[行政不服審査法10条・法人でない社団又は財団の審査請求]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、大きなタッパーがありました。
中身は煮物。
北町の暮らしと水路を守る会の代表、木戸みつ子さんが置いていったものです。
そして。
なぜか、そのタッパーの前で相馬先輩が腕を組んでいました。
「先輩」
「何だ」
「食べないんじゃなかったんですか」
「食べないとは言ってねえ」
「昨日食べたから要らないって」
「昨日と今日は違う」
「法律の附則みたいな言い訳しないでください」
相馬先輩が蓋を開けます。
「里芋あるぞ」
「話を逸らした」
「食うか」
「食べます」
弱い。
私は里芋一個で買収されました。
片桐所長が奥から言います。
「勉強は」
「します!」
私は慌ててノートを開きました。
今日の見出し。
――行政不服審査法第十条。
法人でない社団又は財団の審査請求。
その横へ。
――法人じゃなくても、団体の名で立てる。
と書きます。
「昨日までは」
私は言いました。
「この条文、かなり地味だと思ってました」
「またか」
「だって先輩」
法人でない社団。
法人でない財団。
代表者または管理人。
その名で審査請求。
教材で読むと。
はい。
そうですか。
で終わりそうなところです。
「試験で出にくそうなら飛ばしてたんだろ」
「……優先順位をつけていたと言ってください」
「飛ばしてたんだろ」
「はい」
潔く認めます。
でも。
昨日。
みつ子さんが、
「あの小屋、私のじゃないもの」
と言った。
その一言で。
第十条が急に、
ただのマイナー条文ではなくなりました。
「まず」
私はノートに書きます。
――法人でない社団とは何か。
「法人じゃない集団」
相馬先輩が言います。
「雑です」
「お前も昨日そんな顔してただろ」
「もうちょっと正確に」
法人格はない。
でも。
単に人が集まっているだけではない。
団体としての組織を持ち。
一定の目的があり。
意思決定の方法があり。
代表者がいて。
構成員が入れ替わっても、
団体そのものは続く。
「昨日の守る会ですね」
「ああ」
北町の暮らしと水路を守る会。
規約がある。
総会がある。
役員がいる。
代表を選ぶ。
会費を集める。
通帳がある。
会計報告がある。
備品を団体のものとして管理する。
「つまり」
私は言いました。
「木戸みつ子さん個人に、三十八世帯がくっついてるだけじゃない」
「そうだ」
「みつ子さんが代表を辞めても、会はなくならない」
「新しい代表を選ぶ」
「会員が一人引っ越しても」
「会は続く」
「草刈り機も、個人の所有物じゃない」
「団体のものとして管理してる」
そこです。
人の寄せ集め。
と。
団体として独立して動いているもの。
は違う。
「たとえば」
私は言いました。
「駅前で三人が立ち話して」
『今日から駅前再開発反対会です』
と名乗っただけでは。
「第十条の社団とは限らねえ」
「ですよね」
「代表は?」
「今決めました」
「規約は?」
「ありません」
「意思決定は?」
「なんとなく多数決」
「財産は?」
「財布は各自」
「継続性は?」
「明日は解散するかもしれません」
「弱いな」
「弱いです」
逆に。
法人登記がなくても。
組織としての実体がある。
代表者も定められている。
なら。
法律は、
その団体の名前で審査請求することを認める。
「第十条は」
私はノートに書きました。
――法人格ではなく、団体としての実体を見る。
「そこが中心ですね」
片桐所長が言いました。
「代表者だけ見るな」
「あ」
「代表者を決めれば、それだけで社団になるわけじゃない」
「昨日、沢渡課長にも言われました」
「なら忘れるな」
「はい」
私は線を引きます。
代表者又は管理人。
これは必要。
でも。
代表者がいる。
イコール。
法人でない社団。
ではない。
「試験で」
私は言いました。
「『代表者がいれば、任意の集まりでも当然にその名で審査請求できる』」
「誤り」
相馬先輩が即答。
「そうです」
「団体としての実体が必要」
「はい」
昨日の沢渡課長が確認していたもの。
規約。
役員。
意思決定方法。
構成員。
財産管理。
団体の継続性。
「こういう材料で」
私は言いました。
「本当に一つの社団として活動しているかを見る」
「そういうことだ」
次。
法人でない財団。
私は少し首を傾げました。
「社団は分かりやすいんですよ」
「人の集まりだからな」
「財団のほうが、ちょっと掴みにくい」
片桐所長が言います。
「人ではなく財産を中心に考えろ」
「あ」
法人でない財団。
特定の目的のために拠出された財産のまとまり。
法人格はない。
でも。
その財産を一定の目的で管理する仕組みがある。
「たとえば」
私は考えます。
「町の古い石橋を修復するために、亡くなった篤志家がまとまった財産を残して」
「うん」
「そのお金を修復や維持管理にだけ使うよう、管理人を決めて運用している」
「そういうイメージだ」
「人の集まりというより、財産が中心」
「そうだ」
私はノートに並べました。
社団。
人の組織が中心。
財団。
目的のためにまとめられた財産が中心。
「ただし」
相馬先輩が言います。
「法人格がない」
「はい」
「でも代表者や管理人がいる」
「そこです」
現代法第十条。
法人でない社団又は財団で、
代表者又は管理人の定めがあるものは、
その名で審査請求をすることができる。
「その名で」
私は二重線を引きました。
「ここが昨日の事件では一番大事でした」
木戸みつ子。
個人。
ではなく。
北町の暮らしと水路を守る会。
という団体そのものの名で、
不服を申し立てる。
「なぜ個人名じゃ駄目だった?」
片桐所長。
「法律上絶対に個人名じゃ駄目、という意味ではなく」
「うん」
「事件の実態とずれるからです」
小屋。
水路清掃の道具。
防災用品。
祭り道具。
全部、
みつ子さん個人のためのものではありません。
三十八世帯が参加する団体が、
七年間管理してきたもの。
「つまり」
私は言いました。
「権利利益の主体として問題になっているのが、実質的に団体なんですよね」
「そういうことだ」
「なのに無理やり代表者個人の事件にしたら」
「誰の問題か分からなくなる」
「はい」
法律というと、
個人。
法人。
この二つしかいないように見えます。
でも現実には。
その中間みたいな存在が山ほどある。
町内会。
自治会。
商店会。
同好会。
保存会。
労働組合などでも法人格を持たないもの。
地域団体。
「法人じゃない」
私は言いました。
「だから消す、じゃない」
「ああ」
「実体があるなら、その実体に合った扱いをする」
「それが第十条」
「はい」
ここで。
私はふと手を止めました。
「所長」
「何だ」
「でも、昨日の事件って昭和六十三年ですよね」
「そうだ」
「教材は現代法の第十条」
「そうだ」
「当時はどう整理するんです?」
ここ。
大事です。
現代法を、
そのまま昭和六十三年に持ち込むわけにはいかない。
私は旧法集を開きました。
「……ありました」
旧行政不服審査法にも。
法人でない社団又は財団で、
代表者又は管理人の定めがあるものが、
その名で不服申立てをすることを認める規定がある。
「つまり」
私は息を吐きました。
「このテーマは、新旧で仕組みの核心自体は大きく変わってない」
「そうだな」
「でも、不服申立ての種類は違う」
「そこを混ぜるな」
「はい」
昭和六十三年。
旧法。
異議申立てと審査請求が併存。
現代。
原則として審査請求へ一本化。
だから。
現代法第十条は、
その名で「審査請求」をすることができる。
一方。
昭和の事件では、
対象となる行政処分と上級行政庁の有無などを確認して、
当時の不服申立ての種類を選ばなければならない。
「昨日の守る会は」
私は言います。
「市長名義の使用許可更新拒否でした」
「ああ」
「上級行政庁なし」
「だから」
「旧法上は異議申立て」
「そうだ」
「でも団体名義で申し立てること自体はできる」
「そういう整理だ」
よし。
私はノートに太く書きました。
――団体名義でできるか、と、どの不服申立てを使うかは別問題。
「ここ、試験でも混ぜそうですね」
「お前はな」
「受験生全体の話です!」
でも。
確かに別です。
一つ目。
誰が申し立てられるのか。
二つ目。
どの種類の不服申立てを使うのか。
三つ目。
どこへ出すのか。
四つ目。
期間はいつまでか。
「全部一緒に考えるから混乱するんですね」
「論点を分けろ」
「はい」
昨日の事件なら。
誰が。
北町の暮らしと水路を守る会。
代表者。
木戸みつ子。
何を。
市有地使用許可の更新拒否。
いつまで。
旧法の期間内。
どの手続。
異議申立て。
「こうやって分けると」
私は言いました。
「急に見やすい」
「最初からやれ」
「それができたら苦労してません」
相馬先輩が呆れています。
次。
代表者または管理人。
「社団の場合は代表者」
「うん」
「財団なら管理人という形もある」
「そうだな」
「この人たちが何をするか」
団体を外に向かって代表する。
申立書を作る。
提出する。
行政庁からの通知を受ける。
必要な手続を進める。
「でも」
私は昨日の臨時総会議事録を思い出しました。
「代表者がいれば、何でも勝手に決めていいわけじゃない」
「当然だ」
団体内部の規約によって。
代表者が単独でできる行為もあれば。
総会決議が必要な行為もある。
守る会の規約では、
行政への不服申立てまで代表者単独で決められるとは明確ではなかった。
だから。
臨時総会を開き。
不服申立てをすることを決議した。
「ここ」
私は書きました。
――外部的な代表権と、内部の意思決定は分けて考える。
「試験の第十条だけなら」
相馬先輩が言います。
「そこまで出ねえんじゃねえか」
「たぶん重点ではないです」
「なら何で書く」
「実務では大事だからです」
誰が署名できるか。
代表者に権限があるか。
団体として本当に申し立てる意思があるか。
後から、
代表が勝手にやった。
では困る。
「昨日の議事録」
私は笑いました。
「旦那さんだけ反対でしたけど」
「ああ」
「賛成三十七、反対一」
「民主主義だな」
「夕飯のおかず一品減らされたらしいですけど」
「そこは私法上の別問題だ」
「家庭内制裁法ですか」
「そんな法律ねえ」
私はノートの隅に、
※夕飯は法理編の範囲外。
と書きました。
「消せ」
「はい」
次。
法人格がないことと、
権利能力がないこと。
「ここ、言葉が怖いんですよね」
「何が」
「権利能力なき社団」
相馬先輩が煙草を消します。
「確かに、名前だけ聞くと何もできなさそうだな」
「ですよね」
権利能力なき社団。
直訳すると。
権利能力がない。
じゃあ何もできません。
みたいに見える。
でも現実の法律関係では。
一定の範囲で、
団体として扱われる。
訴訟でも。
民事訴訟法上、
代表者又は管理人の定めがある法人でない社団や財団には、
当事者能力が認められる。
行政不服審査でも。
現代法第十条が、
その名で審査請求を認めている。
「法人ではない」
私は言いました。
「イコール、法律上何もできない集団じゃない」
「そういうことだ」
私は大きく囲みました。
――法人格の有無と、手続上の当事者になれるかは別。
「これ重要ですね」
「第十条の芯だな」
昨日。
管財課の担当者は、
法人ではない。
という一点から、
団体名義での不服申立てが難しいような説明をしてしまった。
でも。
本当の確認事項は、
法人格の有無だけではなかった。
団体としての実体。
代表者。
意思決定。
そこを見るべきだった。
「沢渡課長」
私は言いました。
「最初から分かってたんですよね」
「あいつはな」
「『団体の実体を確認します』って」
「言ってたな」
「敵なのに正しい」
「敵じゃねえだろ」
「巨大な壁です」
「勝手に巨大化させるな」
でも。何度も思います。
行政の人が悪い。
住民が正しい。
そんな単純な話ではありません。
沢渡課長は。
制度どおり確認する。
団体として実体があるなら認める。
説明が間違っていれば修正する。
だから。
感情でぶつかるより。
要件を揃えたほうが早い。
「法律で勝つって」
私は呟きました。
「相手を言い負かすことじゃないんですね」
「今さらか」
「必要な条件を、一個ずつ埋めること」
「そうだ」
法人格がない。
なら終わり。
ではない。
規約は?
ある。
組織は?
ある。
代表者は?
いる。
財産管理は?
している。
団体意思は?
総会で決めている。
申立ての対象は?
団体として受けた不利益。
そこまで並べたら。
「ただの人の集まりでしょう」
では押し返せない。
「論点整理って」
私は言いました。
「地味だけど気持ちいいですね」
「お前、やっと行政法に向いてきたな」
「褒めました?」
「気のせいだ」
「またそれ!」
次。
試験のひっかけ。
私はノートに赤で、
注意。
と書きます。
「一つ目」
法人でない社団又は財団は、
法人格がないから審査請求できない。
「誤り」
相馬先輩。
「はい」
代表者又は管理人の定めがあれば、
その名で審査請求できる。
「二つ目」
法人でない社団なら、
代表者の定めがなくても団体名だけで審査請求できる。
「駄目」
「はい」
「代表者か管理人が必要」
「そうです」
「三つ目」
構成員全員が、
それぞれ個人名で審査請求しなければならない。
「誤り」
「その名でできる」
「はい」
「四つ目」
法人でない財団は対象外。
「違う」
「財団も入る」
「はい」
「五つ目」
法人でない社団の例としては、
単に一時的に集まった人のグループでも当然に含まれる。
「それも違う」
「団体としての組織や実体を見る」
「正解」
私はペンを止めました。
「先輩、本当に行政書士試験受けられそうですね」
「嫌だ」
「どうして」
「仕事増える」
「現実的!」
片桐所長が言いました。
「もう一つ」
「はい」
「十条は何を認めている」
「団体そのものに法人格を与える?」
言ってから。
しまった。
「違う」
「ですよね」
「十条で法人になるわけじゃない」
「はい」
ここ。
重要です。
第十条は、
法人でない社団や財団を、
法人へ格上げする条文ではありません。
あくまで。
一定の要件を満たす団体について、
その団体名で審査請求できる。
という手続上の資格を認める。
「法人格を付与する」
ではない。
「審査請求の場面で、団体名義による手続を認める」
です。
「これもひっかけにできますね」
「何でも試験にするな」
「受験生なので」
私は書きました。
――第十条は法人化の条文ではない。
――団体名義で審査請求できることを認める条文。
よし。
次。
なぜこんな制度が必要なのか。
私は昨日のみつ子さんを思い浮かべました。
「あの小屋、私のじゃないもの」
たぶん。
答えはそれです。
世の中の活動は、
全部が個人か法人のどちらかに綺麗に収まるわけではない。
法人化するほど大きくない。
でも。
何年も続いている。
組織がある。
財産もある。
目的もある。
地域の中で役割もある。
「そういう団体を」
私は言いました。
「法律が無理やり個人に分解しないため」
「そうだな」
「代表者個人の問題にしない」
「ああ」
「団体として起きた問題なら、団体として争わせる」
「そのほうが実態に合う」
「はい」
これは。
思ったより優しい制度です。
いや。
法律自体は優しくありません。
代表者はいるか。
組織はあるか。
実体はあるか。
条件を満たせ。
冷たいです。
でも。
条件を満たせば。
法人登記をしていないから。
会社じゃないから。
立派な法人名がないから。
という理由だけでは、
入口から追い返さない。
「制度の冷たさが」
私は言いました。
「存在確認の物差しになるんですね」
片桐所長がこちらを見ます。
「どういう意味だ」
「『みんなで活動してます』だけなら曖昧です」
「うん」
「でも規約、組織、代表者、意思決定、財産管理」
「うん」
「そこを冷静に確認したら、本当に団体として動いてるか判断できる」
「そうだ」
「だから役所の気分で、『これはちゃんとした会』『これはただの集まり』って決めなくて済む」
「そこだ」
所長が短く言いました。
あ。
これ。
今日一番大事かもしれません。
条文は、
みつ子さんの人柄を見ません。
七年間頑張ってきたから、
かわいそうだから、
認める。
ではない。
団体として必要な実体がある。
代表者がいる。
だから。
団体名義で手続できる。
「感情を切ることで」
私は言いました。
「逆に平等に扱える」
「そういうことだ」
法律は冷たい。
でも。
その冷たさが、
顔の広い会長さんだけを特別扱いしたり。
役所に嫌われた団体を無視したり。
そういう雑さを防ぐ。
私はノートの端に書きました。
――誰が好きかではなく、団体として何があるかを見る。
「今日の一行候補」
「まだ早い」
「はい」
次。
現代法と昭和の違い。
「ここは短く整理します」
昭和六十三年。
旧行政不服審査法。
異議申立て。
審査請求。
二本立て。
審理員制度なし。
申立期間は原則六十日。
現代。
原則として審査請求へ一本化。
申立期間は原則三か月。
審理員制度あり。
「でも」
私は言いました。
「法人でない社団・財団を団体名義で扱う考え方は、旧法にもあった」
「そうだ」
「つまりテーマ自体は、制度改正で突然生まれたものではない」
「ああ」
「変わったのは、その団体が使う不服申立ての全体構造」
「そこを混ぜるな」
「はい」
現代の教材を読んでいると。
第十条。
その名で審査請求できる。
と書いてあります。
でも昭和へ転生してきた私は。
「じゃあ審査請求ですね!」
と即答したら危ない。
旧法では。
どの不服申立てをするのか、
別に判断が必要です。
「未来人殺し」
私は書きかけます。
「書くな」
「分かりました」
危なかった。
私はノートを見直しました。
今日の内容。
思ったよりきれいに一本につながっています。
法人格がない。
それだけで排除しない。
でも。
団体を名乗れば全部認めるわけでもない。
組織としての実体を確認する。
代表者や管理人がいる。
そのうえで。
団体自身の名で審査請求できる。
「つまり」
相馬先輩が言いました。
「入口を広げてるようで、ちゃんと条件も付けてる」
「そうです」
「何でも通すわけじゃねえ」
「はい」
それが。
法律らしい。
広すぎない。
狭すぎない。
実態に合わせて、
境界線を引く。
「じゃあ一行」
片桐所長が言いました。
「はい」
私はノートの最後へ。
今日の一行の覚え書き。
少し考えます。
――法人じゃなくても、団体として生きているなら、その名で争える。
「どうです?」
相馬先輩が覗き込みます。
「悪くない」
「でも」
私は自分で首をひねりました。
「『生きている』がちょっと曖昧ですね」
「法律の覚え書きだろ」
「じゃあ」
書き直します。
――法人格ではなく、団体の実体と代表者を見て、その名で審査請求。
「試験向けだな」
「はい」
「味気ねえ」
「先輩が言うんですか!」
少し悩んで。
さらに下へ。
――「法人じゃない」で終わるな。組織と代表者があれば、団体名で立てる。
「これ」
私は言いました。
「採用します」
「二行あるぞ」
「上は試験用、下は現場用」
「ずるいな」
「使い分けです」
私は四角で囲いました。
窓の外では。
北町へ向かう道に、
夕方の自転車が何台か走っています。
あの先に。
守る会の小屋があります。
草刈り機。
土嚢袋。
祭り道具。
折り畳み机。
どれも。
一人のものではない。
法人のものでもない。
でも。
誰のものでもないわけでもない。
みんなで決めて。
みんなでお金を出して。
みんなで使ってきた。
その現実を、
法律は完全には無視しない。
法人ではない。
だから存在しない。
ではなく。
団体としての形があるなら、
その形に沿って扱う。
法律の言葉は冷たいです。
法人でない社団。
代表者。
管理人。
審査請求。
とても。
水路掃除や祭りの匂いがする言葉ではありません。
でも。
冷たい言葉だからこそ。
北町のおばちゃんたちが、
役所で顔が利くか。
代表者が押しの強い人か。
担当者が好意的か。
そんな偶然に頼らなくて済む。
規約がある。
組織がある。
代表者がいる。
意思決定している。
団体として活動している。
なら。
ここに立てる。
それだけです。
でも。
入口に立てるというのは、
案外大きい。
あの日。
みつ子さんたちは、
資材置場を永久に守れたわけではありません。
次年度末まで。
その間に代替地を探す。
完全勝利ではない。
でも。
三週間後に全部撤去しろ。
という話から。
一年以上かけて次の場所を探せる。
そこまで進んだ。
そして。
その最初の一歩は。
法人ではない守る会が、
「私たちの名前で、不服を言わせてください」
と入口に立てたことでした。
私はノートを閉じました。
「終わったか」
「はい」
「じゃあ煮物」
「まだ食べるんですか」
「余ってる」
「団体で処理しろって言ったの先輩でしょう」
「だから二人で食う」
「二人?」
私は事務所を見回します。
私。
相馬先輩。
片桐所長。
三人。
「所長は?」
「俺はいらん」
「じゃあ二人」
相馬先輩が言います。
「待ってください」
「何だ」
「団体として煮物を処理するなら、規約が必要です」
「いらねえ」
「代表者も」
「お前」
「勝手に選ばないでください!」
「意思決定」
「食う」
「多数決」
「一対一ですよ!」
片桐所長が帳簿を閉じました。
「俺も食う」
「二対一になった!」
「可決だな」
相馬先輩が言います。
「何が可決なんですか!」
「煮物処分案」
「団体の目的が雑すぎる!」
私はタッパーを見ました。
「団体名は?」
「片桐事務所煮物処理会」
「嫌です!」
「代表者」
「朝比奈こはる」
「だから勝手に!」
片桐所長が静かに里芋を一つ取りました。
「代表」
「はい?」
「配れ」
「もう成立してる!」
どうやら。
法人でない社団は、
代表者の定めがあれば何でも成立するわけではありませんが。
昭和六十三年の片桐行政書士事務所では。
煮物を前にすると、
組織化だけは異様に速いようでした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




