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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

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190/274

[行政不服審査法38条・審査請求人等による提出書類等の閲覧等]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、コロッケの匂いが残っていました。


 正確には。


 法律事務所として少々よろしくない程度に残っていました。


「先輩」


「何だ」


「書類からコロッケの匂いがします」


「気のせいだ」


「さっき、その机で三個食べましたよね」


「それは事実だ」


「じゃあ気のせいじゃないでしょう」


 相馬先輩は煙草をくわえながら、知らん顔をしました。


 西野澄江さんが持ってきてくれたコロッケ。


 すでに残り二個。


 犯人を探す必要はありません。


 現行犯が目の前にいます。


 そして私の机には、食べ物ではなく別のものが広がっていました。


 行政法令集。


 ノート。


 西野さんの審査請求書の控え。


 処分庁の弁明書。


 そして、閲覧した交通量調査表について私が書き取ったメモ。


 ノートの一番上には、大きく書きました。


 ――提出書類等の閲覧。


 その下。


 さらに赤字。


 ――ただし昭和六十三年と現代を混ぜるな。


「自分への注意書きか」


 相馬先輩が言いました。


「非常に重要です」


「昨日も混ぜてたからな」


「昨日じゃありません。先日です」


「どうでもいい」


「よくないです。受験生にとっては一問落とすかどうかの問題です」


 私はペンを持ち直しました。


 西野さんの事件。


 道路占用許可の更新不許可。


 市は、


 歩行者の安全。


 通行空間の確保。


 交通量。


 道路幅員。


 そうした事情を「総合考慮した」と説明しました。


 ところが。


 何を根拠にしたのか。


 西野さんには見えなかった。


 建設部へ聞いても、


 ――内部資料ですので。


 で終わり。


 その後、西野さんが審査請求をし、


 処分庁が審査庁へ調査資料を提出した。


 そこで。


 私たちは、その提出資料の閲覧を求めました。


 すると。


 西野さんの販売台が出ていなかった日に撮影された、


 向かいの八百屋さんの商品箱の写真が、


 不許可判断を支える資料の中に入っていた。


「先輩」


「何だ」


「もし、あの資料を見てなかったら」


「分からなかっただろうな」


「ですよね」


「役所は『調査の結果です』。こっちは『納得できません』。ずっとそれだけだ」


「平行線」


「ああ」


 私はノートへ書きました。


 ――閲覧は、勝つための制度ではない。


 ――何を争うべきか知るための制度。


「ここですね」


「何がだ」


「今回、一番大事だったところです」


 行政処分に不服がある。


 だから反論する。


 言葉だけなら簡単です。


 でも。


 相手が何を材料に判断したのか分からなければ、


 まともに反論なんてできません。


 交通量が多い。


 と言われても。


 何人なのか。


 どこで数えたのか。


 何時なのか。


 どの場所なのか。


 他の店とはどう違うのか。


 それが分からない。


 だから閲覧には、


 単に、


「紙を見せてもらえる」


 以上の意味があります。


「じゃあ現代法から整理するぞ」


 相馬先輩が言いました。


「え」


「お前の頭にはそっちが入ってるんだろ」


「意外と協力的ですね」


「早く終わらせてコロッケ食いたいだけだ」


「動機が最低」


 でも助かります。


 私はノートの左側に、


 ――現代法。


 と書きました。


「現代の行政不服審査法では、第三十八条です」


「誰が使える」


「審査請求人又は参加人」


「誰に求める」


「審理員」


「いつまで」


 私は一瞬止まりました。


「審理手続が終結するまで」


「そこ試験に出そうだな」


「出ます」


 私は三重線を引きました。


 ここ。


 かなり大事です。


 審査請求人又は参加人は、


 いつでも無期限に資料を見られるわけではない。


 現代法三十八条による閲覧・交付請求は、


 審理手続が終結するまでの間。


「裁決が出るまで、じゃないんだな」


 相馬先輩が言いました。


「そこです!」


「うるせえ」


「いや、そこ試験で嫌らしいところなんですよ」


 私はノートに書きます。


 × 裁決が出るまで。


 ○ 審理手続が終結するまで。


「似てますよね」


「だから間違える」


「そうなんです」


 行政法の試験問題というのは、


 だいたい、


 意味は似ている。


 でも一語違う。


 という顔で襲ってきます。


 そして受験生の一点を静かに持っていきます。


 私は続けました。


「現代法では、閲覧だけじゃありません」


「写しも、ってお前が未来へ飛びかけてたやつか」


「はい」


 閲覧。


 そして。


 提出された書面や書類の写しなどの交付。


 現代法では、そこまで請求できます。


「西野さんの事件で言えば?」


「交通量調査表をその場で見るだけじゃなくて、要件を満たせば写しの交付を求めることもできる」


「便利だな」


「ものすごく」


 閲覧だけだと、


 その場で読む。


 メモを取る。


 数字を書き写す。


 図面を見る。


 そして事務所に戻ったころには、


「あれ、右上に何て書いてあったっけ」


 が始まります。


 人間の記憶力は、


 行政記録との戦いにあまり向いていません。


「写しがあれば」


 私は言いました。


「反論書を作るときに、資料そのものを見ながら整理できます」


「西野さんなら、写真と調査表を並べられる」


「そうです」


 いつ。


 どこで。


 何を調査したのか。


 処分理由との対応。


 他の資料との矛盾。


 そういう検討がしやすくなる。


 ここで。


 私はノートの端に大きく書きました。


 ――旧法との違い。


「先輩」


「何だ」


「ここから昭和六十三年です」


「今までどこにいたんだ」


「精神だけ令和です」


「帰ってこい」


「帰ります」


 昭和六十三年。


 私たちが西野さんの事件で使ったのは、


 もちろん現代法三十八条ではありません。


 審理員。


 いません。


 現代法のような、


 提出書類等についての広い閲覧・交付制度。


 そのままではありません。


 旧法では、


 処分庁から審査庁へ提出された書類その他の物件について、


 審査請求人や参加人が審査庁へ閲覧を求める仕組みがありました。


「つまり今回」


 私は整理しました。


「建設部が内部で持ってる資料を、何でも見せろと言ったわけじゃない」


「そこ大事だな」


「はい」


 西野さんは最初、


 建設部へ直接、


「調査資料を見せてください」


 と言いました。


 そして、


「内部資料です」


 と断られた。


 でも。


 その後。


 審査請求が始まった。


 処分庁が、


 その処分は正しかった。


 と主張するために、


 交通量調査表。


 写真。


 道路幅員図。


 そうした資料を審査庁へ出した。


 そこで初めて。


 不服審査手続の中で、


 提出された資料の閲覧という問題になる。


「同じ紙でも」


 私は言いました。


「どの立場で、どの制度を使って求めるのかで話が変わる」


「役所で沢渡にも言われてたな」


「はい」


 あれは悔しかった。


 非常に悔しかった。


 でも正しい。


 行政法では、


「困っています」


 だけでは制度が動かないことがあります。


 誰が。


 誰に。


 何を。


 どの根拠で。


 いつまでに。


 求めるのか。


 そこを整理した瞬間、


 昨日まで開かなかった扉が開く。


 私はノートの中央へ一本線を引きました。


 左。


 旧法。


 右。


 現代法。


「比較します」


「やれ」


「旧法では、今回のように処分庁が提出した書類その他の物件について閲覧を求める仕組み」


「うん」


「現代法三十八条では、対象となる提出書類等が広がっている」


「それだけか」


「まだあります」


 私は右側へ書き足します。


 閲覧。


 +


 写し等の交付。


「交付請求ですね」


「旧法より一歩増えた」


「そう考えると分かりやすいです」


 そして。


 現代法では。


 誰に求めるか。


 審理員。


「ここも大きいですね」


「また審理員か」


「また審理員です」


 私は少し姿勢を直しました。


 現代法の審理員制度。


 今回の事件を見ると、


 必要になった背景を想像しやすい。


 昭和六十三年の旧法。


 行政内部で争う。


 その中には。


 処分庁自身へ異議申立てをする制度もある。


 審査請求でも、


 現代のような審理員制度はありません。


「つまり」


 相馬先輩が言います。


「未来では、処分に関わった奴とは別の職員を審理に立てるんだろ」


「原則として、そういう公正性を高める仕組みです」


「それで資料の閲覧も、その審理員に求める」


「はい」


 制度がつながります。


 審査請求へ原則一本化。


 審理員制度。


 そして。


 審理員が扱う提出書類等についての閲覧・交付。


 ただ名前を変えただけじゃない。


 行政内部の不服審査を、


 もっと、


 見えるように。


 反論しやすく。


 公平に。


 そう作り直した。


「西野さんの事件を見たあとだと」


 私は言いました。


「制度改正の方向がすごく分かります」


「昔が全部駄目だったって話じゃねえぞ」


「はい」


 そこは大事です。


 旧法にも救済手段はあった。


 実際。


 西野さんは資料を見ることができた。


 その結果、


 処分庁の説明と資料の食い違いまで見つけられた。


 旧法が無力だったわけではない。


 ただ。


 当事者が十分に主張・反論できるよう、


 後の制度では手続がより整えられていった。


「じゃあ現代法三十八条で」


 相馬先輩が言いました。


「請求されたら絶対見せるのか」


「出ましたね」


「何が」


「試験問題」


「俺は普通に聞いただけだ」


「でも、そこ超重要です」


 私はノートに赤で書きました。


 ――絶対ではない。


 現代法三十八条。


 閲覧や交付の請求があれば、


 審理員は原則として拒めない。


 ただし。


 第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき。


 その他、


 正当な理由があるとき。


 そういう場合には拒むことができます。


「逆に言うと?」


 相馬先輩が聞きます。


「正当な理由がないなら、拒めない」


「そこだな」


「はい」


 これ。


 試験では言い換えに注意です。


 × 審理員は自由な判断で閲覧を拒むことができる。


 違う。


 × 行政内部の資料であれば拒める。


 それだけでは足りない。


 ○ 第三者の利益を害するおそれなど、正当な理由がある場合には拒むことができる。


「今回もありましたよね」


「ああ」


「近隣店舗についての情報」


 沢渡課長は、


 何でも丸ごと開示したわけではありませんでした。


 別の事業者の情報など、


 第三者の利益に関わる部分については制限する。


 そう言った。


「見る側の利益だけじゃない」


 私は書きます。


「資料の中に登場する第三者も守る」


 これが大事です。


 審査請求人に反論の機会を保障する。


 だから資料を見せる。


 でも。


 無関係な第三者の秘密まで全部さらしてよい。


 にはならない。


「制度って面倒ですね」


「今さらか」


「一人を守るために、別の一人を雑に傷つけちゃいけない」


「だから線を引く」


「はい」


 制度の冷たさというのは、


 こういうところにあります。


 かわいそうだから全部見せる。


 ではない。


 秘密だから全部隠す。


 でもない。


 必要な利益を分ける。


 見る側。


 見られる側。


 その間に線を引く。


 冷たい。


 でも。


 その冷たさが、両方を守る。


 私は次の見出しを書きました。


 ――閲覧・交付前に提出人の意見を聴く。


「ここ、現代法です」


「誰が誰に聞く」


「審理員が、資料を提出した人に」


「何を」


「閲覧や交付をさせる前に、原則として意見を聴きます」


「許可をもらうのか」


「違います!」


 私は即答しました。


「そこも試験ポイント」


「声がでけえ」


「すみません」


 提出人の意見を聴く。


 だからといって。


 提出人に拒否権があるわけではありません。


 意見を聴く。


 その意見も踏まえて、


 第三者の利益を害するおそれなどがあるかを判断する。


「つまり」


 相馬先輩が言います。


「提出した奴が『嫌です』と言ったら終わり、じゃない」


「そうです」


「じゃあ何のために聞く」


「その資料に、他人に見せると困る情報が含まれていないか判断する材料にする」


「なるほど」


 そして。


 原則は意見を聴く。


 ただし。


 審理員がその必要がないと認めるときは、


 聴かなくてもよい。


 私はまた赤字。


 ――必ずではない。


「行政法、原則と例外が多すぎません?」


「法律なんてそんなもんだろ」


「受験生のノートが赤くなる原因です」


 次。


 閲覧日時と場所。


「これは簡単です」


 私は言いました。


「審理員は、閲覧について日時と場所を指定できます」


「好きな時間に押しかけて書庫ひっくり返す制度じゃねえと」


「そういうことです」


 今回も。


 午後二時。


 総務課の小会議室。


 そう指定されました。


 閲覧する権利がある。


 だから、


 いつでもどこでも好き勝手に見せろ。


 ではない。


 審理を邪魔しない範囲で、


 秩序立てて閲覧する。


「権利があることと」


 私は書きます。


「方法に制約がないことは別」


 ここも行政法らしい。


 そして次。


 交付請求。


「現代では、写しなどの交付を受ける場合、原則として手数料が要ります」


「金取るのか」


「実費の範囲内です」


「金がない奴は?」


「そこです」


 経済的困難。


 その他特別の理由。


 そうした事情があると認められる場合。


 手数料を減額。


 または免除できる。


「無料にしなきゃならない?」


「いいえ」


「減免できる」


「はい」


 ここも言葉の違い。


 しなければならない。


 ではなく。


 することができる。


「試験って怖いな」


「今ごろ分かりました?」


 できる。


 しなければならない。


 努めなければならない。


 法律問題では、


 助動詞一個で世界が変わります。


 私はまとめました。


 現代法三十八条。


 誰が。


 審査請求人又は参加人。


 いつまで。


 審理手続が終結するまで。


 誰に。


 審理員。


 何を。


 提出書類等の閲覧。


 または写し等の交付。


 拒めるのは。


 第三者の利益を害するおそれがある場合など、正当な理由がある場合。


 閲覧前・交付前。


 原則、提出人の意見を聴く。


 ただし必要がないと認めるときは例外。


 閲覧。


 日時・場所を指定できる。


 交付。


 手数料あり。


 経済的困難などがあれば減額・免除できる。


「多いですね」


「一条でこれだけか」


「はい」


「受験生、大変だな」


「今やっと優しくなりました?」


「気のせいだ」


 いつものやつです。


 私はノートを見直しました。


 でも。


 これだけだと、


 まだ暗記です。


 だから。


 西野さんの事件へ戻します。


 西野さん。


 審査請求人。


 市が、


「交通量などを総合考慮した」


 と主張。


 でも資料が見えない。


 閲覧。


 調査表と写真を見る。


 すると。


 西野さんの台が出ていない日の写真が、


 判断資料に含まれている。


 しかも写っていた路上の商品は、


 更新を認められた別店舗のもの。


 そこで初めて。


「資料と処分理由、本当に対応してますか」


 と具体的に言えた。


「これが」


 私は呟きました。


「閲覧の意味なんですね」


 片桐所長が、奥から言いました。


「何だ」


「反論の材料をそろえること」


「それだけか」


 私は少し考えました。


「……違いますね」


 所長は黙っています。


「役所側にとっても、です」


「続けろ」


「資料を当事者に見せると、役所の判断も検証される」


 見られなければ。


 調査の結果です。


 総合的に判断しました。


 内部資料です。


 それで終われる。


 でも。


 資料が見える。


 当事者が確認する。


 違うところを指摘する。


 すると行政側も、


 本当にこの資料でよかったのか。


 判断基準はそろっているのか。


 別の店との取扱いに理由があるのか。


 再確認しなければならなくなる。


「行政の適正な運営にもつながる」


 私は言いました。


「そうだ」


 所長が短く答えました。


 あ。


 また一条へ戻った。


 行政不服審査制度は。


 国民の権利利益を救済する。


 それだけではない。


 行政自身を適正にする。


 提出資料の閲覧も、


 そのための小さな歯車なのかもしれない。


「でも所長」


「何だ」


「一つ疑問です」


「言え」


「資料を見られるなら、処分が不当だって簡単に証明できますか」


「できん」


 即答。


「ですよね」


「閲覧は結論じゃない」


「はい」


「入口だ」


 私は、その一言をノートへ書きました。


 ――閲覧は、取消しへの切符ではない。反論の入口。


 見れば勝てる。


 ではない。


 資料を見たら、


 むしろ行政の説明が完全に正しかった。


 ということだってある。


 西野さんに不利な資料が出る可能性もあった。


 それでも。


 見る意味はある。


 なぜなら。


 少なくとも、


 何を根拠に自分が不利益を受けたのか分からない。


 という状態からは抜け出せるから。


「行政手続で一番嫌なのって」


 私は言いました。


「何で駄目なのか分からないことかもしれません」


「あるな」


 相馬先輩が答えます。


「人間、駄目だと言われただけじゃ納得しねえ」


「理由が必要」


「理由だけじゃ足りねえこともある」


「その理由を支えた材料も」


「ああ」


 なるほど。


 理由提示。


 弁明書。


 閲覧。


 反論。


 それぞれ別の制度だけど。


 全部、


 当事者が行政判断に向き合うための段階なんだ。


 処分理由を知る。


 処分庁の主張を知る。


 その根拠資料を見る。


 反論する。


 一段ずつ。


 目隠しを外していく。


「現代法で閲覧と交付まで明文化されてるのは」


 私は言いました。


「公正な審理のためなんですね」


 片桐所長が頷きます。


「当事者に戦わせるなら、材料を隠しすぎるな」


「ものすごく雑に言うと、それですね」


「雑でいい。意味を外すな」


「はい」


 私はノートの最後に、


 大きな枠を作りました。


 ――試験注意。


 そして書きます。


 閲覧・交付請求ができる者。


 審査請求人又は参加人。


 請求期間。


 審理手続終結まで。


 請求先。


 審理員。


 拒否。


 正当な理由がある場合に限り可能。


 提出人の意見。


 原則として聴く。


 ただし必要がないと認めれば例外。


 閲覧日時・場所。


 審理員が指定可能。


 交付手数料。


 原則必要。


 経済的困難など。


 減額又は免除可能。


「よし」


 私は言いました。


「完璧です」


「じゃあ質問」


 相馬先輩が言いました。


「はい」


「審査請求人は、裁決が出るまでいつでも閲覧請求できる」


「誤り。審理手続が終結するまでです」


「審理員は、内部資料なら自由に閲覧を拒める」


「誤り。第三者の利益を害するおそれなど正当な理由が必要です」


「提出人が反対したら閲覧させられない」


「誤り。意見を聴くことと、同意を得ることは別です」


「写しの交付は必ず無料」


「誤り。手数料があります。ただし経済的困難など特別の理由があれば減額・免除できます」


「昭和六十三年の西野さんも、審理員に三十八条で写しを請求した」


「大間違い!」


 私は机を叩きました。


「昭和六十三年に現代法三十八条も審理員制度もありません!」


「よし」


「最後だけ罠が大きすぎます!」


「お前が一番引っかかるところだろ」


「否定できない!」


 悔しい。


 でも。


 これならもう間違えません。


 私はノートを少し見直してから。


 最後の一行を書きました。


 ――見せてもらうのは、勝つためじゃない。何に反論すべきかを知るため。


「長い」


 相馬先輩が言いました。


「一行です」


「文字数の話だ」


「じゃあ短くします」


 少し考える。


 消す。


 もう一度書く。


 ――根拠が見えて、初めて反論できる。


「どうです?」


「まあいい」


「褒めました?」


「気のせいだ」


 私は笑って、ノートを閉じました。


 机の端には。


 最後のコロッケが一個。


「あ」


 相馬先輩が手を伸ばします。


 私も伸ばします。


 二人の手が止まりました。


「先輩」


「何だ」


「それ、私のです」


「根拠は」


「四個あって、先輩三個食べました」


「証拠は」


「私が見ました」


「内部資料だ」


「目撃証言です!」


 相馬先輩がコロッケを引き寄せます。


「異議があるなら不服申立てしろ」


「します!」


「誰に」


 私は奥を見ました。


「所長!」


 片桐所長は帳簿から顔も上げません。


「半分にしろ」


 裁決。


 即日。


 しかも絶妙に妥当です。


「先輩」


「何だ」


「半分です」


「俺のほう大きく切る」


「その判断資料を閲覧させてください」


「コロッケだぞ」


「公平性の問題です」


 片桐所長がため息をつきました。


「こはる」


「はい」


「定規を使え」


「そこまでします?」


「争うんだろ」


「……はい」


 私は本当に定規を出しました。


 相馬先輩が呆れています。


「お前、面倒くせえな」


「公正な手続です」


「迅速性が死んでるぞ」


「両立って難しいんですよ!」


 結局。


 コロッケはほぼ真ん中で割れました。


 完全に同じ大きさではありません。


 でも。


 どこで切ったかは、


 二人とも見ています。


 それだけで。


 妙に納得できる。


 たぶん。


 手続というものは、


 そういうことなのかもしれません。


 自分の望む結論になったから納得する。


 だけではない。


 何を材料にしたのか。


 どんな理由だったのか。


 どこで線を引いたのか。


 それを見る機会がある。


 反論する機会がある。


 だから。


 負けても、


 何が争点だったのかは分かる。


 そして。


 間違っていれば、


 そこを指摘できる。


 法律の言葉は冷たい。


 閲覧。


 交付。


 正当な理由。


 第三者の利益。


 手数料。


 減免。


 どれも温かみとは無縁です。


 でも。


 人間同士で、


「こっちはちゃんと調べたんだから黙って信じろ」


 と言い始めたとき。


 冷たい制度だけが、


「その根拠を、相手にも見せなさい」


 と止められることがあります。


 西野さんを救ったのは、


 同情ではありません。


 資料を見ることができたこと。


 そして。


 見えた事実を使って、


 処分理由を一つずつ確かめられたこと。


 それだけです。


 でも。


 目隠しを外してもらえるというのは、


 争う人にとって、


 かなり大きな救いなのです。


 私は半分になったコロッケを一口かじりました。


「……あ」


「何だ」


 相馬先輩が聞きます。


「先輩のほう、やっぱりちょっと大きい」


「もう食っただろ」


「不服です」


「審理手続終結」


「早い!」


 どうやら。


 提出資料の閲覧制度を理解しても、


 片桐行政書士事務所におけるコロッケ配分の公正性については、


 まだ制度改正の余地がありそうでした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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