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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

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246/272

[行政不服審査法66条・審査請求に関する規定の準用]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、妙な平和があります。


 電話は鳴らない。


 来客もいない。


 窓の外では、駅前再整備の測量らしい赤白の杭が夕日に照らされている。


 そして私の机の上には。


 梅おにぎり。


 一個。


「……先輩」


「何だ」


「見ないでください」


「見てねえよ」


「さっきから三回見ました」


「気のせいだ」


「行政法関係者、都合が悪くなると全員それ言いますね」


 私は梅おにぎりを机の端から中央へ移しました。


 野崎美代さんが置いていった最後の一個。


 相馬先輩はすでに鮭と梅を一個ずつ食べています。


 これ以上は不当利得です。


 たぶん。


「食い物を守ってないで勉強しろ」


「今からします」


 私はノートを開きました。


 今日の見出し。


 ――再審査請求。


 その下。


 ――審査請求に関する規定の準用。


 さらに、その下に大きく書きます。


 ――準用はコピーではない。


「またそれか」


「今日の核心です」


「雑だな」


「でも現場で一番刺さりました」


 美代さんの事件。


 市の福祉事務所が、


 息子さんから毎月二万円の仕送りがある。


 そう認定して保護費を減額した。


 美代さんは県知事へ審査請求。


 しかし棄却。


 そのあと。


 さらに再審査請求の道が残っていた。


 そこで私は危うく思ったのです。


 審査請求の次なんだから。


 同じようにやればいい。


 期間も同じ。


 手続も同じ。


 書類も同じ。


 ――危ない。


 法律で「同じように」は、一番信用してはいけない日本語です。


「所長」


「何だ」


 片桐所長は帳簿を閉じました。


「準用って、受験生向けに言うなら何ですか」


「ある制度の規定を、別の制度にも必要な修正をして使うことだ」


「ですよね」


「そのまま適用するのとは違う」


「はい」


 私はノートに書きました。


 適用。


 本来その場面のために作られた規定を、そのまま使う。


 準用。


 別の場面のための規定を、必要に応じて除外や読み替えをしながら使う。


「だから」


 私は言いました。


「再審査請求について、全部一から同じ手続規定を書き直すんじゃなくて」


「うん」


「審査請求のルールで使える部分は持ってくる」


「そうだ」


「でも、再審査請求には合わない部分は除く」


「そうだ」


「必要なら言葉も読み替える」


「それが準用だ」


 相馬先輩が煙草を指で回しながら言いました。


「要するに中古品を改造して使う感じか」


「もっと法的な例えありません?」


「使える部品は使う」


「悪くないですけど」


「合わねえ部品は外す」


「かなり合ってます」


「なら文句言うな」


 悔しい。


 でも分かりやすい。


 私はノートの横に書きました。


 準用。


 全部そのままではない。


 使える部品だけ持ってくる。


 私は一度ペンを止めました。


「ここで、時代を分けないと危ないですね」


「また未来か」


「はい」


「帰れ」


「まだ行ってません!」


 でも。


 ここが今回、一番大事です。


 昭和六十三年の私たちが使っているのは、旧行政不服審査法。


 一方。


 現代の行政書士試験で問われるのは、平成二十六年全面改正後の現行法。


 同じ『再審査請求』という名前が出てきても、


 制度全体の構造はかなり違います。


「まず旧法」


 私は書きます。


 昭和六十三年。


 不服申立ての基本形。


 審査請求。


 異議申立て。


 二本立て。


 それに加えて、


 法律に特別の定めがある場合には、さらに再審査請求。


「美代さんの事件では?」


 相馬先輩が聞きます。


「市の福祉事務所の処分について、県知事に審査請求」


「その次は」


「法律上認められている再審査請求」


「誰に」


「厚生大臣」


「そうだ」


 つまり。


 再審査請求は、


 審査請求をした人なら誰でも当然に使える二周目。


 ではありません。


 ここ。


 重要です。


「もう一回やりたいです、では駄目なんですよね」


「当たり前だ」


「法律に再審査請求できる旨の根拠が必要」


「そうだ」


 私は二重線を引きます。


 ――再審査請求は、法律に定めがある場合だけ。


 審査請求が第一審。


 再審査請求が第二審。


 みたいに見えますが。


 行政不服審査法が、すべての処分について当然に二段階を保障しているわけではありません。


 個別法などに、その道が置かれている場合に使える。


「美代さんの場合」


 私は振り返りました。


「県で棄却されたから、そのまま終わりだと思ってました」


「本人もそう思ってた」


「市役所も『県が棄却してるから』って」


「そうだったな」


「でも、教示を見ると再審査請求の道が残ってた」


「だから通知は裏まで見ろ」


「はい」


 教示。


 受験生のころは、


 処分通知書に書かれる不服申立ての案内。


 それくらいにしか見えませんでした。


 でも。


 現場では。


 次の道があるかどうか。


 どこへ出すか。


 いつまでか。


 そこを知る命綱です。


「ただし」


 所長が言います。


「教示だけに頼るな」


「ですよね」


「間違っていることもある」


「現代法にも誤った教示をした場合の救済がありますし」


「未来へ行くな」


「はい」


 帰ります。


 私は次の見出しを書きました。


 ――現代法第六十六条。


 ここからは、頭の中だけ未来です。


 令和の行政不服審査法では、


 再審査請求について、


 審査請求に関する第二章の規定が広く準用されます。


 ただし。


 全部ではない。


「ここからが地獄ですね」


「何がだ」


「除外の列挙です」


 私は現代の条文を思い出しながら、ノートに書きます。


 再審査請求では、


 審査請求の規定のうち、


 そのまま持ってこないものがある。


「何で除外するんだ」


 相馬先輩が聞きました。


「再審査請求に合わないからです」


「雑」


「では具体的に」


 まず。


 審査請求期間。


 現代の審査請求は、原則として処分があったことを知った日の翌日から三か月。


 でも。


 再審査請求には、その審査請求期間の規定をそのまま準用しません。


「なぜ?」


「再審査請求には再審査請求の期間が別に定められているから」


「そうだ」


 つまり。


 審査請求の期間ルールを、


 そのまま二回目にもコピーする必要がない。


 むしろコピーしたら制度が崩れる。


「今回の現場でも」


 私は言いました。


「旧法でしたけど、ここで危なかった」


「ああ」


「審査請求と同じ六十日だと思い込みかけた」


「実際は?」


「美代さんの再審査請求は三十日」


「あと四日だった」


「思い出すだけで胃が痛いです」


 相馬先輩が鼻で笑います。


「お前が未来の三か月まで混ぜてたら、何日になるんだろうな」


「やめてください」


 新法三か月。


 旧法審査請求六十日。


 旧法今回の再審査請求三十日。


 頭の中に三本のカウントダウンが並ぶ。


 転生行政書士受験生。


 ラスボスは時間です。


「だから試験では」


 私は書きました。


 期間規定が除外されている。


 イコール。


 再審査請求に期間制限がない。


 ではない。


「ここ、引っかけやすいですね」


「ああ」


「準用されないなら、期間の定めがない」


「短絡するな」


「別に再審査請求の期間規定がある」


「そういうことだ」


 私は丸で囲みました。


 ――準用除外=ルール不存在、とは限らない。


 これ。


 大事です。


 何かの規定が準用されない。


 だから何も決まりがない。


 とは限らない。


 再審査請求側に専用ルールが置かれているから、審査請求側のルールを持ってこない。


 そういう場合があります。


「次」


 相馬先輩が言います。


「他には?」


「審査請求書の一部の記載事項」


 審査請求の書面には、


 処分についての審査請求なら何を書く。


 不作為についてなら何を書く。


 再調査の請求を経ているなら何を書く。


 そういった規定があります。


 でも。


 再審査請求では、


 当然ながら前提となる手続が違う。


「同じ記載事項を全部そのまま持ってくると変になります」


「例えば?」


「再審査請求なのに、審査請求の前段階である再調査の請求についての事情を、そのまま同じ形で要求するとか」


「制度が違うからな」


「はい」


 だから。


 必要な部分だけを準用する。


 合わないところは除外。


「次」


 私は書きました。


 誤った教示に関する規定。


 執行停止に関する一部の規定。


 弁明書。


 反論書。


 審理手続の終結。


 諮問。


 裁決。


「多いな」


「多いです」


「全部覚えるのか」


「……行政書士試験では、条文構造を問われたら」


「覚えろ」


「はい」


 嫌な現実です。


 でも。


 ただ羅列すると死にます。


 だから事件に戻る。


「美代さんの事件で考えます」


 私は言いました。


「再審査請求は、県の審査請求をもう一回最初からコピーしたわけじゃない」


「うん」


「県で一度審理された経過がある」


「うん」


「裁決も出ている」


「うん」


「だから二段目では、その前提を踏まえて必要な手続だけ持ってくる」


「そうだ」


 そう考えると。


 除外条文の長い列にも、少し意味が見えてきます。


 再審査請求は、


 一から始まる最初の不服申立てではない。


 すでに、


 原処分。


 審査請求。


 裁決。


 そこまで積み上がったあとに行う手続。


 だから、


 一段目専用の規定を何でもそのまま使うのは不自然です。


「現代法だとさらに」


 私は少し慎重に言いました。


「審理員制度があります」


「またその審理員か」


「未来では大事なんです」


 現代の行政不服審査法。


 原則として審査請求は審査請求に一本化。


 そして。


 処分に関与していない職員を審理員として指名し、


 審理員が審理手続を進める。


「旧法には?」


「ありません」


「昭和六十三年には?」


「ありません」


「美代さんの件では?」


「もちろんいません」


 ここを混ぜると物語が壊れます。


 というか実務が壊れます。


 私はノートに太字のつもりで強く書きました。


 ――昭和六十三年に審理員はいない。


「何回書くんだ」


「自戒です」


「そんなに未来へ帰りたいのか」


「帰りたくはないですけど、試験知識が勝手に出てくるんですよ」


 でも。


 面白いところもあります。


 現代法の第六十六条を見ると、


 再審査請求でも審理員関係の規定が準用される場面がある。


 ただし。


 再審査庁が、審理員を指名しない例外機関に当たる場合には、


 審理員名簿。


 執行停止についての審理員の意見書。


 審理員意見書。


 裁決書への審理員意見書の添付。


 そういった規定は適用しない。


「当然ですよね」


 私は言いました。


「審理員を置かない機関なのに、審理員意見書を出せって言ったら幽霊に書類作らせることになります」


「例えが怖い」


「でも構造としてはそうです」


「いない者にはさせられない」


「はい」


 これも準用の核心。


 別制度の規定を持ってくるとき。


 前提となる機関や人物が存在しないなら、その規定は使えない。


 だから除外する。


「試験問題で」


 私は言いました。


「『再審査請求にも審理員に関する規定がすべて当然に適用される』とか出たら」


「誤りか」


「はい。例外機関なら適用されない規定があります」


「細かいな」


「行政法ですから」


「嫌な言い方覚えたな」


 次。


 行政不服審査会等への諮問。


 現代法の審査請求では、


 一定の場合、


 審査庁が行政不服審査会などの第三者機関へ諮問する仕組みがあります。


 公正性や客観性を高めるためのもの。


「これも昭和にはありません」


「知ってる」


「現代の再審査請求では、審査請求の諮問規定はそのまま準用されません」


「なぜだ」


「再審査請求には再審査請求の手続構造があるから」


「また同じだな」


「はい」


 結局。


 全部ここへ戻ります。


 準用は便利だからやる。


 でも。


 便利だから全部コピペするわけではない。


 制度の段階。


 審理する行政庁。


 前に経た手続。


 すでに出ている裁決。


 それぞれが違う。


 だから。


 合う規定だけ借りる。


「所長」


「何だ」


「準用って、法律の省エネじゃないんですね」


「省エネでもある」


「あるんですか」


「同じことを何度も書かずに済む」


「ああ」


「ただし」


 所長が私を見る。


「省略した分だけ、読む側は前後を確認しないといけない」


「……なるほど」


 法律を書く側は短くなる。


 法律を読む側は、


 元の条文。


 準用条文。


 除外条文。


 読み替え表。


 全部行ったり来たりする。


「受験生には増エネです」


「何だそれ」


「読むエネルギーが増えます」


「知らん」


 私はページの端に書きました。


 ――準用は立法上の省略。解釈上は確認作業が増える。


 これ。


 結構、本質かもしれません。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「そもそも再審査請求って何のためにある」


「もう一回争うため」


「雑」


「先輩、今日そればっかり」


「お前が雑なんだ」


 私は少し考えました。


 審査請求の裁決が出た。


 それでも。


 一定の分野では、


 さらに別の行政庁に判断を求める制度が用意されている。


 専門性。


 全国的な統一。


 重要な権利利益。


 そういった事情から、


 法律が特別に二段目の行政救済を認めている。


「美代さんの事件なら」


 私は言いました。


「市の処分を県知事が見た」


「うん」


「でも、その裁決後も厚生行政の側で再度審査できる道があった」


「そうだ」


「だから『県が棄却した=絶対終了』ではなかった」


「そういうことだ」


 ここ。


 今回の事件の一番痛快だったところです。


 役所の人が、


 もう終わりました。


 県で棄却されています。


 そう言う。


 普通の人なら、それで終わったと思います。


 裁決。


 棄却。


 法律用語には扉を閉める音があります。


 でも。


 条文を一枚めくると。


 まだ道がある場合がある。


 ただし。


 その道は誰にでもあるわけじゃない。


 期間も違う。


 手続も完全には同じではない。


 だから法律を読む。


「これが制度の冷たさなんでしょうね」


 私は呟きました。


「何がだ」


「美代さんがどれだけ困ってても、期限は伸びません」


「基本はな」


「でも逆に」


 私は続けます。


「役所が『もう終わりです』って言っても、法律上まだ道が残っていれば、そこは感情に関係なく開いてる」


 片桐所長が頷きました。


「そうだ」


 条文は、


 美代さんに同情しません。


 市役所にも遠慮しません。


 三十日なら三十日。


 再審査請求ができるならできる。


 できないならできない。


 使う規定は使う。


 除く規定は除く。


 冷たい。


 でも。


 その冷たさがあるから、


 窓口の人の一言で道が消えない。


「次」


 私はノートをめくります。


 ――再審査請求と不利益変更。


「これも現代法の準用除外ですね」


 審査請求では、


 審査請求人に不利益な変更をすることはできない。


 いわゆる不利益変更の禁止。


 でも。


 再審査請求については、


 審査請求のその規定をそのまま準用する形ではない。


「ここも」


 相馬先輩が聞きます。


「準用されないなら、何してもいいのか」


「それは雑すぎます」


「お前に言われたくねえ」


「再審査請求の裁決については、再審査請求固有の規定を見る必要があります」


「つまり」


「審査請求側の条文だけ見て、『ない』って決めるな」


「そういうことだ」


 また同じ。


 準用除外は空白ではない。


 別のルールを探せ。


 行政法。


 宝探しみたいな顔をして、罠の配置が本気です。


「次」


 私は言いました。


「審査請求の却下・棄却・認容に関する規定」


「これも除外?」


「現代法第六十六条では、第四十五条から第四十九条までが除外されています」


「なぜ」


「再審査請求の裁決について、別に規定が置かれているから」


「またか」


「またです」


 でも。


 ここで完全に腑に落ちました。


 再審査請求は、


 審査請求の『もう一周』ではない。


 二段目だから、


 二段目用の裁決ルールがある。


 だから。


 一段目の裁決規定をそのまま準用しない。


「つまり」


 私はノートに線を引きました。


 審査請求。


 原処分を審査する。


 再審査請求。


 審査請求の裁決を経たあと、さらに法律上認められた範囲で審査する。


「見る位置が一段上なんですね」


「そう考えれば分かりやすい」


 所長が言いました。


 なるほど。


 同じ地面をもう一回歩くのではない。


 一段上から、


 原処分と前の裁決の経過を含めて見る。


 だから。


 必要な道具は似ている。


 でも同じではない。


 ここで私は、美代さんの事件を思い出しました。


 最初。


 私は県の裁決文の穴を探そうとしていました。


 でも。


 沢渡課長に言われた。


 県の裁決に問題があっても、


 元の市の処分自体に問題がなければ結論が変わるとは限らない。


 大事なのは。


 元の事実認定。


 毎月二万円の仕送りがある。


 その認定は本当に正しかったのか。


 家庭訪問記録は、


 『時々金銭援助あり。二万円程度』


 だった。


 それがいつの間にか、


 『毎月二万円』


 に変わっていた。


「再審査請求でも」


 私は言いました。


「結局、原処分の事実認定に戻った」


「そうだ」


「手続が二段目だからって、争点まで霞の上に行くわけじゃない」


「何だその表現」


「最終的には事実を見る」


「それでいい」


 行政法は、


 条文だけ読むと空中戦です。


 処分庁。


 審査庁。


 再審査庁。


 準用。


 除外。


 読み替え。


 でも。


 地面に降りると。


 通帳に一回しか振込みがない。


 家庭訪問記録に『毎月』とは書いていない。


 入院して資料提出が十分できなかった。


 そういう事実です。


 その事実を、


 どの制度で、


 誰に、


 いつまでに、


 どう見せるか。


 法律は、その道順を決めている。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「現代法の六十六条を一言で言え」


「無茶振り」


「一行で」


 私は考えました。


 審査請求の規定を、


 再審査請求にも使う。


 ただし、


 再審査請求に合わない規定は除く。


 必要な読み替えもする。


「――審査請求の仕組みを土台にする。でも、再審査請求用に仕分け直す」


「まあいい」


「褒めました?」


「気のせいだ」


「またそれ」


 私は次に、


 試験注意。


 と書きました。


 一つ目。


 再審査請求は、当然にできるものではない。


 法律に定めがある場合に限る。


 二つ目。


 審査請求に関する規定が準用されるからといって、全部適用されるわけではない。


 三つ目。


 準用除外された規定について、


 再審査請求にルールがないとは限らない。


 再審査請求独自の規定を確認する。


 四つ目。


 現代法では審理員制度があるが、


 再審査庁が審理員指名の例外機関なら、一部の審理員関係規定は適用されない。


 五つ目。


 昭和六十三年の旧法と、現代法を混同しない。


「最後が一番重要そうだな」


「私には一番重要です」


「普通の受験生は昭和で実務しねえからな」


「そうでした」


 転生者専用注意事項。


 試験には出ません。


 私はさらに新旧比較を書きます。


 昭和六十三年。


 旧法。


 審査請求と異議申立てが併存。


 審査請求期間は原則六十日。


 審理員制度なし。


 行政不服審査会への諮問制度なし。


 一方。


 現代。


 原則として審査請求へ一本化。


 審査請求期間は原則三か月。


 審理員制度あり。


 第三者機関への諮問制度あり。


「なぜ変わったんでしょう」


 私は言いました。


「お前が説明しろ」


「はい」


 旧法では。


 異議申立てと審査請求が併存していて、手続が分かりにくかった。


 処分庁自身が審理する異議申立てでは、


 公正性への疑念も出やすい。


 そこで現代法では、


 原則として審査請求へ一本化。


 さらに。


 原処分に関与していない審理員。


 第三者機関への諮問。


 そういった仕組みを導入して、


 公正性や透明性を高めた。


「今回みたいな再審査請求の準用規定も」


 私は言いました。


「現代法では制度全体を整理し直した中にあるんですね」


「そうだな」


「単に条文番号が変わっただけじゃない」


「制度設計自体が変わっている」


「はい」


 ここ。


 受験生時代の私が一番嫌いだったところです。


 改正前。


 改正後。


 名前が変わる。


 期間が変わる。


 手続が変わる。


 覚えることが増える。


 でも。


 現場を知ると。


 なぜ変わったのか。


 その理由が見える。


 処分した側が、そのまま見直す。


 分かりにくい手続が複数ある。


 公正さへの不安がある。


 だから、


 制度を一本化した。


 関与していない職員を入れた。


 第三者機関の目も入れた。


「改正って」


 私は言いました。


「昔の制度を馬鹿にするためじゃないんですね」


「当たり前だ」


「昔の制度で出た不都合を直していった結果」


「そういうことだ」


 昭和六十三年の片桐事務所では。


 旧法しか使えません。


 現代制度の方が良さそうに見えても。


 未来の条文は武器にならない。


 でも。


 未来を知っているからこそ。


 今の制度のどこに弱点があるのか。


 なぜ後に改正されたのか。


 私は少しだけ理解できる。


 転生。


 行政法には向いてないと思っていましたが。


 教材としては、かなり贅沢です。


「所長」


「何だ」


「今回の美代さんの件って、再審査請求を出したから市も見直したんですよね」


「きっかけにはなった」


「でも沢渡課長は」


 私は思い出します。


 再審査請求をされたから間違いになったわけではない。


 元の事実認定に問題がある可能性が出たから見直す。


「そこ、大事ですよね」


「何がだ」


「不服申立ては役所を負かすゲームじゃない」


「うん」


「正しい結論に戻すための手続」


「そうだ」


 不服申立人が勝つ。


 行政が負ける。


 そういう言い方もできます。


 でも。


 本当は。


 間違った事実認定が直るなら。


 行政にとっても、その方がいい。


 美代さんだけでなく、


 次の人の処理にも影響する。


 記録の作り方も変わるかもしれない。


「川瀬さんの事件と同じですね」


 私は呟きました。


「一人の申立てで運用が見直される」


「そうだな」


「不服審査って、行政を殴る制度じゃなくて」


「まだ殴りたいのか」


「違います」


「何だ」


「行政の答えを、一度机に戻す制度」


 片桐所長は少しだけ頷きました。


「そのくらいで覚えておけ」


 私はノートの最後のページを開きました。


 一行の覚え書き。


 今回。


 かなり迷います。


 準用。


 再審査請求。


 除外。


 読み替え。


 全部入れようとすると長い。


「一行だぞ」


 相馬先輩が釘を刺します。


「分かってます」


「前も二行書いたからな」


「今回はちゃんと一行にします」


 私は考えました。


 そして。


 書きました。


 ――準用はコピーじゃない。再審査請求に合う規定だけを、仕分けて使う。


「どうです」


「まあいい」


「今日は素直ですね」


「ただし」


「何です?」


「『合う規定だけ』だと、お前が勝手に選ぶみたいに聞こえる」


「……あ」


「何が準用され、何が除外されるかは法律で決まってる」


「そうでした」


 危ない。


 また雑でした。


 私は書き直します。


 ――準用はコピーじゃない。法律が定めた範囲で、再審査請求用に規定を仕分けて使う。


「長い」


「中身が大事です」


「試験直前に読みにくい」


「じゃあ超短縮」


 さらに下。


 ――準用=丸ごとコピー禁止。


「禁止ではない」


「駄目ですか」


「雑すぎる」


「先輩今日厳しい!」


 片桐所長がぼそりと言いました。


「『同じように使う』と『全部同じ』は別物」


 私は止まりました。


「それ」


「何だ」


「現場編で私が書いたやつです」


「ならそれでいい」


 悔しい。


 最初から答えが出ていました。


 私は一番下に大きく書きます。


 ――「同じように使う」と「全部同じ」は、法律では別物。


 うん。


 これです。


 私はノートを閉じました。


 窓の外はもう暗い。


 駅前の灯りが点き始めています。


 美代さんの事件は、まだ完全には終わっていません。


 再審査請求の結果も出ていない。


 市の処分見直しも正式決定前。


 それでも。


 事実認定の間違いは、ようやく役所の机の上に戻りました。


 一度は棄却された。


 それでも。


 法律に次の道があった。


 しかもその道は、


 ただ一周目を繰り返す道ではなかった。


 別の段階に合わせて。


 使う規定を選び。


 使わない規定を外し。


 必要な言葉を読み替える。


 面倒な仕組みです。


 でも。


 人生だって、


 やり直すときに一回目とまったく同じ方法を繰り返したら、たぶん同じところで転びます。


 再審査請求も似ているのかもしれません。


 二度目だからこそ。


 二度目用の道がある。


 法律の言葉は冷たい。


 準用。


 除外。


 読み替え。


 温度なんてありません。


 けれど。


 その冷たい仕分けがあるから、


 『前と同じでいい』


 という雑な扱いを止められる。


 行政にとって二回目でも。


 本人にとっては生活がかかっている。


 だから。


 法律は同じ道具を使いながらも、


 二度目の場面に合う形へ組み直す。


 そこに。


 妙に人間くさい優しさを感じるのは。


 たぶん私が行政法に慣れてきた証拠です。


「こはる」


「はい」


 相馬先輩が私の机を見ています。


「その梅」


「駄目です」


「まだ言ってない」


「視線で分かります」


「一口だけ」


「却下」


「理由は」


「私の所有物だからです」


「不当だ」


「違法じゃありません」


「今日、不当も争えるって話しただろ」


「再審査請求できる法律上の根拠は?」


 相馬先輩が黙りました。


 私は勝ち誇って梅おにぎりを持ち上げます。


「ありませんね」


「……所長」


「何だ」


「再審査請求したい」


「法律に定めがない」


「終わりか」


「終わりだ」


 相馬先輩が天井を見ました。


「冷てえ制度だな」


「冷たいですね」


 私は梅おにぎりを一口食べました。


「でも、冷たいから秩序が守られるんですよ」


「お前の梅一個を守るために行政法を使うな」


「準用です」


「何のだ!」


 事務所に笑い声が響きました。


 昭和六十三年。


 再審査請求には、まだ覚えることが山ほどあります。


 でも少なくとも。


 私はもう、


 『準用』を、


 ただの『同じように使う』では読み飛ばさないでしょう。


 どこまで使うのか。


 何を除くのか。


 何を読み替えるのか。


 そこまで見て。


 初めて制度が動く。


 法律の一行は、


 短いほど、


 案外たくさんの仕分けを隠しているのです。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
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動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
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