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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

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[行政不服審査法7条・適用除外]現場編 「役所の決定なら、何でも不服申立てできます」の嘘。争えない“試験結果”と、まだ争える事実誤認を切り分ける

挿絵(By みてみん)

 役所から不利益な紙をもらったからといって、


 全部が不服申立ての入口になるわけではありません。


 処分です。


 役所が決めました。


 納得できません。


 ――では審査請求を。


 行政法は、そんなに親切な一本道ではありません。


 ときどき入口そのものに、


 「この道は使えません」


 と書いてあります。


 しかもその看板は、


 だいたい小さい。


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 その日の朝、


 私は一枚の葉書を見ていました。


 葉書には大きく、


 ――不合格。


 とあります。


「……強いですね」


 私が言うと、


 相馬先輩が新聞から顔を上げました。


「何が」


「二文字で人を殴ってきます」


「試験結果なんざそんなもんだ」


「もう少しこう、『残念ながら』とか」


「書いてあんだろ」


 よく見る。


 ありました。


 ――残念ながら不合格となりました。


「『残念ながら』が付いても痛さ変わりませんね」


「当たり前だ」


 向かいの椅子に座っている男性は、


 笑いませんでした。


 名前は、


 高木直人さん。


 二十九歳。


 市内の小さな洋菓子店で働いています。


 白い調理服ではなく、


 今日は紺色の作業着。


 手には封筒。


 中には、


 県が実施した製菓衛生関係の資格試験についての書類が何枚か入っていました。


「三回目なんです」


 高木さんが言いました。


「試験?」


「はい」


「今回が?」


「三回目」


 その声に、


 悔しいというより、


 疲れがありました。


 一回落ちる。


 悔しい。


 二回落ちる。


 もっと勉強する。


 三回落ちる。


 人はそこで、


 自分の努力そのものを疑い始めます。


「来年も受けられますよ」


 とは、


 簡単には言えませんでした。


「勉強は?」


「しました」


「自己採点は?」


「それが……」


 高木さんが封筒から、


 問題用紙を取り出しました。


 書き込みがあります。


 答え合わせまでしてある。


「店の親方に見てもらったら、かなり取れてるはずだって」


「かなり?」


「七割以上」


「合格基準は?」


「六割程度って聞いてます」


 私は眉を寄せました。


「なのに不合格」


「はい」


「記述?」


「全部選択式です」


「マークのずれ?」


「確認したつもりです」


 相馬先輩が新聞を畳みました。


「県に聞いたか」


「行きました」


「何て?」


「点数は教えられないって」


「答案は?」


「見せられない」


「採点ミスじゃないかって言ったら?」


「試験結果は確定していますって」


 出ました。


 確定しています。


 このシリーズで何度聞いたでしょう。


 処分は出ています。


 裁決が出ています。


 もう決まっています。


 そして今回は。


 試験結果は確定しています。


 役所の扉を閉める日本語、


 語彙が豊富です。


「それで」


 高木さんが言いました。


「不服申立てってできませんか」


 私は、


 反射的に口を開きました。


「審査請求なら――」


 止まりました。


 頭の中で、


 赤信号が点灯しました。


 試験。


 検定。


 学識技能。


 適用除外。


「……あ」


「何だ」


 相馬先輩が言います。


「今、行政法が嫌な顔しました」


「お前の顔だろ」


 違います。


 これは、


 行政法が受験生を落とし穴へ誘うときの顔です。


 人の学識技能に関する試験又は検定の結果。


 現代の行政不服審査法でも、


 一般的な不服申立ての対象から外される類型があります。


 そして。


 旧法にも、


 同じように不服申立ての一般ルートから外されているものがあります。


 私は法令集へ手を伸ばしました。


「こはる」


 片桐所長が言いました。


「何を見る」


「そもそも不服申立てできる対象か」


「そうだ」


 短い。


 でも。


 これまでの私は、


 処分がある。


 では申立先は?


 上級行政庁は?


 期間は?


 と考えていました。


 今日は、


 その一段前です。


 そもそも。


 この法律が使えるのか。


 私はページをめくりました。


 試験。


 検定。


 人の学識技能。


 ありました。


「……一般の不服申立ての道、使えません」


 高木さんが、


 少し固まりました。


「え?」


「試験結果そのものについては」


「役所がやった試験でも?」


「はい」


「県が?」


「はい」


「行政の判断ですよね」


「そうです」


「じゃあ何で」


 当然の疑問です。


 役所が判断した。


 不利益を受けた。


 なら、


 行政不服審査で争える。


 そう思います。


 私も受験生のころ、


 最初はそう思っていました。


「全部の行政判断が」


 私はゆっくり言いました。


「行政不服審査法で争えるわけじゃないんです」


「……」


「法律が最初から、一般の不服申立てを適用しないって決めているものがあります」


「試験も?」


「はい」


 高木さんは、


 不合格葉書を見ました。


「じゃあ、もう何もできない?」


 その聞き方が、


 少し怖かった。


 行政法で、


 適用除外。


 という言葉を見ると、


 受験生は、


 ここは使えません。


 で覚えます。


 でも。


 相談者にとっては、


 それで終わりではありません。


 使えない道が分かっただけです。


「まだ」


 片桐所長が言いました。


 高木さんが顔を上げる。


「事実を確認していない」


 それだけ。


 でも。


 私は意味が分かりました。


「先輩」


「何だ」


「県に行きましょう」


「最初からそのつもりだ」


「早いですね」


「不服申立てできねえなら、なおさら何が起きたか拾うしかねえ」


 正論。


 またです。


 ◇


 県庁の試験担当課。


 受付で事情を伝えると、


 担当の職員が出てきました。


 四十代くらい。


 眼鏡。


 几帳面そうな人です。


「高木さんの試験結果についてですね」


「はい」


 相馬先輩が言いました。


「点数確認したい」


「個別の得点は公表しておりません」


「答案」


「返却していません」


「採点方法」


「所定の基準によります」


「採点ミスの確認」


「結果は確定しています」


 一周しました。


 役所の会話って、


 ときどき回転寿司みたいです。


 同じ皿がまた来ます。


「担当さん」


 私は口を挟みました。


「不合格そのものに対する不服申立てが一般にはできないのは分かっています」


 職員の目が、


 少し変わりました。


「そうですか」


「でも」


 私は高木さんの問題用紙を出しました。


「今回は『採点基準が気に入らない』って話じゃありません」


「では?」


「本人の自己採点と結果が、かなり離れている可能性があります」


「自己採点は正式な採点ではありません」


「もちろんです」


「なら」


「だから確認したいんです」


 私は問題用紙を指しました。


「知識の評価をやり直してほしいんじゃない」


 職員が黙ります。


「答案が本人のものとして正しく集計されたのか」


「……」


「転記や集計に間違いがなかったのか」


「……」


「そこです」


 高木さんを見る。


「高木さんは、自分の答えが正しいから合格にしろと言ってるわけじゃない」


「はい」


「採点以前に、事務処理で間違いがなかったかを確認したい」


 ここです。


 試験結果そのもの。


 学識技能の評価。


 そこは一般の不服申立てから除かれている。


 でも。


 だからといって。


 別人の答案を取り違えてもいい。


 得点を転記し間違えてもいい。


 合格者番号を打ち間違えてもいい。


 そんな話ではありません。


「確認できませんか」


 職員は、


 少し困った顔をしました。


「通常、個別の再採点はしていません」


「再採点じゃない」


 相馬先輩が言いました。


「事務処理の確認だ」


「同じようなものでは」


「違うだろ」


 相馬先輩の声が低くなります。


「答案の内容を評価し直せって言ってんじゃねえ」


「……」


「高木の答案を高木の答案として処理したか。それを確認しろって話だ」


 おお。


 先輩。


 今日はかなり切れ味があります。


「つまり」


 私は続けました。


「争えないものと、確認できるものを分けてください」


 職員が腕を組みました。


「少しお待ちください」


 奥へ消えます。


 高木さんが小声で聞きました。


「本当に違うんですか」


「違います」


「でも、もし採点そのものが間違ってたら?」


「それはまた別に考えます」


「……ややこしい」


「はい」


 そこは否定しません。


 行政法は、


 ややこしいものを、


 ややこしいまま整理する学問です。


 五分。


 十分。


 十五分。


 職員が戻ってきました。


「採点記録を確認します」


 相馬先輩が頷きます。


「今日?」


「少し時間をください」


「いつまで」


「今週中には」


「分かりました」


 高木さんが頭を下げました。


「お願いします」


 県庁を出る。


「これで不合格が変わるんでしょうか」


 高木さんが聞きます。


「分かりません」


 私は答えました。


「本当に本人の得点が基準に届いてなかった可能性もあります」


「はい」


「その場合は」


「……不合格」


「はい」


 厳しい。


 でも。


 期待を持たせるために、


 法律を使うわけじゃない。


「ただ」


 私は言いました。


「少なくとも、今は『不服申立てできません。以上』では終わってません」


 高木さんは、


 少しだけ頷きました。


 ◇


 その帰り。


 市役所へ寄る用事がありました。


 総務課。


 書類を届けるだけだったのに、


 そこで沢渡課長に捕まりました。


「今日は県庁ですか」


「監視してるんですか」


「噂が早いだけです」


「怖い」


 沢渡課長が、


 私の持っている問題用紙を見ました。


「試験結果?」


「はい」


「不服申立ては難しいでしょう」


「適用除外」


「分かってるじゃないですか」


「その顔やめてください」


「どの顔です」


「今日は来ないと思ってたのに来た、みたいな」


 沢渡課長の口元がほんの少し動きます。


「それで?」


「不合格そのものじゃなくて、答案処理を確認してもらってます」


「なるほど」


「何です、その反応」


「いえ」


 沢渡課長は眼鏡を上げました。


「少し太刀筋が変わりましたね」


「剣道みたいに言わないでください」


「前なら『処分だから不服申立て』と一直線だったでしょう」


「……否定しにくい」


「でも今日は、適用除外なら別の論点を探した」


「はい」


「悪くない」


 褒めた。


 絶対褒めた。


「課長」


「何でしょう」


「今、褒めました?」


「気のせいです」


 出た。


 感染しています。


 相馬先輩が笑いました。


「役所にも広がったな」


「何がです?」


「気のせい」


 ◇


 三日後。


 県から電話がありました。


 私が取ります。


「はい、片桐行政書士事務所です」


『試験担当課の山内です』


「はい」


『高木直人さんの件で』


 私は背筋を伸ばしました。


「どうでした?」


 一拍。


『事務処理上の誤りがありました』


 部屋の音が止まりました。


「……何ですか」


『受験番号の転記ミスです』


「転記?」


『採点票を集計表へ移す際、隣の番号の得点と取り違えていました』


 私は、


 一瞬、


 何も言えませんでした。


「本人の得点は?」


『合格基準を満たしています』


「じゃあ」


『合格扱いに訂正します』


 思わず机に手をつきました。


「本当に?」


『はい』


「公式に?」


『必要な訂正手続を取ります。本人にも連絡します』


「……ありがとうございます」


『こちらの確認不足でした』


 電話の向こうで、


 担当者が一度言葉を切りました。


『試験結果そのものに対する一般的な不服申立てとは別に、事務処理の正確性は当然確認すべきでした』


「はい」


『ご指摘ありがとうございました』


 電話が切れました。


「どうした」


 相馬先輩が聞きます。


「合格」


「え?」


「転記ミスだったそうです」


「本当か」


「隣の受験番号と取り違えてた」


 相馬先輩が、


 しばらく黙りました。


「……危ねえな」


「はい」


 片桐所長が聞きました。


「本人には」


「県から連絡するって」


「そうか」


 所長は、


 それだけ言いました。


 でも。


 ほんの少しだけ、


 口元が柔らかくなった気がしました。


 ◇


 その日の夕方。


 高木さんが来ました。


 顔が、


 初めて会った朝と全然違いました。


「合格でした」


「はい」


「本当に」


「はい」


「三回目で」


「はい」


 高木さんは、


 何度も同じことを言います。


 それでいいと思いました。


 三回落ちたと思っていた。


 自分の勉強が足りなかったと思っていた。


 今年も駄目だったと思っていた。


 それが。


 違った。


「先生」


「私、先生じゃないです」


「でも」


「見習いです」


「じゃあ朝比奈さん」


「はい」


「もし最初から不服申立てできないって言われて帰ってたら」


 私は少し考えました。


「たぶん」


「はい」


「そのままだったかもしれません」


 高木さんは、


 不合格葉書を見ました。


「法律って」


 少し笑います。


「何でも助けてくれるわけじゃないんですね」


「はい」


「試験結果は、争えない」


「一般の不服申立てでは」


「でも」


「でも」


 私は続けました。


「争えない部分まで広げないことも大事です」


「広げない?」


「試験の評価そのものは適用除外」


「はい」


「でも、答案の取り違えまで『試験結果だから仕方ない』にはならない」


 高木さんが頷きました。


 そう。


 適用除外。


 という言葉は、


 全部終わり。


 という意味ではない。


 この法律による一般的な不服申立ての道は使わない。


 まずそこまで。


 そこから。


 何が本当に争えないのか。


 何なら確認できるのか。


 別の手段はないのか。


 切り分ける。


 そこが仕事です。


「これ」


 高木さんが箱を机に置きました。


「何です?」


「シュークリームです」


 相馬先輩が即座に顔を上げました。


「何個」


「先輩!」


「大事だろ」


「六個です」


「よし」


「何がよしなんですか」


 高木さんが笑います。


「店で作ったやつです」


「高木さんが?」


「はい」


「資格まだ正式には」


「親方のところで修業してますから」


「なるほど」


 相馬先輩が箱を開ける。


「でかいな」


「クリーム多めです」


「合格」


「先輩が判定しないでください」


「試験結果だ」


「適用除外だからって好き勝手に判定していいわけじゃない!」


 高木さんが笑いました。


 片桐所長まで、


 一つ取ります。


「所長、甘いもの好きですよね」


「悪いか」


「いえ」


「こはる」


「はい」


「今日の教訓」


 私は少し考えました。


 試験結果。


 適用除外。


 行政不服審査法が使えない。


 でも。


 それは、


 役所の行為全部が正しいことになる魔法ではない。


「適用除外は」


 私は言いました。


「『何もできない』じゃなくて、『この道は使えない』です」


 片桐所長が頷きます。


「続けろ」


「だから、何が除外されてるのかを狭く正確に見る」


「うん」


「試験の学識技能評価は争えない。でも、単純な答案取り違えまで評価の問題にしない」


「そうだ」


 私はノートの端に、


 一行だけ書きました。


 ――使えない制度が分かったら、次は「どこまで使えないか」を切れ。


 行政不服審査法には、


 適用除外があります。


 国会。


 裁判。


 刑事事件。


 学校。


 収容施設。


 外国人の出入国。


 試験や検定。


 ほかにも。


 一般の不服申立てになじまないものを、


 法律は最初から外しています。


 冷たいです。


 せっかく困っているのに、


 その道は使えません。


 と言う。


 でも。


 すべてを同じ不服申立てに乗せないことにも、


 制度上の理由がある。


 そして。


 適用除外だからといって、


 役所の誤りまで全部無敵になるわけではありません。


 今日の高木さんを救ったのは、


 審査請求ではありませんでした。


 異議申立てでもない。


 再審査請求でもない。


 ただ。


 争えないものと、


 確認できるものを、


 分けた。


 それだけです。


 でも。


 行政法では、


 その「分ける」が、


 ときどき一番強い。


「こはる」


 相馬先輩が言いました。


「何です?」


「シュークリーム残り二個」


「はい」


「俺もう一個」


「却下」


「何でだ」


「一人一個です」


「所長二個食ってるぞ」


 見る。


 本当です。


「所長!」


「何だ」


「二個目ですよね」


「そうだ」


「不公平です」


「不服申立てするか」


「します」


「何に対して」


「シュークリーム配分処分に対して!」


「適用除外」


「勝手に除外しないでください!」


 相馬先輩が笑います。


「試験でもねえのにな」


「そうですよ!」


 片桐所長は、


 何食わぬ顔で二個目を食べています。


「所長」


「何だ」


「理由を」


「うまいから」


「理由付記が雑!」


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 どうやら、


 不服申立てのできないものがあるからこそ。


 何が本当に除外されているのかを、


 雑に広げてはいけないようです。


 法律の扉に、


 「ここから先は入れません」


 と書いてあったら。


 そこで帰る前に。


 まず確認する。


 その線は、


 本当にどこまで引かれているのか。


 今日みたいに。


 線のすぐ横に、


 まだ通れる道が残っていることがあるのです。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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