[行政不服審査法40条・審理員による執行停止の意見書]現場編 「審理員さんから止めるよう命令してもらえばいい」の嘘。処分を止める意見と、最後に決める権限は別にある
役所の処分には、ときどき。
勝ったあとでは遅いものがあります。
一か月後に取消し。
三か月後に撤回。
半年後に「こちらの判断が誤っていました」。
それで戻るものもあります。
でも。
明日の朝、壊される屋台。
今週末に切られる木。
来月には使えなくなる店先。
そういうものは、
「あとで処分を取り消しました」
では間に合いません。
だから行政法には、
――本決まりになるまで、いったん止める。
という発想があります。
ただし。
止めるべきだと言う人と、
本当に止める人は、
同じとは限らないのです。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
その日の朝、私は焼き芋を見つめていました。
「先輩」
「何だ」
「これ、どうしたんですか」
「見りゃ分かるだろ。芋だ」
「種類を聞いてません」
机の上に、新聞紙で包まれた焼き芋が三本。
行政書士事務所としては、異様に秋が深い光景です。
「客からだ」
「どのお客さんです?」
「昨日の農家」
「ああ」
「食え」
「朝から?」
「芋に時間の概念を押しつけるな」
「焼き芋側もそこまで自由を求めてないと思います」
相馬先輩は一本割りました。
湯気が立つ。
黄色い。
ずるい。
絶対おいしいやつです。
私が屈しかけたところで。
玄関の戸が勢いよく開きました。
「すみません!」
女性の声。
私は焼き芋から手を離しました。
仕事です。
たぶん。
焼き芋よりは優先順位が高いです。
入ってきたのは、四十代くらいの女性でした。
紺色のカーディガン。
髪は急いでまとめたらしく、後れ毛が頬に張りついている。
手には茶封筒。
そして。
「これ……明日から、使えないって」
差し出された紙。
私は受け取りました。
市役所からの通知です。
――駅前仮設店舗使用承認取消通知。
申請者。
森下美代子。
駅前で小さな惣菜店を営む女性でした。
「仮設店舗?」
私が聞くと、森下さんは頷きました。
「駅前の再整備で、前の店をどかすことになって。それで市が仮のお店を用意してくれたんです」
「今、そこで営業してる?」
「はい。もう一年半」
駅前広場の端。
プレハブ造りの仮設商店街。
八軒ほどの小さな店が並んでいる。
豆腐屋。
乾物屋。
靴修理。
惣菜。
駅前整備工事のあいだ、立ち退いた商店に暫定的に貸している区画です。
森下さんはそこで、
コロッケ。
煮物。
焼き魚。
おにぎり。
を売っていました。
「それが、どうして取消しに?」
「消防の通路をふさいだって」
「何か置いたんですか?」
「棚を……」
森下さんが小さく言いました。
「店の横に、折り畳みの棚を一つ」
「どのくらいの大きさです?」
「このくらい」
手で幅を示す。
一メートルほど。
「商品?」
「夕方だけ、お弁当を置いてました」
「注意は?」
「二回」
そこは悪い。
私は頭の中で丸をつけました。
森下さんに有利な話だけ拾うと危ない。
行政事件は、相談者が善人か悪人かで決まりません。
「二回とも、撤去したんですか?」
「はい。その日のうちに」
「そのあとまた出した?」
「……出しました」
そこも悪い。
丸、二つ目。
相馬先輩が煙草を取り出しながら言いました。
「じゃあ市も、何もなしに取消したわけじゃねえな」
「はい……」
森下さんは俯きました。
「私が悪いのは分かってます」
声が小さくなります。
「でも、使用承認を取り消されたら、店がなくなるんです」
私は通知を見直しました。
効力発生日。
――翌日。
「明日?」
「はい」
「明日から営業できない?」
「そうです」
早い。
いくら何でも早い。
「代わりの場所は?」
「ありません」
「在庫は?」
「今日の朝も仕込みました。明日分も材料が来ます」
「従業員は?」
「パートさんが二人」
森下さんは通知を握りました。
「取消しが正しいかどうかは、あとで争えばいいって言われたんです」
私は顔を上げました。
「誰に?」
「市役所の人に」
「何て?」
「不服があれば申し立ててください。でも、取消し自体は明日からですって」
あ。
それ。
一番まずいやつです。
あとで争える。
その言葉自体は間違っていない。
でも。
あとで勝ったとき、
店がもう潰れていたら?
パートさんが辞めていたら?
取引先が離れていたら?
常連客が別の店へ行っていたら?
取消しの取消しで、
時間まで戻ってくるわけじゃない。
「先輩」
「何だ」
「これ、止められませんか」
相馬先輩が私を見る。
「何を」
「処分の効力」
「執行停止か」
その瞬間。
頭の中で、現代の行政不服審査法がぱっと開きました。
審査請求。
執行停止。
審理員。
必要があると認める場合。
審査庁に対して。
執行停止をすべき旨の意見書。
そう。
第四十条。
「だったら!」
私は勢いよく言いました。
「審理員から審査庁へ、執行停止すべきって意見書を――」
相馬先輩が煙草をくわえたまま止まりました。
片桐所長も帳簿から顔を上げました。
二人とも。
何か珍しい生き物を見る顔です。
「……何ですか」
相馬先輩が聞きました。
「誰だ」
「え?」
「その審理員ってのは」
「あ」
しまった。
昭和。
六十三年。
私はゆっくり両手で顔を覆いました。
「また未来か」
相馬先輩。
もう慣れてきましたね。
「……はい」
「便利だな、お前の頭」
「便利じゃないです。制度改正の地雷が埋まってます」
現代法。
審理員制度あり。
原則として審査請求に一本化。
そして審理員は、必要があると認めれば、審査庁に執行停止をすべき旨の意見書を提出できる。
でも。
昭和六十三年。
そんな制度はまだありません。
審理員?
誰ですかそれ。
行政不服審査会?
未来です。
期間三か月?
未来です。
今は旧法。
異議申立てと審査請求が並んでいる時代。
転生者に必要なのは未来知識ではありません。
未来知識を一度棚に上げる能力です。
「こはる」
片桐所長が言いました。
「今ある制度で考えろ」
「はい」
「まず何を確認する」
私は通知に目を落としました。
処分庁。
市長。
上級行政庁。
「……市長の処分なら、市の中に上級行政庁はない」
「それで?」
「この時代なら、基本は処分庁に異議申立て」
「そうだ」
「期間は六十日」
「今回は?」
「受け取ったのは昨日」
そこは大丈夫。
でも問題はそこじゃない。
「明日です」
私は言いました。
「六十日あるかどうかじゃない。明日、処分の効力が出る」
片桐所長が頷きました。
「そうだ」
不服申立ての期間に余裕があっても、
処分は待ってくれない。
ここを勘違いしたら終わります。
異議申立てができる。
よかった。
ではない。
申し立てている間にも処分が動くなら、
別に止める手段を考えなければならない。
「行くぞ」
相馬先輩が立ちました。
「市役所?」
「他にどこ行くんだ」
「焼き芋は」
「帰ってからだ」
「冷めますよ」
「店は明日消えるんだぞ」
「はい」
怒られました。
完全にその通りです。
市役所二階。
総務課。
そして。
またいました。
沢渡課長。
「今度は何でしょう」
今日も灰色の背広。
細い眼鏡。
机の上の書類は一ミリも乱れていません。
たぶん台風が来ても、この人の机だけ風速ゼロです。
相馬先輩が通知を置きました。
「森下美代子さん。仮設店舗使用承認取消し」
「ああ」
「知ってるな」
「総務にも合議が回っています」
「明日から効力が出る」
「通知どおりです」
「異議申立てする」
「どうぞ」
早い。
そして動じない。
不服申立てされること自体を、脅しだと思っていない。
この人の厄介なところです。
「それと」
相馬先輩が続けました。
「処分をいったん止めたい」
沢渡課長が眼鏡の奥からこちらを見ました。
「執行停止ですか」
「そうだ」
「申立てをしたからといって、当然に処分の効力が止まるわけではありません」
「分かってる」
そこ。
重要です。
不服申立てした。
だから処分も自動停止。
ではない。
もしそれが自動なら、
営業停止。
建築関係。
公の安全に関係する処分。
全部、申し立て一枚で止められることになります。
それはそれで困る。
「取消理由は消防通路の確保です」
沢渡課長が言いました。
「棚を繰り返し設置した事実も確認されています」
「森下さんも認めてる」
「では、取消処分には相応の理由があります」
「それと明日から店ごと閉める必要があるかは別だ」
相馬先輩の声が低くなりました。
沢渡課長が少しだけ視線を動かします。
「どういう意味でしょう」
「棚はもう撤去してる」
「過去にも撤去後、再度設置しています」
「なら条件を付けろ」
「条件?」
「店の使用承認そのものを明日から全部失わせなきゃ、安全が守れねえのかって聞いてる」
私は通知と現場図を机に並べました。
来る途中で確認したものです。
森下さんの店舗。
横の通路。
問題となった棚の位置。
「課長」
「はい」
「いま、消防通路は空いてるんですよね」
「現時点では」
「明日も棚を出さなければ?」
「通路自体の支障はありません」
「なら、明日から店そのものを閉めないと生じる危険って、何ですか」
沢渡課長が黙りました。
「繰り返し違反があった以上、再発のおそれがあります」
「それなら」
私は言いました。
「少なくとも異議申立ての判断が出るまで、棚を置かないことを条件に使用を続ける方法は検討できませんか」
「朝比奈さん」
「はい」
「行政処分は、交渉で好きな形に変えられるものではありません」
「分かってます」
私は一度息を吸いました。
「だから、執行停止として検討してほしいんです」
沢渡課長の目が少し細くなりました。
私は続けます。
「本案で森下さんが勝てるかどうかは、まだ分かりません」
「でしょうね」
「棚を繰り返し出した事実もある」
「ええ」
「でも、明日から店を閉めたら、異議申立ての判断が出る前に営業が壊れるかもしれない」
「……」
「あとで処分が取り消されても、失った客や仕入先まで戻るとは限らない」
行政法の言葉は、
ときどきものすごく冷たい。
重大な損害。
回復困難。
必要性。
公共の福祉。
どれも人間味が薄い。
でも。
冷たい言葉に翻訳しないと、
「かわいそうだから待ってください」
で終わってしまう。
それでは、沢渡課長には届かない。
「取消処分の適法性、妥当性は異議申立てで争います」
私は言いました。
「でもそれまでの間に店が潰れたら、争う意味そのものが薄くなる」
「だから執行停止を求める?」
「はい」
沢渡課長は机上の通知を見ました。
「なるほど」
そこで。
私はまた頭の中に現代法を思い浮かべました。
審理員。
執行停止すべき旨の意見書。
審査庁へ提出。
でも。
今はいない。
審理員はいない。
第三者的に処分から距離を取って審理する人もいない。
処分した側に、
処分そのものがおかしい。
さらに、
その処分をいったん止めてくれ。
と頼まなければならない。
……なるほど。
未来で制度が変わった理由。
ちょっと分かってきた。
「何です?」
沢渡課長が私を見ます。
「いえ」
「何か言いたそうですが」
「未来なら、こういう場面で審理員が審査庁に意見書を――」
「朝比奈」
相馬先輩。
「はい」
「昭和で喋れ」
「すみません」
沢渡課長が眉を上げました。
「審理員?」
「忘れてください」
「新しい資格ですか」
「生まれるのは二十年以上先です」
「何を言ってるんです?」
「忘れてください!」
未来人の信用が危険です。
片桐所長が初めて口を開きました。
「沢渡さん」
「はい」
「本案は別に見る」
「ええ」
「だが、執行停止をする必要性も別に見るべきだ」
「もちろんです」
「処分を取り消すべきかと、今すぐ効力を発生させるべきかは、同じ判断ではない」
「そのとおりです」
私はその言葉で、頭の中が整理されました。
そうか。
そこなんだ。
勝つか負けるか。
その一点だけではない。
最終的に処分を維持する可能性があっても、
今すぐ動かす必要があるのか。
審理中だけ止めるべきか。
それは別問題。
そして現代なら。
審理員は、
「執行停止すべきだ」
と審査庁へ意見を出せる。
でも。
ここでもう一つ。
私は教材で見た一文を思い出しました。
意見をすることはできる。
命令はできない。
審理員が、
「止めるべきです」
と考えても。
「止めなさい」
と審査庁へ命令する権限ではない。
最終判断をする主体は別にいる。
役割分担。
権限。
行政法が大好きなやつです。
そして受験生がだいたい嫌いなやつです。
沢渡課長が書類を閉じました。
「一つ確認します」
「はい」
「森下さんは、異議申立ての判断が出るまで、店舗横の棚を一切設置しないことを受け入れますか」
「本人に確認します」
「営業時間外も含めてです」
「はい」
「消防通路に物品を置かない」
「はい」
「違反があれば、執行停止を維持する理由も変わる」
「それも伝えます」
沢渡課長は電話を取りました。
「担当課を呼びます」
相馬先輩が眉を上げました。
「止めるのか」
「まだです」
「何だよ」
「私は今、必要性を検討すると言っただけです」
「役人だな」
「役人ですから」
強い。
この人、職業名で攻撃を無効化してきます。
「ただ」
沢渡課長が続けました。
「現時点で通路上の障害物が撤去済みで、直ちに店舗使用そのものを止めなければならない具体的危険がないのであれば」
一拍。
「執行停止を検討する余地はあるでしょう」
森下さんが隣で息を呑みました。
「本当ですか」
「誤解しないでください」
沢渡課長は森下さんを見る。
「取消処分が間違っていたと認めたわけではありません」
「はい」
「異議申立てが認められるとも言っていません」
「はい」
「ただ」
沢渡課長は淡々と言いました。
「争っている間に営業そのものが回復できない状態になるなら、それは別に考える必要があります」
森下さんが何度も頷きました。
「棚は出しません」
「書面にしてください」
「はい」
「今度出したら?」
「出しません」
「質問に答えてください」
厳しい。
「……停止を続けてもらえなくても、文句は言いません」
「そこまで書くかは別途検討します」
やっぱり厳密です。
その日の夕方。
事務所へ戻ると。
焼き芋は完全に冷めていました。
「先輩」
「何だ」
「行政救済の代償がここに」
「温めりゃいいだろ」
「電子レンジが欲しい」
「何だそれ」
「未来の審理員より便利です」
「また未来か」
そのとき電話が鳴りました。
相馬先輩が出ます。
「はい。……ああ。……分かった」
切りました。
「どうでした?」
「執行停止」
私は立ち上がりました。
「認めるって?」
「ああ」
「いつまで?」
「異議申立ての判断が出るまで。ただし消防通路に一切物を置かないこと。市の立入り確認にも応じる」
「よし!」
「喜ぶのはまだ早え」
「分かってます」
本案はこれから。
使用承認の取消し自体が妥当だったのか。
警告を繰り返したあとなら取消しもやむを得なかったのか。
もっと軽い手段で足りたのか。
そこは別に争う。
今日は、
勝ったわけではない。
ただ。
明日、
店が消えることだけは止めた。
それで十分大きい。
翌朝。
森下さんが事務所へ来ました。
手には大きな鍋。
「……何ですか、それ」
「肉じゃが」
相馬先輩が顔を上げました。
「おお」
「先輩、反応早い」
「芋の次は芋だな」
「そこですか」
森下さんが笑いました。
「昨日のお礼です」
「まだ終わってませんよ」
「分かってます」
「取消し自体はこれからです」
「はい」
森下さんは鍋を机に置きました。
「でも、今日も店を開けられました」
その一言で。
部屋が少し静かになりました。
「朝から常連さんが来て」
森下さんが言いました。
「昨日、市役所から通知が来たときは、もう終わりだと思ったんです」
「……はい」
「今日、シャッターを上げられたとき」
笑います。
「それだけで、なんか泣きそうになっちゃって」
私は何も言えませんでした。
行政法の執行停止。
テキストなら数行です。
原則。
例外。
要件。
誰が決める。
申立てか職権か。
そのくらい。
でも。
今日シャッターを上げられるかどうか。
そこまで翻訳すると、
急に重くなる。
「朝比奈さん」
「はい」
「昨日言ってた、審理員って何なんです?」
森下さんが聞きました。
「え」
「市役所で言ってたでしょう。未来なら審理員がどうとか」
聞かれてた。
「まあ……将来の制度の話です」
「占い?」
「違います」
相馬先輩が鼻で笑います。
「こいつ、行政法だけ未来が見えるんだ」
「余計なこと言わないでください」
私は慌てて肉じゃがの蓋を開けました。
いい匂い。
話題転換に肉じゃがは強い。
でも。
頭の片隅では、現代の第四十条が残っていました。
審理員は、
必要があると認める場合、
審査庁に対し、
執行停止をすべき旨の意見書を提出できる。
――できる。
命令する、ではない。
そこが大事です。
審理員は審理する人。
意見を出す人。
審査庁に、
「止めるべきです」
と言える。
でも、
「止めろ」
と命じる人ではない。
それぞれの役割には境界線がある。
そして昭和六十三年の今。
そもそも、その審理員制度すらない。
処分した行政の内側で、
処分を争い、
その効力までいったん止めてもらう。
制度としての距離が近すぎる。
近いから速く動けることもある。
でも、
本当に公平に見てもらえるのかという不安も残る。
未来で制度が変わる理由が、
また一つ、
教科書ではなく現場から見えた気がしました。
「こはる」
片桐所長が言いました。
「何が分かった」
来ました。
抜き打ち口頭試問。
「不服申立てをしても、処分が自動で止まるとは限らない」
「それから」
「本案で処分を取り消すべきかと、審理中に執行を止めるべきかは別の問題」
「それから」
私は少し考えました。
そして。
「止めるべきだと考える人と、止める権限を持つ人も、同じとは限らない」
所長が頷きました。
「そうだ」
相馬先輩が肉じゃがを皿に盛りながら言います。
「お前の未来の審理員って奴もか」
「はい」
「止められねえのか」
「自分で審査庁に命令はできません」
「じゃあ何すんだ」
「執行停止すべきだって、意見書を出せる」
「命令じゃなくて?」
「意見です」
「弱くねえか」
「そこなんです」
私は箸を持ちながら言いました。
「弱いとか強いじゃなくて、役割が違うんですよ」
「審理員が勝手に処分止めたら?」
「権限分担が崩れます」
「じゃあ審査庁が決める」
「そういう整理です」
「面倒だな」
「行政法なので」
「理由になってねえ」
でも。
行政法って、たぶんそういうものです。
誰が調べる。
誰が意見を言う。
誰が決める。
誰が責任を持つ。
一つ一つ分けてある。
面倒です。
ものすごく。
でもその面倒さが、
誰か一人の気分だけで全部が決まるのを防いでいる。
条文は冷たい。
権限も冷たい。
役割分担なんて言葉は、もっと冷たい。
けれど。
冷たく線を引くからこそ、
「この人はここまで」
「最後に決めるのはこの人」
と分けられる。
それは案外、
人を守るための冷たさなのかもしれません。
私は肉じゃがを一口食べました。
「おいしい」
「ほんと?」
「はい」
「味、濃くない?」
「ちょうどいいです」
相馬先輩が二杯目を盛ります。
「先輩」
「何だ」
「食べる速度に執行停止を申し立てたいです」
「却下」
「まだ誰も審理してません!」
「必要なし」
「だから決めるの早いですって!」
片桐所長が静かに箸を伸ばしました。
「こはる」
「はい」
「相馬に命令する権限はお前にはない」
「じゃあ意見を出します」
「誰に」
「所長に」
「内容は」
「相馬先輩の二杯目について、執行停止すべきです」
所長は肉じゃがを一口食べました。
「却下」
「審査が雑!」
「理由」
「うまい」
「それ法的理由じゃないですよね!?」
森下さんが吹き出しました。
相馬先輩まで笑っています。
私は箸を置いて、ため息をつきました。
今日の教訓。
――「止めるべきです」と言えることと、「止めなさい」と命じられることは、まったく別。
行政法は。
たった一つの動詞まで、
油断してはいけません。
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