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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

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138/274

[行政不服審査法12条・代理人]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所には、煮物の匂いが残っていました。


 佐伯奈津子さんが持ってきてくれたものです。


 里芋。


 人参。


 こんにゃく。


 ごぼう。


 少し味が濃い。


 でも、お茶にはよく合います。


「先輩」


「何だ」


「もう三つ食べましたよね」


「数えてたのか」


「共有財産の管理です」


「煮物だぞ」


「煮物でも財産です」


「じゃあ管理人やれ」


「私が?」


「見習いだろ」


「行政書士見習いの職務範囲が、また食卓まで侵食してる!」


 片桐所長は奥で帳簿をつけています。


 助ける気配なし。


 私は煮物の皿を自分の机から少し遠ざけて、ノートを開きました。


 今日の見出し。


 ――行政不服審査法第十二条。


 代理人による審査請求。


 その下に。


 ――任せられる。でも、勝手に終われない。


 昨日の一行を書き写しました。


「今日はそれか」


 相馬先輩。


「はい」


「昨日もう分かったんじゃねえのか」


「現場で分かったのと、試験で解けるのは別です」


「嫌な世界だな」


「受験ってそういうものです」


 昨日。


 佐伯文江さん。


 六十八歳。


 駅前共同市場の惣菜屋。


 大腿骨を骨折して入院。


 その入院中に。


 市から、


 市場内営業区画使用許可取消通知。


 休業七日ほどで、


 営業再開の見込みが不明。


 だから区画を取消す。


 そんな処分が出た。


「で」


 私はノートに書きます。


 本人は入院中。


 市役所へ行けない。


 娘の奈津子さんが代わりに手続したい。


「最初の論点」


 私は言いました。


「本人じゃなくても審査請求できるか」


「できる」


「はい」


 現代の行政不服審査法第十二条。


 審査請求は、


 代理人によってすることができる。


「ここは短いですね」


「短い条文ほど油断するな」


「先輩、受験指導に染まってきました?」


「お前が毎日やるからだ」


 私は線を引きました。


 本人が審査請求する。


 もちろんできる。


 でも。


 本人がすべての手続を自分でしなければならないわけではない。


 代理人を立てることができる。


「昨日の文江さんみたいに」


 私は言いました。


「本人が入院してる」


「うん」


「高齢」


「うん」


「役所へ行けない」


「うん」


「だから不服申立て自体を諦めろ、にはならない」


「代理人を使えばいい」


「はい」


 制度としては単純。


 でも。


 昨日の奈津子さんの表情を思い出すと。


 この一文の意味は重い。


「本人が来てください」


 と言われただけで。


 普通の人は、


 本人が行けないなら無理なのか。


 と思う。


 そこで。


 代理人による審査請求ができる。


 と分かれば。


 手続の道が一本戻ってくる。


「法律って」


 私は言いました。


「本人主義に見えて、意外と代理を認めますね」


「本人が全部自分で動けるとは限らねえからな」


「ですよね」


 私は次の見出し。


 ――代理人になれる人。


「弁護士」


 相馬先輩。


「なれます」


「行政書士」


「なれます」


「司法書士」


「場合による業務範囲の問題は別として、十二条上の代理人資格として特別な資格要件があるわけではありません」


「じゃあ娘」


「なれます」


「近所のおっさん」


「本人が代理人として選べば、十二条上は資格制限されていません」


「俺」


「本人が委任すれば」


「所長」


「同じ」


 私はノートに大きく書きました。


 ――代理人に特別な資格は要求されない。


「ここ」


 行政書士試験で引っかかりそうです。


 審査請求の代理人には、


 必ず弁護士資格が必要。


 誤り。


 行政書士資格が必要。


 誤り。


 一定の国家資格者に限られる。


 誤り。


「誰でもいいんですか」


「雑に言えばな」


 相馬先輩。


「でも」


 私はペンを止めます。


「誰でもいい、と、誰でも勝手になれる、は違います」


「どう違う」


「本人から代理権を与えられてないと駄目」


「当たり前だ」


「そこが委任状」


 昨日。


 病室で。


 文江さん本人に、


 奈津子さんへ何を任せるか確認した。


 書類提出。


 資料提出。


 説明。


 連絡を受けること。


 そして。


 委任状に署名。


「代理人って」


 私は言いました。


「資格より、本人の意思が大事なんですね」


 片桐所長が奥から言いました。


「権限だ」


「はい」


「誰かより、何を任されたかを見ろ」


 あ。


 それです。


 私はノートに書きました。


 ――代理人は「何者か」より「何を委任されたか」。


「いいですね」


「試験答案には書くな」


「分かってます」


 そして。


 代理人の権限は、


 書面で証明する。


「委任状」


 私は二重線。


「昨日これがなかったら」


「奈津子さんが代理人だって役所が確認できねえ」


「はい」


 本人と代理人だけの間では、


「任せた」


「任された」


 で済んでも。


 行政庁は知らない。


 本当に代理権があるのか。


 どこまであるのか。


 確認できなければ困る。


「だから書面」


「そうだな」


「冷たいですね」


「またか」


「でも大事です」


 家族だから。


 娘だから。


 信用できそうだから。


 ではない。


 委任されたことを、


 書面で確認する。


 家族でも。


 赤の他人でも。


 同じ。


 それが公平です。


 次。


 ――代理人は何ができるか。


「一切の行為」


 相馬先輩が言いました。


「はい」


 代理人は、


 各自。


 審査請求人のために、


 当該審査請求に関する一切の行為をすることができる。


「各自?」


「ここも大事です」


 代理人を複数選任した場合。


 原則として、


 代理人全員がそろわないと行為できない。


 ではない。


 各代理人が、


 それぞれ権限を行使できる。


「総代と似てますね」


「昨日やったやつか」


「はい」


 総代も、


 各自。


 他の共同審査請求人のために、


 審査請求に関する行為をすることができる。


 代理人も、


 各自。


 審査請求人のために、


 一切の行為ができる。


「似てる」


「かなり」


「だから試験に出す」


「嫌な発想!」


 私はページを二つに分けました。


 左。


 総代。


 右。


 代理人。


「これやりたかったんです」


「顔に表が出てたやつか」


「はい」


 まず。


 総代。


 多数人が共同して審査請求する場合。


 共同審査請求人の中から互選。


 三人まで。


 一方。


 代理人。


 一人の審査請求人でも選任できる。


 共同請求でなくてもいい。


 本人が委任して選ぶ。


 審査請求人の外部の人でもよい。


「ここが一つ目の違い」


 私は線を引きます。


 総代。


 共同請求人の中の代表。


 代理人。


 本人から権限を受けて動く人。


「岡田さんたちは総代」


「うん」


「十九店舗の共同申立人の中から三人」


「そうだったな」


「奈津子さんは代理人」


「うん」


「申立人は文江さん一人」


「そうだ」


 現場の顔があると。


 違いが一瞬です。


 総代。


 岡田、大森、原田。


 代理人。


 奈津子。


 これは忘れにくい。


「次」


 私は赤で書きます。


 ――最大の違い。


 取下げ。


 相馬先輩が言いました。


「総代は取下げできない」


「はい」


「代理人は?」


「特別の委任があればできる」


「そこだな」


 ここ。


 第十一条と第十二条の比較で、


 試験にかなり出しやすいところ。


 総代。


 審査請求の取下げはできない。


 たとえ共同審査請求人が、


「総代に任せた」


 と言っていても。


 第十一条上。


 総代の権限から取下げは除外されている。


「一方」


 私は言いました。


「代理人は」


 通常の代理権だけでは、


 審査請求を取り下げられない。


 でも。


 取下げについて、


 特別の委任を受けていれば。


 取り下げることができる。


「つまり」


 相馬先輩。


「代理人なら絶対取り下げられない、は誤り」


「はい」


「普通に代理人にしただけなら取り下げられる、も誤り」


「はい」


「特別の委任が必要」


「正解」


 私は大きく四角で囲みます。


 ――総代=取下げ不可。


 ――代理人=特別委任があれば取下げ可。


「これ」


 私は言いました。


「完全に試験問題ですね」


「作れるな」


「作ってみます?」


「勝手にしろ」


 私は読み上げます。


「審査請求の代理人は、審査請求に関する一切の行為をすることができるので、特別の委任がなくても審査請求を取り下げることができる」


「誤り」


「理由」


「取下げには特別の委任が必要」


「正解」


 次。


「総代は、共同審査請求人から特別の委任を受けた場合には、審査請求を取り下げることができる」


「誤り」


「はい」


「総代は取下げそのものができない」


「満点」


「何もくれねえんだろ」


「煮物があります」


「じゃあ食う」


「報酬が安い!」


 でも。


 なぜ違うのか。


 私はそこで手を止めました。


「所長」


「何だ」


「総代と代理人。何で取下げだけ違うんですか」


「考えろ」


 来ました。


 すぐ答えてくれないやつ。


 私は昨日と一昨日の事件を並べます。


 総代。


 十九人の共同審査請求。


 三人の総代。


 総代は、


 十九人全員の救済手続を束ねている。


 もし総代一人が、


「やめます」


 と言えたら。


 他の共同請求人の不服申立てまで、


 代表者一人の判断で失わせることになる。


「だから」


 私は言いました。


「総代には、そもそも取下げ権限を認めない」


「うん」


 一方。


 代理人。


 本人は一人。


 その本人が。


「取下げまであなたに任せます」


 と明確に意思表示するなら。


 その本人の権利だから。


 代理人に取下げ権限まで与えてもよい。


「つまり」


 私は言いました。


「総代は、多数人の権利を束ねる人」


「うん」


「代理人は、本人の意思を受けて動く人」


「続けろ」


「本人が特別に『終わらせるところまで任せる』って言えば」


「代理人は取下げできる」


「はい」


 ああ。


 覚えられる。


 これは丸暗記じゃなくてもいけます。


「昨日」


 私は言いました。


「文江さんが『奈津子に勝手に取り下げさせない』って」


「ああ」


「だから委任状に特別委任を入れなかった」


「そうだ」


「もし逆に」


 文江さんが、


「私は全部奈津子に任せる。取下げをするかどうかまで任せる」


 と明確に委任していたら。


 代理人奈津子さんは、


 取下げを行うことができる。


「本人が決める」


「そこだな」


 片桐所長。


「取下げは重い」


「はい」


「だから通常の委任に紛れ込ませない」


「特別に委任されたか確認する」


「そうだ」


 昨日の場面を思い出します。


 市場管理課。


 仮設店舗を用意できるかもしれない。


 その代わり。


 異議申立てを取り下げてほしい。


 取下書。


 奈津子さんの前へ。


 代理人なんだから、


 署名できるでしょう。


 という空気。


 でも。


 委任状を見る。


 取下げについての特別な委任。


 なし。


「そこで止まれた」


 私は言いました。


「そうだな」


「これ、条文が冷たいから止まれたんですよね」


「どういう意味だ」


「もし」


 家族なんだからいいでしょう。


 娘さんならお母さんの気持ち分かりますよね。


 そんな空気だけだったら。


 奈津子さんが、


 母のためになるなら。


 と取下書へ署名してしまったかもしれない。


 でも。


 法律は、


 娘かどうかを見ない。


 仲がいいかどうかも見ない。


 ただ。


 特別の委任がありますか。


 と聞く。


「ない」


「なら取り下げられない」


「はい」


 冷たい。


 でも。


 その冷たさが、


 本人の最後の意思決定を守った。


 私はノートへ書きました。


 ――取下げの特別委任は、代理人のためではなく本人のため。


「昨日、沢渡も似たこと言ってたな」


「はい」


 委任状は、


 代理人を縛る紙ではない。


 本人の意思を守る紙。


 あの人。


 悔しいけど。


 いいこと言います。


「悔しがる必要あるか」


「何となく」


 次。


 ――代理人と本人の関係。


「代理人を立てたら」


 私は言いました。


「本人はもう何もできない?」


「できるだろ」


「はい」


 ここも。


 総代との違いを整理すると分かりやすい。


 総代が選任された場合。


 共同審査請求人は、


 総代を通じてのみ、


 一定の審査請求行為を行う。


 一方。


 代理人を選任したからといって。


 審査請求人本人が、


 当然に手続から排除されるわけではない。


「本人は本人」


 私は言います。


「代理人は本人の代わりに行為できる」


「本人そのものになるわけじゃない」


「そうです」


 昨日。


 文江さんが聞きました。


「これで奈津子が私になるの?」


 違う。


 奈津子さんは、


 文江さん本人になるのではない。


 文江さんのために。


 与えられた代理権の範囲で。


 手続をする。


「ここ」


 私は線を引きます。


 ――代理人=本人の人格を交代する制度ではない。


 ――本人のために法律行為・手続行為をする制度。


「当たり前だろ」


「当たり前が試験では大事なんです」


「便利な言葉だな」


 その通りです。


 次。


 ――代理人は一人だけ?


「複数でもいい?」


 相馬先輩。


「はい」


「上限三人?」


「それは総代です」


「お」


 引っかかりましたね。


「代理人には」


 私は言いました。


「第十二条上、総代みたいな『三人を超えない』という人数制限はありません」


「なるほど」


「ここも対比」


 総代。


 最大三人。


 代理人。


 第十二条上、その人数制限なし。


「じゃあ十人でも?」


「条文上の人数制限だけ見れば、総代のような三人上限はありません。ただ、実務上十人立てる意味があるかは別です」


「面倒になるだけだな」


「たぶん」


 私は追記します。


 ――三人まで=総代。


 ――代理人に同じ上限はない。


「数字ひっかけ来そう」


「来そうですね」


 次。


 ――資格。


 総代。


 共同審査請求人の中から互選。


 つまり。


 共同請求人でない人を総代にはできない。


 一方。


 代理人。


 審査請求人本人でなくても当然いい。


 家族。


 知人。


 専門家。


 特別な資格は不要。


「これ」


 私は表にします。


 総代。


 選び方――互選。


 選ばれる人――共同審査請求人の中。


 人数――三人まで。


 取下げ――できない。


 代理人。


 選び方――本人が選任、委任。


 選ばれる人――特別な資格不要。


 人数――総代のような三人上限なし。


 取下げ――特別の委任があればできる。


「覚えやすいですね」


「現場を二件やったからな」


「はい」


 岡田さんたち。


 奈津子さん。


 二つ並べると。


 総代と代理人の違いが、


 人の顔で思い出せます。


「じゃあ」


 相馬先輩。


「岡田さんを代理人にすることもできるのか」


「誰のです?」


「例えば八百屋の大森さん個人が、岡田さんに代理権を与える」


「理屈上は別途あり得ます」


「じゃあ岡田さんは総代でもあり、代理人でもある?」


「具体的な手続関係を整理する必要はありますけど、概念は別なので、同じ人が別の資格を持つこと自体を頭から同じものとして扱わないほうがいいです」


「ややこしいな」


「行政法ですから」


「またそれか」


 でも。


 重要なのは。


 肩書ではなく。


 どの立場で、


 誰のために、


 どの権限を行使しているか。


「総代だからできること」


「代理人だからできること」


「そこを混ぜるな」


 片桐所長。


「はい」


 私は次に、


 昭和六十三年。


 と大きく書きました。


「また未来と過去ですね」


「今日は事故るなよ」


「もう慣れました」


 現代法。


 審査請求。


 原則三か月。


 第十二条。


 代理人による審査請求。


 昭和六十三年。


 旧法。


 異議申立てと審査請求の二本立て。


 申立期間は原則六十日。


 現代の審理員制度なし。


「でも」


 私は言いました。


「代理人による不服申立て自体は旧法にもある」


「そうだ」


「だから昨日の文江さんは」


 市長名義の処分。


 上級行政庁なし。


 旧法上の異議申立て。


 その異議申立てを、


 奈津子さんが代理人として行う。


「未来の第十二条をそのまま使ったわけじゃない」


「当たり前だ」


「でも現代法との比較で理解した」


「そういうことだ」


 旧法と現代法。


 違う。


 でも。


 全部違うわけではない。


 代理人を利用して、


 本人以外が手続を進められるという考え方は、


 昭和の制度にもある。


「転生者的には」


 私は言いました。


「変わったところと変わらないところを見分けるのが大変です」


「未来から来た罰だ」


「罰なんですか!?」


 そして。


 審理員。


 行政不服審査会。


 これは昭和六十三年にはまだない。


 だから。


「代理人の話なのに審理員を出す必要あります?」


 相馬先輩。


「法理編なので新旧比較は押さえたいんです」


「また顔に表が出てるぞ」


「もう慣れてください」


 私は簡潔に書きます。


 旧法。


 処分庁自身への異議申立てがある。


 現代。


 原則審査請求へ一本化。


 審理員制度導入。


 より公正な審理構造へ。


「代理人がいるから、公正になるわけじゃない」


 私は言いました。


「うん」


「代理人は申立人側の手続を助ける人」


「うん」


「審理員は審理を担当する人」


「全然違う」


「はい」


 ここも混同しない。


 代理人。


 審査請求人側。


 審理員。


 審査庁側の審理手続担当者。


「名前が似てないから大丈夫だろ」


「行政法受験生を舐めないでください」


「何で胸張るんだ」


 私はさらに。


 試験注意。


 と書きました。


「一問目」


 審査請求の代理人は、


 弁護士又は行政書士でなければならない。


「誤り」


「はい」


「二問目」


 代理人の権限は、


 口頭で代理人だと言えば足りる。


「誤り」


「書面で証明」


「はい」


「三問目」


 代理人は、


 審査請求に関する一切の行為ができるから、


 特別の委任がなくても取下げ可能。


「誤り」


「特別委任がいる」


「はい」


「四問目」


 特別の委任があっても、


 代理人は審査請求を取り下げられない。


「それも誤り」


「できる」


「はい」


「五問目」


 総代も、


 共同審査請求人から特別の委任を受ければ取下げ可能。


「誤り」


「総代は不可」


「はい」


「六問目」


 代理人は必ず一人でなければならない。


「誤り」


「はい」


「七問目」


 代理人が選任されれば、


 審査請求人本人は審査請求に関する行為を一切できなくなる。


 相馬先輩が少し考えて。


「誤り」


「正解」


 私は丸をつけました。


「先輩、満点です」


「煮物」


「はいはい」


 里芋を一個。


「これで受験指導料払う事務所、初めて見ました」


「現物支給だ」


「労働法まで始まりそうなのでやめてください」


 私はノートをめくります。


 最後に。


 昨日の事件そのものを整理します。


 最初。


 奈津子さんは、


「本人が来てください」


 と言われた。


 でも。


 文江さんは入院中。


 そこで。


 代理人による異議申立て。


 委任状。


 代理権の証明。


 これで。


 本人が歩けなくても、


 手続は動かせた。


「第一段階」


 私は言います。


「本人が動けないから救済手続も止まる、を防ぐ」


「うん」


 次。


 市から、


 仮設店舗の提案。


 同時に、


 取下書。


 代理人なんだから署名できるでしょう。


 そんな空気。


 でも。


 委任状には。


 取下げについての特別委任なし。


「第二段階」


 私は言いました。


「代理人がいるから本人の権利を全部渡したことになる、を防ぐ」


「うん」


「代理制度って」


 私はペンを置きました。


「本人の自由を減らす制度じゃないんですね」


「どういう意味だ」


「普通、代理人を立てるって」


 本人ができないことを。


 代理人に代わってやってもらう。


 だから。


 本人から権限が離れる感じがする。


 でも。


 取下げの特別委任を見ると。


 逆です。


 本人の意思を、


 どこまで代理人へ渡すか。


 本人自身が決める。


「手続能力を増やして」


 私は言いました。


「最後の決定権は必要なら本人に残せる」


「なるほどな」


「だから昨日」


 文江さんは。


 病院から一歩も出ていない。


 でも。


 不服申立てはできた。


 しかも。


 娘が勝手に取下げることはできなかった。


「動けなくても」


 私は言いました。


「権利まで動けなくなるわけじゃない」


 ちょっと。


 いい言葉かもしれません。


 所長が言います。


「一行」


「はい」


 今日の一行の覚え書き。


 私は考えます。


 ――代理人は、本人の手足にはなれる。でも、本人の意思まで奪わない。


「どうです?」


 相馬先輩。


「悪くない」


「試験版も書きます」


 その下。


 ――代理人は資格不要・書面で権限証明・一切の行為可。ただし取下げは特別委任が必要。


「長い」


「試験前はこれくらい詰めます」


「総代との違いは」


「さらに下」


 ――総代は取下げ不可。代理人は特別委任で取下げ可。


「それだな」


「はい」


 私は四角で囲みました。


 窓の外。


 駅前共同市場の古い屋根が、


 夕暮れの向こうに少しだけ見えます。


 文江さんは、


 まだ病院です。


 退院まで、


 もう少し。


 年明け。


 店へ戻れるかもしれない。


 戻れないかもしれない。


 仮設店舗へ移ることになるかもしれない。


 市場そのものは。


 いずれ再整備でなくなります。


 法律は。


 あの店を永遠に守ってくれるわけではありません。


 でも。


 本人が骨折した。


 だから。


 本人が役所へ行けない。


 だから。


 不服を言う機会も消える。


 そんな乱暴な結論にはしない。


 代理人を立てる。


 書面で権限を示す。


 本人の代わりに手続を進める。


 ただ。


 その代理人が。


 本人の救済手続を終わらせるなら。


 そこだけは、


 特別に本人の意思を確認する。


 冷たい仕組みです。


 委任状。


 代理権。


 特別の委任。


 取下げ。


 どれも。


 病室で惣菜屋のおばあちゃんを助ける言葉には見えません。


 でも。


 その冷たい言葉が。


 病院にいる人にも、


 役所へ向かう足を貸してくれる。


 そして。


 その足が勝手に別の道へ行かないように。


 どこまで歩いてよいかまで、


 本人が決められる。


 制度の冷たさが、


 本人の意思を守る。


 昨日の委任状は。


 ただの紙ではありませんでした。


 私はノートを閉じます。


「終わったか」


 相馬先輩。


「はい」


「じゃあ帰るぞ」


「待ってください」


「何だ」


 私は煮物の皿を指しました。


「残り一個です」


「里芋?」


「はい」


「俺が食う」


「待ってください」


「何で」


「その里芋の処分権限、誰から委任されました?」


「奈津子さん」


「されてません!」


「所長」


 相馬先輩が片桐所長を見る。


「代理権ください」


「与える」


「早い!」


「じゃあ食う」


「待って!」


 私は立ち上がりました。


「取下げ……じゃなくて、里芋消滅まで含む特別の委任ですか!?」


 片桐所長が一瞬黙ります。


「特別に委任する」


「後付け!」


 相馬先輩が里芋を箸で取ります。


「あ」


「うまい」


「食べた!」


「代理権がある」


「委任者が所有者じゃないでしょう!」


 片桐所長が言いました。


「そこまで分かれば忘れん」


「教材にない論点まで増やさないでください!」


 相馬先輩が笑います。


 私は空になった皿を見ました。


 どうやら。


 代理人には、


 特別の委任があれば審査請求を取り下げる権限まで与えられますが。


 片桐行政書士事務所では。


 里芋一個を食べるだけでも、


 誰が本人で、


 誰が代理人で、


 誰にどこまで権限があるのか。


 もう少し厳密に確認したほうがよさそうでした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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