[行政不服審査法29条・弁明書の提出]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ静かです。
電話が鳴らない。
来客もない。
窓の外では、駅前の工事用看板が西日を受けて白く光っています。
そして私の机の上には。
黒。
茶色。
無色。
三種類の靴クリーム。
「……先輩」
「何だ」
「これ、法律事務所の机ですよね」
「行政書士事務所だ」
「そういう細かい訂正じゃなくて」
宮坂さんが置いていった靴クリームが、なぜか私の机を占領しています。
その横には。
不許可通知。
審査請求書。
処分庁の弁明書。
そして私のノート。
私は表紙を開きました。
大きく書きます。
――弁明書。
「今日ここです」
相馬先輩が嫌そうな顔をしました。
「また勉強会か」
「復習です」
「一人でやれ」
「所長」
「付き合え」
奥から即答。
相馬先輩が黙りました。
行政庁より強い。
不服申立ての余地がありません。
「じゃあまず」
私はノートに書きました。
弁明書とは何か。
「処分庁が、自分の処分が正当だと説明する書面」
「雑だな」
「最初は雑でいいんです」
「この前も聞いたぞ、その言い訳」
「あとで細かくします!」
私は書き直しました。
処分庁が、
審査請求に対して、
自ら行った処分の内容や理由を明らかにする書面。
「今回だと?」
相馬先輩が聞きます。
「宮坂さんに道路占用許可の更新を認めなかった県土木事務所が」
「うん」
「なぜ不許可にしたのかを書いたもの」
「それで何が分かった」
私は弁明書を開きました。
駅前道路環境整備事業。
歩道上の占用物件を順次整理。
将来予定される歩道改良工事の支障となる可能性。
景観統一。
そして。
――許可更新時期が到来したものから順次不許可としている。
「ここです」
私は指で叩きました。
「通知書だけじゃ分からなかった」
不許可通知には、
駅前道路環境整備事業の遂行上、支障があるため。
それだけ。
読んだ側からすれば。
何が支障なのか。
今すぐ工事なのか。
交通安全なのか。
景観なのか。
そもそも宮坂さんの看板特有の問題なのか。
何も見えなかった。
「でも弁明書には書いた」
相馬先輩。
「はい」
「更新時期が来たものから順番に外してた」
「そうです」
「それでこっちは反論できた」
「はい」
私はノートに線を引きました。
弁明書の役割。
処分庁の主張を明確にする。
何を理由として処分したのかを見える形にする。
審査請求人が反論する材料になる。
「これ、ものすごく大事ですよね」
「何が」
「理由が見えないと、争えない」
たとえば。
景観が理由なら、
なぜ宮坂さんの看板だけなのか。
交通安全が理由なら、
どんな危険があるのか。
工事が理由なら、
工事時期はいつなのか。
更新時期が理由なら、
それが行政目的とどう結びつくのか。
相手が何を言っているか分かれば、
こちらは、
そこが違う。
そこは事実と合わない。
そこは合理性が弱い。
と返せます。
「逆に」
片桐所長が言いました。
「向こうの説明が通っていれば?」
「こちらが崩れます」
「そうだ」
弁明書は、
審査請求人を勝たせるための書類ではありません。
処分庁の言い分を、手続の上に載せるための書類。
だから。
処分庁の説明が筋の通ったものなら。
申立人側にとっては不利になることもある。
「でも、それでいいんですよね」
私は言いました。
「不服審査は、住民を勝たせるゲームじゃないから」
「そういうことだ」
所長が短く答えます。
処分をもう一度、
事実と理由の上に置き直す。
それが大事。
私は次の見出しを書きました。
――現代法の二十九条。
ここで。
ちょっと嫌な予感がしました。
「先輩」
「何だ」
「今から未来の話します」
「帰るぞ」
「待ってください!」
逃げないでください。
今回の教材の中心は、現代の行政不服審査法二十九条です。
ただし。
今の私は昭和六十三年にいます。
ここがややこしい。
現代法では。
審査請求書が審査庁に提出される。
審査庁が形式的な不備などを確認する。
そして原則として審理員を指名する。
その審理員が。
処分庁へ審査請求書の写しなどを送り。
相当の期間を定めて、
弁明書を提出してください。
と求める。
「待て」
相馬先輩が言いました。
「今、誰が求めるって?」
「審理員です」
「誰だそいつ」
「未来の人です」
「帰れ」
「だから未来の制度なんです!」
私は慌てて続けます。
「昭和六十三年には審理員制度はありません」
「それを先に言え」
「言いました!」
「聞き流した」
「ひどい」
ここ。
転生者にはかなり危険です。
現代の知識だけで考えると、
審理員がいる。
審理員が処分庁に弁明書を求める。
審理員が請求人へ弁明書を送る。
という流れが自然に頭へ出てきます。
でも。
昭和六十三年。
旧法。
審理員はいません。
「じゃあ今回、誰が弁明書を求めた」
「審査庁です」
「どこだ」
「県知事」
「そうだ」
宮坂さんの処分庁は県土木事務所長。
上級行政庁に当たる県知事へ審査請求。
旧法では。
審査庁が、
処分庁へ審査請求書の副本等を送り、
相当の期間を定めて、
弁明書の提出を求めることができる。
「できる」
私はそこを二重線にしました。
「現代と違うのか」
「違います」
現代法二十九条では。
審理員は、
相当の期間を定めて、
処分庁等に弁明書の提出を求めるものとする。
「求めるものとする」
「原則として求める」
「うん」
「一方、旧法では審査庁が弁明書の提出を求める仕組みでした」
「で?」
「今のほうが手続として明確です」
誰が審理するのか。
誰が処分庁から説明を引き出すのか。
誰が請求人へその書面を渡すのか。
現代制度では、
そこを審理員という立場に担わせている。
「だから審理員制度ができた」
「それだけじゃないですけど、関係はあります」
私はノートに書きました。
旧法。
審査庁が審理を担う。
異議申立てと審査請求が併存。
処分した行政組織の内部で見直す色彩が強い。
現代法。
原則として審査請求へ一本化。
審理員制度を導入。
処分に関与していない職員が審理を担当。
「この前も似た話したな」
相馬先輩。
「はい」
「自分で出した処分を自分で見るのは、公正に見えるのかって話」
「そうです」
旧法には旧法の利点があります。
行政内部だから早い。
事情も分かっている。
自己修正もしやすい。
でも。
行政内部だからこそ。
公平に見てもらえるのか。
処分した側の説明を、そのまま鵜呑みにしないか。
という問題も出てきます。
「宮坂さんの件でも」
私は言いました。
「県土木事務所が、自分の処分を正当化するために弁明書を書く」
「当たり前だ」
「その内容を、そのまま『はいそうですか』で終わらせたら意味がない」
「うん」
「だから審査する側が必要になる」
「そういうことだ」
そして現代では。
処分に関与していない審理員を置き。
処分庁の言い分。
審査請求人の反論。
証拠や資料。
それらを整理する。
「制度改正って」
私は言いました。
「誰かが思いつきで複雑にしたんじゃないんですね」
「当たり前だ」
「受験生の頃は、そう思いたくなる日もありました」
「勉強しろ」
「してました!」
私は次へ進みます。
――現代法で、審理員はまず何をするか。
「審理員が指名されたら」
私は書きました。
「直ちに審査請求書または審査請求録取書の写しを処分庁等へ送付する」
「何で送る」
「処分庁に、こういう審査請求が出ていますよと知らせるため」
「当然だな」
「ただし例外があります」
「何だ」
「処分庁等が審査庁である場合」
相馬先輩が眉を寄せます。
「自分でもう持ってるから?」
「そうです」
審査庁と処分庁が同じ。
つまり。
審査請求人から審査請求書を直接受け取っている側が、そのまま処分庁でもある場合。
わざわざ、
自分から自分へ審査請求書の写しを送る必要はありません。
「役所内郵便ごっこをする必要はない」
「そういう言い方すると急に馬鹿っぽいな」
「でもそうです」
私はノートに書きました。
原則。
審理員→処分庁へ審査請求書等の写しを送付。
例外。
処分庁等=審査庁なら送付不要。
「ここ、試験で出そう」
「出るだろうな」
「ですよね」
行政書士試験は、
原則。
例外。
誰が。
誰に。
いつ。
これを少しずつ入れ替えてきます。
受験生の心を折る気です。
「次」
私はページをめくりました。
現代法では。
審理員は、
相当の期間を定めて、
処分庁等に対し、
弁明書の提出を求める。
「相当の期間」
相馬先輩が言います。
「三日とか一週間とか決まってないのか」
「条文上、一律には決まってません」
「事情に応じると」
「はい」
処分庁側も、
関係資料を確認し。
処分理由を整理し。
必要なら担当部署から事情を聴き。
書面を作らなければならない。
だから。
即日出せ。
というわけではない。
ただし。
いつまでも出さなくていいわけでもない。
「それで相当の期間」
「はい」
私は次を書きました。
処分についての審査請求。
弁明書に書くもの。
――処分の内容及び理由。
「宮坂さんの件と同じだな」
「そうです」
処分の内容。
道路占用許可更新申請を不許可としたこと。
処分の理由。
駅前道路環境整備事業。
占用物件整理。
景観。
将来工事。
更新時期到来順。
「ここで重要なのは」
私は言いました。
「処分庁は、ただ『適法です』って書けばいいわけじゃない」
「理由を書け」
「はい」
何をしたのか。
なぜしたのか。
そこが分からないと、
審査請求人は反論できません。
「じゃあ不作為の場合は?」
相馬先輩が聞きました。
「来ましたね」
「来たのか」
「試験が」
行政不服審査法は、
処分だけではありません。
不作為。
申請したのに。
いつまでも処分しない。
許可も不許可も出ない。
行政が沈黙したまま。
そういう場面にも不服申立ての仕組みがあります。
現代法二十九条では。
不作為についての審査請求に対する弁明書に、
処分をしていない理由。
予定される処分の時期。
予定される処分の内容。
その理由。
を書かなければならない。
「多いな」
「そうなんです」
「処分の場合は内容と理由」
「はい」
「不作為の場合は」
「していない理由。予定される時期、内容、理由」
「覚えにくい」
「だから事件にすると覚えやすいんです」
私は仮の例を出しました。
たとえば。
飲食店営業の許可申請をした。
一か月。
二か月。
何の返事もない。
不作為について審査請求。
すると処分庁側は。
なぜまだ処分していないのか。
いつ頃処分する予定なのか。
どんな処分を予定しているのか。
その理由は何か。
そうした内容を弁明書に書く。
「つまり」
相馬先輩が言います。
「黙ってるなら、なぜ黙ってるか書け」
「はい」
「いつまで黙るつもりかも書け」
「言い方は悪いですが、方向は合ってます」
不作為のときは。
行政側の沈黙そのものが問題です。
だから。
弁明書でも、
未来の予定まで明らかにさせる。
「これ、けっこう強いですね」
「何が」
「住民側からしたら、いちばん困るのって『いつになるか分かりません』ですから」
許可される。
不許可になる。
どちらでも。
次の行動は考えられる。
でも。
いつ決まるか分からない。
何を検討しているかも分からない。
その状態が一番動けない。
だから不作為については、
予定される処分時期まで書かせる意味がある。
「制度って」
私は言いました。
「冷たいですね」
「またそれか」
「でもいい意味で」
いつまでに。
誰が。
何を書く。
感情はありません。
優しさもありません。
でも。
だから行政側に、
ちゃんと予定を出してください。
理由を説明してください。
と言える。
冷たいルールが、
待たされている人の時間を守る。
私は次の項目へ進みました。
――添付書類。
「ここ、ちょっと細かいです」
「試験はそういうところ出るぞ」
「ですよね」
現代法では。
処分庁が一定の書面を保有している場合。
処分についての弁明書に、
それを添付する。
具体的には。
行政手続法上の聴聞に関する調書や報告書。
そして。
弁明の機会の付与に関する弁明書。
「弁明書に弁明書を付けるのか」
相馬先輩。
「ややこしいですよね」
「同じ名前使うなよ」
「私に言わないでください」
ここは受験生泣かせです。
行政不服審査法の弁明書。
処分庁が審査請求に対して出すもの。
一方。
行政手続法にも、
不利益処分の事前手続として、
弁明の機会の付与があります。
そこで当事者が提出する書面も弁明書。
「同じ弁明書でも立場が違う」
「はい」
行政手続法の弁明書。
処分を受けそうな側が、事前に言い分を述べる。
行政不服審査法の弁明書。
処分庁が、事後の審査請求で処分理由を説明する。
「これ絶対混ぜます」
「混ぜるな」
「受験生への呪いみたいな名前ですよ」
でも。
事件の前後で考えると分かりやすい。
処分前。
あなたに不利益処分をしようと思っています。
何か言い分はありますか。
そこで出すのが行政手続法上の弁明。
処分後。
その処分に不服があります。
なぜそんな処分をしたんですか。
そこで処分庁が出すのが行政不服審査法上の弁明書。
「時間軸で分けろってことか」
「はい」
処分前。
処分を受ける側の弁明。
処分後。
処分庁の弁明。
「これなら覚えやすいな」
「ですよね」
私は大きく囲みました。
次。
弁明書が提出された後。
「誰に送る」
相馬先輩が聞きます。
「現代法では審理員が」
「誰に」
「審査請求人と参加人に」
「なぜ」
「反論できるようにするため」
ここ。
今回の宮坂さんの事件でも、
まさに重要でした。
弁明書を処分庁と審査庁だけで持っていても。
宮坂さん側が読めなければ、
反論できません。
何を理由にした処分なのか。
処分庁がどう説明しているのか。
それを知らないままでは、
片方だけが喋っていることになる。
「だから送る」
「はい」
現代法二十九条五項。
審理員は、
処分庁等から弁明書の提出があったときは、
これを審査請求人及び参加人に送付しなければならない。
「参加人って何だ」
「その審査請求の結果に利害関係があって、審理に参加する人です」
「今日そこまでやるか」
「やりません」
「賢明だ」
行政法は、
脇道へ入ると戻れません。
今日は弁明書。
私は道を守ります。
「つまり」
私はまとめました。
審査請求人が申立てをする。
処分庁が弁明する。
その弁明が請求人側へ送られる。
請求人側が内容を読んで反論する。
こうして争点が見えてくる。
「一方通行じゃない」
所長が言いました。
「はい」
私は頷きました。
これが大事。
処分庁は、
なぜ処分したかを書く。
請求人は、
それに反論する。
必要なら参加人も関わる。
行政不服審査は、
ただ処分庁が、
「適法でした」
と宣言して終わる制度ではない。
書面を往復させながら、
何が争いなのかを絞っていく。
「宮坂さんの件でも」
私は振り返ります。
最初は。
ただ一言。
駅前整備のため。
だった。
それが弁明書によって。
更新時期の来たものから順に不許可。
という運用が見えた。
するとこちらは。
工事工程との関係は。
具体的危険は。
短期許可では駄目なのか。
という反論ができた。
「だから」
私は言いました。
「弁明書って、処分庁の防御書面なんですけど」
「うん」
「同時に、争点を作る書面でもある」
「そうだな」
「理由を固定させる」
「うん」
「そこへ反論を当てる」
「それで審理が進む」
「はい」
私は少し嬉しくなりました。
受験生のころ。
行政不服審査法二十九条なんて。
審理員。
送付。
相当期間。
弁明書。
処分内容及び理由。
そんな単語の列に見えていました。
でも。
宮坂さんの事件を経験すると。
全部つながります。
なぜ審査請求書を処分庁へ送るのか。
処分庁に反論の材料を知らせるため。
なぜ弁明書を出させるのか。
処分理由を明らかにするため。
なぜ請求人へ送るのか。
反論の機会を保障するため。
なぜ審理員が間に入るのか。
処分した側だけで審理を回さないため。
「これ」
私は言いました。
「制度全部が会話になってるんですね」
「会話?」
「はい」
審査請求人。
これ、おかしくないですか。
処分庁。
こういう理由で処分しました。
審査請求人。
その理由、おかしくないですか。
審理員。
では争点を整理します。
「だいぶ雑だな」
「でも流れはこれです」
「まあな」
行政法というと、
書類ばかり。
冷たい。
機械的。
そんな印象があります。
でも。
書類の往復って、
要するに、
口だけでは流れてしまう言葉を、
一度紙の上に止めることです。
言った。
言わない。
ではなく。
これが処分理由です。
これが反論です。
ここが争点です。
そう残す。
「だから公正になる」
私は呟きました。
「完全じゃないがな」
相馬先輩。
「はい」
紙にしたから絶対公平。
ではありません。
でも。
誰が何を言ったか分からない手続より、
ずっと検証しやすい。
私は次のページに、
旧法と現代法。
と書きました。
「ここ、一回まとめます」
「やっとか」
昭和六十三年。
旧法。
異議申立てと審査請求が併存。
審理員制度なし。
行政不服審査会への諮問制度なし。
審査請求期間。
原則六十日。
現代。
原則として審査請求へ一本化。
審理員制度あり。
行政不服審査会等への諮問制度あり。
審査請求期間。
原則三か月。
「今回の弁明書も」
私は言いました。
「名前だけ見ると現代と同じです」
「中身は?」
「役割には共通点がある。でも手続構造が違う」
「そうだ」
ここを混ぜると危ない。
昭和六十三年の事件に、
現代法二十九条をそのまま適用して、
審理員が。
と書いたら時代錯誤。
逆に。
現代の試験で、
審査庁が旧法の仕組みのまま審理する。
と考えたら誤り。
「試験って嫌ですね」
「お前が時代を跨いでるからだ」
「それもあります」
転生もの主人公。
剣術なら未来知識で無双。
医学なら衛生知識で無双。
行政法。
法改正で自爆。
ジャンル選びを間違えた気がします。
「でも」
私はノートを見ました。
「旧法を現場で見ると、現代制度が何を直したかったのか分かります」
「言ってみろ」
私は指を折ります。
「不服申立ての種類が複雑だった」
「うん」
「処分庁自身への異議申立てと、上級行政庁への審査請求が並んでた」
「うん」
「行政内部での自己審査だから、公正性が分かりにくい」
「うん」
「だから現代では原則審査請求へ一本化して」
「うん」
「原処分に関与してない職員を審理員にして」
「うん」
「処分庁の言い分と請求人の言い分を整理させる」
「そこだな」
さらに。
行政不服審査会など第三者機関への諮問。
それも公正性を高める仕組みの一つ。
「行政が行政を見直す」
私は言いました。
「便利だけど、危うい」
「だから仕組みを足す」
「はい」
制度は、
行政を信用するか信用しないか。
そんな単純な話じゃない。
人が判断する以上。
偏りは出る。
見落としも出る。
前例に引っ張られる。
だから。
信用しつつ。
検証できる仕組みを置く。
それが制度です。
「今回の宮坂さんの件でも」
私は言いました。
「処分庁が最初から悪意あったわけじゃないですよね」
「たぶんな」
「駅前整備しようとしてた」
「うん」
「占用物件を減らそうとしてた」
「うん」
「ただ、更新時期の来た人から外すって運用が、工事工程とずれてた」
「そうだ」
「だから弁明書で見えた」
悪人を倒したわけではありません。
制度の雑さ。
運用の雑さ。
説明の雑さ。
そこを紙に出させた。
そして。
雑だった部分だけを切り分けた。
これが今回のカタルシスでした。
「じゃあ」
相馬先輩が腕を組みました。
「試験問題だ」
「嫌です」
「弁明書に何を書く」
「処分についてなら、処分の内容及び理由」
「不作為なら」
「処分をしていない理由。それから予定される処分の時期、内容及び理由」
「誰が提出する」
「処分庁等」
「誰に」
「現代法なら審理員に」
「誰が求める」
「審理員」
「期間は」
「相当の期間」
「提出されたら」
「審理員が審査請求人と参加人に送付」
「処分庁が審査庁なら、審査請求書の写しは」
「わざわざ送らなくていい」
「よし」
私は胸を張りました。
「完璧です」
「じゃあ次」
「まだあるんですか」
「行政手続法の弁明書との違い」
「あ」
嫌なところを突いてきます。
「行政手続法の弁明書は」
私は考えます。
「不利益処分をしようとするとき、処分を受ける側が弁明の機会で出す」
「うん」
「行政不服審査法の弁明書は」
「処分後の審査請求で、処分庁が処分の内容や理由を説明する」
「そうだ」
「同じ名前、やめてほしい」
「国に言え」
私はノートの端に書きました。
――処分前は相手が弁明。処分後は役所が弁明。
「これ、覚えやすい」
「試験答案には書くなよ」
「分かってます」
少し間。
外が暗くなってきました。
駅前の灯りがつきます。
宮坂靴修理店も、
今ごろ小さな看板を出している頃でしょう。
半年だけ。
条件付き。
完全勝利ではない。
でも。
あの店はまだそこにある。
理由の見えなかった不許可が。
一枚の弁明書で、
具体的な行政判断に変わった。
具体的になれば。
検討できる。
反論できる。
修正できる。
私はノートの最後に、
一行の覚え書き。
と書きました。
「今日はちゃんと一行にしろよ」
相馬先輩。
「分かってます」
少し考えます。
そして。
――弁明書は、役所の「なぜ」を紙に固定し、反論できる争点に変える。
「長い」
「意味は通ってます」
「もっと短く」
「じゃあ」
私はその下に書きました。
――理由を書かせれば、「総合的判断」は争点になる。
相馬先輩が黙りました。
「どうです」
「まあ、いいんじゃねえか」
「褒めました?」
「気のせいだ」
「またそれです」
そのとき。
片桐所長が立ち上がりました。
「こはる」
「はい」
「靴」
「え?」
「磨け」
見れば。
所長が革靴を机の横へ出しています。
「何で私が!?」
「クリームがある」
「それは所長用って意味じゃありません!」
「弁明は」
「します!」
「書面で」
「何条ですか、それ!」
「相当の期間を定める」
「嫌な学習効果出てる!」
相馬先輩が自分の靴まで並べました。
「俺も」
「便乗しないでください!」
「処分の内容及び理由を書け」
「処分してません!」
「不作為か」
「磨かない予定です!」
「予定される処分の時期は」
「永遠に未定です!」
「不作為についての弁明書だな」
「だから行政庁じゃないでしょう!」
片桐所長がぼそりと言います。
「予定される処分の内容」
「所長の靴を自分で磨く処分です!」
「理由」
「本人が一番近いからです!」
相馬先輩が吹き出しました。
「合理的だな」
「でしょう!」
「でも棄却」
「何で!」
「総合的判断」
出た。
今日一番使ってはいけない言葉です。
「その理由、弁明書にしてください!」
「面倒だ」
「それを防ぐ制度を今日やったんですよ!」
どうやら。
片桐行政書士事務所における手続保障は、
現代法よりかなり遅れているようです。
私は結局。
自分の靴だけ磨きました。
黒い革靴にクリームを塗る。
布で伸ばす。
少しずつ艶が戻る。
理由も同じかもしれません。
最初は曇っていて。
何があるのか分からない。
でも。
紙の上に出して。
一つずつ拭いていけば。
判断の形が見えてくる。
法律の言葉は冷たい。
弁明書。
送付。
相当期間。
処分の内容及び理由。
どれも、人を慰める言葉ではありません。
それでも。
冷たい言葉だからこそ。
役所にも、
ちゃんと説明してください。
と求められる。
住民にも、
感情ではなく、ここを争いましょう。
と言える。
そして。
「もう決まりました」
で閉じた扉の前に。
もう一枚、
紙を差し込める。
その紙に。
なぜ。
と書ける。
たったそれだけで。
人は少しだけ、
理不尽に飲み込まれずに済むのです。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




