[行政不服審査法61条・審査請求規定の準用]現場編 「手続が違うなら、使えるルールも全部違います」の嘘。同じ救済手続を一から作り直さない、“準用”という法律の近道
法律は、ときどき同じ説明を二度するのが嫌いです。
だから、
「こっちで決めたルール、そっちでもだいたい使ってね」
という顔をして、一言で済ませます。
――準用する。
受験生にとっては、その一言が全然済んでいないのですが。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
十月の朝。
私は机の上に置かれた三枚の紙を前に、腕を組んでいました。
一枚目。
駅前広場仮設売店使用許可取消通知書。
二枚目。
同じ場所の露店使用許可取消通知書。
三枚目。
そして。
「……署名が十一人」
「十二人だ」
相馬先輩が言いました。
「一人、裏に書いてある」
「どうして裏に」
「表が埋まったからだろ」
「そういう問題じゃないです」
私は紙を裏返しました。
本当にいました。
十二人目。
墨がちょっとにじんでいる。
この時代の署名欄、自由すぎる。
目の前の長椅子には、代表らしい男性が座っていました。
名前は八木信太郎さん。
五十八歳。
駅前で焼き芋を売っている。
その隣に、たい焼き屋。
さらに甘栗。
漬物。
乾物。
季節の果物。
十二人。
駅西口の仮設売店組合――といっても法人ではなく、昔から商売人同士で作っている任意の集まりだそうです。
「来月から、全部撤去だそうです」
八木さんが言いました。
「全部?」
「はい」
「理由は?」
「駅前整備です」
また駅前整備。
最近この町、何でも駅前整備の四文字で押し切ろうとしていませんか。
万能調味料じゃないんだから。
「通知書を一人ずつ受け取ったんですか」
「そうです」
「全員、同じ日?」
「十一人は同じ日です。金物屋の松さんだけ、入院してて三日あとです」
「なるほど」
「それで役所へ行ったんですが」
八木さんの顔が曇りました。
「まとめて文句を言いたいって言ったら、『処分は一人ずつですから、一人ずつ手続してください』って」
相馬先輩が眉を上げました。
「誰が言った」
「駅前整備課の人です」
「名前は」
「若い人で……」
八木さんは首をひねった。
私は通知を見る。
十二人。
処分はそれぞれ別。
でも原因はほぼ同じ。
駅前再整備に伴う、使用許可の取消し。
「一人ずつ手続してください、ですか」
「はい」
「十二人とも?」
「十二人とも」
「同じことを?」
「同じことを」
面倒くさい。
いや、違う。
面倒くさいで片づけると行政法に怒られます。
でも面倒くさい。
法律の制度って、国民のためにあるはずなのに、入口で十二回同じ住所を書かせた瞬間、かなり人間味を失います。
「それだけじゃないんです」
八木さんが言いました。
「口で説明したいって言ったら、『書面で出してください』って」
「口頭で?」
「はい。わしら文章が得意じゃないから、集まって説明させてくれって」
「役所は?」
「そういう手続はありません、と」
私の中で。
何かが引っかかりました。
口頭。
代表者。
複数人。
証拠資料。
手続のまとめ。
この辺り。
現代の行政不服審査法なら――。
そこで私は止まりました。
待て。
待ちなさい、朝比奈こはる。
ここは昭和六十三年。
平成二十六年全面改正後の行政不服審査法ではありません。
現代なら。
再調査の請求。
審査請求。
そして六十一条。
審査請求に関するいくつもの規定を、再調査の請求に準用する。
総代。
代理人。
口頭意見陳述。
証拠書類。
併合。
補正。
執行停止。
取下げ。
そういう規定がずらっと並ぶ。
――が。
それは未来。
今ここで、
「六十一条が!」
とか叫んだら、相馬先輩に新聞紙で叩かれる可能性が高い。
「こはる」
片桐所長が言いました。
「止まったな」
「はい」
「何を考えた」
「未来の条文です」
「捨てろ」
「早いですね」
「今ないものは使えん」
「はい」
まったくその通りです。
行政法はタイムトラベラーへの配慮が薄い。
私は八木さんへ向き直りました。
「役所に確認したいことがあります」
「何でしょう」
「皆さんが同じ理由で取消しを受けているなら、不服申立ても全部ばらばらに動かさないといけないのか」
「はい」
「それから、代表者を立てられないのか。話を直接聞いてもらえないのか。資料を出せないのか」
八木さんが目を丸くしました。
「そんなこと、できるんですか」
「そこを確認します」
相馬先輩が立ち上がりました。
「役所行くぞ」
「また早い」
「書類が十二件あるときは、机で悩むより担当に聞いたほうが早い」
「先輩、最近そればっかりですね」
「実務だからな」
片桐所長も立ちました。
「こはる」
「はい」
「今日は条文番号を言うな」
「信用ないなあ」
「時代を間違えるからだ」
「反論できないのが悔しいです」
市役所二階。
総務課。
そして今日もいました。
沢渡課長。
役所の机と一体化しているのではないかと思うほど、いつもの席です。
「十二件ですか」
沢渡課長は書類を見ながら言いました。
「駅前仮設売店の件ですね」
「処分理由は全部同じか」
片桐所長が聞きます。
「大筋では」
「大筋?」
「個々の区画や業種によって事情は異なります」
「でも全件、再整備のために許可取消し」
「そうです」
私は口を挟みました。
「十二人が別々に不服申立てをしないと駄目ですか」
沢渡課長が眼鏡越しに私を見る。
「処分は十二件です」
「それは分かります」
「なら、不服申立ても原則として各人がすることになります」
う。
そこまでは、役所の若い職員と同じ。
でも。
「だから、審理まで十二人が全部別々じゃないと駄目なんですか」
沢渡課長の指が止まりました。
「……誰に何を言われました?」
「駅前整備課で、『一人ずつ全部やってください』と」
「全部?」
「代表者を決めたいと言っても駄目。口頭で話したいと言っても駄目。十二件まとめて扱ってほしいと言っても駄目」
沢渡課長が小さく息を吐きました。
「少々、言い切りすぎですね」
来た。
この人がこう言うときは、たいてい壁に細い亀裂が入っています。
相馬先輩が腕を組みました。
「代表を立てる余地はあるな?」
「複数人が共同して不服申立てをする場合の扱いは検討できます」
「審理をまとめることは」
「事情が共通しているなら、別々に同じ作業を繰り返す必要はありません」
八木さんが小さく身を乗り出しました。
「じゃあ、十二人で毎回役所へ来なくてもいいんですか」
「手続の組み方によります」
「直接、話を聞いてもらうことは?」
「それも、一律に『できない』とは言えません」
私は横から言いました。
「資料も?」
「提出できます」
「写真とか?」
「必要性があれば」
「駅前の配置図とか?」
「出してください」
八木さんが私を見ました。
さっきまで、
できません。
ありません。
一人ずつです。
と言われていたのに。
今は。
代表。
資料。
事情の共通性。
まとめた審理。
言葉が変わっている。
行政法の面白いところです。
役所の「できません」は、ときどき法律上の禁止ではない。
担当者が知っている一番簡単なやり方以外を、
「できない」
と呼んでいるだけだったりする。
「課長」
私は聞きました。
「こういう手続って、不服申立ての種類が変わるたびに、全部一から別の仕組みになるんですか」
沢渡課長が私を見ました。
「何を聞きたいんです」
「似たような救済手続なら、共通する仕組みがありますよね」
「当然でしょう」
さらっと言いました。
でも。
その言葉に。
私は未来の六十一条を思い出しました。
――準用。
現代法では。
再調査の請求という別の手続について、
審査請求で使う手続規定のかなりの部分を、そのまま使えるようにしてある。
全部同じ文章をもう一度書かない。
必要な規定を借りてくる。
もちろん、そのままでは合わない言葉は読み替える。
そして一部は除外する。
なるほど。
準用って。
ただの条文テクニックじゃない。
似た手続を、
ちゃんと同じ骨格で動かすための仕組みなんだ。
――いや。
今は未来法を語る場面じゃない。
「朝比奈さん」
沢渡課長が言いました。
「また変な顔をしていますよ」
「未来の法律を思い出してました」
「意味が分かりません」
「私も説明すると長くなるのでやめます」
「そうしてください」
相馬先輩が横から口を挟みました。
「で、こいつらの件だ」
書類を机へ置く。
「十二人に十二回同じ説明をさせる必要はねえな?」
「ありません」
「処分の個別事情は分ける」
「ええ」
「共通事情はまとめて見る」
「それが合理的でしょう」
「なら最初からそう言え」
沢渡課長は少し眉を上げました。
「私が言ったわけではありません」
「役所全体として言われた側には区別つかねえよ」
それはそう。
担当課が違います。
担当者が違います。
うちの課ではありません。
行政内部では重要な区別でも、窓口の向こうにいる人には全部「市役所」です。
片桐所長が通知を一枚取りました。
「問題は手続だけじゃない」
「ええ」
「取消しの効力はいつからだ」
「来月一日です」
「あと三週間」
「そうなります」
「不服申立てをしている間、撤去は止まるか」
沢渡課長が黙りました。
私は反射的に、
執行停止。
と思いました。
ただし。
旧法。
旧法。
旧法。
脳内に赤字で三回書く。
現代法二十五条をそのまま持ってくるな。
相馬先輩がこちらを見る。
「言ってみろ」
「不服申立てをしただけでは、処分の効力は当然には止まりません」
「よし」
セーフ。
「必要なら執行停止を求める」
「そうだ」
沢渡課長も頷きました。
「ただし、認めるかどうかは事情を見ます」
八木さんの顔色が変わりました。
「じゃあ、不服申立てをしてる途中でも、店は壊さないといかんのですか」
「そのままなら、その可能性があります」
「そんな」
声が一気に弱くなる。
そうです。
不服申立てをする。
それだけでは足りないことがある。
結論が出るころには、
店がなくなっている。
そんな救済では、間に合わない。
法律の救済制度が一番情けないのは、
勝ったときには守るものが消えている場合です。
「撤去は自費ですか」
私は聞きました。
「はい」
「基礎も?」
「撤去対象です」
「再設置するとしたら?」
「新しい場所が決まれば、本人負担になる可能性があります」
八木さんが膝の上で拳を握りました。
「一回壊したら、もう戻せん店もあります」
「どれです?」
「栗屋の屋台です。親父さんが自分で継ぎ足し継ぎ足し作ったもので」
「写真あります?」
「あります」
「駅前全体の写真も?」
「あります」
「撤去費の見積もりは?」
「取ってます」
相馬先輩がにやりとしました。
「朝比奈」
「はい」
「論点で喋るなよ」
「まだ何も言ってません」
「顔で喋ってる」
そんな特技いりません。
私は一枚のメモに書き出しました。
十二件の処分。
理由は共通。
各店舗に個別事情あり。
撤去日まで三週間。
撤去すると復旧困難な屋台あり。
撤去費用発生。
代替場所未定。
不服申立てが終わる前に実害が出る可能性。
「これ」
私は八木さんに見せました。
「役所へ怒鳴る材料じゃありません」
「はい」
「手続を動かす材料です」
八木さんがゆっくり頷きました。
「分かりました」
「あと、十二人全員の事情を整理しましょう」
「十二人分?」
「はい。でも共通部分と個別部分を分けます」
「共通と個別」
「駅前整備という理由は共通。取消日もほぼ同じ。代替場所が示されていないのも共通」
「はい」
「でも、店を壊したら戻せない人。冷蔵設備がある人。借入金が残ってる人。商売の時期が限られてる人。そこは個別です」
「なるほど」
自分で言いながら。
少し分かってきました。
手続を共通化する。
だからといって、
個別事情を潰していいわけじゃない。
法律が準用という技術を使うときも同じです。
共通する骨格は借りる。
でも、違うところまで乱暴に同じにはしない。
だから、
「ただし第何項を除く」
だの、
「この場合において、何々とあるのは何々と読み替える」
だの、
受験生泣かせの細工が入る。
あれ。
嫌がらせじゃなかったんだ。
いや、暗記する側には若干嫌がらせですが。
制度としては必要だったんだ。
「朝比奈さん」
沢渡課長が言いました。
「今日は妙に静かですね」
「頭の中ではうるさいです」
「そうでしょうね」
「失礼ですね」
「顔に出ています」
本日二人目。
事務所へ戻ると。
十二人分の聞き取りが始まりました。
これがもう。
大変でした。
「はい、次。小野寺さん」
「漬物です」
「撤去すると困る設備は?」
「樽」
「樽?」
「三十年物」
「それ、設備ですか?」
「商売道具だ」
相馬先輩に睨まれました。
「はい。大事な商売道具」
次。
「高木さん」
「甘栗」
「撤去費用は?」
「七万円」
「再設置は?」
「新しい釜台が要る」
次。
「松浦さん」
「果物」
「冬は?」
「みかん」
「春は?」
「いちご」
「おい」
相馬先輩が言いました。
「果物談義するな」
「必要かと思って」
「何にだ」
「季節性」
「だったら先にそう聞け」
厳しい。
でも正しい。
十二人を一人ずつ聞く。
同じ質問をする。
違う答えが返ってくる。
途中から私は一覧表を作りました。
氏名。
業種。
許可番号。
取消通知到達日。
撤去期限。
設備。
撤去費。
復旧可能性。
代替場所の有無。
営業への影響。
証拠。
「なんか役所みたいだな」
相馬先輩が言いました。
「やめてください」
「褒めてる」
「もっと嫌です」
でも。
一覧にした瞬間。
十二人の愚痴だったものが、
十二件の事実に変わりました。
そして。
共通部分と個別部分が見えてくる。
これが整理するということなんだ。
全員まとめてしまうのでもない。
全員ばらばらにしてしまうのでもない。
同じものは同じように扱う。
違うものは違うものとして残す。
私はふと、
準用という言葉を思い出しました。
法律って、
意外とこういう整理をしているのかもしれない。
三日後。
片桐所長は十二件の不服申立書を机へ並べました。
「共通部分は揃えた」
「はい」
「個別事情は別紙」
「はい」
「代表者も決めた」
「八木さんです」
「証拠一覧」
「写真、配置図、撤去見積書、設備の資料です」
「執行停止」
「同時に申し立てます」
所長が私を見る。
「期間は」
「旧法なので六十日です」
「よし」
危ない危ない。
三か月と言わなかった自分を褒めたい。
いや普通なのですが。
転生者には普通が高難度なのです。
相馬先輩が封筒をまとめました。
「行くぞ」
「十二件持って?」
「十二件あるからな」
「重いですね」
「法律は紙の重さで来る」
「名言っぽく言ってますけど、単に枚数が多いだけでは」
「黙って持て」
「私がですか!」
「見習いだろ」
この事務所、
見習いという言葉の準用範囲が広すぎません?
総務課。
沢渡課長の机。
十二件の書類を置くと、さすがの課長も少しだけ目を細めました。
「多いですね」
「そっちが十二件処分したんでしょう」
相馬先輩が言う。
「因果関係が明快で助かります」
私は横から説明しました。
「共通する争点は同じです。駅前整備を理由に、この時期に一斉取消しする必要があるのか」
「はい」
「でも各店舗の復旧困難性や損害は個別に整理しています」
「見れば分かります」
「代表者は八木さん」
「確認します」
「写真と見積書も」
「受け取ります」
「それから、撤去期限が来る前に執行停止も――」
「分かっています」
沢渡課長が少し面倒そうに言いました。
「朝比奈さん」
「はい」
「全部説明しないと気が済みませんか」
「昨日まで『できません』って言われてた人たちなので」
私は答えました。
「何ができて、何ができないか。そこは曖昧にしたくないです」
沢渡課長が黙りました。
数秒。
そして。
「それはそうですね」
あっさり言いました。
この人。
本当に理屈が通ると早い。
「駅前整備課には、こちらから伝えます」
「何をです?」
「不服申立て手続について、勝手に『できない』と断定しないように」
「お願いします」
「それと」
沢渡課長が十二件の申立書を見ました。
「事情が共通する部分については、可能な限りまとめて審理します」
八木さんが深く頭を下げました。
「助かります」
「ただし」
沢渡課長が続けます。
「十二件が一件になるわけではありません」
「分かってます」
私が答えました。
「同じところはまとめる。でも違うところまで消さない」
「そういうことです」
その瞬間。
頭の中で。
未来の六十一条が、すとんと座りました。
審査請求の規定を、
再調査の請求にも準用する。
全部同じ制度にするわけではない。
でも、
同じように必要になる手続は借りる。
合わないところは除く。
言葉がずれるところは読み替える。
だから条文に、
第何条を準用する。
第何項を除く。
何々を何々と読み替える。
なんて、やたら細かい指定が並ぶ。
昔の私は。
面倒くさい条文。
としか思っていませんでした。
でも。
現場で考えると。
全部ばらばらに制度を作ったら、
利用する人がもっと迷う。
役所も同じ手続を二重三重に作らなければならない。
反対に、
何でも全部同じにしたら、
手続の違いを無視してしまう。
だから。
共通部分だけ借りる。
――準用。
眠そうな二文字なのに。
意外と合理的です。
それから一週間。
市役所から連絡がありました。
十二件について、
当面の撤去を見合わせる。
駅前再整備の工程と各売店の位置関係を再確認する間、
執行を止める方向で処理するとのことでした。
全面勝利ではありません。
取消しが撤回されたわけでもない。
いずれ移転が必要になる可能性も高い。
でも。
来月一日に全員撤去。
という一本道ではなくなった。
さらに。
十二人一人ずつが、
同じ説明を十二回繰り返す必要もなくなった。
共通する争点はまとめる。
個別事情は個別に見る。
話す機会を設ける。
資料も受け取る。
ただそれだけ。
でも。
八木さんたちにとっては、
その「ただそれだけ」が大きかった。
午後。
事務所の扉が開きました。
「どうも」
八木さんでした。
手に大きな紙袋。
「まさか」
相馬先輩が立ち上がる。
「焼き芋です」
「よし」
「反応早っ」
十二本。
きっちり十二本。
「人数分?」
私が聞くと、八木さんが笑いました。
「うちの仲間十二人分の礼だから、十二本」
「事務所三人ですけど」
「余ったら明日食べて」
相馬先輩が袋を抱え込みました。
「余らん」
「先輩、十二本食べる気ですか」
「準用だ」
「何がです?」
「一本食えるなら二本目にも同じルールを使う」
「それは準用じゃなくて食べ過ぎです」
片桐所長が一本だけ取りました。
「八木さん」
「はい」
「まだ終わっていません」
「分かってます」
「移転条件も詰める必要がある」
「はい」
「だから礼は早い」
八木さんは少し笑いました。
「でもね、先生」
「何です」
「昨日までは、役所に行っても『一人ずつです』『書面です』『決まりです』ばっかりだったでしょう」
「ええ」
「今日は、話を聞くって言われたんです」
所長は黙っています。
「たったそれだけだけど」
八木さんは続けました。
「こっちが人間として扱われた気がしました」
部屋が静かになりました。
私は焼き芋の袋を見ました。
法律手続なんて。
代表者。
書面。
資料。
審理。
併合。
執行停止。
言葉だけ見れば、冷たいです。
でも。
冷たいルールがあるからこそ、
窓口の人の気分だけで、
「話は聞きません」
「資料はいりません」
「一人ずつ来てください」
と切り捨てられずに済む。
そして未来では。
不服申立ての形が違っても、
必要な手続の多くを使えるよう、
法律自身が橋を架けている。
準用。
同じ文章を書く手間を惜しんだだけの制度だと思っていました。
違った。
似ているものを、
似ているからこそ同じ道具で救う。
でも違うところは、
ちゃんと違うまま残す。
今日の教訓は、
たぶんそれです。
「所長」
「何だ」
「焼き芋、一本いただいていいですか」
「好きにしろ」
「二本目は?」
「駄目だ」
「一本目の規定を準用して」
「しない」
「相馬先輩は?」
振り返る。
二本目です。
「先輩!」
「何だ」
「私には一人一本なのに、何で二本目食べてるんですか」
「個別事情だ」
「どんな事情ですか!」
「腹が減ってる」
「合理的理由として弱すぎます!」
八木さんが笑いました。
片桐所長も、ほんの少し口元を緩めます。
窓の外では。
駅前再整備の測量杭が、西日に長い影を落としていました。
町は変わります。
制度も変わります。
昭和六十三年には、
まだ「再調査の請求」も、
現代の行政不服審査法六十一条もありません。
それでも。
同じ問題には、同じ道具を使う。
違う問題は、違うものとして見る。
その考え方は、
法律が改正されても残っていくのだと思います。
私は焼き芋を半分に割りました。
湯気が上がる。
「熱っ」
「冷まして食え」
「分かってます」
「分かってて毎回やるな」
「先輩」
「何だ」
「その注意、昨日のお茶にも言いましたよね」
「ああ」
「今日にも準用ですか」
相馬先輩は一口かじってから言いました。
「そういう使い方なら合ってる」
「絶対違います!」
法律の準用は便利です。
ただし。
片桐行政書士事務所では、
その適用範囲について、
もう少し厳密な審査が必要なようでした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




