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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

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212/274

[行政不服審査法49条・不作為についての審査請求の裁決]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、コロッケの匂いが残っていました。


 正確には。


 相馬先輩が二個食べたせいで、妙に油の匂いだけが濃く残っています。


「先輩」


「何だ」


「一人一個って言いましたよね」


「聞いてねえ」


「昨日、言いました」


「書面で来てねえ」


「行政処分みたいに言わないでください」


 相馬先輩は煙草に火をつけながら、悪びれもしません。


 北村美代子さんが持ってきてくれた試作品。


 コロッケ。


 卵焼き。


 煮豆。


 唐揚げ。


 昨日のうちに、ほぼ全滅しました。


 主に。


 相馬先輩の胃袋へ。


 そして今日。


 私の机には別のものが広がっています。


 行政不服審査法。


 ノート。


 北村さんの不作為についての異議申立書の控え。


 それから。


 大きく書いた文字。


 ――不作為。


「今日はここです」


 私が言うと、相馬先輩が嫌そうな顔をしました。


「また勉強会か」


「昨日の事件をそのままにしたら、もったいないでしょう」


「お前だけでやれ」


「所長」


「付き合え」


 奥から片桐所長の声。


 相馬先輩が黙りました。


 強い。


 行政庁より即効性があります。


 私はノートの最初に書きました。


 ――不作為とは何か。


「まず基本からです」


「言ってみろ」


「行政庁に対して法令に基づく申請をしたのに、相当の期間が経過しても、行政庁が何らの処分その他公権力の行使に当たる行為をしないこと」


「長い」


「法律用語なんだから仕方ないでしょう」


「北村さんの件で言え」


「はい」


 私は昨日の受付票を思い出しました。


 六月十七日。


 北村さんは、駅前仮設店舗の営業施設設置承認を申請した。


 七月八日。


 求められた補正は終了。


 その後。


 追加の補正要求なし。


 承認なし。


 不承認なし。


 市役所から返ってくるのは、


 ――審査中です。


 それだけ。


「つまり」


 私は言いました。


「申請はした。でも役所が答えを出さない」


「それが不作為」


「はい」


 相馬先輩が煙草を灰皿へ置きました。


「じゃあ、申請した次の日に処分が出なけりゃ不作為か」


「違います」


「なぜ」


「相当の期間が必要だから」


「相当って何日だ」


「そこが決まってないんですよね」


「じゃあ曖昧じゃねえか」


「曖昧です」


 行政法。


 ときどき堂々と曖昧です。


 私はノートに線を引きました。


 不作為。


 ただ処分が出ていないだけでは足りない。


 申請から相当の期間が経過している必要がある。


「何が相当かは」


 私は続けました。


「処分の性質、調査の難しさ、必要な照会、申請内容、補正の有無なんかで変わります」


「北村さんの場合は?」


「補正は七月八日に終わってました」


「ああ」


「その後、二か月以上。しかも市役所が必要だと言っていた関係部署への正式照会すらしてなかった」


「だから?」


「単に慎重に審査していたというより、手続自体が止まっていた」


「そこだな」


 片桐所長が言いました。


「期間だけ見るな」


「はい」


「三か月なら必ず違法。二か月なら必ず適法。そういう話ではない」


「処理の中身を見る」


「そうだ」


 なるほど。


 昨日の現場で所長が、


 まず確認しろ。


 と言った意味です。


 市が本当に何もしていないのか。


 申請者側に未補正が残っていないか。


 専門的な調査に時間がかかっているのか。


 他機関との協議が必要なのか。


 それを見ずに、


 遅い。


 だから違法。


 と飛びつけば、ただの早とちりになる。


「不作為って」


 私は言いました。


「時計だけ見るんじゃなくて、止まってる理由を見るんですね」


「使える覚え方だ」


 所長が言いました。


 よし。


 一個いただきました。


 私は次の見出しを書きます。


 ――不作為について、何を争うのか。


「ここ、昨日ちょっと感覚が変わりました」


「何が」


「処分が出たときの不服申立てって、処分の中身を争うじゃないですか」


「まあな」


「許可しなかったのがおかしい。不利益処分が重すぎる。そういう話」


「うん」


「でも不作為は、中身以前なんですよね」


 何も出ていない。


 だから。


 許可処分が違法。


 とも言えない。


 不許可処分が不当。


 とも言えない。


 そもそも処分がない。


「だから争うのは」


 私はノートに書きました。


 ――答えを出さない状態そのもの。


「昨日、北村さんに言いました」


 私は思い出します。


 承認しろ、と怒鳴るわけではない。


 ちゃんと決めてください。


 それを求める。


「そこを間違えるな」


 所長が言いました。


「不作為についての不服申立てをしたから、当然に許可されるわけじゃない」


「はい」


「行政庁が審査した結果、不許可になることもある」


「あります」


「それでも?」


「処分は出る」


「そうだ」


 少し冷たい話です。


 申立てをした。


 やっと行政が動いた。


 その結果、


 不許可。


 そんなこともあり得る。


 だったら意味がない。


 と思うかもしれない。


 でも。


 昨日、北村さん自身が言っていました。


 断られるのも困る。


 でも、何も言われないほうがもっと困る。


 不許可なら。


 理由を確認できる。


 不許可処分自体を争うこともできる。


 次の場所を探す判断もできる。


 店を畳むかどうかだって決められる。


 沈黙だけは。


 何も決められない。


「だから不作為救済って」


 私は言いました。


「最初の一歩を取り戻す制度なんですね」


「最初の一歩?」


「行政に答えさせる」


「悪くない」


 所長が頷きました。


 私はちょっと嬉しくなって、丸をつけました。


 次。


 ここからが今日の大問題。


 昭和六十三年。


 旧行政不服審査法。


「来ました」


 私はノートの真ん中に大きく書きます。


 旧法。


「またお前が未来と混乱するところか」


「先輩、楽しそうですね」


「面白いからな」


「人の混乱を娯楽にしないでください」


 現代の私は。


 不作為。


 と聞けば、


 不作為についての審査請求。


 と反射的に考えます。


 現代法では。


 不服申立ては原則として審査請求へ一本化されています。


 でも。


 昭和六十三年は違う。


 旧法では、


 異議申立て。


 審査請求。


 この二つが基本的な不服申立てとして併存していました。


「昨日の北村さんは?」


 相馬先輩が聞きます。


「不作為についての異議申立て」


「なぜ」


「不作為庁が市長で、上級行政庁がないから」


「そうだ」


 私はノートに書きます。


 旧法。


 不作為庁に上級行政庁がある。


 →上級行政庁に審査請求。


 上級行政庁がない。


 →不作為庁に異議申立て。


「もちろん」


 私は付け加えます。


「個別法の特則があれば別ですけど」


「逃げ道つけたな」


「行政法は例外が多いので」


「それは正しい」


 昨日。


 市長名義の処分に関する申請。


 市長に上級行政庁はない。


 だから。


 不作為についての異議申立て。


 処分をしていない本人に、


 何でまだ処分してないんですか。


 と申し立てる。


「やっぱり独特ですね」


「何が」


「処分の異議申立てもそうですけど、不作為でも本人に言うんですよ」


「本人って言い方すんな」


「でも構造的には」


 処分庁本人。


 不作為庁本人。


 そこに、


 自分の仕事を見直してください。


 と言う。


「未来だと」


 私は言いました。


「原則として審査請求に一本化されます」


「また未来」


「比較したほうが分かりやすいんです」


「続けろ」


 現代法では。


 不作為についても審査請求。


 そして。


 平成二十六年の全部改正後は、


 審理員制度。


 行政不服審査会等への諮問。


 そうした仕組みが整備されました。


「昨日みたいな事件を経験すると」


 私は言いました。


「一本化された理由が分かる気がします」


「言ってみろ」


「まず、旧法は入口が分かりにくい」


「異議申立てか審査請求か」


「はい」


「上級行政庁があるかどうか」


「はい」


「申立人がそこから調べる」


「そうです」


 困っている人に、


 まず組織図を読め。


 という制度。


 ちょっと厳しい。


「それから」


 私は続けました。


「処分庁自身、不作為庁自身が判断する仕組みがある」


「ああ」


「自己修正できる利点はあるけど、公正さに疑問を持たれやすい」


「自分で遅らせた役所に、自分で『遅すぎませんか』を判断させる」


「そうです」


「確かに妙だな」


「だから現代法では、制度を整理して、公正性を強めた」


 ただし。


 私はノートに赤線を引きました。


 ――昭和六十三年の事件に現代法を使ってはいけない。


 ここ重要。


 ものすごく重要。


「昨日、頭の中で現代法第四十九条が出てきたんですよ」


「何だそれ」


「不作為についての審査請求の裁決」


「未来の条文だろ」


「はい」


「じゃあ使えねえ」


「はい」


 一刀両断。


 でも。


 法理編なので、


 ここでは未来との差を整理しておきます。


 現代の行政不服審査法第四十九条。


 不作為についての審査請求。


 まず。


 申請から相当の期間が経過していないなど、


 審査請求自体が不適法なら。


 却下。


「却下と棄却、また来ました」


「好きだな、お前」


「好きじゃありません」


 却下。


 中身まで入らず、


 審査請求の要件を満たしていない。


 例えば。


 申請してすぐ、


 翌日に、


 まだ処分しないのは不作為だ。


 と審査請求した。


 相当の期間が経過していない。


 そういう場合。


「門前払いに近い」


「言い方は雑だが、方向は合ってる」


 次。


 審査請求は適法。


 でも。


 不作為に違法・不当はない。


 行政庁が必要な調査をちゃんと進めている。


 時間がかかる合理的事情もある。


 そういう場合。


 棄却。


「中身まで見たけど、申立人の主張には理由なし」


「そうだ」


 そして。


 ここが本題。


 不作為についての審査請求に理由がある。


 つまり。


 処分すべきなのに、


 相当の期間を超えて、


 行政庁が答えを出していない。


 その場合。


「どうする」


 相馬先輩が聞きます。


「現代法では」


 私はノートに書きました。


 ――不作為が違法又は不当である旨を宣言する。


「まず宣言」


「うん」


「そのうえで」


 私は二つに分けました。


 一。


 審査庁が、不作為庁の上級行政庁である場合。


 不作為庁に対して、


 当該処分をすべき旨を命ずることができる。


 二。


 審査庁が、不作為庁自身である場合。


 審査庁自身が、


 当該処分をする。


 相馬先輩が煙草を止めました。


「昔より踏み込んでんな」


「そうなんです」


「昨日のお前、帰り道で嬉しそうに言ってたな」


「嬉しそうでした?」


「法改正に感動してた」


「ちょっとだけ」


 私は昨日の北村さんを思い出します。


 旧法の異議申立て。


 不適法でなければ。


 不作為庁は、


 申立ての翌日から起算して二十日以内に、


 申請に対する何らかの行為をするか、


 書面で不作為の理由を示す。


「昨日、これが効きました」


「ああ」


「それまで二か月以上『審査中』だったのに」


「異議申立てが出たら八日で処分」


「はい」


 つまり。


 旧法にもちゃんと力はある。


 沈黙を破らせる。


 何かしらの行為をする。


 あるいは。


 なぜまだ処分できないのか、


 書面で理由を示させる。


 これは大きい。


 でも。


 現代法の第四十九条と比べると。


「救済の形が違いますね」


「どう違う」


「旧法は、まず『黙るな』に強い」


「うん」


「現代法は、場合によっては『処分まで進めろ』に踏み込む」


「なるほど」


 私は書きます。


 旧法。


 不作為庁への異議申立て。


 →一定期間内に何らかの行為、または不作為理由を書面で示す。


 現代法。


 不作為についての審査請求。


 →違法・不当を宣言。


 →一定の場合、処分すべき旨を命令。


 →不作為庁自身が審査庁なら、自ら処分。


「ただし」


 片桐所長が口を挟みました。


「現代法でも、何でも申立人の希望どおりに許可しろ、という話ではない」


「はい」


「そこは強調しろ」


 大事。


 ものすごく大事。


 私は赤線を引きます。


 処分すべき旨。


 イコール。


 必ず許可処分。


 ではない。


 例えば。


 申請に対して、


 許可か不許可か。


 何らかの処分をすべきだ。


 という意味で命じる場合もある。


 もちろん。


 審査請求の内容を精査し、


 一定の処分をすべきだと判断できる場合には、


 より具体的な処分を求めることもあり得る。


「教材の例なら」


 私は言いました。


「知事に宅建業免許を申請したのに、知事が何もしない」


「うん」


「上級行政庁である国土交通大臣が審査庁」


「うん」


「不作為に理由があると認めれば」


「知事に処分しろと命じる」


「そうです」


「許可でも不許可でも」


「まずは何らかの処分をしろ、という形もある」


「で、場合によっては」


「許可処分をすべきだ、まで判断できる場合もある」


 私は少しペンを止めました。


「これ、結構強いですね」


「不作為を認めるだけじゃ終わらねえ」


「はい」


 昔の制度で。


 不作為ですね。


 理由を書いてください。


 で止まる可能性がある。


 そこから。


 処分しなさい。


 まで踏み込める。


 この違いは大きい。


「法改正って」


 私は呟きました。


「救済の出口をちゃんと作る方向に進んでるんですね」


「全部が全部そう単純じゃねえぞ」


「分かってます」


「じゃあいい」


 次。


 不作為の違法と不当。


「処分の不服申立てと同じで」


 私は言いました。


「不作為についても、違法だけじゃなく不当も対象になる」


「違法な不作為って何だ」


「法的に処分義務があるのに、相当期間を超えて何もしない」


「不当は」


 少し考えます。


「違法とまでは断定しにくくても、行政運営として処理が遅すぎるとか、合理性を欠く状態」


「ざっくり言えばな」


 北村さんの件でも。


 市は完全に何も考えていなかったわけではない。


 防災。


 排水。


 衛生。


 確認すべき事情はあった。


 でも。


 二か月以上。


 正式照会すら出していなかった。


「だから」


 私は言いました。


「違法か不当かを最初から決めつけるより」


「事実を拾う」


「はい」


 申請日。


 補正日。


 追加資料要求の有無。


 照会の有無。


 審査の進行。


 一般的な処理期間。


 申請者への説明。


 そういう事実を積んでいく。


 そして。


 相当期間を超えているのか。


 判断する。


「不作為の事件って」


 私は言いました。


「何も起きてないように見えるから、証拠が少なそうです」


「逆だ」


 相馬先輩が言いました。


「え?」


「何もしてないことを示すには、時系列が要る」


「あ」


「いつ申請した」


「はい」


「いつ補正した」


「はい」


「それから何を言われた」


「はい」


「役所が何をした」


「はい」


「何をしてない」


「……なるほど」


 不作為。


 空白を争う。


 だからこそ。


 空白の前後を埋める必要がある。


「これ、今日の試験ポイントにします」


「勝手にしろ」


 私はノートに書きました。


 ――不作為は空白を争う。だから時系列で埋める。


「悪くない」


「先輩、今日は褒めますね」


「気のせいだ」


 またそれです。


 次。


 却下。


 棄却。


 認容。


「この三つ」


 私は言いました。


「試験で絶対混ぜるやつです」


「言ってみろ」


 却下。


 審査請求が不適法。


 例えば。


 まだ相当期間が経っていない。


 そもそも不作為についての審査請求として要件を満たしていない。


 棄却。


 審査請求は適法。


 でも、不作為が違法・不当とは認められない。


 認容。


 審査請求に理由あり。


 不作為が違法又は不当。


「さらに現代法では」


 私は続けます。


「認容したとき、審査庁の立場によって措置が変わる」


 上級行政庁。


 命ずる。


 不作為庁自身。


 自ら処分。


「ここ、試験で入れ替えられそうですね」


「作問者の顔が見えるのか」


「嫌な選択肢の顔は見えます」


 例えば。


 不作為庁の上級行政庁である審査庁は、自ら処分をする。


 ――誤り。


 原則として。


 不作為庁に対して、処分すべき旨を命ずる。


 逆に。


 不作為庁自身が審査庁なら。


 自ら処分する。


「主語を見る」


 所長が言いました。


「はい」


「行政法の問題は、誰が何をするかを落とすな」


 ああ。


 いつものやつです。


 誰が。


 誰に。


 何を。


 できる。


 行政法は、


 動詞より先に主語を見ろ。


 そんな科目です。


「それから」


 私は教材の続きを思い出しました。


「現代法第四十九条には、審議会とか他機関との協議が必要な場合の規定もあります」


「そこまでやるのか」


 相馬先輩が嫌そうな顔をします。


「軽くです」


 一定の処分をするために。


 本来なら審議会等の議を経る必要がある。


 あるいは。


 他の行政機関との協議など、


 別の手続が必要。


 そんな場合。


 審査庁が必要と認めれば、


 その審議会の議を経たり、


 必要な手続をとったりすることができる。


「つまり」


 私は言いました。


「不作為を認容したあと、『でも他の手続が済んでないから何もできません』で止まらないようにしてる」


「救済を先へ進めるための規定か」


「そういう理解でいいと思います」


 制度として。


 認容しました。


 不作為でした。


 以上。


 ではなく。


 現実に処分まで進める。


 そのための道を用意する。


「教材で読むと」


 私は言いました。


「第四項、第五項って急に細かい話に見えるんですけど」


「ああ」


「北村さんの事件みたいに、建築、防災、衛生と複数部署が絡んでると、意味が分かりますね」


「一個の課だけじゃ決められねえ案件もある」


「そうです」


「じゃあ救済のために必要な協議まで動かせるようにする」


「はい」


 眠かった条文が。


 また一つ。


 現場に立ち上がりました。


 次。


 旧法と現代法の違い。


 私は表を書く代わりに、


 ノートの左右を分けました。


 左。


 昭和六十三年。


 右。


 現代。


「左から」


 私は読み上げます。


「不服申立ては、異議申立てと審査請求が併存」


「右」


「原則として審査請求に一本化」


「左」


「審査請求期間は旧法では原則六十日」


「右」


「現代は原則三か月」


「左」


「審理員制度なし」


「右」


「審理員制度あり」


「左」


「行政不服審査会への諮問制度なし」


「右」


「一定の場合に諮問制度あり」


「左」


「不作為庁への異議申立てでは、二十日以内に何らかの行為をするか、不作為理由を書面で示す」


「右」


「不作為についての審査請求を認容した場合、違法・不当を宣言し、審査庁の立場に応じて処分を命じたり、自ら処分したりできる」


 相馬先輩が腕を組みました。


「未来のほうが整理されてんな」


「そこが大きいです」


「でも覚える側は?」


「地獄です」


「だろうな」


 制度が良くなった。


 受験生の暗記量は減るとは限らない。


 法律あるあるです。


「ただ」


 私は言いました。


「今回、旧法の現場を見たら、現代法の形に変わった理由が分かります」


「入口を一本化」


「はい」


「公正性を高める」


「はい」


「不作為の救済も、より実効的にする」


「そうです」


 単なる用語変更じゃない。


 何が使いにくかったのか。


 何が足りなかったのか。


 そこを直すための制度改正。


「そう考えると」


 私は言いました。


「新旧比較、暗記じゃなくなりますね」


「お前、昔どんな勉強してたんだ」


「語呂合わせ中心です」


「駄目そうだな」


「否定できません」


 次。


 不作為についての審査請求と、


 申請型義務付け訴訟。


「……ここまで行きます?」


 相馬先輩が嫌そうです。


「混同しやすいので、少しだけ」


「少しって言う奴ほど長い」


「本当に少しです」


 行政不服審査。


 行政内部での事後救済。


 一方。


 行政事件訴訟法には、


 一定の要件のもとで、


 行政庁に処分をするよう求める義務付け訴訟がある。


「ただし今日は」


 私は言いました。


「裁判の細かい要件まではやりません」


「逃げたな」


「範囲管理です」


「昨日も聞いたぞ、それ」


 でも。


 不作為を救済する道は、


 行政内部だけではない。


 そこだけ押さえておけばいい。


「それに」


 所長が言いました。


「不服申立てがあるからといって、いつでもそれだけで十分とは限らん」


「はい」


「急ぐ案件もある」


「はい」


「権利利益の侵害が大きければ、訴訟も考える」


「分かりました」


 北村さんの件は。


 市内部で動かしたほうが早かった。


 実際。


 八日で処分が出た。


 でも。


 行政が完全に動かない。


 生活への影響が深刻。


 そんなときは。


 どの救済手段を選ぶか。


 そこまで考える必要がある。


 法律は一個覚えれば終わり。


 ではありません。


 困っている人に合わせて、


 どの制度を使うか。


 それが実務です。


 私はノートを見返しました。


 不作為。


 昨日まで。


 この言葉は、


 行政庁が何もしないこと。


 それだけでした。


 でも今は違います。


 北村さんの閉まった店。


 お盆に断った煮物。


 止まった申請書。


 正式照会すら出されていなかった二か月。


 そして。


 異議申立てをしたあと、


 八日で出た条件付き承認。


「所長」


「何だ」


「不作為って、何もしてないだけなのに」


「うん」


「人にはちゃんと損害が出るんですね」


「そうだ」


 何もしていない。


 だから無害。


 ではない。


 行政の世界では。


 決めないことが、


 実質的に人を止めることがあります。


 許可がないから営業できない。


 補助金の決定がないから事業を始められない。


 登録がないから仕事ができない。


 認定がないから次へ進めない。


 沈黙にも。


 結果がある。


「だから制度は」


 私は言いました。


「沈黙も救済対象にした」


「そうだ」


 私は最後のページを開きました。


 ――一行の覚え書き。


「来たな」


 相馬先輩が言います。


「今日は短くします」


「毎回そう言え」


 少し考えます。


 そして書きました。


 ――不作為は、「まだ決めていない」で逃がさない。答えを出させるための救済。


 相馬先輩が覗き込みます。


「長い」


「じゃあ短縮版」


 私は下に書きました。


 ――沈黙も処分と同じくらい、人を止める。


「それ、法律の説明じゃねえな」


「でも忘れないでしょう」


「まあな」


 片桐所長がこちらを見ました。


「試験用は」


「はい」


 私は姿勢を正します。


「不作為についての審査請求に理由があるとき、現代法では、審査庁は不作為が違法又は不当である旨を宣言する」


「続けろ」


「審査庁が不作為庁の上級行政庁なら、不作為庁に処分すべき旨を命ずる」


「うん」


「審査庁が不作為庁自身なら、自ら処分する」


「却下は」


「相当期間経過前など、不適法な場合」


「棄却は」


「適法だけど理由がない場合」


「昭和六十三年は」


「旧法。異議申立てと審査請求が併存。北村さんの件は、上級行政庁がないので不作為庁への異議申立て」


「その効果」


「不適法でなければ、申立ての翌日から起算して二十日以内に、何らかの行為をするか、不作為理由を書面で示す」


 所長が頷きました。


「それでいい」


 よし。


 今日は取れました。


 何点か知りませんけど。


 そのとき。


 事務所の電話が鳴りました。


「はい、片桐行政書士事務所です」


『北村です』


「あ、こんにちは」


『今日、店を開けました』


 私は思わず立ち上がりました。


「今日?」


『はい。朝から』


「どうでした?」


『忙しかったです』


 電話の向こうで笑っています。


『お客さんがね、「やっと戻ったね」って』


「よかった……」


『それで』


「はい」


『明日、コロッケ持っていきます』


 私の横で。


 相馬先輩が急に顔を上げました。


 聞こえてる。


 絶対聞こえてる。


「ありがとうございます。でも無理しなくて大丈夫ですよ」


『相馬さん、二個食べたでしょう』


 私は相馬先輩を見ました。


「聞きました?」


「何も聞いてねえ」


『今度は一人一個って書いておきます』


「お願いします」


 電話を切ります。


 相馬先輩が言いました。


「それは行政指導か」


「ただの注意書きです」


「法的拘束力は」


「人として守ってください」


「不服申立ては」


「ありません」


「不当だ」


「昨日の勉強が悪用されてる!」


 片桐所長が帳簿を閉じました。


「こはる」


「はい」


「明日、何個来る」


「知りません」


「確認しろ」


「そこですか」


 所長は真顔です。


 相馬先輩も真顔。


 この事務所。


 食べ物が絡むと行政法より統治が乱れます。


 私はため息をついてノートを閉じました。


 窓の外。


 駅前には灯りがつき始めています。


 そのどこかで。


 北村さんの仮設店舗にも、


 今日から明かりがついている。


 不作為についての救済制度は。


 人を必ず勝たせる制度ではありません。


 申請した人の希望を、


 必ずかなえる制度でもない。


 ただ。


 申請を受け取ったまま。


 いつまでも答えを出さず。


 人の時間だけを使い続ける。


 それを。


 制度の上で問題にできる。


 役所に。


 答えを出してください。


 なぜ出せないのか説明してください。


 必要なら。


 処分まで進めてください。


 そう求められる。


 法律の言葉は冷たい。


 不作為。


 却下。


 棄却。


 認容。


 命ずる。


 自ら処分する。


 やっぱり。


 コロッケの名前には向きません。


 でも。


 冷たい言葉だからこそ。


 「もう少し待ってください」


 という柔らかい言葉を、


 いつまでも放置しない。


 柔らかい言葉ほど。


 ときどき人を長く縛ります。


 だから。


 法律は時間を区切る。


 誰が動くかを決める。


 何をしなければならないかを決める。


 制度の冷たさが。


 止まった店のシャッターを、


 少しずつ上げることがあります。


「こはる」


「はい」


 相馬先輩が言いました。


「明日のコロッケ」


「一人一個です」


「まだ処分出てねえぞ」


「今出しました」


「口頭か」


「十分です」


「理由提示は」


「食べすぎだからです」


「不当だ」


「棄却!」


「早えよ」


「簡易迅速です!」


「公正がねえ」


「北村さんが書面にしてくれます!」


 奥で。


 片桐所長が、ほんの少し笑いました。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 不作為についての救済制度は、


 人の時間を止めないためにあります。


 そして。


 相馬先輩のコロッケについては。


 明日から、


 厳格な数量規制が導入される予定です。


 今度こそ。


 不作為は認めません。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
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箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
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