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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

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135/282

[行政不服審査法11条・総代]現場編 「全員で役所へ行けばいいでしょう」の罠。二十七人の怒りを一つの手続に束ねる、総代という交通整理

挿絵(By みてみん)

 人数が増えれば、声は大きくなります。


 でも。


 人数が増えれば、話まで分かりやすくなるとは限りません。


 二人なら相談。


 五人なら会議。


 二十人を超えると。


 だいたい誰かが途中で別の話を始めます。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 その日の朝。


 私は玄関の外を見て、そっと戸を閉めました。


「先輩」


「何だ」


「外に人がいっぱいいます」


「見りゃ分かる」


「いっぱいっていうか」


 私はもう一度、障子の隙間から覗きます。


「二十人以上います」


「二十七人だ」


「数えたんですか」


「暇だったからな」


「私に署名用紙数えさせるときは邪魔するくせに!」


 事務所の前。


 自転車。


 軽トラック。


 原付。


 そして人。


 おじさん。


 おばさん。


 若い人。


 腕を組んだ人。


 紙袋を持った人。


 なぜか麦茶のやかんを持っている人までいる。


「何の集会です?」


「相談だろ」


「相談って人数じゃないです」


「入れろ」


 片桐所長が奥から言いました。


「全員ですか?」


「外でやるのか」


「それも困ります」


 十分後。


 片桐行政書士事務所は、


 法律事務所というより、


 地区公民館になっていました。


 椅子が足りない。


 座布団も足りない。


 相馬先輩の机の横に三人。


 本棚前に五人。


 玄関に四人。


 私は自分の席を失いました。


「行政書士見習いなのに立ち見!」


「若いから立て」


「職場の福利厚生が昭和すぎる!」


 相談者は、


 駅南通り商栄会の人たちでした。


 商店主。


 住民。


 借家人。


 合わせて二十七人。


「商栄会?」


 私は聞きました。


 前列に座った男性が頷きます。


「会長の岡田です」


 六十前後。


 眼鏡。


 時計店。


 その隣に、


「副会長の大森」


 八百屋さん。


 さらに。


「私は町内側の世話役で、原田です」


 クリーニング店の女性。


「で」


 相馬先輩が言いました。


「二十七人で何が起きた」


 一斉に。


 全員が喋り始めました。


「市が急に――」


「説明会では――」


「うちの前だけ――」


「駐車できなくなったら――」


「そもそも去年の――」


「観光客が来るって言ったって――」


「ちょっと待ってください!」


 私は両手を上げました。


 止まらない。


「皆さん!」


 止まらない。


「一人ずつ!」


 止まらない。


 相馬先輩が机を、


 ばん。


 と叩きました。


「黙れ」


 静まりました。


 強い。


「岡田さんから話せ」


「はい」


 岡田さんが一枚の通知を出しました。


 ――道路区域内荷捌き用停車区画使用指定取消通知。


「荷捌き?」


 駅南通りの商店街。


 細い道路沿いに、


 朝の一定時間だけ商店主が荷物の積み下ろしに使える区画が設けられていた。


 青果店。


 酒店。


 衣料品店。


 米屋。


 時計店。


 クリーニング店。


 長年、その区画を時間限定で使ってきた。


 ところが。


 駅前再整備と観光ルート整備に伴い、


 その指定が一斉に取り消された。


「一斉に?」


「この通りだけです」


 岡田さんが言いました。


「何軒?」


「十九軒」


「相談者は二十七人ですよね」


「店だけじゃありません」


 原田さんが言いました。


「その上に住んでる人もいるし、共同で配達を頼んでる家もあるから」


 なるほど。


 道路の荷捌き区画。


 小さな話に見える。


 でも。


 商店街では。


 朝の十五分。


 二十分。


 その停車場所があるかどうかで、


 仕事が回るかどうかが変わる。


「取消しの理由は?」


 私は通知を読みました。


 ――駅南観光歩行者ルート形成事業に伴い、歩行者の安全及び景観上の支障を除去するため。


「歩行者ルート」


「まだ工事始まってないんですよ!」


 誰かが言いました。


「説明では来年からだって!」


 別の人。


「なのに来月一日から使うなって!」


「代わりの場所は?」


「駅裏の共同駐車場です」


 大森さんが言いました。


「遠いんですか」


「八百屋から四百メートル」


「荷物は?」


「大根十箱担げってか?」


「無理ですね」


「だろ!」


 そこからまた全員が喋り始めます。


「酒屋なんか瓶だぞ!」


「うちは布団だ!」


「うちは米!」


「うちは客の背広!」


「クリーニングはそこまで重くないでしょう!」


「雨の日どうするのよ!」


「論点が増殖してる!」


 私は頭を抱えました。


 これ。


 行政法以前に、


 会議運営法が必要です。


「通知が届いた日は」


 片桐所長。


 その一言で、


 また静かになります。


 全員が紙を見る。


「うちは十二日前」


「うちは十一日」


「十日前だった」


「八日」


 ばらばら。


「個別通知?」


「そうです」


「処分も個別?」


「一軒ずつ」


 でも。


 取消理由。


 取消日。


 事業名。


 ほぼ同じ。


 つまり。


 一斉方針に基づき、


 複数人へ個別に同種処分を出した。


「不服申立てをしたい?」


 相馬先輩。


「したいです」


 岡田さん。


「全員で」


「全員?」


「はい」


「二十七人全員で市役所へ行く気か」


「そのつもりです」


 私は思わず顔を上げました。


「本当に?」


「数で押さないと駄目でしょう」


 後ろの男性が言います。


「役所は人数がいないと聞かん」


「みんなで言えば――」


「それ」


 相馬先輩が遮りました。


「一番やっちゃいけねえやつだ」


 空気が止まりました。


「なぜです」


 岡田さんが聞きます。


「二十七人で窓口行って、二十七人が二十七通り喋ったら、何が問題か分からなくなる」


「でもみんな同じ被害です」


「同じじゃねえ」


 相馬先輩が言いました。


「八百屋と時計屋じゃ荷物も違う。住民と商店主じゃ立場も違う。処分の日も違う」


 う。


 正しい。


「怒りは一緒でも」


 私は言いました。


「法律上の事情まで全部同じとは限らない」


「そういうことだ」


 岡田さんが腕を組みました。


「じゃあ、一人ずつ申立てろって?」


「それも一つ」


 片桐所長が言いました。


「ただ」


 所長は机上の通知を見ます。


「共通する処分なら、共同で申し立てる余地はある」


 私は止まりました。


 共同。


 複数人。


 まとめて審査請求。


 そして。


 代表。


 総代。


 頭の中に、


 昨夜まで眠そうだった単語が出てきます。


「総代……」


 思わず呟きました。


「何だ?」


 大森さん。


「いえ」


 私は首を振りました。


 待って。


 ここは昭和六十三年です。


 現代の行政不服審査法第十一条をそのまま持ってきたら危ない。


 現代なら。


 多数人が共同して審査請求するとき、


 三人を超えない総代を互選できる。


 でも。


 昭和。


 旧法。


 私は旧法集へ手を伸ばしました。


「朝比奈」


 相馬先輩。


「はい」


「今、未来の法律で考えただろ」


「顔に出てました?」


「毎回出てる」


「嫌な特殊能力!」


 ページをめくる。


 あります。


 旧法にも。


 共同して不服申立てをする多数人が、


 総代を互選する仕組み。


 制度の細部は現代法と同じように考えられない部分がある。


 でも。


 少なくとも。


 多数人が共同で争うときに、


 全員が毎回ばらばらに手続するのではなく、


 代表を立てて進める。


 という発想は、


 昭和にもあります。


「所長」


「何だ」


「共同でいけますか」


「まず整理しろ」


 はい。


 来ました。


 こはる。


 頭を使え。


 の時間です。


 私は黒板代わりの紙を机に広げました。


「まず」


 十九店舗。


 指定取消しを受けた人。


 その人たちは、


 自分自身に行政処分が出ている。


「うん」


「残りの八人」


 住民。


 店の家族。


 配達利用者。


「取消処分を直接受けた人ではない」


「そうだ」


「じゃあ共同申立てに全員そのまま入れるかは別問題」


「続けろ」


「次」


 処分内容。


 同じ道路。


 同じ事業。


 同じ取消日。


 理由もほぼ同じ。


「共同で争う実益はある」


「そうだな」


「でも店ごとの事情は違う」


「だから共通論点と個別論点を分ける」


「あ」


 私は書きます。


 共通。


 観光歩行者ルート整備の開始時期。


 荷捌き区画を一斉取消しする必要性。


 代替駐車場の距離。


 取消し時期。


 市の判断基準。


 個別。


 荷物の種類。


 配達頻度。


 他の搬入手段。


 道路幅。


 営業への影響。


「なるほど」


 岡田さんが覗き込みました。


「全部同じだと思ってました」


「似てます」


 私は言いました。


「でも、似てると同じは違います」


 相馬先輩が鼻を鳴らします。


「やっと論点で喋っても人間語になってきたな」


「褒めました?」


「気のせいだ」


 またそれ。


「では」


 片桐所長。


「市役所へ行く」


「全員で?」


 岡田さん。


「三人」


「え?」


「代表を三人決めろ」


 一斉に。


 全員が顔を見合わせました。


「三人?」


「何で三人?」


「岡田さんだけでいいだろ」


「いや八百屋も必要」


「女性も入れたほうが」


「原田さんだろ」


「俺は?」


 始まった。


 代表者選び。


 行政法より難しい可能性があります。


「待ってください!」


 私は言いました。


「多数決の前に役割を決めましょう」


「役割?」


「時計店の岡田さん」


「はい」


「商栄会会長として全体経緯を知ってる」


「まあ」


「八百屋の大森さん」


「おう」


「荷物搬入の負担が大きい業種」


「大根な」


「はい」


「原田さん」


「はい」


「商店主でもあり、住民側との調整もできる」


「できます」


「この三人なら」


 私は言いました。


「全体、重い荷物、住民側の事情を拾える」


 しばらく。


 ざわざわ。


 そして。


「それでいい」


「賛成」


「岡田さん頼むよ」


 三人に決まりました。


「何か選挙みたいですね」


 私が言うと。


「互選だからな」


 相馬先輩。


「……あ」


「何だ」


「いえ」


 また一つ。


 眠かった単語が生きました。


 互選。


 自分たちの中から選ぶ。


 ただの暗記語句だったのに。


 二十七人が揉めながら、


 「この三人なら任せられる」


 と決める姿を見ると。


 意味が違う。


 市役所。


 総務課。


 私たち三人。


 片桐所長。


 相馬先輩。


 私。


 そして。


 岡田さん。


 大森さん。


 原田さん。


 合計六人。


 それでもちょっと多い。


 でも二十七人よりは、


 圧倒的に話が早い。


「また片桐先生ですか」


 沢渡課長。


「またです」


 私は言いました。


「今日は人数少ないですね」


「本当は外に二十一人います」


「え」


 沢渡課長が窓を見る。


「冗談です」


「朝比奈さん」


「はい」


「役所でそういう冗談はやめてください」


「すみません」


 相馬先輩が通知書を並べます。


「駅南通り。荷捌き区画取消し」


「はい」


「十九件」


「把握しています」


「共同で不服申立てを検討してる」


 沢渡課長は少し眼鏡を上げました。


「共同で?」


「できないか」


「できないとは言っていません」


 いつもの。


 この人、


 否定から入らない。


 ただし。


 肯定もしない。


「処分を受けた者を整理してください」


 来た。


「二十七人全員ではありません」


 私は言いました。


「取消処分を直接受けた十九人を中心にします」


「中心?」


「残りの住民は、必要なら資料や陳述の形で関わる」


「なるほど」


「十九人の共同申立てを考えています」


「それなら」


 沢渡課長は通知を見ます。


「処分内容の共通性は高いですね」


「総代を立てます」


 私が言うと。


 沢渡課長の視線が止まりました。


「総代?」


「はい」


 言ってから。


 一瞬不安。


 昭和。


 大丈夫。


 旧法にもある。


「岡田さん、大森さん、原田さん」


「三名ですか」


「はい」


「それは助かります」


 沢渡課長が、


 珍しく即答しました。


「助かる?」


「十九人全員から別々に連絡が来れば、こちらも十九通り対応することになります」


「ですよね」


「ただし」


 やっぱり来た。


「総代を立てるなら」


「はい」


「以後の手続は総代を通じて整理してください」


 岡田さんが聞きました。


「私が全部決めるんですか」


「そういう意味ではありません」


 沢渡課長。


「共同申立人のために手続をする代表者になる、ということです」


「じゃあ、私が『もうやめます』って言ったら全員終わり?」


 私は、


「あ」


 と声を出しました。


 取り下げ。


 現代法第十一条。


 総代は、


 原則として審査請求に関する一切の行為ができる。


 でも。


 取り下げはできない。


「そこ」


 私は言いました。


「総代だけで勝手に申立て全部を取り下げる、みたいなことはできません」


「へえ」


 大森さん。


「何で?」


 私は少し考えます。


「十九人の申立てですから」


「うん」


「代表者が手続を進める権限はあっても」


「うん」


「みんなの救済そのものを、代表者一人の判断で消すのは重すぎる」


「なるほど」


 言ってから。


 現代法の説明に寄りすぎたかも。


 でも、


 考え方としては分かりやすい。


 片桐所長がこちらを見ました。


 特に止めない。


 大丈夫そうです。


「それと」


 沢渡課長が言いました。


「総代を立てるなら、皆さんがそれを選んだことが分かる書面を付けてください」


「十九人分?」


「共同申立てをする者については確認できるように」


「分かりました」


 相馬先輩が言います。


「本題」


「どうぞ」


「何で来月から全部取消しなんだ」


 沢渡課長は資料を開きました。


「観光歩行者ルートの運用開始準備です」


「工事開始は」


「来年四月予定」


「今は?」


「九月です」


「半年以上あるな」


「事前に道路利用を整理する必要があります」


「全部?」


「原則として」


「駅南通り全部?」


「対象区間は」


 沢渡課長が地図を広げます。


 赤線。


 駅から神社まで。


 観光客が歩く予定のルート。


「この区間」


 私は指しました。


「荷捌き区画、全部なくすんですか」


「商店街側はその予定です」


「反対側は?」


 沢渡課長の指が止まりました。


「反対側?」


「旅館前の送迎区画」


「観光関連施設です」


「残る?」


「現段階では」


「観光バスは?」


「停車場所を設けます」


 大森さんが、


「は?」


 と言いました。


「八百屋は駄目で観光バスはいいのか」


「目的が違います」


「歩行者の安全って言ったじゃねえか」


「大森さん」


 岡田さんが止めます。


 でも。


 私も引っかかりました。


「課長」


「はい」


「歩行者安全が理由なら」


「ええ」


「長時間停車する観光バスと、朝の短時間荷捌き」


「はい」


「危険性を比較しました?」


 沢渡課長は資料をめくります。


「利用目的が違います」


「それは分かってます」


 私は言いました。


「でも、安全という理由を使うなら、安全については比べられますよね」


 沈黙。


「荷捌き区画を全部なくさないと歩行者安全が確保できないのか」


「はい」


「時間帯で分ける方法は?」


「検討しています」


「え?」


 私は止まりました。


「検討してる?」


「観光バスについては、歩行者通行量の少ない時間帯を中心に運用する案があります」


 相馬先輩が身を乗り出します。


「じゃあ商店の荷捌きにも同じ発想使えるだろ」


「営業形態が多様です」


「だから時間決めりゃいい」


「簡単ではありません」


「簡単じゃねえのと、検討しねえのは別だ」


 その一言。


 効きました。


 沢渡課長が黙ります。


 私は頭の中で整理します。


 取消しそのものが絶対に違法。


 まだそこまでは言えない。


 道路管理。


 安全。


 観光振興。


 行政目的はある。


 でも。


 一律取消し。


 代替場所四百メートル。


 工事は半年以上先。


 一方で観光バスには時間帯運用を検討。


 なら。


 商店街にも。


 朝だけ。


 時間限定。


 誘導員。


 荷捌き時間短縮。


 そんな中間案があり得る。


「課長」


 私は言いました。


「この十九件」


「はい」


「全員まとめて『商店街の荷捌きだから取消し』で処理してませんか」


 一瞬。


 沢渡課長の目が変わりました。


「どういう意味でしょう」


「個別事情を見ないまま」


 私は通知を並べました。


「同じ理由文を使って」


「はい」


「一律取消し」


「はい」


「でも、八百屋と時計屋では搬入量も違う。朝一回だけの店もあれば、日に何度も来る店もある」


「ええ」


「なら」


 一枚ずつ。


「本当に全部、同じ結論になります?」


 沢渡課長は答えません。


 相馬先輩が言いました。


「総代立てる意味、役所側にもあるだろ」


「何でしょう」


「十九人が十九通り喋るのを整理できる」


「ええ」


「なら役所も十九件を一束で雑に処理するな」


 部屋が静かになりました。


 あ。


 これです。


 住民側は。


 人数が多いから、


 総代で整理する。


 なら。


 行政側も。


 人数が多いから、


 一括りにしていいわけではない。


 手続はまとめても。


 事情まで潰してはいけない。


「沢渡課長」


 片桐所長が言いました。


「申立ては共通論点をまとめる」


「はい」


「個別事情は一覧を付ける」


「はい」


「市も個別判断の記録を出せ」


 沢渡課長が少しだけ息を吐きます。


「分かりました」


「取消しを撤回します?」


 岡田さんが聞きました。


「まだです」


「ですよね」


「ただし」


 沢渡課長は三人の総代を見ました。


「十九件すべてについて、取消しの必要性を再確認します」


 大森さんが鼻を鳴らします。


「やっとか」


「大森さん」


 原田さんが小声で止めます。


「また」


「すまん」


 でも。


 岡田さんは静かに言いました。


「お願いします」


 帰り道。


 三人の総代と一緒に歩きます。


「代表って大変だな」


 大森さんが言いました。


「まだ始まったばっかりですよ」


 私は言いました。


「これから共同申立人十九人の意見をまとめます」


「十九人かあ」


「連絡係も必要ですね」


 原田さん。


「私がやります」


「助かります」


「でも」


 岡田さんが言いました。


「全員の意見、全部役所へ持っていかなくていいんですね」


「全部を無視していいわけじゃないです」


「はい」


「でも、手続の窓口を総代にまとめる」


「なるほど」


「二十七人が毎回市役所へ行く必要はない」


「市役所も助かるな」


「たぶんかなり」


 私は笑いました。


 総代。


 昨夜までなら。


 最大三人。


 互選。


 一切の行為。


 ただし取下げ不可。


 通知は一人にすれば足りる。


 解任可能。


 はい暗記。


 だった。


 でも。


 今は。


 二十七人の顔が浮かびます。


 全員が同時に喋った事務所。


 大根。


 米。


 酒瓶。


 背広。


 怒り。


 不安。


 全部本物。


 でも。


 全部を一度に役所へ投げたら、


 逆に伝わらない。


 だから。


 まとめる人がいる。


「総代って」


 私は呟きました。


「声を減らす制度じゃないんですね」


「え?」


 原田さん。


「声をまとめる制度」


 三人が少し黙りました。


「それ、いいな」


 岡田さんが言いました。


「使っていいですか」


「どうぞ」


 行政法の暗記語句が、


 町内会の標語になりました。


 三日後。


 共同の異議申立書づくりが始まりました。


 十九人分。


 名前。


 住所。


 処分日。


 到達日。


 店舗。


 業種。


 搬入時間。


 搬入頻度。


 荷物。


 代替駐車場からの距離。


「……多い」


 私は机に突っ伏しました。


「総代は便利じゃなかったんですか」


 原田さんが笑います。


「便利です」


「でも?」


「資料量は減りません!」


 相馬先輩が横から言います。


「当たり前だ」


「先輩手伝ってください」


「写真整理してる」


「本当だ」


「珍しいもの見る目すんな」


 片桐所長は、


 私の作った原案を読みます。


「ここ」


「はい」


 ――十九名全員が極めて重大な営業上の損害を受ける。


「削る」


「ですよね」


「こっち」


 ――各共同申立人の営業形態及び搬入事情は別表のとおりであり、一律に荷捌き区画を廃止する必要性について個別検討が示されていない。


「残す」


「はい」


 さらに。


 観光バスには時間帯運用を検討。


 商店街荷捌きには一律取消し。


 その差。


 工事開始まで半年以上。


 代替場所が遠い。


 朝の短時間利用で対応できる店舗もある。


 共通論点を一本にまとめる。


 個別事情は別表。


「きれいですね」


 私は言いました。


「何が」


 相馬先輩。


「二十七人で喋ってたときは、どうなるかと思ったのに」


「紙にすると整理できるだろ」


「はい」


 不思議です。


 法律書類というのは、


 冷たい。


 人の声を、


 表にする。


 番号を振る。


 共通項を抜く。


 違いを分ける。


 でも。


 それで初めて。


 大勢の困りごとが、


 「うるさい集団」


 ではなく。


 「審査すべき論点」


 になる。


 提出日。


 十九人の共同申立て。


 総代三人。


 市役所総務課。


「受理します」


 沢渡課長。


「総代届も確認しました」


 岡田さんが聞きます。


「これから役所からの連絡は、三人全員に来るんですか」


「基本的な連絡窓口は総代を通じて整理します」


「一人に来たら?」


「他の総代と共有してください」


「なるほど」


 私は横で思います。


 現代法なら。


 総代が複数いても、


 行政庁の通知などは総代一人にすれば足りる。


 ここ。


 法理編で整理しよう。


 今は物語。


 未来法の講義は封印。


「それと」


 沢渡課長が言いました。


「道路担当課から再検討案が出ています」


「もう?」


 私が聞きます。


「申立書提出前から照会していました」


「仕事早い」


「行政ですから」


「それ、便利ですね」


「何がです」


「何でも『行政ですから』で押し切るところ」


「朝比奈さん」


「はい」


「話を戻します」


 はい。


「全区画の一律取消しは見直します」


 三人の顔が変わりました。


「本当ですか」


 岡田さん。


「現時点の案です」


 沢渡課長は紙を出しました。


 第一案。


 午前七時から九時まで。


 荷捌き利用を認める。


 ただし。


 一回二十分以内。


 利用中は表示板設置。


 歩行者の通行幅を確保。


 大型車両は別途調整。


「残せる?」


 大森さん。


「条件付きで」


「大根、下ろせる?」


「二十分以内なら」


「余裕だ」


 原田さんは紙を読みます。


「昼間は?」


「原則使用不可です」


「観光客が増える時間だから?」


「そうです」


「朝は?」


「通行量調査で比較的少ない」


 私は止まりました。


「通行量調査」


「しました」


「いつ」


「先週」


「申立てのあと?」


「事前照会後です」


 つまり。


 不服申立てをする。


 その前後で。


 今までなかった具体的な資料が出てくる。


 朝なら通行量が少ない。


 なら。


 全面取消しではなく、


 時間帯制限で足りる可能性がある。


「なるほど」


 私は言いました。


「全面禁止じゃなくても、安全確保できるかもしれない」


「その判断です」


 岡田さんが、


 深く息を吐きました。


「十分です」


 また。


 この言葉。


 十分。


 完璧ではない。


 昼は使えない。


 表示板も必要。


 二十分制限。


 でも。


 朝の納品はできる。


 店を閉めずに済む。


 米も。


 大根も。


 酒瓶も。


 運べる。


「ただし」


 沢渡課長。


「十九店舗すべて同条件ではありません」


「え?」


「大型車両を使う二店舗は別協議」


「ああ」


「歩道幅の狭い三店舗は利用位置変更」


「なるほど」


 私は少し笑いました。


「ちゃんと個別に見たんですね」


「申立てで求められましたから」


「こちらの勝ち?」


「そういう表現は好みません」


「じゃあ」


「市の当初判断が粗かった」


 沢渡課長は、


 さらっと言いました。


「その点はこちらの負けですね」


 出た。


 潔い。


「十九件を一括して処理しすぎました」


 沢渡課長が続けます。


「観光ルートだから撤去、という結論が先に立っていた」


「はい」


「総代を通じて共通点を整理してもらったことで、こちらも比較しやすかった」


 大森さんが笑いました。


「役所も総代便利なんだな」


「便利というより」


 沢渡課長。


「必要な交通整理です」


 交通整理。


 ぴったりです。


 十九人。


 十九処分。


 共通する事情。


 違う事情。


 全部を。


 一つの声に潰さず。


 十九本のまま、


 束ねる。


 それが総代。


 その日の夕方。


 岡田さんたちが事務所へ来ました。


 今日は。


 大きな段ボール。


「何です?」


「商栄会から」


 開けます。


 野菜。


 米。


 海苔。


 缶詰。


 石鹸。


「統一感がない!」


「各店から少しずつ」


 岡田さんが笑います。


「十九人分の気持ち」


「本当に十九種類ありそうですね」


「時計屋さんからは?」


 相馬先輩が聞きます。


「乾電池」


「食えねえな」


「先輩!」


 大森さんが大根を一本取り出します。


「これは食えるぞ」


「知ってる」


「急に元気!」


 原田さんが、


 私へ小さな紙袋を渡しました。


「こはるちゃんにはこれ」


「何です?」


 中には。


 小さなノート。


 表紙に、


 ――十九人の声を、三人で届ける。


 と手書きされています。


「誰が書いたんです?」


「岡田さん」


「字、きれいですね」


「時計屋だからな」


「関係ある?」


 みんなが笑います。


 私はノートを開きました。


 最初のページ。


 十九人の名前。


 その下に、


 三人の総代。


 岡田。


 大森。


 原田。


「これ」


 私は言いました。


「いいですね」


「記念」


「何の」


「初めて役所と喧嘩して、ちゃんと話が通った記念」


「喧嘩じゃないです」


「じゃあ?」


 私は少し考えました。


「交通整理です」


 全員が笑いました。


 そのとき。


 電話。


「はい、片桐行政書士事務所です」


『沢渡です』


「今日は何です?」


『最近その第一声が定着しましたね』


「課長もよく電話してきますから」


『駅南通りの件ですが』


「はい」


『道路担当課で、同種の集団的な不服申立てへの窓口対応を整理することになりました』


「集団的な?」


『複数人が同種処分について不服を申し立てる場合、代表者を定めてもらえると手続が円滑になります』


「総代ですね」


『そういう制度がある以上、使える場面では使ったほうが合理的です』


「課長らしい」


『ただし』


「はい」


『代表者を立てれば、個々の事情を省略していいわけではありません』


 私は少し笑いました。


「それ、今日こっちが言ったことですよ」


『正しいものは採用します』


「プライドないんですか」


『行政に不要なプライドを持ち込まないでください』


 強い。


「では」


「課長」


『何でしょう』


「総代って」


『はい』


「役所にとっても便利なんですね」


『便利だから制度がある、では雑です』


「じゃあ」


『多数人の手続を、権利を潰さず整理するためです』


 私は黙りました。


 その言い方。


 いい。


「課長」


『はい』


「それ、もらいます」


『何をです』


「今日の教訓」


『勝手にしてください』


 電話が切れました。


「何だって?」


 相馬先輩。


「多数人の手続を、権利を潰さず整理する制度だって」


「総代が?」


「はい」


 私は小さなノートを開きます。


 今日の教訓。


 まだ法理編じゃないから、


 一行だけ。


 ――総代は、大勢の声を消す人じゃない。大勢の権利を、迷子にしないための案内役。


「長い」


 相馬先輩。


「いいじゃないですか」


「もっと短くしろ」


「じゃあ」


 考えます。


 ――声を減らさず、窓口を減らす。


 相馬先輩が止まりました。


「それだな」


「お」


「珍しくいい」


「褒めましたね!」


「気のせいだ」


「逃げた!」


 片桐所長は。


 段ボールから海苔を一袋取ります。


「所長、それ自分のですか」


「知らん」


「共同差し入れですよ」


「だから?」


「勝手に個人取得しないでください」


「総代を決めろ」


「差し入れ配分にも!?」


「三人まで」


「現代法の数字を雑に使わないでください!」


 相馬先輩が大根を抱え。


 所長が海苔を持ち。


 私はノートを守る。


 どうやら。


 多数人の意見を整理する制度は、


 行政不服審査の場面では非常に役立ちますが。


 十九店舗から届いた差し入れを公平に配る制度までは、


 片桐行政書士事務所には、


 まだ整備されていないようでした。

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