[行政不服審査法58条・再調査の請求の却下又は棄却の決定]現場編 「どっちも負けなんだから同じでしょう」の嘘。門前払いの却下と、中身を見た棄却を分ける一文字の刃
役所から「認められません」と言われたとき。
いちばん怖いのは、負けたことではありません。
何について負けたのか分からないことです。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
朝から雨でした。
窓ガラスを細い雨粒がつたい、古びた看板の「行政書士」の文字をぼんやり歪ませています。
私は机の上で、二枚の紙を並べていました。
一枚目。
昨日届いた市役所の通知。
二枚目。
私の行政法ノート。
「……却下」
通知を見る。
「……棄却」
ノートを見る。
「似すぎなんですよ」
「何がだ」
相馬先輩が新聞から顔を上げました。
「却下と棄却です」
「字が違う」
「そこじゃありません」
「じゃあ何だ」
「受験生に対する殺意が高い」
「法律に恨み言を言うな」
そう言われましても。
却下。
棄却。
どちらも、申立人から見れば、
――あなたの申立ては通りませんでした。
という結論です。
しかも漢字二文字。
雰囲気まで似ています。
法律用語というものは、ときどき受験生を振り落とすためだけに双子を産む。
そんな疑いすら持ちたくなります。
ただ。
以前までの私は、この二つを、
却下は不適法。
棄却は理由なし。
はい暗記。
で済ませていました。
でも、その日の午前九時過ぎ。
事務所の扉が開いて。
「先生……これ、もう駄目ってことなんでしょうか」
一人の男性が、濡れた封筒を胸に抱えて入ってきた瞬間。
眠かった二文字が、急に人の生活に食い込んできました。
男性は宮原庄吉さん。
五十四歳。
駅前商店街から一本入った場所で、小さな自転車店を営んでいます。
店の前には、空気入れ。
中古の自転車。
パンク修理の料金表。
そして軒先から少し歩道側へせり出した、赤い看板。
――宮原輪業。
問題になったのは、その看板でした。
「道路にはみ出しているから、撤去しろと言われまして」
宮原さんは濡れた髪を手で撫でました。
「いつです?」
相馬先輩が聞きます。
「二か月くらい前です」
「二か月?」
「はい」
「通知は」
「これです」
出された紙を見る。
市の道路管理担当部署。
道路上への看板設置について、許可の更新を認めない。
あわせて、期限までに撤去するよう求める内容でした。
理由は、
――歩行者の安全確保及び駅周辺道路環境の適正化のため。
また出ました。
駅前整備。
最近この町、何でも駅前整備に飲み込まれていきます。
花売り台。
露店。
看板。
次はたぬきの置物でも撤去されるんじゃなかろうか。
「毎年許可を取ってたんですか」
「二十年以上です」
「今年だけ駄目?」
「そうです」
「周りの店は?」
「隣の電器屋の看板はそのままです」
私は顔を上げました。
またですか。
駅前整備という巨大な風呂敷の下で、個別判断が雑になっていないでしょうね。
宮原さんは続けました。
「それで、納得できないから役所へ行ったんです」
「いつ?」
「通知をもらって、しばらくしてからです」
「何日くらい」
「ええと……」
宮原さんは封筒の中を探りました。
「これが届いたのが六月三日で」
「はい」
「役所へ文句を言いに行ったのが七月二十日です」
私は指を折りました。
まだ六十日は経っていない。
「そこで書類を出したんですか?」
「出しました」
「控えはあります?」
「はい」
出てきたのは、
異議申立書。
そう。
昭和六十三年。
ここではまだ、現代のように不服申立てが原則として審査請求へ一本化されてはいません。
旧行政不服審査法。
処分庁に上級行政庁があるのか。
誰に見直しを求めるのか。
異議申立てなのか。
審査請求なのか。
現代から来た私の頭には、
三か月。
審理員。
行政不服審査会。
という未来の単語がすぐ浮かぶのですが。
全部しまえ。
今は昭和です。
未来知識、しばし待機。
「申立ては期限内ですね」
私が言うと、宮原さんが頷きました。
「そうなんです。役所の人にも受け取ってもらいました」
「で、これが結果?」
相馬先輩が別の紙を持ち上げます。
「はい」
そこには、
――異議申立てを棄却する。
とありました。
「棄却」
私は小さく呟きました。
宮原さんがこちらを見ます。
「それが、よく分からないんです」
「何がです?」
「役所で聞いたんですよ。なんで駄目なんですかって」
「はい」
「そしたら、『期限の問題もありますし、いずれにしても認められません』って」
私は止まりました。
「……期限?」
「はい」
「六十日以内ですよね」
「私もそう思って」
相馬先輩が紙を取り上げます。
「六月三日到達。七月二十日申立て」
「ですよね」
数え間違えても、六十日は超えない。
なのに役所は、
期限の問題もあります。
と言った。
しかも書面の結論は、
棄却。
なんだ。
この気持ち悪さ。
喉に魚の小骨が刺さったような感じです。
「宮原さん」
片桐所長が奥から出てきました。
「役所では、ほかに何と言われました」
「『期限が過ぎているかもしれないし、仮に期限内でも処分は適正です』と」
私は思わず眉を寄せました。
それ。
一緒にしていい話じゃない。
期限が過ぎている。
それは、入口の問題。
申立てが適法に成立しているかどうか。
一方。
処分は適正だ。
それは中身の問題。
申立てをきちんと審理したうえで、
あなたの主張には理由がありません。
と判断する話。
なのに。
役所の説明では、
入口と中身が一つの鍋で煮込まれています。
「先輩」
「何だ」
「これ、混ぜちゃ駄目ですよね」
「何を」
「期限切れと、理由なし」
相馬先輩がこちらを見ました。
「当たり前だ」
「ですよね」
「期限切れなら、中身を見る前の問題だ」
「ですよね!」
「うるせえ」
昨夜まで暗記カードだった二文字が、急に立ち上がりました。
不適法なら。
門前払い。
中身まで判断しない。
だから、
却下。
一方。
申立て自体は適法。
ちゃんと中身まで審理した。
だけど主張に理由がない。
だから、
棄却。
結論はどちらも申立人に不利。
でも意味はまるで違います。
「市役所へ行きましょう」
私が言いました。
相馬先輩が鼻を鳴らしました。
「お前、最近それ言うの早くなったな」
「現場を見ろって先輩が言ったんじゃないですか」
「成長したな」
「褒めました?」
「気のせいだ」
はいはい。
そして。
午前十一時。
市役所二階。
総務課。
今日も沢渡課長は、書類の山の向こうで恐ろしく平常運転でした。
「宮原輪業の件ですか」
「話が早い」
相馬先輩が言います。
「最近、片桐先生のところが駅前案件をよく持ってくるので」
「そっちが増やしてんだろ」
「行政需要が増えているだけです」
「便利な言葉だな」
「行政用語は便利でなければ困ります」
沢渡課長。
相変わらず強い。
感情的な攻撃なら、たぶん戦車砲でも効きません。
私は宮原さんの決定書を机に置きました。
「課長。確認したいんですけど」
「どうぞ」
「この異議申立て、棄却ですよね」
「そうですね」
「役所では宮原さんに、『期限の問題もある』と説明したそうです」
沢渡課長の目が少し細くなりました。
「誰が言いました」
「道路管理の窓口です」
「なるほど」
「期限が過ぎていたから駄目なんですか。それとも、中身を審理したけど理由がないから駄目なんですか」
少しの沈黙。
沢渡課長が椅子に背を預けました。
「朝比奈さん」
「はい」
「妙なところを気にしますね」
「妙じゃないです」
「宮原さんにとっては、いずれにしても申立ては認められていません」
「だから同じ、ですか」
「そうは言っていません」
「でも窓口の説明は、ほぼそうなってます」
私は書類を指しました。
「期限切れで不適法なら、入口で止める話ですよね」
「ええ」
「適法に申立てられて、中身を審理して、それでも理由がないなら棄却」
「ええ」
「この決定書は棄却です」
「そうです」
「なら市は、中身まで判断したってことですよね」
沢渡課長は答えませんでした。
代わりに書類を一枚ずつめくります。
「宮原さんの申立ては、六月三日到達、七月二十日提出」
「はい」
「……期間内ですね」
「ですよね」
「少なくとも、その点で不適法ではありません」
相馬先輩が机に片手をつきました。
「じゃあ、なんで窓口で期限がどうとか言ってんだ」
「担当者が処分日から数えた可能性があります」
「到達じゃなくて?」
「確認します」
私は心の中で頭を抱えました。
危ない。
ものすごく危ない。
期間計算を間違えて、
不適法扱い。
もし本当にそこで却下されていたら、
宮原さんの主張内容は一度も正面から見てもらえなかったことになります。
「でも今回は棄却なんですよね」
「はい」
「なら中身は見た」
「そのはずです」
「そのはず?」
私の声が少し低くなりました。
沢渡課長が決定書の理由部分を読みます。
そこには。
駅前道路の安全確保。
歩行者動線。
道路環境整備。
看板の突出幅。
通行量。
そんな言葉が並んでいました。
ただ。
「隣の電器屋の看板との比較がない」
私は言いました。
「宮原さん、異議申立書でそこを書いてますよね」
「書いてありますね」
「向かいの洋品店の看板も」
「あります」
「市は、宮原さんの看板だけ危険だという具体的事情を検討したんですか」
「担当課では確認したはずです」
「また『はず』ですね」
沢渡課長が私を見る。
空気が少し変わりました。
「朝比奈さん」
「はい」
「今日は言いますね」
「今日はじゃなくても言います」
横で相馬先輩が小さく咳をしました。
笑ったな。
私は続けます。
「棄却って、中身を審理した結果ですよね」
「そうです」
「だったら、『中身を見ました』って言えるだけの検討が必要じゃないですか」
部屋が静まりました。
窓口の向こうから電話の音が聞こえます。
「もし本当に期限切れなら」
私は言いました。
「その時点で不適法として入口で処理する。中身には入らない」
「ええ」
「でも今回は、期間内だった」
「ええ」
「だから市は、宮原さんの主張をちゃんと中身まで見る必要があった」
沢渡課長は黙って聞いています。
「それなのに、窓口では『期限かもしれないし、どっちにしろ駄目です』」
私は決定書を指で軽く叩きました。
「それじゃ、却下と棄却を分けてる意味がないです」
相馬先輩がぽつりと言いました。
「つまり」
私を見る。
「門前払いしたのか」
「はい」
「中まで入れて負けたのか」
「はい」
「どっちかはっきりしろ、と」
「そうです」
「論点で喋るな」
「先輩が要約したんでしょう!」
沢渡課長の口元が、ほんのわずかに動きました。
「課長」
片桐所長が初めて口を開きました。
「申立ての内容について、担当課がどこまで検討したか確認してほしい」
「分かりました」
「比較対象の看板も」
「確認します」
「それから」
所長の声は静かでした。
「期間の説明も直せ」
沢渡課長が頷きます。
「そこは、そのとおりです」
潔い。
この人は本当に、感情論にはびくともしないのに、手続の筋を突かれると妙に早い。
「一つ聞いていいですか」
私は言いました。
「何でしょう」
「もし期間を過ぎて、本当に不適法だったら」
「はい」
「中身にすごく良い主張が書いてあっても、まず入口で止まるんですよね」
「原則としては、そういう問題になります」
冷たい。
ものすごく冷たい。
でも。
私はそこで、少しだけ違うことにも気づきました。
入口で駄目なのか。
中身を見て駄目なのか。
そこを分けるからこそ、
役所も理由をごまかせない。
「とにかく駄目です」
では済まない。
不適法なのか。
理由がないのか。
どちらなのか示さなければならない。
冷たい二文字が、
雑な拒絶を切り分ける。
そういうことなのかもしれません。
「朝比奈さん」
沢渡課長が言いました。
「何です?」
「未来でも、その二つで混乱するんですか」
「え?」
「却下と棄却」
私は固まりました。
「な、なんで未来って」
「相馬さんが廊下で、『こいつ未来の制度と混ざってややこしい』と」
「先輩!」
「俺は未来人だとは言ってねえ」
「十分です!」
沢渡課長が珍しく笑いました。
「制度が変わっても、そこは変わらないかもしれませんね」
その言葉に。
私は一瞬、現代のテキストを思い出しました。
再調査の請求。
不適法なら、
却下。
理由がないなら、
棄却。
そして再調査の請求について処分庁が出す結論は、
決定。
一方。
審査請求の結論は、
裁決。
――待て待て待て。
私は頭の中で慌てて蓋をしました。
ここで再調査の請求を口にしたら事故る。
昭和六十三年のこの場面には、現代法の再調査の請求制度をそのまま持ち込めません。
私は今、
旧法の異議申立てを扱っているのです。
未来の私は未来。
昭和の私は昭和。
行政法の転生者は、時空を超えるたびに法改正表で殴られる。
「どうした」
相馬先輩が聞きました。
「また未来の制度が頭を横切りました」
「捨てろ」
「はい」
「今の仕事をしろ」
「はい」
ぐうの音も出ません。
三日後。
市役所から連絡がありました。
宮原さんの異議申立てについて、
担当課内で検討経過を再確認した結果。
近接する他店の看板との比較が十分でなかったことが判明。
さらに。
宮原輪業の看板は、
歩道への突出幅が他店より大きい。
という前提で判断されていましたが。
現地測定の数字が古かった。
五年前に看板を小型化した後の寸法が、処分資料に反映されていなかったのです。
「……五年前?」
事務所で報告を聞いた私は、思わず聞き返しました。
「はい」
宮原さんが頷きます。
「五年前に小さくしたんですよ」
「役所、昔の大きさで判断してたんですか」
「そうみたいです」
相馬先輩が電話口で話を聞いています。
「……ああ。分かった。じゃあ、一旦処分を見直すんだな」
受話器を置く。
「どうでした?」
「更新不許可をそのまま維持するのはやめるってよ」
「じゃあ許可?」
「まだだ」
浮き上がった私を止める。
「現地を再測定する。隣の看板や通行幅と比較したうえで再判断」
「なるほど」
「それまで撤去期限も延ばす」
宮原さんが大きく息を吐きました。
「じゃあ、明日すぐ看板を外さなくていいんですね」
「今のところは」
片桐所長が答えます。
「ただし、再測定の結果、やはり危険だと判断されれば、最終的に撤去になる可能性はあります」
「はい」
「でも今度は」
私は言いました。
「少なくとも、本当の寸法で見てもらえます」
宮原さんは少し笑いました。
「それだけでも違います」
そうです。
勝ったわけではない。
看板が永久に残るとも決まっていない。
でも。
古い数字で負けるのと。
今の数字で判断してもらうのとでは。
まるで違う。
入口を通った以上。
中身をちゃんと見てもらう。
それが今日の一番大事なところでした。
午後。
宮原さんが帰ってから、私はノートを開きました。
大きく二つ書きます。
却下。
棄却。
「何してる」
相馬先輩が覗き込みます。
「忘れないように」
「まだ忘れるのか」
「昨日までは似た漢字二つだったんです」
「今日は?」
「全然違います」
私は「却下」の横に書きました。
――入口で止まる。
そして「棄却」の横。
――中まで見たが、理由なし。
「雑だな」
「覚え方です」
「じゃあ、その下は何だ」
さらに私は書いていました。
――『どっちにしろ駄目』は、一番駄目。
相馬先輩が鼻で笑いました。
「役所に見せんなよ」
「もう本人に言いました」
「お前最近強くなったな」
「誰のせいですか」
「知らん」
そのとき。
入口の戸が開きました。
「すみません」
宮原さんです。
「あれ、忘れ物ですか?」
「いや」
手に紙袋。
「これ」
「何です?」
「たい焼き」
相馬先輩が新聞を置きました。
「宮原さん」
「はい」
「あなたは話が分かる」
「先輩」
「花より食い物だ」
「まだ川瀬さんの花を根に持ってるんですか」
紙袋を開くと、甘い匂いが広がりました。
「あんこですか?」
「全部あんこ」
「最高ですね」
「お前も同類じゃねえか」
「私は花もたい焼きも尊重します」
片桐所長が奥から出てきます。
たい焼きを一つ取る。
「所長も食べるんですね」
「悪いか」
「いえ」
少しだけ間を置いて。
宮原さんが言いました。
「先生」
「何です」
「役所から最初に『棄却』って来たとき、もう全部負けたと思ったんです」
所長は黙って聞きます。
「でも、朝比奈さんが」
私を見る。
「どういう負け方なのか分けないと駄目だって」
「いや、その言い方はしてませんけど」
「同じことですよ」
宮原さんは笑いました。
「何について駄目なのか分かるだけでも、人間、次に何をすればいいか見えるんですね」
私は返事ができませんでした。
たしかに。
期間が過ぎたのなら。
次は期限を落とさない。
中身に理由がないのなら。
どこが足りなかったかを考える。
事実認定が間違っているのなら。
資料を出す。
全部まとめて、
駄目です。
と言われたら、
何も直せません。
だから。
法律はわざわざ分ける。
不適法。
理由なし。
却下。
棄却。
似たような漢字を並べて。
受験生を困らせるためではありません。
たぶん。
「今日の教訓」
私は呟きました。
「負けた結果だけ見るな。どの扉で止められたかを見る」
片桐所長がたい焼きを一口食べました。
「悪くない」
「褒めました?」
「事実だ」
珍しい。
今日は雨でも槍でも降るかもしれません。
相馬先輩が私のノートを指しました。
「で、その未来の制度ではどうなってる」
「聞きます?」
「少しだけな」
「現代ではですね――」
私は言いかけて止まりました。
「やっぱり今日はやめます」
「なんでだ」
「話し始めると、再調査の請求とか審査請求とか、決定とか裁決とか、制度改正まで全部出てきます」
「面倒だな」
「はい」
「じゃあ明日でいい」
「逃げましたね」
「業務効率化だ」
片桐所長が短く言います。
「こはる」
「はい」
「それは明日整理しろ」
「え」
「新旧も含めてな」
来た。
宿題。
私はノートの余白に、小さく書きました。
――昭和の異議申立て。
――現代の再調査の請求。
――却下と棄却。
――決定と裁決。
――六十日と三か月。
――審理員制度の有無。
見ただけで頭が痛い。
「所長」
「何だ」
「たい焼き、もう一個食べていいですか」
「理由は」
「行政法の負荷が高いので」
「理由になってない」
「棄却ですか」
「却下だ」
「中身すら見てもらえない!」
相馬先輩が吹き出しました。
「不適法だな」
「何が不適法なんですか!」
「一人一個」
「そんな規則いつできたんです!」
宮原さんまで笑っています。
窓の外では、朝から降っていた雨が少し弱くなっていました。
却下と棄却。
昨日までは、試験で取り違えたら一点落とすだけの言葉でした。
でも今日は違います。
一つは、
扉を開けてもらえなかったという意味。
もう一つは、
扉の中へ入り、話を聞いてもらったうえで届かなかったという意味。
結果だけ見れば、
どちらも負け。
それでも。
その違いを制度がわざわざ言葉にしているから、
役所は、
なぜ駄目なのかを分けなければならない。
そして住民は、
次にどこを直せばいいのかを知ることができる。
条文は冷たい。
不適法。
却下。
理由なし。
棄却。
人を慰めてくれる言葉は、一つもありません。
けれど。
冷たいからこそ、
「まあ、とにかく駄目です」
という曖昧な壁に、
きっちり名前をつけられる。
名前がつけば。
壁の正体が見える。
正体が見えれば。
どこを叩けばいいのかも分かります。
「こはる」
「はい」
所長が言いました。
「たい焼き」
「はい?」
「半分ならいい」
「え」
「二個目」
「所長……!」
「裁量だ」
「最高の裁量です!」
相馬先輩が呆れます。
「現金な奴」
「適正な行政運営です」
「行政じゃねえ」
「じゃあ事務所運営です」
たい焼きを半分に割ると。
まだ温かいあんこから、湯気が立ちました。
どうやら今日の私は。
門前払いされずに済んだようです。
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