[行政不服審査法11条・総代]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、大根が一本ありました。
海苔が二袋。
乾電池が四本。
石鹸が三個。
米が一袋。
そして。
「先輩」
「何だ」
「この配分、誰が決めたんです?」
「知らん」
「知らんじゃないですよ。大根、先輩の机の下にあるでしょう」
「置いてあるだけだ」
「海苔は所長の引き出し」
「預かってる」
「何から守ってるんですか!」
駅南通り商栄会。
十九店舗から届いた差し入れは、
行政不服審査より先に、
片桐行政書士事務所へ共同財産管理の難しさを教えてくれていました。
「総代を決めましょう」
私は言いました。
「何の」
「差し入れ配分総代」
「勝手に制度増やすな」
「三人までです」
「その数字も勝手に使うな」
相馬先輩が煙草をくわえます。
片桐所長は帳簿から顔も上げません。
「勉強しろ」
「はい」
私は自分の机へ戻りました。
目の前にはノート。
今日の見出し。
――行政不服審査法第十一条。
総代。
その下に、
――声を減らさず、窓口を減らす。
と書きました。
「昨日のやつか」
相馬先輩が覗き込みます。
「気に入ってます」
「珍しく短い」
「先輩が短くしろって言ったんでしょう」
「そうだったか」
「責任を取ってください」
「何のだ」
私はペンを持ち直します。
昨日。
駅南通りの十九店舗に、
ほぼ同じ理由で、
荷捌き用停車区画の指定取消しが出た。
さらに周辺住民や店の家族まで集まって。
相談者、二十七人。
事務所が、
一瞬で公民館になりました。
「最初、大変でしたね」
「あれは相談じゃねえ」
「何です?」
「集会だ」
「否定できない」
全員が同時に喋る。
八百屋は大根。
酒屋は瓶。
米屋は米。
クリーニング店は雨の日。
それぞれ困っている。
それぞれ正しい。
でも。
全員が同時に喋れば、
何を行政に求めたいのかが逆に見えなくなる。
「そこで総代」
私は書きました。
多数人が共同して審査請求をするとき。
三人を超えない総代を、
互選することができる。
「三人を超えない」
相馬先輩。
「つまり?」
「最大三人」
「一人でもいい?」
「いいです」
「二人は?」
「いいです」
「四人は?」
「駄目です」
「簡単だな」
「こういうところで落とすんですよ、試験は」
私は三重丸を付けました。
――三人まで。
「『三人以上』じゃありません」
「三人を超えない」
「はい」
「最大三人」
「はい」
行政書士試験。
こういう微妙な数字の言い換えを狙ってきます。
嫌です。
でも。
昨日の二十七人を思い出すと。
三人まで。
という数字にも意味を感じます。
「何で十人じゃ駄目なんですかね」
「窓口増えるだろ」
「まあそうですよね」
総代制度の目的は、
多数人の共同審査請求を円滑に進めること。
代表者を十人も立てたら、
代表を立てた意味が薄くなる。
「岡田さん」
「うん」
「大森さん」
「うん」
「原田さん」
「三人だったな」
「はい」
商栄会会長。
荷物の重い八百屋。
住民側との調整もできるクリーニング店。
三人を選んだ。
「互選」
私は線を引きました。
「ここも大事です」
「どう大事なんだ」
「行政庁が勝手に三人選ぶわけじゃない」
「共同請求人自身が選ぶ」
「そうです」
互選。
自分たちの中から選ぶ。
昨日。
二十七人が、
あの人がいい。
いやこっち。
女性も必要。
荷物が重い店の人も。
と揉めながら選んだ。
あれ。
まさに互選でした。
「総代って」
私は言いました。
「役所が押し付ける代表者じゃないんですね」
「当たり前だろ」
「受験生の頃は『互選』って二文字でした」
「お前のテキストは全部二文字に見えてたのか」
「眠い単元はだいたいそうです」
私は次へ進みます。
――総代を選ばなかった場合。
「ここ、現代法だと面白いです」
「何が」
「多数人が共同で審査請求してるのに、総代を決めない」
「うん」
「そのまま二十人、三十人が手続に入る」
「面倒だな」
「ですよね」
その場合。
必要があると認めれば。
審理員は、
総代を互選するよう命じることができる。
「命じる?」
「はい」
「絶対?」
「いいえ」
私は赤線。
――必要があると認めるとき。
ここです。
「総代を選んでない=必ず命令、ではない」
「そうか」
「審理員が必要と判断した場合」
「総代を互選しろ、と命じられる」
「はい」
ただし。
私はペンを止めました。
「昭和六十三年の今は」
「審理員はいねえ」
「そうです」
ここで新旧制度の差が出ます。
現代法。
審理員制度あり。
だから、
審理員が総代の互選を命じる。
昭和六十三年。
旧法。
審理員そのものが存在しない。
「昨日の現場では」
私は言いました。
「所長が先に『三人決めろ』って交通整理しました」
「ああ」
「現代なら、それを制度として審理員が命じる場面がある」
「そういうことか」
私はノートに並べます。
旧法。
異議申立て・審査請求が併存。
審理員なし。
現代法。
原則審査請求へ一本化。
審理員あり。
多数共同請求で必要なら、
審理員が総代互選を命じる。
「制度改正って」
私は言いました。
「こういう細かいところにも出るんですね」
「細かいか?」
「試験テキストだと細かく見えます」
「現場だと?」
「二十七人来たら切実です」
まさに。
審理員が必要に応じて整理できる仕組み。
昨日だったら。
私は全力で欲しかった。
「次」
私は大きく書きました。
――総代は何ができる?
相馬先輩が言います。
「代表なんだから全部じゃねえのか」
「ほぼ全部です」
「ほぼ?」
「例外があります」
総代は。
各自。
他の共同審査請求人のために、
審査請求に関する一切の行為をすることができる。
「各自?」
「はい」
「三人いたら、三人揃わないと動けないわけじゃない?」
「そこ大事です」
岡田さん。
大森さん。
原田さん。
三人の総代がいても。
一つ一つの手続を、
三人全員が毎回そろってしなければならないわけではない。
「一人の総代でも行為できる」
「はい」
「じゃあ便利だな」
「かなり」
意見を述べる。
資料を出す。
通知を受ける。
必要な手続を進める。
総代は、
共同審査請求人全員を代表して、
基本的に一切の行為ができる。
「ただし」
「来たな」
「審査請求の取下げはできません」
相馬先輩が頷きました。
「昨日もやったな」
「はい」
私は太い四角で囲みます。
――総代は、取下げだけはできない。
「なぜか」
「十九人の権利を、代表一人で消すのは重すぎるから?」
「理解としてはそうです」
共同審査請求。
十九人の救済手続。
それを。
岡田さんが、
「やっぱりもういいです」
と言っただけで全部消える。
それでは困る。
「進める権限は広い」
私は言いました。
「でも、終わらせる権限までは与えない」
「覚えやすいな」
「ですよね」
私は欄外に書きました。
――進められる。でも勝手にやめられない。
「試験用?」
「現場用」
「答案には書くな」
「書きません」
次。
――総代を選んだ後、他の共同審査請求人はどうする?
「十九人それぞれが役所に電話」
「駄目です」
「資料持参」
「原則、総代を通します」
「直接言いたいことあったら?」
「総代を通じて」
「面倒じゃねえか」
「そこが制度の肝です」
総代が選任されたら。
共同審査請求人は、
総代を通じてのみ、
審査請求に関する行為をする。
「つまり」
私は言いました。
「代表を選んだのに、全員が好き勝手に動いたら意味がない」
「そりゃそうだ」
昨日。
相談に来たとき。
二十七人が同時に喋った。
もし。
総代を立てたあとも、
十九人が毎日別々に市役所へ電話したら。
行政側は、
誰の話を正式な主張として扱うのか分からなくなる。
「総代って」
私は言いました。
「住民の発言を禁止する制度みたいに見えるけど」
「うん」
「実際は、発言経路を一本化する」
「そうだな」
「内容を消すわけじゃない」
共通論点。
個別事情。
それを総代が束ねる。
だから。
各共同審査請求人は、
総代へ自分の事情を伝える。
総代が、
手続上の形にして出す。
「窓口を減らして」
相馬先輩。
「声は残す」
「そうです」
私はまた昨日の一行を書きました。
――声を減らさず、窓口を減らす。
やっぱり。
これ。
総代制度そのものです。
「次」
――行政庁からの通知は誰に?
「三人総代がいるなら三人全員」
相馬先輩が言います。
「引っかかりましたね」
「違うのか」
「違います」
私はちょっと嬉しい。
「二人以上の総代がいても」
ペンを走らせます。
行政庁の通知その他の行為は、
一人の総代に対してすれば足りる。
「一人でいい?」
「はい」
「三人いる意味は?」
「役割分担です」
総代は三人まで選べる。
でも。
役所側が、
毎回三人全員へ同じ通知を出す必要はない。
一人に通知すれば、
法律上は共同審査請求人側への通知として足りる。
「じゃあ」
相馬先輩が言いました。
「通知受けた総代が、残り二人に伝え忘れたら?」
「揉めます」
「法律的には?」
「行政庁側の通知行為は、一人にすれば足りる」
「厳しいな」
「厳しいです」
だから。
総代側の連絡体制が重要になる。
岡田さんに通知。
岡田さんが、
大森さん。
原田さん。
共同審査請求人へ共有。
「昨日、原田さんが連絡係やるって言ってました」
「ああ」
「あれ、めちゃくちゃ大事でしたね」
「現場は法律より連絡網だな」
「でも法律が一人通知でいいってしてるからこそ、内部連絡が重要になる」
私はノートに、
大きく注意。
と書きました。
――総代全員への通知は不要。
――一人にすれば足りる。
「これ試験に出そう」
「出そうですね」
「『総代が三人なら、行政庁は三人全員に通知しなければならない』」
「誤り」
「よし」
相馬先輩。
今日は調子がいい。
次。
――総代の解任。
「これもできます」
「誰が?」
「共同審査請求人」
「役所が気に入らない総代を外す?」
「駄目です」
「そりゃそうか」
共同審査請求人は。
必要があると認める場合。
総代を解任することができる。
「例えば」
私は考えます。
「岡田さんが全然連絡しない」
「うん」
「勝手に自分の時計店の話ばかりする」
「うん」
「大森さんと原田さんの話を無視する」
「うん」
「共同請求人が、この人に任せられないと判断」
「解任」
「はい」
総代は。
行政庁が選んだ人ではない。
共同審査請求人が互選した人。
だから。
必要なら。
共同審査請求人が解任できる。
「選べる」
私は言いました。
「外せる」
「うん」
「でも取下げは勝手にできない」
「うん」
「これ、権限のバランスが面白いですね」
「どういう意味だ」
「総代は強い」
審査請求に関する一切の行為。
かなり広い。
でも。
好き勝手できるわけじゃない。
共同請求人のために動く。
取下げはできない。
必要なら解任される。
「代理人に似てるけど」
私は言いました。
「同じではない」
「そこ試験で出るか?」
「出そうです」
総代。
共同審査請求人の中から互選。
代理人。
本人が代理権を与える。
「総代って」
私は言いました。
「多数人共同請求専用の代表者なんですね」
「そういう理解だな」
ここで。
片桐所長が口を開きました。
「こはる」
「はい」
「十九人全員が同じ処分を受けていたか」
「いいえ」
「どう違う」
「それぞれ個別の取消処分です」
「なのに共同で申し立てた」
「はい」
「なぜ」
私は少し考えます。
「処分の基礎となった方針が共通」
「うん」
「理由もほぼ同じ」
「うん」
「争点も共通する部分が大きい」
「それで?」
「共同で不服申立てする実益がある」
「ただし」
「個別事情は別表にした」
「そうだ」
ここ。
総代制度と一緒に、
昨日の事件の大事なところでした。
共同で申し立てる。
イコール。
十九人を一人のように扱う。
ではない。
「手続をまとめることと」
私は言いました。
「事情を同一視することは別」
「そこだ」
市は最初。
十九件を、
観光歩行者ルート。
という一つの目的で。
ほぼ同じ理由文。
一律取消し。
でも。
八百屋。
時計屋。
酒店。
クリーニング店。
搬入事情は違う。
総代によって住民側の手続をまとめたからこそ。
逆に。
行政側へ、
「十九件を雑にまとめるな」
と言えた。
「これ、ちょっと面白いですよね」
「何が」
「住民側はまとめる」
「うん」
「役所側には分けて見ろと言う」
「矛盾してるか?」
「最初はそう見えます」
でも違う。
窓口はまとめる。
論点も共通部分はまとめる。
でも。
個別事情は残す。
これが総代。
「束ねる」
私は言いました。
「潰さない」
「いいじゃねえか」
「褒めました?」
「気のせいだ」
「もうその逃げ道禁止しません?」
私はノートに書きます。
――総代は、共同請求人を一人にする制度ではない。
――多数人のまま、手続だけを束ねる制度。
ここ。
かなり好きです。
そして。
現代法と昭和六十三年の違い。
私は別欄を作りました。
昭和六十三年。
旧行政不服審査法。
異議申立てと審査請求。
二本立て。
審理員制度なし。
申立期間は原則六十日。
総代制度自体は存在。
現代。
原則審査請求へ一本化。
申立期間は原則三か月。
審理員制度あり。
総代を互選しない場合、
必要に応じて審理員が互選を命じることができる。
「つまり」
相馬先輩。
「総代そのものは昔からある」
「はい」
「でも総代を決めさせる役割が、現代では審理員に明記されてる」
「そういう整理です」
「審理員制度が別の条文にも顔出すんだな」
「そうなんですよ」
行政不服審査法って。
一条ずつ独立してるように見えて。
実際はつながっています。
第九条。
審理員。
第十一条。
総代。
多数共同請求が混乱したら、
審理員が交通整理に入る。
「現代法」
私は言いました。
「審理員を中心に審理手続を整理する思想が強いんですね」
「旧法より?」
「はい」
旧法には審理員がいない。
現代法では。
処分担当から一定の距離を置いた審理員を置き。
その審理員が、
多数人の共同請求なら必要に応じて総代互選を命じる。
制度の公正性だけでなく。
手続運営まで整理されている。
「改正って」
私は言いました。
「入口一本化だけじゃないですね」
「今さらだな」
「審理の交通整理そのものを仕組みにした」
「そういうことだろ」
次。
試験注意。
私は赤ペンを持ちました。
「一問目」
多数人が共同して審査請求をする場合、
必ず三人の総代を互選しなければならない。
「誤り」
相馬先輩。
「理由」
「三人まで選べるだけ。必須じゃない」
「はい」
「二問目」
総代を互選しない場合、
審理員は必ず互選を命じなければならない。
「誤り」
「理由」
「必要があると認めるとき」
「正解」
「三問目」
総代は、
共同審査請求人を代表して、
審査請求を取り下げることができる。
「誤り」
「そこは大事ですね」
「取下げはできない」
「はい」
「四問目」
総代が三人選任されている場合、
行政庁は三人全員へ通知しなければならない。
「誤り」
「一人で足りる」
「はい」
「五問目」
総代を選任した後でも、
共同審査請求人はそれぞれ自由に行政庁へ審査請求に関する行為をできる。
相馬先輩が少し止まります。
「駄目だったな」
「はい」
総代を通じてのみ。
「六問目」
総代は一度決めたら解任できない。
「誤り」
「必要があれば解任できる」
「正解」
私は拍手しました。
「満点」
「何も出ねえぞ」
「達成感」
「いらん」
片桐所長が言います。
「一つ抜けてる」
「え?」
「総代は各自だ」
「あ」
そうでした。
三人総代がいる。
だから。
三人共同でなければ行為できない。
ではない。
総代は、
各自。
他の共同審査請求人のために行為できる。
「ここも引っかけですね」
「そうだ」
私は追加。
――複数総代の全員一致は不要。
――各総代が手続行為をできる。
「ただ」
私は言いました。
「現実には三人で相談したほうがいいですよね」
「法律上できるのと、実務上勝手にやるのは別だ」
「ですよね」
岡田さんが。
大森さんにも原田さんにも言わず。
一人で好き勝手に資料を出したら。
法律上可能な行為でも、
総代内部で揉める。
「総代って」
私は言いました。
「権限がある分、連絡が大事ですね」
「何でもそうだ」
「身も蓋もない」
私はノートを見返します。
三人まで。
互選。
必要なら審理員が互選命令。
総代は各自。
一切の行為。
ただし取下げ不可。
共同請求人は総代を通じてのみ行為。
通知は総代一人で足りる。
解任可能。
「これ」
私は呟きました。
「暗記だけすると、かなり嫌ですね」
「今は?」
「十九人の顔があるから覚えられます」
岡田さん。
大森さん。
原田さん。
八百屋。
時計屋。
米屋。
酒店。
十九人。
最初は、
二十七人全員で市役所へ行く。
と言っていた。
数で押す。
大人数で言えば役所も聞く。
でも。
それでは、
行政手続としては弱い。
怒りを大きくするより。
論点を整理したほうが強い。
総代を三人選ぶ。
共通点をまとめる。
個別事情を表にする。
窓口を一本化する。
すると。
役所も、
「観光ルートだから一律取消し」
では済まなくなった。
「人数を減らしたら」
私は言いました。
「声が強くなったんですよね」
「変な話だな」
「でもそうです」
二十七人で怒鳴るより。
三人の総代が、
十九人分の事実を整理して出したほうが、
重い。
「法律って」
私は言いました。
「声量を証拠に変える作業なのかもしれません」
「大げさだ」
「でも」
不満。
怒り。
困っている。
全部そのままでは、
行政は答えにくい。
それを。
処分日。
店舗。
搬入量。
利用時間。
代替地までの距離。
通行量。
比較。
事実にする。
そして。
総代がまとめる。
「制度の冷たさですね」
私は言いました。
「またそれか」
「二十七人が泣いてても、それだけで役所は動かない」
「うん」
「でも、総代を選んで、主張を整理して、事実を出せば」
「審査できる形になる」
「はい」
冷たい。
でも。
公平です。
声の大きい人が代表になるとは限らない。
顔の広い人だけが役所と話すわけでもない。
共同請求人自身が。
自分たちで。
総代を互選する。
そして。
必要なら解任もできる。
「代表者制度なのに」
私は言いました。
「代表者に全部奪われないようにもなってる」
「取下げできねえしな」
「はい」
これ。
大事です。
まとめる。
でも。
乗っ取らせない。
代表させる。
でも。
共同請求人の権利そのものは残す。
片桐所長が帳簿を閉じました。
「一行」
「はい」
来ました。
今日の一行の覚え書き。
私は少し考えます。
そして。
――総代は、大勢の権利を一つに潰さず、手続だけを束ねる。
「どうです?」
相馬先輩が覗きます。
「悪くない」
「でも試験向けじゃないですね」
「じゃあ別に書け」
「はい」
その下。
――三人まで互選。各自が行為。取下げ不可。通知は一人で足り、解任できる。
「詰め込んだな」
「試験前一行版です」
「一行じゃなくて暗号だろ」
「行政書士試験は暗号解読も含みます」
「含まねえよ」
私は両方を四角で囲みました。
窓の外。
駅南通りの店には、
そろそろ夕方の明かりがついているころです。
荷捌き区画は。
完全に元どおりではありません。
朝七時から九時まで。
一回二十分。
表示板を置く。
大型車両は別協議。
歩道の狭い店は位置変更。
条件だらけ。
面倒です。
でも。
朝の納品ができる。
大根が下ろせる。
米が運べる。
酒瓶も。
クリーニングの品物も。
店を続けられる。
十九人の共同申立てが。
十九人を一つの人間にしたわけではありません。
それぞれ違うままです。
八百屋と時計屋は違う。
酒屋とクリーニング店も違う。
困り方も違う。
だから。
共通するところだけを束ねる。
違うところは残す。
そのための代表が、
総代。
たぶん。
総代制度の一番いいところは。
大勢いるから、
誰か一人の話だけ聞けばいい。
ではないことです。
大勢いるからこそ。
誰かに交通整理を任せる。
でも。
全員の権利は、
全員のものとして残す。
その仕組みです。
法律は冷たい。
三人を超えない。
互選。
取下げを除く。
一人に通知すれば足りる。
解任できる。
人間味のない言葉ばかりです。
でも。
その冷たいルールがなければ。
一番声の大きい人が代表になるかもしれない。
勝手にやめる人が出るかもしれない。
役所が誰に連絡すればいいか分からなくなるかもしれない。
十九人の中で、
話が迷子になるかもしれない。
ルールがあるから。
大勢でも。
一人ずつの権利を残したまま、
一つの手続として前に進める。
私はノートを閉じました。
「終わったか」
「はい」
「じゃあ」
相馬先輩が机の下から大根を出しました。
「これ処理するぞ」
「待ってください」
「何だ」
「共同差し入れです」
「だから?」
「勝手に持って帰れません」
「じゃあ総代決めろ」
「本当にやるんですか」
「三人まで」
「三人しかいないじゃないですか!」
私。
相馬先輩。
片桐所長。
「全員総代です!」
「じゃあ俺が大根」
相馬先輩。
「私は乾電池」
「所長は?」
「海苔」
片桐所長。
「もう勝手に決めてる!」
「互選だ」
「選挙してません!」
「全会一致」
「私が同意してません!」
相馬先輩が大根を抱えます。
「不服か」
「あります」
「総代として申し立てろ」
「誰に!」
「所長」
「所長も利害関係人でしょう!」
片桐所長が海苔を一袋持ち上げました。
「こはる」
「はい」
「取下げろ」
「総代は取下げできません!」
一瞬。
静かになりました。
相馬先輩が吹き出します。
「覚えたじゃねえか」
「こんな形で復習させないでください!」
所長も、
ほんの少しだけ口元を緩めました。
昭和六十三年。
駅南通りでは。
十九人の共同申立てを、
三人の総代が束ねています。
そして片桐行政書士事務所では。
大根一本を、
三人で分けるだけの手続すら、
まだ円滑に進んでいません。
どうやら。
総代制度のありがたみを本当に理解するには。
共同審査請求より先に、
共同差し入れの分配から始めたほうが、
この事務所には効きそうでした。
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