↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
220/274

[行政不服審査法53条・証拠書類等の返還]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、あんパンの気配だけが残っていました。


 正確には。


 あんパンそのものは残っていません。


 犯人は分かっています。


「先輩」


「何だ」


「昨日のあんパン六個事件について、まだ私は納得してません」


「事件にするな」


「証拠物も消滅してます」


「胃袋に保存されてる」


「保存先として最悪です」


 相馬先輩は煙草をくわえたまま、まったく悪びれません。


 行政不服審査法より先に、うちの事務所には食料不服審査法が必要かもしれません。


 でも。


 今日の机の上にあるのは、あんパンではありません。


 旧行政不服審査法。


 ノート。


 そして。


 水野源一さんが市役所から返してもらった、


 昭和四十八年の駅前市場店舗使用承認書。


 もちろん。


 本物はもう水野さんの手元です。


 ここにあるのはコピー。


「今回はコピーですね」


 私は紙を持ち上げました。


「当たり前だろ」


「原本をまた借りてきたら、昨日の話が全部台無しです」


「お前ならやりそうだから怖い」


「やりません!」


 私はノートを開きました。


 今日の見出し。


 ――証拠書類等の返還。


 その横に、


 昭和六十三年・旧法第四十四条。


 さらに小さく、


 現代法第五十三条。


 と書きました。


 昨夜までなら。


 この条文を見ても、


 たぶんこう思っていたでしょう。


 返す。


 以上。


 暗記終了。


 でも。


 実際に水野さんが、


 「父が残した原本を返してもらえない」


 と事務所へ来たあとでは。


 この短い条文にも、


 ちゃんと役割があることが分かります。


「じゃあ始めるか」


 相馬先輩が言いました。


「珍しいですね。先輩から勉強会に参加するなんて」


「早く終わらせて帰りてえだけだ」


「通常運転でした」


 片桐所長は奥の机で帳簿を整理しています。


 でも。


 聞いていないようで、


 絶対聞いています。


 いつものことです。


「まず」


 私はノートに書きました。


 なぜ証拠を返すのか。


「答え」


 相馬先輩が言います。


「他人の物だから」


「雑!」


「でも合ってるだろ」


「方向は合ってます」


 審査請求では。


 請求人や参加人などが、


 自分の主張を裏付けるために証拠を提出します。


 契約書。


 図面。


 写真。


 帳簿。


 許可証。


 現物。


 そういうものです。


 そして。


 審査庁が必要だと考えれば、


 書類や物件の提出を求めることもある。


 水野さんの場合。


 昭和四十八年の店舗使用承認書を、


 長年の使用実績や営業承継の経緯を示す資料として提出しました。


「ここで大事なのは」


 私は言いました。


「提出したからといって、所有権まで役所へ移るわけじゃない」


「当たり前だ」


「当たり前ですけど、昨日まさにそこが曖昧になってたんですよ」


 市の担当者は言いました。


 審査請求記録に綴じてあるから返せない。


 でも。


 ファイルに入れた。


 受付印を押した。


 事件番号を書いた。


 それだけで、


 他人の物が行政庁の物になるわけではありません。


「証拠として使うために預かってるだけ」


 私は書きます。


 提出。


 イコール。


 譲渡。


 ではない。


「じゃあいつ返す」


 相馬先輩。


「裁決をしたとき」


「後で気が向いたら?」


「駄目」


「年度末にまとめて?」


「それも駄目」


「倉庫整理のついで?」


「もっと駄目」


「何て書いてある」


 私は条文の言葉を指でなぞりました。


「速やかに」


「そこだな」


 証拠書類等の返還では。


 裁決をしたら。


 速やかに。


 提出人へ返還しなければならない。


 ここが基本。


「『速やかに』って、具体的に何日なんです?」


 私は聞きました。


 片桐所長が帳簿から顔を上げました。


「決まっていない」


「三日以内、とかじゃない」


「ない」


「じゃあ曖昧ですね」


「曖昧と柔軟は違う」


 短い。


 でも刺さります。


「事情に応じて必要な手続はある。複写を取る。提出人を確認する。返還方法を決める」


「はい」


「だが、理由もなく抱え込んでいいという意味じゃない」


「なるほど」


 私はノートに書きました。


 速やかに。


 =具体的な日数固定ではない。


 ただし、


 不必要な遅延は許されない。


「昨日の市役所みたいに」


 私は続けます。


「『ファイルに綴じたからそのまま保管』は駄目」


「そもそも返すことを忘れてたからな」


 相馬先輩が言いました。


「十一件も」


「水野さん入れて十二件です」


「細けえな」


「沢渡課長が数え直したので」


 十二枚。


 それぞれに提出人がいる。


 たぶん。


 水野さんほど思い入れのある書類ばかりではないでしょう。


 でも。


 そこは関係ありません。


「返還義務って」


 私は言いました。


「その証拠が大事かどうかを役所が判断する制度じゃないんですよね」


「そうだ」


 所長。


「高価かどうかも?」


「関係ない」


「思い出があるかどうかも?」


「関係ない」


「もう使わなそうかどうかも?」


「勝手に決めるな」


 なるほど。


 そこが、少し好きです。


 法律は、


 この書類は家族の思い出が詰まっているから返せ。


 この図面は価値が低いから返さなくていい。


 なんて書かない。


 提出された証拠。


 裁決済み。


 提出人へ返還。


 機械的です。


 冷たい。


 でも。


 機械的だからこそ、


 行政庁の主観で扱いが変わらない。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「役所が記録として残したいときはどうすんだ」


「昨日はコピーを取ってました」


「それでいいのか」


「原本そのものを保管しなければならない理由がなければ、保存用の複写で足りますよね」


 所長が頷きます。


「提出された物と、審査庁自身の記録を混同しないことだ」


 ここ。


 昨日の事件の核心でした。


 審査請求書。


 内部の処理記録。


 裁決書。


 それらは行政庁の事件記録として保存される。


 でも。


 水野さんが提出した承認書原本まで、


 同じ感覚で抱え込んではいけない。


「保存記録と、預かり物は別」


 私はノートに囲みを入れました。


「これ、実務ではかなり大事ですね」


「紛失したらもっと面倒だからな」


「ですよね」


 提出された契約書の原本。


 図面。


 帳簿。


 証拠物。


 返すべき物を返さない。


 なくす。


 破損する。


 それでは不服審査のために証拠を出す人が怖くなってしまう。


「そう考えると」


 私は言いました。


「返還の条文って、証拠を出しやすくするための裏側でもあるんですね」


 所長がこちらを見ました。


「続けろ」


 当たった。


 私は少し嬉しくなりました。


「提出した証拠が返ってこないなら、原本を出したくない人が増えます」


「ああ」


「そうなると、審査に必要な資料が集まらない」


「ああ」


「だから、必要なときは出してもらう。でも手続が終わったら返す」


「そうだ」


 証拠提出制度と、


 返還制度。


 入口と出口。


 二つで一組。


「入口だけ作って出口がない制度、怖いですね」


「役所の倉庫が他人の私物で埋まるな」


「それも嫌です」


 私は次の見出しを書きます。


 ――誰に返すのか。


「提出人です」


「所有者じゃねえのか」


 相馬先輩が聞きます。


 あ。


 いい質問です。


「条文上は、提出した者に返還する」


「つまり」


「提出人」


 例えば。


 本人所有の書類を本人が提出した。


 これは簡単。


 本人へ返す。


 でも。


 会社の担当者が会社保管の資料を提出するような場合。


 あるいは代理人が預かった書類を提出する場合。


 誰が提出人なのかを確認して返す必要がある。


「勝手に『これはこの人の物っぽい』で別の人へ返すとまずい」


「当たり前だな」


「行政法、当たり前の積み重ねが妙に大事ですね」


「当たり前を守るために条文があるんだろ」


 相馬先輩。


 たまに本当に良いことを言います。


「今の、ノートに書いていいですか」


「やめろ」


「名言ですよ」


「俺の名前つけんなよ」


 私は書きませんでした。


 でも覚えておきます。


 次。


 現代法との違い。


 私はノートに大きく線を引きました。


 昭和六十三年。


 旧行政不服審査法。


 第四十四条。


 現代。


 平成二十六年全部改正後の行政不服審査法。


 第五十三条。


「ここ、転生者として危なかったところです」


「昨日五十三条って言いかけてたな」


「忘れてください」


「無理だな」


 現代法の第五十三条も、


 裁決後の証拠書類等の返還について定めています。


 考え方は共通しています。


 でも。


 現代法では、


 証拠提出の場面そのものが、


 旧法より整理されています。


「現代には審理員制度があります」


「また未来の役人か」


「役人ではあります」


 現代の審査請求では。


 原則として、


 処分に関与していない職員が審理員として審理手続を担当する。


 審査請求人や参加人は、


 審理員に証拠書類や証拠物を提出する。


 審理員は必要に応じて物件の提出を求めることもできる。


 そして。


 最終的に裁決が出れば、


 審査庁がそれらを提出人へ返還する。


「昭和六十三年には審理員はいません」


 私は念押ししました。


「何度聞いても存在しねえものは出てこねえぞ」


「分かってます」


 でも。


 この違いが大事なのです。


 現代の条文だけ頭に入っていると。


 水野さんの事件で、


 審理員に提出した資料が――


 なんて言い出しかねない。


 昭和六十三年。


 そんな人はいません。


「旧法だと、審査庁の手続の中で証拠が扱われる」


「そういうことだ」


 所長が言いました。


「未来の制度をそのまま昔へ持ち込むな」


「はい」


 過去への転生。


 携帯電話がない。


 インターネットがない。


 コンビニも今ほどない。


 そういう不便さは想像しやすい。


 でも。


 法律制度のアップデート前というのは、


 地味に怖い。


 用語は似ている。


 制度も似ている。


 なのに。


 手続の骨組みが違う。


「旧法では異議申立てもありますしね」


「水野さんは審査請求だったな」


「はい」


 ここで復習。


 水野さんへの更新不許可処分は、


 市場管理事務所長が行った。


 その上に市長という上級行政庁がある。


 だから。


 上級行政庁である市長への審査請求。


 一方。


 以前の川瀬さんのように。


 市長自身が処分庁で、


 その上に上級行政庁がない場合など。


 旧法では処分庁に異議申立てをする場面がある。


「現代なら」


 相馬先輩が言います。


「審査請求に一本化、だったか」


「そうです」


「お前が毎回言うから覚えた」


「教育の成果ですね」


「うるせえ」


 現代法では。


 一般的な異議申立て制度は廃止され、


 原則として審査請求へ一本化。


 審理員制度も導入された。


 審査請求期間も、


 旧法の原則六十日から、


 現代は原則三か月へ。


「ただ」


 私はノートを指しました。


「今日の返還の話は、旧法から現代法まで考え方がつながってる」


「ああ」


「裁決したら、預かった証拠は返す」


「そうだ」


「制度の周りは大きく変わっても、ここは残った」


 それがちょっと面白い。


 制度改正というと。


 全部新しくなったように見えます。


 でも。


 改正後も残るルールには、


 残るだけの理由がある。


「返還しなきゃ困るからな」


「先輩の説明、身も蓋もない」


「でもそれが一番強いだろ」


 確かに。


 私は次の項目を書きました。


 ――試験で引っかかりやすい点。


「来ました」


「お前が好きなやつだな」


「好きではありません。落としたくないだけです」


 まず一つ。


 返還する時期。


 裁決をしたとき。


「審理の途中じゃない」


「当然だろ」


「でも問題文で『証拠を提出したら直ちに返還しなければならない』って出たら?」


「誤り」


「そうです」


 審理のために提出させているのに、


 即座に返したら証拠の意味がありません。


 返還義務が生じるのは、


 裁決をしたとき。


 そこから速やかに返す。


 二つ目。


 返還の相手。


 提出人。


「審査請求人限定じゃない」


「ああ」


 証拠を提出するのは、


 審査請求人だけとは限りません。


 参加人などから提出されることもある。


 要求に応じて提出された書類や物件も対象になる。


 だから。


 返還先は、


 提出人。


 三つ目。


「審査庁は、返還できる」


「違う」


 相馬先輩が即答しました。


「返還しなければならない」


「正解です」


 任意ではない。


 義務。


 ここ重要。


「『必要があると認めるときは返還する』なんて書いてない」


「昨日の担当者みたいな運用になるからな」


「そうです」


 四つ目。


 現代法では第五十三条。


 でも昭和六十三年の物語では旧法第四十四条。


「ここは試験というより、お前専用だろ」


「転生試験対策です」


 現代の行政書士試験を受ける人なら。


 当然。


 現行法第五十三条で覚える。


 旧法第四十四条を答案に書いてはいけない。


 逆に。


 昭和六十三年で仕事をしている私が、


 第五十三条だと主張しても駄目。


 法律は。


 内容だけでなく、


 時点も大事。


「じゃあ」


 相馬先輩が椅子にもたれました。


「水野さんの事件を、法理だけでまとめろ」


「え」


「講義みたいに長く喋るなよ」


「先輩が言います?」


「いいから」


 私は少し考えました。


「水野さんは審査請求で、昭和四十八年の店舗使用承認書の原本を証拠として提出した」


「ああ」


「裁決が出た」


「ああ」


「それなのに市が、事件記録に綴じたことを理由に返還しなかった」


「ああ」


「でも旧法第四十四条では、裁決後、提出された証拠書類等を速やかに提出人へ返還しなければならない」


「それで?」


「市は保存用コピーを取り、原本を水野さんへ返した」


「それだけか」


「それだけです」


 私は答えました。


 相馬先輩が頷きます。


「それでいい」


 拍子抜けするくらい簡単です。


 でも。


 たぶん。


 今日はそれでいい。


 法律を勉強していると。


 難しく説明できることが、


 分かっていることの証明みたいに感じる瞬間があります。


 でも。


 今回の条文の核心は、


 難しくない。


 審査に使うために預かった。


 審査が終わった。


 だから返す。


 それだけです。


「所長」


「何だ」


「これって、制度として地味すぎません?」


「地味だな」


「ですよね」


「だが必要だ」


「ですよね」


 所長が帳簿を閉じました。


「行政手続には、始め方ばかり見る人間が多い」


「始め方?」


「申請の仕方。提出の仕方。審査の仕方。決定の仕方」


「はい」


「だが、終わらせ方も手続だ」


 私はペンを止めました。


 終わらせ方。


 いい言葉です。


 審査請求を受ける。


 証拠を集める。


 審理する。


 裁決する。


 それで終わりではない。


 預かった物を返す。


 関係者の手元を元に戻す。


 事件を閉じる。


 そこまで含めて手続。


「入口だけ整っていて、出口が雑だと」


 私は言いました。


「最後に人が困る」


「そういうことだ」


 水野さんはまさにそうでした。


 裁決では一歩救われた。


 でも。


 証拠原本が返らなければ、


 次の移転補償の協議で困る。


 つまり。


 一つの手続が終わったあと、


 次の生活が始まる。


 行政にとっては、


 一件処理済み。


 でも。


 本人の人生は処理済みではありません。


 だから。


 返すべきものを返す。


 次へ進める状態に戻す。


 それも救済の一部なのかもしれません。


「昨日」


 私は言いました。


「水野さん、『裁決には文句ない。ただ原本を返してほしい』って言ってましたよね」


「ああ」


「不服審査って、処分を取り消すことばかりじゃないんですね」


「どういう意味だ」


 所長。


「手続の中で、提出した証拠をちゃんと扱ってもらうことも含めて、公正な制度なんだなって」


 所長は少しだけ頷きました。


「そうだ」


 私はノートの最後に、


 一行の覚え書きを書きました。


 ――裁決で終わりじゃない。預かった証拠を返して、手続は閉じる。


「長い」


 相馬先輩が言いました。


「またですか」


「一行ならもっと削れ」


「じゃあ」


 少し考えます。


 そして。


 書き直しました。


 ――証拠は預かり物。裁決後は速やかに提出人へ返す。


「それでいい」


「珍しく合格?」


「まあな」


「ありがとうございます」


「ただし」


「何です?」


「昨日のあんパンは証拠じゃない」


「まだその話します?」


「食い物だ」


「提出された物は提出された物です!」


「俺に食えって出しただろ」


「一個だけですよ!」


「六個全部に提出意思があった」


「勝手に擬制しないでください!」


 片桐所長が溜息をつきました。


「こはる」


「はい」


「昨日のあんパンについては、返還不能だ」


「所長まで!」


「現物が存在しない」


「じゃあ代替物で!」


「種類物か」


「急に民法を混ぜないでください!」


 相馬先輩が笑いました。


「同じパン屋で買ってくりゃいいだろ」


 私は止まりました。


「……買ってくるんですか?」


「気が向いたらな」


「証拠として録音したい」


「やめろ」


 窓の外では、


 駅前市場の古いアーケードに灯りがつき始めていました。


 再整備は進む。


 いずれ、


 水野さんの靴修理店も場所を移すことになるのでしょう。


 昭和四十八年の紙一枚が、


 町の形を止めることはできません。


 法律にも、


 そこまでの魔法はありません。


 でも。


 その紙が必要な人の手へ戻るようにすることはできる。


 審査のために差し出したものを、


 行政が当然のように抱え込まない。


 裁決を出したら、


 速やかに返す。


 それは。


 派手でもなければ、


 感動的な制度でもありません。


 ただの事務処理に見えます。


 けれど。


 水野さんは、


 返ってきた紙を見て、


「親父に怒られずに済む」


 と言いました。


 法律は、


 そこまで考えて第四十四条を書いたわけではないでしょう。


 たぶん。


 もっと無機質です。


 手続上必要だから返還する。


 ただそれだけ。


 でも。


 その無機質なルールのおかげで、


 役所は、


 思い出が深い人だけ特別扱いする必要がない。


 誰の証拠でも。


 誰の書類でも。


 誰の物件でも。


 条件を満たせば返す。


 公平に。


 機械的に。


 その冷たさが。


 結果として、


 誰かの大事な一枚を守る。


 私はノートを閉じました。


「終わりです」


「じゃあ帰るぞ」


 相馬先輩が立ち上がります。


 その瞬間。


 事務所の戸が開きました。


「こんばんは」


 昨日のパン屋さんでした。


 水野さんの店の近くにある店の奥さんです。


「水野さんから聞きまして」


 手には。


 紙袋。


 私は立ち上がりました。


「まさか」


「あんパンです。昨日少なかったでしょう?」


 相馬先輩の目が輝きます。


「ありがとうございます」


「待って!」


 私は紙袋を確保しました。


「何だよ」


「今日は先に個数を確認します」


「お前、役所みたいになってきたな」


「証拠管理です!」


 数える。


 一。


 二。


 三。


 四。


 五。


 六。


「六個」


「昨日と同じだな」


「提出記録を作ります」


「やめろ」


「返還対象も明記します」


「食わせろ!」


「裁決前です!」


「何の裁決だ!」


 片桐所長が、


 珍しく声を出して笑いました。


 私は紙袋を抱えたまま、


 思いました。


 証拠は、


 出すときより。


 返ってきたときのほうが、


 少しだけ嬉しい。


 たぶん行政法の教科書には、


 そんなことは書いてありません。


 でも。


 私はもう、


 第五十三条を忘れないと思います。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。