[行政不服審査法8条・特別の不服申立て制度]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所には、大根が一本ありました。
昨日まで二本ありました。
一本は片桐所長が持って帰りました。
残る一本は、私と相馬先輩の間にあります。
なぜ行政書士事務所で大根の帰属が未確定になっているのか。
私にも分かりません。
「先輩」
「何だ」
「これ、まだ決着してませんよね」
「何が」
「大根」
「俺のだ」
「ほら決めつけた」
「野中さんが俺にくれた」
「『先生たちで』って言ってました」
「俺も先生側だ」
「私も事務所側です」
「見習いだろ」
「資格による大根差別!」
「うるせえな」
相馬先輩が新聞を畳みました。
「法律の勉強するんじゃなかったのか」
「あ」
そうでした。
私は大根を机の脇に置き、ノートを開きます。
今日の見出し。
――特別の不服申立て制度。
その下に、
現代法・行政不服審査法第八条。
さらに横へ、
昭和六十三年・旧法第四条第二項。
と書きました。
「ややこしいですね」
「何が」
「条文番号まで時代で違う」
「法律は変わるからな」
「転生者に優しくない」
「法律はお前が転生してくる前提で作ってねえ」
もっともです。
先日の野中房江さんの件。
農用地利用計画案に、自分の土地が農用地区域として残されていた。
息子の正志さんは、そこに農機具の修理場を作りたい。
でも市役所では、
行政不服審査法による通常の不服申立てはできない。
と説明された。
普通なら。
ここで終わったように聞こえます。
「でも終わってなかった」
私はノートに書きました。
――一般の不服申立てが使えないことと、救済制度が存在しないことは別。
「ここが今回の核心ですね」
「そうだな」
相馬先輩が答えます。
行政不服審査法には、
すべての行政作用が当然に一般的な不服申立ての対象になるわけではない。
という仕組みがあります。
現代の行政不服審査法では、第七条に適用除外があります。
そして第八条。
第七条によって審査請求できない処分や不作為でも、
別の法令で、
その性質に応じた特別の不服申立て制度を設けることを妨げない。
「要するに」
私は言いました。
「一般ルートを使わせないなら、必要に応じて専用ルートを作ってもいい」
「雑だが、まあそうだ」
「試験用には?」
「勝手にまとめろ」
「冷たい」
私は書きました。
一般の行政不服審査法による審査請求ができない。
イコール。
不服申立てそのものが一切認められない。
ではない。
別の法律が、
その行政分野に合った特別の不服申立て制度を置くことがある。
「今回の野中さんの件が、それでした」
「ああ」
農用地利用計画。
これは単純に、
一人の人へ何かを許可する。
一人の人に命令する。
というだけの行政作用ではありません。
地域の土地をどう農業のために確保していくか。
一定の区域全体を見ながら作られる計画です。
そのため。
一般的な行政不服審査制度だけではなく、
個別法に、
縦覧。
異議の申出。
その決定。
さらにその先の審査。
という、その制度専用の手続が置かれていました。
「ここで大事なのは」
私はペン先を止めました。
「一般法より個別法が偉い、って話じゃないですよね」
「偉い?」
「法律にも先輩後輩みたいなのがあるのかなと」
「ねえよ」
「即答」
「一般法と特別法の関係だろ」
「はい」
行政不服審査法は、
行政上の不服申立てについて広く共通ルールを定める一般法です。
一方で。
特定の行政分野について、
その性質に応じた別の救済手続が置かれることがある。
「農業行政なら農業行政の事情がある」
「そうだ」
「税なら税、社会保障なら社会保障」
「分野によって必要な仕組みが違う」
「はい」
だから。
一般法だけ覚えて、
何でもそこへ押し込めればいい。
ではありません。
実際の事件では、
その処分や計画について、
個別法に特別の手続がないか。
先に確認する必要があります。
「これ、実務だとかなり大事ですね」
「ああ」
「申立先も違う。期間も違う。手続名も違うかもしれない」
「一番怖いのは?」
「期間徒過」
「正解」
そこです。
法的な主張がどれだけ立派でも。
入口を間違えて、
時間切れ。
では救われません。
野中さんの件でも。
縦覧期間。
異議を申し出ることのできる期間。
そこを確認することが最優先でした。
私はノートに大きく書きました。
――まず条文。次に個別法。最後に期間。
「最後じゃねえ」
相馬先輩が言いました。
「え」
「期間は最初に見ろ」
「あ」
「期限切れてたら、論点整理してる間に終わるぞ」
「確かに」
私は書き直しました。
――最初に期間。次に根拠法。一般法だけで判断しない。
「こっちですね」
「そうだ」
行政法。
タイムリミットに容赦がありません。
私は次の見出しを書きました。
――現代法の第七条と第八条。
「まず第七条」
行政不服審査法の一般的な審査請求の対象から外れるものがある。
「そして第八条」
その適用除外された処分や不作為について、
別の法令で、
その性質に応じた不服申立て制度を設けることは妨げない。
「ここ、文章だけだと地味なんですよ」
「また始まった」
「本当に地味なんです」
第八条。
試験テキストで見ると、
へえ。
特別の制度も作れるんだ。
くらいです。
でも野中さんの顔を見たあとでは。
意味が全然違います。
もし第七条だけ読んだら、
争えない。
終わり。
そう思う。
でも第八条は、
待て。
別の法律を見ろ。
と言っている。
「法律が自分で逃げ道を残してる感じですね」
「逃げ道じゃねえ」
「では」
「制度に合った別ルートだ」
「その言い方のほうがいいですね」
私は書き直しました。
――適用除外は、救済の全面否定とは限らない。
――個別法に特別の不服申立て制度がある可能性を確認する。
「試験ならここがひっかけですね」
「ああ」
「『審査請求できない=不服申立て制度を設けることも許されない』は誤り」
「そうだな」
「第八条で、別途設けられる」
「そのとおり」
私は丸をつけました。
次。
昭和六十三年との違い。
「ここ、転生者としては避けて通れません」
「好きだな、それ」
「だって事故るんですよ」
今の行政不服審査法なら。
不服申立ての基本は審査請求へ一本化されています。
かつて一般的制度として存在した異議申立ては廃止されました。
申立期間も。
現代では原則三か月。
旧法では原則六十日。
審理員制度。
行政不服審査会等への諮問。
そうした現代の制度も、
昭和六十三年にはありません。
「それで前回」
相馬先輩が言います。
「お前、また八条って言ってたな」
「言いました」
「今は?」
「旧法です」
「条文は」
「第四条第二項です」
「そこ」
「はい」
昭和六十三年当時の旧行政不服審査法でも、
一般の不服申立て制度から除外されるものと、
別法による特別な不服申立て制度との関係がありました。
ただ。
今の第八条を、そのまま昭和六十三年に持ってきてはいけない。
考え方は似ていても、
条文番号も、
制度全体も、
違います。
「未来の条文を過去で振り回すな」
「はい」
「現場なら?」
「その時代の法令を確認する」
「試験なら?」
「出題時点の現行法を答える」
「よし」
私は少し悔しくなりました。
「先輩、今日やけに先生っぽいですね」
「お前が間違えるからだ」
「優しさですか?」
「違う」
「即答二回目」
まあいいです。
私はさらに書きます。
――名称にも注意。
野中さんの件でややこしかったのは、
「異議」
という言葉です。
旧行政不服審査法には、
異議申立て。
という一般的な不服申立て制度がありました。
一方。
農用地利用計画について個別法上行うものは、
異議の申出。
「名前が近すぎます」
「法律に文句言え」
「言っていいなら一晩かかります」
「やめろ」
ここを混同すると危ない。
旧法上の異議申立てだから処分庁へ出す。
などと、名前だけで判断してはいけない。
農用地利用計画の異議の申出は、
個別法が独自に作った手続。
「つまり」
私は整理しました。
同じ『異議』という文字が使われていても、
法的根拠。
対象。
申立人。
期間。
申立先。
その後の救済。
全部確認する。
「名前で判断するな」
「そうだ」
これ、行政法の鉄則かもしれません。
取消し。
撤回。
異議。
審査。
認可。
許可。
同じ日本語に見えても、法律上の意味が違うことがある。
日本語なのに日本語だけ読んでは危ない。
行政法、なかなかの初見殺しです。
私はノートの次の欄を開きました。
――なぜ、わざわざ特別の制度を設けるのか。
「ここを押さえると、第八条を丸暗記しなくてよくなりますね」
「言ってみろ」
「行政分野ごとに事情が違うから」
「例えば」
「今回の農用地利用計画」
「うん」
「一人の申請だけを見る制度じゃない」
「そうだな」
「区域全体の農業利用を考える計画だから、計画案を縦覧して、利害関係人から異議を受けて、そのうえで決める」
「うん」
「一般的な処分後の審査請求だけではなく、計画決定の過程に合わせた救済手続を置く意味がある」
「そこだ」
片桐所長の声が奥から飛んできました。
いつから聞いていたんでしょう。
「所長」
「何だ」
「今日は参加するんですね」
「聞いていただけだ」
「では質問です」
「言え」
「特別の不服申立て制度って、一般の行政不服審査法より住民に不利になることもあります?」
「ある」
即答でした。
「え」
「特別だから手厚いとは限らん」
「ああ」
そこ、重要です。
私は急いで書きました。
特別の不服申立て制度がある。
イコール。
一般の審査請求より有利。
ではない。
制度ごとに、
対象。
申立資格。
期間。
手続。
救済範囲。
が違う。
「逆に、専門的な事情に合って使いやすく作られている場合もある」
「そうだ」
「だから特別法の条文を実際に読む」
「そうだ」
「一般論だけで評価しない」
「そういうことだ」
なるほど。
特別。
という言葉には、なんとなく豪華な感じがあります。
特別室。
特別席。
特別定食。
でも法律の「特別」は、
豪華版。
ではありません。
別仕様。
です。
私はノートの余白に書きました。
――特別法はVIP席ではない。専用品。
「何だそれ」
相馬先輩が言いました。
「覚えやすいでしょう」
「答案には書くなよ」
「分かってます」
次。
現代法での具体例。
私は少し考えました。
「現代では、地方公共団体と国の間でも、普通の審査請求とは別の特別な争い方が用意されている分野がありますね」
「お前の未来の話か」
「はい」
行政不服審査法の一般的な審査請求とは別に。
地方自治法などが、
国と地方公共団体との関係に応じた特別の争訟制度を置く。
一般の私人が行政処分に不服を申し立てる場面とは、
主体も、
行政関係も、
問題の性質も違う。
だから。
同じ一本の一般ルートだけでは処理しない。
「つまり第八条の感覚は」
私は言いました。
「『何でも行審法だけで処理しなくていい』ってことですね」
「乱暴だが分かりやすい」
「行政作用にはいろんな種類がある」
「そうだ」
「それぞれの性質に応じて、別制度を作れる」
「うん」
ここまで来ると。
先日の野中さんの事件が、一気につながります。
市役所の係員は、
行政不服審査法の普通の不服申立てはできない。
と説明した。
その説明自体が直ちに間違いだったわけではない。
でも。
住民側から見れば、
それだけでは、
もう争えない。
という意味に聞こえる。
「制度を知っている人と知らない人で」
私は呟きました。
「同じ言葉の意味が変わっちゃうんですよね」
所長が帳簿を閉じました。
「だから代理人がいる」
「……はい」
「役所の言葉を住民の言葉に直す」
「はい」
「住民の困りごとを、役所が判断できる事実に直す」
野中さんの申出書を思い出しました。
息子の夢を叶えてください。
ではない。
周辺土地の利用状況。
休耕期間。
農機の進入条件。
区域設定の前提となった現況。
それらを整理して、
本当に農用地区域として残す必要があるのか。
と問うた。
「翻訳ですね」
私が言いました。
「何が」
「行政書士の仕事」
「場合によってはな」
「感情を消すんじゃない」
「うん」
「感情の奥にある事実を、制度が読める形にする」
所長は少しだけ頷きました。
私はノートに書きました。
――条文は感情を読まない。だから事実へ翻訳する。
その一行は。
少し気に入りました。
「次」
相馬先輩が言います。
「試験で何を間違える」
「急に受験対策」
でも。整理します。
試験で引っかかりやすそうなのは。
一つ。
行政不服審査法第七条で審査請求できないものは、
一切の不服申立て制度を設けられない。
――誤り。
第八条により、
別の法令で、その性質に応じた特別の不服申立て制度を設けることができる。
二つ。
特別の不服申立て制度も、
当然に行政不服審査法と同じ手続になる。
――誤り。
個別法の定める制度だから、
申立先や期間、手続はその個別法を確認する。
三つ。
特別の不服申立て制度があるなら、
必ず通常の審査請求も併用できる。
――これも危ない。
適用関係は個別法ごとに確認する。
四つ。
昭和六十三年の旧法の異議申立てと、
個別法上の異議の申出は同じ制度。
――違う。
「そこはこの話なら忘れなさそうですね」
「大根よりはな」
「まだ大根引っ張ります?」
「お前が机に置いてるからだ」
大根を見る。
確かに存在感があります。
私は次に、
一般法と特別法。
と書きました。
「ここも整理します」
一般法。
広い範囲に共通して適用されるルール。
特別法。
特定の分野や場合について特別なルールを定めるもの。
「特別法がある場合」
「そちらが優先することがある」
「はい」
ただし。
特別法が何もかも定めているとは限らない。
特別法に規定のない部分について、
一般法が働くこともあります。
「だから」
私は言いました。
「特別法があった、はい終了、じゃない」
「そうだ」
「特別法が何を定めて、一般法がどこまで補充するのかを見る」
「うん」
「行政法、パズルみたいですね」
「パズルは完成図がある」
「行政法にはないんですか」
「ある。条文だ」
「格好いいこと言いました?」
「普通のことだ」
でも。
確かにそうです。
行政法は法令が散らばっています。
行政不服審査法。
地方自治法。
農業振興地域に関する法律。
個別法。
政令。
省令。
条例。
規則。
全部を頭だけで覚えようとすると、
森で遭難します。
でも。
この行政作用について、
根拠は何か。
不服がある場合、
どの法令を見ればいいか。
そうやって辿れば、
道になる。
「所長」
「何だ」
「役所から『行審法では争えません』って言われたら」
「まず何を見る」
「その行政作用の根拠となっている個別法」
「次」
「独自の不服申立て制度がないか」
「次」
「誰が申し立てられるか」
「次」
「期間」
「遅い」
「え」
「期間は最初だ」
「ああ、また!」
今日二回目です。
私は書きます。
実務順。
まず通知・公告の日付。
期限。
そのうえで、
根拠法。
特別手続。
対象。
申立資格。
申立先。
必要書類。
「これですね」
「そうだ」
法律知識の順番と、
実務で確認する順番は違う。
これも現場に来て分かったことです。
テキストなら、
定義。
要件。
効果。
例外。
でも依頼人が来たら。
「いつ届きました?」
から始まる。
六十日なのか。
三か月なのか。
個別法の独自期間なのか。
まず時計を見る。
行政法は、
理屈より先にカレンダーを見ろ。
です。
私は大きく囲いました。
――救済制度は、存在するだけでは足りない。期限内に正しい入口へ入る。
「長いな」
相馬先輩が言いました。
「重要なので」
「一行の覚え書きは最後だろ」
「そうでした」
まだ書きたいことがあります。
私はペンを回しました。
「今回、もう一つ思ったんですよ」
「何だ」
「行政不服審査法から除外されてるって、なんとなく住民に不利な感じがしたんです」
「最初はな」
「はい。でも必ずしもそうじゃない」
一般制度から外す理由は、
その行政作用について、
もっと性質に合った特別な仕組みを用意するためかもしれない。
計画なら、
決定したあとに一人ずつ争わせるより、
案の段階で縦覧し、
関係者から異議を受け、
決定前に修正できるほうが適切な場合もある。
「野中さんの件も」
私は言いました。
「最終決定したあと全部ひっくり返すより、案の段階で現況確認をやり直せた」
「そうだ」
「結果、周辺三筆まで見直した」
「ああ」
つまり。
特別制度は、
単なる例外ではない。
その行政分野に合うよう、
救済の時期や方法を組み直していることがある。
「第八条」
私は言いました。
「地味じゃなかった」
「ようやくか」
「一般ルートが閉じてても、その先を見ろって条文でした」
所長が言います。
「条文は閉じるときほど、次を読め」
私は止まりました。
「それ、今日の一行にしたいです」
「好きにしろ」
私はノートの最後の欄を開きます。
今日の一行の覚え書き。
少し考える。
そして。
――「審査請求できない」で止まるな。個別法の専用ルートを探せ。
書きました。
「どうです?」
相馬先輩が覗き込みます。
「まあいい」
「珍しく一発合格」
「ただ」
「ただ?」
「昭和六十三年の今なら、『審査請求』だけだと少し足りねえな」
「あ」
そうでした。
現代法の勉強ノートならこれでいい。
でも私は今、
旧法の世界にいる。
私は下に追記しました。
――昭和なら異議申立て・審査請求。現代なら原則審査請求。どの時代でも、一般制度で終わらず個別法を確認。
「長え」
「新旧対比を入れたらこうなります」
「一行じゃねえ」
「では超短縮」
もう一度。
――一般ルートが閉じても、個別法の扉を探す。
相馬先輩が黙りました。
「今度こそ?」
「それでいい」
「よし」
私はノートを閉じました。
窓の外。
もう空は暗くなっています。
野中さんの土地は。
まだ正式に農用地区域から外れたわけではありません。
正志さんの修理場も、
まだ基礎一本打っていません。
この先。
別の農地の手続。
土地利用の問題。
建築の話。
まだ扉はいくつもあるでしょう。
でも。
最初の扉の前で、
「この法律では争えません」
と言われたとき。
そこで帰らなくてよかった。
一般の制度では扱わない。
だから、
何もできない。
ではない。
別の制度で扱う。
ことがある。
その違いを知らなければ、
道があるのに、
道がないと思ってしまいます。
法律は冷たいです。
適用除外。
特別の不服申立て。
申立期間。
利害関係人。
どれも優しい言葉ではありません。
でも。
誰にでも同じように、
この入口から。
この期間内に。
この理由を書いて。
ここへ申し立てなさい。
と決めてあるから、
声の大きさだけで順番が変わらない。
そして。
正面の入口を閉じるなら、
別の入口を作る。
そんな仕組みもある。
制度の冷たさは、
ときどき人を締め出します。
でも。
同じ冷たさが、
誰かのための細い救済路を残すこともある。
だから。
「対象外です」
の一言を聞いたら。
終わった。
ではなく。
何の対象外なのか。
別の制度はないのか。
そこまで聞く。
それが今日の教訓です。
「さて」
私は立ち上がりました。
「帰りますか」
「ああ」
相馬先輩も立ちます。
そして。
当然のように大根を持ちました。
「待ってください」
「何だ」
「それ」
「大根」
「見れば分かります」
「じゃあ何だ」
「私にも権利があります」
「ねえよ」
「あります!」
「根拠法は」
「え」
「どの法律だ」
「……大根分配法」
「存在しねえ」
「じゃあ慣習法」
「そんな慣習ねえ」
「では一般法で」
「民法か?」
「そうです!」
「贈与の相手が特定できてねえぞ」
「ぐっ」
強い。
「じゃあ所長!」
奥を見る。
片桐所長が帰り支度をしています。
「大根について、特別の不服申立て制度を設けてください」
「設けない」
「第八条!」
「妨げないだけだ」
「そうだった!」
設けることを妨げない。
設けなければならない。
ではない。
今日いちばん痛い形で復習しました。
相馬先輩が大根を肩に担ぎます。
「じゃあな」
「待って!」
「不服があるか」
「あります!」
「一般ルートは?」
「閉じてます!」
「特別ルートは?」
「ありません!」
「なら?」
私は数秒考えました。
「……交渉します」
「最初からそうしろ」
「半分ください」
「嫌だ」
「そこは救済して!」
片桐所長が戸を開けながら言いました。
「こはる」
「はい」
「大根なら明日買え」
「制度の壁より現実的!」
どうやら。
法律が特別の救済制度を用意してくれているのは、
それなりに重大な行政問題だけのようです。
少なくとも。
片桐行政書士事務所の大根一本については、
一般法にも、
特別法にも、
私を救ってくれる条文はありませんでした。




