↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
208/274

[行政不服審査法47条・事実上の行為についての認容裁決]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、甘い匂いが残っていました。


 正確には。


 行政法の勉強をするには、少しだけ邪魔なくらい残っていました。


「先輩」


「何だ」


「まだ、たいやきの匂いしますね」


「気のせいだ」


「昼に五個食べた人が言います?」


「四個だ」


「尻尾だけ残した一匹を半分扱いするのやめてください」


 相馬先輩は新聞を広げました。


 逃げました。


 昨日。


 森川辰夫さんの屋台が、市役所から返ってきました。


 駅前環境整備のため、市が屋台を移動した。


 そこまでは、一応、行政目的がある。


 でも。


 移動した屋台を、


 いつまでとも決めず、


 そのまま市の資材置場に置き続ける。


 森川さんが別の場所で営業すると言っているのに、


 返さない。


 そこまで必要なのか。


 市役所が検討し直した結果、


 屋台は返還された。


 そして今朝。


 森川さんは、その屋台で焼いたたいやきを持ってきてくれました。


 事務所の机には、


 そのとき使った紙袋。


 そして私のノート。


 ノートの一番上には、


 大きく書いてあります。


 ――事実上の行為についての救済。


「……地味」


 私は呟きました。


「何が」


「見出しです」


「行政法に派手さ求めんな」


「でも『撤廃』はちょっと強そうじゃないですか」


「何を期待してるんだ」


 そう。


 今日の主役は、


 撤廃。


 です。


 昨日までの私は、


 撤廃と聞くと、


 制度をなくす。


 条例を廃止する。


 組織を解体する。


 そんな大げさなものを想像していました。


 でも。


 森川さんの事件では、


 撤廃とは、


 市役所が握っていた屋台を返すことでした。


「まず整理します」


 私はノートに線を引きました。


 行政不服審査で問題になるのは、


 典型的には行政処分です。


 許可。


 不許可。


 取消し。


 命令。


 こういうもの。


「紙があるやつだな」


 相馬先輩が言います。


「紙がないこともありますけど、まあイメージとしては」


「じゃあ昨日のは?」


「そこです」


 私は次の行を書きました。


 ――事実上の行為。


「これ、名前が本当に分かりにくいんですよ」


「そうか?」


「『法律じゃないことをやった』みたいに聞こえません?」


「聞こえねえ」


「私だけですか」


 事実上の行為。


 これは、


 単なる事実行為なら何でもいい、


 という話ではありません。


 行政庁が、


 公権力の行使として、


 現実に何かをしている場面。


 たとえば。


 人を収容する。


 物を留め置く。


 実力を使って、ある状態を作る。


 そういうものです。


「昨日なら?」


「市が森川さんの屋台を持っていって、そのまま保管していたこと」


「撤去したことじゃなく?」


「そこも関係します。でも一番大事なのは、昨日の時点でまだ続いていたことです」


 私はそこに丸をつけました。


 続いている。


 重要です。


「一回やって終わった行為なら、時間を戻せません」


「当たり前だ」


「でも継続中なら、今から止められる」


「屋台を返すみたいにな」


「はい」


 これが。


 事実上の行為に対する救済の、ものすごく分かりやすいところです。


 単に、


 違法でした。


 不当でした。


 と宣言するだけでは足りない。


 現実の状態を変えなければ、


 救済にならない。


「ここで現代法です」


 私はノートに、


 現行法・第四十七条。


 と書きました。


「朝比奈」


 相馬先輩が新聞の向こうから言います。


「また未来か」


「はい」


「今は昭和六十三年だぞ」


「分かってます」


「顔が平成二十六年だ」


「どんな顔なんですか、それ」


 でも。


 教材として整理するなら、


 現代の制度も頭に置いておきたい。


 現行の行政不服審査法では。


 事実上の行為についての審査請求に理由がある場合、


 審査庁は、


 まずその行為が、


 違法または不当である。


 と宣言します。


「まず宣言」


 相馬先輩が言いました。


「はい」


「それだけ?」


「違います」


 そこが今日の本体。


 宣言したうえで、


 現実の状態を変える措置を取る。


 その中心が、


 撤廃。


 または変更。


 です。


「昨日の事件なら」


 私は言いました。


「『屋台を返さず留め置いているのは不当です』と言うだけじゃ足りない」


「当然だな」


「本人は商売できないままです」


「うん」


「だから屋台を返す」


「それが撤廃?」


「そうです」


 私はノートに書きました。


 撤廃。


 継続している事実上の行為をやめる。


 たとえば。


 収容している人を放免する。


 領置している物を返還する。


「領置って?」


「押収したり預かっている物を保管している状態ですね」


「森川の屋台も似た感じか」


「教材的なイメージとしては近いです」


 市が持ち続けている。


 なら。


 返す。


 それで、


 継続していた状態が終わる。


「撤廃って」


 私はペンを止めました。


「ものすごい法律用語なのに、やることは『返す』なんですよね」


「法律なんてそんなもんだ」


「言葉だけ見ると怖いです」


「お前が勝手に怖がってるだけだ」


 たしかに。


 でも受験生あるあるだと思います。


 撤廃。


 変更。


 認容裁決。


 文字だけ並ぶと、


 巨大ロボットでも出てきそうです。


 実際は。


 人を出す。


 物を返す。


 状態を変える。


 とても現実的です。


 私は次に、


 審査庁による違い。


 と書きました。


「ここ、試験で引っかけやすいです」


「言ってみろ」


 審査庁が、


 処分庁とは別の行政庁の場合。


 審査庁自身が直接、現場へ行って屋台を返すわけではありません。


 処分庁に対して、


 事実上の行為の全部または一部を撤廃しなさい。


 あるいは変更しなさい。


 と命じる。


「つまり上から命令する」


「そうです」


「じゃあ審査庁が処分庁本人だったら?」


「自分でやめる」


「雑だな」


「でもそれが一番分かりやすいです」


 私はちゃんと書きます。


 処分庁自身が審査庁である場合。


 自ら、


 その事実上の行為の全部または一部を撤廃し、


 または変更する。


「昨日の森川さんの件に置き換えると」


「うん」


「もし処分庁自身が見直す構造なら、自分で屋台を返す」


「今の旧法の異議申立てに近い感覚だな」


「そうですね」


 ただし。


 ここで時代を混ぜると危険です。


 昭和六十三年の旧行政不服審査法と、


 現代の第四十七条は、


 そのまま同じ制度ではありません。


 私はノートに大きく、


 時代注意。


 と書きました。


「またそこか」


「ここ大事です」


 現代。


 原則として審査請求に一本化。


 旧法。


 異議申立てと審査請求が併存。


「昨日の森川さんの件では」


 私は続けました。


「市長名義の行為として、上級行政庁がないから、旧法上は異議申立てを考える」


「うん」


「でも現代の感覚で考えると、つい審査請求って言いたくなる」


「昨日も言いかけたな」


「言ってません」


「顔が言ってた」


「その顔診断やめてください」


 私は指を折りました。


 現代では。


 不服申立ては原則として審査請求へ一本化。


 期間も原則三か月。


 審理員制度がある。


 行政不服審査会などへの諮問制度もある。


 一方。


 昭和六十三年。


 旧法。


 審査請求と異議申立てが併存。


 原則六十日。


 現代の審理員制度もない。


「だから」


 相馬先輩が言います。


「昨日、お前が現代法の頭で動いたら事故る」


「はい」


「屋台返せって言う前に、お前の知識を撤廃したほうがいい」


「ひどい」


「変更でもいいぞ」


「もっとひどい」


 でも。


 こうして比べると、


 なぜ現代法が変わったか、


 少し見えてきます。


 旧法では、


 処分庁自身に異議申立てをする仕組みがありました。


 自分がした行為を、


 自分で見直す。


「昨日の沢渡課長みたいな人なら、まだ話が進みますけど」


「そうだな」


「もし完全に意地になった役所だったら」


「自分で自分の行為を正しいと言い続ける可能性はある」


「そこです」


 自己修正できる。


 これは長所です。


 事情を知っている。


 対応も早い。


 現場の記録もある。


 でも。


 一方で。


 本当に公正なのか。


 という疑問が出る。


「だから現代では」


 私は書きました。


 審査請求へ原則一本化。


 審理員制度。


 処分に関与していない職員が審理を担当する仕組み。


「旧法の弱点に手当てした感じか」


「そう考えると分かりやすいです」


 単に、


 制度名が変わった。


 だけではない。


 どこで見直すのか。


 誰が審理するのか。


 公正さをどう見せるのか。


 そこが変わっている。


「で」


 相馬先輩が言いました。


「撤廃と変更の違いは?」


 来ました。


 そこです。


 私は新しい見出しを書きました。


 撤廃。


 その行為自体をやめる。


 変更。


 行為の内容を変える。


「森川さんの場合」


 私は例を作ります。


「市が屋台を完全に返す」


「撤廃」


「はい」


「一部だけ?」


「たとえば、留置条件を変えて、毎日営業終了後に市へ戻せ、とか」


「面倒くせえな」


「例です」


「でもそれなら変更っぽいな」


「そうです」


 現実にしていることを、


 全部やめるのか。


 一部だけ変えるのか。


 そこが違う。


「部分的な撤廃もあるんだろ」


「はい」


 全部。


 または一部。


 条文はそこまで見ています。


 だから、


 ゼロか百かではない。


 救済の形にも幅がある。


 私は昨日の片桐所長の言葉を思い出しました。


 屋台を返す。


 でも駅前への再設置は認めない。


 まさに。


 行政目的を残しながら、


 不必要な不利益を減らす。


 現実の状態を調整する発想です。


「これ」


 私は言いました。


「事実行為の救済って、紙の処分を取り消すより現実的な調整が前に出ますね」


「当たり前じゃねえか」


「そうなんですけど、条文だけ読んでると分からなかったんです」


 取消し。


 撤廃。


 変更。


 単語だけなら、


 似たような『やめる』に見えます。


 でも。


「先輩」


「何だ」


「取消しと撤廃、ちゃんと分けます」


「昨日、沢渡にも言われてたな」


「そこ拾わないでください」


 私はノートに書きます。


 取消し。


 法的効果を持つ処分について、


 その効力を失わせる。


 一方。


 撤廃。


 現実に続いている事実上の行為を、


 現実にやめる。


「昨日なら」


 相馬先輩が言います。


「屋台を返せば撤廃」


「はい」


「屋台を持っていったという過去そのものは消えない」


「はい」


「でも今、持っている状態は終わる」


「それです」


 ここ。


 大事です。


 過去を書き換えるんじゃない。


 現在を変える。


 事実上の行為に対する救済は、


 時間を戻す魔法ではありません。


 でも。


 今続いている不利益を、


 止めることはできる。


「収容の例も同じですね」


「うん」


「すでに収容されていた時間は消せない」


「でも放免すれば、そこから先は終わる」


「そうです」


 教材の例が、


 急に分かりました。


 放免。


 返還。


 全部。


 継続している状態を切る言葉です。


「試験で注意するところ」


 私は次の欄を作りました。


「一つ目」


 違法だけではない。


 不当でもよい。


「行政不服審査法の基本だな」


「はい」


 事実上の行為でも、


 違法または不当であれば、


 認容の対象になりうる。


「二つ目」


 認容すると、


 違法または不当である旨を宣言する。


 それだけでは終わらない。


 必要な措置を取る。


「三つ目」


 審査庁が誰かで、


 やり方が変わる。


 処分庁以外の審査庁。


 処分庁へ撤廃・変更を命じる。


 処分庁自身が審査庁。


 自ら撤廃・変更する。


「ここ、選択肢に出そうですね」


「出るな」


「主語を入れ替えられるやつ」


「受験生泣かせだな」


「行政法は主語で殺しに来ます」


「物騒な言い方すんな」


 でも本当に。


 誰が、


 誰に、


 何をするか。


 そこを雑にすると間違える。


 私はさらに書きました。


 ただし。


 審査庁が、


 処分庁の上級行政庁ではない別の審査庁である場合。


 変更を命ずることには制限がある。


「ここも細かいですね」


「何で」


「上級行政庁でもない審査庁が、処分庁の具体的な判断内容まで好きに書き換えるのは権限関係上まずいからです」


「だから撤廃は命じられても、変更命令には限界がある?」


「そういう整理です」


 行政組織は、


 同じ行政だから全部仲間。


 ではありません。


 上下関係。


 権限。


 所管。


 そういうものがあります。


 行政法の面倒くささは、


 だいたいそこから生えてきます。


「でも」


 私は言いました。


「森川さんの事件で考えると分かりやすい」


「言ってみろ」


「上級行政庁なら、下の行政庁に『こう変えろ』と言いやすい」


「うん」


「でも上級関係にない行政庁が、勝手に細かい内容まで書き換えろって命じるのは違う」


「まあな」


 だから条文は、


 審査庁の立場まで見ている。


 行政法。


 本当に主語が大事です。


「次」


 私はノートをめくりました。


 ――事実上の行為と処分。


「またややこしいな」


「ここも混ぜると危ないです」


 行政庁が何かを実際にする。


 それが全部、


 事実上の行為として不服申立てできるわけではない。


 公権力の行使としての性質が必要になる。


「単なる事務作業まで対象にしたら大変ですからね」


「コピー機の位置変えたとか?」


「それはさすがに違います」


「じゃあ役所の椅子動かしたら?」


「違います」


「窓口の観葉植物を移したら?」


「先輩、遊んでますよね」


「確認だ」


「絶対違う」


 行政不服審査で救済対象になるのは、


 人の権利利益に公権力として直接作用するようなもの。


 そこを外してはいけない。


 私は森川さんの屋台を思い出します。


 市が、


 行政目的を理由に、


 本人の意思に反して屋台を運ぶ。


 そして保管し続ける。


 これは、


 単なる事実ではない。


 現実の力を使った行政作用です。


「だから」


 私は言いました。


「『事実上』って言葉に騙されちゃ駄目なんですね」


「どういう意味だ」


「法的にどうでもいいって意味じゃない」


「ああ」


「むしろ現実に直接効いてくる」


「屋台なくなったら商売止まるからな」


「そうです」


 処分通知一枚より、


 現実の行為のほうが、


 生活には強く刺さることがあります。


 だから。


 救済も、


 現実を戻すところまで行かなければ意味がない。


 私はそこを二重線で囲みました。


「昨日、森川さんが言ってましたよね」


「何を」


「場所を変えるなら分かる。でも、何で商売道具まで返してくれないんだって」


「言ってたな」


「その一言が全部です」


 行政目的。


 駅前整備。


 それ自体はある。


 でも。


 その目的のために、


 どこまでの行為が必要か。


 屋台を駅前からどかす。


 そこまでか。


 屋台そのものを使えなくする。


 そこまで必要か。


 必要性。


 合理性。


 比例。


 そういう視点で、


 現実の行為を見直す。


「結局」


 相馬先輩が言いました。


「昨日の市役所は、撤去と保管を一続きに考えてたんだな」


「そうです」


「最初にどかす必要があった」


「はい」


「だから、その後持ち続けるのも必要だと思った」


「そこを分けた」


「うん」


「それだけです」


 でも。


 行政法では、


 その「分ける」が強い。


 処分。


 事実行為。


 撤去。


 留置。


 目的。


 手段。


 期間。


 対象。


 誰が。


 何を。


 なぜ。


 そこを分けると、


 役所の、


 「一連の措置です」


 という便利な大袋から、


 本当に必要な部分と、


 惰性で続いている部分が出てきます。


「昨日のカタルシスって」


 私は言いました。


「結局、『返せ』って怒鳴ったことじゃないんですよね」


「当たり前だ」


「『撤去の必要性と、返さない必要性は別だ』って分けたところ」


「そこだな」


 片桐所長は、


 昨日ほとんど喋りませんでした。


 でも。


 あの一言。


 分けろ。


 で。


 空気が変わった。


 行政法の強さって、


 もしかしたらああいうところにあります。


 私は最後の見出しを書きました。


 ――旧法と現代法。


「またまとめるのか」


「ここは大事なので」


 昭和六十三年。


 旧法。


 異議申立てと審査請求。


 原則六十日。


 処分庁自身が見直す場面も多い。


 現代。


 原則審査請求へ一本化。


 原則三か月。


 審理員制度。


 行政不服審査会などへの諮問。


「昨日の森川さんの事件って」


 私は言いました。


「旧法の良さと弱さが両方ありますよね」


「どういうことだ」


「市役所自身がすぐ見直した」


「早かったな」


「不服申立て前に返した」


「うん」


「自己修正の速さは強い」


「で?」


「でも、もし市役所が絶対に間違いを認めない体質なら、その同じ構造が弱点になる」


「自分で自分を審査するからな」


「はい」


 だから。


 後の制度改正では、


 審理の公正さを高める方向へ動いた。


 一本化。


 審理員。


 第三者的なチェック。


「制度って」


 私は言いました。


「不便だったところが、そのまま改正理由になるんですね」


「当たり前だ」


「受験生の頃は、改正点って嫌がらせだと思ってました」


「最低だな」


「いや、旧法と新法両方覚えるの大変なんですよ」


「未来人の愚痴は知らん」


 片桐所長が奥から出てきました。


「終わったか」


「もう少しです」


「何をまとめた」


「事実上の行為についての救済です」


「言ってみろ」


 来ました。


 口頭試問。


 私は姿勢を正しました。


「行政庁の事実上の行為について不服申立てが認められ、その行為が違法または不当なら」


「うん」


「現代法では、審査庁がその旨を宣言するだけでなく、行為の全部または一部を撤廃したり、変更したりします」


「誰がする」


「審査庁が処分庁以外なら、処分庁へ撤廃または変更を命じる」


「うん」


「処分庁自身が審査庁なら、自ら撤廃または変更する」


「撤廃とは」


「継続している事実上の行為をやめること。たとえば収容者を放免したり、留め置いている物を返還したりする」


「森川の件では」


「屋台の継続的な留置をやめて、返還すること」


「取消しとの違いは」


「法的効果を消すのが取消し。現実に続く行為をやめるのが撤廃」


 所長が頷きました。


「それでいい」


 よし。


 今日は褒められました。


 たぶん。


「ただし」


 所長が続けます。


「時代を混ぜるな」


「はい」


「昨日使ったのは旧法だ」


「はい」


「今のお前が覚えている四十七条は現代法だ」


「はい」


「似ていても、手続構造は違う」


「はい」


「六十日を三か月にするな」


「はい」


「異議申立てを消すな」


「はい」


「審理員を昭和に召喚するな」


「それは本当に気をつけます」


 召喚。


 言い方。


 私はノートの最後に、


 一行の覚え書き。


 と書きました。


「どうしよう」


「長くするなよ」


 相馬先輩が言います。


「分かってます」


 昨日の屋台。


 市の倉庫。


 返還。


 撤廃。


 私は少し考えました。


 そして書きます。


 ――事実行為は、「間違いでした」で終わらない。続いているなら、現実に止める。


「長い」


「でも分かりやすい」


「試験直前にはもっと削れ」


「じゃあ」


 もう一行。


 ――撤廃とは、続く現実を止める救済。


 相馬先輩が少し考えます。


「それなら覚えやすいな」


「褒めました?」


「気のせいだ」


「またそれ」


 窓の外。


 駅裏へ続く通りを、


 工場帰りらしい人たちが歩いています。


 その先のどこかで。


 森川さんは、


 今ごろ屋台を引いているのでしょう。


 鉄板を温めて。


 餡子を入れて。


 型を閉じて。


 昨日まで市の倉庫にあった道具で、


 今日の商売をしている。


 法律が、


 昨日の時間を消したわけではありません。


 森川さんが商売できなかった二日間も、


 屋台を持っていかれた不安も、


 なかったことにはならない。


 それでも。


 今、続いている不利益を止めることはできる。


 収容されている人を外へ出す。


 留め置いている物を返す。


 行政が握っている現実を、


 手放させる。


 それが、


 撤廃。


 なのだと思います。


 言葉は冷たい。


 かなり冷たい。


 でも。


 その冷たい言葉のおかげで、


 「かわいそうだから返してあげてください」


 ではなく、


 「今なお続ける根拠がありますか」


 と聞ける。


 感情を無視するための冷たさではなく、


 感情を押し流さないための冷たさ。


 そんなふうに。


 私は少しずつ行政法を見直していました。


「こはる」


「はい」


 片桐所長が言いました。


「茶」


「はいはい」


 私は立ち上がりました。


 すると相馬先輩が、


 机の引き出しから紙袋を出しました。


「……先輩」


「何だ」


「それ何です」


「たいやき」


「残ってたんですか!」


「一個だけな」


「私のです」


「何で」


「昨日、最後の一個は私が食べるって」


「知らん」


「返してください」


「当面保管する」


 私は止まりました。


「先輩」


「何だ」


「今日の勉強、聞いてましたよね」


「聞いてた」


「継続してる事実行為です」


「違う」


「返してください」


「嫌だ」


「所長!」


 片桐所長がこちらを見ます。


「何だ」


「不当な留置が続いています!」


「対象物は」


「たいやき一個です!」


「救済を求めるか」


「求めます!」


「相馬」


「何だ」


「返せ」


「……はい」


 強い。


 審理員制度も行政不服審査会もありませんが、


 片桐行政書士事務所の救済は、


 今日も簡易迅速です。


「やった」


 私は紙袋を受け取りました。


「認容です」


「調子乗るな」


 袋を開ける。


 少し冷めています。


 でも。


 餡子はちゃんと入っている。


 私は一口かじって、


 ノートの最後にもう一つ書き足しました。


 ――撤廃は、過去を消さない。けれど、続いている不利益は止められる。


「また一行増えてるぞ」


「これは保存版です」


「一行の覚え書きって何だったんだ」


「撤廃します?」


「お前のノートなんだから好きにしろ」


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 どうやら今日、


 一番きれいに撤廃されたのは、


 相馬先輩による、


 たいやき一匹の不当な留置でした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。