」


「その冷たさが、結果として救済になる」


 今回の本間さんも同じでした。


 私たちが、


 かわいそうですね。


 大変ですね。


 だけで動いていたら。


 十一日という数字を拾えなかった。


 七月二十二日という日付も。


 八月三日の異議申立て受理も。


 営業停止の損害も。


 全部。


 冷たく時系列へ並べたから、


 市役所との交渉材料になった。


「感情を捨てろって話じゃない」


 片桐所長が言いました。


「はい」


「感情だけでは制度を動かせないという話だ」


「分かります」


 私は次のページに大きく書きました。


 ――昭和と現代。


 ここからが、


 転生者として一番危ないところです。


「まず出訴期間」


 昭和六十三年。


 処分を知った日から三か月。


 現代。


 処分を知った日から六か月。


「次」


 私は書きます。


 被告。


 昭和六十三年当時。


 処分をした行政庁。


 現代。


 国や公共団体。


「例えば今回なら」


 相馬先輩が言います。


「現代なら市を被告にする?」


「そうです。現代では〇〇市みたいな公共団体」


「今なら?」


「処分した行政庁」


「市長?」


「処分名義や権限関係を確認したうえで、そういう整理になります」


 ここも、


 未来人が踏む地雷。


 現代の感覚で、


 被告は市です。


 と書いたら危ない。


 時代が違えば、


 訴訟の入口の形まで違う。


「さらに」


 私は書きました。


 義務付け訴訟。


 差止訴訟。


 現代。


 法定されている。


 昭和六十三年。


 法定されていない。


「ここ、昨日も絶望しました」


「何が」


「本間さんの営業を再開させたいって聞いた瞬間、未来の私は『義務付けで何とか』って考えそうになるんです」


「何だそれ」


「行政庁に一定の処分をするよう求める訴訟です」


「そんなものあるのか、未来」


「あります」


「便利だな」


「今の私にはありません」


「じゃあ忘れろ」


「はい」


 昭和六十三年では。


 義務付け訴訟や差止訴訟は、


 今のように法定された抗告訴訟ではありません。


 無名抗告訴訟として議論される余地はあったとしても、


 ハードルは極めて高い。


 そして仮の救済も。


「今みたいに仮の義務付けとか仮の差止めがあるわけじゃない」


「じゃあ何がある」


「執行停止」


「そこに寄せて考える」


「そうです」


 本間さんの営業を早く戻したい。


 でも。


 現代の訴訟類型をそのまま昭和へ持ってこられない。


 だから。


 既に出ている取消処分の効力を止める。


 執行停止が問題になる。


「昔の行政訴訟って」


 私はペンを置きました。


「本当に使いにくかったんですね」


「お前は未来と比べてるからそう見えるんだろ」


「そうかもしれません」


 でも。


 三か月。


 被告は処分庁。


 義務付け・差止めは法定なし。


 仮の救済も限定的。


 こうして並べると。


 国民側は、


 かなり狭い通路を通らなければならない。


「だから改正された」


 私は言いました。


「出訴期間を六か月に延ばす」


「うん」


「被告を国や公共団体にして分かりやすくする」


「うん」


「義務付け訴訟や差止訴訟を法定する」


「うん」


「仮の義務付けや仮の差止めも制度化する」


「未来はずいぶん増やしたな」


「行政訴訟を、国民が使える制度に近づけたんだと思います」


 相馬先輩が煙草を灰皿へ押しつけます。


「じゃあ昔は国民を救う気がなかったのか」


「そこまで単純じゃないです」


 昔の制度にも理由がある。


 行政の安定。


 権力分立。


 行政判断への司法介入をどこまで認めるか。


 いろんな考え方の中で作られた。


 ただ。


 運用していく中で。


 救済の穴が見つかった。


 不便が見つかった。


 門前払いが多すぎる。


 使いにくい。


 そういう問題が積み重なって、


 後の改正につながった。


「制度改正って」


 私は言いました。


「昔の法律が全部間違いだったって話じゃないんですね」


「当たり前だ」


「その時代の制度を使った結果、もっと救済しやすくする必要が見えてくる」


「うん」


「本間さんみたいな人が積み重なって、未来の六か月になる」


 そう考えると。


 法律の改正年表も、


 少し違って見えます。


 平成十六年改正。


 出訴期間延長。


 被告適格の簡明化。


 義務付け訴訟。


 差止訴訟。


 仮の救済。


 受験生の頃は、


 覚える項目が増えた。


 としか思っていませんでした。


 でも。


 それは。


 昔の制度で困った人たちの跡なのかもしれません。


「こはる」


 片桐所長が言いました。


「本間さんの事件で、一番最初に何をした」


「通知を受け取った日を確認しました」


「なぜ」


「出訴期間を確認するため」


「なぜ最初なんだ」


「過ぎていたら、取消訴訟の入口が閉じるから」


「次」


「不服申立ての有無」


「なぜ」


「前置主義の可能性と、裁決を基準にした期間計算が関係するから」


「次」


「処分の効力で生じている損害」


「なぜ」


「裁決を待たずに訴訟へ進む例外や、執行停止の必要性に関係するから」


「それでいい」


 所長は短く言いました。


「訴訟をするかどうかは弁護士が判断する」


「はい」


「私たちがやるのは」


「事実と日付を崩れない形で渡す」


「そうだ」


 行政書士は、


 訴訟代理人ではない。


 法廷で本間さんの横に立って、


 裁判官へ主張することもできない。


 でも。


 だから何もできないわけじゃない。


 相談者が、


 いつ何を受け取ったか。


 いつ何を申し立てたか。


 何を失っているのか。


 役所は何を言っているのか。


 それを整理する。


 そして。


 裁判へ行くなら、


 入口でつまずかない形で弁護士につなぐ。


 あるいは。


 訴訟の準備が整っていることを役所へ示して、


 裁判になる前に見直しを促す。


 今回、


 本間さんの営業が再開できたのも。


「裁判にしてやる!」


 という怒鳴り声が効いたからではありません。


 七月二十二日。


 八月三日。


 残り十一日。


 改善確認。


 営業停止。


 異議申立て審理中。


 執行停止の検討。


 弁護士引継ぎ。


 それを全部、


 冷静に並べたからです。


「沢渡課長」


 私は言いました。


「最初は『どうぞご自由に』でしたもんね」


「役所からすりゃそうだろ」


「裁判すると言う人、いっぱいいるんでしょうね」


「いる」


「でも本当に要件を揃えてくる人は少ない」


「だから揃えたら空気が変わる」


「はい」


 行政相手の交渉で。


 大声より強いもの。


 怒りより強いもの。


 それは。


 期限。


 記録。


 証拠。


 法的構成。


 そして、


 本当に次の手段へ進める準備。


 地味です。


 ものすごく地味です。


 でも。


 行政法って、


 たぶんこういう地味なところで人を救います。


 私はノートを一度見直しました。


 取消訴訟の出訴期間。


 昭和六十三年。


 主観的期間。


 処分を知った日から三か月。


 現代。


 六か月。


 客観的期間。


 処分の日から一年。


 処分を知った日とは、


 本人が処分の存在を現実に知った日。


 不服申立てをした場合には、


 裁決を基準とする期間が問題になる。


 前置主義なら、


 原則として裁決を経る必要。


 ただし。


 三か月裁決なし。


 著しい損害を避ける緊急の必要。


 その他正当な理由。


 この場合には、


 裁決前でも訴訟へ行ける。


 そして。


 審査庁が誤って却下したとしても、


 その誤りによって司法救済への道まで塞がれるわけではない。


「多いな」


 相馬先輩が言いました。


「多いです」


「一行で覚えろ」


「無茶言わないでください」


「一行の覚え書きなんだろ」


 そうでした。


 私はノートの最後に、


 大きく四角を描きました。


 何と書くか。


 三か月。


 六か月。


 一年。


 知った日。


 裁決。


 前置。


 例外。


 全部大事。


 でも。


 本間さんの顔を思い出す。


 裁判にしてやる。


 そう怒鳴っていた人が。


 残り十一日だと知った瞬間、


 黙った。


 あれが、


 この単元の本当の姿です。


 私は書きました。


 ――取消訴訟は、正しさを争う前に、時間との戦いに間に合え。


「どうです?」


 相馬先輩が覗き込みます。


「長い」


「またですか」


「もっと短くしろ」


「じゃあ」


 その下へ。


 ――取消訴訟は、まず日付。


「お」


「いいですか?」


「それでいい」


「本当に?」


「知った日、処分日、不服申立日、裁決日。全部そこから始まる」


「確かに」


 私は二重線を引きました。


 ――取消訴訟は、まず日付。


 短い。


 でも。


 忘れないと思います。


 時計が六時を打ちました。


 相馬先輩が立ち上がります。


「帰るぞ」


「はい」


 そのとき。


 事務所の引き戸が開きました。


「こんばんは」


 本間さんでした。


「どうしたんです?」


「栗」


「また?」


「今日はちゃんと、お嬢ちゃんの分も分けてある」


 差し出された紙袋には、


 大きく鉛筆で、


 朝比奈さん。


 と書いてありました。


「専用袋!」


「前のは相馬さんが食ったって聞いたからな」


 私は相馬先輩を見る。


「何でバレてるんですか」


「知らん」


 本間さんが笑います。


「女房から聞いた」


「情報網が強い」


「栗屋をなめるな」


「どういう情報網ですか」


 本間さんはもう一つ、


 片桐所長の机へ紙を置きました。


「役所から来た」


「何です?」


「営業場所の変更条件。正式に書面になった」


 所長が目を通します。


「異議申立ての結論はまだか」


「まだ」


「そうか」


「でも」


 本間さんは少し照れくさそうに頭を掻きました。


「店は戻った」


「はい」


「客も来た」


「よかったですね」


「昨日、いつも来る婆さんがな」


「はい」


「『今年は栗がないかと思った』って」


 本間さんは笑いました。


「それ聞いたら、裁判でも何でもやってやろうと思った」


 相馬先輩が言います。


「まだ裁判するって決まったわけじゃねえ」


「分かってるよ」


「目的を間違えるな」


「店を続けることだろ」


「そうだ」


「分かってる」


 本間さんは紙袋を私へ押しつけました。


「だから今は栗焼く」


「はい」


「役所がまた変なことしたら?」


「日付を確認してください」


「そこかよ」


「最重要です」


 本間さんが声を出して笑いました。


「分かったよ」


 それから指を一本立てます。


「役所の紙が来たら?」


「日付」


「受け取ったら?」


「日付」


「腹が立ったら?」


「日付」


「裁判にしてやると思ったら?」


「まず日付です」


「お前、何かの宗教みたいになってんな」


 相馬先輩が言いました。


「出訴期間教です」


「やめろ」


 片桐所長まで少し笑っていました。


 本間さんが帰ったあと。


 私は窓際で栗を一つ剥きました。


 熱い。


 甘い。


 ちゃんと私の分があります。


「先輩」


「何だ」


「今回は食べないでくださいね」


「名前書いてあるだろ」


「そういう問題じゃありません」


「いつまで食える」


「え?」


「その栗」


 嫌な予感。


「今日中じゃないですか?」


「なら出訴期間は?」


「ありません!」


「正当な理由があれば明日でも食えるか」


「栗に行政事件訴訟法を適用しないでください!」


 相馬先輩が笑いました。


 私は栗をもう一つ取ります。


 机の上には、


 本間さんの事件ファイル。


 七月十八日。


 七月二十二日。


 八月三日。


 十月十一日。


 あの日は、


 どれもただの日付に見えていました。


 でも。


 今は違います。


 処分の日。


 知った日。


 不服申立ての日。


 相談に来た日。


 それぞれの数字が、


 一人の商売につながっている。


 行政事件訴訟法の条文は、


 やっぱり冷たい。


 三か月。


 一年。


 期間経過。


 却下。


 人の事情なんて、


 まるで見ていないように見えます。


 でも。


 その冷たい線を正確に引くからこそ。


 残り十一日が見える。


 まだ間に合う。


 と分かる。


 そして。


 間に合う人を、


 ちゃんと入口まで連れていける。


 だから今日の一行は、


 これでいい。


 私はノートの最後をもう一度なぞりました。


 ――取消訴訟は、まず日付。


 そして心の中で、


 もう一行だけ足しました。


 期限は、人を締め出す壁にもなる。


 けれど。


 期限を知る人にとっては、


 まだ開いている扉を見つけるための線にもなるのです。

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