[行政不服審査法58条・再調査の請求の却下又は棄却の決定]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、たい焼きの匂いが残っていました。
法律事務所ではありません。
行政書士事務所です。
そして本来、たい焼きの匂いが充満する業種でもありません。
でも今日は仕方がない。
宮原さんが持ってきてくれた差し入れです。
「……あんこ、机に落としましたね」
「お前だろ」
「先輩です」
「証拠は」
「机の右側です」
「俺の席だからって俺とは限らん」
「行政法みたいな言い逃れしないでください」
相馬先輩は新聞を畳みました。
「で」
「はい」
「昨日の続きやるんだろ」
「よく覚えてましたね」
「所長に付き合えって言われたからな」
奥を見る。
片桐所長は帳簿を開いたまま、一言。
「始めろ」
強制力がすごい。
私は机の上にノートを広げました。
大きく書く。
――却下と棄却。
その下に。
――旧法の異議申立てと、現代法の再調査の請求。
「今日はここです」
「昨日の宮原さんの件か」
「はい」
宮原庄吉さん。
駅前で自転車店を営む五十四歳。
道路上へ出していた看板について、長年更新されていた許可が今年になって不許可。
しかも役所の説明は、
期限の問題もありますし、仮に期限内でも認められません。
そんな曖昧なものでした。
「で、お前が噛みついた」
「噛みついてません」
「かなり噛みついてたぞ」
「論点を確認しただけです」
「役所で『それじゃ却下と棄却を分ける意味がない』って言ってただろ」
「正論です」
「否定しねえのな」
私はノートに二本の線を引きました。
左。
却下。
右。
棄却。
「まず、いちばん大事なところです」
私は左側を指しました。
「却下は、不適法」
右。
「棄却は、適法だけど理由がない」
「昨日も聞いた」
「丁寧にやります。先輩も見習ってください」
「嫌だ」
即答。
安定しています。
私は続けました。
「却下は、そもそも申立てが法律上の要件を満たしていない場合です」
「たとえば?」
「期間を過ぎている」
「うん」
「申立てとして必要な要件を欠いている」
「うん」
「つまり、入口で止まる」
「昨日の言い方だな」
「はい」
一方。
「棄却は?」
「入口は通れる」
相馬先輩が答えました。
「でも中身を見たら理由がない」
「そのとおりです」
私はノートに書きました。
却下。
――不適法なので本案に入らない。
棄却。
――適法なので本案を審理したが、請求に理由がない。
「ここ、試験で本当に狙われます」
「そんなにか」
「はい」
「漢字一文字違いだからか」
「そこじゃないです」
「でも受験生は間違えるんだろ」
「間違えます」
悔しいですが。
かなり間違えます。
しかも問題文は、わざとそこを混ぜてきます。
再調査の請求が期間を過ぎていたので棄却する。
とか。
再調査の請求に理由がないので却下する。
とか。
一瞬でも気を抜くと、
どっちも駄目なんだから同じようなものでしょう。
という雑な脳内処理が始まります。
行政法は、その一瞬を見逃しません。
「試験問題、性格悪いな」
「法律の違いを理解してるか見てるんです」
「お前、急に模範生みたいなこと言うな」
「昨日までの私とは違います」
「たい焼き一個で?」
「宮原さんの事件でです!」
私は昨日の決定書を思い出しました。
市は宮原さんの異議申立てを棄却した。
ということは。
少なくとも形式上、
申立ては適法なものとして入口を通った。
そのうえで中身を見た。
だから、
理由がない。
と判断したことになります。
「もし市が、本当に六十日を過ぎていたと考えたなら?」
相馬先輩が聞きました。
「その点で不適法になるから、入口の問題です」
「つまり却下」
「そうです」
「でも実際は六月三日に届いて、七月二十日に申立てた」
「六十日以内です」
「だから期間切れではなかった」
「はい」
「なのに窓口では期限の問題がどうとか言った」
「そこが混乱の原因でした」
私はノートに丸をつけます。
結論の言葉は、その行政庁が何を判断したのかを表す。
却下なら、
適法な申立てとして本案に入っていない。
棄却なら、
本案まで審理した。
「だから」
私は言いました。
「宮原さんにとって、どっちでも負けだから同じ、じゃないんです」
「次にやることが違う」
片桐所長が言いました。
「そうです」
却下なら。
まず手続の不備を考える。
期間。
申立ての資格。
必要事項。
提出先。
その他、不適法になる原因。
一方。
棄却なら。
中身で負けた。
事実認定。
証拠。
法解釈。
裁量判断。
そのどこが弱かったのかを見る。
「宮原さんの場合は?」
「棄却だったので、役所は中身まで見たことになっていた」
「でも実際には古い看板寸法で判断していた」
「はい」
「じゃあ問題は、申立て自体の適法性じゃない」
「中身の審理です」
「なるほどな」
私は少し嬉しくなりました。
「先輩、分かってきましたね」
「最初から分かってる」
「ですよね」
調子に乗るところでした。
次です。
私はノートの中央に大きく、
――再調査の請求。
と書きました。
相馬先輩が眉を上げます。
「出たな。未来」
「出ます」
「昭和六十三年にはないんだろ」
「現代法の制度として説明します」
「混ぜるなよ」
「そこが今日の本題です」
私は深呼吸しました。
ここ。
転生行政法で一番危ないところです。
昨日の宮原さんが使ったのは、
旧行政不服審査法上の異議申立て。
でも。
現代の行政不服審査法には、
異議申立てという一般的な制度はもうありません。
平成二十六年の全部改正によって、
不服申立ては原則として審査請求へ一本化されました。
「これは前にもやったな」
「はい」
「じゃあ再調査の請求って何だ」
「そこです」
私は線を引きました。
現代法では。
法律に特別の定めがある場合に限って、
処分庁に対して再調査の請求ができる場合があります。
「処分庁に?」
「はい」
「昔の異議申立てみたいだな」
「似ています」
「じゃあ同じ?」
「同じではありません」
「ほら来た」
そう。
行政法の罠。
似ているからといって、そのまま旧制度と新制度を一対一対応させると危険です。
「旧法の異議申立ては、旧法上の基本的な不服申立ての一つでした」
「うん」
「でも現代法の再調査の請求は、いつでも使える一般的な制度ではありません」
「法律に特別の定めがある場合だけ」
「そうです」
つまり。
昭和六十三年の私が、
宮原さんの件で、
これは再調査の請求ですね。
なんて言ったら。
未来の法律用語を昭和に持ち込む事故です。
「お前ならやりそうだな」
「昨日かなり危なかったです」
「やっぱりか」
「頭の中に五十八条が出てきました」
「今の五十八条?」
「はい」
現代法。
行政不服審査法第五十八条。
再調査の請求の却下又は棄却の決定。
教材で見れば短い。
でも内容は濃い。
再調査の請求が、
法定の期間を過ぎているなど、
不適法である場合。
処分庁は、
決定で却下する。
一方。
再調査の請求に理由がない場合。
処分庁は、
決定で棄却する。
「そこでも却下と棄却は同じ区別なんだな」
「そうです」
「不適法なら却下」
「はい」
「適法だが理由なしなら棄却」
「はい」
「じゃあ覚えやすいじゃねえか」
「そこだけなら」
「嫌な言い方だな」
私はノートの右端に書きました。
――決定。
そして、その下に。
――裁決。
「また似たの出たぞ」
「出ます」
「今度は何だ」
「再調査の請求について、処分庁が結論を出すことを『決定』といいます」
「うん」
「一方、審査請求について、審査庁が結論を出すことは『裁決』です」
相馬先輩が数秒黙りました。
「わざわざ言葉を変えるのか」
「変えます」
「受験生泣くな」
「泣きます」
ここも行政書士試験が大好きなところです。
再調査の請求。
決定。
審査請求。
裁決。
どちらも不服申立ての結論なのに。
名称が違う。
「昨日の宮原さんの場合は?」
先輩が聞きます。
「旧法の異議申立てです」
「現代法の再調査の請求とは違う」
「はい」
「だから教材の五十八条をそのまま当てはめるな」
「そのとおりです」
「でも、却下と棄却の本質的な区別を理解する材料としては使える」
「そうなんです!」
思わず声が大きくなりました。
所長がこちらを見る。
「静かにしろ」
「はい」
私は少し声を落としました。
旧法と新法。
制度名は変わる。
手続も変わる。
期間も変わる。
でも。
不適法な申立てを入口で退ける。
適法な申立てを審理したうえで、理由がないとして退ける。
その区別自体は、行政救済を理解するうえで重要です。
「なぜそこまで分ける必要がある」
片桐所長が聞きました。
来た。
先生モード。
私は少し考えます。
「理由を明確にするため」
「それだけか」
「手続保障のため」
「もう少し」
「……申立人が次に何を争うべきか分かるから」
所長が頷きました。
「そうだ」
私はノートに書き足します。
却下と棄却の区別は、
単なる用語の違いではない。
行政庁が何を判断したのかを示す。
申立ての入口で止めたのか。
中身を審理したのか。
そこが明確になる。
「宮原さんの件がまさにそうですね」
「うん」
「市が本当に期限切れだと思っていたなら、不適法の問題」
「却下側」
「でも市は棄却した」
「だから中身を見たという形」
「そうです」
「そのうえで古い寸法を使ってた」
「だから審理の中身を突けた」
「なるほど」
昨日。
宮原さんが言いました。
何について駄目なのか分かるだけでも、次に何をすればいいか見える。
本当にその通りです。
法律用語は冷たい。
でも。
冷たいからこそ、
曖昧に全部を混ぜない。
「次」
私はノートをめくります。
――期間。
「嫌な予感がする」
相馬先輩が言いました。
「します?」
「お前がよく間違えるところだろ」
「はい」
昭和六十三年。
旧法。
原則六十日。
現代法。
審査請求は原則三か月。
「ここはもう覚えました」
「本当か?」
「はい」
「じゃあ宮原さんは六月三日に知った」
「はい」
「七月二十日に申立てた」
「六十日以内」
「未来なら?」
「現代の審査請求期間の一般則なら三か月」
「じゃあ余裕だな」
「はい。ただし」
「また来た」
現代の再調査の請求にも、
その制度独自の期間規定があります。
そして行政不服審査法五十八条は、
法定期間を過ぎて再調査の請求がなされた場合を、
不適法の典型として扱っています。
「つまり」
相馬先輩が言います。
「期間は中身の強さとは別」
「そうです」
「どれだけ正しいことを書いてても、期間で不適法なら入口で止まる」
「はい」
「冷たいな」
「冷たいです」
私は少し黙りました。
法定期間。
六十日。
三か月。
何日。
何か月。
受験生の頃は数字の暗記でした。
でも現場では。
その数字を一日過ぎるだけで、
中身を読んでもらう前に終わることがある。
怖い。
でも一方で。
行政にも、いつまでも処分がひっくり返る不安定な状態を続けられない事情があります。
救済。
法的安定性。
その間に線を引く。
だから期間がある。
「ただし」
片桐所長が言いました。
「期間だけ見て、すぐ諦めるな」
「正当な理由などの問題ですか」
「そういう例外も確認する」
「はい」
法律には、
原則があります。
そして。
たいてい原則の横に、
例外という小さな扉があります。
そこまで見ないで、
一日過ぎたから終わり。
と即断するのも危険。
「でも試験ではまず基本を押さえる」
私は言いました。
「期間経過など不適法なら却下」
「理由なしなら棄却」
「はい」
「そこを混ぜるな」
「はい」
私は大きく丸で囲みました。
――手続で負けるのが却下。
――中身で負けるのが棄却。
「ちょっと雑じゃないか」
相馬先輩が言います。
「覚え方です」
「手続で負ける、だけだと全部表せるか?」
「厳密には不適法かどうかです」
「じゃあちゃんと書け」
「はい」
赤字で修正。
却下。
――申立てが不適法。
棄却。
――申立ては適法だが、理由がない。
「こっちでいい」
「先輩、今日は受験指導厳しいですね」
「昨日お前が役所で偉そうに喋ってたからな」
「復讐ですか」
「教育だ」
次。
私はノートに、
――現代法の審理員制度。
と書きました。
「五十八条から離れないか?」
「少しだけつながります」
「どうつながる」
「旧法と現代法の違いです」
昨日の宮原さん。
旧法の異議申立て。
処分庁側が自分の処分を見直す。
そこで。
窓口担当者が期間を誤解していた。
担当課は古い看板寸法を使っていた。
しかも同じ組織の中で見直す。
「昨日、沢渡課長がいなかったら危なかったですよね」
「まあな」
「窓口で『期限切れです』と言われて、そのまま処理される可能性だってあった」
「あり得る」
「担当課が『うちは正しい』で終わる可能性も」
「ある」
ここ。
旧法の課題が見えます。
処分した行政庁自身が、
自分の処分に対する不服を処理する。
もちろん。
事情を知っている。
迅速に修正できる。
という利点があります。
でも。
公正性への疑問が生じやすい。
「そこで現代法」
私は言いました。
「原則として審査請求に一本化」
「うん」
「さらに、処分に関与していない職員を審理員として指名して審理させる制度を導入」
「前にも聞いたな」
「はい」
「昭和六十三年にはない」
「ありません」
「再調査の請求にも審理員が出るのか」
私は少し首を横に振りました。
「再調査の請求は、処分庁が簡易な見直しをする制度なので、審査請求と同じ審理員手続とは構造が違います」
「なるほど」
「だから現代法でも、全部が完全に第三者的な手続になったわけではありません」
「でも審査請求の公正性は強化された」
「そうです」
制度改正というのは、
昔の制度が全部間違っていたから捨てる。
ではありません。
旧制度の利点を残しつつ。
分かりにくさ。
公正性。
手続の複雑さ。
そういう問題を直そうとする。
「再調査の請求が残ってるのも」
私は言いました。
「処分庁自身が簡単に見直した方が早いケースがあるからでしょうね」
「自分で直せるなら、その方が早い」
「はい」
「でも、それだけじゃ不安な場合がある」
「そこで審査請求」
「使い分けか」
「そういうことです」
私はノートに矢印を書きます。
旧法。
異議申立て+審査請求。
現代法。
原則、審査請求へ一本化。
ただし法律に特別の定めがある場合、再調査の請求。
「試験では」
私は言いました。
「旧法の異議申立てと、現代法の再調査の請求を同じものだと思わないこと」
「似てるけど同一ではない」
「はい」
「期間も制度も根拠も違う」
「はい」
「でも却下と棄却の区別は共通して重要」
「そうです」
今日の相馬先輩、やたら理解が早い。
「先輩」
「何だ」
「行政書士試験受けます?」
「受けねえ」
「もったいない」
「仕事増やすな」
次です。
「決定と裁決」
「まだやるのか」
「ここも試験ポイントです」
私は表を作りました。
再調査の請求。
処分庁が出す結論。
決定。
審査請求。
審査庁が出す結論。
裁決。
「昨日の宮原さんは旧法だから」
相馬先輩が言います。
「現代法の再調査の請求の決定とは別の話」
「はい」
「ただ、お前は未来知識として五十八条の『決定』が頭に浮かんだ」
「そうです」
「だから危なかった」
「危険でした」
未来人の弱点。
法律が変わる。
しかも、
似た制度名。
似た機能。
似た結論用語。
これらが時間差で襲ってくる。
私は大きく書きました。
――時代を確認。
――手続を確認。
――誰が結論を出すか確認。
「結局そこか」
片桐所長が言いました。
「はい」
「名前だけ覚えるな」
「はい」
「誰が」
「はい」
「誰に対して」
「はい」
「何を求め」
「はい」
「どんな結論を出すのか」
「はい」
所長が頷きました。
「それで整理しろ」
私はノートの余白に書きました。
法律用語は、単語で覚えると混乱する。
流れで覚える。
誰が。
誰に。
何を申し立て。
入口で落ちるのか。
中身で負けるのか。
誰が結論を出すのか。
結論の名前は何か。
そこまでつながれば。
却下。
棄却。
決定。
裁決。
それぞれが勝手に浮いてこなくなる。
「じゃあ」
相馬先輩が言いました。
「試験問題だ」
「え?」
「俺が出す」
「先輩が?」
「不満か」
「どうぞ」
先輩が腕を組みました。
「現代法。再調査の請求が法定期間を過ぎていた」
「不適法」
「処分庁は?」
「決定で却下」
「よし」
「次」
「再調査の請求は適法。でも中身に理由がない」
「決定で棄却」
「よし」
「次」
「審査請求。中身を審理したが理由なし」
「裁決で棄却」
「よし」
「次」
「審査請求が不適法」
「裁決で却下」
「よし」
少し嬉しい。
「じゃあ昭和六十三年。宮原さん」
「旧法の異議申立て」
「期間は?」
「原則六十日」
「現代法の三か月じゃない」
「はい」
「現代法の審理員?」
「いない」
「行政不服審査会への諮問?」
「現代の制度なので、この時代にはない」
「再調査の請求?」
「現代法の制度としてこの事件にそのまま当てはめない」
「よし」
私は拍手しました。
「先輩、先生みたいです」
「二度と言うな」
「なんでですか」
「気色悪い」
「そこまで?」
片桐所長が静かに言いました。
「最後」
「はい」
私は姿勢を正します。
「却下と棄却の違いを、一言で言え」
来ました。
一行の覚え書き。
私は少し考えました。
「却下は、入口に立てない」
「うん」
「棄却は、入口を通ったが中身で負ける」
所長は少し考えます。
「悪くない」
「やった」
「ただし試験では、不適法と理由なしで覚えろ」
「はい」
私はノートの最後に、大きく書きました。
――却下は不適法。棄却は適法だが理由なし。
そして。
その下に、もう一行。
――「なぜ負けたか」を分けるのが、法律の冷たさであり、救いでもある。
相馬先輩が覗き込みました。
「また二行じゃねえか」
「下は感想です」
「一行の覚え書きって言ってたろ」
「じゃあ試験用は上です」
「下は?」
「こはる用」
「好きにしろ」
私はノートを閉じました。
外はもう暗くなっています。
駅前では。
宮原さんの自転車店の赤い看板が、まだ灯りの下に立っているでしょう。
撤去がなくなったわけではありません。
再測定の結果。
やっぱり危ない。
そう判断される可能性もある。
でも。
今度は、
五年前の古い寸法ではない。
今の看板を測る。
周囲の看板とも比べる。
そのうえで判断する。
そこまで進んだ。
法律は、
勝たせてくれる魔法ではありません。
でも。
どこで負けたのか。
なぜ負けたのか。
入口なのか。
中身なのか。
そこを切り分けるだけで、
理不尽な「とにかく駄目です」は、かなり弱くなります。
却下。
棄却。
似た二文字です。
受験生だった私は、
また紛らわしい言葉を作って。
くらいにしか思っていませんでした。
でも現場では。
この二文字の間に、
ちゃんと人一人が立てるほどの差がある。
不適法だから、
話を聞いてもらえなかったのか。
話を聞いてもらったけれど、
理由がないと判断されたのか。
それが分かれば。
次に直す場所も分かる。
法律の言葉は冷たい。
でも。
冷たいからこそ。
役所にも、
何となく駄目です。
とは言わせない。
私はそれが、
少しだけ好きになってきました。
「こはる」
「はい」
片桐所長が言いました。
「たい焼き」
「まだあります?」
「一つ」
「食べます!」
「却下」
「なんでですか!」
「もう二つ食べた」
「昨日の分です!」
「本日の審理には関係ない」
「じゃあ今日はゼロです!」
「理由がない」
「それ棄却ですよね!」
相馬先輩が吹き出します。
「ちゃんと区別できてるじゃねえか」
「こんな実地試験いりません!」
私は最後のたい焼きを見ました。
所長を見る。
「異議があります」
「処分庁にか」
「はい」
「棄却」
「審理したんですか!」
「した」
「どこを!」
「お前の腹」
「外形だけで判断しないでください!」
相馬先輩が笑っています。
「不服なら審査請求しろ」
「上級行政庁は誰ですか!」
三人とも黙りました。
そして。
奥の棚の上に鎮座する招き猫へ、全員の視線が集まりました。
「……猫?」
私が言います。
「最高行政庁だな」
「嫌です!」
「裁決は?」
所長が言いました。
私は招き猫を見ます。
もちろん何も言いません。
右手だけ上げています。
「沈黙による棄却ですか」
「行政法にそんな制度ねえよ」
「じゃあ却下?」
「それも違う」
「結論出してください!」
夕方の片桐行政書士事務所。
どうやら。
却下と棄却は理解できても、
たい焼き一個をめぐる不服申立てについては、
まだ適正な救済制度が整備されていないようでした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




