[行政不服審査法13条・参加人]現場編 「あなたは審査請求人じゃありませんから」の嘘。争う住民と処分を受けた業者、その両方を審理の席につかせる参加人という仕組み
役所の争いには、ときどき「勝っても困る人」がいます。
処分を取り消してほしい人。
取り消されたら困る人。
そして役所。
三者いるのに、二者だけで話を進めれば、たいていどこかで話がおかしくなります。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
その日の朝、私は輪ゴムと戦っていました。
「痛っ」
「何やってんだ」
「書類を束ねようとしたら輪ゴムに攻撃されました」
「輪ゴムに負ける行政書士見習いがいるか」
「まだ見習いですから、敗訴できます」
「何の訴訟だ」
相馬先輩が呆れたところで、事務所の扉が開きました。
「片桐先生、いらっしゃいますか」
入ってきたのは、四十代半ばくらいの男性でした。
濃紺の作業服。
革靴には土。
手には茶封筒。
現場と事務所を一日に何往復もする人の格好です。
「どうぞ」
片桐所長が応接机を指しました。
男性は名刺を差し出します。
――東栄開発株式会社。
代表取締役。
宮原俊夫。
名前より先に、私は会社名に引っかかりました。
「東栄開発……」
「駅北側の共同店舗を建ててる会社だ」
相馬先輩が小声で言いました。
「ああ」
思い出しました。
駅前再整備計画。
古い青果市場と木造店舗の並ぶ一角を整理し、二階建ての共同店舗と駐車場を造る。
商店街の若手には歓迎する人もいる。
一方で、昔から住んでいる人には反対も強い。
このところ市役所前で、
――駅前を壊すな。
――住民無視の開発反対。
そんな立て看板も見かけていました。
宮原さんは茶封筒から一枚の通知を出しました。
「これが、市から来まして」
「拝見します」
所長が受け取る。
私も横から覗きました。
東栄開発が受けた市の事業許可に対し、近隣住民から審査請求がされた。
ざっくり言えば、そういう内容です。
「審査請求」
私は思わず呟きました。
相馬先輩が横目で見る。
「声に出すな」
「すみません」
行政法受験生という生き物は、教材で見た単語が現実に出てくると、野鳥を見つけた人みたいに反応してしまうのです。
「住民の方が、うちの計画を止めたいらしくて」
宮原さんが言いました。
「はい」
「それは仕方ないんです。反対する人がいるのは分かっていました」
怒っている様子ではありませんでした。
むしろ疲れている。
「ただ」
宮原さんは通知を指しました。
「市役所へ行って、『こちらも事情を説明したい』と言ったんです」
「ええ」
「そしたら――」
少し間を置いて、
「あなたは審査請求人ではありませんから、審査の当事者ではありません、と」
私は瞬きをしました。
「それだけですか?」
「はい」
「何も言えない、と?」
「担当の人には、『市の処分について住民が市側と争う手続ですから、事業者さんは結果をお待ちください』と言われました」
相馬先輩が煙草を箱から一本抜きました。
「結果を待てってか」
「ええ」
「許可が取り消されたら?」
「工事を止めることになります」
「資材は?」
「もう発注しています」
「下請けは」
「七社入っています」
私は宮原さんを見る。
「もし許可が取り消されたら、かなり……」
「困ります」
短い言葉でした。
「もちろん、住民の方が言っていることを全部無視しろとは思ってません」
宮原さんは両手を組みました。
「騒音もある。車も増える。店ができれば人の流れも変わる。それは説明しないといけない」
「はい」
「でも」
その指に力が入ります。
「うちが受けた許可なのに、うちの知らないところで『取り消すかどうか』の話が進むっていうのは……どうなんでしょう」
私は通知を見ました。
住民。
市役所。
東栄開発。
処分を争っているのは住民。
処分を出したのは市。
でも。
その処分が取り消されたとき、一番直接困るのは――。
「東栄開発ですよね」
私は言いました。
「まあ、そうだな」
相馬先輩が答える。
「審査請求人ではない」
「うん」
「でも、無関係でもない」
「そうだ」
そこで。
私の頭の中に、行政書士試験の単語が立ち上がりました。
参加人。
「あ」
声が出ました。
「また鳥を見つけたか」
「違います」
「顔がそうだぞ」
「参加人です」
宮原さんが首をかしげました。
「参加……?」
「審査請求に、自分も関係者として入って意見を出す仕組みが――」
そこまで言って。
私は止まりました。
脳内に、現代法が猛烈な勢いで流れ込んできたのです。
行政不服審査法十三条。
利害関係人。
審理員の許可。
審査請求への参加。
参加人。
「審理員の許可を――」
と言いかけた瞬間。
「誰だ、それは」
片桐所長が言いました。
「え」
「審理員」
「……あ」
しまった。
昭和六十三年。
昭和六十三年。
昭和六十三年です。
審理員制度。
まだありません。
未来から制度を召喚してしまいました。
「いませんね」
「いないな」
「まだ生まれてません」
「人みたいに言うな」
相馬先輩が煙草をくわえます。
「お前、この前も三か月とか言いかけただろ」
「言ってません」
「顔に出てた」
「顔で立証しないでください」
危ない。
また現代法で事故るところでした。
今の行政不服審査法なら、参加人について定める条文があり、利害関係人は審理員の許可を得て審査請求に参加できる。
でも。
今は昭和六十三年。
旧法です。
制度の骨格は似ていても、手続を仕切る人が違う。
「こはる」
所長が言いました。
「今の時代なら、誰の許可を取る」
私は古い六法を引っ張りました。
ページをめくる。
指が止まる。
「……審査庁」
「そうだ」
「利害関係人が、審査庁の許可を得て参加する」
「そういうことだ」
ああ。
そこか。
現代では、
審理員の許可。
昭和六十三年の旧法では、
審査庁の許可。
同じ「参加人」でも、制度を支える骨組みが違う。
受験生時代なら、
旧法。
新法。
横に並べた表を見て、
はいはい改正点。
で済ませていたでしょう。
でも。
現場では一語違えば、書類の出し先も話す相手も変わります。
法改正。
怖い。
未来人でも怖い。
「ただ」
私は六法から顔を上げました。
「宮原さんが参加できるかは、別の話ですね」
「どういうことです?」
「許可を受ければ誰でも入れる、ではないんです」
そこは今も昔も同じ方向を向いています。
必要なのは、
利害関係。
「近所だから」
だけではない。
「興味があるから」
でもない。
「この開発に賛成だから」
でもない。
その審査請求の結果によって、自分の法的な立場に直接影響が出る。
そういう関係が要る。
「宮原さんの場合は」
私は通知と許可書を並べました。
「審査請求で争われているのは、東栄開発さんに出された許可ですよね」
「はい」
「それが取り消されたら、工事を続けられなくなる」
「そうです」
「だったら、少なくとも参加を申し立てる理由はかなりはっきりしています」
宮原さんの表情が変わりました。
「私も話せるんですか」
「参加が認められれば」
私が答えると、
「断定するな」
相馬先輩が言いました。
「はい」
「許可するのはお前じゃねえ」
「はい」
すぐ調子に乗る見習いには、良い先輩です。
「でも」
片桐所長が言いました。
「『審査請求人ではないから黙って待て』は違う」
宮原さんが所長を見る。
「参加という道がある」
短い。
でも。
閉じていた扉に取っ手がついたような一言でした。
その日の午後。
私たちは市役所へ向かいました。
総務課。
例によって。
沢渡課長がいました。
「またですか」
「その言い方、最近ちょっと歓迎されてる気がしてきました」
「していません」
「即答」
沢渡課長は私たちの後ろにいる宮原さんを見ました。
「東栄開発の宮原さん」
「ご存じでしたか」
「駅前案件ですから」
相馬先輩が通知を机に置きました。
「この人に、『審査請求人じゃないから待て』って言ったそうだな」
「担当者が、ですか」
「ああ」
「表現としては乱暴ですね」
「乱暴で済むか?」
「説明不足とは思います」
沢渡課長。
今日も壁が分厚い。
ただし。
叩けば中が空洞なのか、鉄筋なのかは音で分かるタイプの壁です。
私は言いました。
「宮原さんは、この審査請求の結果について利害関係があります」
「そう主張されますか」
「はい」
「理由は?」
来た。
感情論なら一歩も動かない人の顔。
私は机の上に許可書を置きました。
「住民の審査請求で争われているのは、この許可です」
「ええ」
「許可を受けたのは東栄開発」
「そうです」
「もし取り消されれば、東栄開発はその許可を前提に工事を続けられなくなる」
「当然、影響はあります」
「だったら」
私は一度、言葉を整えました。
論点で喋るな。
相馬先輩の声が脳内で聞こえる。
翻訳する。
「自分たちの許可が取り消されるかもしれない手続なのに、『あなたは請求人じゃないから外で待っていてください』では、おかしいでしょう」
沢渡課長の目が少し細くなりました。
「なるほど」
「旧行政不服審査法上、利害関係人として参加を申し立てます」
「審査庁の許可が必要です」
「分かっています」
「参加を申し立てたから当然に参加人になるわけではありません」
「それも」
私は言いかけて、
「分かっています」
と言い直しました。
危ない。
現代法の「審理員の許可」という文字が、まだ頭の隅で手を振っています。
沢渡課長は書類を一枚めくりました。
「ただ」
「はい」
「宮原さんが、審査請求の結果によって直接影響を受ける立場だという点は分かりやすい」
宮原さんが身を乗り出します。
「では」
「私がここで参加を許可するわけではありません」
「はい」
「審査庁に参加申立てを出してください」
相馬先輩が腕を組みました。
「最初からそう案内すりゃよかっただろ」
「担当者には確認しておきます」
「『請求人じゃないから関係ありません』じゃ、制度を半分しか説明してねえ」
「その点は否定しません」
あっさり認めた。
沢渡課長は、こういうところが妙に潔い。
「ただし」
また来た。
「参加人が増えれば、審理は複雑になります」
「はい」
「住民側と事業者側で、言い分も違うでしょう」
「それでも」
私は言いました。
「その人の権利や利益に結論が直接響くなら、最初からいないことにして話を進めるほうが危なくないですか」
沢渡課長は少し黙りました。
それから宮原さんを見る。
「宮原さん」
「はい」
「住民側の主張はご存じですか」
「大まかには」
「騒音。工事車両。裏道への交通流入。日照への影響」
「はい」
「全部否定しますか」
宮原さんは、すぐには答えませんでした。
「いいえ」
少し意外でした。
「工事車両については、向こうの言う通りです」
「というと?」
「当初の搬入経路だと、住宅地の細い道を使う時間帯があります」
私は宮原さんを見ました。
「変えられるんですか」
「遠回りになりますけど、国道側から入れる方法はあります」
「費用は」
「増えます」
「それでも?」
「審査請求で全部止まるよりは、ずっといい」
沢渡課長が眼鏡を直しました。
「そういう話も、参加が認められれば審理の材料になるでしょう」
なるほど。
参加人。
自分の利益を守るためだけに割り込む制度。
私はどこかでそんなふうに考えていました。
でも違う。
当事者が一人増えると、
事実も一つ増える。
住民は、
危ない。
うるさい。
と言う。
市は、
許可基準には適合している。
と言う。
事業者は、
この経路なら変更できる。
ここは無理だ。
と答えられる。
三方向から見れば、
二方向だけでは見えなかった落としどころが見えてくることもある。
「参加って」
私は小さく呟きました。
「話をややこしくするためじゃないんだ」
「当たり前だ」
相馬先輩が言います。
「関係ある奴を外して簡単にしたって、後で揉めるだけだ」
また教科書より良いことを言いました。
悔しい。
翌日。
私たちは参加申立ての書面を作りました。
片桐所長が言います。
「こはる。何を書く」
「東栄開発がこの許可の相手方であること」
「うん」
「審査請求によって許可が取り消された場合、事業の継続に直接影響を受けること」
「うん」
「だから審査請求の結果について利害関係を有すること」
「それでいい」
「あと、下請け七社と資材費と損害額を――」
「要らん」
「ですよね」
「泣き落とすな」
「はい」
制度は冷たい。
でも。
冷たいからこそ、
誰の声が大きいかではなく、
誰が法律上その結果に関係しているのか。
そこを切り分けてくれる。
三日後。
参加が認められました。
事務所へ電話をくれた宮原さんは、受話器の向こうで何度も礼を言いました。
『これで、許可が絶対守られるわけじゃないんですよね』
「はい」
『参加すれば勝てるわけでもない』
「はい」
『でも、自分たちの話は聞いてもらえる』
「そういうことです」
『それで十分です』
電話を切ったあと。
私は少し考えました。
「所長」
「何だ」
「制度って、不思議ですね」
「何がだ」
「参加人を入れれば、役所にとっては仕事が増えますよね」
「増えるな」
「審査請求人だけ見れば済む話じゃなくなる」
「そうだ」
「なのに、わざわざ入れる仕組みがある」
片桐所長は帳簿を閉じました。
「簡単に決めるための制度じゃない」
「え?」
「間違えないための制度だ」
私は黙りました。
ああ。
そういうことか。
簡易迅速。
行政不服審査では、よく出てくる言葉です。
でも。
早ければいいわけではない。
人を外して話を単純にすればいいわけでもない。
その結論で直接困る人がいるなら、
必要な人間を席につかせる。
少し面倒でも。
そのほうが、あとで雑な結論を出しにくい。
一週間後。
審理の過程で、東栄開発から追加資料が提出されました。
工事車両の搬入経路変更案。
作業時間の短縮。
住宅側への仮設防音壁。
住民側からも意見が出ました。
開発そのものに反対する人。
条件が改善されるなら受け入れるという人。
話は割れました。
簡単には終わりません。
でも。
最初の、
開発業者対住民。
という一枚板の対立ではなくなった。
審査請求も、すぐに結論が出たわけではありません。
それでも。
工事はいったん一部工程を調整し、
搬入車両は住宅街を避ける方向で協議が進むことになりました。
「完全勝利じゃないですね」
私が言うと、
「誰のだ」
相馬先輩が聞き返しました。
「え?」
「住民が全部止めりゃ勝ちか。業者がそのまま建てりゃ勝ちか」
「……違いますね」
「役所の仕事を勝ち負けで見るな」
「沢渡課長みたいなこと言いますね」
「殴るぞ」
「暴力は禁止です」
そこへ。
宮原さんが事務所へ来ました。
手には大きな紙箱。
「お世話になりました」
「まだ終わってませんよ」
「分かってます」
宮原さんは笑いました。
「でも、話す席には座れましたから」
箱を開ける。
中にはたい焼き。
「おお」
相馬先輩の反応が早い。
「先輩、花より明らかに反応いいですね」
「食えるからな」
「花だって食べようと思えば――」
「やめろ」
宮原さんが笑いました。
「駅前の店です。住民側の代表の人から教えてもらいました」
「え?」
私はたい焼きを持ったまま固まりました。
「住民側?」
「はい」
「仲悪いんじゃないんですか」
「良くはないですよ」
宮原さんは苦笑します。
「でも、この前、帰り際に少し話したんです」
「何を?」
「向こうは、うちが住民のことなんか何も考えてないと思ってた」
「はい」
「こっちは、向こうが何が何でも開発を潰したいと思ってた」
「違った?」
「全員じゃないですね」
なるほど。
人間。
行政法の択一問題みたいに、
AかBか。
では分かれてくれません。
「工事車両を変えるって話をしたら、『それなら子どもの通学時間だけでも避けてくれ』って」
「できそうですか」
「できます」
「じゃあ、それも資料に?」
「出します」
私はたい焼きを一口かじりました。
熱い。
「あっつ!」
「気をつけろよ」
「先に言ってください!」
「見りゃ分かるだろ」
「たい焼きへの教示義務を求めます」
「ねえよ」
片桐所長が、たい焼きを半分に割りました。
「こはる」
「はい」
「今回、何が違っていた」
「何が、ですか」
「最初と今だ」
私は考えました。
最初。
住民が審査請求した。
市が処分を守る。
東栄開発は、
あなたは審査請求人じゃない。
結果を待ってください。
そう言われた。
今。
東栄開発も参加している。
住民側の主張を見る。
業者側の事情も出す。
その中から、
工事車両の経路や時間帯という、
最初にはなかった選択肢が出てきた。
「人数が増えました」
私は言いました。
「それだけか」
「……見える事実が増えた」
所長が頷きました。
「そうだ」
参加人。
名前だけを見ると、脇役みたいです。
審査請求人が主人公。
処分庁が相手役。
参加人は途中から入ってくる第三者。
そんな感じがします。
でも。
審査の結果がその人の権利や利益を直接揺らすなら、
その人は最初から物語の外にはいません。
書類の上で名前がなかっただけです。
だったら。
ちゃんと席を用意する。
それが参加という仕組みなのだと思います。
夕方。
電話が鳴りました。
「はい、片桐行政書士事務所です」
『沢渡です』
「あ、課長」
『先ほど、東栄開発から追加資料が出ました』
「搬入経路のですか」
『ええ』
「どうです?」
『審査庁が判断します』
「堅い」
『役所ですので』
「便利な言葉ですね」
『それと』
「はい」
『先日の担当者への説明ですが、改めておきました』
「説明?」
『「審査請求人でないから関係ない」と案内するのは不正確です』
私は少し笑いました。
「認めるんですね」
『間違っているなら直します』
「一度言ったことでも?」
『行政庁を何だと思っているんです』
「一度押したハンコを死守する巨大生物」
『失礼ですね』
「すみません」
『ただ』
沢渡課長は少し間を置きました。
『制度を知らなければ、関係のある人間まで外に立たせてしまうことはあります』
「……はい」
『参加というのは、面倒な制度ですよ』
「課長もそう思います?」
『主張も証拠も増える。審理も増える』
「でも必要」
『必要だから法律にあるんでしょう』
相変わらず。
この人は答えだけ言って電話を切ります。
『では』
「待ってください」
『何です』
「一つだけ」
『はい』
「未来だと、この許可をするの、審査庁じゃなくなるんですよ」
沈黙。
『何の話ですか』
「何でもありません」
『朝比奈さん』
「はい」
『疲れているなら帰ったほうがいいですよ』
「正常です!」
切られました。
相馬先輩がこちらを見る。
「何言った」
「未来の制度を少々」
「やめろ」
「でも現代では審理員が――」
「昭和六十三年だ」
「分かってます」
「分かってる奴は未来の役人を召喚しねえ」
「召喚してません」
片桐所長が低い声で言いました。
「こはる」
「はい」
「今日の教訓」
私は少し考えました。
そして。
「『請求人じゃない』と『関係ない』は、同じじゃない」
所長が頷きました。
「それでいい」
私はノートの端に書きました。
――処分を争う人だけを見るな。その結論で直接揺れる人にも、席がある。
「長くねえか」
相馬先輩が言います。
「じゃあ短くします」
書き直す。
――審査の外にいる人が、無関係とは限らない。
「まだ硬い」
「注文多いなあ」
その横で宮原さんが、残ったたい焼きを一つ紙袋へ入れていました。
「奥さんにですか?」
「いや」
「じゃあ?」
「住民側の代表の人に」
「え」
「さっき、市役所で会う約束してるんです」
私はたい焼きを見ました。
一匹百円もしない、小さなお菓子です。
審査請求は続く。
開発計画も続く。
住民の不安も消えていない。
許可が最後まで維持されるかも分からない。
何一つ、完全には解決していません。
でも。
昨日まで、
同じ手続の外側と内側にいた二人が、
今日は同じ机で話せる。
制度が人を仲良くするわけではありません。
法律に、そんな魔法はない。
ただ。
関係のある人を、
最初からいなかったことにしない。
その冷たい線引きが、
ときどき人と人を同じ机まで連れてきてくれる。
「宮原さん」
「はい」
「たい焼き、冷めますよ」
「大丈夫です。向こうの人、猫舌らしいんで」
「なんで知ってるんですか」
「この前聞きました」
もうそこまで話している。
私は笑いました。
相馬先輩が最後の一個へ手を伸ばします。
「あ」
「何だ」
「それ私のです」
「名前書いてねえだろ」
「私には法律上の利害関係があります」
「たい焼きにか」
「取り上げられたら直接不利益を受けます」
「じゃあ参加申し立てろ」
「誰にですか」
「所長」
私は片桐所長を見ました。
「所長。参加を許可してください」
「却下」
「まだ理由言ってません!」
「審理の必要がない」
「横暴!」
「不服なら?」
所長が聞く。
私は反射的に答えかけました。
「審理員に――」
「いない」
相馬先輩。
「……審査庁に」
「そうだ」
「もう!」
昭和六十三年。
この世界ではまだ、
未来の審理員は助けに来てくれません。
だから私は、
残り半分になったたい焼きを確保しながら思いました。
制度が変わっても。
誰が許可するかが変わっても。
審査の結果で直接揺れる人を、
手続の外に置きっぱなしにしない。
たぶん。
そこが「参加人」という仕組みの、一番大事な芯なのです。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




