[行政不服審査法5条・再調査の請求]法理編 こはるノート
夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ静かです。
電話が鳴らない。
来客もいない。
机の上には、春江さんが置いていったクッキーの空き缶。
中身はもうありません。
犯人は分かっています。
「先輩」
「何だ」
「最後の一枚、本当に食べましたよね」
「食った」
「潔いですね」
「何の話だ」
「供述です」
「事件にすんな」
私はノートを開きました。
今日の見出し。
――再調査の請求。
そして、その横に大きく。
――ただし、昭和六十三年にはない。
「まずそこからか」
相馬先輩が言います。
「大事です」
「当たり前だろ」
「未来から来た人間には大事なんです!」
昨日。
春江さんは言いました。
もう一度調べてもらえませんか。
その言葉を聞いた瞬間、
私の頭には現代法の、
再調査の請求。
が浮かびました。
処分庁に、
もう一回調べてください。
と求める制度。
機能だけ見れば、
まさに春江さんの希望そのものです。
でも。
ここは昭和六十三年。
平成二十六年全部改正後の行政不服審査法は、まだありません。
「昨日、危なかったですね」
「お前がな」
「はい」
否定できません。
片桐所長が帳簿を閉じます。
「似ている制度を、同じ制度だと思うな」
「はい」
そこです。
旧法の異議申立て。
現行法の再調査の請求。
どちらも、
処分庁自身に見直しを求めるように見える。
でも。
同じではありません。
私はノートに二つ並べました。
昭和六十三年。
旧法。
異議申立て。
現代。
現行法。
再調査の請求。
「昨日の春江さんは?」
「旧法だから異議申立て」
「処分庁は」
「市長」
「上級行政庁は」
「ない」
「だから」
「処分庁である市長に異議申立て」
「そうだ」
所長はそこで黙りました。
短い。
でも。
骨組みはそれで十分です。
「じゃあ現代法の再調査の請求は?」
相馬先輩が聞きます。
「いつでもできます」
と言いかけて、
私は止まりました。
「……できません」
「危ねえな」
「今、未来でも事故るところでした」
そう。
ここが再調査の請求の最重要ポイントです。
処分に不満がある。
処分庁にもう一回見てもらいたい。
だから再調査の請求。
ではない。
再調査の請求ができるのは、
条件を満たす場合だけ。
私はノートに二つ書きました。
一つ。
その処分について、審査請求ができること。
二つ。
法律に、再調査の請求をすることができる旨の定めがあること。
「法律に書いてないと駄目?」
「駄目です」
「気軽に使えねえな」
「はい」
ここは試験で非常に引っかけやすいところです。
再調査の請求は、
審査請求の簡易版だから、
とりあえず処分庁へ出せばいい。
ではありません。
法律が特別に認めた場合だけ。
「つまり」
私は言いました。
「審査請求ができても、法律に再調査の請求の定めがなければ、再調査はできない」
「逆は?」
「そもそも審査請求できる処分であることが前提です」
「二つ必要」
「はい」
私は大きく囲みました。
審査請求できる。
+
法律が再調査を認めている。
=再調査の請求ができる。
「試験っぽくなってきたな」
「ここは本当に出ます」
相馬先輩が煙草を指で転がします。
「じゃあ、再調査の請求先は?」
「処分庁です」
「審査請求先は?」
「処分庁以外の行政庁にできる場合が前提です」
「そこも要件か」
「はい」
現行法第五条は、
行政庁の処分について、
処分庁以外の行政庁に対して審査請求をすることができる場合。
そこから始まっています。
つまり。
再調査の請求は、
上に審査を求める道がある処分について、
法律が特別に、
まず処分庁自身にも見直しを求められますよ、
と用意した制度。
「なるほどな」
相馬先輩が言いました。
「昨日の春江さんみたいに、上級行政庁がない処分庁へ出す異議申立てとは違う」
「そうです!」
私は思わずペンで机を叩きました。
「そこです!」
「うるせえ」
「でも大事なんです!」
昨日。
私は一瞬、
春江さんの希望と、
現代の再調査の請求を重ねました。
でも。
現行法の再調査の請求は、
単に処分庁へ見直しを求める制度、
という一点だけで理解すると危険です。
旧法の異議申立てとは、
制度上の位置づけが違う。
再調査の請求は、
審査請求できる処分について、
法律が特に認めた場合の選択肢です。
「じゃあ」
相馬先輩が言います。
「再調査してもらって、駄目なら審査請求すればいい」
「できます」
「簡単じゃねえか」
「ただし」
「来たな」
行政法。
単純に言い切った瞬間、
必ず条件を追加してきます。
再調査の請求をしたあとに、
審査請求をすることはできる。
でも。
原則として、
再調査の請求についての決定を経た後でなければ、
審査請求できません。
「つまり待つ」
「原則は」
「先に再調査を選んだら、その答えが出るまで次へ行けない」
「そうです」
私はノートに矢印を書きました。
再調査の請求。
↓
決定。
↓
審査請求。
「じゃあ、処分庁がずっと決めなかったら?」
相馬先輩が言いました。
「そこに例外があります」
「ほら来た」
でも。
今回は、この例外がかなり大事です。
再調査の請求をしたあと、
いつまでも処分庁が決定しない。
そうすると、
審査請求人は待ちぼうけになります。
だから現行法は、
一定の場合、
再調査の決定を待たずに審査請求へ進める道を用意しています。
「一つ目」
私は書きました。
再調査の請求をした日の翌日から起算して三か月を経過しても、
処分庁が決定しない場合。
「三か月」
「はい」
「現代法、三か月好きだな」
「そう言われると確かに」
ただし。
再調査請求書に不備があり、
補正を命じられた場合は、
補正した時から三か月。
「そこ試験に出そうだな」
「すごく出そうです」
起算点がずれる。
こういうところが大好きです。
試験問題は。
「二つ目」
私は続けました。
再調査の請求についての決定を経ないことにつき、
正当な理由がある場合。
「正当な理由」
「はい」
「具体的には?」
「個別判断です」
「便利な言葉だな」
「法律側も使います」
ただ。
大事なのは、
再調査を選んだからといって、
永遠に処分庁の決定を待たされるわけではない。
一定の場合は、
先に審査請求へ進める。
ということです。
「ここ」
私は言いました。
「制度の冷たさが逆に優しいところですね」
「何だそりゃ」
「再調査を選んだ人に、まず待ちなさいって言う」
「ああ」
「でも、三か月も決めないなら、もう待たなくていい」
「なるほど」
「順番を決める。でも、行政の放置まで守らない」
片桐所長が少しだけ頷きました。
「そういうことだ」
私はさらに書きます。
そして。
この例外を使って、
再調査の決定前に審査請求をすると。
「元の再調査はどうなる?」
相馬先輩が聞きました。
「取り下げたものとみなされます」
「勝手に?」
「法律上、そう扱われます」
行政不服審査法第五十六条。
例外的に先に審査請求へ進んだ場合、
もともとの再調査の請求は、
取り下げたものとみなされる。
「つまり二本同時進行はしない」
「そうです」
「処分庁で再調査しながら、上でも審査請求」
「原則そうはしない」
ここも大事です。
再調査。
審査請求。
二重に走らせるわけではない。
先へ進んだら、
再調査は終わる。
「ところで」
相馬先輩が言いました。
「最初から審査請求したら?」
「その場合」
私は大きく丸を書きました。
「再調査の請求はできません」
「あとから戻れない」
「はい」
現行法第五条一項ただし書。
当該処分について審査請求をしたときは、
再調査の請求はできない。
「これも試験でやられそうですね」
「順番問題だな」
「はい」
再調査の請求をしてから、
審査請求へ進むことはある。
でも。
審査請求を先にしたあと、
やっぱり処分庁でもう一回見てもらいます。
はできない。
「何でだ?」
相馬先輩が聞きます。
「救済手続を逆流させないため、と考えると分かりやすいです」
「上へ持ってったあと、下へ戻すな」
「そんな感じです」
私はノートに矢印を書きました。
再調査
→審査請求
○
審査請求
→再調査
×
「分かりやすいな」
「でしょ?」
「珍しく」
「余計です」
次。
三か月経過しても再調査が続いている場合。
「これ」
私は言いました。
「処分庁にも義務があります」
「何だ」
「教示です」
再調査の請求がされた日の翌日から起算して三か月を経過しても、
まだ再調査が係属している。
つまり、
終わっていない。
その場合。
処分庁は、
遅滞なく、
その処分について直ちに審査請求をすることができる旨を、
書面で再調査の請求人に教えなければならない。
「三か月待たせたら」
相馬先輩が言います。
「『もう上に行けますよ』って教えろ」
「そうです」
「黙って待たせ続けるな」
「はい」
ここ。
すごく大事だと思います。
一般人は、
三か月経ったら自動的に審査請求できる。
なんて知りません。
法律を知らない人ほど、
「まだ審査中です」
と言われれば待ちます。
だから。
行政側に、
もう待たなくていい道がありますよ、
と教える義務を置く。
「昨日の春江さん」
私は思い出しました。
「役所で『もう決まっています』って言われただけで帰ってきました」
「ああ」
「制度って、使えるだけじゃ駄目なんですね」
「どういう意味だ」
「本人が使えるって知らないと意味がない」
所長が答えました。
「だから教示がある」
「はい」
教示。
教えること。
ものすごく地味な言葉です。
でも。
救済制度の入口としては、
とても重い。
私は言いました。
「春江さんが欲しかったのは、特別扱いじゃなかった」
「理由を知りたい」
「はい」
「何を直せばいいのか分からない」
「そうです」
結果として。
市役所は記録を確認し、
統一基準がないことに気づき、
春江さんの不許可をいったん取り消した。
異議申立てを正式に出す前に、
処分自体が見直された。
「ここも大事ですね」
「何が」
「制度を使うことが目的じゃない」
「そうだ」
再調査の請求も。
審査請求も。
異議申立ても。
それ自体がゴールではない。
相談者が欲しいのは、
救済。
理由。
見通し。
処分の見直し。
そのために制度を使う。
「所長」
「何だ」
「昨日、異議申立てを出さずに終わりました」
「うん」
「それでよかった」
「そうだ」
「受験生だと、制度を覚えると使いたくなるんですよ」
「病気だな」
「言い方」
でも。
本当にそうです。
法律問題を見ると、
これは審査請求。
これは異議申立て。
これは再調査。
と当てたくなる。
でも実務は、
制度名を正解するゲームではない。
その人の困りごとをどう動かすか。
そこが先です。
「じゃあ」
相馬先輩が言いました。
「旧法の異議申立てと、現代の再調査の請求。何が一番違う」
私は少し考えました。
「異議申立ては、旧法で一般的な不服申立ての一類型として存在していた」
「うん」
「再調査の請求は、現行法で、法律に特別の定めがある場合だけ使える」
「うん」
「しかも、処分庁以外の行政庁に審査請求できる処分について、処分庁にも再度見直しを求める制度」
「そうだ」
「だから」
私は線を引きました。
似ている。
しかし代用品ではない。
「これですね」
相馬先輩が煙草を灰皿へ押しつけました。
「名前だけ変わったわけじゃねえ」
「はい!」
そこ。
非常に大事です。
旧法の異議申立てが、
そのまま現代の再調査の請求に名前を変えた。
と理解すると危ない。
制度設計が違う。
要件も違う。
手続の流れも違う。
「現代法では」
私は言いました。
「原則として審査請求に一本化されています」
「異議申立てはない」
「はい」
「でも再調査の請求は残ってる」
「特別な場合だけ」
「だから一本化って言っても、本当に一個しかないわけじゃない」
「その通りです」
ここも試験で引っかかりやすい。
審査請求に一本化。
という言葉だけ覚えて、
じゃあ処分庁自身に見直しを求める制度は完全になくなった。
と思うと違う。
一定の場合には、
再調査の請求がある。
ただし。
一般的な異議申立てとは違う。
「一本化って」
私は言いました。
「主ルートが審査請求になった、って理解がいいですね」
「そうだな」
「例外的な再調査ルートはある」
「うん」
「でも法律が認めた場合だけ」
「そこ落とすなよ」
「はい」
私はノートの端に、
大きく書きました。
再調査=自由選択ではない。
「これ試験前に見たい」
「書いとけ」
「書いてます」
次。
再調査の請求後の審査請求。
私は整理します。
原則。
再調査の決定を経てから。
例外。
三か月経過しても決定なし。
または、
決定を待たない正当な理由あり。
その場合。
先に審査請求可能。
そして。
元の再調査は、
取り下げたものとみなされる。
「きれいですね」
「何が」
「流れが」
「受験生って変なところで喜ぶな」
「条文が一本につながる瞬間が気持ちいいんです」
これは本当です。
バラバラだった知識が、
一つの事件に当てはまった瞬間。
急に眠くなくなる。
なぜ三か月なのか。
なぜ教示義務があるのか。
なぜ再調査が取り下げ扱いになるのか。
全部、
手続を止めないため。
二重に走らせないため。
本人を放置しないため。
そう考えると、
ただの数字と用語ではなくなります。
「じゃあ」
片桐所長が言いました。
「再調査の請求を、春江さんの事件に仮に当てはめて考えろ」
「仮に現代だったら?」
「そうだ」
私は少し考えます。
「まず、その処分について審査請求できる」
「うん」
「次に、その処分について法律が再調査の請求を認めている」
「うん」
「この二つが必要」
「なければ」
「再調査の請求はできない」
「できる場合」
「処分庁に再調査を請求」
「その後」
「原則、決定を待ってから審査請求」
「三か月たっても決まらない」
「審査請求へ進める」
「進んだら」
「再調査は取り下げたものとみなされる」
「処分庁は」
「三か月経過後も再調査が続いていれば、直ちに審査請求できる旨を書面で教示」
所長が頷きました。
「よし」
ちょっと嬉しい。
試験会場ではありませんが、
丸をもらった気分です。
「でも」
私は言いました。
「現場では最初にそこじゃないですね」
「何が」
「春江さんが困ってる。まず処分を見る。時代を見る。使える制度を見る」
「そうだ」
「制度名ありきじゃない」
「そういうことだ」
今日のテーマ。
再調査の請求。
でも。
昭和六十三年の物語だからこそ、
逆に現代制度の輪郭がはっきり見えました。
旧法の異議申立て。
処分庁自身が見直す一般的な不服申立ての一類型。
現行法の再調査の請求。
審査請求できる処分について、
法律が特に認めた場合に限って、
処分庁へもう一度調べてもらう制度。
似ています。
でも。
違います。
私はノートの最後に、
一行の覚え書きを書きました。
――再調査は「もう一回見て」では足りない。審査請求できて、法律が特に認めたときだけ。
「長い」
相馬先輩が言います。
「内容が大事です」
「もっと短くしろ」
「じゃあ」
少し考えます。
――再調査は特別ルート。勝手には選べない。
「お」
「どうです?」
「まあ分かりやすい」
「褒めた」
「気のせいだ」
またそれです。
私はその下に、
もう一行だけ書き足しました。
――再調査→決定→審査請求。ただし三か月放置なら先へ行ける。
「一行じゃねえ」
「補足です」
「増えてんじゃねえか」
「試験対策です!」
窓の外を見ると、
商店街の方向に夕日が落ちていました。
春江さんの店先には、
今日もあの看板が出ているはずです。
しみ抜き承ります。
二十一年前に、
亡くなったご主人が作った看板。
法律は、
思い出があるから置かせろ、
とは言ってくれません。
それでいいのだと思います。
思い出の強さで処分が変わるなら、
法律は公平ではなくなる。
でも。
なぜ駄目なのか。
誰が決めたのか。
どの制度で見直せるのか。
次へ進むには何を待つのか。
いつまで待てばいいのか。
そこは、
感情とは切り離して決めてくれる。
法律の冷たさは、
人の気持ちを無視するためだけにあるんじゃない。
気持ちの大きさに左右されず、
誰にでも同じ入口を残すためにもある。
再調査の請求だってそうです。
誰でも自由に使える制度ではない。
条件がある。
順番がある。
期間がある。
冷たい。
でも。
処分庁がいつまでも決めなければ、
三か月で次へ進んでいい。
そのことを、
行政自身が書面で教えなければならない。
そこまで決めてある。
冷たい制度の中に、
待たされる人を放置しないための逃げ道がある。
私はノートを閉じました。
「終わったか」
相馬先輩が言いました。
「はい」
「じゃあ帰るぞ」
「その前に」
「何だ」
私は机の上のクッキー缶を指しました。
「昨日の最後の一枚について再調査の請求をします」
「食った」
「処分庁は先輩です」
「もう物がねえぞ」
「再調査してください」
「胃の中をか?」
「そういうことじゃない!」
片桐所長が帳簿を閉じます。
「こはる」
「はい」
「法律に定めはあるか」
「……ありません」
「なら再調査はできん」
「くっ」
相馬先輩が笑いました。
「じゃあ審査請求するか?」
「誰にです?」
「所長」
「所長!」
「却下」
「まだ請求してません!」
「簡易迅速だ」
「また勝手に制度作ってる!」
昭和六十三年。
片桐行政書士事務所。
どうやら。
再調査の請求は、
「もう一回考えてください」
と言えば何でも使える便利な呪文ではないらしいです。
法律が道を作ったときだけ、
その道を歩ける。
そして。
道を選んだら、
次にどこへ進むかまで、
ちゃんと決まっている。
行政法。
やっぱり面倒です。
でも。
面倒なくらい細かいからこそ、
誰かが途中で立ち止まったとき、
次の道が消えずに残るのだと思います。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




