[行政不服審査法59条・再調査の請求の認容の決定]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、揚げ物の匂いが残っていました。
御食事処みなとのコロッケ。
十二個あったはずなのに。
残り、ゼロ。
「先輩」
「何だ」
「最後の半分、本当に半分でした?」
「半分だ」
「私の方、小さかった気がするんですけど」
「気のせいだ」
「異議があります」
「棄却」
「だから早いんですよ!」
相馬先輩は煙草に火をつけながら、完全にこちらを無視しました。
私はため息をついて机に戻ります。
目の前には、開いたノート。
上には大きく。
――異議申立ての認容。
その下に。
――不利益変更の禁止。
と書きました。
昨日までなら。
正直、この二つを見ただけで少し眠くなっていたと思います。
認容。
取消し。
変更。
不利益変更。
はいはい、行政不服審査法の結論処理ですね。
そんな感じです。
でも。
営業停止二十日。
それが三日に変わった。
その十七日間が、
正吉さん夫婦にとって、
店を開ける十七日。
仕入れができる十七日。
客に飯を出せる十七日。
生活費を稼げる十七日。
そう知ってしまうと。
「変更」という二文字が、急に具体的になりました。
「今日は何だ」
相馬先輩が聞きます。
「異議申立ての結果です」
「結果?」
「申立てに理由があったら、役所は何ができるのか」
「昨日やっただろ」
「現場で見たのと、整理するのは別です」
「受験生みたいなこと言うな」
「受験生だったんです!」
「だった?」
「気にしないでください」
危ない。
前世が漏れます。
私はノートに線を引きました。
まず。
今回の正吉さんの事件。
市の保健所長から、
営業停止二十日。
理由は、
衛生管理上の不備。
さらに、
過去にも改善指導を受けているのに改善が十分でない。
そのため悪質。
そう評価されました。
でも。
調べ直してみると。
去年の改善指導は、
ゴミ箱の蓋。
手洗い石鹸。
どちらも翌日に是正済み。
今回と同じ違反を繰り返したわけではない。
今回の冷蔵庫も、
記録漏れはあったけれど、
実測温度は基準内。
床が濡れていたのも、
清掃直後。
つまり。
違反そのものが全部消えたわけではない。
けれど。
二十日という重い処分を支える材料の一部が、
事実と違っていた。
「そこで」
私は書きました。
――全部取消しだけが答えではない。
「昨日の結果だな」
相馬先輩が言います。
「はい」
もし。
正吉さん側に何の問題もなかったなら。
処分全部を取り消す。
そういう結論もあり得ます。
でも今回は違った。
記録不備はあった。
表示不足もあった。
だから。
処分自体は残す。
ただし。
二十日停止。
そこまでは重すぎる。
そこで。
三日へ変更。
「これ」
私はペン先でノートを叩きました。
「行政処分って、ゼロか百かじゃないんですね」
「当たり前だろ」
「でも受験生だと」
「また受験生の話か」
「取消す、棄却する、却下する、って分類で覚えがちなんですよ」
「だから?」
「生活の中で見ると、処分の中身を変えるって相当大きい」
相馬先輩は煙草を灰皿に置きました。
「二十日を三日にした」
「はい」
「十七日戻った」
「そうです」
「なら、それが変更だ」
短い。
でも分かりやすい。
変更。
処分を全部消すのではない。
処分の内容を軽くしたり、
範囲を狭くしたり、
形を変える。
今回なら、
営業停止二十日。
から。
営業停止三日。
へ。
そして。
ここで私の頭の中に。
また。
現代法が走ってきました。
再調査の請求。
行政不服審査法第五十九条。
理由がある場合。
処分庁は決定で、
処分の全部若しくは一部を取り消し、
又は変更する。
「……」
「どうした」
「未来が来ました」
「追い返せ」
「無理です」
私は額を押さえました。
現代の行政不服審査法には、
再調査の請求。
という制度があります。
処分庁自身に、
まずもう一度見てもらう。
その意味では。
昭和六十三年の、
異議申立て。
と少し似ています。
でも。
同じ制度ではありません。
ここを混ぜたらアウト。
私はノートに大きく書きました。
――昭和六十三年=旧法。
――現在=新法。
「また始まったな」
相馬先輩が言います。
「何がです?」
「お前の新旧法地獄」
「地獄って言わないでください」
「顔が地獄だぞ」
否定できません。
整理します。
昭和六十三年。
旧行政不服審査法。
基本的な不服申立てとして、
審査請求。
異議申立て。
が併存。
今回の正吉さんの件では。
処分庁自身に対する異議申立て。
一方。
現代法では。
原則として審査請求へ一本化。
ただし。
法律に特別の定めがある場合には、
再調査の請求。
という仕組みが置かれることがあります。
「じゃあ」
相馬先輩が言いました。
「今のお前の頭にある再調査の請求ってのは、未来の制度か」
「そうです」
「今は使えない」
「使えません」
「じゃあ忘れろ」
「受験生には無理です!」
制度改正を知っている転生者というのは、
便利そうで、
ものすごく不便です。
未来の正解を知っている。
でも。
今の現場では、その正解がまだ存在しない。
答案に、
審理員が――
とか書いた瞬間。
昭和六十三年では、
誰ですかそれ。
になります。
「ただ」
私は言いました。
「似ているところはあります」
「何が」
「処分した側が、自分の処分を見直すところ」
「なるほどな」
旧法の異議申立て。
現代法の再調査の請求。
どちらも。
処分庁自身による見直し。
という性格があります。
だからこそ。
メリットもある。
処分の記録が手元にある。
事情を分かっている。
間違いが見つかれば早く直せる。
今回。
過去の指導歴。
冷蔵庫。
床面。
そこを役所自身で確認し直し。
二十日を三日に変えた。
裁判所まで行かなくても。
行政自身が修正した。
「そう考えると」
私は言いました。
「処分庁自身が見直すこと自体は、悪いことばかりでもないんですよね」
「当たり前だ」
「でも公平性には不安がある」
「それも当たり前だ」
そう。
ここです。
自分で出した処分を。
自分で見直す。
本人採点。
どうしても、
本当に間違いを認めるのか。
という不安が出る。
今回。
沢渡課長は、
事実が崩れればあっさり認めた。
でも。
いつでもそうとは限りません。
「だから現代法では」
私は言いました。
「異議申立てを原則廃止して、審査請求へ一本化した」
「また未来の話か」
「今度は比較です」
「短くしろ」
「はい」
現代法。
平成二十六年の全部改正。
不服申立ての種類を整理。
原則として審査請求へ一本化。
さらに。
審理員制度。
原処分に関与していない職員が審理する。
そして一定の場合には、
行政不服審査会等への諮問。
「昭和には」
「ありません」
「審理員」
「いません」
「審査会」
「今の形ではありません」
「申立期間」
「六十日」
「未来は」
「三か月」
「よし」
相馬先輩が満足そうに頷きました。
「何ですか」
「今日は間違えなかった」
「子どもの九九みたいに褒めないでください」
でも。
大事です。
昭和六十三年。
旧法。
六十日。
現代。
三か月。
転生してからというもの。
数字一つで未来人がバレそうになります。
行政法。
怖い。
「で」
相馬先輩が言います。
「認容ってのは何だ」
「申立てに理由があるって認めることです」
「理由がある?」
「元の処分がおかしい部分があるから、申立人の主張を認める」
「全部?」
「全部とは限りません」
ここ。
重要です。
全部認容。
一部認容。
そして。
処分の取消し。
処分の変更。
今回なら。
営業停止処分そのものは残った。
だから。
全部取消しではない。
でも。
二十日という内容を三日に変えた。
申立てに理由があると認め、
処分を変更した。
「じゃあ」
相馬先輩が私を見ました。
「二十日停止が三日になった。これは正吉さんの勝ちか」
「うーん」
「何だ」
「勝ち負けで言わない方がいい気がします」
正吉さんにも衛生管理の不備はあった。
だから。
全部取り消されなかった。
役所も全部間違っていたわけじゃない。
でも。
二十日まで重くした部分には問題があった。
だから変更された。
「不服申立てって」
私は言いました。
「白黒つけるためだけじゃないんですね」
「そうだな」
「間違ってる部分だけ直す」
「そうだ」
その感じ。
私はちょっと好きでした。
全部正義。
全部悪。
じゃない。
事実を一個ずつ切り分けて。
正しい部分は残す。
間違っている部分だけ直す。
法律の冷たさが、
逆に公平です。
「次」
私は見出しを書きました。
――不利益変更の禁止。
昨日。
正吉さんが一番怖がっていたもの。
異議申立てをしたら。
二十日停止が。
三十日になるかもしれない。
四十日になるかもしれない。
そう言われた。
「もし本当にそうなるなら」
私は言いました。
「誰も不服申立てしなくなります」
「ああ」
「二十日が納得できなくても、黙った方が安全になる」
「制度が死ぬな」
「そうです」
だから。
不服申立ての結果として。
申立人を、
元の処分より不利にする変更はできない。
「今回なら」
私はノートに書きます。
二十日営業停止。
異議申立て。
その結果。
三十日営業停止。
これは駄目。
「じゃあ」
相馬先輩が言います。
「二十日停止だった奴が、不服申立てしたら免許取消しになった」
「もっと駄目ですね」
「罰金みたいなのが追加された」
「それも、申立ての結果として不利益に変更するなら駄目」
「なるほど」
「ただし」
私は言ってから止まりました。
「何だ」
「ここ、雑に覚えると危ない気がします」
「言え」
不利益変更禁止。
それは。
申立てをした人には、
今後絶対に不利な処分ができない。
という意味ではありません。
「例えば」
私は考えます。
「異議申立てとは別に、その後新しく重大な違反が見つかった」
「うん」
「それに対して、新しい処分をする」
「それまで全部禁止されるのか?」
「そこまでは言えません」
そう。
不利益変更禁止は。
不服申立ての審理結果として、
元の処分を申立人にとってもっと不利に変更するな。
という話。
新しい事実。
別の違反。
別個の処分根拠。
それまで全部封じる魔法ではない。
「だから昨日」
沢渡課長が言っていた。
新しい事情が出る可能性がある。
それ自体と。
異議申立ての結果として処分を重くする。
は。
別問題。
「この区別、大事ですね」
「そうだな」
「『異議申立てしたら何があっても安全』ではない」
「当然だ」
「でも」
私は二重線を引きました。
――不服を申し立てた結果として、元より重くすることはできない。
ここ。
これが安心材料。
正吉さんが、
申立てをする気になれた理由です。
「制度としては」
私は言いました。
「ものすごく地味な保障なんですけど」
「地味か?」
「条文だけ見ると」
「現場では?」
「かなり重要です」
だって。
人は。
勝てるかどうかより先に。
今より悪くならないか。
を気にします。
不服申立てをしたら、
役所に目をつけられる。
もっと重くされる。
嫌がらせされる。
そう思えば。
制度があっても使えない。
だから。
不利益変更禁止。
という冷たいルールが必要になる。
「所長」
私は奥へ声をかけました。
「何だ」
「不利益変更禁止って、何のためにあるんですか」
「申立てを萎縮させないためだ」
即答でした。
「やっぱり」
「不服を言えば損をする制度なら、誰も使わん」
「ですよね」
「権利は、使える形で置いて初めて意味がある」
私はペンを止めました。
それ。
好きです。
権利は。
あります。
だけじゃ足りない。
使ったら報復される。
使ったらもっと悪くなる。
それなら。
実質的にはないのと同じ。
だから。
使える形にする。
そのためのルール。
「条文って」
私は呟きました。
「案外、人間が怖がること分かって作ってあるんですね」
相馬先輩が笑いました。
「法律作るのも人間だからな」
「たまに忘れます」
「お前は条文を何だと思ってる」
「ラスボスの呪文」
「受験生やめろ」
もうやめてます。
たぶん。
いや。
精神的にはまだ現役です。
次。
私はページをめくりました。
――現代法第五十九条。
「また未来か」
「これは今日のテーマの対応関係です」
現代の行政不服審査法。
再調査の請求。
処分について。
再調査の請求に理由がある場合。
処分庁は。
決定で。
処分の全部若しくは一部を取り消し。
又は変更する。
「今回みたいだな」
相馬先輩が言います。
「そうなんです」
制度名は違う。
昭和の異議申立て。
現代の再調査の請求。
完全に同じではない。
でも。
処分庁自身が見直し。
理由があれば。
取消し。
変更する。
そこは。
理解の橋になります。
「で」
相馬先輩が言いました。
「教材にあった事実上の行為ってのは?」
「そこ来ます?」
「今日は法理編だろ」
「急に真面目ですね」
「お前が間違うと面倒だからな」
事実上の行為。
現代法第五十九条では。
事実上の行為について、
再調査の請求に理由がある場合。
処分庁は。
違法又は不当である旨を宣言。
そのうえで。
全部若しくは一部を撤廃し。
又は変更する。
「処分と違って」
私は書きます。
処分。
取消し。
変更。
事実上の行為。
違法又は不当の宣言。
撤廃。
変更。
「撤廃って何だ」
「今行われている状態そのものをやめさせる感じですね」
「例えば」
「収容されている人を解放するとか」
「うん」
「領置されている物を返すとか」
「なるほど」
つまり。
処分なら。
法的効果のある決定を消す。
事実上の行為なら。
実際に続いている状態をやめる。
「取消しと撤廃」
私は二つを並べました。
「ここ、試験で混ぜられそう」
「混ぜるな」
「分かってます」
でも。
言葉だけだと混ざります。
だから。
絵にする。
営業停止命令。
これは処分。
取り消す。
一方。
物を現に留置している。
収容を現に続けている。
これは行為の状態をやめる。
撤廃。
「現場があると覚えやすいな」
相馬先輩が言いました。
「でしょう?」
「じゃあ現場だけやってろ」
「試験に落ちます!」
「受けるのか?」
「……」
危ない。
また未来人が出ます。
「まあいい」
先輩は煙草を揉み消しました。
「次」
「はい」
もう一度。
不利益変更禁止。
現代法第五十九条第三項でも。
再調査の請求の認容の場合に。
請求人の不利益に。
処分や事実上の行為を変更できない。
この点。
現代でも残っている。
「制度名が変わっても」
私は言いました。
「申立てした人を、それを理由にもっと不利にしないという考え方は大事なんですね」
「そりゃそうだ」
「ここは新旧をつなぐ軸になる」
「お前、やっと転生を活用し始めたな」
「今までしてなかったみたいに言わないでください」
ただ。
本当に。
新旧制度を比べると。
改正がただの名前変更ではないと分かります。
旧法。
異議申立て。
処分庁自身が見直す。
審査請求。
上級行政庁などへ申し立てる。
仕組みが複数あって分かりにくい。
さらに。
処分庁自身が審理することへの公正性の不安。
そこで。
現代法では。
原則審査請求へ一本化。
審理員制度。
第三者機関への諮問。
一方で。
法律に特別の定めがある場合には、
再調査の請求。
という処分庁自身の見直しルートも残る。
「つまり」
私は言いました。
「昔の仕組みを全部捨てたわけじゃない」
「使える部分は残した?」
「そうです」
処分庁自身が見直す。
早い。
事情に詳しい。
自分で直せる。
そういう良さはある。
でも。
公平性。
分かりやすさ。
そこを改善する必要があった。
制度改正って。
古い制度が全部駄目だったから消す。
じゃない。
弱点を直しながら。
使えるところは残す。
「法律って」
私は言いました。
「町と同じですね」
「何が」
「駅前再整備」
「急にどうした」
「全部壊して作り直せばいいわけじゃない」
古い商店街。
花売り台。
食堂。
道路。
駅。
使えるもの。
直すもの。
動かすもの。
残すもの。
それを見極める。
「制度改正も似てるなって」
私が言うと。
片桐所長が奥から言いました。
「うまくやればな」
「所長」
「町も法律も、全部壊せば楽だ」
「はい」
「だが、それで困る人間が出る」
私は黙りました。
駅前再整備。
この町では今。
何かが大きく動いている。
花売り台。
露店。
飲食店。
一つ一つは。
小さな行政処分。
でも。
全部の向こう側に、
駅前を新しくする。
という大きな計画が見え始めています。
法律も。
町づくりも。
目的が正しければ、
途中の手続は雑でいい。
とはならない。
そこ。
たぶん。
この先、何度も出てくる気がします。
「こはる」
所長が言いました。
「今日の一行は」
「今考えます」
私はノートの最後に線を引きました。
そして。
まず書きます。
――認容は、全部取消しだけじゃない。間違った部分だけ軽くすることもできる。
「長い」
相馬先輩。
「じゃあ短く」
消します。
書き直します。
――理由があれば、取消し・変更。不服を言った人を、もっと不利にはしない。
相馬先輩が覗き込みました。
「二つ入れたな」
「今日のテーマが二本柱なので」
「一行ならいいか」
「いいんですか?」
「知らん」
「急に投げないでください」
私はその下に。
さらに小さく書きました。
――権利は、使って損をしない仕組みがあってこそ使える。
これは試験用じゃありません。
今日。
私が覚えておきたい言葉です。
正吉さんは。
二十日停止そのものより。
不服を言ったら三十日になるかもしれない。
その怖さで黙ろうとした。
でも。
不利益変更禁止があると知って。
初めて。
じゃあ見直してもらおう。
と思えた。
法律は。
勇気を要求しません。
怖がるな。
とも言いません。
ただ。
怖がらなくて済むように、
不利益変更禁止。
という柵を置く。
その柵の中なら。
一歩踏み出せる人がいる。
そういう制度の冷たさなら。
私は嫌いじゃありません。
「終わったか」
相馬先輩が立ち上がりました。
「はい」
「帰るぞ」
「その前に」
「何だ」
「今日の確認問題」
「嫌だ」
「一問だけです」
「嫌だ」
「所長」
「やれ」
奥から即答。
相馬先輩が天井を見ました。
「横暴だ」
「不服申立てします?」
「誰に」
「処分庁本人です」
「意味ねえな」
「旧法っぽいですね」
「笑えねえ」
私はノートを閉じずに聞きました。
「営業停止二十日に異議申立てをしたところ、処分庁が『よく調べたらもっと悪質だったので三十日に変更します』。これは?」
「駄目」
「なぜ」
「不利益変更」
「正解」
「次」
「営業停止二十日を三日に変更」
「できる」
「なぜ」
「申立人に有利だから」
「正解」
「次」
「営業停止処分そのものに理由がないと分かった」
「取消し」
「正解」
「次」
「まだあるのか」
「現代法で、事実上の行為について再調査の請求に理由があった場合」
「知らん」
「さっきやったでしょう!」
「未来の話は覚えん」
「受験生として失格!」
「受験しねえ!」
正論すぎる。
私は椅子に座り直しました。
「じゃあ私が答えます」
「勝手にしろ」
「違法または不当である旨を宣言したうえで、全部または一部を撤廃、または変更」
「はいはい」
「処分なら?」
「取消し、変更」
「不利益変更は?」
「禁止」
「旧法の申立期間」
「六十日」
「現代」
「三か月」
「異議申立て」
「旧法」
「現代は?」
「原則廃止」
「審理員制度」
「昭和にはない」
「素晴らしい!」
「何で俺が受験勉強してんだ」
相馬先輩が本気で嫌そうな顔をしました。
そこへ。
電話が鳴ります。
「はい、片桐行政書士事務所です」
『御食事処みなとの西村だけど』
「あ、正吉さん」
『明日から店開けるんだ』
「三日終わりましたもんね」
『ああ』
声が少し明るい。
『それでな。明日の昼、暇なら来いよ』
「え?」
『コロッケ定食くらい出す』
「本当ですか!」
相馬先輩が振り向きました。
「何だ」
私は受話器を押さえます。
「みなと、明日から営業再開。コロッケ定食」
「行く」
「即答!」
『相馬さんもいるのか』
「います」
『じゃあ二人分だな』
「所長は?」
私は奥を見ました。
「行く」
「三人分です!」
『分かった。十一時半な』
「はい!」
電話を切る。
「先輩」
「何だ」
「明日十一時半」
「忘れねえ」
「こういうときだけ記憶力いいですね」
「重要事項だ」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「こはる」
「はい」
「明日は客として行け」
「分かってます」
「衛生検査するな」
「しませんよ!」
……たぶん。
冷蔵庫の温度計くらい、
ちょっと見ちゃうかもしれませんけど。
窓の外。
商店街の灯りが一つずつ点き始めていました。
御食事処みなとの看板は、
今夜までは暗い。
でも。
明日。
また灯りがつく。
二十日後じゃない。
三日後。
その差は。
条文の上では、
「変更」。
たった二文字です。
でも。
正吉さんたちにとっては。
十七日分の店。
十七日分の客。
十七日分の生活。
法律の言葉は。
今日も冷たい。
取消し。
変更。
撤廃。
不利益変更。
どれも。
温かい味噌汁とは、
似ても似つきません。
けれど。
冷たい言葉だからこそ。
誰が役所を怒らせたか。
誰が大声を出したか。
誰がかわいそうか。
そんなことで結論を決めずに済む。
どこまでが事実か。
どこからが重すぎたのか。
そこだけを切り分けられる。
そして。
不服を言った人を、
不服を言ったという理由で、
もっと悪い場所へ突き落とさない。
その線を。
法律は黙って引いている。
私はノートを閉じました。
「先輩」
「何だ」
「明日、コロッケ何個食べます?」
「三個」
「定食ですよ」
「追加する」
「営業再開初日から在庫を圧迫しないでください」
「客は食ってなんぼだろ」
「それはそうですけど」
片桐所長が立ち上がります。
「二個までだ」
相馬先輩が固まりました。
「所長」
「何だ」
「それ、処分ですか」
「業務命令だ」
「不服です」
「申立てるか」
「はい」
「結論」
「まだ聞いてません」
「棄却」
「だから早い!」
私は吹き出しました。
「先輩」
「笑うな」
「不利益変更されなかっただけ良かったじゃないですか」
「何がだ」
「一個にされる可能性もありました」
「それは横暴だ」
「新たな事情が判明すれば別処分かもしれませんよ」
「お前、覚えた知識で遊ぶな!」
窓の外。
雨上がりの商店街を、
自転車が一台通っていきました。
明日。
みなとの厨房では、
また油がはねます。
その音を聞いたとき。
私はきっと。
営業停止二十日から三日への「変更」という言葉を、
もう二度と。
ただの暗記項目としては読めないと思います。
――理由があれば、取消し・変更。不服を言った人を、もっと不利にはしない。
それが。
今日のこはるノートです。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




