[行政不服審査法7条・適用除外]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、昼より少しだけ静かです。
電話が鳴らない。
来客も途切れる。
机の上には、昨日、高木さんが置いていったシュークリームの空き箱。
中身はありません。
「……先輩」
「何だ」
「昨日、六個ありましたよね」
「あったな」
「高木さん一個。私一個。先輩一個」
「ああ」
「所長二個」
「ああ」
「あと一個は?」
「知らん」
「目をそらさないでください」
「知らねえ」
犯人の供述は得られませんでした。
行政不服審査法なら、
この件に審査請求できるかもしれません。
いや。
できません。
というより、
そもそもシュークリーム配分処分なるものが存在しません。
行政法を勉強しすぎると、
日常会話まで処分性を帯びてくるので危険です。
私はノートを開きました。
上に大きく、
――適用除外。
と書きます。
「昨日の高木さん」
私は言いました。
「県の資格試験に不合格」
「ああ」
「自己採点では合格点を超えているはず」
「ああ」
「だから不服申立てしたい」
「でも」
相馬先輩が言います。
「試験結果そのものは駄目だった」
「はい」
行政不服審査法。
行政庁の処分について、
違法又は不当なら審査請求できる。
そう覚えると、
つい。
役所から不利益な決定をされた。
なら全部審査請求。
と思いたくなります。
でも。
そうではありません。
「行政不服審査法には」
私は書きました。
――適用除外がある。
「つまり?」
相馬先輩が聞きます。
「行政庁の行為でも、行政不服審査法による一般の審査請求の対象から外されているものがある」
「昨日の試験結果がそれ」
「はい」
昨夜までだったら。
私は、
適用除外。
という四文字を見ただけで、
暗記表を開きたくなっていました。
国会。
裁判。
刑事。
学校。
外国人。
試験。
ずらっと並ぶ。
眠い。
とても眠い。
でも。
高木さんが、
「じゃあ、もう何もできないんですか」
と言った瞬間。
この単元の意味が変わりました。
適用除外。
それは、
何もできません。
ではない。
「昨日、所長が言いましたよね」
「何を」
「まだ事実を確認していない」
片桐所長が帳簿から顔を上げました。
「言った」
「そこで、私ちょっと分かったんです」
「何がだ」
「適用除外って、結論じゃない」
所長が少しだけこちらを見ました。
私は続けます。
「まず、『この法律のこの救済ルートは使えません』というだけ」
「そうだ」
「そこから、何が本当に除外されているのかを見る」
「うん」
「別の問題が混ざってないかを切り分ける」
「そこだ」
私は赤線を引きました。
昨日の高木さんの場合。
争えないもの。
――学識技能の評価としての試験結果。
でも。
実際に起きていたのは、
答案の内容をどう評価するか、
ではありませんでした。
採点票から集計表への、
受験番号の転記ミス。
「つまり」
相馬先輩が言います。
「この答えは正解だ、不正解だ、って争ったわけじゃない」
「はい」
「高木の点数を正しく高木に付けたか」
「そこです」
この違い。
現場ではものすごく大きい。
試験結果は適用除外。
だから、
役所が試験に関して何をやっても全部免責。
ではない。
「所長」
「何だ」
「適用除外って、『その処分が適法になる』って意味じゃないですよね」
「違う」
「ですよね」
行政不服審査法による審査請求の道を、
一般には使わない。
それと。
処分が絶対に正しい。
行政庁が間違えていない。
は、
まったく別の話です。
「これ」
私は言いました。
「受験生にはかなり大事ですね」
「どうして」
「適用除外って見ると、そこで思考停止しやすいから」
試験なら。
この処分は審査請求できますか。
できません。
それで正解。
でも。
実務なら。
審査請求できない。
じゃあ、
この人の困りごとはどこから来ている?
そこまで見ないといけない。
「行政書士試験って」
私は呟きました。
「正誤問題で終わるから楽ですね」
「落ちた奴が言うな」
「まだ落ちたって決まってません!」
「未来の話は知らん」
「そうでした」
私は気を取り直しました。
次。
適用除外の類型。
「全部丸暗記はつらいですね」
「覚えろ」
「簡単に言いますね」
でも。
ある程度、
理由のかたまりに分けると見やすくなります。
私はノートを何本かの線で分けました。
一つ目。
国会や議会、裁判所など、
別の国家作用との関係が強いもの。
国会や地方議会の議決によってされる処分。
裁判によってされる処分。
裁判の執行としてされる処分。
国会や地方議会の議決や同意などを経てされる処分。
「行政内部の一般的な不服審査になじみにくい」
「そうだ」
所長が言いました。
二つ目。
刑事・犯則事件など、
独自の手続体系があるもの。
刑事事件について検察官等がする処分。
国税・地方税の犯則事件。
金融商品取引の犯則事件。
「これも」
私は言いました。
「普通の行政処分と同じ不服審査ルートに乗せない」
「うん」
三つ目。
特殊な閉鎖的関係や、
目的達成のために独自の規律が必要な場面。
学校。
講習所。
訓練所。
研修所。
そこで学生や生徒などにされる処分。
刑務所。
拘置所。
少年院。
そうした収容施設で、
収容目的を達成するためにされる処分。
「ここ」
相馬先輩が言います。
「学校なら何でも除外なのか」
「いい質問ですね」
「誰目線だ」
「受験生目線です」
大事なのは。
学校という建物の中で行われた行政行為なら全部適用除外。
ではない。
条文が定める範囲で、
教育の目的を達成するために、
学生等に対してされる処分。
そこを見る。
「適用除外って」
私は言いました。
「雑に広げたら駄目なんですね」
「昨日やっただろ」
「はい」
高木さんの件と同じです。
試験だから全部。
学校だから全部。
ではなく。
条文の範囲を正確に見る。
次。
外国人の出入国や帰化に関する処分。
「これも適用除外」
「ああ」
「難民認定は?」
私は少し止まりました。
相馬先輩がにやりとします。
「ほら」
「行政手続法側の適用除外と混ぜようとしましたね」
「お前がな」
「危ない!」
ここ。
試験でかなり嫌なところです。
行政手続法の適用除外。
行政不服審査法の適用除外。
似ています。
でも。
完全一致ではありません。
「じゃあ整理しろ」
相馬先輩が言いました。
「はい」
私はノートに二列作りました。
行政手続法だけで適用除外になるもの。
たとえば。
公務員の懲戒処分。
利害が対立する者の間を調整することを目的とする処分。
難民認定。
報告・物件提出など情報収集を目的とする処分。
公衆衛生、環境保全、防疫、保安などのための処分。
不服申立てに対する裁決・決定。
聴聞・弁明手続の中でされる一定の処分。
「一方」
私は書きます。
行政不服審査法だけで適用除外として目立つもの。
――形式的当事者訴訟によるべき処分。
「何だそれ」
相馬先輩が言います。
「いきなり難しい」
「先輩が聞いたんでしょう!」
形式的当事者訴訟。
当事者間の法律関係を確認したり形成したりする処分で、
その処分に関する訴えでは、
法律関係の当事者の一方を被告にするよう法令で定められているもの。
「つまり」
私は言いました。
「通常の取消訴訟とは別の訴訟構造を予定しているから、行政不服審査法の一般ルートから外す」
「雑に言えばな」
「試験前ならこれで」
「答案には書くなよ」
「分かってます」
この辺りまで来ると、
頭が少し熱くなってきます。
でも。
昨日の事件を思い出すと、
適用除外を丸暗記する意味が見える。
不服審査に、
何でもかんでも詰め込まない。
その制度になじまないものを、
最初から別ルートにしている。
「だから」
私は言いました。
「適用除外って、救済をなくしてるだけじゃないんですね」
「どういう意味だ」
所長が聞きます。
「その分野に合った別の手続や仕組みに任せるためでもある」
「そういうものもある」
所長が頷きます。
もちろん。
全部の適用除外に、
必ず別の完璧な救済制度がある、
とは言えません。
でも。
行政不服審査法の一般ルートが適切ではないという制度判断がある。
「次」
私は書きました。
――行政不服審査法に基づいて行われる処分。
「これも除外?」
「はい」
「不服申立ての中でされた処分に、また不服申立てして」
「さらにその中の処分に不服申立てして」
「無限になるな」
「そういう問題を避ける意味もあります」
ただし。
条文上の例外は別として、
行政不服審査法に基づく処分自体を、
さらに同じ法の一般的な審査請求ルートへどんどん乗せるわけではない。
「行政法」
私は言いました。
「無限ループ対策もしてるんですね」
「ゲームみたいに言うな」
次。
教材の最後にあった、
国の機関や地方公共団体など。
「これ、何でも適用除外ですか?」
私は自分で問いかけました。
「違うんだろ」
「先輩、慣れてきましたね」
「毎回お前が同じ罠踏むからな」
そう。
国の機関。
地方公共団体。
その他の公共団体。
それらに対する処分だから、
全部適用除外。
ではない。
キーワードは。
――固有の資格。
「固有の資格」
私は二重線を引きました。
国や地方公共団体が、
一般私人とは違う、
行政主体だからこそ有する立場で、
処分の相手方になる場合。
そういう場面では、
行政不服審査法を適用しない。
「たとえば」
相馬先輩が聞きます。
「市が一般人と同じ立場で何か申請してる場合は?」
「固有の資格じゃなければ、当然にこの適用除外にはならない」
「そういうことだ」
所長が言いました。
ここも、
国。
地方公共団体。
という名前だけで判断してはいけない。
どんな資格で処分の相手方になっているのか。
そこを見る。
「適用除外って」
私は少し笑いました。
「今日ずっと、『名前で決めるな』ですね」
「行政法はだいたいそうだ」
相馬先輩が言います。
「試験だから駄目」
「違う」
「学校だから駄目」
「違う」
「地方公共団体だから駄目」
「違う」
「条文の要件を見ろ」
「そうだ」
所長が短く言いました。
なるほど。
今日の単元、
意外と一本筋があります。
「じゃあ」
私は昨日の高木さんの事件へ戻りました。
「なぜ試験結果は適用除外なんでしょう」
相馬先輩が腕を組みます。
「試験官の専門的評価を、一般の不服審査でやり直すのになじまねえからじゃねえのか」
「そういう理解ができますね」
専ら、
人の学識技能について、
試験・検定した結果。
たとえば。
答案のこの論述を何点とするか。
技能が合格水準に達しているか。
そういう専門的な評価。
「じゃあ昨日の転記ミスは?」
「学識技能の評価じゃない」
「はい」
「ただの事務処理」
「そこです」
だから。
高木さんの、
私はこの問題に正解したはずだから、
再採点して合格にしろ。
という話だったなら、
一般的な不服申立てによる見直しには乗りにくい。
でも実際には。
得点は合格基準を満たしていた。
隣の受験番号の得点と取り違えた。
「つまり」
私は言いました。
「評価の問題じゃなくて、その評価結果を誰に帰属させたかのミスだった」
「そうだ」
「だから、適用除外の趣旨まで広げて『確認しません』とするのはおかしい」
「そこだな」
この瞬間。
適用除外という言葉が、
少し好きになりました。
いや。
好きは言いすぎです。
行政法の適用除外を好きになるほど、
私はまだ疲れていません。
でも。
意味は分かりました。
線を引く。
ここは審査請求の外。
でも。
その線を、
必要以上に広げない。
「沢渡課長も言ってました」
「何を」
「少し太刀筋が変わったって」
「嬉しかったのか」
「別に」
「顔」
「やめてください!」
私は咳払いします。
次。
行政手続法との比較。
「ここ、試験向けにちゃんとやります」
行政手続法にも適用除外がある。
行政不服審査法にも適用除外がある。
共通するものもあれば、
片方だけ除外されるものもある。
「全部横断暗記するのか?」
「丸暗記も必要ですけど」
私は言いました。
「何のための法律か考えると、少し分かりやすい」
行政手続法。
行政が処分などをするときの事前・手続面を整える。
行政不服審査法。
処分後の事後救済。
だから。
同じ行政行為でも、
片方では一般手続を適用しないが、
もう片方では不服申立てが認められる。
そんなものもある。
「たとえば公務員の懲戒」
「手続法では適用除外」
「不服審査法では?」
「当然に同じ理由で全部除外、とはならない」
「そうだ」
逆に。
形式的当事者訴訟によるべき処分は、
行政不服審査法側の適用除外として押さえる。
「似てる法律ほど」
私は言いました。
「適用除外も同じだと思いたくなる」
「試験問題が喜ぶな」
「本当に」
行政書士試験。
受験生が、
『行政法ならだいたい同じでしょう』
と思った瞬間を狙ってきます。
残酷です。
でも。
昨日の事件を見ると、
違いを覚える意味があります。
どの制度で救うか。
それが違うからです。
「じゃあ試験対策」
相馬先輩が言います。
「はい」
「『行政庁がした処分であれば、原則すべて行政不服審査法による審査請求の対象となる』」
「誤り。適用除外がある」
「『行政書士試験の結果について、その採点が不当であるとして審査請求できる』」
「一般の審査請求の対象外」
「『学校で学生にされた処分は、内容を問わずすべて適用除外』」
「誤り。教育目的を達成するため学生等に対してされる処分、という要件を見る」
「『地方公共団体が処分の相手方なら、常に行政不服審査法は適用されない』」
「誤り。固有の資格において相手方となる場合」
「『適用除外なら、その処分は当然に適法である』」
「大間違いです」
私は力を入れました。
「審査請求できないことと、処分が正しいことは別」
「そこは忘れんな」
「はい」
昨日の高木さん。
まさにそこでした。
不服申立ては使えない。
でも。
県の処理にミスがないとは限らない。
だから事実を確認した。
そして。
本当にミスが見つかった。
「所長」
「何だ」
「もし高木さんが、『この問題の採点基準がおかしい』って相談だったら?」
「適用除外の趣旨を正面から受ける」
「ですよね」
「だが」
「はい」
「それでも、他の手段があるかは別に見る」
「そうですよね」
ここも重要。
行政不服審査法が使えない。
それで、
世界中の救済手段が全部消えるわけではない。
どんな法的手段があり得るかは、
対象となる制度、
個別法、
事実関係によって別に検討する。
「つまり」
私は言いました。
「適用除外は、救済全部の適用除外じゃない」
「行政不服審査法からの適用除外だ」
「はい」
私はそこに、
大きな丸をつけました。
今日の一番大事なところかもしれません。
適用除外。
という言葉の響きが強すぎるのです。
除外。
外。
もう駄目。
そう感じる。
でも。
正確には、
この法律の一般的な審査請求等の仕組みを適用しない。
そこまで。
「法律の言葉って」
私は言いました。
「冷たいだけじゃなくて、時々怖そうに見えすぎますね」
「お前が勝手に怖がってるだけだ」
「受験生はみんな怖がります!」
「知らん」
私はノートの最後へ進みました。
一行の覚え書き。
少し考える。
そして書きました。
――適用除外は「全部終わり」じゃない。まず、どの道のどこまでが閉じているかを見ろ。
「長い」
相馬先輩が言います。
「内容が大事です」
「短くしろ」
「じゃあ」
私は下に書き足しました。
――適用除外=この道は閉鎖。世界全部が通行止めではない。
相馬先輩が黙りました。
「どうです?」
「道路標識みたいだな」
「分かりやすいでしょう」
「まあな」
「褒めた」
「気のせいだ」
またそれです。
窓の外を見ると、
夕方の町が少し暗くなっていました。
どこかで。
高木さんは、
また洋菓子店の厨房に立っているはずです。
三回目も落ちた。
そう思っていた人。
でも本当は。
合格していた。
もし。
「試験結果は不服申立てできません」
その一言だけで帰していたら。
たぶん、
間違いは間違いのままでした。
適用除外は必要です。
専門的な学識技能の評価を、
一般の不服審査で何度もやり直す。
そんな制度にすれば、
試験は成り立ちにくくなる。
でも。
適用除外だからといって。
答案を取り違える自由まで、
行政に与えたわけではありません。
そこを切り分ける。
法律の線は冷たい。
この側。
あの側。
適用する。
しない。
はっきり分ける。
でも。
その線がはっきりしているからこそ。
役所側が、
「これは試験だから全部駄目です」
と雑に広げようとしたとき。
そこまでは除外されていません。
と言い返せる。
冷たい線が、
雑な線引きを止める。
少し不思議です。
「こはる」
片桐所長が言いました。
「はい」
「箱」
「何です?」
「捨てろ」
昨日のシュークリームの空き箱。
「思い出ですよ」
「ゴミだ」
「適用除外です」
「何から」
「廃棄処分から」
「そんな除外はない」
「異議申立てします」
「却下」
「早い!」
「審査請求」
「誰に?」
相馬先輩が言います。
「所長」
「処分庁本人じゃないですか!」
「じゃあ試験結果ってことにして適用除外」
「空き箱のどこに学識技能があるんですか!」
片桐所長が空き箱を持ち上げます。
「こはる」
「はい」
「今日の復習」
「何です?」
「これは適用除外か」
「違います」
「では」
「ただのゴミです」
「よし」
「何で最終問題がそれなんですか!」
相馬先輩が吹き出しました。
私も、
少し遅れて笑いました。
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
どうやら。
行政不服審査法に入口がないことと、
救われる道が一つもないことは、
同じではないようです。
まず。
何が除外されているのか。
なぜ除外されているのか。
どこまで除外されているのか。
そこを正確に切る。
その線の外側に。
高木さんの合格みたいな、
まだ拾えるものが残っていることがあります。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




