[行政不服審査法22条・誤った教示をした場合の救済]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、みかんの皮の匂いがしました。
法律事務所として正しい匂いかどうかは知りません。
少なくとも、
行政不服審査法よりは、かなり親しみやすい匂いです。
「先輩」
「何だ」
「それ、何個目です?」
「知らん」
「六個目です」
「数えるな」
「私が二個しか食べてないので気になります」
「早い者勝ちだ」
「その運用、平等原則に反しません?」
「みかんに行政法を持ち込むな」
相馬先輩は、まるで自分の家のみかんであるかのように七個目へ手を伸ばしました。
西川さんが持ってきてくれた箱は、もう半分近く空いています。
事件が一段落した翌日。
私は自分の机にノートを広げていました。
表紙をめくる。
今日の題。
――誤った教示をした場合の救済。
昨日までなら。
この題名を見ただけで、たぶん眠くなっていました。
教示。
送付。
通知。
みなし。
法律用語の中でも、
かなり事務処理寄りの顔ぶれです。
剣も出ない。
裁判官も出ない。
巨大企業も陰謀も出ない。
書類がAからBへ移動する。
それだけ。
でも。
西川さんの顔を見たあとでは違いました。
県へ出した。
市役所がそう書いたから。
ところが県から、
ここではありません。
と言われた。
そして期限は、あと三日。
もし救済規定がなければ。
役所が教えた道を信じた人が、
役所の案内ミスで不服申立ての入口を失う。
「……これ、地味ですけど怖いですね」
私が言うと、
「地味な制度ほど怖いぞ」
相馬先輩がみかんを剥きながら答えました。
「派手な違法なら気づく」
「はい」
「案内を一行間違える。日付を一日間違える。提出先を一個間違える」
「それで権利が落ちる」
「そういうのが一番面倒だ」
片桐所長が奥の机で帳簿を閉じました。
「始めろ」
「はい」
私はノートに大きく書きました。
まず。
教示とは何か。
行政庁が処分をするとき。
その処分に不服がある場合、
どこへ、
どんな手続で、
いつまでに、
不服を申し立てられるのか。
それを当事者へ示す。
「簡単に言えば」
私は言いました。
「役所版の『不服があるならこちらへどうぞ』ですよね」
「雑だが、まあいい」
相馬先輩が言います。
「で」
「はい」
「その案内が間違ってたら?」
「今日の本題です」
私は昨日の通知書の写しを机へ置きました。
西川さんに対する不許可処分。
教示欄。
――県知事に対して審査請求をすることができます。
でも。
この事件では。
処分庁は市長。
市長に、この件について一般的な意味での上級行政庁はない。
だから。
昭和六十三年の旧行政不服審査法の基本構造なら、
処分庁自身に対する異議申立てが問題になる場面でした。
「なのに、市が」
私は赤鉛筆で線を引きました。
「県知事へ審査請求してください、と書いた」
「で、西川さんは県へ出した」
「はい」
「本人は何か間違えたのか」
片桐所長が聞きました。
「制度上の正しい提出先という意味では、結果的には違う場所へ出しました」
「質問に答えろ」
「……本人の落ち度とは言いにくいです」
「なぜだ」
「処分庁の教示に従ったから」
「そうだ」
そこです。
今日の中心。
提出先を間違えた。
それだけ切り取れば、
本人のミスに見える。
でも。
なぜ間違えたのか。
役所自身が、
こちらです。
と案内したから。
「だから救済する」
私は言いました。
「処分庁の誤った教示を信頼した人を、その誤りで不利益にしない」
相馬先輩が頷きました。
「それが筋だ」
私はノートに書きました。
――誤った教示を信じた者を、その教示の誤りで失権させない。
「現代法でも考え方は残ってますよね」
つい口に出すと、
相馬先輩が嫌そうな顔をしました。
「また未来か」
「今日は比較のためです」
「仕事では昭和を使え」
「分かってます」
ここは大事です。
私は昭和六十三年にいます。
いま目の前で使うのは旧法。
現代の行政不服審査法第二十二条を、そのまま昔へ持ってくることはできません。
現代では原則として審査請求に一本化。
さらに再調査の請求という制度もある。
誤った教示についても、
いくつかの場面ごとに細かな転送・みなしの規定が用意されている。
でも。
昭和六十三年には、
異議申立てと審査請求が基本的な二本立て。
現代の再調査の請求という制度はない。
審理員もいない。
行政不服審査会への諮問制度もない。
「だから」
私はノートの端に書きました。
――現代法二十二条を昭和六十三年にそのまま持ち込まない。
「ここ、試験より転生生活のほうが難しくないですか」
「知らん」
「現代知識があるせいで逆に事故るんですよ」
「なら忘れろ」
「無理です」
「じゃあ整理しろ」
その一言で。
私はページを二つに分けました。
左。
昭和六十三年・旧法。
右。
現代法。
まず旧法。
基本となる不服申立ては、
異議申立て。
審査請求。
この二つ。
「昨日の事件では?」
相馬先輩が聞きます。
「本来は異議申立て」
「なぜ」
「処分庁に上級行政庁がないから」
「で、市は何て教えた」
「県知事へ審査請求」
「誤り」
「はい」
そして西川さんは、
その教示を信じて県へ書面を提出した。
ここで。
県が、
間違いです。
本人がもう一度出してください。
と突き返すだけでは足りない。
「なぜです?」
私は自分で問題を出しました。
「期限が進むから」
相馬先輩が即答しました。
「はい」
旧法の原則的な不服申立期間は六十日。
西川さんは、
県から連絡があった時点で五十七日目でした。
もし。
はい間違い。
市へ出し直してください。
だけなら。
あと三日。
本人が風邪をひく。
郵便が遅れる。
書類を書き直す。
市役所の窓口が閉まる。
それだけで、
期間を過ぎる可能性がある。
「つまり」
私は言いました。
「書類を物理的に正しいところへ動かすだけじゃ足りない」
「そうだ」
片桐所長が言います。
「何を守る」
「提出時点」
「そうだ」
ここ。
重要です。
救済の核心は、
――間違って提出した書面を転送する。
だけではありません。
その人が、
役所の教示を信じて期間内に行動した。
その法的意味を守る。
だから。
正しい申立先に到着した日を新しいスタートにするのではない。
誤って教示された先へ提出した行為を、
本来の不服申立てにつなげて扱う。
「昨日、私が一番『おお』ってなったところです」
「声に出すな」
「だって気持ちいいじゃないですか」
「何がだ」
「役所のミスで減った時間を、制度が戻すところ」
相馬先輩が少しだけ笑いました。
「お前は行政法で変な喜び方するようになったな」
「成長です」
「末期だ」
私は気にせず続けました。
ここで試験的に大事なのは、
誰が誰へ書類を送るか。
ただし。
事件を離れて矢印だけ覚えると、
途端に分からなくなります。
そこで。
西川さんの事件に置き換える。
処分庁。
湖西市。
誤って教示された相手。
県。
本来の申立て。
市への異議申立て。
「つまり」
私は矢印を書きました。
西川さん。
↓
誤った教示を信じて県へ提出。
↓
県。
↓
市へ送付。
↓
本来の異議申立てとして扱う。
「こうやって人名入れると分かりやすい」
「受験生あるあるだな」
相馬先輩が言います。
「A庁B庁C庁になると急に全員知らない人になります」
「庁だ。人じゃねえ」
「気分の話です」
私は次の見出しを書きました。
――教示の誤りと、単なる自己判断の誤りは違う。
「ここも大事ですね」
「説明しろ」
片桐所長が言います。
「はい」
たとえば。
処分通知には、
正しく市へ異議申立てをしてください。
と書いてあった。
それなのに本人が勝手に、
県のほうが偉そうだから県へ出そう。
と考えて県へ出した。
「偉そうだからって何だ」
「例です」
「雑だな」
「でも、そういう場合まで同じように『役所が悪いから救済』とは言えない」
「そうだ」
今回の制度の出発点は、
行政庁が誤って教示したこと。
そこにある。
だから。
誰が誤った情報を与えたのか。
本人が何を信じて行動したのか。
そこを切り分ける必要があります。
「行政法って」
私は言いました。
「『かわいそうだから助ける』じゃないんですよね」
「当たり前だ」
「条件に当てはまるから救済する」
「そうだ」
「だから逆に強い」
相馬先輩がみかんを剥く手を止めました。
「何が強い」
「同情してもらえなくても使える」
一瞬。
事務所が静かになりました。
自分で言って。
あ。
と思いました。
これです。
このシリーズで何度も感じてきたこと。
法律の冷たさ。
本人が泣いたから。
かわいそうだから。
役所の担当者が優しかったから。
そういうものに頼らない。
要件を満たす。
だから救済する。
その冷たさが。
結果として人を守る。
「所長」
「何だ」
「法律って、冷たいほうが優しいときありますね」
「余計な感情で結論が変わらんからな」
「はい」
私はその言葉をノートの端に書きました。
次。
現代法との比較。
「ここからは未来の私です」
「短くしろ」
「受験生には大事なんです」
現代。
平成二十六年全面改正後の行政不服審査法では、
原則として不服申立ては審査請求へ一本化されました。
旧法にあった一般的な異議申立ては廃止。
また、
一定の場合には再調査の請求という制度があります。
「昨日の教材でいうと」
私はページを分けました。
現代法二十二条では、
誤った教示について代表的に複数のパターンがある。
一つ目。
本当の審査庁ではない行政庁を、
誤って審査庁として教示してしまった場合。
「これが一番、昨日の事件に近いですね」
「近いが同じ制度じゃない」
所長が言います。
「はい」
そこは絶対に混ぜない。
現代なら。
処分庁A。
本来の審査庁B。
なのに、
誤ってCを審査庁だと教示した。
本人がCへ書面で審査請求する。
するとCは、
その審査請求書を、
処分庁または本来の審査庁へ送る。
そして本人へ通知する。
「さらに」
私は書きます。
処分庁へ送られた場合は、
処分庁から本来の審査庁へ送る。
「転送リレーですね」
「軽く言うな」
「覚え方です」
大事なのは、
本人に、
もう一度最初からやれ。
と言わないこと。
行政側で正しいルートへ乗せ直す。
そして。
本来の審査庁へ送られたとき、
初めからその本来の審査庁へ審査請求がされたものとみなす。
「ここ」
私は二重線。
――初めから。
この言葉が重要。
期間との関係で、
ものすごく重要です。
「昨日の西川さんで感じたところそのままですね」
「ああ」
「あとから正しいところへ届いたから、その日が申立日、じゃない」
「そういう不利益を避けるためだ」
私は頷きます。
そして現代法二十二条には、
旧法時代には存在しなかった再調査の請求との関係でも、
救済ルールがあります。
ここが。
ものすごく試験で混乱しやすい。
「先輩」
「何だ」
「ここからABCより眠くなります」
「知らん」
「付き合ってください」
「嫌だ」
「所長」
「付き合え」
「何で俺が」
今日も業務命令は強い。
私は続けます。
現代法の二つ目。
本当は再調査の請求をすることができない処分なのに。
処分庁が、
再調査の請求ができますよ。
と誤って教示した。
本人がその教示を信じて、
処分庁へ再調査の請求をした。
「でも法律上は再調査できない」
「そうだな」
「じゃあ門前払い?」
「違うんだろ」
「はい」
処分庁は、
再調査の請求書などを、
本来の審査庁へ送る。
本人へも通知する。
そして。
初めから審査請求がされたものとみなす。
「ここも同じ思想ですね」
「行政の誤案内を本人にかぶせない」
「はい」
再調査できませんでした。
はい残念。
今から審査請求をやり直してください。
ではない。
本来の審査請求へつなぎ直す。
「三つ目」
私はノートへ数字を書きました。
審査請求もできる。
再調査の請求もできる。
そんな処分。
なのに処分庁が、
審査請求もできますよ、
という教示をしなかった。
「本人はどうする」
相馬先輩が聞きます。
「審査請求できないと思って、再調査の請求をしてしまうことがあります」
「で?」
「本人から、審査請求へ切り替えてください、と申立てができる」
「勝手に自動変換じゃないのか」
「そこが大事です」
私は大きく丸を付けました。
この場面では。
本人の申立てが必要。
処分庁が勝手に、
今日から審査請求な。
と切り替えるわけではない。
「なぜだ」
片桐所長に聞かれました。
「再調査の請求を続けるか、審査請求へ進むかという本人の選択があるから……でしょうか」
「そう考えれば整理しやすい」
「はい」
本人から変更の申立てがある。
すると処分庁は、
再調査の請求書や関係書類を審査庁へ送る。
送付を受けた審査庁は、
再調査請求人や参加人へ通知する。
そして、
初めから審査請求がされたものとみなす。
「また初めから」
相馬先輩が言います。
「はい」
「結局そこを覚えりゃいいのか」
「そこだけだと危ないです」
「面倒だな」
「行政法なので」
「行政法に謝れ」
でも。
三つを並べると、
根っこは同じです。
私はノートにまとめました。
一。
誤った審査庁を教えた。
→正しいルートへ送付。
二。
本当は再調査できないのに、できると教えた。
→審査庁へ送付し、初めから審査請求。
三。
審査請求もできるのに、そのことを教えなかった。
→本人の申立てがあれば審査請求へ移行し、初めから審査請求。
「共通しているのは」
私は言いました。
「役所の教示ミスで、住民の不服申立ての機会を失わせないこと」
「そこだ」
所長が言いました。
そして。
ここで旧法と現代法を並べてみると。
私は少し面白くなってきました。
昭和六十三年。
異議申立てと審査請求。
二本立て。
現代。
原則審査請求へ一本化。
一定の場合に再調査の請求。
「結局また手続が二つ出てきてません?」
私が言うと、
相馬先輩が笑いました。
「未来も十分面倒じゃねえか」
「そこは否定できません」
ただ。
制度の性格が違います。
旧法の異議申立ては、
処分庁自身へ申し立てる一般的な不服申立ての一類型。
現代の再調査の請求は、
一定の処分について法律に定めがある場合に利用できる制度。
単純に、
異議申立ての名前が再調査の請求に変わった。
と理解すると危ない。
「試験でやりそうですね」
「やるなよ」
「私はもう現代の行政書士受験生なので」
「今は昭和の見習いだろ」
「設定が複雑なんです」
「知らん」
私はさらに書きます。
旧法から現代法へ変わった理由。
もちろん。
一つの条文だけで全部説明できる話ではありません。
でも。
現場から見ると、
分かりにくさ。
公正性への不安。
この二つは大きい。
旧法では、
異議申立て。
審査請求。
処分ごとにどちらなのかを確認する必要がある。
西川さんの事件でも、
そこを処分庁自身が間違えた。
「役所が間違えるくらいだから」
私は言いました。
「一般の人にはもっと分かりにくいですよね」
「それはそうだ」
相馬先輩が言います。
「処分庁に上級行政庁があるかないかなんて、普通の人間は知らん」
「ですよね」
「俺だって仕事じゃなきゃ知らん」
「先輩でも?」
「当たり前だ」
そう。
だから教示が重要になる。
住民側に、
組織図を全部調べてください。
とは言えない。
行政が、
あなたの不服申立てはここです。
と案内する。
だからこそ。
間違えた場合の救済も必要になる。
そして現代法では、
原則として審査請求に一本化された。
「分かりやすくする方向ですね」
「そうだな」
さらに。
現代では審理員制度が導入された。
原処分に関与していない職員が、
審理員として審理を担当する仕組み。
「昨日の西川さんの事件は」
私は言いました。
「市への異議申立てでした」
「ああ」
「つまり、自分で出した処分を、自分の役所で見直す」
「そうなる」
「やっぱり申立人からすると不安ありますよね」
片桐所長が言います。
「だから制度は変わる」
短い。
でも。
たぶんそれが答えでした。
旧法には旧法なりの理由があった。
処分庁自身なら事情を知っている。
迅速に修正できる。
昨日のように、
制度運用の穴を役所自身で直せる場面もある。
でも。
一方で、
本当に公正に見直すのか。
という疑問は残る。
だから現代法では。
審査請求への一本化。
審理員。
さらに行政不服審査会等への諮問制度。
手続の公正性や透明性を高める方向へ制度が組み替えられた。
「つまり」
私は言いました。
「旧法を知ると、現代法の形がちょっと理解できますね」
「丸暗記よりはな」
相馬先輩が言います。
「不便だったところを直した結果が改正法」
「はい」
「なら改正前の不便を覚えりゃ、理由も見える」
「先輩」
「何だ」
「今かなりいいこと言いました」
「気のせいだ」
またです。
私は次の見出しへ進みました。
――試験で引っかかりやすい点。
ここは大事。
まず。
誤教示があったからといって、
原処分そのものが自動的に取り消されるわけではない。
「昨日の事件ですね」
私は言いました。
市が教示を誤った。
だから。
不許可処分が当然無効。
ではない。
自動的に取消し。
でもない。
「救済されるのはまず不服申立ての手続」
「そうだ」
所長が言います。
西川さんは。
本来の不服申立てを適法に進める入口を守られた。
そのうえで。
不許可処分が違法なのか。
不当なのか。
裁量判断に問題があるのか。
代替措置との整合性はどうか。
これは別に審査する。
「誤教示された=本案で勝ち」
私は大きくバツ。
「違う」
「そこ、試験で出そうですね」
「ああ」
「手続の瑕疵と処分内容の当否をごちゃ混ぜにしない」
「そういうことだ」
次。
送付されたからといって、
単に送付先へ届いた日が申立日になるわけではない。
救済のポイントは、
初めから正しい不服申立てがされたものとして扱うという点。
「期間救済と結びつけて覚える」
私は書きました。
次。
現代法の再調査の請求関係。
本当は再調査できないのに、
できると誤教示。
→審査請求へつなぐ。
再調査も審査請求もできるのに、
審査請求できることを教示しなかった。
→再調査請求人から申立てがあれば、審査請求へ移す。
「この二つ」
私は言いました。
「似てるけど違います」
「どこが」
「前者は、そもそも再調査の請求が法律上できない」
「うん」
「後者は、再調査の請求自体はできる。でも審査請求もできるのに、そのことを教えなかった」
「だから後者は本人が切り替えを申し立てる」
「はい」
ここ。
本当に試験向きです。
文章を一語変えるだけで、
処理が変わる。
「行政法って意地悪ですね」
「法律じゃなく問題作る側に言え」
「確かに」
私は次に。
通知。
という言葉へ丸を付けました。
送るだけではない。
本人に知らせる。
なぜか。
「勝手に自分の不服申立書が別の役所へ動いてたら怖いですもんね」
「そうだな」
「手続の所在を本人に分からせる」
「それも公正さの一部だ」
片桐所長が言います。
なるほど。
送付。
通知。
みなし。
三点セット。
ただ紙を転送するだけではない。
書類を正しい手続へ乗せ直す。
本人へ知らせる。
そして期間上の不利益を防ぐ。
「昔の私」
私は言いました。
「この三つ、ただの暗記だったんですよ」
「今は?」
「西川さんが県と市の間を走らされなくて済む仕組み」
「それで覚えろ」
所長が言いました。
「はい」
私はノートの最後に、
事件を書き直しました。
西川さん。
荷さばき場所の更新不許可。
処分通知には、
県知事へ審査請求。
しかし本来は、
市への異議申立て。
西川さんは誤教示を信じて県へ提出。
市へ戻れと言われた時点で五十七日目。
市と県が書類を正しい手続へつなぎ直す。
期間内の申立てとして扱う。
その結果。
不服申立ての入口を失わずに済んだ。
さらに審理の中で、
共同搬入口の制度設計まで見直された。
「こうやって見ると」
私は言いました。
「教示って、脇役じゃないですね」
「当たり前だ」
相馬先輩が言います。
「道が分からなきゃ争えねえ」
「はい」
「どれだけ立派な救済制度作っても、入口の場所を間違えて教えたら意味がない」
「……それ、今日の一行で使いたいです」
「勝手に使え」
私は少し考えました。
一行の覚え書き。
いつもここが難しい。
短く。
でも核心を落とさず。
そして書きました。
――役所が道を間違えて教えたなら、その道を信じた人の権利まで迷子にしない。
「長い」
相馬先輩が言いました。
「でも分かりやすいでしょう」
「試験用じゃねえな」
「じゃあ試験用も」
その下へ。
――誤教示なら、送付・通知・みなしで申立てを救う。
「そっちだな」
「味気ない」
「試験は味で解かねえ」
「それはそうです」
私は赤鉛筆で、
送付。
通知。
みなし。
の三つを囲みました。
そして少しだけ、
現代法の欄へ目を移します。
原則審査請求。
三か月。
審理員。
行政不服審査会。
再調査の請求。
誤った教示に対する細かな救済。
昭和六十三年の制度と比べれば。
姿はかなり違う。
でも。
制度改正の前後を通じて、
一つだけ妙に人間臭いものが残っています。
役所は間違える。
だから。
その間違いを前提にした救済まで、
法律は用意しておく。
完璧な役所を前提にしない。
完璧な住民も前提にしない。
人は、
渡された紙を信じる。
書いてある場所へ行く。
締切を見て焦る。
窓口で違うと言われれば、
自分が悪かったのかと思う。
法律はそこへ。
感情の慰めではなく、
手続で答える。
送り直せ。
知らせろ。
最初から正しく出されたものとして扱え。
冷たい命令文。
でも。
昨日の西川さんには、
その冷たい文言が、
あと三日しかなかった時間を返しました。
「こはる」
片桐所長が言いました。
「終わったか」
「はい」
「なら片付けろ」
「はい」
私はノートを閉じました。
その瞬間。
相馬先輩が箱の最後のみかんへ手を伸ばしました。
「あ」
「何だ」
「それ最後です」
「見れば分かる」
「私が取ろうと思ってたんです」
「知らん」
「先輩」
「何だ」
「今、私は正式に教示します」
「何を」
「そのみかんは私へ渡してください」
「却下」
「じゃあ異議申立てします」
「申立先は?」
「先輩」
「俺が処分庁か」
「みかん庁です」
「何だそれ」
相馬先輩は呆れながら、
最後のみかんを二つに割りました。
半分。
私の机に置く。
「……くれるんですか」
「うるせえからだ」
「認容された」
「和解だ」
「行政不服審査に和解ってありましたっけ」
「みかんに行政法を持ち込むなって言っただろ」
奥で片桐所長が、
小さくため息をつきました。
「こはる」
「はい」
「一つ訂正しろ」
「何をです?」
「教示」
「え?」
「お前が今したのは教示じゃない」
「じゃあ?」
「要求だ」
私は数秒黙りました。
「……確かに」
「用語は正確に使え」
「はい」
法理編の最後に、
いきなり基本用語で刺されました。
行政法。
最後まで容赦がありません。
でも。
机の上には、
半分のみかん。
ノートには、
送付。
通知。
みなし。
三つの言葉。
昨日までただの暗記事項だったものが、
今日は西川さんを県庁の窓口から市役所の正しい手続へ戻す道標に見えます。
役所の紙は、
たった一行間違えるだけで、
人を迷わせる。
だから法律は。
その一行を信じた人まで、
間違いにしない。
私はみかんを一房口に入れました。
甘い。
そして少し酸っぱい。
行政法よりは、
かなり分かりやすい味でした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




