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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政事件訴訟法

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256/272

[取消訴訟の訴訟要件・処分性、原告適格、訴えの利益、被告適格、出訴期間、管轄]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の事務所には、昼間より少しだけ法律が似合います。


 電話が鳴らない。


 来客も途切れる。


 窓の外が薄紫色になって、書棚の背表紙だけが妙に真面目な顔をしている。


 そして私の机の上には。


 一枚の紙。


 昨日、片桐所長が裏紙に書いたものです。


 処分性。


 原告適格。


 訴えの利益。


 被告適格。


 出訴期間。


 管轄。


 六つ。


「……呪文」


「昨日より後退してるぞ」


 向かいの机で相馬先輩が言いました。


「昨日は六つの門って言ってたでしょうが」


「今日は疲れてるんです」


「勉強しろ」


「疲れてる人に一番言っちゃいけない言葉ですよ」


「じゃあ寝ろ」


「それだと落ちるんです!」


 私はノートを開きました。


 上に大きく書きます。


 ――取消訴訟の訴訟要件。


 昨日まで。


 この言葉を見たら、


「あ、行政事件訴訟法の暗記パート」


 と思っていました。


 六個覚える。


 正誤問題で、


「これは訴訟要件に含まれるか」


 を判定する。


 そんな感じ。


 でも。


 宮原さんの顔を見たあとでは、意味が変わりました。


 訴訟要件。


 それは、


 裁判所が処分の違法性を判断する前に、


「そもそも、この訴えを中身まで審理してよいか」


 を確認するための条件です。


 一つでも欠ければ。


 原則として。


 却下。


 つまり。


 勝ち負け以前。


「先輩」


「何だ」


「昨日の宮原さん、もし出訴期間を一日過ぎてたら」


「厳しかったな」


「市の取消処分がどれだけおかしくても?」


「取消訴訟として適法に提起できなきゃ、中身まで行かねえ」


「怖いですね」


「だから最初に見る」


 相馬先輩は煙草の箱を机で軽く叩きました。


「現場じゃ、違法性より先に期間見ることもある」


「処分理由より先に?」


「ああ」


「でも普通、相談者は『役所がこんなひどいことをした』から話しますよ」


「そりゃそうだ」


「こっちとしては、『それいつ届きました?』って聞く」


「そうだ」


「情緒がない」


「期限切れたら情緒どころじゃねえ」


 ぐうの音も出ません。


 法律実務。


 人の話を聞く仕事ですが。


 時計にも耳を澄まさなければならないらしい。


 私はノートに書きました。


 ――訴訟要件=本案審理へ進むための入口。


「本案って何です?」


「そこからか」


「読者に説明するためです」


「誰だよ読者って」


「気にしないでください」


 本案。


 つまり、


 その処分が本当に違法なのか。


 取り消すべきなのか。


 そこが訴訟の中身です。


 でも。


 裁判所は、いきなりそこから見ない。


 まず。


 この訴えは適法ですか。


 原告は訴えられる人ですか。


 対象は取消訴訟で争える処分ですか。


 今さら取消判決を出して意味がありますか。


 相手は正しいですか。


 期限内ですか。


 裁判所はここで合っていますか。


 そこを確認する。


「面倒ですね」


「裁判だからな」


「この世の面倒なことを全部『裁判だから』で説明しないでください」


「だいたい説明つくだろ」


 悔しいけど、ちょっとつきます。


 私は一つ目に丸をつけました。


 処分性。


「ここからですね」


「おう」


「取消訴訟の対象になるのは」


 私は教科書の記憶を掘り起こします。


「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」


「で?」


「それが何を意味するかが難しい」


「そこだな」


 取消訴訟は、


 役所がしたことなら何でも争えるわけではありません。


 役所から来た手紙。


 役所の会議。


 担当者の発言。


 内部的な決定。


 お願い。


 助言。


 行政指導。


 全部がそのまま取消訴訟の対象になるわけではない。


「宮原さんの件は?」


「市長名義で、使用許可を取り消す通知」


「それで?」


「その通知によって、公園施設を使える法的地位を失った」


「つまり」


「宮原さんの権利義務や法的地位に直接影響してる」


 だから。


 処分性ありと見るのが自然。


「もし」


 相馬先輩が言いました。


「観光商工課の担当が口で、『事故起こしたんだから、しばらく営業やめたらどうです』って言っただけだったら?」


「それだけなら、行政指導の可能性があります」


「で?」


「取消訴訟の対象となる処分かどうかは別問題」


「そうだ」


 役所に言われた。


 だから処分。


 ではない。


 ここ。


 受験生のころは、


 何となく分かった気でいました。


 でも実務で考えると怖い。


 相談者からすれば。


「役所に営業をやめろと言われた」


 これで一つです。


 でも法律は。


 それは命令か。


 取消しなのか。


 行政指導なのか。


 通知なのか。


 事実行為なのか。


 と分ける。


「冷たいですね」


「またそれか」


「でも、本当に冷たいです」


 人間の感じる圧力と、


 法律上の処分性は、


 同じではありません。


 担当者に強く言われれば、


 事実上逆らえないこともある。


 でも。


 取消訴訟の入口では、


 まず法的性質を見られる。


「一つ目」


 私は囲みます。


 ――処分性=取消訴訟で争える「処分」なのか。


 次。


 二つ目。


 原告適格。


「これ、昨日の宮原さんには分かりやすかったです」


「名宛人本人だからな」


「はい」


 取消処分を受けた本人。


 自分の施設使用許可を取り消された。


 だから。


 取消しを求めるにつき、


 法律上の利益を有する。


「でも」


 私は言いました。


「原告適格って、本当はもっと難しいですよね」


「そうだな」


「処分を直接受けてない第三者」


「よく出る」


「例えば」


 私はノートに簡単な絵を描きました。


 湖。


 ボート屋。


 近所の旅館。


「絵、下手だな」


「法律を見てください!」


「旅館が豆腐みたいだぞ」


「建物です!」


 たとえば。


 宮原さんのボート屋が営業許可を取り消された。


 近所の旅館が、


「ボート客が減ってうちの売上も落ちる。取消処分を取り消してくれ」


 と訴えたとします。


「原告適格、当然あります?」


「当然じゃねえな」


「ですよね」


 単なる経済上の不利益。


 事実上困る。


 それだけでは足りないことがある。


 法律が、


 その人の利益を個別的に保護しようとしているのか。


 その利益は、


 単なる反射的利益ではなく、


 法律上保護された利益といえるのか。


 ここを見ていく。


「難しい」


「行政事件訴訟の花形だろ」


「花形って、もっと華やかなものじゃないですか」


「判例が山ほどある」


「山じゃないですか」


 でも。


 昨日の宮原さんの言葉。


 ――俺が困ってるってことを法律に認めてもらえた気がした。


 あれが残っています。


 原告適格は、


 誰でも訴えられる制度ではない。


 むしろ。


 司法救済の範囲を区切る制度です。


 でも逆に。


 法律上の利益があると認められれば、


 その人の困りごとは、


 単なる不満ではなく、


 裁判所が審査すべき法的利益になる。


「二つ目」


 私は書きました。


 ――原告適格=その処分の取消しを求める「法律上の利益」があるか。


「所長」


 私は奥へ声をかけました。


「法律上の利益って、試験向けにどう覚えればいいです?」


 帳簿を見ていた片桐所長が顔を上げました。


「困るだけでは足りない」


「短い」


「足りるだろ」


「かなり足ります」


 私は横に書き足しました。


 ――「困る人」ではなく、「法律上守られる利益を持つ人」。


「雑にしすぎんなよ」


 相馬先輩が言います。


「覚え書きです」


「答案には書くな」


「分かってます」


 次。


 三つ目。


 狭義の訴えの利益。


「ここ、原告適格と名前が似てて嫌なんですよね」


「八つ当たりするな」


「利益、利益って!」


「法律用語に語彙力求めるな」


 原告適格。


 法律上の利益を有する者か。


 訴えの利益。


 取消判決を出すことで、


 本当に現実的な救済につながるか。


「宮原さんの場合」


「許可期限は来年三月末」


「今は十月」


「まだ期間が残ってる」


「だから取消処分が取り消されれば」


「使用許可が回復して、営業再開につながり得る」


「訴えの利益あり」


 分かりやすい。


 では。


 もし。


 裁判しているうちに、


 許可期間が完全に終わったら。


「その瞬間、必ず訴えの利益がなくなるんですか?」


 私が聞くと、


 所長が帳簿を閉じました。


「必ず、とは言えん」


「ですよね」


 取消判決によって、


 なお回復すべき法律上の利益がある場合もある。


 処分の効果が期間経過後にも残ることがある。


 将来の資格や地位に影響することもある。


 だから、


 期限が終わった=自動的に訴えの利益なし。


 ではない。


「でも基本の考え方は」


 私はまとめます。


「今さら取り消しても何も戻らないなら、取消訴訟を続ける実益があるかが問題になる」


「そうだ」


 裁判所は、


 歴史の答え合わせだけをする場所ではありません。


 今、


 その取消判決によって、


 原告の法的地位を回復できるか。


 そこが重要。


「三つ目」


 私は書きます。


 ――訴えの利益=今、取り消して現実に救われるか。


「これ、かなり分かりやすくないですか」


「試験答案に書くなよ」


「だから書きません!」


 この事務所、


 私を何だと思っているのでしょう。


 たぶん、


 試験で余計なことを書く人。


 否定できません。


 次。


 四つ目。


 被告適格。


 ここで私はペンを止めました。


「出ました」


「何が」


「転生者殺し、その二」


「その一は」


「出訴期間三か月」


「お前、昭和に恨みでもあるのか」


「制度ギャップにあります」


 現代の行政事件訴訟法なら。


 原則として。


 処分をした行政庁が所属する国または公共団体。


 つまり。


 市長の処分なら、


 市。


 国の行政庁の処分なら、


 国。


 これを被告とします。


 でも。


 昭和六十三年。


 平成十六年改正前。


 違う。


「誰を訴える?」


 相馬先輩が問題を出します。


「湖西市長」


「市じゃなく」


「市長」


「なぜ」


「当時は、処分をした行政庁を被告とするから」


「よし」


 受験生のころなら。


 旧法の被告適格。


 処分庁。


 現行法。


 国または公共団体。


 そう表で覚えるだけでした。


 でも現場だと。


 これは。


 相手を一文字間違えるような話ではありません。


 誰を被告として訴えるか。


 訴訟の基本構造そのものです。


「なんで改正したんでしょうね」


「未来のことは知らん」


「私は知ってます」


「じゃあ勝手に考えろ」


 冷たい。


 でも。


 考えれば分かります。


 旧制度では、


 行政庁そのものを被告にする。


 市長。


 知事。


 委員会。


 各行政庁。


 これでは。


 どの行政庁が処分庁なのかという問題が起きる。


 行政組織に詳しくない国民には、


 分かりにくい。


 被告を間違える危険もある。


 現代制度では、


 国や地方公共団体を被告にする形へ改められた。


「こっちのほうが」


 私は言いました。


「普通の人には分かりやすいですよね」


「市の処分なら市、ってか」


「はい」


「それだけじゃねえだろうが」


「もちろん細かいルールはありますけど」


 でも。


 利用者から見れば。


 処分庁という行政組織内部の切り分けより、


 国。


 県。


 市。


 のほうが分かりやすい。


 制度が、


 少し国民側へ歩み寄った改正。


 そんな感じがします。


「四つ目」


 私は書きました。


 ――被告適格=「誰を相手に訴えるか」。昭和は処分庁、現代は国・公共団体。


 そして。


 五つ目。


 出訴期間。


「ここは赤で書きます」


「好きにしろ」


 私は赤鉛筆を取ります。


 昭和六十三年。


 取消訴訟。


 主観的な出訴期間。


 処分または裁決があったことを知った日から三か月。


 現代。


 知った日から六か月。


「倍」


「未来は優しいな」


「相対的にですけどね」


 もちろん。


 現代でも期限はあります。


 永久に争えるわけではない。


 でも。


 三か月。


 宮原さんの事件を見ると、


 本当に短い。


 事故後、


 役所と話し合う。


 改善策を出す。


 面談する。


 撤回を求める。


 待つ。


 また話す。


 そうしているうちに。


 三か月。


「相談してるうちに終わる」


 私は呟きました。


「そういうことだ」


「役所が検討しますって言っても」


「時計は別だ」


「交渉中でも」


「時計は別だ」


「担当者が『もう少し待ってください』って言っても」


「時計は別だ」


「怖いなあ」


「だから届いた日を書け」


 相馬先輩が言いました。


「処分日だけじゃなく?」


「通知がいつ届いたか。いつ知ったか。そこを取る」


「はい」


 行政事件で、


 日付は証拠です。


 通知書。


 封筒。


 配達日。


 面談記録。


 手帳。


 相談者の記憶。


 全部、


 時計を確認する材料になる。


「ところで」


 私は言いました。


「現代教材だと、知った日から六か月のほかに、処分の日から一年っていう客観的期間も出ますよね」


「ああ」


「この時代も、期間構造の細かいところは旧法で確認しないと危ない」


「そういうことだ」


 ここが大事です。


 新旧の法律は、


 数字だけ差し替えれば済むわけではない。


 条文構造。


 例外。


 用語。


 全部をその時代の条文で確認する。


「未来知識だけで仕事すると」


「死ぬぞ」


「言い方!」


「昨日死にかけたの誰だ」


「私です」


 否定できません。


 私は赤字で書きます。


 ――昭和六十三年=三か月。


 その横に。


 ――現代=六か月。


 そしてさらに。


 ――交渉していても、期間管理は別。


 これ。


 試験問題以上に大事かもしれません。


 次。


 六つ目。


 管轄裁判所。


「最後です」


「やっとか」


「先輩、何も書いてないのに疲れた顔しないでください」


「聞いてるだけで疲れる」


「講師向いてませんね」


「なりたくもねえ」


 取消訴訟は、


 どこの裁判所に出してもいいわけではない。


 管轄が決まっています。


 教材の現代法なら、


 被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所。


 または、


 処分や裁決をした行政庁の所在地を管轄する裁判所。


 さらに。


 国が被告となる場合には特定管轄裁判所の制度もある。


「でも」


 私は鉛筆を置きました。


「昭和六十三年には、現代と同じ条文をそのまま読んじゃ駄目」


「そうだな」


 平成十六年改正では。


 被告適格だけでなく、


 管轄やその他の訴訟制度も見直されています。


 だから。


 この時代の事件で管轄を確定するなら、


 当時の条文に当たる。


「結局」


 私は言いました。


「全部そこに戻りますね」


「何が」


「時代を見ろ」


「やっと分かったか」


「転生者に一番必要な法律知識、それかもしれません」


 私はノートの端に書きました。


 ――法改正後の常識を、改正前へ持ち込むな。


「先輩」


「何だ」


「これ、行政書士試験でも同じですよね」


「どういう意味だ」


「今受ける試験なら、今の法律を答える」


「当たり前だ」


「でも判例や昔の事件を見るときは、その時点の制度を意識する」


「まあな」


「条文は時間の中にある」


「急に文学にするな」


 いいこと言ったと思ったのに。


 私は六つ全部に丸をつけました。


 処分性。


 原告適格。


 訴えの利益。


 被告適格。


 出訴期間。


 管轄。


「覚え方、作りません?」


「嫌だ」


「語呂合わせ」


「もっと嫌だ」


「しょ・げん・そ・ひ・しゅ・かん」


「気持ち悪い」


「今作ってる途中です!」


「やめろ」


「処分、原告、利益、被告、期間、管轄……」


 私は考えます。


 駄目です。


 語呂合わせが法律事故を起こしそうです。


「普通に六個覚えろ」


「身も蓋もない!」


 そこへ。


 片桐所長が言いました。


「順番で覚えるな」


「え?」


「現場の質問で覚えろ」


 私は顔を上げます。


「どういう意味です?」


 所長は指を一本立てました。


「何を争う」


「処分性」


 二本目。


「誰が争う」


「原告適格」


 三本目。


「取り消して意味があるか」


「訴えの利益」


 四本目。


「誰を相手にする」


「被告適格」


 五本目。


「いつまで」


「出訴期間」


 六本目。


「どこへ出す」


「管轄」


 私は黙りました。


 相馬先輩も黙りました。


「……所長」


「何だ」


「それ、めちゃくちゃ覚えやすいです」


「そうか」


「先に言ってくださいよ!」


「聞かれなかった」


「先生向いてますね!」


「ならん」


 やっぱりこの事務所、


 講師適性を全員拒否します。


 でも。


 なるほど。


 六個の用語として覚えるから眠い。


 相談者に聞く質問に直せばいい。


 何を争う?


 誰が争う?


 取り消して意味がある?


 誰を相手にする?


 いつまで?


 どこの裁判所?


 全部。


 宮原さんの事件で実際に確認したことです。


 私はノートに大きく囲みました。


 ――取消訴訟の六問。


「六つの門じゃなかったのか」


「進化しました」


「ころころ変えるな」


「理解が深まったんです」


「物は言いようだな」


 さて。


 ここまでが訴訟要件。


 でも。


 昨日の事件には、


 もう一つ大きな話がありました。


 昭和と現代の制度差。


 私はページをめくりました。


 見出し。


 ――平成十六年改正前と現代。


「来ましたね」


「未来話か」


「今日は必要なんです」


「好きだな、お前」


「転生者なので」


 まず。


 出訴期間。


 旧法。


 三か月。


 現代。


 六か月。


「なぜ伸びたんでしょう」


「短すぎたんじゃねえの」


 相馬先輩が言います。


「かなり核心です」


 処分を知る。


 相談する。


 資料を集める。


 法律関係を調べる。


 弁護士を探す。


 訴訟を起こすか判断する。


 これを三か月。


 国民にとって、かなり厳しい。


 特に。


 行政事件は簡単ではありません。


 処分性。


 原告適格。


 訴えの利益。


 違法事由。


 個別法。


 前提となる行政手続。


 調べることが多い。


「宮原さんなんて」


 私は言いました。


「三か月のほとんどを市との交渉に使ってました」


「ああ」


「相談に来たのが前日」


「ああ」


「心臓に悪い」


「本人のほうが悪かっただろ」


「それはそうですけど」


 利用しやすい司法救済にするなら。


 期間が短すぎるのは問題。


 だから改正で、


 三か月から六か月へ。


 門がなくなったわけではない。


 でも。


 少し遠くへ動いた。


「次」


 被告適格。


 旧法。


 処分行政庁。


 現代。


 国または公共団体。


「これも利用者目線で分かりやすくなった」


「そうだろうな」


「行政庁を特定するより、市の処分なら市」


「未来じゃそうなのか」


「はい」


「沢渡課長、暇になるな」


「被告になるのは課長じゃありません!」


 相馬先輩の中では、


 すべての行政事件の被告が沢渡課長らしいです。


 次。


 義務付け訴訟。


「ここが一番大きいかもしれません」


「昨日も言ってたな」


 現代では。


 一定の場合に、


 行政庁に処分をするよう求める義務付け訴訟が法定されています。


 そして、


 行政庁が処分しようとしている場合に、


 それをしないよう求める差止訴訟も法定。


 でも。


 昭和六十三年には、


 それらは法定抗告訴訟として整備されていません。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「宮原さんが、市に営業許可を出せって裁判で命令してもらいたいと言ったら?」


「今なら義務付け訴訟を検討する発想があります」


「昭和は?」


「法定されてない」


「絶対できない?」


 ここは慎重です。


「無名抗告訴訟として議論される余地はあります」


「でも」


「極めてハードルが高い」


「なるほど」


 法律に、


「この形で争えます」


 と用意されているのと。


 条文にはないけれど、


 救済のため認められるべきだと構成するのでは、


 全然違います。


 現代では、


 義務付け。


 差止め。


 それぞれ制度として法定された。


「つまり」


 私は言いました。


「昔は、取消訴訟で『駄目と言った処分を消す』のはできても」


「ああ」


「『こういう処分をしてください』とか」


「ああ」


「『その処分をする前に止めてください』という救済は、ものすごく使いにくかった」


「だから改正された?」


「その一つでしょうね」


 取消訴訟は、


 すでに出た処分を取り消す。


 いわば。


 後から消す訴訟。


 でも。


 国民が本当に欲しいのは、


 行政庁に何かをしてほしいこともある。


 逆に、


 処分される前に止めてほしいこともある。


 取消訴訟だけでは、


 十分な救済にならない場面がある。


「宮原さんの場合もそうですよね」


「どういう意味だ」


「処分を消すだけじゃなくて、早く営業したい」


「そうだな」


「生活がかかってる」


 判決が二年後。


 でも許可期間は半年後まで。


 それでは。


 勝っても遅い。


「そこで仮の救済」


 私は書きました。


 昭和。


 基本的に執行停止。


 現代。


 執行停止に加えて、


 義務付け訴訟に対応する仮の義務付け。


 差止訴訟に対応する仮の差止め。


「未来、装備が増えてますね」


「ゲームみたいに言うな」


「昭和は木の棒だけ」


「執行停止を馬鹿にすんな」


「大事なのは分かってます!」


 でも体感として。


 救済メニューが少ない。


 だから。


 昔の行政訴訟は使い勝手が悪かった。


 司法救済の間口も、


 今より狭かった。


「平成十六年改正って」


 私は言いました。


「単に条文を整理しただけじゃないんですね」


「当たり前だろ」


「期間を伸ばした」


「ああ」


「被告を分かりやすくした」


「ああ」


「義務付けと差止めを法定した」


「ああ」


「原告適格についても考慮事項を条文上明確にした」


 相馬先輩が眉を上げました。


「そこも変わるのか」


「はい」


 現代法では、


 法律上の利益があるかを判断するにあたり、


 根拠法令の文言だけでなく、


 法令の趣旨目的。


 関連法令の趣旨目的。


 処分によって害される利益の内容や性質。


 そういったものを考慮することが条文上明らかにされています。


「第三者の原告適格を狭く見すぎない方向ですね」


「昔は?」


「判例の積み重ねはありました。でも、平成十六年改正で判断枠組みが条文化された」


「へえ」


 原告適格。


 訴えられる人の範囲。


 ここが狭すぎれば。


 行政によって深刻な影響を受ける人がいても、


「あなたは処分の名宛人じゃありません」


「直接の相手じゃありません」


 で排除される可能性がある。


 だから。


 誰のどんな利益を法が守ろうとしているのか。


 そこを丁寧に見る。


「全部」


 私は言いました。


「同じ方向を向いてますね」


「何が」


「門をなくすんじゃなくて」


 私は少し考えます。


「必要以上に狭かった門を、現実に救済できる幅へ広げる」


 相馬先輩が煙草を止めました。


「珍しくまともなこと言うな」


「珍しくって何ですか」


「褒めてる」


「絶対違う」


 でも。


 たぶん。


 行政事件訴訟法の改正を理解するには、


 制度名だけ並べても駄目です。


 なぜ。


 三か月では短かったのか。


 なぜ。


 行政庁を被告にする仕組みを変えたのか。


 なぜ。


 義務付けや差止めが必要だったのか。


 その向こうに。


 昨日の宮原さんみたいな人を置くと、


 一気に分かる。


 三か月近く市と話し合って。


 ようやく訴訟を考えたら。


 明日が期限。


 処分を取り消してもらいたくても、


 判決まで営業できなければ生活がもたない。


 市に営業を認めさせたいと思っても、


 義務付け訴訟は法定されていない。


「昔の行政裁判」


 私は呟きました。


「しんどいなあ」


「だから最初から言ってるだろ」


「何を」


 相馬先輩は私のノートを指しました。


「裁判なんて負け戦だ」


「でも」


 私は昨日の続きが分かっていました。


「やるなら要件を揃えろ」


「そういうことだ」


 門が厳しい。


 だから。


 入口を一つずつ確認する。


 行政書士は法廷に立たない。


 訴訟代理もしない。


 でも。


 相談者が、


 法廷へたどり着く前に倒れないよう、


 事実を整理する。


 通知を確認する。


 処分日。


 到達日。


 処分庁。


 根拠。


 名宛人。


 許可期間。


 不利益。


 関連資料。


 時系列。


 それを揃え、


 弁護士に渡す。


「所長」


「何だ」


「行政書士って、行政事件訴訟で何ができます?」


 片桐所長は少し考えました。


「裁判はできん」


「はい」


「代理もできん」


「はい」


「なら」


 所長は昨日の六項目を書いた紙を指します。


「その前を整える」


 それだけ。


 でも。


 昨日それがなかったら。


 宮原さんは、


「市役所を訴える!」


 という怒りだけを持って、


 残り一日のところから弁護士を探していたでしょう。


 処分通知がどこにあるか。


 許可書は。


 事故報告は。


 改善書は。


 いつ届いたか。


 何を市と話したか。


 全部そこから。


 一日は、


 あまりに短い。


「資料整理って」


 私は言いました。


「地味ですけど大事ですね」


「地味じゃねえ仕事なんて、だいたい怪しい」


 相馬先輩が言います。


「それ偏見ですよ」


「そうか?」


「たぶん」


 でも。


 少し分かる気もします。


 法律実務の大半は、


 ドラマみたいに机を叩くことではなく。


 日付を書く。


 紙を並べる。


 名前を確認する。


 期限を数える。


 その積み重ねです。


 そして。


 その地味さが、


 門前払いを防ぐ。


「じゃあ復習」


 相馬先輩が突然言いました。


「え」


「俺が聞く」


「何で先輩が急に講師側に」


「早くしろ」


 仕方ありません。


「何を争う?」


「処分性」


「誰が争う?」


「原告適格」


「取り消して意味がある?」


「訴えの利益」


「誰を相手に?」


「被告適格」


「いつまで?」


「出訴期間」


「どこへ?」


「管轄」


「昭和六十三年の出訴期間」


「知った日から三か月」


「未来」


「現代は六か月」


「昭和の被告」


「処分行政庁」


「未来」


「国または地方公共団体」


「昭和に義務付け訴訟は」


「法定されてない」


「差止訴訟は」


「法定されてない」


「仮の救済」


「基本は執行停止」


「未来は」


「義務付け・差止めが法定され、それに対応する仮の義務付け・仮の差止めもある」


 相馬先輩が頷きました。


「よし」


「何です、この口頭試験」


「間違えたら明日のボート二枚重ねだ」


「救命胴衣を罰ゲームにしないでください!」


 そこへ。


 電話が鳴りました。


 私が取ります。


「はい、片桐行政書士事務所です」


『宮原です』


「あ、宮原さん」


『明日から営業、再開できることになりました』


「本当ですか」


 私は思わず立ち上がりました。


『条件付きだけどね』


「条件は?」


『出航前の救命胴衣確認。悪天候時の営業停止。桟橋に一人必ず監視を置く。それで、市の再検討が終わるまでは暫定で』


「分かりました」


『久世先生にも連絡した』


「はい」


『裁判はどうなるんだろうな』


「市の最終判断次第です」


『そうだよな』


 少し間。


『でも』


「はい」


『明日、店開けられる』


 その声が。


 昨日の、


「裁判にしてやる!」


 より、


 ずっと強く聞こえました。


『夏は終わっちまったけどさ』


「秋も観光客いますよ」


『紅葉の時期がある』


「はい」


『少しでも取り戻すよ』


「安全第一で」


『分かってる』


「救命胴衣、ちゃんと確認してくださいね」


『朝比奈さんも乗りに来るか』


「え」


『無料にするぞ』


「行きます」


 反射で答えました。


 相馬先輩がこっちを見る。


「ただし」


 私は慌てて付け足します。


「仕事じゃない日に!」


『ははは』


 電話が切れました。


「無料だって?」


「聞いてました?」


「大声だからな」


「先輩も行きます?」


「行かねえ」


「怖いんですか」


「泳げる」


「何メートル」


「五十」


「負けた!」


「何の勝負だ」


 片桐所長がぼそりと言いました。


「俺は百」


「所長まで参戦しないでください!」


 なぜ行政事件訴訟法の勉強が水泳記録に着地するのでしょう。


 私はもう一度ノートへ戻りました。


 最後。


 一行の覚え書き。


 昨日は、


 ――正しさを聞いてもらうには、まず六つの門を越えろ。


 と書いた。


 法理まで整理した今なら。


 少し違う言葉にしたい。


 取消訴訟は、


 役所がおかしいと怒れば始まる制度ではない。


 何を争うのか。


 誰が争えるのか。


 取消しで救われるのか。


 誰を相手にするのか。


 いつまでなのか。


 どこへ訴えるのか。


 全部そろって。


 初めて。


「その処分、本当に違法ですか」


 という本題へ入れる。


 私は書きました。


 ――取消訴訟は、違法を争う前に、六つの入口をそろえる。


「普通だな」


 相馬先輩が言いました。


「普通でいいんです!」


「昨日のほうが格好よかった」


「じゃあ代案くださいよ」


「ない」


「批評家!」


 私は消しませんでした。


 普通だけど。


 これでいい。


 たぶん、


 試験直前に一番役立つ言葉は、


 格好いい言葉じゃない。


 思い出せる言葉です。


 その下に、


 さらに小さく書きます。


 何を。


 誰が。


 意味ある?


 誰に。


 いつまで。


 どこへ。


「それ何だ」


「六問です」


「雑だな」


「でも覚えやすいです」


 処分性。


 原告適格。


 訴えの利益。


 被告適格。


 出訴期間。


 管轄。


 私は目を閉じます。


 もう。


 単語が並んでいるだけには見えません。


 湖畔公園。


 閉じたボート小屋。


 七月三十日の通知。


 三か月。


 残り一日。


 市長名義。


 来年三月までの許可。


 久世先生の机。


 沢渡課長の、


「訴訟要件は満たしていますか」


 という冷たい声。


 全部つながっています。


 法律は、


 誰かの怒りをそのまま裁判所へ運んではくれない。


 怒りを、


 請求にする。


 困りごとを、


 法律上の利益にする。


 期限を、


 日付にする。


 相手を、


 被告にする。


 場所を、


 管轄にする。


 そうやって。


 人間の言葉を、


 裁判所が読める形に翻訳する。


 そして。


 翻訳を間違えると、


 中身まで届かない。


 厳しい制度です。


 特に昭和六十三年は。


 三か月。


 処分庁を被告。


 義務付けも差止めも法定されていない。


 仮救済も狭い。


 今よりずっと、


 司法の扉は重かった。


 だから後に。


 少しずつ変わった。


 六か月へ。


 国や公共団体を被告に。


 義務付け。


 差止め。


 仮の義務付け。


 仮の差止め。


 原告適格を判断する視点の明確化。


 行政裁判が、


 役所のための制度ではなく。


 国民が現実に使える救済制度になるように。


 少しずつ。


 入口が作り直された。


「所長」


「何だ」


「法律って」


 私はノートを閉じました。


「不便だったから改正されるんですね」


 片桐所長は少し考えてから言いました。


「不便だけじゃない」


「じゃあ?」


「救えなかったから変わることもある」


 私は黙りました。


 たぶん。


 それです。


 三か月で間に合わなかった人。


 被告を間違えた人。


 取消しだけでは救われなかった人。


 処分前に止めたかった人。


 行政庁に何かをしてほしかった人。


 制度の隙間から落ちた人がいて。


 その積み重ねが、


 後の改正になる。


「じゃあ」


 私は言いました。


「未来の法律って、昔の失敗の上に立ってるんですね」


「そういうこともある」


「重いなあ」


「試験に出るぞ」


 相馬先輩が言いました。


「そこで急に現実に戻さないでください!」


 でも。


 そう。


 試験に出る。


 だから覚える。


 だけでは、もったいない。


 三か月から六か月。


 処分庁から国・公共団体へ。


 義務付け・差止めの法定化。


 その一行一行の後ろには。


 救済へ届かなかった人たちがいる。


 そう思えば。


 制度改正は、


 ただの新旧比較表ではありません。


 法律が、


「これでは足りなかった」


 と認めた痕跡です。


「こはる」


「はい」


「帰るぞ」


「もうそんな時間?」


「とっくに」


 窓の外は真っ暗でした。


 私はノートを閉じ、


 昨日の六項目の紙をその間に挟みます。


「明日ボート屋行くんですよね」


「ああ」


「仕事で」


「ああ」


「試乗は」


「しない」


「安全確認ですよ」


「陸から見ろ」


「現場主義はどうしたんですか」


「溺れる見習いはいらん」


「二十五メートル泳げます!」


「湖は二十五メートルプールじゃねえ」


「救命胴衣があります!」


「二枚着ろ」


「一枚!」


 相馬先輩が笑いながら事務所の灯りを消します。


 外へ出ると。


 秋の夜気が、思ったより冷たかった。


 湖のほうから、


 湿った風が吹いてきます。


 明日の朝。


 宮原さんは、


 久しぶりに店の戸を開けます。


 救命胴衣を並べ。


 オールを点検し。


 湖面を見て。


 客を待つ。


 裁判はまだ終わっていない。


 市の再検討も終わっていない。


 でも。


 一度閉じた店が、


 もう一度開く。


 法律は、


 必ず人を勝たせてくれるものではありません。


 でも。


 入口を間違えなければ、


 少なくとも。


 その人の話を、


 法の言葉で聞いてもらえるところまで運べる。


 私は鞄の中のノートを軽く叩きました。


 今日の一行。


 ――取消訴訟は、違法を争う前に、六つの入口をそろえる。


 そして。


 もう一つ。


 これは試験用ではなく。


 未来人としての覚え書き。


 ――法律が変わったところには、昔、救えなかった誰かがいる。


「こはる」


「はい?」


「ぼーっとしてると置いてくぞ」


「待ってください!」


「明日八時」


「早い!」


「湖は朝がいい」


「観光ですか?」


「仕事だ」


「絶対ちょっと楽しみにしてるでしょう」


「気のせいだ」


 またそれです。


 昭和六十三年。


 取消訴訟の門は、


 今よりずっと狭い。


 でも。


 狭いなら。


 まず、


 鍵の形を覚えればいい。


 処分性。


 原告適格。


 訴えの利益。


 被告適格。


 出訴期間。


 管轄。


 六本。


 明日の朝までには。


 たぶん私はもう、


 順番を間違えません。


 たぶん。

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