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こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜  作者: 条文小説
〈行政法 配点112点/300点〉 行政不服審査法

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122/270

[行政不服審査法4条・審査請求先]法理編 こはるノート

挿絵(By みてみん)

 夕方の片桐行政書士事務所は、昼間より少しだけ紙の音が大きく聞こえます。


 電話が止まる。


 来客も途切れる。


 相馬先輩が新聞を畳む音と、


 片桐所長が帳簿をめくる音。


 それから。


 私の机の上には、昨日、西村さんが持ってきてくれた木製の書類箱。


 楢材。


 木目がきれいで、触るとほんの少しざらつきがあります。


「……先輩」


「何だ」


「これ、やっぱり私の机に置いて正解でしたよね」


「所長の机から勝手に持ってきたのか」


「事務所への差し入れです」


「返してこい」


「所有権争いまで始めないでください」


 行政法の勉強をしようとしているのに、


 民法が割り込んできます。


 法律というのは、空気を読まない。


 私はノートを開きました。


 今日の見出し。


 ――誰に不服を申し立てるのか。


 昨日までは。


 このテーマを見ただけで、


 私はかなり嫌な顔をしていたと思います。


 処分庁。


 上級行政庁。


 直近上級行政庁。


 最上級行政庁。


 異議申立て。


 審査請求。


 全部それっぽい。


 しかも。


 現代法と旧法で違う。


 受験生の頭を混乱させるために、


 誰かが似た言葉をわざと並べたんじゃないかと疑いたくなります。


「相馬先輩」


「何だ」


「今日は申立先です」


「昨日やっただろ」


「現場でやったのと、整理するのは別です」


「また勉強会か」


「はい」


「嫌だ」


 いつもの流れです。


 私は奥を見ました。


「所長」


「付き合え」


 片桐所長が帳簿から顔も上げずに言いました。


 相馬先輩が黙りました。


 今日も上級行政庁が強い。


「じゃあまず」


 私はノートに書きました。


 ――最初に見るのは、処分庁。


「昨日の西村さんの件です」


 相馬先輩が新聞を脇へ置きます。


「乾燥設備の不許可」


「はい」


 西村さんは、


 木材乾燥設備を設置するために許可申請をした。


 ところが不許可。


 処分通知には、


 周辺生活環境への影響を考慮したため。


 とだけ書かれていた。


 そして不服申立ての案内まで曖昧だった。


「ここで大事だったのが」


 私は言いました。


「県が不許可にした、では足りない」


「当たり前だ」


「受験生には意外と当たり前じゃないんですよ」


「そうなのか」


「『県の処分』って言われると、県知事を想像しがちなんです」


 でも。


 実際に処分をしたのは、


 県東部生活環境事務所長。


 つまり。


 処分庁は、


 知事ではなく、


 生活環境事務所長だった。


「だから最初に」


 私は大きく書きました。


 誰が処分した?


 =処分庁を特定する。


「ここを外すと、その後全部ずれます」


「誰に文句言うか分からんからな」


「文句ではなく不服申立てです」


「似たようなもんだろ」


「法律上はかなり違います」


 不服申立てというのは、


 役所全体に対して怒る制度ではありません。


 この処分をした行政庁は誰か。


 まずそこを特定する。


 そして次。


 私は矢印を書きました。


 ――その処分庁に上級行政庁があるか。


「昨日の事務所長には?」


「知事がいた」


「はい」


 つまり。


 県東部生活環境事務所長。


 その上級行政庁。


 県知事。


「旧法ではここで」


 私はペンを止めました。


「審査請求か異議申立てかが分かれる」


 相馬先輩が言います。


「そうだったな」


 昭和六十三年。


 旧行政不服審査法。


 この時代には、


 審査請求と異議申立てが、


 基本的な不服申立てとして併存しています。


 現代のように、


 原則として審査請求へ一本化されてはいません。


「基本のイメージは」


 私は書きます。


 上級行政庁がある。


 →上級行政庁への審査請求。


 上級行政庁がない。


 →処分庁への異議申立て。


「かなり雑だな」


 相馬先輩が言いました。


「まず骨組みです」


「例外は?」


「あります」


「ほら」


「行政法は例外を後ろに隠す癖があるんです」


 でも。


 最初から例外を全部並べると、頭が役所の書庫になります。


 まず、


 なぜ昨日の西村さんが知事へ審査請求したのか。


 そこを理解する。


 生活環境事務所長。


 上に知事がいる。


 だから。


 処分庁自身へ異議申立てではなく、


 上級行政庁への審査請求。


「ここで大事なのが」


 私は二重線を引きました。


 旧法では、


 原則として直近上級行政庁。


「直近」


 相馬先輩が言います。


「はい」


「最上級じゃない」


「そこです」


 私は思わず力を込めました。


「そこが転生者殺しです」


「また妙な名前つけやがったな」


 現代法の行政不服審査法第四条。


 そこでは、


 審査請求をすべき行政庁について、


 処分庁等に上級行政庁がある場合、


 原則として最上級行政庁へ審査請求する仕組みになっています。


 ただし、


 主任大臣。


 宮内庁長官。


 一定の庁の長。


 などについては例外があります。


 でも。


 昭和六十三年の旧法では、


 その現代法の整理をそのまま使えない。


「昨日、私」


「最上級行政庁って顔してたな」


「顔の話はもういいです」


「してた」


「分かりましたから!」


 たぶんしていました。


 なぜなら現代の受験知識が先に出てくるからです。


 処分庁に上級行政庁がある。


 なら最上級行政庁。


 ――違う。


 昭和六十三年。


 旧法。


 まずは直近上級行政庁。


「これ」


 私は言いました。


「新旧比較をちゃんとしないと危険ですね」


「現場ならもっと危険だ」


 片桐所長が言いました。


「試験なら一点失う」


「はい」


「実務なら期間を失う」


 その一言で、


 昨日の西村さんの顔を思い出しました。


 処分を知ってから五十二日。


 旧法の不服申立期間は、


 原則六十日。


 残り八日。


 申立先を間違えて、


 役所の窓口をぐるぐる回っているうちに、


 六十日を過ぎる。


 そうなったら。


 知識の混同では済みません。


 救済の入口そのものが閉じる。


「だから申立先って」


 私は言いました。


「単なる暗記じゃないんですね」


「当たり前だ」


「受験生の頃は一覧表でした」


「かわいそうな勉強してたんだな」


「全国の受験生に謝ってください」


 私は次の見出しを書きました。


 処分庁とは何か。


「処分庁」


 私は言いました。


「実際に処分をした行政庁」


「昨日なら」


「東部生活環境事務所長」


「知事じゃない」


「はい」


 ここが重要です。


 処分の根拠となる権限を、


 本来持っている機関と、


 実際に処分名義を出した行政庁が、


 必ず同じとは限らない。


 権限が委任されていることもある。


「西村さんの件では」


 私は言いました。


「知事の権限が事務所長へ委任されていた」


「ああ」


「だから処分庁は事務所長」


「そうだ」


 そして。


 処分庁が誰なのかが分かって初めて、


 上級行政庁との関係が見える。


「県の処分だから知事」


「違う場合がある」


「市の処分だから市長」


「違う場合がある」


「役所の窓口が出したからその課」


「課は行政庁とは限らない」


「ですよね」


 この辺、


 行政法が急に哲学みたいな顔をしてきます。


 誰が決めた。


 組織として誰。


 権限は誰にある。


 名義は誰。


 現場で誰が説明した。


 全部別の話になり得ます。


「次」


 私は書きました。


 不作為庁。


「昨日は出てきませんでしたけど」


「何だ」


「申請したのに何もしない行政庁です」


 現代法第四条の教材では、


 処分庁等という言葉の中に、


 処分庁と不作為庁がまとめて出てきます。


 処分をした行政庁。


 または、


 不作為に係る行政庁。


「西村さんは不許可処分が出ている」


「だから処分庁」


「はい」


「申請したのに放置されてたら?」


「不作為の問題」


 ここは現代法を理解するときにも重要です。


 ただし。


 昭和六十三年の旧法と現行法では、


 不作為に対する不服申立ての制度設計にも違いがある。


「今日は深入りしません」


「逃げたな」


「範囲管理です」


「便利な言葉だな」


 相馬先輩はすぐ真似します。


 次。


 私はノートの中央に大きく書きました。


 旧法と現行法。


「ここが本日の本丸です」


「やれ」


 旧法。


 昭和六十三年。


 不服申立てとして、


 審査請求と異議申立てが併存。


 処分庁に上級行政庁がある場合、


 原則としてその直近上級行政庁に審査請求。


 上級行政庁がない場合などには、


 処分庁自身への異議申立てが用いられる。


 一方。


 現代。


 平成二十六年全部改正後の行政不服審査法。


 原則として審査請求に一本化。


 異議申立てという一般的な制度は廃止された。


「そして現代法第四条」


 私は言いました。


「審査請求先を整理している」


 処分庁等に上級行政庁がない場合。


 原則として、


 その処分庁等自身。


 処分庁等に上級行政庁がある場合。


 原則として、


 最上級行政庁。


「昔とかなり違うな」


「はい」


「じゃあ現代だと、上が何段もあれば一番上まで行く」


「原則としては」


「旧法は近い上」


「原則として直近」


 私は並べて書きました。


 旧法。


 直近上級行政庁。


 現行法。


 最上級行政庁。


「これだけでも」


 私は言いました。


「かなり試験で混乱しそうです」


「未来の試験だろ」


「はい」


「俺には関係ねえ」


「読者にはあります」


「誰だ読者」


「気にしないでください」


 危ない。


 メタ発言を昭和六十三年に持ち込むところでした。


 さらに。


 現代法第四条には例外があります。


 たとえば。


 処分庁等が主任大臣の場合。


 宮内庁長官の場合。


 内閣府や各省の外局に当たる一定の庁の長の場合。


 この場合。


 さらに上に行政機関があるように見えても、


 当該処分庁等自身が審査請求先となる場合がある。


「具体例」


 相馬先輩が言います。


「現代なら国税庁長官なんかが教材例です」


「誰に出す」


「国税庁長官自身」


「財務大臣じゃないのか」


「そこが例外です」


 最上級行政庁という原則だけ覚えると、


 こういうところで落ちる。


 行政法は、


 原則を覚えた瞬間に、


 例外が物陰から出てきます。


「何でそんな例外があるんだ」


「制度設計上、一定の高位の行政庁については、さらに上へ持っていかず、その行政庁自身を審査庁にするからです」


「つまり」


「原則表だけじゃ駄目」


「面倒だな」


「試験委員が喜びそうです」


「嫌な喜び方だな」


 でも。


 昨日の事件で、


 私はやっと理解しました。


 申立先の条文というのは、


 単なる住所録ではない。


 行政組織の中で、


 誰が誰の判断を見直すのか。


 その構造を決めている。


「旧法の異議申立てって」


 私は言いました。


「処分庁自身が見直すんですよね」


「ああ」


「昨日の西村さんの処分庁は事務所長」


「うん」


「でも上に知事がいた」


「だから審査請求」


「もし上級行政庁がなかったら」


「処分庁自身への異議申立てを考える」


「そうです」


 ここです。


 旧法では。


 処分した側に、


 あなたの処分を見直してください。


 と求める異議申立てが存在した。


「やっぱり独特ですよね」


「何が」


「自分の処分を自分で見直す」


「現場を知ってるって利点もある」


「はい」


 確かに。


 処分庁自身なら、


 事情を知っている。


 記録も近い。


 事実関係の確認も早い。


 明らかな行き過ぎなら、


 自己修正もしやすい。


 でも。


 一方で。


「申立人からすると」


 私は言いました。


「本当に公平に見直してもらえるのかって不安もある」


「そりゃあるだろうな」


 それが。


 後の制度改正を見ると、


 よく分かります。


 現代法では、


 原則として審査請求へ一本化。


 そして。


 原処分に関与していない職員を審理員として指名する制度が導入された。


 行政不服審査会などへの諮問制度も設けられた。


「昨日の時点では」


 私は言いました。


「審理員なんていません」


「昭和六十三年だからな」


「行政不服審査会への諮問も、現行法の仕組みとしてはない」


「ああ」


「なのに私の頭にはある」


「追い出せ」


「簡単に言わないでください」


 でも。


 時代錯誤だからこそ、


 逆に分かる。


 なぜ制度が変わったのか。


 旧法では、


 異議申立てと審査請求が並んでいた。


 どちらを使うのか分かりにくい。


 申立先も複雑。


 処分庁自身が判断する仕組みには、


 公正さへの疑念もある。


 そこで現代法では。


 制度を審査請求中心に整理し、


 審理の公正性を高める仕組みを導入した。


「改正って」


 私は言いました。


「昔の制度の困りごとを集めた答えなんですね」


 片桐所長が顔を上げました。


「全部とは言わん」


「はい」


「だが、制度には理由がある」


「そうですよね」


「新しいから正しい、古いから悪い、でもない」


 私は頷きました。


 そこも大事です。


 旧法の異議申立てにも、


 処分庁自身がすぐ見直せる利点はある。


 現代法にも、


 手続が整った分だけ複雑になる場面はある。


 制度改正を、


 昔は駄目だった。


 今は完璧。


 と理解するのは雑です。


「じゃあ」


 相馬先輩が言いました。


「現代法で審査請求先を判断するときはどうする」


「まず処分庁等を特定」


「うん」


「上級行政庁があるか確認」


「うん」


「なければ、原則として当該処分庁等」


「あるなら」


「原則、最上級行政庁」


「例外」


「主任大臣、宮内庁長官、一定の庁の長など」


「そこまで覚えてんじゃねえか」


「現代から来てますから」


「何だそれ」


「独り言です」


 さらに現行法第四条では、


 上級行政庁が、


 宮内庁長官や一定の庁の長である場合。


 主任大臣が上級行政庁である場合。


 それぞれ誰に審査請求するかが区分されています。


 つまり。


 単純に、


 上がある。


 一番上へ。


 で終わらない。


「だから教材は」


 私はノートに書きます。


 上級行政庁なし。


 上級行政庁あり。


 原則。


 例外。


「この四つに分けるといい」


「未来の話は知らん」


「でも整理は綺麗なんですよ」


「だったら書け」


 私は表代わりに、


 矢印で並べました。


 現行法。


 上級行政庁なし。


 →当該処分庁等。


 上級行政庁あり。


 →原則、最上級行政庁。


 ただし、


 一定の高位行政庁について例外。


「これが第四条の基本ですね」


「昨日の事件にそのまま当てはめるなよ」


「そこ重要です」


 昨日は昭和六十三年。


 旧法。


 だから。


 現行法第四条をそのまま使って、


 知事が最上級行政庁だから知事へ。


 と考えたわけではない。


 結果として知事が申立先になったとしても、


 法的な道筋は違う。


「同じ答えでも」


 私は言いました。


「理由が違えば危険ですね」


「試験なら?」


「別の事例で間違えます」


「実務なら?」


「次の案件で事故ります」


 所長が短く言いました。


「そこだ」


 結果だけ覚える。


 県の事務所長の処分。


 知事へ出した。


 だからいつでも知事。


 そんな覚え方をすると危ない。


 大事なのは、


 なぜそこなのか。


 処分庁は誰か。


 上級行政庁は誰か。


 旧法なのか現行法なのか。


 個別法に特別の定めがあるか。


 そこを順番に見ること。


「特別の定め」


 私は新しい見出しを書きました。


「現行法第四条の最初にもあります」


 法律。


 条例に基づく処分なら条例。


 そこに特別の定めがある場合は、


 そちらが優先する。


「つまり」


 相馬先輩が言います。


「一般法だけ見て決めるな」


「はい」


「個別の法律に別ルートがあればそっち」


「そうです」


 行政不服審査法は一般法。


 でも。


 すべての行政処分について、


 何が何でも同じ申立先になるわけではない。


 個別法が、


 この処分への審査請求はこの行政庁へ。


 と特別に定めていることもある。


「昨日も沢渡課長」


「内部規程と根拠条例を確認するって言ってたな」


「はい」


 あれは逃げではありません。


 珍しく。


 本当に必要な確認でした。


「珍しくは余計だ」


 所長が言いました。


「聞こえてました?」


「聞こえる」


 私は咳払いしました。


 次。


 教示。


「昨日の事件でかなり大きかったところです」


 西村さんの通知には、


 処分庁に対して不服を申し立てることができます。


 という趣旨の曖昧な記載があった。


 でも。


 実際には、


 この事件では知事への審査請求が問題になった。


「だから西村さんは」


 私は言いました。


「処分庁へお願いし続けてた」


「ああ」


「正式な不服申立てだとは思わずに」


「そうだな」


 本人は制度を知らない。


 だから教示がある。


 誰に。


 いつまでに。


 どう申し立てるのか。


 そこを知らせる。


「行政救済って」


 私は言いました。


「道があっても、入口の看板が間違ってたら意味ないですね」


「だから教示は軽くない」


 片桐所長が言いました。


「はい」


 そして。


 西村さんの場合、


 残り八日。


 申立期間が迫っていた。


「旧法の期間」


 相馬先輩が言います。


「六十日」


「現代は?」


「原則三か月」


「危ねえな」


「本当に」


 この辺りも新旧で混ぜると怖い。


 現代知識で、


 まだ一か月以上ある。


 と思っていたら。


 昭和六十三年では、


 とっくに六十日を過ぎている。


「昨日は五十二日」


「あと八日」


「だからまず出した」


「そう」


 私はノートに書きました。


 立派な理由書より、


 まず期間内に正しい相手へ。


「これ、実務の鉄則っぽいですね」


「当然だ」


「受験テキストだと理由ばっかり考えちゃいます」


「期限切らしたら理由も何もねえ」


 本当に。


 申立ての中身がどれだけ素晴らしくても。


 期限が過ぎて。


 適法な不服申立てとして扱われなければ。


 入口で終わる。


 制度の冷たいところです。


 でも。


 逆に言えば。


 期限。


 申立先。


 必要な形式。


 それを満たせば。


 役所は、


 「もう決まったことですから」


 だけでは終われない。


 そこが救いでもあります。


「昨日の西村さん」


 私は言いました。


「勝ったわけじゃないんですよね」


「まだ審査中だ」


「不許可が取り消されたわけでもない」


「ああ」


「でも入口には立てた」


「そうだ」


 ここで私は少し分かった気がしました。


 行政不服審査制度は、


 結果を保証する制度ではない。


 正しい申立先へ出したからといって、


 処分が必ず取り消されるわけではない。


 でも。


 正しく申し立てることで、


 行政に、


 もう一度判断しろ。


 理由を説明しろ。


 記録を見ろ。


 と言える。


 その意味は大きい。


「所長」


「何だ」


「申立先って、誰が勝つかの話じゃないんですね」


「当然だ」


「誰が見直すかの話」


「そうだ」


 私はそこに丸を付けました。


 審査請求先。


 =どの行政庁が、原処分を見直すのか。


 ただ宛名を書くだけの問題ではない。


 行政組織の中で、


 判断をどこへ持ち上げるのか。


 または、


 処分庁自身に戻すのか。


 その設計です。


「そう考えると」


 私は言いました。


「旧法から現行法への改正も見えますね」


「言ってみろ」


 旧法。


 異議申立てと審査請求が併存。


 どちらを使うか分かりにくい。


 申立先も複雑。


 処分庁自身が見直す仕組みもある。


 現行法。


 原則として審査請求に一本化。


 審理員制度を導入。


 行政不服審査会等への諮問制度を設ける。


「つまり」


 私は言いました。


「入口を整理して、審理の公正さも強めた」


 片桐所長が頷きます。


「大筋ではそうだ」


「やっと制度改正が一本の線になりました」


 受験生時代の私は、


 旧法。


 現行法。


 改正点。


 と三枚の表で覚えていました。


 でも。


 昨日の西村さんみたいに、


 どこへ出せばいいか分からず、


 処分庁と県庁の間を行ったり来たりする人を見ると。


 なぜ一本化したのか。


 なぜ審理員を置いたのか。


 かなり具体的に見えてきます。


「分かりにくかったから」


「それだけじゃない」


「公正さも」


「そうだ」


「だから制度を整理した」


「そうだ」


 法律改正は、


 教科書のページを増やすためにあるんじゃない。


 当たり前です。


 でも受験生をやっていると、


 たまにそう思いたくなる夜があります。


「じゃあ試験向けにまとめます」


「やれ」


 私は大きく書きました。


 第一。


 処分庁を特定。


 第二。


 上級行政庁の有無を確認。


 第三。


 旧法か現行法か確認。


 第四。


 個別法の特別規定を確認。


 第五。


 申立期間を確認。


「これなら事故減りますね」


「順番を守ればな」


「はい」


 さらに。


 現代法第四条。


 試験上の注意。


 上級行政庁がない。


 →当該処分庁等。


 上級行政庁がある。


 →原則、最上級行政庁。


 ただし、


 主任大臣。


 宮内庁長官。


 一定の庁の長などについて例外。


「そして」


 私は赤線を引きました。


 旧法の直近上級行政庁と、


 現行法の最上級行政庁を混同しない。


「そこだな」


「はい」


「期間も」


「旧法六十日。現行法原則三か月」


「制度も」


「旧法は異議申立てと審査請求。現行法は原則審査請求へ一本化」


「審理員」


「昭和六十三年にはいない」


「審査会」


「現行法の仕組みを昭和に持ち込まない」


「よし」


 相馬先輩が頷きました。


「……何です?」


「何が」


「今日、先輩が先生みたいです」


「腹立つ言い方だな」


「褒めてます」


「気のせいだ」


 またそれです。


 私はノートの最後へ、


 一行の覚え書きを書こうとしました。


 ――不服申立ては、まず処分庁を見つけろ。


「短すぎるな」


 相馬先輩。


 覗かないでください。


「じゃあ」


 書き直します。


 ――誰が処分した。上はいるか。時代はいつか。そこから申立先を決める。


「長い」


「内容が大事です」


「試験前に覚えにくい」


「じゃあ超短縮版」


 私は少し考えました。


 そして。


 ――処分庁・上級庁・新旧法。宛先を決めてから戦え。


「戦うって言葉好きだな」


「分かりやすいので」


「行政と戦争する制度じゃねえぞ」


「分かってます」


 本当は。


 不服申立ては、


 役所を倒すための制度ではありません。


 行政の判断を、


 正しい相手の机へ戻す制度です。


 西村さんは、


 怒鳴ったわけではない。


 役所の悪意を暴いたわけでもない。


 ただ。


 処分庁を確認した。


 上級行政庁を確認した。


 期限を確認した。


 そして。


 正しい相手へ書類を出した。


 それだけです。


 でも。


 その「それだけ」がなければ、


 審査は始まらなかった。


 さらに。


 西村さんの件をきっかけに、


 県は教示書式まで点検することになった。


 申立先を一つ正しくしただけで、


 次に処分を受ける誰かが迷わずに済むかもしれない。


 法律の言葉は冷たい。


 処分庁。


 上級行政庁。


 審査庁。


 申立期間。


 どれも人の気持ちは書いていません。


 でも。


 人の気持ちを書いていないからこそ、


 「役所と喧嘩したくなかった」


 という人にも、


 同じ道を用意できる。


 声が大きいか。


 役所に顔が利くか。


 担当者に気に入られたか。


 そういうものとは別に。


 誰が処分した。


 どこへ申し立てる。


 いつまで。


 そうやって機械的に線を引く。


 冷たいです。


 でも。


 迷っている人にとっては、


 冷たい線のほうが、


 曖昧な親切より役に立つことがあります。


 私はノートを閉じました。


「終わったか」


 相馬先輩が言います。


「はい」


「じゃあその箱戻せ」


「まだ言ってるんですか」


「所長の机から持ってきただろ」


「事務所の共有物です」


「所長」


 相馬先輩が奥へ声をかけます。


「この木箱、どこ置きます」


「俺の机」


「ほら」


「異議申立てします」


 私は即答しました。


 片桐所長が顔を上げます。


「俺にか」


「上級行政庁がいませんから」


「棄却」


「理由は?」


「机が狭い」


「私の机も狭いです!」


「審査終了」


「早すぎる!」


 相馬先輩が笑っています。


「こはる」


「何です」


「現代なら審査請求だろ」


「そうですよ!」


「誰に?」


 私は一瞬、


 事務所を見回しました。


 所長。


 相馬先輩。


 私。


 上級行政庁らしきものは、


 やっぱりいません。


「……所長本人」


「同じじゃねえか」


「制度改正のありがたみが全然ない!」


 片桐所長が木箱を自分の机へ置きました。


「決定だ」


「不当です」


「違法か」


「そこはまだ検討中です!」


 昭和六十三年。


 片桐行政書士事務所。


 どうやら、


 誰に申し立てるかが分かっても、


 勝てるかどうかは、


 また別の問題らしいです。

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