↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
200/274

[行政不服審査法43条・行政不服審査会等への諮問]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、コロッケの匂いが残っていました。


 正確には。


 昼に全部食べたはずなのに、相馬先輩の机の周辺だけ、まだ妙に残っています。


「先輩」


「何だ」


「机からコロッケの匂いがします」


「気のせいだ」


「昼に三個食べましたよね」


「二個だ」


「三個です」


「証拠は」


「私が見ました」


「お前は当事者だ」


「だから何の当事者なんですか」


 昨日から、この事務所では妙に第三者性が重視されています。


 原因はもちろん。


 松井春江さんの、市有地使用許可取消し事件。


 三か月前に市から使用許可を受けた弁当販売台。


 それが突然、


 ――駅前環境整備事業のため。


 という理由で取り消された。


 ところが調べてみると。


 具体的な工事計画はまだ固まっていない。


 公共利用の予定も決裁されていない。


 近くの新聞販売台は残っている。


 要するに。


 将来使うかもしれないから、とりあえず小さな個人商店から整理しておこう。


 そんな程度の判断だった。


 結局、市は取消処分をいったん見直す方向になり、


 春江さんは当面、昼の弁当販売を続けられることになりました。


 そして。


 市役所では駅前整備関係の使用許可について、判断基準そのものを文書化することになった。


 結果だけ見れば。


 かなり気持ちいい。


 でも。


 私は昨日から、別のところがずっと引っかかっていました。


 私はノートを開きます。


 上に大きく書きました。


 ――行政不服審査法第四十三条。


 その下。


 ――行政不服審査会等への諮問。


「来たな」


 相馬先輩が言いました。


「何がです?」


「未来の制度」


「そうです」


「昭和六十三年にはねえやつ」


「そうです」


「じゃあ今の仕事に使えねえだろ」


「だから勉強するんです!」


 この人。


 行政書士受験生という生き物に対する理解が薄い。


 使えなくても覚える。


 出るから。


 それが資格試験です。


「所長」


「何だ」


「今日は未来の行政不服審査法です」


「勝手にやれ」


「相馬先輩も参加させてください」


「付き合え」


 片桐所長が帳簿から顔も上げずに言いました。


 相馬先輩が黙ります。


 処分庁より強い。


「じゃあまず」


 私はノートに書きました。


 現行法。


 審査請求。


 審理員。


 審理員意見書。


 行政不服審査会等への諮問。


 裁決。


「流れで覚えます」


「何で」


 相馬先輩が聞きました。


「第四十三条だけ単独で覚えると、どこで出てくる手続か分からなくなるからです」


 これ、大事です。


 行政不服審査会への諮問は。


 審査請求を出した直後に、いきなり行われるわけではありません。


 審査請求書を出す。


 形式的な不備などを確認する。


 審理員が指名される。


 処分庁側から弁明書が出る。


 審査請求人側から反論書が出る。


 必要な審理が行われる。


 そのうえで。


 審理員が、


 ――こう裁決するのが相当です。


 という意見書を審査庁に提出する。


 その次です。


「そこで四十三条」


 私は矢印を書きます。


 審理員意見書。


 ↓


 行政不服審査会等へ諮問。


 ↓


 答申。


 ↓


 裁決。


「つまり」


 相馬先輩が煙草を指で転がしました。


「審理員が一回見てんだろ」


「はい」


「その上で、もう一回別のところにも聞くのか」


「原則としては、そうです」


「未来の役所、慎重だな」


「そこが今回のテーマです」


 私は昨日の春江さんを思い出しました。


 春江さんは言いました。


 ――役所が自分で出した処分を、役所が自分で見直すんですか。


 あの疑問。


 実はすごく本質的です。


 旧法。


 昭和六十三年。


 処分庁に上級行政庁がない場合など。


 処分庁自身に異議申立てをする。


 つまり。


 自分が出した答案を、


 自分でもう一度採点する。


「昨日、春江さんも不安がってましたよね」


「ああ」


「本当に公平に見てくれるんですか、って」


「まあ、そう思うだろうな」


「だから現行法では」


 私は二重線を引きました。


 ――公正性。


 平成二十六年の全部改正では、


 審査請求への原則一本化。


 審理員制度。


 そして。


 行政不服審査会等への諮問。


 こういう仕組みが整えられた。


「目的は」


 片桐所長が聞きました。


「客観性と公正性を高めることです」


「具体的には」


「審査庁が最終的な裁決をする前に、第三者機関に意見を求める」


「第三者機関」


「はい」


 私はノートに書きます。


 諮問。


 =意見を尋ね求めること。


「諮問って、命令じゃないんですね」


「当たり前だ」


 相馬先輩が言います。


「『決めてください』じゃねえ」


「そうです」


 審査庁が、


 この事件について、


 こういう審理結果になっています。


 こう裁決しようと考えています。


 第三者機関としてどう見ますか。


 と意見を求める。


 それが諮問。


「じゃあ、行政不服審査会が裁決するわけじゃない?」


「そこ重要です」


 私は赤線を引きました。


 裁決するのは審査庁。


 行政不服審査会等は、


 意見を述べる。


 つまり答申する。


「審査会が裁判官みたいに最終決定するわけじゃないんですね」


「そうだ」


 片桐所長が短く言いました。


「決める者と、意見を出す者を混同するな」


「はい」


 試験では。


 誰が何をするか。


 これを混ぜると痛い。


 審理員。


 意見書を出す。


 行政不服審査会等。


 諮問を受け、答申する。


 審査庁。


 裁決する。


 似た単語が三つ並ぶので。


 受験生の脳はここで静かに崩壊します。


「流れで覚えた方がいいな」


 相馬先輩が言いました。


「そうなんです」


 私は横に番号を書きました。


 一。


 審査請求。


 二。


 審理。


 三。


 審理員意見書。


 四。


 原則、行政不服審査会等へ諮問。


 五。


 答申。


 六。


 裁決。


「これなら見えます」


「試験のために制度を道路地図みたいにすんな」


「行政法は地図がないと迷子になるんです」


 本当に。


 単語だけ追うと遭難します。


 次。


 私は見出しを書きました。


 誰に諮問するか。


「ここも分かれます」


「国と地方か」


 相馬先輩が言います。


「先輩、意外と鋭いですね」


「お前より長く役所と喧嘩してる」


「喧嘩って言わないでください」


 審査庁が国の行政機関の長。


 たとえば主任の大臣などなら。


 行政不服審査会。


 一方。


 審査庁が地方公共団体の長なら。


 地方公共団体に置かれた第三者機関。


 現行法第八十一条の機関に諮問する。


「市長が審査庁なら」


 私は言いました。


「国の行政不服審査会に全部持っていくわけじゃありません」


「市なら市側の第三者機関か」


「そうです」


「昨日の春江さんの事件が未来だったら?」


「仮に現行法の審査請求として進む案件なら、市長が審査庁になる場面では、市の附属機関に諮問する形が考えられます」


 もちろん。


 個別法や処分の構造によって違います。


 でも大きな整理としては。


 国。


 行政不服審査会。


 地方公共団体。


 地方公共団体に設置される第三者機関。


 このイメージ。


「ところで」


 相馬先輩が言いました。


「毎回絶対に聞かなきゃ駄目なのか」


「来ましたね」


「何が」


「試験の罠」


 四十三条。


 原則。


 審理員意見書の提出を受けたら。


 行政不服審査会等へ諮問しなければならない。


 でも。


 例外があります。


「行政法は」


 私は言いました。


「原則を書いた瞬間に例外が列を作ります」


「法律に文句言うな」


「文句じゃなくて観察です」


 全部を昨日出すと話が死ぬので。昨日は触れませんでした。


 でも試験では。


 例外が大好物です。


「まず分かりやすいところ」


 私は書きました。


 審査請求が不適法。


 却下する場合。


「そもそも中身を見る前に入口で終わるなら」


「第三者機関まで回さねえ」


「そうです」


 たとえば。


 申立期間を明らかに過ぎていて、


 救済できる事情もなく、


 不適法として却下する。


 そのような場合。


 原則的な諮問手続を踏ませる必要性は低い。


「次」


 私は書きます。


 審査請求人が、


 諮問を希望しない旨を申し出た場合。


「え?」


 相馬先輩が言いました。


「本人が第三者に見てもらわなくていいって言えるのか」


「一定の場合には、そうです」


「ただし」


 片桐所長が言います。


「他の関係人は」


「はい」


 参加人がいて、


 その参加人が、


 諮問しないことに反対している場合。


 単純に本人だけの一言で終わらない。


「人が増えると行政法は一気に面倒になりますね」


「世の中が一人でできてねえからな」


「急に深いこと言いますね」


「別に」


 次。


「これも重要です」


 私は書きました。


 審査請求を全部認める方向の裁決。


 つまり。


 処分を全部取り消す。


 あるいは。


 申請を全部認容する。


 そういう場面では。


 一定の条件のもと。


 諮問を要しない場合があります。


「何でです?」


 相馬先輩が聞きました。


「審査請求人を全面的に救済する方向なら」


「わざわざ第三者に、『本当に助けていいですか』って聞く必要性が薄い?」


「大ざっぱには、そういうイメージです」


 ただし。


 反対意見が出ている場合などは別。


 ここは条文条件を雑に削ると危険です。


「試験では」


 私はノートの端へ書きました。


 全面救済だから必ず諮問不要。


 ではない。


 反対意見の有無など条件確認。


「嫌らしいな」


「行政書士試験はそこを聞いてきます」


 そして。


 もう一つ。


「処分をするときに、すでに第三者的な審議会等の議を経ている場合なども」


「また同じような第三者確認を重ねる必要がないことがある」


「はい」


 たとえば。


 処分をする段階で。


 法律や政令、条例に基づいて、


 一定の審議会等の議を経て処分している。


 そうしたケースでは。


 四十三条の行政不服審査会等への諮問を重ねない場合がある。


「つまり」


 相馬先輩が言いました。


「第三者の目が一回も入らねえのを防ぎたいわけで」


「ざっくり言えば、その理解は近いです」


「すでに別の仕組みで入ってるなら」


「重ねなくていい場面がある」


「なるほど」


 私は赤ペンで囲みました。


 諮問は公正性を高めるため。


 ただし。


 すでに公正性を確保する別の手続がある場合。


 あるいは。


 諮問の必要性が乏しい場合。


 一定の例外がある。


「あと」


 私は書き足しました。


 審査庁自体が合議制の機関の場合など。


「これも諮問不要になる場合があるんですよね」


「なんでだ」


「最初から一人の行政庁が単独で決める構造じゃないからです」


 たとえば。


 〇〇委員会。


 そういう合議制機関が審査庁になっている。


 それ自体に、


 複数の構成員で審議する構造がある。


 だから。


 さらに行政不服審査会へ諮問する必要がない場合がある。


「要するに」


 相馬先輩が言いました。


「誰か別の目を入れろってことだな」


「かなり乱暴ですが、テーマの核心はそうです」


 私は昨日の沢渡課長の顔を思い出しました。


 感情論には動かない。


 でも。


 こちらが、


 何が変わったのか。


 何に使うのか。


 なぜ春江さんだけなのか。


 記録はあるのか。


 と詰めると。


 市は内部で処分を見直した。


 沢渡課長は合理的です。


 たぶん。


 旧法の異議申立てでも。


 法理と証拠が崩れれば修正するでしょう。


 でも。


「所長」


「何だ」


「昨日の沢渡課長みたいな人なら、旧法でもちゃんと見直すかもしれません」


「そうだな」


「じゃあ、何で制度を変える必要があったんでしょう」


 片桐所長がこちらを見ました。


「人を信用する制度にするな」


 一言。


 私は止まりました。


「……ああ」


「沢渡が公正だから大丈夫」


「はい」


「次の課長も公正とは限らん」


「はい」


「担当者が優秀だから大丈夫」


「はい」


「異動したらどうする」


「……そういうことか」


 制度は。


 良い人がいることを前提に作ってはいけない。


 悪人を前提にする必要もない。


 ただ。


 人間には、


 自分の判断を正しいと思いたい癖がある。


 組織には、


 一度決めたものを覆したくない力が働く。


 だから。


 誰が担当しても。


 誰が課長でも。


 一定の公正さが期待できる仕組みにする。


 審理員。


 第三者機関への諮問。


 それは。


 沢渡課長を信用しないためではない。


 沢渡課長級の合理性を、


 担当者の性格に依存しないための制度なのかもしれません。


「制度の冷たさって」


 私は言いました。


「こういうところなんですね」


「何がだ」


「人柄を見ない」


「ああ」


「この人はいい人だから大丈夫、をやらない」


 条文は。


 沢渡課長が誠実か。


 担当者が善良か。


 そんなことを判定しません。


 代わりに。


 誰がやっても、


 一度別の目を通す。


 それが冷たい。


 でも。


 冷たいから強い。


 善人にも。


 嫌な人にも。


 同じ手続を要求できる。


「私は昨日」


 ノートに書きました。


 ――信用ではなく、構造で公正をつくる。


「ちょっと格好つけたな」


 相馬先輩が言います。


「いいじゃないですか」


「試験で書くなよ」


「書きません」


 次。


 諮問するとき。


「何を送るんです?」


 私は自分で聞きます。


 四十三条第二項。


 審査庁は、


 諮問するとき。


 審理員意見書。


 そして。


 事件記録の写し。


 これらを添えて諮問する。


「口頭で」


 私は言いました。


「『こんな事件です。どう思います?』ではない」


「当たり前だ」


「ちゃんと記録も渡す」


 なぜか。


 第三者が、


 本当に適切な審理だったのか。


 事実関係はどうか。


 審理員の意見は妥当か。


 そういうものを見るには。


 材料が必要だからです。


「昨日の事件で言うなら」


 私は置き換えます。


 春江さんの許可証。


 取消通知。


 担当課の説明。


 近隣の使用状況。


 市側の記録。


 そうしたものを見ず。


 審理員の結論だけ渡して、


 どうですか。


 では。


 第三者審査の意味が薄い。


「記録って大事ですね」


「現場じゃ一番強い」


 相馬先輩が言います。


「言った言わねえは揉める」


「紙は残る」


「そういうことだ」


 次。


 四十三条第三項。


 諮問したら。


 審理関係人へ、


 諮問した旨を通知する。


 さらに。


 審理員意見書の写しを送付する。


「ここも透明性ですね」


 私は言いました。


「知らないところで第三者機関に回されて、知らないところで話が進むわけじゃない」


「本人にも知らせる」


「はい」


 つまり。


 行政内部だけの秘密会議ではない。


 審理がどこまで進んだのか。


 審理員がどんな意見を出したのか。


 関係人にも見えるようにする。


「これ」


 私は少し笑いました。


「昨日の春江さんに一番安心してもらえそうです」


「何が」


「自分の不服申立てが、今どこにいて、どういう意見が出てるか分かること」


「ああ」


 春江さんは。


 役所の中へ紙を出したあと。


 どうなるのか分からないことを怖がっていました。


 役所の奥へ消えて。


 同じ人たちが相談して。


 同じ人たちで結論を出して。


 終わるんじゃないか。


 その不安。


 現行法では。


 審理員。


 意見書。


 第三者機関。


 諮問通知。


 こういう手続が。


 少しずつ。


 行政内部の箱を透明にしていく。


「でも」


 相馬先輩が言いました。


「審査会の言うとおりに絶対決めなきゃいけねえのか」


「そこも混同注意です」


 諮問。


 答申。


 裁決。


 行政不服審査会等の答申は。


 第三者機関の意見。


 重要な意見です。


 でも。


 裁決権そのものが審査会へ移るわけではない。


 最終的に裁決するのは審査庁。


「だから」


 私は書きます。


 諮問先。


 判断主体ではない。


 意見を述べる第三者機関。


「試験問題なら」


 相馬先輩が言います。


「『行政不服審査会が裁決を行う』」


「誤り」


「『審理員が裁決する』」


「誤り」


「『審査庁が裁決する』」


「正しい」


「よし」


「何で先輩が問題出す側なんですか」


「お前、間違えそうだから」


「否定できないのが悔しい」


 私はノートの真ん中に大きな三角形を書きました。


 審理員。


 ↓


 意見書。


 行政不服審査会等。


 ↓


 答申。


 審査庁。


 ↓


 裁決。


「これなら混ざらない」


「絵が下手だな」


「内容を見てください!」


 そして。


 旧法との対比。


 ここが転生者として一番面白いところです。


 私はページを左右に分けました。


 左。


 昭和六十三年・旧法。


 右。


 現行法。


 旧法。


 異議申立て。


 審査請求。


 二本立て。


 処分庁自身が再検討する仕組みが大きく残る。


 現行法。


 原則として審査請求に一本化。


 審理員制度。


 第三者機関への諮問。


「申立期間も違います」


「旧法六十日」


「現行法三か月」


「そこは昨日やったな」


「未来人事故ポイントです」


 私は横に、


 注意。


 と書きました。


 昭和六十三年の春江さん。


 仮に異議申立てまで行くなら。


 旧法。


 六十日。


 行政不服審査会への諮問なし。


 審理員なし。


 現代の感覚で。


 審理員が公平に見てくれる。


 審査会にも回る。


 三か月ある。


 などと思っていたら。


 全部ずれます。


「法律って」


 私は言いました。


「同じ名前でも、時代で中身が全然違いますね」


「だから施行法を見ろ」


「先輩、急に実務家っぽい」


「実務家だ」


「失礼しました」


 ここで。


 片桐所長が帳簿を閉じました。


「こはる」


「はい」


「四十三条の本質は」


 私は少し考えます。


 条文をそのまま言うだけなら。


 審理員意見書の提出を受けた審査庁は、


 一定の場合を除き、


 行政不服審査会等へ諮問しなければならない。


 でも。


 所長が聞いているのは。


 たぶん暗記文句ではありません。


「自分たちだけで、自分たちの処分の正しさを決めないため」


「うん」


「審理員が一度整理したあと、さらに第三者の目を入れる」


「うん」


「それで客観性と公正性を高める」


「そうだ」


「ただし」


 私は続けました。


「いつでも絶対に諮問するわけじゃない」


「例外は」


「不適法で却下する場合。審査請求人が諮問を希望しない一定の場合。全部救済する方向で一定の条件を満たす場合。それから、すでに審議会等の議を経ている場合など」


「誰に」


「国なら行政不服審査会。地方公共団体の長が審査庁なら、地方公共団体に置かれる第三者機関」


「何を添える」


「審理員意見書と事件記録の写し」


「諮問したあとは」


「審理関係人に諮問した旨を通知して、審理員意見書の写しを送付する」


「最終判断は」


「審査庁が裁決します」


 片桐所長が頷きました。


「それでいい」


 ちょっと嬉しい。


 私はノートの最後に。


 今日の一行の覚え書きを書こうとしました。


 ペンが止まる。


「どうした」


 相馬先輩が言います。


「一行が難しいんですよ」


「昨日も二行書いてただろ」


「今日は一行にします」


 考える。


 諮問。


 第三者。


 公正性。


 審理員意見書のあと。


 例外あり。


 全部入れると、一行が長い。


「試験用じゃなくて」


 私は言いました。


「忘れない言葉にします」


 そして。


 書きました。


 ――自分の答えを自分だけで決めない。裁決前に、もう一つの目を入れる。


「まあまあだな」


「また褒めた」


「気のせいだ」


「出た」


 窓の外は、もう薄暗くなっていました。


 駅前では。


 今日も春江さんが昼の弁当販売を終え。


 折り畳み台を片づけているはずです。


 あの人を救ったのは。


 行政不服審査会ではありません。


 昭和六十三年には存在しない。


 審理員もいない。


 現代の四十三条もない。


 それでも。


 あの事件の中には。


 未来の制度が必要になる理由が、


 全部ありました。


 一度出した処分を、


 役所は覆したくない。


 担当者は、


 自分の判断を間違いだと思いたくない。


 組織は、


 前に進んだ決裁を後ろへ戻すのを嫌がる。


 それは。


 役人だけが特別に悪いからではありません。


 人間だからです。


 だから法律は。


 人格ではなく、


 手続を置く。


 審理員。


 意見書。


 第三者機関。


 諮問。


 通知。


 答申。


 一つずつ。


 人間の思い込みから距離を取る。


 行政不服審査法第四十三条。


 受験テキストでは。


 審理員意見書の次。


 八番目あたりの手続。


 矢印の一個。


 それだけに見えます。


 でも。


 実際には。


 ――本当に、役所だけで決めていいのか。


 という。


 春江さんの素朴な不安に、


 制度として答えた条文なのかもしれません。


 法律の言葉は冷たい。


 第三者機関。


 諮問。


 事件記録。


 答申。


 やっぱり、


 コロッケ屋さんの生活とは似合いません。


 でも。


 人を信用するかどうかではなく。


 誰であっても同じ手順を踏ませる。


 その冷たさがあるから。


 知らない人でも。


 声の小さい人でも。


 役所と付き合いのない人でも。


 同じように、


 もう一つの目で見てもらえる。


 制度の冷たさが。


 人を守る。


 最近。


 私はその意味が少し分かってきました。


「こはる」


 所長が言いました。


「はい」


「帰るぞ」


「はい」


 私はノートを閉じます。


 その瞬間。


 相馬先輩の机の引き出しから。


 がさ。


 という音がしました。


 私は止まりました。


「先輩」


「何だ」


「今、何か鳴りましたよね」


「鳴ってない」


「引き出し開けてください」


「嫌だ」


「第三者として確認します」


「お前は第三者じゃねえ」


「じゃあ所長」


 片桐所長が無言で引き出しを開けました。


 中から。


 紙に包まれたコロッケが一個。


「……先輩」


「これは」


「はい」


「事件記録にない」


「現物があります!」


「審理員意見書を待て」


「審理員いません!」


「じゃあ諮問だ」


「昭和六十三年には行政不服審査会もありません!」


 片桐所長がコロッケを持ち上げます。


「裁決する」


「何ですか」


「没収」


「横暴だ!」


 相馬先輩が立ち上がります。


「異議申立て!」


「棄却」


「早えよ!」


「簡易迅速だ」


「公正がない!」


 私は思わず吹き出しました。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 どうやらこの事務所にこそ。


 第三者機関の導入が必要なのかもしれません。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。