[行政不服審査法17条・審理員となるべき者の名簿]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、たい焼きの匂いが残っていました。
正確には。
たい焼きの匂いと、相馬先輩が吸った煙草の匂いと、古い紙の匂いが混ざっています。
法律事務所として正しい匂いなのかは、分かりません。
「先輩」
「何だ」
「たい焼き、もう一個ないですか」
「ない」
「即答ですね」
「三つしかなかっただろ」
「所長が半分残してたり」
「期待するな」
片桐所長を見る。
所長は帳簿から顔も上げません。
「ない」
「聞く前に答えられた」
私は諦めて机へ戻りました。
目の前にはノート。
その上に、大きく書きます。
――行政不服審査法第十七条。
その下。
――審理員となるべき者の名簿。
書いた瞬間。
ちょっと変な感じがしました。
なぜなら。
昭和六十三年の今。
この条文は存在しません。
「先輩」
「今度は何だ」
「今日、存在しない法律の勉強してもいいですか」
「駄目って言ったらやめるのか」
「やめません」
「じゃあ聞くな」
ですよね。
私はノートの端に小さく書きます。
※これは未来法。
とても大事です。
転生者の法律学習は、
現行法と旧法を間違えると、
ただの知識不足では済みません。
時空を超えた誤答になります。
「まず整理します」
私は言いました。
「高木さんが最初に持ってきたのは、何でした?」
相馬先輩が新聞をめくりながら答えます。
「道路占用許可の取消通知」
「はい」
「で、市役所に不服があるって言ったら、県に審査請求しろと言われた」
「はい」
「そのとき『県とも話は通ってる』と言われた」
「はい」
「それで高木さんが、誰が審査するんだって不安になった」
「そこです」
私は丸をつけました。
誰が審査するのか。
誰が見直すのか。
高木さんが気にしていたのは、
そこでした。
「それで審査担当者の名簿を見せろって言った」
「はい」
「でも市にはそんな名簿がなかった」
「当然です」
昭和六十三年。
旧行政不服審査法。
現代のような審理員制度はありません。
つまり。
現代法第十七条にいう、
審理員となるべき者の名簿。
その制度自体がない。
「高木さん」
私はペンを止めました。
「未来から見れば、かなりいいところ突いてたんですよね」
「何がだ」
「誰が審理するのか見えるようにしてほしい、っていう感覚です」
相馬先輩が煙草を灰皿に押しつけます。
「でも今は、その制度がない」
「はい」
「だから名簿を出せとは言えない」
「はい」
「じゃあ、それで終わりだろ」
「終わりません」
「面倒くせえな」
「行政法ですから」
私はノートに二本の線を引きました。
左。
昭和六十三年。
右。
現代。
左には。
旧行政不服審査法。
審理員制度なし。
審理員名簿なし。
右には。
現行行政不服審査法。
審理員制度あり。
十七条。
審理員となるべき者の名簿。
「ここでまず九条との関係です」
私は言いました。
「九条?」
「現代法では、審査請求があったとき、審査庁が原則として審理員を指名します」
「審理を担当する職員か」
「そうです」
「それで十七条は、その候補者の名簿」
「はい」
審査請求が来る。
審査庁が、
この事件の審理を担当する人を指名する。
その人が審理員。
では。
普段から、
「この人たちが審理員になる可能性があります」
という名簿を作っておこう。
それが十七条です。
「なるほど」
相馬先輩が言いました。
「名簿に載ってる奴の中から審理員を選ぶのか」
「そこ、少し注意です」
「違うのか」
「名簿は、審理員となるべき者の名簿です。でも十七条のポイントは、名簿を作ること自体が義務ではないことなんです」
「義務じゃない?」
「努力義務です」
私は大きく書きました。
作成するよう努める。
これ。
行政書士試験なら。
たぶん赤線です。
いや。
二重線です。
蛍光ペンでもいい。
「つまり」
私は言います。
「審査庁となるべき行政庁は、名簿を作るよう努めなければならない」
「努力義務」
「はい」
「作らなかったら?」
「それだけで十七条違反として、即アウト、とはならない」
「何だ。それじゃ弱いな」
「そこなんですよ」
受験生はここで引っかかります。
名簿。
公正な審理。
だったら当然、
作らなければならない。
と思いたくなる。
でも条文は違います。
――作成するよう努める。
です。
「だから」
私は言いました。
「『名簿を作らなければならない』は間違い」
「じゃあ『作らなくてもいい』は?」
「言い方としては少し雑ですけど、法的には作成そのものは義務じゃない」
「なるほど」
「ただし」
私は赤ペンを持ちました。
「ここからが十七条の罠です」
「また罠か」
「作らなくてもいい。だから、作っても隠していい」
「それは違う?」
「違います」
私は大きく囲みました。
作成したときは、
公にしておかなければならない。
「ここは義務です」
「ほう」
「つまり」
私は指を一本立てました。
「名簿を作るかどうかは努力義務」
二本目。
「でも、作ったなら公表は義務」
相馬先輩が少し笑います。
「法律、性格悪いな」
「受験生目線ではそう見えます」
努力義務。
義務。
たった数文字違うだけ。
でも効果は全然違います。
「所長」
私は聞きました。
「こういうの、実務だとどう見ます?」
「条文どおりだ」
「それだけですか」
「それだけだ」
短い。
でも。
こういうところほど、
勝手な意味を足さないのが大事です。
私はノートに書きます。
作成。
努力義務。
公表。
作成した場合は義務。
「高木さんの件で言えば」
私は続けました。
「現代だったとしても、県が審理員名簿を作ってなかったからって、それだけで直ちに違法とは言えない」
「ああ」
「でも、もし作っていたなら?」
「公表しなきゃならん」
「そうです」
「どこで?」
来ました。
私は条文の形を思い出します。
「審査庁となるべき行政庁と、関係処分庁の事務所に備え付けるなど、適当な方法で公にしておく」
「処分庁のところにも?」
「はい」
「何でだ」
いい質問です。
私は少し考えました。
「審査請求する人から見たら、処分庁の窓口に行くこともありますよね」
「まあな」
「だから、審査庁だけの奥の棚に置いて終わりじゃなくて、関係する処分庁の事務所でも見られるようにする」
「なるほど」
高木さんも。
最初に行ったのは市役所でした。
処分した側。
そこで、
「誰が審査するんですか」
と聞いた。
現代法が想定している透明性って、
こういう不安に対応する意味もあるのかもしれません。
「ただし」
私は言いました。
「名簿を作って公表してるから、その審査請求で誰が審理員になるか確定してる、とは限りません」
「候補者名簿だからな」
「はい」
「名簿=担当者一覧じゃない」
「そこ大事です」
審理員となるべき者。
つまり候補。
実際の審査請求が来たら、
その事件について審理員が指名される。
だから。
名簿に載っている。
イコール。
その事件の審理員。
ではありません。
「試験で」
私は言いました。
「『名簿に登載された者が当然にその審査請求の審理員となる』とか出たら」
「×か」
「×です」
「嫌らしいな」
「行政法の問題作る人、こういう日本語大好きですから」
「偏見だろ」
「経験則です」
私は次の見出しを書きました。
――なぜ名簿なのか。
ここ。
条文を丸暗記するだけなら必要ありません。
でも。
今回の高木さんの事件を見たあとだと、
すごく分かりやすい。
「高木さんが一番怖がってたのは」
私は言いました。
「市が出した処分を、県も最初から追認するだけじゃないかってことでした」
「ああ」
「『県とも話は通ってる』と言われたからな」
相馬先輩が続けます。
「そうです」
行政内部の不服審査。
裁判所ではない。
行政が行政の判断を見直す。
だからこそ。
申立人から見ると、
本当に公正に見てもらえるのか。
という不安がある。
「旧法では」
私は言いました。
「異議申立てなら、処分庁自身が見直すこともありました」
「前にもやったな」
「はい」
本人が出した答案を、
本人がもう一回採点する。
そんな感じ。
もちろん。
自己修正できる。
事情をよく知っている。
迅速に直せる。
そういう利点もあります。
でも。
公正性への疑問は残る。
「それが現代法では」
私は右側に書きました。
審査請求に原則一本化。
審理員制度。
処分に関与した者などを審理員から除外。
行政不服審査会等への諮問。
そして。
審理員候補者名簿。
「制度全体で」
私は言いました。
「『同じ人たちだけで勝手に決め直してませんよ』を見えるようにしてる感じですね」
「完全に外部の人間がやるわけじゃないんだろ」
「はい」
「行政内部だ」
「そうです」
そこを誤解してはいけません。
審理員制度があるから、
裁判所と同じ。
ではない。
審理員も行政内部の職員です。
ただ。
原処分に関与した人などを除外し、
審理を担当する者を明確にして、
手続の公正性を高める。
「そして十七条の名簿は」
私は言いました。
「その仕組みをさらに見えるようにする補助線みたいなもの」
「補助線」
「はい」
「主役じゃないんだな」
「そうなんです」
今日のテーマ。
審理員となるべき者の名簿。
名前だけ見ると、
すごく重要そうです。
でも。
この条文の本質は、
名簿そのものが審査の公正さを全部保証する。
ではありません。
むしろ。
審理員制度という大きな仕組みがあって。
その候補者を、
できれば事前に整理して。
作ったなら見えるようにしておく。
透明性を上げる。
そういう位置づけです。
「だから高木さんが」
私は言いました。
「『名簿がないから不公正だ』って言ってたのは、気持ちは分かるけど、法的にはそのまま通らない」
「今はそもそも制度がない」
「はい」
「未来でも作成は努力義務」
「はい」
「じゃあ名簿がなくても審査請求はできる」
「できます」
「審理員も指名できる?」
「できます」
私はそこを太く囲みました。
これ。
かなり重要です。
名簿がない。
だから審理員を指名できない。
ではありません。
「十七条の名簿と」
私は言いました。
「九条の審理員指名は分けて考えないと駄目です」
「名簿がなくても審理員は指名できる」
「はい」
「名簿を作ったなら公表義務」
「はい」
「名簿作成は努力義務」
「はい」
「三段階だな」
「そうです」
私はノートに三行で書きます。
①審理員は審査請求ごとに指名。
②審理員候補者名簿の作成は努力義務。
③名簿を作ったなら公表は義務。
「きれいですね」
「最初からそう書け」
「物語がなくなるでしょう」
「受験勉強なんだから表でいいだろ」
「人は表だけだと寝るんです!」
「お前だけだ」
「全国の受験生を敵に回しましたよ」
相馬先輩は無視しました。
私は次。
公表方法。
「条文では」
私は言います。
「事務所に備え付ける方法だけに限定されてません」
「その他適当な方法、か」
「はい」
「未来ならインターネットとか?」
「そうですね」
ウェブサイト。
庁舎での閲覧。
その他、
公にしておく方法。
重要なのは。
作ったのに内部資料扱いで隠しておく。
それは駄目。
「高木さんが」
私は思い出しました。
「審査担当者の名簿を見せてくれって言ったとき、市役所が『ありません』って答えたでしょう」
「ああ」
「昭和では、それで法的にはおかしくない」
「制度がないからな」
「でも未来法で」
私は線を引きます。
「もし名簿を実際に作ってたのに、『見せません』なら?」
「十七条に反する」
「そういうことです」
作るか。
努力義務。
作ったか。
公表義務発生。
この順番。
「何か」
私は言いました。
「法律って条件分岐みたいですね」
「何だそれ」
「もしAならB」
「うん」
「ただしA自体は努力義務」
「うん」
「でもAをしたらBは義務」
「うん」
「プログラムみたい」
「知らん」
「昭和でした」
つい未来語が漏れる。
危ない。
私はノートの次のページを開きます。
――旧法と現代法。
「ここも整理します」
「また未来か」
「今回のテーマでは避けられません」
昭和六十三年。
旧法。
異議申立てと審査請求が併存。
審理員制度なし。
審理員候補者名簿なし。
現代。
原則審査請求に一本化。
審理員制度あり。
審理員となるべき者の名簿制度あり。
「何で変わった」
片桐所長が聞きました。
急に来る。
所長の質問はいつも短い。
そして逃げにくい。
「旧法の問題点です」
「具体的に」
「異議申立てと審査請求が分かれていて、分かりにくかった」
「うん」
「処分庁自身が審査する異議申立てでは、公正性への疑問が生じやすかった」
「うん」
「行政内部での審査だから、誰がどのように審理するのかを明確にする必要があった」
「それで?」
「現代法では審査請求に原則一本化して、審理員制度を導入した」
「名簿は?」
私は少し考えました。
「審理員制度の透明性を補う仕組み」
「それでいい」
よし。
私は胸の中で小さくガッツポーズしました。
「高木さんの事件」
所長が続けます。
「現代法ならどう見る」
来ました。
応用。
「まず」
私は答えます。
「審査請求があれば、審査庁は原則として審理員を指名する」
「うん」
「その行政庁が、審理員となるべき者の名簿を作っているなら、公にしておかなければならない」
「うん」
「ただし、名簿を作っていないこと自体だけで、直ちに違法とはいえない」
「うん」
「高木さんは、名簿の有無だけじゃなく、実際に誰が審理を担当するのか、原処分に関与してないか、審理手続が公正に行われるかを見るべき」
「そうだ」
相馬先輩が口を挟みます。
「あと、処分そのものだろ」
「あ」
「一番大事なの忘れるな」
「はい」
そのとおりです。
名簿。
審理員。
公正性。
大切です。
でも。
不服審査の中心は、
処分が違法または不当なのか。
そこ。
高木さんの件では。
工事は来春。
施工内容も未確定。
従前認められてきた道路占用許可を、
なぜ今すぐ取り消す必要があったのか。
他の工作物との扱いはどうなのか。
そこが本丸でした。
「つまり」
私は言いました。
「手続が公正かどうかを見るのと、処分の中身が妥当かどうかを見るのは別」
「そうだ」
「名簿だけ見て満足しても駄目」
「逆に名簿がなくて怒って終わるのも駄目」
「はい」
これ。
かなり好きな整理です。
法律って。
何か一つ問題が見つかると、
全部そこに引っ張られます。
でも。
実際には、
入口の問題。
手続の問題。
処分の問題。
救済の問題。
全部別。
分ける。
それが論点整理。
私はまた高木さんの顔を思い浮かべました。
最初は、
「名簿を見せろ」
でした。
でも最後は、
「ちゃんと見直してもらえる道が残ってるか知りたかった」
に変わった。
たぶん。
法律の仕事って、
言葉をそのまま受け取るだけじゃない。
その人が本当に困っている場所を探す仕事なんだと思います。
「試験向けにまとめます」
私はノートの中央に線を引きました。
行政不服審査法十七条。
審理員となるべき者の名簿。
「第一問」
私は相馬先輩を見る。
「審査庁となるべき行政庁は、審理員となるべき者の名簿を必ず作成しなければならない。○か×か」
「×」
「理由」
「努力義務だから」
「正解」
「簡単だな」
「では第二問」
「まだやるのか」
「審理員となるべき者の名簿を作成した場合、その公表も努力義務である」
「×」
「理由」
「作ったなら公にしなきゃならん」
「正解」
「第三問」
「おい」
「名簿が作成されていない場合、審理員を指名することはできない」
「×」
「理由」
「名簿と審理員の指名は別だから」
私はペンを止めました。
「先輩」
「何だ」
「完璧じゃないですか」
「お前の説明がしつこいから覚えただけだ」
「教育効果!」
「騒ぐな」
次。
「名簿を作成した場合、審査庁の事務所だけに備え付ければ足りる」
「×だろ」
「理由は?」
「関係処分庁の事務所でも備え付けるとか、適当な方法で公にする必要がある」
「……」
「何だ」
「先輩、本当に未来の試験受けません?」
「絶対受けねえ」
私は笑ってしまいました。
でも。
これでかなり整理できました。
そして。
一番大事なところ。
「十七条だけ見ても」
私は言いました。
「何でこんな名簿制度があるのか、分かりにくいんですよね」
「そうだな」
「でも旧法の事件と比べると」
高木さん。
市の処分。
県への審査請求。
市の担当者の、
「県とも話は通っています」
という一言。
それだけで。
高木さんは、
上に申し立てても同じだ。
と思ってしまった。
「行政内部の審査って」
私は言いました。
「制度そのものを信用してもらわないと使ってもらえない」
「うん」
「だから現代法は、誰が審理するかを明確にする」
「うん」
「原処分に関与した人を外す」
「うん」
「候補者名簿も、作るよう努める」
「うん」
「作ったなら公にする」
「そういうことだ」
所長が言いました。
「手続は、結果だけで信用されるものじゃない」
私は顔を上げました。
「どういう意味ですか」
「正しい結論を出した、と行政が言うだけでは足りない」
「……」
「どういう手続で判断したか」
「はい」
「誰が判断したか」
「はい」
「それが見えることにも意味がある」
なるほど。
審理員名簿。
地味です。
ものすごく地味。
行政法の中でも、
受験生が、
「ここ何点分?」
と考えそうな条文です。
でも。
誰が見るのか分からない。
同じ人が決め直してるんじゃないか。
どうせ結論は決まってるんじゃないか。
そういう不信を少し減らす。
それも制度の仕事。
私はノートの最後に、
いつもの一行を書こうとしました。
――名簿は努力、公表は義務。
うん。
試験向け。
すごくいい。
でも。
少し味気ない。
私はその下にもう一行書きました。
――誰が見るかを見えるようにするのも、公正の一部。
「また二行だな」
相馬先輩が言います。
「一行目は試験用です」
「二行目は?」
「物語用です」
「分けるな」
「じゃあ合体します」
私は少し考えました。
そして。
大きく書きます。
――名簿の作成は努力義務、作ったら公表義務――“誰が見るか”を見えるようにして、公正を支える。
「長え」
「でも全部入ってます」
「覚え書きって長さじゃねえ」
「じゃあ超短縮版」
さらに下。
――名簿は努力、公表は義務。見える審理が、公正を支える。
相馬先輩が少し考えます。
「まあ、それなら」
「褒めた」
「気のせいだ」
出た。
便利な逃げ道。
私はノートを閉じました。
窓の外。
商店街の灯りがつき始めています。
高木さんの店も、
そろそろシャッターを下ろすころでしょう。
審査請求の結論は、
まだ出ていません。
取消処分が完全に覆るかも分からない。
でも。
あの日。
高木さんは、
「県とも話が通ってるなら、どうせ無駄だ」
と諦めかけていました。
そこから、
何が事前に話されていたのか。
審査の結論まで決まっているのか。
誰に申し立てるのか。
処分自体のどこを争うのか。
一つずつ分けた。
それだけで。
閉じかけていた道が、
もう一度見えるようになった。
現代法十七条の名簿も、
きっと同じ方向を向いています。
名簿そのものが人を救うわけではない。
名簿があれば、
必ず公正になるわけでもない。
それでも。
行政内部で不服を審査する以上、
「誰がその役割を担う可能性があるのか」
それを見えるようにしておく。
行政にとっては、
ちょっと面倒です。
でも。
面倒だからこそ。
勝手に見えないところで決めた、
と言われにくくなる。
法律は冷たい。
努力義務。
公表義務。
審理員。
名簿。
どれも、人の気持ちとは遠そうな言葉です。
でも。
高木さんが本当に欲しかったものは、
案外その冷たい仕組みの中にありました。
――ちゃんと、別の目で見直してもらえるのか。
その不安に、
制度の側から少し答える。
たぶん。
十七条は、
そういう条文です。
「こはる」
「はい」
片桐所長が言いました。
「帰る前に机を片づけろ」
「はい」
「たい焼きの紙も捨てろ」
「私のじゃないです」
見る。
相馬先輩の机。
紙。
こっち。
私の机。
紙。
所長の机。
ない。
「先輩」
「何だ」
「これ先輩のですよね」
「証拠は?」
「粒あん付いてます」
「お前も粒あんだったろ」
「同一種類だからって同一人物とは限りません!」
「じゃあ誰が捨てるか審理しろ」
「審理員を指名してください」
「名簿作れ」
「作成は努力義務です!」
「じゃあ作らん」
「でもそれじゃ担当決まらないじゃないですか!」
片桐所長が一言。
「こはる」
「はい」
「捨てろ」
「ええっ」
「指名だ」
「名簿に載ってません!」
「名簿はない」
「昭和だから!」
相馬先輩が笑いました。
「不服は?」
「あります!」
「申立先は?」
私は片桐所長を見る。
所長は無表情です。
「……ありません」
「よし」
「何がよしなんですか!」
結局。
たい焼きの紙を捨てるのは私でした。
昭和六十三年。
審理員制度はまだありません。
審理員となるべき者の名簿もありません。
そして。
片桐行政書士事務所には、
雑用担当者名簿すら存在しません。
存在しないのに。
なぜか毎回、
私が指名されます。
これだけは。
未来になっても、
たぶん改正されない気がしました。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




