[行政不服審査法13条・参加人]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、昼より少しだけ静かです。
電話は鳴らない。
来客もない。
窓の外では、駅前の工事現場から帰るトラックが一台ずつ減っていく。
そして私の机には、
たい焼きの紙袋。
「……一匹減ってる」
「知らん」
相馬先輩が新聞を読みながら言いました。
「先輩ですよね」
「証拠は」
「昨日、最後の一匹を狙ってた」
「動機だけじゃ弱いな」
「行政法じゃなくて刑事訴訟法みたいになってます」
私は紙袋を覗き込みました。
残り一匹。
これは守る。
今日こそ守る。
その横に、ノートを開きます。
大きく書きました。
――参加人。
「昨日まで」
私は独り言みたいに呟きました。
「参加人って、もっと脇役だと思ってたんですよね」
「脇役?」
相馬先輩が新聞から顔を上げます。
「はい。審査請求人がいて、処分庁がいて、その横にちょっと第三者が入る感じ」
「受験生の頭なんてそんなもんだろ」
「全国の受験生を敵に回しますよ」
片桐所長は奥の机で帳簿を閉じました。
「続けろ」
「はい」
私は昨日の事件を頭の中に並べます。
東栄開発。
駅北側の共同店舗建設。
市から事業に必要な許可を受けた。
それに対し、近隣住民が審査請求。
住民側は、
騒音。
工事車両。
日照。
交通量。
そうした問題を主張している。
そして東栄開発は、
自分の受けた許可が取り消されるかもしれないのに、
最初は、
――あなたは審査請求人ではありませんから。
と言われた。
「ここですよね」
私は言いました。
「何がだ」
「『審査請求人ではない』と『審査に関係ない』は全然違う」
「そうだ」
片桐所長が短く答えます。
私はノートに最初の見出しを書きました。
――参加人とは何か。
「現代法だと、行政不服審査法十三条」
口にした瞬間、
相馬先輩がこちらを見ます。
「現代?」
「そこは大丈夫です。今日は新旧比較をちゃんとやります」
「怪しいな」
「昨日みたいに審理員を昭和へ召喚しません」
「それを普通は時代錯誤って言うんだ」
分かっています。
分かっていますとも。
私はまず現代法の整理をします。
「現在の行政不服審査法では、審査請求人以外の者で、その審査請求に係る処分や不作為について法令上の利害関係を有すると認められる者が、利害関係人です」
「長い」
「法律ですから」
「人に説明するときは短くしろ」
「はい」
翻訳します。
「審査請求をした本人ではない。でも、その結論で自分の法的立場が動く人」
「そっちの方が分かる」
昨日の宮原さんが、まさにそうでした。
審査請求人ではない。
むしろ、住民側とは反対側にいる。
でも。
もし住民の審査請求が認められて許可が取り消されたら、
東栄開発は工事を続けられなくなる。
だから、
無関係ではない。
「で」
相馬先輩が言いました。
「そいつが勝手に入っていいのか」
「そこが試験で出るところです」
私はペンを持ち直しました。
「現代法では、利害関係人だからといって、自動的に参加人になるわけじゃない」
「じゃあ?」
「審理員の許可が必要」
「昨日お前が昭和に連れてきた奴だな」
「はい」
痛い。
でもその通り。
私はノートに大きく書きます。
現代法。
利害関係人
+
審理員の許可
=
参加人。
「ここ、試験ではかなり大事です」
「何が引っかかる」
「『利害関係人なら当然に参加できる』という言い方」
「誤りか」
「はい」
「許可がいる」
「そうです」
片桐所長が口を挟みます。
「誰の許可だ」
「現代法では審理員です」
「昨日は?」
「昭和六十三年。旧法なので審査庁」
「そこを混ぜるな」
「はい」
私はノートを二つに割りました。
左。
昭和六十三年。
旧行政不服審査法。
右。
現代。
平成二十六年全部改正後。
「昨日の東栄開発は」
私は左側へ書きます。
利害関係人。
審査庁の許可。
参加。
「現代なら?」
相馬先輩。
「利害関係人」
「うん」
「審理員の許可」
「うん」
「参加人」
「それでいい」
昨日。
私が思わず、
審理員の許可を――
と言いかけた。
あれは現代法の頭で昭和の実務を処理しようとしたからです。
受験生なら赤ペンで直されて終わり。
実務なら書類の相手を間違える。
怖い。
「旧法と現代法って」
私は言いました。
「似た形を残しつつ、手続の中心人物が変わってるんですね」
「具体的には」
「旧法では審査庁が中心だった」
「うん」
「現代法では審理員制度が導入されて、その審理員が参加許可など審理手続を担当する」
「なぜ変えた」
片桐所長が聞きます。
来ました。
ただ覚えるのではなく、
制度が変わった理由。
そこまで分かれば忘れにくい。
「旧法だと」
私は少し考えました。
「処分した行政側が、そのまま不服申立ての審理にも深く関わる構造だった」
「うん」
「だから公正さや透明性への不安があった」
「それで?」
「現代法では、原処分に関与していない職員を審理員にして、審理を担当させる仕組みにした」
「そうだ」
昨日の事件を思い出します。
もし現代なら。
住民が審査請求。
東栄開発が参加を申し出る。
そこで、
審理員が、
東栄開発は本当に利害関係人か。
参加させる必要があるか。
そう判断する。
「つまり」
私は言いました。
「参加人の制度自体は、関係者を審理に入れるための仕組み」
「うん」
「でも現代では、その入口の判断を審理員に任せることで、公正さを高めてる」
「そういう見方はできる」
所長が頷きました。
私は次の見出しを書きます。
――利害関係人とは何か。
「ここも罠です」
「またか」
「行政法は罠が多いんです」
「法律のせいにするな」
利害関係人。
誰でもいいわけではありません。
近所だから。
ニュースで見たから。
計画に反対だから。
賛成だから。
それだけでは足りない。
「テキストっぽく言えば」
私は言いました。
「審査請求人以外の者であって、審査請求に係る処分や不作為について、法令上の利害関係を有すると認められる者」
「また長い」
「では宮原さん」
「うん」
「市から許可を受けて工事している」
「うん」
「その許可を住民が審査請求で取り消そうとしている」
「うん」
「取り消されたら工事継続に直接影響する」
「だから利害関係がある」
「はい」
分かりやすい。
処分の名宛人が、審査請求人とは反対側で参加する。
教材でよくある建築確認の例も同じです。
マンションの建築確認が出た。
近隣住民が、
その建築確認はおかしい。
と審査請求する。
でも建築確認が取り消されたら、
建築主や事業者は建築できなくなる。
だからその事業者は、
その審査請求の結果について直接の利害を持つ。
「ただ」
片桐所長が言いました。
「『困る』だけでは足りん」
「ですよね」
ここは大事です。
経済的に損をする。
気分が悪い。
地域の評判が落ちる。
そういう事実だけで、必ず利害関係人になるとは限らない。
問題は、
その処分の根拠法令に照らして、
その人に法的な利害関係があるといえるか。
「つまり」
私は言いました。
「単なる事実上の関心じゃなくて、法令上の利害関係」
「そうだ」
昨日の宮原さんなら、
争われている許可そのものを受けた事業者。
これはかなり分かりやすい。
「じゃあ」
相馬先輩が言います。
「商店街の別の店主が、『開発が止まると客が減るから俺も参加したい』と言ったら?」
「それだけでは難しい」
「なぜ」
「審査請求で争われている許可について、その人自身に法令上の利害関係があるかは別だから」
「そうだな」
ただ儲かる。
ただ困る。
ではなく。
その処分との法的な結び付き。
ここを見る。
私はノートに書きました。
――利害関係人=「気になる人」ではない。
「これは覚えやすい」
相馬先輩。
「でしょう?」
「試験答案には書くなよ」
「もちろんです」
私は次の見出しを書きます。
――審理員から参加を求めることもある。
「ここも十三条二項ですね」
「何だそれ」
「現代法では、審理員が必要と認めた場合、利害関係人に対して審査請求へ参加するよう求めることもできます」
「本人が参加したいと言わなくても?」
「はい」
「なぜだ」
「審理に必要だから」
昨日の事件なら。
仮に東栄開発が、
面倒だから参加しません。
と言っていたとしても。
工事計画。
搬入経路。
防音対策。
そういう事情を正確に審理するため、
利害関係人である事業者の参加が必要だと判断されることはあり得る。
「つまり」
私は言いました。
「参加人制度って、参加人本人を守るためだけじゃないんですね」
「どういうことだ」
「審理する側にとっても、必要な事実を揃えるために役立つ」
「昨日そうだったな」
相馬先輩が言いました。
住民側だけを見る。
市だけを見る。
それでは分からなかった。
東栄開発が入って初めて、
搬入経路を変えられる。
通学時間を避けられる。
防音壁を増やせる。
そんな情報が出てきた。
「参加人が増えると話は複雑になります」
「うん」
「でも、事実は厚くなる」
「そうだな」
簡単にするために人を外す。
ではなく。
正しく判断するために必要な人を入れる。
ここが制度の冷たくて親切なところです。
私はさらに書きました。
――参加人は代理人を立てられる。
「次は代理人ですね」
「宮原さん本人じゃなくてもいいのか」
「現代法では、参加は代理人によってすることができます」
「行政書士でも?」
「業務範囲や代理権の問題は別として、制度上、参加人が代理人を選任すること自体はできます」
今日は試験知識としての整理。
参加人本人だけが全部動かなくてもいい。
代理人を通じて審査請求への参加に関する行為をすることができる。
「で」
相馬先輩が嫌な笑いをします。
「また例外があるんだろ」
「あります」
「行政法だな」
「行政法です」
私は強く丸をつけました。
参加人の代理人。
原則。
参加に関する一切の行為をすることができる。
ただし。
参加の取下げ。
これだけは、
特別の委任が必要。
「ここ、出ます」
「なぜそこだけ特別なんだ」
「本人にとって重大だからです」
代理人に、
審理で意見を出す。
資料を提出する。
手続を進める。
そうした権限を一般的に与えていても。
「もう参加をやめます」
という行為まで当然に任せたことにはしない。
「つまり」
相馬先輩が言います。
「参加する権利を捨てるような行為だから、特別に任せたと分かる委任が要る」
「そうです」
審査請求人の代理人でも似た考え方があります。
重大な処分行為については、
普通の代理権では足りず、
特別の委任を求める。
「昨日の宮原さんが」
私は例を作りました。
「代理人に『審査請求への参加手続を全部任せます』と委任した」
「うん」
「その代理人が勝手に『やっぱり参加やめます』と言える?」
「駄目」
「正解です」
「特別の委任がなければな」
「はい」
私はノートに、
大きな星を付けます。
――取下げ=特別委任。
「試験の匂いがしますね」
「お前は問題文を嗅ぐな」
「でもこういうの、択一で出るんですよ」
たとえば。
参加人の代理人は、参加に関する一切の行為をすることができるため、特別の委任がなくても参加を取り下げることができる。
――誤り。
この「一切の行為」という言葉に釣られる。
ただし書きを落とす。
受験生を落とす。
法律はときどき、文章の後半に小さな落とし穴を掘っています。
「じゃあ」
相馬先輩。
「ここまでを整理しろ」
「はい」
私はノートの真ん中に四つ書きました。
一。
利害関係人は、審査請求人以外の者。
二。
処分や不作為について法令上の利害関係を有する者。
三。
現代法では審理員の許可を得て参加人になれる。
四。
参加人は代理人を立てられるが、参加の取下げには特別の委任が必要。
「昭和六十三年との違いは」
「旧法では参加許可の主体が審査庁」
「それから?」
「現代の審理員制度はまだ存在しない」
「そうだ」
私はそこで一度ペンを止めました。
「所長」
「何だ」
「参加人制度って、旧法にもあったのに、現代法で審理員の許可にした意味、昨日かなり実感しました」
「言ってみろ」
「誰を審理に入れるかって、かなり大事な判断だから」
「うん」
「処分した側と同じ行政組織だけでなく、原処分に関与していない審理員が手続を整理することで、公正さが上がる」
「そういう制度趣旨は押さえておけ」
「はい」
現代法の受験生だった私は、
審理員。
審査庁。
参加人。
行政不服審査会。
そういう言葉を全部、
別々の暗記カードにしていました。
でも。
昨日の現場を見たあとなら、
つながります。
住民が争う。
処分庁が答える。
第三者の権利も揺れる。
だから参加人が必要。
その参加を誰が認めるか。
審理の公正さはどう守るか。
その先に、
現代の審理員制度がある。
「制度改正って」
私は言いました。
「部品を交換したんじゃないんですね」
「どういう意味だ」
「旧法で困ったところを、一個ずつ直した結果なんだなって」
相馬先輩が鼻で笑います。
「当たり前だろ」
「受験生には当たり前じゃないんですよ」
旧法では、
異議申立てと審査請求が併存。
審査庁中心の審理。
現代では、
原則として審査請求に一本化。
審理員制度。
参加人の参加許可も審理員。
そして行政不服審査会などへの諮問制度。
全部ばらばらではない。
公正で分かりやすい不服審査にする。
そこへ向けて制度が整理されている。
「昨日」
私は言いました。
「宮原さん、最初に『審査請求人じゃないから当事者じゃない』って言われてました」
「ああ」
「でも参加人って、審査請求人とは別の立場なんですよね」
「そうだ」
「じゃあ、『当事者じゃない』って表現は少し雑ですね」
「かなりな」
審査請求人。
処分庁。
参加人。
立場は違う。
でも。
審査手続に入れば、
参加人にも手続上の地位が与えられる。
自分の利益に関わる審査について、
意見を出す。
資料を示す。
必要な主張をする。
「昨日の宮原さんも」
私は言いました。
「参加できたから、工事車両の経路変更案を出せた」
「うん」
「それで住民側の主張も、単なる反対運動じゃなく、具体的な条件の話に変わった」
「そうだな」
「もし外に置かれたままだったら」
「審査庁は、市側の資料と住民側の主張だけで判断することになる」
「はい」
それが必ず間違いとは限らない。
でも。
肝心の事業者が持っている情報を使わずに結論を出す危険は高くなる。
だから。
参加人制度は、
第三者の権利を守る。
だけではない。
審理を豊かにする。
そんな機能も持っている。
片桐所長が言いました。
「こはる」
「はい」
「参加人と審査請求人は同じか」
「違います」
「参加人は処分を争う本人か」
「必ずしもそうじゃない」
「昨日は?」
「むしろ処分を守りたい側でした」
「そうだ」
ここ。
大事です。
参加人というと、
審査請求人を応援する人。
みたいに考えたくなる。
でも違う。
参加人は、
その審査請求の結論について法令上の利害関係を持つ第三者。
審査請求人と同じ方向を向くこともあれば、
反対方向を向くこともある。
昨日の東栄開発は、
住民の審査請求によって許可が取り消されると困る。
だから、
審査請求人とは反対側。
「つまり」
私はノートに書きました。
――参加人=応援団ではない。
「それも覚えやすいな」
相馬先輩。
「でしょう?」
「答案には書くなよ」
「分かってます!」
私は次に、
試験で混同しやすいところ。
と見出しを作りました。
「まず第一」
利害関係人だからといって、
自動的に参加人ではない。
現代法では審理員の許可が必要。
「第二」
参加人は、
審査請求人本人ではない。
あくまで審査請求人以外の利害関係人。
「第三」
参加人は代理人を立てられる。
その代理人は原則として参加に関する一切の行為をできる。
ただし参加取下げには特別委任。
「第四」
審理員は必要があると認めるとき、
利害関係人へ参加を求めることができる。
「第五」
昭和六十三年の事件に現代法の審理員を持ち込まない。
「最後はお前専用だな」
「かなり重要です」
相馬先輩が笑います。
「試験には出ねえぞ」
「転生試験なら出ます」
「何だそれ」
私は最後に、
昨日の事件を全部、図にしてみました。
住民。
審査請求人。
市の許可を争う。
市。
処分庁。
処分の適法性・妥当性を説明する。
東栄開発。
利害関係人。
参加を認められ、審理に入る。
「こうして見ると」
私は言いました。
「三角形ですね」
「三角形?」
「住民対市、だけじゃない」
「うん」
「市対業者、でもない」
「うん」
「住民、市、業者。三者の情報を揃えて、処分を見直す」
「それが昨日の形だな」
そして。
昨日。
その三角形ができたから、
搬入経路の変更。
通学時間帯を避ける。
防音壁を増やす。
そんな具体策が出てきた。
審査請求が、
勝つか負けるか。
だけの場ではなくなった。
「制度の冷たさって」
私は言いました。
「人を分類しますよね」
「何の話だ」
「審査請求人」
私は指を一本立てます。
「処分庁」
二本。
「利害関係人」
三本。
「参加人」
四本。
「代理人」
五本。
「全部ラベルを付ける」
「まあな」
「ちょっと冷たい」
「で?」
「でも、冷たいからこそ、『あなたは請求人じゃないから外』って雑に切れない」
片桐所長が少しだけこちらを見ました。
「続けろ」
「請求人じゃないなら、次に確認する」
その人は、
利害関係人か。
参加できるか。
代理人を立てるか。
どんな権限があるか。
そうやって。
感情ではなく、
法的な立場を一個ずつ置いていく。
その結果。
昨日の宮原さんみたいに、
最初は廊下で待てと言われた人にも、
審理の席が用意される。
「やっぱり」
私は呟きました。
「法律って冷たいですね」
「今さらか」
相馬先輩。
「でも、冷たいから雑じゃない」
私は答えました。
誰をかわいそうと思うか。
誰の声が大きいか。
誰が役所に怒鳴り込んだか。
そういう話ではなく。
その処分で、
誰の法的な利益が動くのか。
そこを確かめる。
だから、
声の小さい人にも席が残る。
私はノートの最後に、
いつもの一行を書こうとしました。
――利害関係があるなら、参加人として審理の席へ。
「長いな」
相馬先輩が言います。
「まだ書いてる途中です!」
「一行なんだろ」
「じゃあ」
私は消します。
――請求人でなくても、結論で揺れる人には席がある。
「まあまあ」
「褒めました?」
「気のせいだ」
「またそれ」
私はさらに下へ、
試験用の超短縮版を書きました。
――利害関係人+許可=参加人。
「それは覚えやすいな」
「でしょう?」
「ただし昭和は?」
「審査庁の許可」
「現代は?」
「審理員の許可」
「取下げは?」
「代理人なら特別委任」
「よし」
片桐所長が頷きました。
そのとき。
私はたい焼きの紙袋を見ました。
「あ」
空です。
「先輩!」
「何だ」
「残り一匹!」
「食った」
「やっぱり!」
「証拠が出たな」
「自白じゃないですか!」
私は立ち上がりました。
「これは私の法的利益に直接影響しています!」
「だから?」
「利害関係人として参加します!」
「何に」
「たい焼き処分取消事件です!」
「もう処分済みだ」
「取消しを求めます!」
「腹から戻せってのか」
「そこまで言ってません!」
片桐所長が静かに言いました。
「こはる」
「はい!」
「参加には許可が要る」
「じゃあ許可してください!」
「却下」
「理由は!」
「食い終わっている」
「不可逆的事実!」
相馬先輩が吹き出しました。
「迅速な裁決だったな」
「公正じゃない!」
「審理員呼ぶか?」
「昭和六十三年にはいません!」
言ってから。
私は止まりました。
相馬先輩も止まる。
片桐所長がほんの少し笑いました。
「覚えたな」
私は椅子に座り直しました。
「……はい」
昨日なら、
また未来の制度を口にしていたでしょう。
でも今日は違います。
昭和六十三年。
旧法。
参加の許可は審査庁。
現代。
審理員。
そして。
請求人でないからといって、
関係がないとは限らない。
その結論で法的な利益が揺れるなら、
審査の外側から中へ入る道がある。
それが参加人。
窓の外で、
駅前工事の灯りが一つ消えました。
住民の審査請求は、まだ続いています。
東栄開発の許可が最後まで維持されるかも分からない。
住民の主張がどこまで認められるかも分からない。
でも。
少なくとも今は、
住民だけでもない。
役所だけでもない。
業者だけでもない。
三者の話が、
同じ手続の中にあります。
法律は、
みんなを仲良くしてくれる仕組みではありません。
参加人になったから、
争いが消えるわけでもありません。
むしろ、
言い分が増えて、
審理は面倒になる。
それでも。
面倒だから外す。
ではなく。
関係があるなら入れる。
その人の法的な立場を、
なかったことにしない。
その面倒くささを、
制度として引き受けている。
私はノートの最後を囲みました。
――請求人でなくても、結論で揺れる人には席がある。
条文は冷たい。
利害関係人。
参加人。
許可。
代理人。
特別の委任。
どれも、人の顔が見えない言葉です。
でも。
人の顔を見すぎると、
声の大きい人ばかりが残ることがあります。
だから法律は、
いったん顔を消して、
関係だけを見る。
誰がこの処分で揺れるのか。
誰を審理に入れるべきなのか。
そこを冷たく切り分ける。
その結果。
昨日まで、
「あなたは関係ありません」
と廊下に立たされていた人が、
今日には机を囲めることがある。
制度の冷たさが、
人を席に戻す。
私はノートを閉じました。
「帰るぞ」
相馬先輩が立ち上がります。
「待ってください」
「何だ」
「たい焼き代」
「何の話だ」
「私の分を食べた」
「立証しろ」
「さっき自白しました」
「撤回する」
「そんな!」
私は片桐所長を見ました。
「所長。参加人として意見を述べます」
「何の手続だ」
「事務所内たい焼き紛争」
「参加を許可しない」
「なぜ!」
「利害関係があるのは、お前だけだ」
「じゃあ私は審査請求人です!」
「処分庁は相馬か」
「そうです!」
「上級行政庁は」
私は少し考えて。
「……所長?」
「なら審査請求だな」
「やった!」
相馬先輩が顔をしかめました。
「待て。勝手に制度作るな」
「先輩、被処分者は黙ってください」
「誰が処分されたんだ!」
今日も。
片桐行政書士事務所では、
現実の行政不服審査より少しだけ雑な審理が続いています。
ただ。
私の頭の中ではもう、
参加人は脇役ではありません。
審査の外に立っているように見えて、
その結論で直接揺れる人。
その人に、
ちゃんと席を残す仕組み。
それが参加人です。
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