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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

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[行政不服審査法35条・検証]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所は、焼き芋の匂いがします。


 法律事務所として正しい匂いかどうかは、かなり怪しいです。


 でも。


 今日に限っては、


 行政不服審査法より焼き芋のほうが、ずっと説得力があります。


「先輩」


「何だ」


「一本減ってません?」


「何が」


「佐伯さんの焼き芋」


「気のせいだ」


「さっき四本ありました」


「今は三本だな」


「現況確認しました?」


「した」


「犯人は?」


「知らん」


「検証の結果、先輩が怪しいんですけど」


「検証って言葉を覚えたからって何にでも使うな」


 相馬先輩はそう言いながら、


 口の端に黄色い芋をつけていました。


 証拠能力が高すぎる。


 私は追及を諦めて、自分の机へ戻りました。


 目の前にはノート。


 大きく書いた見出しは、


 ――検証。


 昨夜までの私なら、


 この二文字を見ただけで少し眠くなっていたと思います。


 行政不服審査法の審理手続。


 参考人の陳述。


 鑑定。


 物件提出。


 検証。


 質問。


 受験生からすると、


 似たような手続が横一列に並んでいるように見える。


 覚えろと言われる。


 違いを聞かれる。


 そして混ざる。


 行政法あるあるです。


 でも。


 佐伯さんの焼き芋屋を実際に見てしまったあとでは、


 検証だけはもう忘れない気がしました。


 古い配置図では、


 通行幅二・七メートル。


 必要幅員三・五メートル。


 だから不許可。


 でも現地へ行って測ったら、


 三・八二メートル。


 必要幅員を満たしていた。


 つまり。


 あの事件の核心は、


 法律論以前に、


 ――現場が資料と違っていた。


 そこでした。


「相馬先輩」


「嫌だ」


「まだ何も頼んでません」


「勉強だろ」


「はい」


「嫌だ」


「所長」


 私は奥を見ました。


 片桐所長は帳簿から顔を上げません。


「付き合え」


 相馬先輩が黙りました。


 行政処分なら理由付記を要求したいほど鮮やかな即決です。


「じゃあまず」


 私はノートに書きました。


 検証とは何か。


「現場を見ること」


 相馬先輩が言いました。


「雑」


「お前が分かればいいんだろ」


「試験で『現場を見ること』って書いたら怒られます」


「じゃあ勝手に整えろ」


 私は書き直します。


 ――検証とは、ある場所の状況を直接確認し、審理判断の資料を得るための手続。


「要するに」


 私は言いました。


「写真や図面や説明だけじゃなくて、必要な場所へ実際に行って確認する」


「佐伯さんの件そのままだな」


「はい」


 焼き芋屋の位置。


 通路の幅。


 撤去された植え込み。


 なくなった倉庫。


 移設された街灯。


 そういうものは、


 書面だけでもある程度は分かります。


 でも。


 その書面自体が古かったら?


 写真がいつ撮られたものか分からなかったら?


 図面上の数字と現在の状態が違っていたら?


 そこで。


「検証」


 私は丸で囲みました。


「場所そのものを証拠にする感じですね」


 相馬先輩が眉を上げます。


「証拠って言い方はまあ分かるが、場所を持って帰れるわけじゃねえぞ」


「だから見に行く」


「そうだ」


 なるほど。


 物件提出なら、


 書類や物そのものを出してもらう。


 でも土地や道路や建物は、


 事務所へ持ってこられません。


 道路を封筒に入れて提出してください。


 無理です。


 だったら人間のほうが行く。


「検証って」


 私は言いました。


「動かせないものを見るための手続でもあるんですね」


「動かせるものでも現地で見る必要がありゃ見るだろ」


「あ、そうか」


「決めつけるな」


 はい。


 また一つ試験事故を防いでもらいました。


 私はノートへ書き足します。


 検証。


 対象が必ず不動産だけとは限らない。


 重要なのは、


 その場所で直接状況を確認する必要があるか。


 そこです。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「誰が検証を求められる」


「はい来た」


 試験問題です。


 私は姿勢を正しました。


「現代法なら、審査請求人か参加人が申し立てられます」


「現代法なら、な」


「う」


 そこです。


 また来ました。


 昭和六十三年。


 現場は旧法。


 私の頭の中は令和。


 法律のタイムラグが毎回えぐい。


「現代では」


 私はノートの右側に書きました。


 審理員。


 審査請求人。


 参加人。


 申立て。


 職権。


「現在の行政不服審査法では、審理員が、審査請求人や参加人の申立て、または職権で、必要な場所を検証できる」


「で?」


「昭和六十三年には審理員はいません」


「当然だ」


「言い方」


「いねえものはいねえ」


 その通りです。


 現代の行政不服審査法では、


 審理を担当する審理員という仕組みがあります。


 でも。


 旧法では、


 そんな制度はありません。


 だから佐伯さんの事件でも、


 私は一瞬、


 「審理員に検証を申し立てれば」


 と考えてしまった。


 そして頭の中で急ブレーキ。


 いない。


 昭和に審理員はいない。


「じゃあ今回」


 相馬先輩が言います。


「誰に申し立てた」


「異議申立てを扱う処分庁側です」


「そうだ」


 佐伯さんの不許可処分は、


 市長名義。


 市には上級行政庁がない。


 旧法の仕組みでは、


 処分庁に対する異議申立て。


 そしてその異議申立ての審理の中で、


 検証を求めた。


「ここ、現代の受験生が読むと混乱しますね」


「お前みたいにな」


「代表例みたいに言わないでください」


「事実だろ」


 私はノートに線を引きました。


 旧法。


 異議申立てと審査請求が併存。


 現代。


 原則として審査請求に一本化。


 そして。


 現代では審理員制度あり。


 旧法ではなし。


「佐伯さんの事件って」


 私は言いました。


「旧法の不思議さがかなり分かりやすかったですよね」


「何が」


「自分で出した不許可処分について、自分たちで現地を見直す」


「異議申立てだからな」


「処分した側が、もう一回自分の判断材料を確認する」


「そういう制度だ」


 やっぱり。


 現代人の感覚では少し引っかかります。


 もちろん。


 処分庁自身が見直すメリットもあります。


 現場事情を知っている。


 資料が手元にある。


 担当課にもすぐ確認できる。


 だから早く修正できることもある。


 実際。


 佐伯さんの事件では、


 検証から一週間ほどで不許可が見直されました。


 これはかなり大きい。


 でも一方で。


 自分で決めたものを、


 自分で審理する。


 申立人から見たら、


 「本当に公平なんですか」


 という不安は当然あります。


「だから現代では」


 私は言いました。


「原則として審査請求へ一本化されて、審理員制度が入った」


「全部がそれだけの理由じゃねえだろ」


「もちろんです」


 相馬先輩のこういうところ、


 地味に助かります。


 旧法の課題は一つだけではない。


 異議申立てと審査請求の区別が分かりにくい。


 どこへ申し立てるか複雑。


 公正性への疑念。


 審理過程の透明性。


 いろいろあります。


 それらを踏まえて、


 現代法では制度が大きく組み替えられた。


「でも」


 私は言いました。


「今回の事件だけ見ても、改正の方向性はちょっと実感できます」


「どういう意味だ」


「現場を見直す手続があるのは大事。でも、その手続を誰が動かすのかも大事」


 相馬先輩が少し黙りました。


「悪くねえ」


「褒めました?」


「気のせいだ」


 出た。


 私は次の見出しを書きました。


 ――申立てと職権。


「ここが試験で大事です」


「言ってみろ」


「検証は、申立てがなくてもできます」


「誰の判断で」


「職権で」


 現代法では、


 審査請求人や参加人から申立てがなくても、


 審理員が必要だと判断すれば、


 職権で検証できる。


「佐伯さんの事件でも」


 私は言いました。


「本当なら役所側が自分で現場を見てもよかった」


「ああ」


「でも実際には、申立てがきっかけになった」


「そうだな」


 沢渡課長が言っていました。


 書類が整っている案件ほど、


 書類を疑うきっかけは少ない。


 これ。


 かなり怖い言葉です。


 配置図が汚い。


 数字が抜けている。


 写真が破れている。


 それなら誰かが止まる。


 でも。


 きれいな図面。


 もっともらしい数字。


 昔は正しかった資料。


 そういうものが揃っていると、


 かえって、


 「現場を見よう」


 という発想が出にくい。


「だから申立権がある」


 私は言いました。


「役所側が必要性に気づいてなくても、当事者から『ここを見てください』と言える」


「ただし」


 所長が口を挟みました。


「申し立てれば必ず検証するわけではない」


「はい」


 そこです。


 行政不服審査法は、


 申立人に魔法の命令権を与えているわけではありません。


 検証してください。


 と言ったら、


 必ず全員長靴を履いて現場へ集合。


 そんな制度ではない。


 必要性があるか。


 審理のため意味があるか。


 そこは判断されます。


「じゃあ佐伯さんの件は」


 相馬先輩が言います。


「なぜ検証する意味があった」


「争点そのものが場所だったから」


「具体的に」


「通路の幅が足りるかどうか」


「うん」


「図面が現況と一致しているか」


「うん」


「植え込みや倉庫が今もあるか」


「そうだ」


「つまり書面で確定しにくい事実が、現地に行けば直接分かる」


「それだ」


 私はノートに書きます。


 検証の申立て。


 何となく「見てほしい」では弱い。


 どの場所の、


 どの状態が、


 どの争点と関係するのか。


 そこまで整理する。


「実務的には」


 私は言いました。


「『現場を見れば分かります』だけじゃ足りないんですね」


「当たり前だ」


「何を確認してほしいのかを書く」


「そうだ」


「佐伯さんなら、焼き芋屋と通路の位置関係、実測幅、障害物の現況」


「そういうことだ」


 なるほど。


 検証も、


 結局は論点整理です。


 役所を現場へ連れていけば勝てる、


 ではない。


 現場で何を確認すれば、


 処分の前提が正しいか分かるのか。


 そこを言葉にできるかどうか。


 行政法は、


 どこまで行っても論点から逃がしてくれません。


 私は次の見出しを書きました。


 ――申立てによる検証と立会い。


「ここが今回、一番教材っぽいところですね」


「教材?」


「何でもないです」


 危ない。


 未来人の発言。


「現代法では」


 私は続けました。


「審査請求人や参加人の申立てによって検証をする場合、あらかじめ日時と場所を申立てた人に通知して、立ち会う機会を与えないといけない」


「何でだ」


 相馬先輩が聞きます。


「公正のため?」


「雑だな」


「さっき私に言いましたよね、それ」


「もっと具体的に言え」


 はいはい。


 私は佐伯さんの顔を思い浮かべました。


 検証の日。


 市役所の職員が巻き尺を伸ばす。


 佐伯さんはすぐ横で見ていた。


 三・八二メートル。


 その数字を、


 自分の目で確認した。


「当事者が」


 私は言いました。


「何を見たのか、その場で分かる」


「うん」


「どこを測ったのかも分かる」


「うん」


「役所だけで現場を見て、あとから『確認したら駄目でした』と言われるより、手続が透明になる」


「そうだな」


 さらに。


 立ち会えば、


 その場で、


 「そこじゃありません」


 と言えることもある。


 見る場所を間違えている。


 測る起点が違う。


 対象物を取り違えている。


 そういうことも起こり得ます。


「立会いって」


 私は言いました。


「何か主張するためだけじゃないんですね」


「見届ける意味もある」


「はい」


「ただし」


 所長が言いました。


「立会いの機会を与える、だ」


「あ」


 私はペンを止めました。


 大事です。


「絶対に本人が来ないと検証できない、ではない」


「そうだ」


 立ち会わせなければならない。


 と聞くと、


 本人が欠席したら中止。


 そんな気がしてしまう。


 でも法律が求めるのは、


 立会いの機会を与えること。


 つまり。


 日時と場所を事前に知らせる。


 来るかどうかを選べる状態にする。


「ここ、試験で言葉を雑に読むと危ないですね」


「よく出るやつだな」


「『立ち会わせなければならない』じゃなくて」


「機会を与えなければならない」


「はい」


 私は二重線を引きました。


 通知。


 日時。


 場所。


 立会いの機会。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「職権で検証するときも、必ず通知が要るのか」


「……」


 来た。


 嫌な問題。


 私は少し考えます。


 教材の条文の構造が頭に浮かびました。


 一項。


 申立てまたは職権で検証できる。


 二項。


 申立てにより検証するときは、


 申立てをした者へ、


 あらかじめ日時・場所を通知して、


 立会いの機会を与える。


「条文上」


 私は言いました。


「この通知義務が明記されているのは、申立てによる検証のとき」


「そうだ」


「だから、職権検証とごちゃ混ぜにしない」


「そこ」


 私はノートに大きく書きました。


 申立てによる検証。


 →申立人に日時・場所を事前通知。


 →立会いの機会を与える。


 職権による検証。


 →同じ形の規定を機械的に当てはめない。


「これ」


 私は言いました。


「試験で絶対ひっかけてきそう」


「お前みたいなのが引っかかるからな」


「今気づいたからもう大丈夫です」


「その自信が危ねえ」


 否定できません。


 次。


 私はページをめくりました。


 ――検証と質問の違い。


「これも混ざります」


「説明しろ」


 検証。


 場所へ行って、


 状況そのものを直接確認する。


 質問。


 審査請求人や関係人などに、


 事実関係について問いを発する。


「簡単に言えば」


 私は言いました。


「見るのが検証、聞くのが質問」


「試験答案には書くなよ」


「暗記用です」


「ならいい」


 さらに。


 参考人の陳述。


 これは参考人から話を聞く。


 鑑定。


 専門的知見を持つ者に鑑定を求める。


 物件提出。


 書類その他の物件を提出させる。


 検証。


 場所を直接確認する。


「こうやって並べれば」


 私は言いました。


「だいぶ違いますね」


「最初から違う」


「受験生には全部『審理手続の仲間』に見えるんですよ」


「勉強不足だ」


「ぐう」


 でも。


 事件に置き換えると忘れにくい。


 佐伯さんの件で、


 焼き芋屋の場所を見に行った。


 これが検証。


 佐伯さんに、


 いつから店を置いているか聞く。


 これは話を聞く手続。


 配置図を出してもらう。


 これは物件。


 道路幅について専門技術的な評価が必要なら、


 専門家の意見が必要になることもある。


「事件があると」


 私は言いました。


「条文の用語が役割ごとに分かれますね」


 所長が頷きました。


「法律は道具だ」


 短い。


 でも。


 今日はこの一言が刺さります。


 私は次の見出しを書きました。


 ――検証は誰かを勝たせるための手続ではない。


 佐伯さんの件で、


 沢渡課長が最後に言っていました。


 検証は、


 申立人の主張を証明するためだけにあるわけではない。


 行政側に有利な事実が出ることもある。


「これ」


 私は言いました。


「当たり前なんですけど、大事ですね」


「どういう意味だ」


「検証した結果、幅が三・二メートルしかなかった可能性だってある」


「ああ」


「そうなったら市の不許可判断がむしろ補強される」


「そうだ」


 検証は、


 味方ではありません。


 敵でもない。


 事実を確認する手続です。


 そこが冷たい。


 でも。


 その冷たさがいい。


 佐伯さんは、


 三十年商売を続けた。


 常連客もいる。


 冬の収入も必要。


 それは切実です。


 けれど。


 消防車が本当に通れないなら、


 それだけで許可を出せとは言えない。


 人命や防災の必要もある。


「だから」


 私は言いました。


「最初から『佐伯さんを救うために測る』じゃ駄目なんですね」


「そうだ」


「『本当に通れないのか確かめる』」


「それでいい」


 感情から離れる。


 数字を見る。


 場所を見る。


 事実を見る。


 行政法の冷たさ。


 でも。


 今回、


 佐伯さんを救ったのは、


 まさにその冷たさでした。


 三十年頑張ったから。


 かわいそうだから。


 ではない。


 必要幅員三・五。


 現況三・八二。


 足りている。


 だから、


 不許可の前提を見直す。


 それだけ。


「所長」


「何だ」


「法律って」


 私は少し考えます。


「人情を無視するから、人を救えることもあるんですね」


「言い方が悪い」


「え」


「無視するんじゃない」


 所長は言いました。


「混ぜない」


 私は黙りました。


 なるほど。


 混ぜない。


 佐伯さんが困っていること。


 防災上必要な幅。


 図面が古かったこと。


 現況では足りていたこと。


 全部、


 別々に見る。


 かわいそうだから事実を曲げない。


 役所だから正しいとも決めつけない。


 事実と法理を、


 一つずつ分ける。


「それが論点整理」


 私は呟きました。


「そうだ」


 うわ。


 今日の所長、


 強いです。


 私はノートの最後のページへ進みました。


 試験注意。


 一。


 検証は申立てだけでなく職権でもできる。


 二。


 現代法では審理員が行う。


 三。


 申立てによる検証では、


 申立人にあらかじめ日時・場所を通知し、


 立会いの機会を与える。


 四。


 「立会いそのものを必ず実現させる」ではなく、


 「立ち会う機会を与える」。


 五。


 職権検証と申立てによる検証の手続を混同しない。


 六。


 昭和六十三年の旧法には現代の審理員制度はない。


 七。


 旧法では異議申立てと審査請求が併存。


 現代は原則審査請求へ一本化。


「こんなところですかね」


 私は言いました。


「一つ抜けてる」


 相馬先輩が言いました。


「何です?」


「現場を見れば必ず処分がひっくり返るわけじゃない」


「あ」


「佐伯さんは数字がひっくり返ったから勝った」


「はい」


「でも現場を見て役所が正しいと分かることもある」


「……そうですね」


「検証は勝つための技じゃねえ」


 意外と良いことを言います。


「事実を固めるための手続」


 私は書き足しました。


「それです」


「最初から書いとけ」


「先輩が言うまで温存してたんです」


「嘘つけ」


 私は笑いました。


 そして。


 ノートの一番下に、


 いつもの一行を書きます。


 ――場所が争点なら、紙だけで決めない。現場を見て、事実を確かめる。


「長い」


 相馬先輩が言います。


「じゃあ短くします」


 少し考えて、


 書き直しました。


 ――検証は、場所そのものに答えを聞く手続。


 相馬先輩が黙りました。


「どうです?」


「まあ」


「まあ?」


「悪くねえ」


「褒めた」


「気のせいだ」


 よし。


 今日は勝ちです。


 窓の外は、


 もう暗くなっていました。


 駅前では、


 たぶん佐伯さんが開店準備をしている頃です。


 赤いひさし。


 古い木の店。


 煙。


 焼き芋の匂い。


 あの店が、


 紙の上では、


 緊急車両を塞いでいました。


 でも。


 現場では違った。


 古い図面も、


 間違った数字も、


 最初から悪意を持って人を傷つけたわけではありません。


 ただ。


 更新されなかった。


 確認されなかった。


 そして一度、


 「通れない」


 という結論が出た。


 そこから先は、


 誰かが止めなければ、


 そのまま進んでしまう。


 検証は、


 その流れを一度止める手続です。


 本当にそうか。


 紙の上ではなく、


 場所に聞く。


 見る。


 測る。


 比べる。


 それだけ。


 法律の仕組みとしては、


 ずいぶん地味です。


 でも。


 その地味な手続がなければ、


 佐伯さんは今年、


 焼き芋を売れなかったかもしれない。


 だから私は、


 少しだけこの制度が好きになりました。


「こはる」


 所長が言いました。


「何です?」


「芋」


「え」


「残ってるか」


 私は紙袋を見ました。


 一個。


 あります。


「一本あります」


「半分にしろ」


「所長と?」


「そうだ」


 珍しい。


 私は包丁を取り出しました。


 縦に切る。


 湯気。


 黄色い中身。


 その瞬間。


 相馬先輩が横から覗き込みます。


「ちょっと待ってください」


「何だ」


「何で先輩まで来るんです?」


「検証だ」


「何を」


「内部の状態」


「もう切れてます!」


「糖度までは分からん」


「食べようとしてるだけでしょう!」


 片桐所長が半分を取ります。


 私は残り半分を死守しました。


 相馬先輩が不満そうな顔をします。


「異議がある」


「申立先は私です」


「判断は?」


「却下」


「早えな」


「簡易迅速です」


「公正がねえぞ」


「今日それ散々やりましたね」


 所長が芋を一口食べました。


「甘い」


 それだけ言いました。


 私は自分の分を食べます。


 確かに甘い。


 検証結果。


 異議なし。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 どうやらこの事務所では、


 法律も焼き芋も、


 最後は現物を見るのが一番らしいです。

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