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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

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234/276

[行政不服審査法60条・再調査請求の決定の方式]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、たい焼きの匂いが残っていました。


 正確には。


 たい焼きそのものは、もう残っていません。


 犯人は分かっています。


「相馬先輩」


「何だ」


「昨日、残ったたい焼き、冷蔵庫に入れておきましたよね」


「そうだったか」


「ありません」


「そうか」


「食べました?」


「証拠は?」


「口元にあんこ付いてます」


 相馬先輩が無言で口元を拭いました。


「現行犯ですね」


「黙れ」


「理由を付して説明してください」


「腹が減った」


「またそれですか」


 昨日から、この事務所における理由付記の水準が低すぎます。


 私はため息をつきながら、自分の机に座りました。


 目の前には、一冊のノート。


 上には大きく、


 ――異議申立ての決定の方式。


 と書いてあります。


 その横。


 少し離して、もう一つ。


 ――現代法・再調査の請求の決定方式。


 そして二つの間に、


 でかい矢印。


 これです。


 今回の最大の地雷。


「……危なかった」


 私は呟きました。


「何がだ」


 相馬先輩が聞きます。


「佐久間さんの件です」


「もう片付いただろ」


「事件じゃなくて、私の頭の中がです」


「いつも片付いてねえだろ」


「失礼な」


 でも否定しきれないのが悔しい。


 私はノートをめくりました。


 佐久間宗一さん。


 旧街道沿いの自転車店。


 市の管理地に修理待ちの自転車を置く許可を毎年受けていた。


 ところが今年。


 駅前再整備に伴う歩行環境改善や景観形成を理由に、使用許可の更新を拒まれた。


 佐久間さんは異議申立てをした。


 そして市役所から届いたのが。


 ――異議申立てについては、これを認めないこととしました。


 ほぼ、それだけ。


 理由なし。


 正式な決定書らしい体裁もなし。


 市役所へ確認した結果。


 きちんと理由を書こうとしたところで、


 そもそも周辺店舗との比較が十分にされていなかったことが判明。


 再検討の末、


 置ける自転車を三台から二台へ減らすなどの条件付きで、年度末まで使用を認めることになった。


「昨日は」


 私はペンを持ち直しました。


「『理由を書かせたら、役所の判断の穴が見えた』ってところで終わりました」


「そうだな」


「でも、試験としてはそこからですよ」


「嫌な言い方するようになったな」


「受験生ですから」


 私はまず、一行書きました。


 ――結論の種類と、結論の出し方を混同しない。


「ここからです」


「勝手にやれ」


「相馬先輩にも聞きます」


「嫌だ」


「所長」


「付き合え」


 奥の机から即答が飛んできました。


 相馬先輩が黙ります。


 強い。


 この事務所において、片桐所長の裁決に上級行政庁はありません。


「じゃあ、まず佐久間さんの件」


 私はノートに三つ書きました。


 却下。


 棄却。


 認容。


「似た字面が並んだ瞬間、行政法受験生の集中力が一割落ちます」


「お前だけだ」


「全国に仲間がいると信じてます」


 まず却下。


 これは中身の勝ち負けに入る前。


 そもそも不服申立てとして適法でない場合です。


 たとえば、申立期間を過ぎていて救済される事情もない。


 不服申立てをする資格がない。


 対象にならないものを争っている。


 そういう入口の問題。


「つまり」


 相馬先輩が言います。


「試合内容を見る前に、そもそもリングに上がれねえ」


「そうです」


「棄却は?」


「リングには上がった。でも中身を審査したら、申立てに理由がない」


「負け」


「言い方」


「違うのか」


「だいたい合ってますけど」


 そして認容。


 不服申立てに理由がある。


 元の処分に問題がある。


 だから取り消したり、変更したりする。


「佐久間さんは最初、市役所から『認めない』と言われた」


「ああ」


「市役所としては棄却のつもりだった」


「そうだな」


「でも」


 私は例の二行の紙を思い出します。


 認めません。


 以上。


「棄却って結論だけ言えば、それで棄却の決定が完成するわけじゃない」


「そこが今回だ」


 片桐所長が言いました。


「はい」


 私は二重線を引きました。


 ――何を決めたか。


 ――どういう方式で決めるか。


 別問題。


 これ、地味ですが試験では怖いところです。


 却下なのか。


 棄却なのか。


 認容なのか。


 まず結論。


 そのうえで、


 どういう書面で。


 何を書いて。


 誰が責任を持つ形で決定するのか。


 それが方式です。


「で」


 相馬先輩が私のノートを覗きます。


「この時代はどうなってんだ」


「そこです」


 私はページ中央に大きく書きました。


 ――昭和六十三年=旧行政不服審査法。


 その下。


 ――異議申立て。


「現代法の話をする前に、ここを固定します」


「お前が一番固定しろ」


「はい」


 本当にそう。


 私は現代から来ています。


 私の頭に最初に浮かんでしまうのは、


 審査請求。


 三か月。


 審理員。


 行政不服審査会。


 それから。


 今回の教材に近いところでいうと、


 再調査の請求。


 でも。


 昭和六十三年には、


 現代法の「再調査の請求」という制度をそのまま持ち込めません。


 この時代には旧法上、


 処分庁への異議申立てと、


 上級行政庁などへの審査請求が、


 基本的な不服申立てとして併存しています。


「佐久間さんは?」


 相馬先輩が聞きます。


「異議申立て」


「誰に?」


「処分庁」


「何で?」


「今回の処分庁には上級行政庁がないから」


「よし」


 受験生扱いされています。


 でもこういう確認が、一番事故を防ぎます。


 私は続けました。


「旧法では、異議申立てについての決定にも、審査請求の裁決に関する方式の規定が準用されます」


 ここ。


 昨日の市役所で問題になったところです。


 決定は、


 書面で行う。


 理由を付す。


 そして、処分庁が記名押印する。


「だから」


 私は昨日の二行通知を指で再現するように机を叩きました。


「電話で『棄却です』」


 ぺし。


「あとから紙で『認めません』」


 ぺし。


「では足りない」


「そういうことだ」


 片桐所長が言います。


「でも所長」


 私は聞きました。


「これ、どうしてここまで形式にうるさいんですか」


「自分で考えろ」


「ですよね」


 振ったのに返されました。


 私はノートに書きます。


 一つ。


 申立人に結論を明確に知らせるため。


 二つ。


 なぜその結論になったかを明らかにするため。


 三つ。


 行政庁自身に、判断の過程を点検させるため。


 四つ。


 あとでその決定を争う場合の手掛かりにするため。


「一番実感したのは三番ですね」


「佐久間の件か」


「はい」


 市役所は最初、


 適正に判断しました。


 としか言わなかった。


 でも。


 正式な決定書に理由を書くとなれば。


 ――なぜ自転車だけ駄目なのか。


 そこを書かなければならない。


 自転車だから歩行者の邪魔になる。


 では何センチ邪魔になるのか。


 他店の商品台はどうなのか。


 看板はどうなのか。


 周辺との比較はしたのか。


 代わりに置ける場所は本当にあるのか。


 一つ理由を書くと、


 次の問いが出る。


 その問いに答えようとすると、


 調査不足が見つかる。


「理由を書くって」


 私は言いました。


「行政庁に答案を書かせることなんですね」


「また学校の例えか」


「でも近くないです?」


 数学の問題で、


 答えは四十二です。


 だけでは駄目。


 どうして四十二になったのか。


 途中式を書く。


 途中式を書けば、


 どこで間違えたか分かる。


「役所の理由付記も、途中式みたいなものか」


 相馬先輩が言いました。


「私はそう感じました」


「ただし」


 片桐所長が口を挟みます。


「理由があれば何でもいいわけじゃない」


「あ」


「『適切と判断したから棄却する』と書けば足りるか」


「足りませんね」


 それでは結論を言い換えただけです。


 棄却します。


 なぜ。


 理由がないから。


 なぜ理由がない。


 適正だから。


 なぜ適正。


 適切に判断したから。


 無限役所ループ。


 これでは困ります。


「少なくとも」


 私は言いました。


「申立人が、どうして自分の主張が退けられたのか分かる程度には、判断の筋道が必要」


 所長が頷きます。


「理由は飾りじゃない」


「はい」


 私はその言葉をノートに書きました。


 ――理由付記は結論の飾りではなく、判断を検証可能にするためのもの。


 そこで。


 私はペンを止めました。


「……で」


「何だ」


 相馬先輩が嫌な予感のする顔をしました。


「未来へ行きます」


「勝手に行くな」


「頭の中だけです!」


 ここからが、


 今回の一番ややこしくて、


 一番面白いところです。


 私はページを二つに分けました。


 左。


 昭和六十三年・旧法。


 右。


 現代・平成二十六年全部改正後。


 左に書く。


 異議申立て。


 右に書く。


 再調査の請求。


「似てるんですよ」


「何が」


「処分庁自身に、まず見直しを求める感じが」


「じゃあ同じか」


「そこ!」


 私はペンを相馬先輩へ向けました。


「それを同じだと思うと危ないんです」


「お前が引っかかりそうだな」


「引っかかりましたよ昨日!」


 現代の行政不服審査法では、


 昔のように、


 異議申立てと審査請求が一般的な制度として並立しているわけではありません。


 原則として、


 不服申立ては審査請求に一本化。


 そのうえで。


 法律に特別の定めがある場合に、


 処分庁へ再調査の請求をすることができる仕組みがあります。


「つまり再調査の請求って」


 相馬先輩が言います。


「昔の異議申立てを名前だけ変えたんじゃねえのか」


「そこが試験の罠です」


 私は首を振りました。


「単純な名前変更として覚えたら危ないです」


 制度全体の構造が違う。


 旧法では、


 異議申立てと審査請求という二種類の一般的な不服申立てがありました。


 現代法では、


 原則は審査請求。


 再調査の請求は、


 法律に特別の定めがあるときに使える制度です。


「だから試験で」


 私はノートに書きました。


 ――旧異議申立て=現代の再調査の請求。


 と一本線で結んで覚えるな。


「似た役割はあっても、制度上の位置づけが違う」


「そういうことです」


 そして。


 現代の再調査の請求についての決定。


 ここで、今回の教材の本体が出てきます。


 私は右側へ三つ書きました。


 主文。


 理由。


 処分庁の記名押印。


「現代法では」


 私は言いました。


「再調査の請求について却下、棄却、認容の決定をするとき、決定書という書面で行います」


「昨日やったのと似てるな」


「はい」


「何を書く」


「主文と理由」


「誰が責任持つ」


「処分庁が記名押印」


「なるほど」


 昨日の佐久間さんの事件を、


 もし現代の再調査の請求の決定に置き換えて考えるなら。


 単に、


 あなたの申立ては認めません。


 では駄目。


 決定書を作る。


 主文。


 たとえば、


 「本件再調査の請求を棄却する」


 といった結論を書く。


 そして、


 なぜ棄却するのか。


 理由を書く。


 最後に処分庁が記名押印する。


「ここで一個」


 私は赤線を引きました。


「『主文』と『理由』を混ぜない」


「そんな間違いするか?」


「択一式になると急にします」


 主文とは、


 結論部分。


 棄却する。


 却下する。


 処分を取り消す。


 そういう最終判断。


 理由は、


 なぜその結論になったのかという判断過程。


「佐久間さんの最初の紙は?」


「主文みたいなものしかなかった」


「そうです」


 しかも正式な決定書としての形も怪しかった。


 だから問題になった。


 私はその横に、


 ――結論だけでは決定書にならない。


 と書きました。


 そして次。


「ここから教示です」


「また来たな」


「行政法は、教示が大好きですから」


「好きでやってるわけじゃねえだろ」


「分かってます」


 でも試験を受けていると、


 行政法の世界は、


 この手続があります。


 この期間です。


 ここへ申し立てます。


 と、とにかく道案内をしたがる世界に見えてきます。


 なぜか。


 理由は簡単です。


 救済制度があっても、


 国民が知らなければ使えないから。


「佐久間さんだって」


 私は言いました。


「次に何ができるのか分からなかったら、最初の紙を見て終わりだと思った可能性があります」


「そうだな」


「だから行政には、一定の場合に道案内をさせる」


「それが教示」


「はい」


 現代法。


 再調査の請求について決定をする。


 そして、


 元の処分について審査請求をすることができる場合。


 決定書には、


 審査請求ができること。


 審査請求をすべき行政庁。


 審査請求期間。


 これらを記載して教示する。


「三点セットです」


 私は指を立てました。


「何ができる」


「審査請求」


「誰に」


「審査請求すべき行政庁」


「いつまでに」


「審査請求期間」


「それで覚えろ」


 相馬先輩が言います。


 悔しいけれど、分かりやすい。


 私はノートの余白へ書きました。


 ――次に何ができる・誰にする・いつまで。


「ただし」


 私は丸で囲みます。


「ここには例外があります」


「行政法らしくなってきたな」


「嫌な言い方しないでください」


 現代法では。


 再調査の請求に係る元の処分を、


 その決定によって全部取り消し、


 または撤廃する。


 つまり、


 申立人の求める救済が全部実現して、


 元の処分がなくなったような場合。


 その決定書については、


 さらに元の処分を審査請求できる旨の教示をする必要はない。


「何でだ」


 相馬先輩が聞きます。


「全部取り消された処分について、さらに『この処分を審査請求できます』って案内しても意味がないから」


「争うものが消えてる」


「そうです」


 ここは理屈で覚えたほうが早い。


 全部救済された。


 だから次の不服申立てへの案内は不要。


「でも『一部』しか取り消してないなら?」


 相馬先輩が聞きました。


「そこ、いいですね」


「上から目線やめろ」


「全部じゃないなら、なお争う余地が残るので、単純に教示不要とはなりません」


 教材でも、


 教示が不要とされる例外は、


 再調査の請求に係る処分の全部を取り消し、または撤廃する決定。


 全部。


 ここが大事です。


 私は「全部」に四角をつけました。


 そしてもう一つ。


 却下決定の場合。


「ここ、ちょっと変わってます」


「どう変わってる」


「再調査の請求が却下された場合、元の処分について何でもそのまま審査請求できる、と教えるわけではありません」


 現代法では、


 再調査の請求の却下決定が違法な場合に限って、


 元の処分について審査請求できる旨を教示する。


「待て」


 相馬先輩が手を上げました。


「何で却下だけそんな面倒なんだ」


「入口で弾かれたからです」


「もうちょい言え」


「はい」


 棄却なら。


 再調査の請求の中身を見たうえで、


 理由がない。


 と判断している。


 だから、


 その元の処分について次に審査請求へ進む道が問題になる。


 一方、


 却下は、


 そもそも再調査の請求が不適法だから入口で終わっている。


 その却下自体が適法なら、


 不適法な請求をした人に、そのまま次の段階へ進ませる話ではない。


 だから。


 却下決定が違法な場合に限って、


 審査請求ができる旨を教示する。


「ややこしい」


「私もそう思います」


「試験に出そうだな」


「ものすごく出したそうな顔をしている論点です」


 私はノートに整理しました。


 棄却。


 中身を審査した。


 理由なし。


 認容。


 中身を審査した。


 理由あり。


 却下。


 入口で不適法。


 これをまず分ける。


 そうすれば、


 却下の場合だけ教示の内容に条件が付く理由も見えやすくなる。


「暗記だけすると」


 私は言いました。


「『却下だっけ、棄却だっけ』で崩壊します」


「だから意味を見ろ」


 片桐所長が言いました。


「はい」


 やっぱりこの人、


 短いけれど全部そこへ戻します。


 私はさらにノートのページを進めました。


 ――新旧比較。


「さて」


「まだやるのか」


「ここが転生者の本番です」


 相馬先輩が嫌そうな顔をします。


 知ったことではありません。


 私は線を引きました。


 昭和六十三年。


 旧法。


 基本的な不服申立て。


 異議申立て。


 審査請求。


 現代法。


 原則。


 審査請求。


 特別な場合。


 再調査の請求。


「こう並べると」


 私は言いました。


「どうして制度が変わったのか、少し見えます」


「どうしてだ」


「まず、旧法は入口が分かりにくい」


 この処分には、


 異議申立てなのか。


 審査請求なのか。


 上級行政庁があるのか。


 直接審査請求できるのか。


 異議申立てを先にしなければならないのか。


 個別法の特則はあるのか。


「住民からしたら」


 私は言いました。


「処分に納得できない、という入口は一つなのに、救済ルートの名前と行き先が分かれてる」


「面倒だな」


「でしょう?」


「役所側も面倒だ」


「ですよね」


 そこで現代法では、


 原則として審査請求へ一本化する方向へ制度が整理された。


 そしてもう一つ。


「公正さです」


 私は言いました。


「旧法の異議申立てでは、処分庁自身がもう一度判断する」


「佐久間の件そのものだ」


「はい」


 処分した役所に、


 あなたの処分はおかしくないですか。


 と申し立てる。


 もちろん利点もある。


 事情を知っている。


 資料がある。


 自分で素早く修正できる。


 佐久間さんの件だって、


 理由を書き直す過程で担当課自身が調査不足を発見した。


 これは自己修正の強みです。


 でも。


 逆側から見れば。


「自分で出した処分を、自分で審査する」


「うん」


「申立人からすると、本当に公平に見てもらえるのか不安になる」


「まあな」


 だから現代の審査請求では、


 処分に関与していない職員を審理員として審理手続に関与させる制度が設けられた。


 さらに一定の場合には、


 行政不服審査会など第三者機関への諮問も行う。


「昨日の佐久間さんの事件を見たあとだと」


 私は言いました。


「審理員制度が何を気にして作られたのか、前より分かります」


「自分で出した答えを自分だけで丸付けするな、と」


「かなり乱暴に言えば」


「お前の学校の例えに合わせてやったんだ」


「ありがとうございます」


「礼言われると腹立つな」


 でも。


 旧法が駄目で、


 現代法が完璧。


 そんな単純な話でもありません。


 旧法の異議申立てには、


 処分庁自身が素早く修正できるという利点がある。


 現代法でも。


 一定の分野では、


 処分庁にまず再調査してもらう制度が残っています。


「だから再調査の請求があるんですね」


 私が言うと、所長がこちらを見ました。


「制度は利点まで捨てない」


「……なるほど」


 問題があったから全部壊す。


 ではなく。


 簡易迅速な自己修正という良さは残す。


 その一方で、


 不服申立て全体の原則は審査請求へ整理する。


 そして審査請求では公正性を高める。


「法改正って」


 私は呟きました。


「前の制度への悪口じゃないんですね」


「当たり前だ」


 相馬先輩が言います。


「困ったところを直すんだろ」


「はい」


「全部悪かったなら、全部捨てりゃいい」


「確かに」


 制度の歴史は、


 欠点の一覧ではない。


 何を残し、


 何を変えたか。


 そこを見ると、


 制度が何を大事にしているのかが見えてくる。


 私はノートに書きました。


 ――旧異議申立ての長所=処分庁自身による簡易・迅速な自己修正。


 ――課題=手続の分かりにくさ、公正性への懸念。


 ――現代=審査請求へ原則一本化。審理員制度等で公正性を強化。必要な分野には再調査の請求を残す。


「これなら覚えられそうです」


「試験で歴史を書くなよ」


「分かってます」


 大事なのは、


 試験問題が昭和六十三年の話を聞いてくるわけではないということです。


 現代の行政書士試験なら、


 現行法で答える。


 再調査の請求。


 決定書。


 主文。


 理由。


 処分庁の記名押印。


 必要な教示。


「ここで問題です」


 私は突然言いました。


 相馬先輩が顔をしかめます。


「誰が出題を許可した」


「現代法という設定で聞きます」


「俺は未来人じゃねえ」


「想像してください」


 私はノートを読み上げました。


「処分庁が再調査の請求を棄却しました。その決定書には、主文と理由を記載し、処分庁が記名押印しました。これで完成です。丸かバツか」


「バツ」


「早い」


「お前がさっき教示の話してただろ」


「では理由を」


「元の処分について審査請求できるなら、誰に、いつまでにするかも教えろ」


「正解です」


「何で俺が未来の試験に合格しそうになってんだ」


「才能ありますよ」


「いらん」


 次。


「再調査の請求を認容して、元の処分を全部取り消しました。それでも必ず、元の処分について審査請求できる旨を教示しなければならない。丸かバツか」


「バツ」


「理由は?」


「全部消えた処分を、さらに争わせてもしょうがねえ」


「正解」


「簡単だな」


「理屈が分かれば簡単なんですよ」


 そこなんです。


 行政法。


 条文の文章だけ見ると、


 異常に細かく感じる。


 でも。


 誰が困るのか。


 何のための手続なのか。


 そこから逆算すると、かなりの部分は筋が通っている。


 最後。


「再調査の請求を却下しました。この場合、無条件で元の処分について審査請求できると教示する。丸かバツか」


 相馬先輩が少し考えました。


「バツ」


「お」


「却下ってことは、入口で駄目だったんだろ」


「はい」


「なら、その却下がおかしい場合だけ次へ行ける」


「かなり雑ですが正解です」


「雑は余計だ」


 私はノートに大きく花丸を書きました。


「やめろ」


「何でです?」


「腹立つ」


 そこで片桐所長が帳簿を閉じました。


「こはる」


「はい」


「今回、一番大事なのは何だ」


 私はノートを見ました。


 方式。


 主文。


 理由。


 記名押印。


 教示。


 旧法。


 異議申立て。


 現代法。


 再調査の請求。


 たくさんあります。


 でも。


 佐久間さんの顔を思い出す。


 最初の二行通知を見たとき。


 そして、


 正式な決定書を手にしたとき。


 結果が完全に希望どおりだったわけじゃない。


 それでも、


「これなら分かります」


 と言った。


「行政の答えは」


 私は言いました。


「結論だけじゃ駄目だってことです」


 所長は黙っています。


「なぜそう判断したかを書かせる。誰がその判断をしたのか明らかにする。そして、まだ争う道があるなら、その道も知らせる」


「うん」


「形式って」


 私は少し考えました。


「負けた人を黙らせるための紙じゃなくて、次に動けるようにするための紙なんですね」


 所長が小さく頷きました。


「それでいい」


 私はノートの最後に、


 一行の覚え書きを書きました。


 ――決定は「結論」で終わらない。理由を書き、責任を示し、次の道まで教える。


「長い」


 相馬先輩が言います。


「内容が大事です」


「一行の覚え書きだろ」


「一行に収まってます」


「そういう意味じゃねえ」


「じゃあ短くします」


 私は少し考えて、


 その下へ書きました。


 ――主文・理由・記名押印。必要なら次の道も教示。


「試験用っぽくなったな」


「でしょう?」


「で」


 相馬先輩が立ち上がりました。


「帰るぞ」


「あ、待ってください」


「何だ」


「昨日のたい焼き」


「まだ言うのか」


「私の分を食べましたよね」


「証拠はない」


「あんこ付いてました」


「もう拭いた」


「証拠隠滅!」


 私は机を叩きました。


「異議申立てします」


「処分庁は俺だ」


「旧法の嫌なところを日常生活で再現しないでください」


「棄却」


「理由は?」


「食ったものは戻らん」


「それ理由じゃないでしょう!」


 片桐所長が奥から言いました。


「こはる」


「はい」


「棚を見ろ」


「棚?」


 振り返ります。


 紙袋。


「……たい焼き?」


「佐久間さんが今日また持ってきた」


「えっ」


 開ける。


 六個。


 まだ少し温かい。


 相馬先輩が近づいてきました。


「二個――」


「駄目です」


「まだ何も言ってねえ」


「顔が言いました」


「一個余るだろ」


「余りません」


「何でだ」


 私はたい焼きを一つ取りました。


「昨日の損害分です」


「そんな制度ねえぞ」


「今日は未来法でいきます」


「都合よく時代を超えるな!」


 片桐所長が珍しく笑いました。


 ほんの少しだけ。


 窓の外では、


 市役所の方角へ夕日が沈んでいました。


 佐久間さんは明日も、


 店の前に自転車を二台並べるでしょう。


 三台ではない。


 ずっとでもない。


 年度末まで。


 完全勝利ではありません。


 けれど。


 なぜ二台なのか。


 なぜ今は置けるのか。


 なぜ将来はもう一度見直すのか。


 それが書面に残った。


 そして書面にしようとしたからこそ、


 役所自身が、


 最初の判断の雑さに気づいた。


 制度の形式は冷たい。


 主文。


 理由。


 記名押印。


 教示。


 言葉だけ並べれば、


 人間味なんてほとんどありません。


 でも。


 「駄目です」


 だけで人の生活を切らせないためには、


 その冷たさが必要です。


 なぜ駄目なのかを書け。


 誰が決めたのか明らかにしろ。


 まだ争えるなら、その道を教えろ。


 法律は、


 役所に優しく説明してほしい、


 とは言いません。


 もっと冷たく。


 もっと強く。


 形にしろ。


 と命じます。


 そして。


 形にしようとした瞬間、


 雑な判断は、自分の重さに耐えられなくなることがある。


 私はノートを閉じました。


「相馬先輩」


「何だ」


「たい焼き、一個あげましょうか」


「最初からそうしろ」


「ただし条件があります」


「何だ」


「昨日、私の分を食べたことを書面で認め、理由を付して記名押印してください」


「いらん」


「即答!」


「口頭で決定した」


「方式違反です!」


「異議あるか」


「あります!」


「棄却」


「だから理由!」


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 どうやら、


 行政不服審査の決定方式を一番守らないのは、


 今日も役所ではなく、


 うちの先輩のようでした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
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