[行政不服審査法34条・参考人の陳述及び鑑定の要求]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、まだ焼きそばの匂いが残っていました。
正確には。
行政書士事務所として、若干どうかと思う程度に残っていました。
「先輩」
「何だ」
「窓、もう少し開けません?」
「寒い」
「ソース臭いです」
「腹減るからいいだろ」
「仕事場に求める効果じゃありません」
相馬先輩は新聞をめくったまま動きません。
窓際では、片桐所長が帳簿を整理しています。
そして私の机の上には。
野村食堂の使用許可取消通知書。
騒音測定表。
川瀬さんたちの聞き取りメモ。
工事記録。
騒音測定についての専門家の見解。
そして。
行政不服審査法。
私はノートの一番上に、大きく書きました。
――参考人の陳述及び鑑定。
「今日はここです」
相馬先輩が新聞から目だけ出します。
「昨日やっただろ」
「現場では使いました」
「じゃあ終わりじゃねえか」
「使ったから、今度は整理するんです」
「面倒だな」
「受験生は、その面倒なところを試験で聞かれるんです!」
しかも今回。
現代の行政不服審査法だけ知っていると、かなり危ない。
私はノートの端に、
昭和六十三年。
と二重丸で囲みました。
「まず、ここを間違えると全部事故ります」
「何をだ」
「現行法の第三十四条を、そのまま昭和六十三年に持ってくることです」
現行の行政不服審査法では。
参考人の陳述及び鑑定について定めているのは第三十四条。
審理員が、
審査請求人や参加人の申立てによって、
または職権で、
適当と認める者に対して、
参考人として知っている事実の陳述を求めたり、
鑑定を求めたりすることができます。
でも。
昭和六十三年には、
そもそも審理員がいません。
「昨日、お前また未来から審理員を呼びそうになってたな」
「やめてください。思い出させないでください」
「『審理員に申し立てて――』って顔してた」
「顔だけでそこまで読まないでください!」
危なかった。
本当に危なかった。
現代の受験知識が、
転生先では堂々たる時代錯誤になる。
「じゃあ昭和六十三年は?」
相馬先輩が聞きます。
「旧行政不服審査法です」
「それは知ってる」
「旧法では、この内容は第二十七条です」
私はノートに書きました。
旧法二十七条。
参考人の陳述及び鑑定の要求。
そして。
主語は、
審理員ではない。
審査庁。
「ここ、大事ですね」
「何が違う」
「現行法では審理員が証拠調べを進める」
「うん」
「旧法では審査庁自身がやる」
「そういうことだ」
片桐所長が帳簿から顔を上げました。
「だから昨日、沢渡に言った」
「何をです?」
「役所の資料だけで結論を出すな、と」
「ああ」
今回。
市は、
野村食堂の使用許可を取り消しました。
理由は騒音。
根拠の中心にあったのが、
九月十五日夜の測定結果。
八十七デシベル。
数字だけを見ると強い。
何しろ、
市職員。
市の測定器。
市の記録。
八十七。
私が受験生のころなら、
問題文にそこまで並べられた瞬間、
「はい、客観的証拠」
と丸を付けていたかもしれません。
でも現場では違った。
問題は、
八十七デシベルだったかどうかだけではありません。
その八十七デシベルが、
本当に野村食堂のカラオケ音だったのか。
そこです。
「つまり今回」
私はノートを指しました。
「参考人と鑑定が、それぞれ違う役割を持ってたんですよね」
「言ってみろ」
相馬先輩が腕を組みます。
「参考人は、事実を知っている人」
「具体的には」
「川瀬さん」
「うん」
「タクシーの西村さん」
「うん」
「工事現場の主任」
「そうだ」
彼らは、
騒音測定の専門家ではありません。
でも。
九月十五日の夜、
何があったかを知っていました。
川瀬さんは、
店内にいた。
カラオケが使われていなかったと話した。
西村さんは、
駅前のタクシー乗り場にいた。
夜間工事の音を聞いていた。
工事現場主任は、
その時間に掘削作業をしていたことを確認した。
「これが参考人」
私は書きました。
――自分が知っている事実を話す人。
「じゃあ鑑定は?」
「専門家が専門知識を使って判断する」
「今回なら?」
「騒音測定の技術者」
その人は、
九月十五日の店内にいたわけではありません。
カラオケを聞いたわけでもない。
工事音を耳で確認したわけでもない。
でも。
測定地点。
店との距離。
工事箇所との距離。
測定条件。
工事停止時との比較がないこと。
音源別の測定がされていないこと。
そうした資料を、
専門知識で評価できる。
「つまり」
私は二列に分けました。
参考人。
――その人が知っている事実。
鑑定。
――専門知識を使った判断。
「混ぜるなよ」
片桐所長が言いました。
「はい」
「川瀬さんに『この測定方法は音響学的に妥当か』と聞いても意味がない」
「ですよね」
「逆に技術者に『九月十五日、カラオケは鳴っていたか』と聞いても分からん」
「現場にいませんからね」
「役割が違う」
なるほど。
参考人と鑑定。
教材では同じ条文に並んでいます。
だから受験中は、
なんとなく同じ箱に入れていました。
でも現場に出すと、
全然違う。
片方は、
過去に何があったか。
もう片方は、
その事実や資料を専門的にどう評価するか。
「先輩」
「何だ」
「試験で『参考人に鑑定を求める』って出たら?」
「日本語として絶対あり得ねえとは言わんが、条文の整理としては分けろってことだろ」
「そうです」
条文は、
適当と認める者に、
参考人として事実の陳述を求め、
または鑑定を求めることができる。
そういう構造です。
「で」
相馬先輩が言いました。
「誰が申し立てられる」
「審査請求人、または参加人です」
「処分庁は?」
私は一瞬止まりました。
「……条文上、この申立権者として並んでるのは審査請求人と参加人」
「そうだ」
「でも職権でもできます」
「そこを忘れるな」
はい。
ここ。
試験で狙われそうです。
私は赤線を引きました。
申立て。
または。
職権。
「申立てがないと、参考人を呼べないわけではない」
「そういうことだ」
「審査庁、現行法なら審理員が、必要だと判断すれば自分からできる」
「うん」
「逆に、申立てがあったら必ずやらないといけない?」
私は自分で言ってから、ペンを止めました。
条文は、
できる。
です。
「義務じゃない」
片桐所長が言いました。
「ですよね」
ここも大事。
審査請求人が、
「あの人を参考人にしてください」
と申し立てた。
だから絶対に採用される。
というわけではない。
審理を担当する側が、
必要性や相当性を見て判断する。
「昨日の野村さんの件でも」
私は言いました。
「申立書に『必ず川瀬さんを呼べ』って書いたわけじゃない」
「ああ」
「当日の状況を知る人から事情を聴いてほしい、と求めた」
「その結果、市も必要だと判断した」
「はい」
ここで私は、
ノートの横に小さく書きました。
――申立権はある。でも採用請求権ではない。
「何だそれ」
相馬先輩が覗き込みます。
「覚え書きです」
「勝手な用語作るな」
「答案には書きません!」
意味としては。
申し立てることはできる。
でも、
申し立てた証拠調べを必ず実施させられる、
とまで覚えてはいけない。
「じゃあ」
相馬先輩が続けました。
「参考人って、裁判の証人と同じか」
「違います」
「即答だな」
「そこは危ないですから」
私は新しい見出しを書きました。
参考人と証人は同じではない。
行政不服審査でいう参考人の陳述は、
裁判の証人尋問そのものではありません。
刑事ドラマみたいに、
宣誓して、
法廷で、
相手方弁護士から反対尋問されて、
最後に裁判長が木槌を――
「日本の裁判長は木槌叩かねえぞ」
「比喩です!」
「雑な比喩使うな」
「はい」
とにかく。
行政不服審査手続は、
裁判そのものではない。
参考人という言葉も、
訴訟法上の証人と同じ仕組みだと思わないほうがいい。
「昨日の川瀬さんだって」
私は言いました。
「市役所の法廷みたいな場所で尋問されたわけじゃないですし」
「ああ」
「知っている事実を確認された」
「それでいい」
大事なのは、
名前ではなく役割。
処分の基礎となった事実に争いがある。
書面だけでは分からない。
なら、
その場にいた人へ聞く。
「じゃあ鑑定も、裁判所の鑑定と全く同じ制度だと思わないほうがいい?」
「そうだ」
所長が言いました。
「行政不服審査の証拠調べとして考えろ」
「はい」
私は次へ進みました。
なぜ参考人や鑑定が必要なのか。
「これ」
相馬先輩が言います。
「昨日の事件そのままだろ」
「そうなんですよ」
行政処分は。
事実を前提にして出されます。
騒音があった。
無許可だった。
基準を超えた。
要件を満たさなかった。
期限に遅れた。
そういう、
何らかの事実認定がある。
でも。
その前提事実が間違っていたら。
そこから先の法律判断がどれだけ立派でも、
処分全体がぐらつく。
「野村さんの件で、市は何を間違えた?」
所長が聞きました。
「八十七デシベルを測ったこと?」
「違う」
「ですよね」
測定値自体は、
間違いと断定されていません。
問題は。
その数値を、
野村食堂のカラオケ音だと結びつけたこと。
「事実認定の途中に飛躍があった」
私は言いました。
「そうだ」
八十七デシベル。
だから、
野村食堂のカラオケ。
だから、
継続的騒音。
だから、
使用許可取消し。
この鎖の最初と最後だけ見れば、
それっぽい。
でも。
途中に、
夜間工事。
という巨大な別音源がいた。
「エアブレーカーですね」
「そうだ」
「たぶんカラオケより自己主張強いですよね」
「機械に人格付けすんな」
だからこそ。
参考人から、
その夜、
工事があった。
カラオケは鳴っていなかった。
という事実を集める。
さらに鑑定で、
測定条件から音源を特定できるのか。
専門的に評価する。
「ここが気持ちいいんですよね」
私は言いました。
「何がだ」
「市の紙を、感情で否定してないところです」
市は嘘をついている。
役人は信用できない。
野村さんはかわいそう。
そういう話だけなら、
沢渡課長は一歩も動かなかったでしょう。
でも。
測定時刻。
工事記録。
現場にいた人。
測定条件。
音源特定の可否。
全部並べる。
すると。
市役所自身が、
これは確認不足だった。
と言わざるを得なくなる。
「行政不服審査って」
私はペンを回しました。
「処分庁の主張と審査請求人の主張を、どっちが声大きいかで決める制度じゃないんですね」
「当たり前だ」
「分かってはいましたけど」
「現場で分かったってことか」
「はい」
片桐所長が言いました。
「事実を詰めろ」
短い。
でも。
その一言に全部入っています。
私は次のページを開きました。
旧法と現行法。
「さて」
相馬先輩が嫌そうな顔をします。
「未来の話か」
「大事です」
「昭和六十三年に?」
「読者には!」
「誰だよ読者」
「気にしないでください」
私は咳払いしました。
昭和六十三年の旧法では、
参考人の陳述や鑑定を求める主体は、
審査庁。
旧法第二十七条です。
現代の行政不服審査法では、
第三十四条。
主体は審理員。
「ここで制度改正の意味が出てくるんですよね」
「どういう意味だ」
「旧法では、審査庁が審理する」
「うん」
「でも現代法では、原則として審理員が審理手続を担う」
「それが何だ」
「野村さんの事件で考えると分かりやすいです」
今回。
市が処分を出した。
その市の判断に不服を申し立てる。
そして旧法では、
行政組織内部で審理される。
異議申立てなら、
処分庁自身に見直しを求める構造もあった。
「自分で作った測定表を」
私は言いました。
「自分たちで『この測定表だけじゃ足りないかも』って検証する」
「そうだな」
「できる組織ならいいです」
「沢渡みたいにな」
「はい」
沢渡課長は、
処分を絶対に守る人ではない。
証拠が崩れれば結論を見直す。
でも。
すべての行政機関が、
いつも同じように割り切れるとは限らない。
「人間ですからね」
「組織でもある」
「ですよね」
自分たちの判断。
自分たちの調査。
自分たちの担当職員。
それを、
同じ組織の中で否定する。
制度として公正さへの疑念が出るのは、
ある意味当然です。
「それで現行法では」
私は書きました。
――審理員制度。
「ただし」
所長が言います。
「何でも改正後の制度が万能だと思うな」
「はい」
「審理員も行政職員だ」
「そうですね」
現行制度で、
処分に関与していない職員などが審理員となり、
審理手続を進める。
旧法よりも、
公正性や透明性を高める方向です。
でも。
制度が変わったから、
自動的に真実が出てくるわけではありません。
「結局」
私は言いました。
「資料を読む。必要な人に聞く。専門家に見てもらう」
「ああ」
「そこは変わらない」
「そうだ」
制度は新しくなる。
でも。
事実認定の地味さは、
未来でも残る。
行政法。
改正しても地味。
でも、そこが強い。
「次」
私は赤ペンを持ちました。
「受験生が引っかかるところを潰します」
「勝手に潰せ」
「手伝ってください」
「嫌だ」
「所長」
「手伝え」
「……分かったよ」
強制執行が早い。
「第一問」
私は言いました。
「参考人の陳述や鑑定は、審査請求人の申立てがなければできない」
「誤り」
「理由は?」
「職権でもできる」
「正解」
私は丸を書きました。
「第二問。審査請求人が参考人の陳述を申し立てた場合、審理員は必ずその参考人に陳述を求めなければならない」
「誤り」
「理由」
「『できる』だから」
「はい」
条文は義務ではなく、
権限を定めています。
必要性を判断して実施する。
「第三問。参加人も申立てができる」
「できる」
「正解」
「簡単すぎねえか」
「基本を落とすのが試験なんです」
「嫌な試験だな」
「受ける側もそう思ってます」
次。
「第四問。現行法では、審査庁が第三十四条に基づいて参考人の陳述を求める」
相馬先輩が少し考えます。
「現行法なら審理員」
「正解」
「昭和なら?」
「旧法第二十七条で審査庁」
「正解!」
「面倒くせえな!」
はい。
新旧法混同。
これが転生者最大の敵です。
「第五問。参考人は、事件について専門的評価をする者である」
「違う」
「では?」
「知っている事実を話す」
「鑑定人は?」
「専門知識で評価する」
「完璧です」
「俺を受験させんな」
私は笑いながら書きました。
参考人。
事実。
鑑定。
専門判断。
この二つ。
短いけれど強い。
「ただ」
所長が言いました。
「現実には境目が難しい場合もある」
「ですよね」
「医者が患者を診ていたなら」
「あ」
「その医者は、診察時に見た事実も知っている」
「同時に医学的評価もできる」
「そういうことだ」
なるほど。
参考人と鑑定人の役割は概念として分けられる。
でも現実の人物が、
必ず片方の能力しか持っていないわけではない。
大事なのは、
その人に何を求めているのか。
「事実を聞くのか」
「はい」
「専門判断を求めるのか」
「そこを見る」
「そうだ」
こういう一言を、
試験問題はさらっと混ぜてきます。
行政法の問題文は、
時々ものすごく性格が悪い。
私は野村食堂の測定表をもう一度広げました。
「今回、もう一つ気になったことがあります」
「何だ」
「参考人や鑑定って、審査請求人のためだけにあるわけじゃないんですよね」
「どういう意味だ」
「もし専門家が」
私は言いました。
「この測定なら、工事音の影響を除いても野村食堂からの音源だと十分特定できます、って判断したら?」
「処分庁に有利になるな」
「ですよね」
参考人。
鑑定。
審査請求人を救うための必勝カードではありません。
真実を確かめるための手段です。
だから。
調べた結果、
むしろ処分が正しかったと補強されることだってある。
「そこ、大事だ」
所長が言います。
「証拠調べを、味方集めだと思うな」
「はい」
「自分に不利な事実が出ることもある」
「でも、それでも調べる」
「処分の適否を判断するためにな」
冷たい。
やっぱり制度は冷たい。
野村さんを助けよう。
ではなく。
本当は何が起きたのかを調べよう。
その結果として、
今回は野村さんが助かった。
それだけです。
でも。
私はこの冷たさが、
少し好きになってきています。
人に肩入れしない。
だから。
役所にも肩入れしない。
数字だから信じる。
相談者だから信じる。
どちらでもない。
確認する。
「条文って」
私は呟きました。
「疑い方を教えてくれるんですね」
相馬先輩が眉を上げます。
「何だそりゃ」
「『嘘だ』って疑うんじゃなくて」
測定値は本物か。
その音源は何か。
誰が現場を見たか。
専門的にその結論まで言えるか。
一段ずつ、
結論をほどいていく。
「疑うというより」
私は言い直しました。
「確かめ方を教えてくれる」
片桐所長が頷きました。
「それでいい」
ノートの最後。
私は一行の覚え書きを書こうとして、
止まりました。
「どうした」
相馬先輩が言います。
「まとめにくい」
「参考人と鑑定だろ」
「それだけだと味気ないんですよ」
「試験勉強に味を求めるな」
「でも覚えたいじゃないですか」
私は考えました。
参考人。
現場の事実。
鑑定。
専門知識。
申立て。
職権。
そして。
一枚の役所の紙で、
事実認定を終わらせない。
書きます。
――事実は参考人に、専門判断は鑑定に。紙だけで決めず、処分の土台を確かめる。
「長い」
相馬先輩が言いました。
「一行です」
「文字数の話だ」
「じゃあ短くします」
私は下にもう一つ。
――知る人に聞き、分かる人に見てもらう。
相馬先輩が少し黙りました。
「それなら覚えやすい」
「でしょう?」
「ただし試験でそのまま書くな」
「分かってます!」
所長が帳簿を閉じました。
「条文も書け」
「はい」
私はその下に、
きっちり整理しました。
現行法第三十四条。
審理員。
審査請求人または参加人の申立て。
または職権。
参考人として知っている事実の陳述。
または鑑定。
そして横に。
旧法第二十七条。
主体は審査庁。
昭和六十三年には審理員制度なし。
「これでいいですね」
「ああ」
所長が言いました。
私はノートを閉じました。
八十七デシベル。
たった一つの数字から始まった事件。
数字そのものは、
たぶん間違っていなかった。
だから厄介でした。
明らかな捏造なら、
もっと簡単だった。
測定器も動いた。
職員も現場へ行った。
記録も残った。
そこまでは正しい。
でも。
正しい事実を一つ持っていることと、
正しい結論にたどり着くことは、
同じではありません。
途中に抜けた事実がないか。
別の原因がないか。
専門的に見て、
その推論は成立するのか。
だから人に聞く。
だから鑑定する。
行政不服審査は、
役所に、
「間違っているから謝れ」
と言うだけの制度ではない。
その前に。
あなたが正しいと思った根拠を、
もう一度一緒に確かめましょう。
そう言える制度でもある。
制度は冷たい。
参考人。
鑑定。
事実認定。
どれも、
焼きそばほど人を幸せにしそうな単語ではありません。
でも。
その冷たい手続がなかったら。
野村さんの店は、
数字一つで閉じていたかもしれない。
人情で救ったのではない。
野村さんがいい人だったからでもない。
八十七デシベルと、
野村食堂のカラオケ音。
その間に、
本当に「イコール」が置けるのか。
ただそれを確かめただけ。
それだけで。
閉まりかけた店が、
もう一度開いた。
私はノートの表紙を閉じました。
「終わったか」
相馬先輩が立ち上がります。
「はい」
「帰るぞ」
「待ってください」
「何だ」
私は机の横にあった紙袋を見ました。
「焼きそば、一人前残しておいたんです」
相馬先輩の動きが止まりました。
「どこだ」
「冷蔵庫」
「食う」
「先輩」
「何だ」
「それ、私のです」
「俺は知らん」
「私は知ってます」
「自称だろ」
来た。
今日の授業を、
この人はもう悪用する気です。
「証拠あります」
「何だ」
「袋に『こはる』って書いてあります」
「筆跡鑑定が必要だな」
「必要ありません!」
「参考人も呼ぶか」
「所長! 私が残したの見てましたよね!」
片桐所長がこちらを見ます。
「見た」
「ほら!」
私は勝ち誇って相馬先輩を見る。
「参考人の陳述です!」
「所長が嘘ついてる可能性は?」
「何で所長まで敵に回すんですか!」
所長が静かに言いました。
「相馬」
「はい」
「冷蔵庫にもう一袋ある」
一瞬。
沈黙。
「俺の?」
「そうだ」
相馬先輩が冷蔵庫へ向かいました。
「あるじゃねえか」
「最初から確認してください!」
「聞き取りで済んだな」
「現物確認してください!」
所長がぽつりと言いました。
「検証だな」
「次の条文に行かないでください!」
三人で笑いました。
知っている人に聞く。
専門家に見てもらう。
必要なら、
現物まで確かめる。
どうやら行政不服審査法は、
焼きそば一袋を守るにも、
それなりに使えそうです。
もっとも。
私の焼きそばについてだけは。
審理員も。
鑑定人も。
行政不服審査会もいりません。
袋に、
でかでかと、
「こはる」
と書いてあるのですから。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




