↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
196/288

[行政不服審査法41条・審理手続の終結]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ「終わり」という言葉が似合います。


 電話が鳴らなくなる。


 来客が途切れる。


 相馬先輩が灰皿を片づける。


 片桐所長が帳簿を閉じる。


 つまり。


「こはる」


「はい」


「それ、いつまでやってる」


 私だけ終わっていません。


 机の上には、ノート。


 資料。


 三好健一さんの審査請求関係書類。


 そして。


 真ん中に大きく書いた文字。


 ――審理手続の終結。


「今日中です」


「さっきも聞いた」


「勉強って、終わると思った瞬間に新しい論点が出てくるんですよ」


「知らん」


 相馬先輩は容赦がありません。


 私はノートを開き直しました。


 今回の三好さんの事件。


 市が、印刷所前の搬入口使用を認めない処分をした。


 三好さんは県側へ審査請求。


 審理が進み、


 県からは、


 ――必要な調査は概ね終えた。


 そう言われた。


 ところが。


 その直後に見つかった古い文書から、


 市が以前、


 第二期工事開始までは搬入口を使用可能とする予定だったことが判明。


 さらに調べると。


 その後の計画変更でも、


 三好さんの搬入口は制限対象に入っていなかった。


 最後に出てきたのは、


 記録の残っていない、


 ――現場判断。


「先輩」


「何だ」


「今思い返しても、『現場判断』って便利な言葉ですね」


「便利だから使われる」


「記録がないと、急に霧になりますけど」


「だから紙を探したんだろ」


「はい」


 そして。


 県は追加資料を受け取り。


 市に追加照会。


 市側は処分の判断過程を見直すことになった。


 結果。


 三好さんは当面、搬入口を使える方向になった。


 完全決着ではありません。


 でも。


 もし、


「もう調査は終わりました」


 の一言で資料を閉じられていたら。


 三好さんの五百枚の紙は、印刷所に入らなかったかもしれない。


 私はペンを持ちました。


「じゃあ、今日はこれです」


 ノートに書く。


 行政不服審査法第四十一条。


 審理手続の終結。


「四十一条?」


 相馬先輩が言いました。


「現代法です」


「また未来か」


「今日は未来を勉強します」


「昭和の事務所で?」


「受験生なので」


「面倒な転生だな」


「本人が一番そう思ってます」


 昭和六十三年の私たちが実際に使った制度は、旧行政不服審査法。


 現代のような審理員制度はありません。


 行政不服審査会への諮問もない。


 異議申立てと審査請求が並立している。


 審査請求期間も原則六十日。


 現代は原則三か月。


 この違いを忘れると。


 転生者でも受験生でも爆発します。


「まず」


 私はノートに線を引きました。


 現代法。


 審理員は、必要な審理を終えたと認めるときは、審理手続を終結する。


「ここが基本ですね」


 片桐所長が新聞から目を上げました。


「『できる』か」


「いえ」


 私は答えます。


「必要な審理を終えたと認めるときは、終結するものとする」


「義務だな」


「はい」


 そこ。


 試験で狙われそうです。


 必要な審理を終えた。


 でも審理員の気分で、


 もう少し続けてもいい。


 ではない。


 終結する。


「つまり」


 相馬先輩が言います。


「必要なことを全部やったら終われ」


「はい」


「仕事が好きだから余計に続けるな」


「ちょっと言い方が雑です」


「違うのか」


「方向は合ってます」


 私は今回の事件を思い出しました。


 三好さんの件では、


 県側が、


 必要な調査は概ね終わった。


 と言っていた。


 でも。


 判断の前提を揺らす資料が出てきた。


 だからこそ。


 本当に必要な審理は終わっているのか。


 そこが問題になった。


「現代法の四十一条一項なら」


 私は言いました。


「必要な審理を終えたと認めるときに終結です」


「うん」


「逆に言えば」


「うん」


「まだ必要な審理が残っているなら、終結の前提がない」


 片桐所長が頷きました。


「そこだ」


 今回なら。


 市は交通安全を理由に不許可。


 ところが。


 昔の計画と整合しない。


 変更図面にも三好印刷所が入っていない。


 現場判断の記録もない。


 そういう資料が出てきた。


 これを確認しないまま、


 はい、終わり。


 とは言いにくい。


「でも」


 私は自分で書きながら言いました。


「これ、誤解すると危ないですよね」


「何がだ」


 相馬先輩が聞きます。


「申立人が『まだ言いたいことがあります』って言い続ければ、永遠に終結できない、みたいに見える」


「そんなわけねえだろ」


「ですよね」


 行政手続に無限延長戦はありません。


 そこで四十一条二項です。


 私は見出しを書きました。


 ――審理を終結することができる場合。


「一項は『終結する』」


「うん」


「二項は『終結することができる』」


「違いは?」


「裁量がある」


「そうだ」


 四十一条二項には、


 必要な審理が完全に尽くされたと断定できる場合とは別に、


 一定の事情があれば審理を終結できるケースが定められています。


 代表的なのが。


 弁明書。


 反論書。


 意見書。


 証拠書類など。


 これらが出てこない場合。


「ただし」


 私は大きく丸をつけました。


「一回期限を過ぎたら即終了、ではありません」


 相馬先輩が煙草を指先で回します。


「どうする」


「最初に相当期間を設ける」


「うん」


「その期間に出てこない」


「うん」


「それでもう一度」


 私はペン先で机を叩きました。


「さらに一定の期間を示して提出を求める」


「それでも出さない」


「そこで、審理を終結することができる」


「そうだ」


 ここ。


 かなり大事です。


 たった一回、


 締切を過ぎました。


 ではありません。


 追加の期限。


 もう一度の提出機会。


 それでも出ない。


 そこで初めて、


 いつまでも待ち続けなくてよい。


 という仕組み。


「三好さんの事件と逆ですね」


「どういう意味だ」


「三好さんは、新しい資料を出した」


「うん」


「しかも判断に影響しそうだった」


「うん」


「だから見てもらった」


「そうだ」


「でも逆に、役所から『出してください』と言われてるのに、何度も出さずに放置してたら」


「審理は止まる」


「だから終わらせられる」


 なるほど。


 制度の冷たさ。


 ここにもあります。


 役所は永遠に待たない。


 でも。


 一度の遅れで即座に扉を閉めるわけでもない。


 一定の猶予を置き。


 さらに期限を示す。


 それでも出ないなら。


 前へ進む。


「これ」


 私は言いました。


「意外と公平ですね」


 相馬先輩が鼻で笑います。


「制度はだいたい、そのつもりで作る」


「問題は運用ですか」


「人が使うからな」


「深いこと言いますね」


「普通だ」


 次。


 口頭意見陳述。


 申立人が、


 正当な理由なく出頭しない場合。


 これも審理を終結することができます。


「ここも」


 私は線を引きます。


 正当な理由なく。


「寝坊した」


 相馬先輩が言います。


「たぶん厳しい」


「忘れた」


「もっと厳しい」


「入院した」


「それは正当な理由になり得る」


「電車が止まった」


「事情次第」


「どら焼きを食ってた」


「確実に駄目です」


「何でだ」


「何で通ると思ったんですか」


 重要なのは、


 不出頭そのもの。


 ではなく。


 正当な理由のない不出頭。


 つまり。


 口頭意見陳述の機会を設けた。


 本人が来ない。


 しかも正当な理由もない。


 その場合には、


 いつまでもその人のためだけに審理を止めなくてよい。


「これも」


 私は言いました。


「参加する機会は与える。でも使わなかったら、制度まで止めない」


「そういうことだ」


 片桐所長が言いました。


「手続保障と、手続の進行は両立させる」


「はい」


 私はその言葉をノートに書きました。


 ――手続保障と手続進行の両立。


 これ、かなり気に入りました。


 申立人の権利を守る。


 でも。


 権利があるから無期限になるわけではない。


 役所も事件を処理しなければならない。


 制度は、


 人を待つこと。


 人を待たないこと。


 その両方に線を引く。


「じゃあ」


 相馬先輩が言います。


「終結したら終わりか」


「いや」


「違うのか」


「ここからが四十一条三項です」


 私はページをめくりました。


 審理員が審理手続を終結したとき。


 速やかに。


 審理関係人に対して。


 一つ。


 審理手続を終結した旨。


 二つ。


 審理員意見書と事件記録を審査庁に提出する予定時期。


 これを通知する。


「誰に?」


 相馬先輩が聞きます。


「審理関係人」


「具体的には」


「審査請求人、参加人、処分庁」


「審査庁だけじゃない」


「はい」


 ここ。


 受験問題になりそうな匂いがします。


 終結したら、


 内部で勝手に次へ進む。


 だけじゃない。


 当事者側にも、


 審理が終わったことを知らせる。


 しかも。


 単なる終了通知だけではない。


 次に、


 審理員意見書と事件記録をいつ審査庁へ出す予定なのか。


 その予定時期まで知らせる。


「そこまで通知するんですか」


「現代法ではな」


 片桐所長が言います。


「昭和にはない仕組みだ」


「はい」


 ここで。


 私の転生者脳が元気になります。


 昭和六十三年。


 三好さんの事件では。


 県から、


 必要な調査は概ね終えた。


 裁決に向けた手続を進める。


 そう言われた。


 でも。


 三好さん側からすれば、


 どこまで終わったのか。


 もう何も出せないのか。


 次に何が起きるのか。


 いつ判断されるのか。


 その境目が分かりにくい。


「現代法だと」


 私は言いました。


「『ここで審理は終わりました』って節目が見える」


「そうだな」


「さらに、その次に審理員意見書と記録を審査庁へ渡す予定時期まで分かる」


「うん」


「三好さんのときみたいに、『今どの辺ですか』が少し見えやすい」


「そういう効果はある」


 なるほど。


 透明性。


 予測可能性。


 言葉にすると固い。


 でも。


 相談者側からすれば、


 今どこにいるのか分かる。


 それだけでも大きい。


 病院の待合室で、


 あと何人か分かるのと、


 何も分からず三時間待つのとでは、


 同じ三時間でも疲れ方が違う。


「で」


 相馬先輩が言います。


「予定が変わったら?」


「あ」


 私はノートを見る。


 そうでした。


 審理員意見書及び事件記録を審査庁へ提出する予定時期。


 これを変更した場合も。


 同様に通知する。


「変更も通知」


「忘れるなよ」


「はい」


 これも試験で、


 最初だけ通知すればよい。


 みたいな選択肢が出たら危ない。


「つまり」


 私は整理しました。


「審理手続終結時に通知」


「うん」


「提出予定時期も通知」


「うん」


「予定変更時も通知」


「そうだ」


 私は三重丸をつけました。


 大事。


 これは出そう。


 未来の試験で。


「先輩」


「何だ」


「受験生って、『速やかに』とか『遅滞なく』とかで人生削られますよね」


「知らん」


「似すぎなんですよ」


「法律に文句言え」


「言っても改正してくれません」


「審査請求しろ」


「できません!」


 さて。


 四十一条三項では、


 審理員は、


 速やかに通知する。


「ここ」


 私は赤で囲みます。


 速やかに。


「直ちに、ではない」


 相馬先輩が言います。


「はい」


「遅滞なく、でもない」


「はい」


「ちゃんと文言で覚えろ」


「そういう細かいところだけ急に先生みたいになるの何なんですか」


「お前が落ちると面倒だからだ」


 以前にも聞いた気がします。


 たぶん優しさです。


 認めたら負けなので言いません。


 私は次のページに、大きく図を書きました。


 処分。


 ↓


 審査請求。


 ↓


 審理員指名。


 ↓


 審査請求書送付。


 ↓


 処分庁の弁明書。


 ↓


 審査請求人の反論書。


 ↓


 必要な審理。


 ↓


 審理手続終結。


 ↓


 審理員意見書・事件記録。


 ↓


 審査庁。


「現代法の流れですね」


「昭和には審理員はいない」


「分かってます」


「行政不服審査会もない」


「分かってます」


「異議申立てもある」


「分かってます!」


「確認だ」


「私、そんな信用ないですか」


 あります。


 たぶんないです。


 自分でもたまに、


 審査請求期間を三か月と言いかけます。


 私はノートの左側に、


 昭和六十三年。


 右側に、


 現代。


 と書きました。


 昭和六十三年。


 旧行政不服審査法。


 異議申立てと審査請求。


 審理員制度なし。


 行政不服審査会への諮問制度なし。


 審査請求期間は原則六十日。


 現代。


 原則として審査請求へ一本化。


 審理員制度。


 行政不服審査会等への諮問。


 審査請求期間は原則三か月。


「こうすると」


 私は言いました。


「三好さんの事件で感じたモヤモヤが、制度改正につながって見えます」


「どんなモヤモヤだ」


「誰が審理を仕切ってるのか」


「うん」


「いつ終わったのか」


「うん」


「終わったあと何が起きるのか」


「うん」


「その区切りが、申立人から見えにくい」


 現代法では。


 審理員という担当者を明確にする。


 その審理員が、


 必要な審理を終えれば終結する。


 そして。


 終結したことを当事者へ通知する。


 次に審査庁へ意見書や記録を渡す予定時期も通知する。


「つまり」


 私はペンを止めました。


「終結って、単に『もう聞きません』じゃないんですね」


 片桐所長がこちらを見る。


「続けろ」


「ここまで審理しました」


「うん」


「ここで審理段階を閉じます」


「うん」


「次の判断段階へ移ります」


「そうだ」


「その境目を制度上はっきりさせる」


 所長が頷きました。


「それが大事だ」


 終わり。


 というと。


 何かを切り捨てる言葉に聞こえる。


 でも。


 手続の終結は。


 次の段階へ進むための境目です。


 審理員がずっと資料を抱えていたら。


 審査庁は最終判断へ進めない。


 だから。


 必要なことを聞いたら。


 閉じる。


 まとめる。


 渡す。


 そして裁決へ向かう。


「じゃあ」


 相馬先輩が言います。


「三好さんの件で、県が最初に『もう調査は概ね終わった』と言ったのは悪いのか」


「そこは違います」


 私は即答しました。


 大事です。


 役所が手続を終わらせようとしたこと自体が悪いわけではない。


 いつまでも事件を抱えることはできない。


 十分に調べたと考えたなら、


 次へ進もうとするのは当然。


「問題は」


 私は続けました。


「その直前に、新しい重要資料が出たこと」


「うん」


「その資料が処分理由の前提に関わっていたこと」


「うん」


「だから、まだ必要な確認が残ってる可能性が出た」


「そうだ」


 もし三好さんが、


 同じ話を十回目に繰り返しただけなら。


 事情は違ったかもしれない。


 もし提出を求められた資料を、


 理由もなく何度も出さなかったなら。


 これも違う。


 今回。


 たまたま倉庫から新しい資料が出た。


 その資料を辿ると、


 処分の判断過程に穴が見つかった。


 だから。


 まだ終わっていない部分が見えた。


「ここを」


 片桐所長が言いました。


「感情で混ぜるな」


「はい」


「三好さんが気の毒だから審理を延ばしたんじゃない」


「はい」


「新しい事情が判断に必要だから確認した」


「はい」


「逆に、気の毒でも必要な審理が終われば終わる」


「……はい」


 冷たい。


 やっぱり法律は冷たいです。


 でも。


 その冷たさ。


 私は前より嫌いではありません。


 三好さんだから延長。


 嫌いな人だから終了。


 ではない。


 必要か。


 不要か。


 出したか。


 出さなかったか。


 正当な理由があるか。


 ないか。


 そこで切る。


 人間の好き嫌いを入れないために。


 法律はわざと冷たい顔をしている。


「次」


 私はノートに書きました。


 審理関係人。


「誰が入る」


 相馬先輩。


「審査請求人」


「うん」


「参加人」


「うん」


「処分庁」


「そうだ」


 間違いやすい。


 審理員。


 審査庁。


 ではない。


 通知を受ける審理関係人は、


 審査請求人。


 参加人。


 処分庁。


「参加人って」


 相馬先輩が言います。


「事件に参加してる第三者だな」


「はい」


「そいつにも終結を知らせる」


「はい」


 なぜなら。


 参加人だって、


 審理がどこまで進んだのか分からないと困る。


 行政処分には、


 処分を受けた本人だけでなく。


 その処分に利害関係を持つ第三者が絡むこともある。


「だから三者」


 私は書きます。


 審査請求人。


 参加人。


 処分庁。


 これで審理関係人。


 次。


 審理員意見書。


「これを審理員が作る」


「はい」


「裁決そのものか」


「違います」


「誰が裁決する」


「審査庁」


「そうだ」


 ここも重要。


 審理員は。


 審査請求の審理を担当する。


 必要な審理をし。


 意見書を作る。


 でも。


 最終的に裁決するのは審査庁。


「審理員が裁決する」


 という選択肢。


 試験なら切る。


 ばっさり切る。


「三好さんの事件を現代に置き換えるなら」


 私は考えます。


「審理員が、市の処分理由や追加資料を調べて」


「うん」


「必要な審理が終わったら終結して」


「うん」


「審理員意見書と事件記録を審査庁に出す」


「うん」


「その審査庁が裁決する」


「そういう流れだ」


 私はページの隅に、


 審理員=審理。


 審査庁=裁決。


 と書きました。


 単純。


 でも強い。


 受験直前は、こういう雑なメモが命を救います。


「それと」


 私は言いました。


「審理員意見書と事件記録を審査庁に提出する『予定時期』を通知するんですよね」


「そうだ」


「意見書の内容を通知する、ではない」


「そうだ」


 ここも引っかけ。


 四十一条三項で通知するのは、


 終結した旨。


 そして。


 意見書・事件記録を審査庁に提出する予定時期。


 審理員意見書そのものの内容を、


 この条文によって当事者に送る。


 という話ではない。


「試験って」


 私は言いました。


「『予定時期』みたいな地味な単語ほど狙いますよね」


「お前らが読み飛ばすからだろ」


「耳が痛い」


「目で読め」


「そういう意味じゃありません」


 次に。


 私は机の上の三好さんの資料を一度片づけました。


「じゃあ、今回の事件で一番大事だったことをまとめます」


「言ってみろ」


 片桐所長です。


 私は少し考えました。


「審理手続は、必要な審理が終わったら終わる」


「うん」


「でも」


 新しい重要資料が出れば。


 本当に必要な審理が終わっているのかを見直す必要がある。


 一方。


 提出を求められているのに、


 期限を示しても出さない。


 正当な理由なく口頭意見陳述にも来ない。


 そんなときまで無限に待つ必要はない。


「つまり」


 私は言いました。


「終結って、役所が一方的に扉を閉める制度じゃない」


「うん」


「聞くべきことは聞く」


「うん」


「でも、聞く機会を使わない人のために永遠に止まらない」


「そうだ」


「その区切りを作る条文」


 片桐所長が頷きました。


「それでいい」


 相馬先輩が横から言います。


「で、覚え書きは?」


「今書きます」


 私はノートの最後。


 太い線の下に。


 大きく書きました。


 ――聞くべきことを聞いたら終わる。聞く機会を与えても出さなければ、終わらせられる。


「長い」


「またですか」


「一行だろ」


「一行です!」


「ノート二行になってる」


「字が大きいだけです!」


 私は書き直しました。


 ――必要な審理は尽くす。尽くしたら、終結して次へ進む。


「まあいい」


「褒めました?」


「気のせいだ」


 またそれ。


 私はその下に、試験用の超短縮版も書きました。


 ――必要なら聞く。十分なら閉じる。


「雑だな」


「覚える用です」


「じゃあ二項は」


「出せと言われても出さない、来いと言われても正当な理由なく来ないなら、終結できる」


「三項は」


「終結したら速やかに、審理関係人へ、終結した旨と意見書・事件記録の提出予定時期を通知。予定変更も通知」


 相馬先輩が少し黙りました。


「覚えたな」


「事件になったので」


 これが不思議です。


 テキストだけなら。


 第四十一条。


 審理手続の終結。


 地味です。


 とても地味。


 行政法のページの中でも、


 眠気を呼ぶ側です。


 でも。


 三好さんの顔を思い出すと。


 違って見える。


「もう調査は終わっています」


 そう言われた人が、


 まだ見つけたばかりの資料を握っている。


 そのとき。


 どこまで聞くのか。


 いつ閉じるのか。


 何をもって終わりとするのか。


 これは。


 ただの手続論ではありません。


 その人の最後の反論を、


 制度が拾うか。


 置いていくか。


 その境目です。


 そして逆に。


 役所が何度求めても、


 資料を出さない。


 口頭意見陳述にも来ない。


 それでもずっと待たされるなら。


 今度は他の人の事件が進まない。


 行政全体が止まる。


 だから。


 終わりは必要です。


 私はペンを置きました。


「所長」


「何だ」


「法律って、終わらせ方まで決めるんですね」


「決めないと揉める」


「確かに」


「始め方より、終わらせ方のほうが揉めることもある」


「人間関係みたいですね」


「余計なことを言うな」


「はい」


 窓の外。


 駅前の工事現場は、もう静かです。


 三好印刷所には。


 今日も紙が運び込まれたでしょうか。


 五百枚。


 千枚。


 それとももっと。


 審査請求はまだ完全には終わっていない。


 市のやり直しも確認が必要。


 先のことは分からない。


 でも。


 一度、


 終わりかけた手続が、


 必要な確認のために少しだけ開いた。


 そして。


 確認すべきことを確認したら。


 今度こそ、きちんと閉じる。


 法律は、


 扉を永久に開けておく制度ではありません。


 でも。


 まだ人が中にいるのに、


 勝手に鍵を掛けないための仕組みは持っている。


 その冷たさは。


 思っていたより。


 少しだけ優しい。


「こはる」


 相馬先輩が言いました。


「終わったか」


「はい」


「本当に?」


「必要な審理は終わりました」


「じゃあ帰るぞ」


「待ってください」


「何だ」


「机の上のどら焼きが一個足りません」


 相馬先輩が目を逸らしました。


「先輩」


「知らん」


「必要な調査を開始します」


「終結しろ」


「まだ必要な審理が残ってます」


「証拠は?」


「先輩の口元にあんこ」


 沈黙。


 片桐所長が新聞をたたみました。


「認定」


「所長!」


「処分は?」


「どら焼き一個補填」


「重いな」


「妥当です」


 相馬先輩が溜息をつきました。


「異議申立て」


「現代なら原則審査請求です」


「今は昭和だ」


「あ」


「六十日以内にな」


「どら焼き一個でそこまでやります!?」


 どうやら。


 私の審理手続は終わっても。


 昭和六十三年の片桐行政書士事務所では、


 今日も別の不服申立てが始まりそうです。


 ただし。


 今回は。


 相馬先輩の有罪を裏付ける証拠だけは、


 必要な審理を終えるまでもなく、


 十分すぎるほど揃っていました。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。